そして、ちょっと不安要素がひとつ。
来年で遥は中学生で良いんですよね?
間違っていたらすみません、お見逃しください。
きらきら
雨だねぇと窓に半分身体を預けるように寄り掛かってどんよりとした夜空を見上げる遥に、一馬は室内を向いて座っていた身体をくるりと返して隣から顔を覗かせた。
「雨だな…」
しとしとと効果音でも聞こえてきそうなほど、止むことなく振り続けている雨は朝から変わらない。
今朝がたどんより曇った空とテレビからの天気予報の『雨でしょう』の言葉、に、天の川見れないかなと溜息交じりに遥が言った言葉は見事に当たってしまった。
「何時も七夕の日って天気悪いよね」
「そうだな…」
言われて考えてみれば、確かに子供の頃もある程度の年齢になってもこの晩に天の川を見た記憶が無い。
「おじさんは、見たことある?」
「いや…覚えてる限りは無いな」
「私もひまわりの頃も、笹を飾ってお祝いしたけどやっぱり雨で部屋の中だったよ」
「関東以外って言うなら、見れるかもしれないけどな」
「例えば?」
「……」
まさかそう問い返されるとは思わず、自分の言葉を反芻して一馬は視線を泳がせる。ふいと室内のテレビに目を向ければ九州沖縄は海開きをしました、と晴れやかな青空の映像と海が画面に映った。
「沖縄、とかか…」
「沖縄かぁ」
一馬の視線に気づいて遥もそちらへ顔を向け、ふうと溜息を一つ漏らす。
「行った事ある?」
「いや、無い」
「…九州も?」
「無いな」
「それじゃ、来年を楽しみにするしかないね」
「それしか無いだろうな」
自分に天気を変える力でも在るというのなら、今すぐこの愛しい存在の為に雨雲を取り払って満天の星空を見せてやりたいが生憎そんなモノは持ち合わせていない。
出来る事と言ったら、せいぜい笹の葉を飾るくらいだ。
テレビから部屋の隅へと視線を向ければ、昼間一馬が買って帰った小さな笹飾りがひらひらと揺れている。
本当ならば、窓から飾りたかったが雨に濡れてしまっては台無しと遥が置き場所を作ってくれた。
「織姫も彦星も、これじゃ会えなくて寂しいだろうなぁ」
「…まぁ、確かに」
「一年に一回しか会えないのにね」
「関東以外では会えてるから良いんじゃないか?」
そう、とりあえず天の川が見えないのは関東近辺。西へ行けば見えているはずだ。
「…おじさん…」
「なんだ??」
むと頬を膨らませて睨む遥に、どうしたと首を傾げれば違うでしょと子供を叱る口調で続けられる。
「そう言う意味じゃないの」
「…違うのか?」
「絶対違うよ」
「……すまない…」
妙な迫力に思わずそう言ってしまう。するとくすりと不意に笑われる。
「おじさんらしいなぁ」
「遥?」
「うん、すごくおじさんらしい」
くすくすとそのまま笑う相手に、なにがどうして自分が笑われているのか理解が出来ないまま一馬はその顔を見つめた。
初めて出会った時から二年が過ぎて、来年には中学へと進学するこの少女は目を見張るほど成長をした。
幼いだけだった姿も顔も、成長期とはこれほどなのだろうかと驚くほど大人び始めている。もともと、生まれや過酷な生き方があったせいで年より全体に大人びた雰囲気は持っていたが、それは年相応とは違う何処か無理のある大人の気配だった。
けれど、今あるのは年相応。無理のない、本来の澤村遥。
不意に、何時まで自分はこの子と一緒に七夕の空を見上げられるだろうかと考える。
世の中の女の子がそうであるように、年ごろになれば好きな相手と特別な夜を過ごしたいと思うはずだ。そうしてそう成った時、自分は父親役として喜ばなければいけない。
願わくば、その相手は普通の世界に生きる男であってほしい。
「おじさん?」
言葉を切ったまま自分を見る一馬に不思議がるように遥がくるりと目を揺らせば何でもないと小さく笑みを返す。
「来年は、二人が会えるかなぁ」
「どうだろうな」
「でも、来年が駄目でもまたその次があるからね」
「…気の長い話だな」
ぽんと窓枠から身体を起こして、床に座り壁に背を預ける様に膝を抱いて座る遥に軽く笑えばえへへと返される。
「?」
「ホントはね、二人は絶対に早く会いたいに決まってると思うんだ」
「そりゃそうだろうな」
「だけどね、焦っちゃダメだよって言うのも、きっと知ってるんだよ」
「……」
「だって時間は流れてるんだもん。必ず次は来るって、信じてるから待てるんだよ」
抱えた膝の上に遥は顔を乗せて、ゆっくりと一馬に笑う。
「何時かきっと、こんな離れ離れじゃなくて一緒に居られるようになる」
「はるか…」
「変わるはずだ、ってね」
「…お、まえ…どこでそんな事を」
「何か変な事、私言った?」
「随分と、大人の様な事を言うんだな」
「いやだな、おじさん。私来年中学生だよ」
「それはそうだが…」
戸惑うように自分を見る一馬に、くすりと遥が笑う。
この人の中では、今だに自分が幼いままだと知っている。勿論、年も姿も自分は十分すぎるほど幼い。
それが、年を追うごとに酷くもどかしくなってくる。
どうして自分は幼いんだろう。
どうして子供なんだろう。
どうして、この人は大人なんだろう。
全部を百万回問いかけたって答えなんか決まっている。
自分は子供で幼くて、この人は大人なんだ。
だから、待つしか自分には出来ないんだと分かった。
大人の仲間入りが出来る年まで、この人の隣に居ても娘さんですかと言われなくなるまで。
そんな日が、来るかどうか本当の処は分からない。
だけど、信じて待ってみたい。
―――何時か、変わるはずだと―――
織姫と彦星よりも遠い対岸に居る自分たちが、川を渡れる日が来る事を願って。
「…遥、その…好きな相手でも出来たのか?」
「え?なんで??」
「いや、女の子が急に大人びる時はそう言うときだと姐さんが」
「…弥生のおばさん…」
「もしそうなら…」
「………」
堂島の龍と呼ばれる程の相手のどうにも所在なさげなおろおろとした物言いに、一瞬言葉を止めた遥は吹き出すように声を上げて笑いだす。
嬉しい嬉しい。それに、少しだけ可愛い。
変わらない、自分を心底心配してくれるこの人。
「おい、遥?」
「大丈夫」
ゆっくりと遥は一馬に向いて座り直すと、少しだけ改まったように膝の上に手を置いた。
「おじさん以上に好きな人、居ないから」
「……」
「だから来年も、一緒に天の川見ようね」
言って、ふわと遥は一馬に笑って見せる。それに、同じだけやんわりと一馬も笑う。
「…ああ、来年こそは晴れると良いな」
「あんまり晴れなかったら、泳いで渡っちゃうよ、私」
「…なんだって?」
「うふふ~、例えば、だよ」
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