それに、貴方を
建設業を表の生業にしている真島は、ふだんからわりと忙しかった。
それを感じさせないほど桐生の家に通っているのは、ほとんど寝ずに仕事を済ませ、家にも帰らずに桐生の家へ直行しているからだ。
それを桐生も薄々感じてはいたが、言って聞くような人ではなし。
何より…会えるのが嬉しかったから…何も、気づいていない振りをした。
けれどここ最近、真島が家にくる回数が減っていて。
遥が用意した夕飯が、毎回のように一人分余るようになっていた。
いつもなら何が何でもやってきて、遥とはしゃいで、桐生をからかって…そんな人だったのに。
騒がしい真島がいないだけで、夕飯の時間が暗くなるようだった。
「真島のおじさん、今日も来ないのかな?」
キッチンで夕飯の用意をしていた遥が、リビングの桐生に声をかけた。
夕飯の時間が迫ってきていて。
だけど、真島が来る気配もなく。
作るだけで、食べる相手のいない料理にラップをかけるのは…寂しかった。
だから今日も来ないようなら、作らないでおこうかと桐生に相談しようとしたのだが。
リビングにいるはずの桐生から、返事が返ってこない。
気になって顔を出してみれば、桐生はうわの空で…ついているテレビも、頭に入っていないようだった。
「おじさん?」
少し強く呼ばれ、桐生ははっとしたように振り返る。
そしていぶかしげな遥に、慌てて笑顔を作った。
「わ、悪い。何だ?」
「…うん、お夕飯の事なんだけど…」
真島の分をどうしようか、と聞こうとしてやめた。
こんなに寂しそうな顔をしている桐生に、真島の事を聞けない。
遥も真島がいなくて寂しい思いをしていたが、桐生の寂しいはもっと違う何かなのだ。
桐生のことは誰よりもよく知っているから、わかる。
「今日は外で食べようよ。たまには気分転換で。いいでしょ?」
遥の提案に、桐生は微笑んで頷いた。
ここ最近、桐生の家に行けなかった。
本業にしている建設業で面倒が起こり、その後始末に駆けずり回っていたからだ。
舎弟の一人が不渡りの手形を掴まされてくるわ、耐震偽造の余波が押し寄せてくるわ、散々な日々だった。
真島は社長として表では駆けずり回り…裏では存分に拳をふるい…なんとか、乗り切ることができた。
ヘマをやらかした舎弟も本当なら半殺しにしてやりたいところだったが、今は少しでも早く桐生に会いたかった。
「桐生ちゃん、いま会いに行くからなー!!」
疲れて床にぶっ倒れている舎弟たちを踏みつけ、真島は意気揚々と事務所を飛び出す。
向かうは、桐生の家。
会えば真っ先に抱き締めて、頬ずりの一つでもしてやろう。
遥がいる時はちょっぴり過度なスキンシップしかできないけれど、それくらいは許されるだろう。
だって、本当に久しぶりなのだから。
真島は自慢のムスタングを走らせて、桐生のマンションへと向かう。
遥の作る食事も久しぶりだ。
忙しい間はずっと、食事をゼリー飲料で済ませてきた。
味気ない、と感じるようになったのは…三人で夕飯を食べるようになってから。
「あー…でも、ワシの分、用意しとってくれとるかな?」
もともと、連絡をしなくても真島の分は用意されていた。
けれどここ数日、行かなかったから…
「無いかもなー…それも寂しいわー…」
なら、ケーキでも買っていこうか。
食事は仕事先で済ましてきたわー、とか言って。
一緒にケーキを囲むだけでも、十分自分の心を癒す団欒ができる。
真島はハンドルを切ると、桐生が好きだと言っていたケーキ屋へ車を走らせた。
制限速度を無視してつっ走り、四輪ドリフトで店の前に駐車する。
スモークをはった車相手だと、レッカー移動も駐禁もやってこないから安心だ。
真島は自分相手に青ざめる店員ににっこり、邪悪な笑みでショートケーキをホールで注文した。
店員は大急ぎでケーキを包装していき…真島はその様子をショーケースにもたれかかって見ていて。
ふと、ケースの上に置かれたカゴが目に止まる。
入っているのは、マジパンで作られた動物たちだった。
その一つに…真島の頬がゆるむ。
「おい、ネェちゃん!」
声をかけられ、店員は派手にびくつく。
「これ、追加頼むわ」
久々の外食は楽しかった。
手軽なイタリアンを楽しんで、ゲーセンに行ってゲームを対戦。ぬいぐるみも取った。
「楽しかったー!たまにはこういうのもいいね!」
「ああ、そうだな」
手を繋いでの帰宅。
ほんのり頬を赤らめた遥は桐生を引っ張るように廊下を歩き…ふいに、足を止める。
桐生も立ち止まり、玄関の前に座り込む人に目が釘付けになった。
「兄さん!?」
遥の手を離し、桐生は走りだしていた。
ずっと、会いたかった人の姿に、胸が痛いほど跳ねる。
ドアにもたれかかるように体を丸めていた真島は桐生の声に、はっと顔をあげた。
「…桐生ちゃん…どこ行っててん」
まだ夜は寒い季節。
かじかんだ舌のせいで、少しろれつが回らない。
「すみません…出かけていて」
「ワシ、一時間くらい待っとってんで?」
「今日も…こないと思ってて」
「仕事、今日でカタついたから。また明日から来るよって…そない、泣きそうな顔せんといてや」
知らず知らずのうち、桐生の目からは涙が溢れていた。
寂しかった。
お互いに。
また、長い間、会えなくなるんじゃないかと…怖かった。
真島の手が涙をぬぐい、そのまま桐生を抱き締める。
「会いたかったわー…桐生ちゃん。…遥ちゃんもな?」
追い付いてきた遥を見上げれば、華のような笑顔があって。
「私もだよ。おかえりなさい、真島のおじさん」
「ただいまぁ」
「ほれ、桐生ちゃん。おみやげvv」
「はい?」
ぽんと手のひらにのせられたビニールの包み。
「それ、桐生ちゃんにそっくりやと思てん」
「………」
クマのマジパン人形に、桐生は真っ赤になって顔を背けた。
ケーキを切り分けていた遥はそれを見てクスクス笑い…
さっき、桐生に取ってもらったぬいぐるみを真島に見せた。
青い、トカゲのぬいぐるみ。
「これ、真島のおじさんに似てるって桐生のおじさんが取ってくれたんだよ」
一緒だね。
そう遥が笑えば…桐生と真島はお互いを見つめて、赤面した。
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