木の上が好きだった。
葉っぱが奏でる音も、なでていく風も、とても心地よい。
チップは木の上で休むことが多かった。
最近は、彼の隣にメイがいる回数が増えた。
買出しか何かで地上に降りていたらしく、
たまたまチップを見つけると、自分もと木に足をかける。
おいおい、と思ったが、メイは苦労することもなくチップの隣にたどり着いた。
「落ちンなよ?」
いつもはもっともっと高い空の上にいる彼女には、いらん心配だろうとは思ったが。
「空の上とはまた違うね。気持ちイイ」
そう言った、メイの笑顔が印象に残った。
それ以来、機会があれば木の上の、チップの隣にメイは居た。
別に何かする訳でもない。
たまに、他愛の無い会話を交わした。
メイがチップへ声をかける。
「ねえねえ、耳。見せて」
木の幹に寄りかかっていたチップが、メイに耳が見えるように姿勢を変えた。
「ピアス、左耳に1コしかしてないんだね。両耳にしないの?」
「あー・・・、穴は開いてんだけどな」
「片耳に1コずつ?」
「や、もっと開けたけど・・・・今は入れてねぇな。塞がってっかも」
「いくつ開いてるの?」
「んー・・・忘れた」
メイがチップの耳を覗き込む。
「わ、こんなとこにも開いてるッ」
チップの軟骨あたりをつまむ。
「えー、いくつ開いてんのコレ・・・右に1、2、3・・・・」
「何お前、ピアス開けんの」
「うーん、ちょっと開けたいカナーなんて思って・・・でも痛いのヤだし。チョット怖いかも・・・。あと膿んだりしたらやだなー」
視線はチップの耳に落としたまま、そう言った。
「痛かった?開けたとき。」
「・・・そーでもねぇよ」
「今、間があった」
「もう覚えてねぇんだよ。・・・あー、上の方が痛かったかもな」
「病院で開けた方がいいかな?」
「心配ならそうすりゃいいだろ」
「病院じゃなかったらやっぱ・・・安全ピンとか??」
「自分でピアス開ける道具みたいなの売ってんじゃねぇの?つか消毒とかすりゃ平気だろ」
「え~~、でもやっぱ病院の方が痛くなさそうだよね・・・。高くつくかなぁ」
「あの紙袋被った妖怪みてーな医者に開けてもらいやいーだろ」
「え゛、ヤダ!!それは絶ッ対にイ・ヤ!!」
「・・・・そうかよ」
「奇数がいいとか言うよね。なんでだろ?」
「知るかよ」
「運命変わった?」
「・・・さあな」
「そんなに開いてて使ってないんなら、1、2コちょうだいよ」
「・・無理言うな」
「でもよく耳にはツボがあって・・・」
「・・・・・・・ちょっとお前もう黙れ」
まだ色々と言ってくるメイの耳に手を伸ばして、
「!」
黙らせるために耳たぶを舐めた。
「キレーな耳してンだから、あんま穴だらけにすんなよ?」
もったいねぇから。
「・・・ヘンタイ!」
べち、と顔をはたかれた。
「まだ分かんないケド・・・もし開けたら」
メイがポツリとつぶやく。
お揃いの赤いピアスがいいな。
葉っぱが奏でる音も、なでていく風も、とても心地よい。
チップは木の上で休むことが多かった。
最近は、彼の隣にメイがいる回数が増えた。
買出しか何かで地上に降りていたらしく、
たまたまチップを見つけると、自分もと木に足をかける。
おいおい、と思ったが、メイは苦労することもなくチップの隣にたどり着いた。
「落ちンなよ?」
いつもはもっともっと高い空の上にいる彼女には、いらん心配だろうとは思ったが。
「空の上とはまた違うね。気持ちイイ」
そう言った、メイの笑顔が印象に残った。
それ以来、機会があれば木の上の、チップの隣にメイは居た。
別に何かする訳でもない。
たまに、他愛の無い会話を交わした。
メイがチップへ声をかける。
「ねえねえ、耳。見せて」
木の幹に寄りかかっていたチップが、メイに耳が見えるように姿勢を変えた。
「ピアス、左耳に1コしかしてないんだね。両耳にしないの?」
「あー・・・、穴は開いてんだけどな」
「片耳に1コずつ?」
「や、もっと開けたけど・・・・今は入れてねぇな。塞がってっかも」
「いくつ開いてるの?」
「んー・・・忘れた」
メイがチップの耳を覗き込む。
「わ、こんなとこにも開いてるッ」
チップの軟骨あたりをつまむ。
「えー、いくつ開いてんのコレ・・・右に1、2、3・・・・」
「何お前、ピアス開けんの」
「うーん、ちょっと開けたいカナーなんて思って・・・でも痛いのヤだし。チョット怖いかも・・・。あと膿んだりしたらやだなー」
視線はチップの耳に落としたまま、そう言った。
「痛かった?開けたとき。」
「・・・そーでもねぇよ」
「今、間があった」
「もう覚えてねぇんだよ。・・・あー、上の方が痛かったかもな」
「病院で開けた方がいいかな?」
「心配ならそうすりゃいいだろ」
「病院じゃなかったらやっぱ・・・安全ピンとか??」
「自分でピアス開ける道具みたいなの売ってんじゃねぇの?つか消毒とかすりゃ平気だろ」
「え~~、でもやっぱ病院の方が痛くなさそうだよね・・・。高くつくかなぁ」
「あの紙袋被った妖怪みてーな医者に開けてもらいやいーだろ」
「え゛、ヤダ!!それは絶ッ対にイ・ヤ!!」
「・・・・そうかよ」
「奇数がいいとか言うよね。なんでだろ?」
「知るかよ」
「運命変わった?」
「・・・さあな」
「そんなに開いてて使ってないんなら、1、2コちょうだいよ」
「・・無理言うな」
「でもよく耳にはツボがあって・・・」
「・・・・・・・ちょっとお前もう黙れ」
まだ色々と言ってくるメイの耳に手を伸ばして、
「!」
黙らせるために耳たぶを舐めた。
「キレーな耳してンだから、あんま穴だらけにすんなよ?」
もったいねぇから。
「・・・ヘンタイ!」
べち、と顔をはたかれた。
「まだ分かんないケド・・・もし開けたら」
メイがポツリとつぶやく。
お揃いの赤いピアスがいいな。
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ある国の都市で、大量のギアが反乱を始めた。
聖騎士団はようやくの事でギアの反乱を抑え、確認できる全てのギアの処分、
特に、『意志を持つギア』の処分を急いだ。
元聖騎士団長は、生存の確認された1体の意志を持つギアを捕獲しに、
闇深い森に足を向けた。
雨上がりの森は、深い霧に覆われ、手を伸ばせば指先が姿を眩ました。
「ここは・・・通せないよ」
霧の中で、前方に少女が座っているのが感じられた。
「・・・・・お嬢さん、しかし・・・「通せないよ」
再度、少女は繰り返す。
「ディズィーを連れて行く気なら僕があなたを止める。うちのクルーに手は出させない。
ジェリーフィッシュ快賊団、副団長の誇りに賭けて。」
きっぱりと言い放つ少女からは、確かな威厳が感じられた。
「こんなに幼くして、こんなにも誇りと威厳を持ち合わせるとは素晴らしいですね」
素直に騎士は評する。
「僕を子ども扱いするんだね・・・子どもだと思わないほうがいいよ」
少女の声に、多少の怒りが混じった。
「ええ、貴女を子供扱いしてはいけない事は、百も承知です。
通す気がないのなら・・・仕方ないですね。」
封雷剣が硬い音をたてて抜かれる。
「結局こうなるんだね・・・」
少女は言いながら立ち上がり、口笛を吹く。
空から鋭く錨が降って来、轟音と共に地面に突き刺さる。
「・・負けないよ。彼のために・・・あの子のために!!」
宣言と共に錨に手をかけ、持ち上げる。
「私も・・・自らのプライドのために、全力を出させて頂きます・・・!」
深い森の中、青年と、少女が対峙していた――
高く鋭い金属音が、霧によって響く。
互いに、息があがってきた。
もう、何時間互いの武器を交えあった事か。
「終わらせるよっ」
駆け出す少女。
「望む所です!」
構える騎士。
刹那、騎士の周囲の霧が濃くなる。
「・・・・ジョニー直伝・・・・バッカスサイ・・・・・・・・・!」
「しまっ・・・!」
騎士は、自分の腰に少女の腕が回るのを感じた。
「山田さん・・・・頼んだよ・・・!!」
少女が呟くと、嵐のような波音と共にピンクの鯨が泳いでくる。
騎士は回避しようにも、少女の凄まじい怪力に抱きつかれ、身動きが取れない。
「何を!?この状態で技を受ければ貴女も・・・!」
騎士は少女を引き剥がそうともがく。
「解ってるよ。だからやってるんじゃない・・・・」
無邪気に、少女は笑う。
全てを解った上での、子供のようなあどけない笑顔だった。
鯨は、周辺の樹々を薙ぎ倒し、騎士と少女を空高く跳ね上げた。
鯨のつぶらな目元には、海と同じ味の水が、浮かんでいた。
「きゃあぁぁっ!!!」
「ぐっ!」
騎士と少女の身体は地面に叩き付けられる。
少女は背中から騎士の動きを封じていたため、2人分の衝撃を同時に喰らった。
騎士ははっとして少女の腕を自分の腰から外し、少女の顔を覗き込む。
普通の女の子なら、死んでいる衝撃。
「だ・・・大丈夫ですか!?」
少女はうっすら目を開け、微笑むと、騎士の服を掴んだ。
「あーあ・・・失敗しちゃったぁ・・・」
少女は言った。
「ホントなら、山田さんの衝撃で土砂崩れも起こしちゃうつもりだったのに・・・出来なかったね。」
さも残念そうに、溜め息をついてみせる。
「何故ですか・・・何故死ぬような事を・・・!」
騎士は、焦った口調で問い詰めた。
「確実に山田さんでアナタを倒すには・・・ああやってちゃんと攻撃当てないと駄目でしょ・・・?」
弱々しく少女は言った。
「何故そんなに・・・!」
なおも騎士は問う。
「愛する彼の為なら、大切な友達の為なら。僕の命くらい、いくらでも賭けてあげる。」
小さく、しかしはっきりと言い、少女は目を閉じた。
騎士の服から、するりと腕が落ちる。
騎士は慌てて少女を抱き上げる。
規則的に漏れる、安らかな息を確認する。
安堵の息をつき、少女を地面に横にした。
自分も横に倒れる。
改めて激痛が全身を巡り、意識が遠のいて行った。
気が付くと、騎士はベッドの中だった。
あちこちに包帯が巻かれているのが、肌の感触で解る。
執事が現れた。
心配そうな面持ちで、「お疲れ様でした」と頭を下げる。
「空賊の少女は・・・」
「空賊団の船長が連れて帰りました。」
執事の返事に、騎士は安堵の息をつく。
「ベルナルド・・・お願いがあるのですが。」
執事は「何でしょう?」と振り向く。
「処分のギアリストから・・・彼女をはずしてください」
「と、言いますと?」
「彼女はギアではありません。今彼女は一人の女性として生きています・・・処分する必要はないでしょう。」
騎士の柔らかい口調に、執事は口許を緩ませ、「畏まりました」と礼をして退室する。
騎士は、ベッドから窓の外を見上げた。
4隻の飛空挺が、瞬く間に通り過ぎた。
気が付くと、少女はベッドの中だった。
あちこちに包帯が巻かれているのが、肌の感触で解る。
船長が現れた。
優しい表情で、「目は覚めたかい?」と少女の額を撫でた。
「・・・警察機構のヒトは・・・?」
「安心しな。ちゃんと帰った。」
船長の返事に、少女は安堵の息をつく。
「ジョニー・・・お願いがあるの。」
船長は「言ってみな?」と笑った。
「警察機構のあの男の人に・・・連絡、取れる?」
「取れるが・・・それがどうかしたか?」
「僕、あの人に話があるの。だから・・・」
少女の必死の口調に船長は口許を緩ませ、「あぁ、解った」と退室した。
少女は、ベッドから窓の外を見た。
次から次へと、雲が流れていた。
『あ・・・もしもし?怪我、大丈夫?』
『はい。そちらの方が重症でしょう、大丈夫ですか?』
『ん、僕の方も大分治ってきたよ。』
『それで、私に用事とは?』
『あの・・・えっとね?ディズィーの事なんだけど・・・』
『彼女でしたら、もう追われることは無いと思いますよ。』
『へ?』
『彼女にかかった賞金は蔵土縁紗夢さんが獲得し、世間では彼女はすでに捕らえられた事になっています。
そして私が手を下して彼女は処分リストから消しておきました。』
『本当に!?・・・でもリストから消したって・・・』
『内密に、ですけどね。』
『あははっそっか・・・うん。解ったよ、ありがとう!』
『はい。またいつかお会いできると良いですね。』
『うん。会えるよ。アナタは警察で、僕は指名手配の快賊なんだから♪』
『ええ。いつまでも追いかけさせて頂きますよ・・・』
聖騎士団はようやくの事でギアの反乱を抑え、確認できる全てのギアの処分、
特に、『意志を持つギア』の処分を急いだ。
元聖騎士団長は、生存の確認された1体の意志を持つギアを捕獲しに、
闇深い森に足を向けた。
雨上がりの森は、深い霧に覆われ、手を伸ばせば指先が姿を眩ました。
「ここは・・・通せないよ」
霧の中で、前方に少女が座っているのが感じられた。
「・・・・・お嬢さん、しかし・・・「通せないよ」
再度、少女は繰り返す。
「ディズィーを連れて行く気なら僕があなたを止める。うちのクルーに手は出させない。
ジェリーフィッシュ快賊団、副団長の誇りに賭けて。」
きっぱりと言い放つ少女からは、確かな威厳が感じられた。
「こんなに幼くして、こんなにも誇りと威厳を持ち合わせるとは素晴らしいですね」
素直に騎士は評する。
「僕を子ども扱いするんだね・・・子どもだと思わないほうがいいよ」
少女の声に、多少の怒りが混じった。
「ええ、貴女を子供扱いしてはいけない事は、百も承知です。
通す気がないのなら・・・仕方ないですね。」
封雷剣が硬い音をたてて抜かれる。
「結局こうなるんだね・・・」
少女は言いながら立ち上がり、口笛を吹く。
空から鋭く錨が降って来、轟音と共に地面に突き刺さる。
「・・負けないよ。彼のために・・・あの子のために!!」
宣言と共に錨に手をかけ、持ち上げる。
「私も・・・自らのプライドのために、全力を出させて頂きます・・・!」
深い森の中、青年と、少女が対峙していた――
高く鋭い金属音が、霧によって響く。
互いに、息があがってきた。
もう、何時間互いの武器を交えあった事か。
「終わらせるよっ」
駆け出す少女。
「望む所です!」
構える騎士。
刹那、騎士の周囲の霧が濃くなる。
「・・・・ジョニー直伝・・・・バッカスサイ・・・・・・・・・!」
「しまっ・・・!」
騎士は、自分の腰に少女の腕が回るのを感じた。
「山田さん・・・・頼んだよ・・・!!」
少女が呟くと、嵐のような波音と共にピンクの鯨が泳いでくる。
騎士は回避しようにも、少女の凄まじい怪力に抱きつかれ、身動きが取れない。
「何を!?この状態で技を受ければ貴女も・・・!」
騎士は少女を引き剥がそうともがく。
「解ってるよ。だからやってるんじゃない・・・・」
無邪気に、少女は笑う。
全てを解った上での、子供のようなあどけない笑顔だった。
鯨は、周辺の樹々を薙ぎ倒し、騎士と少女を空高く跳ね上げた。
鯨のつぶらな目元には、海と同じ味の水が、浮かんでいた。
「きゃあぁぁっ!!!」
「ぐっ!」
騎士と少女の身体は地面に叩き付けられる。
少女は背中から騎士の動きを封じていたため、2人分の衝撃を同時に喰らった。
騎士ははっとして少女の腕を自分の腰から外し、少女の顔を覗き込む。
普通の女の子なら、死んでいる衝撃。
「だ・・・大丈夫ですか!?」
少女はうっすら目を開け、微笑むと、騎士の服を掴んだ。
「あーあ・・・失敗しちゃったぁ・・・」
少女は言った。
「ホントなら、山田さんの衝撃で土砂崩れも起こしちゃうつもりだったのに・・・出来なかったね。」
さも残念そうに、溜め息をついてみせる。
「何故ですか・・・何故死ぬような事を・・・!」
騎士は、焦った口調で問い詰めた。
「確実に山田さんでアナタを倒すには・・・ああやってちゃんと攻撃当てないと駄目でしょ・・・?」
弱々しく少女は言った。
「何故そんなに・・・!」
なおも騎士は問う。
「愛する彼の為なら、大切な友達の為なら。僕の命くらい、いくらでも賭けてあげる。」
小さく、しかしはっきりと言い、少女は目を閉じた。
騎士の服から、するりと腕が落ちる。
騎士は慌てて少女を抱き上げる。
規則的に漏れる、安らかな息を確認する。
安堵の息をつき、少女を地面に横にした。
自分も横に倒れる。
改めて激痛が全身を巡り、意識が遠のいて行った。
気が付くと、騎士はベッドの中だった。
あちこちに包帯が巻かれているのが、肌の感触で解る。
執事が現れた。
心配そうな面持ちで、「お疲れ様でした」と頭を下げる。
「空賊の少女は・・・」
「空賊団の船長が連れて帰りました。」
執事の返事に、騎士は安堵の息をつく。
「ベルナルド・・・お願いがあるのですが。」
執事は「何でしょう?」と振り向く。
「処分のギアリストから・・・彼女をはずしてください」
「と、言いますと?」
「彼女はギアではありません。今彼女は一人の女性として生きています・・・処分する必要はないでしょう。」
騎士の柔らかい口調に、執事は口許を緩ませ、「畏まりました」と礼をして退室する。
騎士は、ベッドから窓の外を見上げた。
4隻の飛空挺が、瞬く間に通り過ぎた。
気が付くと、少女はベッドの中だった。
あちこちに包帯が巻かれているのが、肌の感触で解る。
船長が現れた。
優しい表情で、「目は覚めたかい?」と少女の額を撫でた。
「・・・警察機構のヒトは・・・?」
「安心しな。ちゃんと帰った。」
船長の返事に、少女は安堵の息をつく。
「ジョニー・・・お願いがあるの。」
船長は「言ってみな?」と笑った。
「警察機構のあの男の人に・・・連絡、取れる?」
「取れるが・・・それがどうかしたか?」
「僕、あの人に話があるの。だから・・・」
少女の必死の口調に船長は口許を緩ませ、「あぁ、解った」と退室した。
少女は、ベッドから窓の外を見た。
次から次へと、雲が流れていた。
『あ・・・もしもし?怪我、大丈夫?』
『はい。そちらの方が重症でしょう、大丈夫ですか?』
『ん、僕の方も大分治ってきたよ。』
『それで、私に用事とは?』
『あの・・・えっとね?ディズィーの事なんだけど・・・』
『彼女でしたら、もう追われることは無いと思いますよ。』
『へ?』
『彼女にかかった賞金は蔵土縁紗夢さんが獲得し、世間では彼女はすでに捕らえられた事になっています。
そして私が手を下して彼女は処分リストから消しておきました。』
『本当に!?・・・でもリストから消したって・・・』
『内密に、ですけどね。』
『あははっそっか・・・うん。解ったよ、ありがとう!』
『はい。またいつかお会いできると良いですね。』
『うん。会えるよ。アナタは警察で、僕は指名手配の快賊なんだから♪』
『ええ。いつまでも追いかけさせて頂きますよ・・・』
カチ、と、軽い音がして、それからまた静かに時計の秒針は刻まれていく。
その時を待っていましたとばかりにがたがたっ、という椅子が引かれる音がした。
ぱんぱんぱん! クラッカーが軽快な音を立てる。
大きなテーブルには全員が着いていて、船は一時間ほど前から自動航行をしている。
「お誕生日、おめでとう! ジョニー!!」
メイが一番に言って、それから他のクルーも口々にお誕生日おめでとう! と満面の笑顔。
クルーの顔が描かれたバースディケーキを見て、年甲斐もなく照れたようにジョニーが笑う。
「ありがとうな、お前たち」
誰の誕生日にも卒のない男は、当然自分の誕生日も覚えている。
酒場の娼婦達からも渡されるそれに、感謝こそすれ迷惑と思うことのない彼は、けれど必ず誕生日には船に戻る。
家族でのパーティー、を知っているジョニーは、彼の肉親を失くしてからも『家族』で誕生日を迎えることに疑問はなかった。
「はっぴばぁ~すで~ぃとぅ~ゆ~~~~~~~」
メイとエイプリルが肩を組んで歌い始めれば、ディズィーもそれに乗り、ハッピーバースディの合唱会。
「はっぴば~すで~~ぃ でぃ~あ じょ~~~~~に~~~」
ちらりと視線を向けられれば、くすりと口の端に笑みが浮かぶ。
ぱぁっと花開くように少女達が笑う。
「はっぴば~~すで~~~ぃ・・・・・・・・・・・・・・・」
「「「「「「とぅ~~~~~~~ゆぅ~~~~~~!!!!!」」」」」」
紙吹雪が、舞い散った。
ひらひらと舞い散るそれを、指先でつまんで落とす。 勿体無いことに、料理にまで落ちてしまっているそれを、やりすぎたーーーっ! と慌てて除けている姿があまりにも歳相応で可愛らしい。
「お前さんたち、これを片すのは俺なんだろう?」
やれやれと言いながらも、ジョニーは嬉しそうだった
その時を待っていましたとばかりにがたがたっ、という椅子が引かれる音がした。
ぱんぱんぱん! クラッカーが軽快な音を立てる。
大きなテーブルには全員が着いていて、船は一時間ほど前から自動航行をしている。
「お誕生日、おめでとう! ジョニー!!」
メイが一番に言って、それから他のクルーも口々にお誕生日おめでとう! と満面の笑顔。
クルーの顔が描かれたバースディケーキを見て、年甲斐もなく照れたようにジョニーが笑う。
「ありがとうな、お前たち」
誰の誕生日にも卒のない男は、当然自分の誕生日も覚えている。
酒場の娼婦達からも渡されるそれに、感謝こそすれ迷惑と思うことのない彼は、けれど必ず誕生日には船に戻る。
家族でのパーティー、を知っているジョニーは、彼の肉親を失くしてからも『家族』で誕生日を迎えることに疑問はなかった。
「はっぴばぁ~すで~ぃとぅ~ゆ~~~~~~~」
メイとエイプリルが肩を組んで歌い始めれば、ディズィーもそれに乗り、ハッピーバースディの合唱会。
「はっぴば~すで~~ぃ でぃ~あ じょ~~~~~に~~~」
ちらりと視線を向けられれば、くすりと口の端に笑みが浮かぶ。
ぱぁっと花開くように少女達が笑う。
「はっぴば~~すで~~~ぃ・・・・・・・・・・・・・・・」
「「「「「「とぅ~~~~~~~ゆぅ~~~~~~!!!!!」」」」」」
紙吹雪が、舞い散った。
ひらひらと舞い散るそれを、指先でつまんで落とす。 勿体無いことに、料理にまで落ちてしまっているそれを、やりすぎたーーーっ! と慌てて除けている姿があまりにも歳相応で可愛らしい。
「お前さんたち、これを片すのは俺なんだろう?」
やれやれと言いながらも、ジョニーは嬉しそうだった
五月。サツキ。ぼくの、二つ目の生まれた月。
手を差し伸べてくれたのはあのヒト。
十月二十三日。(お金がない)
晴天。雲の中の航行がやっと終わり、船室のウィンドウから射しこむ光に目を醒ます。
手近にあったスヌーズ機能つきの時計を見ると、既に時計の短針は真昼を示すベルを鳴らそうとしていた。
スイッチをオフに入れ、時計を置き、寝る前に考えていた今日のスケジュールを、覚醒していない頭で思い出す。
既に予定は大幅に遅れていた。
まだ温もりの残るベッドから跳ね起き、急いでクローゼットの中から服を取る。
髪を整え、用意してあったいつもの快賊団の帽子をかぶり、ロングサイズのミラーの前で全身の恰好を整える。
自分の表現できる最高の笑顔を確認し、よし、と勢いよく部屋を飛び出そうとした。
だがこういうときに限って何かはあるものね。その日は、いつも絶対に忘れることのない、
フォトスタンドの中にいるジョニーへの挨拶を忘れてしまった。
そのことに気づくこともなく、半ば扉を壊しかねないようなスピードでぼくは部屋を後にした。
ぼくは先日の戦いで手に入るはずだった賞金が財布の中にないことを確認し、絶望の淵に立たされていた。
いくら部屋の壁にかかったカレンダーを見ても、毎日欠かさずにつけているダイアリーの日付を見ても、
快賊団の誰に訊こうと、それは無常にも変わることはなく。
明日がぼくの、最愛の人のバースデイだということ。
といっても、それ以前に貯めていた金額はかなりのもので、プレゼント相応の品物を買う余裕はある。
要はぼくの愛の大きさにつりあったものが買えないということ。
これはその日にあった出来事。
自室を出た後すぐ、ぼくは想い人と遭遇した。
「おっはよ~、ジョニー。今日もカッコいいね~」
「メイ~。今日は朝から、元気いいねぇ」
彼にとって何気ない言葉が、ぼくには全て詩に聞こえる。
そのウタの旋律はとても心地よく、ぼくという音符はジョニーの低音と調和し、コンチェルトを奏でる。
他の人にはそれがただ言葉を交わしているだけだとしても。
「ん~、起きてから初めて会ったのがジョニーだからだよ。でもぼくはいつも元気だけどね。ジョニーといれば」
「そっか。ま、快賊団は今のところ目標もないし、ちょっと休息も必要だしね。おまえも、少しは休んでおけよ?」
彼がぼくの目線と合うようにかがんでサングラスを取り、笑顔をくれる。
ぼくはそれだけで、今日という名の譜面に流れる曲のテンポが速くなる。
心地いい風を感じたくなり、甲板に上がる。
途中すれ違ったクルーから、何かいいことあった? と訊かれること数回。
その度に「うん。気持ちがいいから甲板にいく」と答えていた。
甲板には先客がいた。結局、この女(?)のせいでお金は手に入んなかったのよね。はぁ……。
「? どうかしましたか?」
「い、いや。なんでもないの。気にしないで、ディズィー……さん?」
「はい」
いや、にこやかに答えられても、後ろの真っ黒い人っぽいの、怖いって。
ジョニーの意向で、この賞金首……だった彼女・ディズィーは、
ジェリーフィッシュ快賊団に所属するクルーとして保護された。
保護といっても、掃除当番に炊事当番、その他、クルーとして生活してさえいれば、
基本的な生活に関しては兎角何かを言うことはない。
つまりは、「私と同じ」立場、なのよねぇ。快賊団での位置付けは別として。
ふむ。これは「ぼくの」ジョニーの危機だわね。こんな女に誑かされでもしたら、
それこそぼくの立場ってぇもんがないよ! ヤられる前に、ちょと訊いときましょか。
……決して「ジョニーがヤる」前ではないよ?
「ねぇねぇ、ディズィーさん。……むぅ、言いにくいな。ディズって呼んでもいい?」
「ええ、構いませんけど。なんでしょうか」
言葉遣いは丁寧……と。ちょっと改め。で、何から訊いたものか。
「えーと……あ、あのね。ちょっと訊きたいんだけど。あ、あの黒い髪の人って、アナタの何なの?」
う、これでは「ぼくはあの人が気になります」っていってるみたいじゃない。
ぼくはジョニーのことが訊きたいのにー。失敗だよ。
「あ、テスタメントのことですか? 彼は……」
「彼は……よくわからないんです。でも、私を守るって。そういっていました」
困惑、してるね。つまりは「ありがた迷惑」なわけね、彼は。
独りにしてくださいとか何とか、闘ってても結構言ってたしね。
「君は、彼のこと何にも想ってないの?」
「? はい? どういう……意味ですか?」
「え……っと、時にディズ。あなたおいくつ?」
「おいくつ……?」
「ああ、年齢のこと。何歳ですか? っていうことね」
見た目は……十八とかそのへんだけど。
もともとギアにニンゲンの尺度が当てはまるかどうか疑問だしね。
「えっと、生まれてから……三年が経ちました」
「それホント?」
「はい。両親が逃がしてくれる前の、最後の夜に……そう、教えてくれました……」
う。思い出したくない過去……。それはぼくにもあるし。この娘も同じ、か。
「ご、ごめんね」
「いいんです。両親もまだ、死んだわけではないですし。きっと元気にしています」
「じゃあ、あらためて訊くけど。好きなヒトって、いるの?」
「……メイさんは、どうなんですか?」
「あ、ぼく?」
「ぼくはね、ジョニーイノチって感じ。あのヒトがいるからこそ、今ぼくはここにいるわけだし」
ぼくをはじめこのディズもそうだけど、快賊団のクルーのほとんどはジョニーにひろわれた孤児だった。
あるものは親に捨てられ、あるものは親を殺された。……ぼくも後者だ。
でもそのときの記憶も、今はない。あるのは手を差し伸べてくれたジョニーだけ。
ぬいぐるみだけ持っていたぼくの前にかがんで、笑顔で立っていた彼。
ぼくにはその時彼がメシアのように見えたのかな。この人についていこうって、
そう思えた。
ぼくには絶対に忘れられない、ぼくの存在理由そのもの。
「素敵ですね、そういうのって」
少し寂しげな表情で彼女はそういった。そのときの彼女は、とても弱く、思えた。
彼女を背中から守り続ける二枚の羽根も、言葉の意味を理解したかのようにその場に漂う風を纏っていた。
ぼくはその言葉の意味が凄く気になった。
「それってどういうこと? あなたにもいるんじゃないの? そう想えるヒトが」
「よく……わかりません。私の周りには動物たちしかいなかったら」
ヒトは怖れの対象であり、ヒトは脅かすモノ。
彼女は静かに暮らしていた森での生活をニンゲンに追われ、この間の一件が起こってしまった。
彼女を守ってくれていたものは、ヒトの侵入を拒んでいた森と、その森にいた動物。
そして、彼女に中に棲んでいるモノ、だった。
「でも、大事なヒトなら、います」
「ジョニーさん」
「ちょっ……!」
「に、メイさん。それに快賊団のみなさん。あとはネクロとウンディーネに……」
……曰く、彼女にとって初めての人たちがジェリーフィッシュ快賊団なのだそうで。
ネクロとウンディーネは姿かたちを変え、常に彼女を守り続けているから。
他にあげられた人はテスタメントとか、ポチョムキンとか(これは以外)。
彼女はヒトの感情とか、かなり敏感で。感受性が優れているって言えるかもしれない。
人がどんな思いで自分とその力を交えたのかという部分を強く心に受け止めていた。
でも……。
「でも、それじゃあ……ぼくは……」
彼女は少し困った顔で微笑んだだけだった。
十月二十四日。(ジョニーの誕生日。兼、記念日)
「ジョニー誕生日オメデ、トー!」
クルー全員からの祝福を受ける彼。
あたりを見回せば、女性ばかりで男が一人もいないことに恐怖すら感じる。
何か作為的なもの……と。
ジョニーの前には長いテーブルが並べられ、さながらハイソサエティのようなテーブルクロスの上は、
煌びやかな食器と盛りつけられた料理で賑わされていた。
そのテーブルの周りを取り囲むようにクルーが席についている。
盛大にパーティは続く。だがその場にディズの姿は、ない。
そしてプレゼントが彼に渡されていった。
ぼくは最後にバースデイプレゼントを渡すことになっていた。
パーティを計画していたときは一番初めに渡すはずだったものを、
みんなに特大のプレゼントがあるといって、無理にお願いして順番を変えてもらった。
「ジョニー……あのね」
目の前にはジョニーがいる。
「どしたの? メイ。急におとなしくなっちゃって」
ぼくにプレゼントは、なかった。プレゼントを買い忘れたわけではない。
でも、それは今、渡すべきものではないと思った。
なぜなら今回のプレゼントに、最も相応しいものが他にあったから。
とても盛大で騒がしかったパーティルームは、一転して静寂に包まれていた。
その場の雰囲気を察してなのか、それとも私のプレゼントに注目しているのか。
どちらにしても、ぼくにとってはちょっとやりにくい状況だった。
「ぼくはね、ジョニーが大好きで、その大きさにあったものを選びたかったの。
でも、今回はちょっと違うものを、選んでみたの。きっと気に入ると思うの」
ぼくはジョニーの前を離れて、部屋のドアノブに手をかける。
いつもの調子で、「拍手で迎えて下さい!」と大声でいうと、
ドアノブを回して静かにドアをあける。
「ほぅ……これまたぁ……」
そこにはディズがいた。
今までとは違い、快賊団のセーラー服を着ている彼女は、
気恥ずかしげに部屋の中に一歩、また一歩とその脚をゆっくりと進める。
そして部屋の中央にあるテーブルの横を通り、彼の座る席へと近づく。
「お誕生日おめでとうございます、ジョニーさん」
まだ照れの残る表情で笑うディズはジョニーに向かって一礼する。
その動作にあわせて、ふぁさ、と音を立てて羽根が舞う。
彼女の心情に合わせて、羽根に棲む二人も今までのディズにはない感情の現れに心を躍らせているようだった。
「どう……かな」
「これ、お前さんがコーディネート、したのかい?」
「うん。っても、サイズ合わせただけだけどね」
軽く照れてみる。
「どうでしょうか……」
不安そうにディズがジョニーに尋ねる。
くるりと彼女はその場で一回転してみせると、クルーから賛美の声があがる。
「どうもこうもしねぇよ。似合ってんよ、ディズィー」
「ありがとう……ございます……!」
ディズと話をした後、私は買い物に出かけずに彼女を誘った。
まだ少し他のクルーとぎこちないディズは、船の中に居場所を感じることができず、
甲板に上がってきていたのだった。
ぼくは悲しげにそのことを打ち明けてくれたディズに対して、
とても思い違いをしていたことを理解した。
そのお詫びと、船の新しい一員として、彼女に服を仕立ててあげることにした。
既製の服では、その羽根と尾をしまっておくことができずに今まで着られなかったのだ。
ちょっと短い丈の、パンツタイプのセーラー服。彼女のスタイルがよかったので、
それが一層小さく見えてしまって、本人も見ているぼくもちょっと恥ずかしかった。
それでも、服を直しているときの彼女との会話はとても弾んだ。
彼女は、何も知らないだけの、ただの女の子だった。
感情というものを知っていくうちに、普通に笑って、普通に泣いて、
普通にコイをするであろう、一人の女の子であった。
ただ今はそれがわからないだけ、知らないだけ。たったそれだけの。
「ジョニー。お願いがあるの。今日をディズの記念日にしてくれない?
ジェリーフィッシュ快賊団のクルーとしての、初めての日に」
「お前さん。誰に向かってそんなことを言っているわーけー?」
「ジョニー……」
「この俺が、許さないとでも思ってるの?」
「じゃぁ……」
「あー……。ようこそ、ジェリーフィッシュ快賊団へ、お姫様……。
わたくし、快賊団団長の、ジョニーと申します。以後、お見知りおきを……」
席を立ってサングラスをはずし、振り上げたその手を、孤を描くようにゆっくりと下ろす。
それと同時に深く一礼し、顔を上げてあの時と変わらないスマイルを彼女に向ける。
五月のあの日、わけもわからずぼくが快賊団に入ったときと同じ笑顔で。
それがぼくはとても嬉しくて。そしてディズも。
でも、彼の笑顔がぼくだけのものではないのが少し寂しくて。
それが彼のいいところではあるのだけれど。
だから……ぼくはまだ彼の隙間に入りきれていないから……。
このプレゼントは待ち惚け。
いつの日か、彼の隙間にぼくが、ぼくの隙間に彼が入りきったときこそ。
これを渡そう。
金額なんか関係ないと、大事なのはそのココロだと知ったぼくが選んだ、
ジュエルにも勝る二つのタカラモノ。それは彼の好きなギターと……。
十一月某日。(カワリハジメタアタシタチ)
あの日を境に、ディズもぼくも変わりはじめた。
今では彼女もすっかり快賊団に馴染んでいる。
「そういえばメイさん。結局渡さなかったんですね」
その日はぼくとディズが料理当番で、ちょうど二人で晩の買出しをしているときだった。
リープに渡されたメモの通りの買い物と、少し時間が余ったのでショッピングをしていた。
ジョニーへのプレゼントのときも、ぼくとディズは一緒に買い物をしていたから、
本当のプレゼントは彼女とぼくだけの秘密っていうことね。
「ああ、プレゼント? あはは、ぼくにはまだ早いってわかったから。
だから今はおあずけなの」
「いいですね、そういうの。私はまだかなぁ……」
「だいじょうぶ! ディズにもいいヒトが現れるって!
だってこんなにかわいいんですもの」
「そうでしょうか……」
「自信持ちなさいって。このメイさんが言うんだから、間違いないよ!
あ、ジョニーだけはダメだからね」
「はい」
クス、と笑ってディズは少し駆け足になった。
何処かにいる名前も知らないアナタへ。
あたしのコイは、まだまだ続きます。
ん? プレゼントのもう一つは何かって?
それは……ヒミツです。
手を差し伸べてくれたのはあのヒト。
十月二十三日。(お金がない)
晴天。雲の中の航行がやっと終わり、船室のウィンドウから射しこむ光に目を醒ます。
手近にあったスヌーズ機能つきの時計を見ると、既に時計の短針は真昼を示すベルを鳴らそうとしていた。
スイッチをオフに入れ、時計を置き、寝る前に考えていた今日のスケジュールを、覚醒していない頭で思い出す。
既に予定は大幅に遅れていた。
まだ温もりの残るベッドから跳ね起き、急いでクローゼットの中から服を取る。
髪を整え、用意してあったいつもの快賊団の帽子をかぶり、ロングサイズのミラーの前で全身の恰好を整える。
自分の表現できる最高の笑顔を確認し、よし、と勢いよく部屋を飛び出そうとした。
だがこういうときに限って何かはあるものね。その日は、いつも絶対に忘れることのない、
フォトスタンドの中にいるジョニーへの挨拶を忘れてしまった。
そのことに気づくこともなく、半ば扉を壊しかねないようなスピードでぼくは部屋を後にした。
ぼくは先日の戦いで手に入るはずだった賞金が財布の中にないことを確認し、絶望の淵に立たされていた。
いくら部屋の壁にかかったカレンダーを見ても、毎日欠かさずにつけているダイアリーの日付を見ても、
快賊団の誰に訊こうと、それは無常にも変わることはなく。
明日がぼくの、最愛の人のバースデイだということ。
といっても、それ以前に貯めていた金額はかなりのもので、プレゼント相応の品物を買う余裕はある。
要はぼくの愛の大きさにつりあったものが買えないということ。
これはその日にあった出来事。
自室を出た後すぐ、ぼくは想い人と遭遇した。
「おっはよ~、ジョニー。今日もカッコいいね~」
「メイ~。今日は朝から、元気いいねぇ」
彼にとって何気ない言葉が、ぼくには全て詩に聞こえる。
そのウタの旋律はとても心地よく、ぼくという音符はジョニーの低音と調和し、コンチェルトを奏でる。
他の人にはそれがただ言葉を交わしているだけだとしても。
「ん~、起きてから初めて会ったのがジョニーだからだよ。でもぼくはいつも元気だけどね。ジョニーといれば」
「そっか。ま、快賊団は今のところ目標もないし、ちょっと休息も必要だしね。おまえも、少しは休んでおけよ?」
彼がぼくの目線と合うようにかがんでサングラスを取り、笑顔をくれる。
ぼくはそれだけで、今日という名の譜面に流れる曲のテンポが速くなる。
心地いい風を感じたくなり、甲板に上がる。
途中すれ違ったクルーから、何かいいことあった? と訊かれること数回。
その度に「うん。気持ちがいいから甲板にいく」と答えていた。
甲板には先客がいた。結局、この女(?)のせいでお金は手に入んなかったのよね。はぁ……。
「? どうかしましたか?」
「い、いや。なんでもないの。気にしないで、ディズィー……さん?」
「はい」
いや、にこやかに答えられても、後ろの真っ黒い人っぽいの、怖いって。
ジョニーの意向で、この賞金首……だった彼女・ディズィーは、
ジェリーフィッシュ快賊団に所属するクルーとして保護された。
保護といっても、掃除当番に炊事当番、その他、クルーとして生活してさえいれば、
基本的な生活に関しては兎角何かを言うことはない。
つまりは、「私と同じ」立場、なのよねぇ。快賊団での位置付けは別として。
ふむ。これは「ぼくの」ジョニーの危機だわね。こんな女に誑かされでもしたら、
それこそぼくの立場ってぇもんがないよ! ヤられる前に、ちょと訊いときましょか。
……決して「ジョニーがヤる」前ではないよ?
「ねぇねぇ、ディズィーさん。……むぅ、言いにくいな。ディズって呼んでもいい?」
「ええ、構いませんけど。なんでしょうか」
言葉遣いは丁寧……と。ちょっと改め。で、何から訊いたものか。
「えーと……あ、あのね。ちょっと訊きたいんだけど。あ、あの黒い髪の人って、アナタの何なの?」
う、これでは「ぼくはあの人が気になります」っていってるみたいじゃない。
ぼくはジョニーのことが訊きたいのにー。失敗だよ。
「あ、テスタメントのことですか? 彼は……」
「彼は……よくわからないんです。でも、私を守るって。そういっていました」
困惑、してるね。つまりは「ありがた迷惑」なわけね、彼は。
独りにしてくださいとか何とか、闘ってても結構言ってたしね。
「君は、彼のこと何にも想ってないの?」
「? はい? どういう……意味ですか?」
「え……っと、時にディズ。あなたおいくつ?」
「おいくつ……?」
「ああ、年齢のこと。何歳ですか? っていうことね」
見た目は……十八とかそのへんだけど。
もともとギアにニンゲンの尺度が当てはまるかどうか疑問だしね。
「えっと、生まれてから……三年が経ちました」
「それホント?」
「はい。両親が逃がしてくれる前の、最後の夜に……そう、教えてくれました……」
う。思い出したくない過去……。それはぼくにもあるし。この娘も同じ、か。
「ご、ごめんね」
「いいんです。両親もまだ、死んだわけではないですし。きっと元気にしています」
「じゃあ、あらためて訊くけど。好きなヒトって、いるの?」
「……メイさんは、どうなんですか?」
「あ、ぼく?」
「ぼくはね、ジョニーイノチって感じ。あのヒトがいるからこそ、今ぼくはここにいるわけだし」
ぼくをはじめこのディズもそうだけど、快賊団のクルーのほとんどはジョニーにひろわれた孤児だった。
あるものは親に捨てられ、あるものは親を殺された。……ぼくも後者だ。
でもそのときの記憶も、今はない。あるのは手を差し伸べてくれたジョニーだけ。
ぬいぐるみだけ持っていたぼくの前にかがんで、笑顔で立っていた彼。
ぼくにはその時彼がメシアのように見えたのかな。この人についていこうって、
そう思えた。
ぼくには絶対に忘れられない、ぼくの存在理由そのもの。
「素敵ですね、そういうのって」
少し寂しげな表情で彼女はそういった。そのときの彼女は、とても弱く、思えた。
彼女を背中から守り続ける二枚の羽根も、言葉の意味を理解したかのようにその場に漂う風を纏っていた。
ぼくはその言葉の意味が凄く気になった。
「それってどういうこと? あなたにもいるんじゃないの? そう想えるヒトが」
「よく……わかりません。私の周りには動物たちしかいなかったら」
ヒトは怖れの対象であり、ヒトは脅かすモノ。
彼女は静かに暮らしていた森での生活をニンゲンに追われ、この間の一件が起こってしまった。
彼女を守ってくれていたものは、ヒトの侵入を拒んでいた森と、その森にいた動物。
そして、彼女に中に棲んでいるモノ、だった。
「でも、大事なヒトなら、います」
「ジョニーさん」
「ちょっ……!」
「に、メイさん。それに快賊団のみなさん。あとはネクロとウンディーネに……」
……曰く、彼女にとって初めての人たちがジェリーフィッシュ快賊団なのだそうで。
ネクロとウンディーネは姿かたちを変え、常に彼女を守り続けているから。
他にあげられた人はテスタメントとか、ポチョムキンとか(これは以外)。
彼女はヒトの感情とか、かなり敏感で。感受性が優れているって言えるかもしれない。
人がどんな思いで自分とその力を交えたのかという部分を強く心に受け止めていた。
でも……。
「でも、それじゃあ……ぼくは……」
彼女は少し困った顔で微笑んだだけだった。
十月二十四日。(ジョニーの誕生日。兼、記念日)
「ジョニー誕生日オメデ、トー!」
クルー全員からの祝福を受ける彼。
あたりを見回せば、女性ばかりで男が一人もいないことに恐怖すら感じる。
何か作為的なもの……と。
ジョニーの前には長いテーブルが並べられ、さながらハイソサエティのようなテーブルクロスの上は、
煌びやかな食器と盛りつけられた料理で賑わされていた。
そのテーブルの周りを取り囲むようにクルーが席についている。
盛大にパーティは続く。だがその場にディズの姿は、ない。
そしてプレゼントが彼に渡されていった。
ぼくは最後にバースデイプレゼントを渡すことになっていた。
パーティを計画していたときは一番初めに渡すはずだったものを、
みんなに特大のプレゼントがあるといって、無理にお願いして順番を変えてもらった。
「ジョニー……あのね」
目の前にはジョニーがいる。
「どしたの? メイ。急におとなしくなっちゃって」
ぼくにプレゼントは、なかった。プレゼントを買い忘れたわけではない。
でも、それは今、渡すべきものではないと思った。
なぜなら今回のプレゼントに、最も相応しいものが他にあったから。
とても盛大で騒がしかったパーティルームは、一転して静寂に包まれていた。
その場の雰囲気を察してなのか、それとも私のプレゼントに注目しているのか。
どちらにしても、ぼくにとってはちょっとやりにくい状況だった。
「ぼくはね、ジョニーが大好きで、その大きさにあったものを選びたかったの。
でも、今回はちょっと違うものを、選んでみたの。きっと気に入ると思うの」
ぼくはジョニーの前を離れて、部屋のドアノブに手をかける。
いつもの調子で、「拍手で迎えて下さい!」と大声でいうと、
ドアノブを回して静かにドアをあける。
「ほぅ……これまたぁ……」
そこにはディズがいた。
今までとは違い、快賊団のセーラー服を着ている彼女は、
気恥ずかしげに部屋の中に一歩、また一歩とその脚をゆっくりと進める。
そして部屋の中央にあるテーブルの横を通り、彼の座る席へと近づく。
「お誕生日おめでとうございます、ジョニーさん」
まだ照れの残る表情で笑うディズはジョニーに向かって一礼する。
その動作にあわせて、ふぁさ、と音を立てて羽根が舞う。
彼女の心情に合わせて、羽根に棲む二人も今までのディズにはない感情の現れに心を躍らせているようだった。
「どう……かな」
「これ、お前さんがコーディネート、したのかい?」
「うん。っても、サイズ合わせただけだけどね」
軽く照れてみる。
「どうでしょうか……」
不安そうにディズがジョニーに尋ねる。
くるりと彼女はその場で一回転してみせると、クルーから賛美の声があがる。
「どうもこうもしねぇよ。似合ってんよ、ディズィー」
「ありがとう……ございます……!」
ディズと話をした後、私は買い物に出かけずに彼女を誘った。
まだ少し他のクルーとぎこちないディズは、船の中に居場所を感じることができず、
甲板に上がってきていたのだった。
ぼくは悲しげにそのことを打ち明けてくれたディズに対して、
とても思い違いをしていたことを理解した。
そのお詫びと、船の新しい一員として、彼女に服を仕立ててあげることにした。
既製の服では、その羽根と尾をしまっておくことができずに今まで着られなかったのだ。
ちょっと短い丈の、パンツタイプのセーラー服。彼女のスタイルがよかったので、
それが一層小さく見えてしまって、本人も見ているぼくもちょっと恥ずかしかった。
それでも、服を直しているときの彼女との会話はとても弾んだ。
彼女は、何も知らないだけの、ただの女の子だった。
感情というものを知っていくうちに、普通に笑って、普通に泣いて、
普通にコイをするであろう、一人の女の子であった。
ただ今はそれがわからないだけ、知らないだけ。たったそれだけの。
「ジョニー。お願いがあるの。今日をディズの記念日にしてくれない?
ジェリーフィッシュ快賊団のクルーとしての、初めての日に」
「お前さん。誰に向かってそんなことを言っているわーけー?」
「ジョニー……」
「この俺が、許さないとでも思ってるの?」
「じゃぁ……」
「あー……。ようこそ、ジェリーフィッシュ快賊団へ、お姫様……。
わたくし、快賊団団長の、ジョニーと申します。以後、お見知りおきを……」
席を立ってサングラスをはずし、振り上げたその手を、孤を描くようにゆっくりと下ろす。
それと同時に深く一礼し、顔を上げてあの時と変わらないスマイルを彼女に向ける。
五月のあの日、わけもわからずぼくが快賊団に入ったときと同じ笑顔で。
それがぼくはとても嬉しくて。そしてディズも。
でも、彼の笑顔がぼくだけのものではないのが少し寂しくて。
それが彼のいいところではあるのだけれど。
だから……ぼくはまだ彼の隙間に入りきれていないから……。
このプレゼントは待ち惚け。
いつの日か、彼の隙間にぼくが、ぼくの隙間に彼が入りきったときこそ。
これを渡そう。
金額なんか関係ないと、大事なのはそのココロだと知ったぼくが選んだ、
ジュエルにも勝る二つのタカラモノ。それは彼の好きなギターと……。
十一月某日。(カワリハジメタアタシタチ)
あの日を境に、ディズもぼくも変わりはじめた。
今では彼女もすっかり快賊団に馴染んでいる。
「そういえばメイさん。結局渡さなかったんですね」
その日はぼくとディズが料理当番で、ちょうど二人で晩の買出しをしているときだった。
リープに渡されたメモの通りの買い物と、少し時間が余ったのでショッピングをしていた。
ジョニーへのプレゼントのときも、ぼくとディズは一緒に買い物をしていたから、
本当のプレゼントは彼女とぼくだけの秘密っていうことね。
「ああ、プレゼント? あはは、ぼくにはまだ早いってわかったから。
だから今はおあずけなの」
「いいですね、そういうの。私はまだかなぁ……」
「だいじょうぶ! ディズにもいいヒトが現れるって!
だってこんなにかわいいんですもの」
「そうでしょうか……」
「自信持ちなさいって。このメイさんが言うんだから、間違いないよ!
あ、ジョニーだけはダメだからね」
「はい」
クス、と笑ってディズは少し駆け足になった。
何処かにいる名前も知らないアナタへ。
あたしのコイは、まだまだ続きます。
ん? プレゼントのもう一つは何かって?
それは……ヒミツです。
「……泣くんじゃねぇ、うっとぉしい。 俺の気が変わらないうちに消えろ……」
昼下がりの森の中。
殺しに来たはずのギアの少女……ディズィーに結局とどめを刺せず、ソル=バッドガイは小さく吐き捨てて身を翻す。
へたり込んで瞳に涙を浮かべていたディズィーは、ソルの言葉に顔を上げて――
「そおおぉぉぉぉるうううぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」
彼方から爆煙蹴立てて走ってきた白い人影が、ダッシュからの跳び蹴りでソルを吹っ飛ばし。
ディズィーは、あまりといえばあまりな展開に泣きはらした目を点にした。
―ELEC-TRIGGER―
出現と同時にソルの側頭部に蹴りを叩き込んで真横に吹き飛ばすという怖い物知らずなことをやってのけた人影――カイ=キスクは、翡翠色の双眸を輝かせてディズィーの手をがっしと握る。
「良かった、無事だったんですねディズィーさん!!」
目が潤んですらいるのは、ディズィーの気のせいだろうか?
「……は、はい……」
まだ呆けたままでディズィーがかくんと首を縦に振ると、途端に全身を脱力させてカイは安堵の息を吐いた。
「本当に良かった…… 結局あいつを止められなかったから、どうなったのかと気が気でなくて……」
あいつ、というのは無論ソルのことである。
「あの、えっと、でも…… あの人、私を見逃してくれようとしてたみたいなんです……」
ディズィーがおどおどと口を挟むと、一度目を丸くしてから――カイは妙に楽しそうな笑みを浮かべた。
「……ははぁ、そうなんですか。 あのソルがね……」
「――て、てめぇ……」
と、そこに地獄の底からのような呻き。 見れば、さっきカイの蹴りで画面3つぶんくらいの距離を吹っ飛び、強制退場させられた主人公。
「あ、ソルさん、でしたっけ…… だ、大丈夫ですか……?」
側頭部にくっきりと靴跡を付けられたソルに冷や汗たらしながら問いかけるディズィー。
「大丈夫ですよ、この程度じゃソルは死にませんし。 ……しかし私に甘いだのなんだの言った割には、なぁソル?」
そのディズィーに向けてさりげなく外道な発言をしてから、横目でソルを見てくすりと笑うカイ。
「……っ野郎……!!」
照れと怒りが入り交じり、顔を赤くして封炎剣を構えたソルだったが、
「メイさん、お願いします」
「了解! てええぇぇぇぇ~~~~~いっっっ!!!」
カイの一言でどこからともなく出てきた快賊少女が、とんでもねぇもんをソルに投げつけた。
「ぐほぉ!?」
メイが投げたそれに押し潰され、肺の空気を全部吐き出し、さすがのギアも一瞬意識がブラックアウトする。 白目を剥いたソルに、重しは短く詫びを述べた。
「すまんな」
……ポチョムキンだった。
「な・ん・で……ツェップと快賊団が坊やと組んでやがる……」
「それは当然利害の一致ってやつさ」
なんとか息を吸い込んで尋ねたソルに答えたのは、茂みをかき分けて現れた快賊団頭領ジョニー。
「……あのぉ~」
「安心するアル。 みんな、アナタのために動いてたアルよ」
さっぱり展開が飲み込めていないディズィーに笑顔を向けたのは、ジョニーの後に続いて現れた中華料理人・蔵土縁紗夢。
「そうですよ~。 何も心配することはありません。 こちらのかたも、ほら」
紗夢の後を引き継いで、空から傘を差した長身の紙袋ことファウストが舞い降りた。 その片腕に、治療済みのテスタメントを抱えて。
「テスタメントさん、無事だったんですね!」
「お前こそ。 良かった」
顔を輝かせるディズィーに、頷いてテスタメントは笑いかけた。
「……でも、本当にどうなってるんですか?」
いきなり知らない人間が大量に押し掛けて、いかに全員カイの知り合いらしいとしても当然何一つ説明されていないディズィーは混乱する。
「……俺も知りたいぞ」
ポチョムキンの下から半眼で睨め上げるソルを見下ろし、カイはにこやかに指を立てる。
「ソル、私を甘く見ないでもらいたいな」
……そもそも、何故こうなったのかは、少し前へと遡る。
数日前のこと。 以前から噂になっていた「無害なギア」に賞金がかけられたと知ったカイは、休暇を取って個人的に動き出した。
本当に無害かつ意志を持つギアがいるのか、そしてそのギアが何を望んでいるのか……それを知るために悪魔の森に訪れ、テスタメントを退けてディズィーと出会った。
そして、本当にディズィーが平穏を望み、テスタメントもそんな彼女を守りたいと思って人間を追い払っていることを知り、二人の存在を受け入れ、そのささやかな望みを叶えたいと思ったのだ。
……だが、それには大きな問題があった。 そう、全てのギアを抹消する使命を己に課している、ソル=バッドガイの存在である。
カイが働きかけてディズィーたちの賞金を取り消すことや、ギアは倒したことにしてしまうという手も考えられたが、それを他の人間はまだしもソルが信じるとは思えない。 カイが関わっていると知った時点で疑いを抱かれるだろうことは、冗談でなく火を見るより明らかだった。
結論として――まず何をおいてもソルを納得させ、納得しなかった場合は力ずくででも追い払う、ということでカイとテスタメントは共同戦線を張る運びになったのだ。
まずはカイが先手を打ってソルを説得する。 もし聞き入れてもらえなかった場合は戦う。 テスタメントはカイが失敗した場合にディズィーを守る。
……まぁソルがディズィーと会っているあたりでもうお分かりの通り、巴里でソルを足止めしようとしたカイは説得を拒絶された挙げ句善戦するも敗退、テスタメントも力及ばず敗北。
ソルがディズィーを殺さなかったので、結果としてはオーライなのだが……当然、カイにそんな未来が分かるはずもない。
ギア二人の身を案じた彼は怪我をおして飛び出し、これは予期しない偶然だったのだが出会ったファウストに事情を話して協力を申し込んだ。
もともと魔の森のギアを救いたいと思っていたファウストはカイの頼みに応じ、カイの傷を癒してお得意の空間移動術で魔の森近辺へと転移。
そこでわあわあと修羅場を演じていたジョニーとメイを発見、二人を取りなすうちに彼らの……特にジョニーの目的がディズィーを救うことであると知り、速攻で彼らを仲間に引き込んだ。
「まさか警察に頼み事をされるなんてな」と言ったジョニーにカイが答えて曰く――「今は休暇中ですから」。 さすがにあっけにとられた、とはジョニーの弁。
さらにポチョムキンと邂逅、元首の命だと語った彼の言葉にぴんときたカイとジョニーはポチョムキンにツェップのガブリエル大統領と連絡を取らせ、ギアを快賊団が保護したいと持ちかける。
これがあっさりと許可され、驚きながらもポチョムキンは次なるガブリエルの言葉を受けてカイ達に協力することになった。
そして最後に紗夢であるが、彼女はもともとディズィーの賞金で屋台のローンを払って店を建てるため、プラス魔の森にあるとされる珍しい食材を料理人として手に入れるために動いていた。
一見ディズィーを守るために動くカイ達とは対立しそうだが――そこでまた、下手に吹っ切れたカイの悪魔の囁きが効果を発揮する。
「それでは、あなたがギアを跡形もなく吹き飛ばしたことにしてしまう、というのはどうでしょう? 大丈夫、私が証人になりますから」
……喜んで応じた紗夢の後ろで、ジョニーたちが顔をひきつらせていたのは言うまでもない。
その後全員結託して魔の森に突入、途中ソルに敗れ倒れていたテスタメントをファウストが介抱し、カイは慌てて森の奥へと走り。
そこで、さっきの矯激な跳び蹴りへと繋がるわけである。
「……成る程な」
ようやく納得、のちふてくされてソルはうめいた。 ちなみに相変わらずポチョムキンに乗っかられたままだ。
「……坊や。 お前キャラクター変わってないか?」
普段のカイの生真面目さを知るもの全員に共通するソルの疑問に、カイは眉一つ動かさずに答える。
「だから今は休暇中だと言っているだろう。 ……それに、この問題を根本的に解決するには、正直形振り構っていられないからな」
カイらしからぬ(特に前半の割り切りっぷり)、しかし後半は現実問題としてはごもっともな答えだった。
ディズィーを殺さないことを前提とする以上、一時的に見逃したところで他の賞金稼ぎがこの森に来るのならばディズィーとテスタメントの心労が続くことには変わりない。
かといって、この森を逃げ出したところで、死亡確認が取れなければ世界的に追われることになる可能性も高い。
ディズィーを守り、かつ後顧の憂いを断つためには、これが現状で考え得る最適の手段だった。
――その手段を躊躇いなくカイがとってのけるというのが、ソルが一番信じられないと思っていることなのだが。
「にしたって、他の奴ならともかく、坊やが陣頭指揮とはな」
「……ソル、私を何だと思ってるんだ」
しつこいツッコミにカイの目が不機嫌に細まる。 それを見上げて、ソルは即答した。
「融通のきかねぇ潔癖性の坊や」
「………………」
絶句したのちに出そうとした大声を呑み込み、カイはふうとため息を零す。
「……私だって……知っているさ。 世の中、綺麗事だけじゃ済まない事ぐらい。 嫌でも……それが分かる生き方はしてきた」
幼子が拗ねるような口調で――小さく呟かれた抗議に、今度はソルが言葉を失う。
そう、ソルだって知っているはずだったのだ。 カイがどういう人生を送ってきたのか。
幼い頃から剣と法力を振るって戦場を飛び回り、16という年端もいかない頃に、偶像などでは到底務まらない聖騎士団の団長になって。
聖戦が終わった後も、警察という、否応なく人の醜さに触れなければいけない場所に身を置いている。
それでも失われることのなかったカイの持ち前の真っ直ぐさと正義感の強さ、そして何より自分に向けられる明らかに制御の効いていない感情に。 確かにソルは、カイを甘く見ていたのかもしれない。
(……さすがに、こればっかりは俺の認識不足だったな)
内心では、少し「坊や」を認めながら。 ……顔には別の不満を浮かべて、もう一度カイを見上げる。
「それは分かったがな、俺に対するこの仕打ちは何だ」
「自業自得」
一秒。
「をい……」
「ひとの話聞かずにはり倒して消えたくせに、信用されるとでも?」
「………………」
反論出来ない。
ディズィーをかばおうとしたカイを甘ちゃん呼ばわりしておきながら、結局ディズィーにとどめをさせなかったソルには、どうもこうも言ってみようがない。
珍しく言い負かされてすっとしない気分を味わっているソルに、まあまあと取りなしながらファウストが声を掛ける。
「貴方も、もうディズィーさんを傷つける気はないのでしょう? ここはひとつ、このまま大団円ということで」
「……っくそ、分かったよ」
ソルの答えに、ディズィーが嬉しそうな笑顔で頭を下げた。
「ソルさん、有り難うございます」
「――フン」
逸らしたソルの目の下が、わずか赤らんでいたことに気付いて。 カイは、胸に満ちる暖かい満足感に笑みを浮かべた。
あとの問題といえば今後のディズィーの身の振り方だったが、それも間もなく解決した。
ジョニーの誘いに応じてディズィーはジェリーフィッシュ快賊団に身を寄せることになり、メイも妹分が出来るとなって喜びに目を輝かせていた。
ディズィーはテスタメントにも共に来て欲しそうだったが、「快賊団は女性専用なのだろう?」と冗談めかしながらテスタメントは森に残ることを選択した。
「悲しむなよ、レイディ。 今生の別れじゃないんだ、いつだって会いたくなれば会えるんだぜ」
ジョニーのその言葉でディズィーの不安も薄れ、名残を惜しみながらも彼女は森を後にした。
「……これで、ディズィーも安心だな」
「言っておくアルが、乙女を泣かせるマネはするものじゃないアルよ?」
見送りながら呟くテスタメントに、横から覗き込むようにしながら、紗夢。
「どういう意味だ?」
「あの子はアナタといつでも会えるって信じてるアルからね。 勝手に何処か行くもんじゃないってことアル」
そう言われて押し黙ったあたり、多少はそういう道を選ぶ気持ちもあったのだろう。 テスタメントは紗夢に念を押された形になってしまった。
「そのうち、彼女と一緒にアタシの店に来るといいアルよ。 賞金のお礼も兼ねておごるからネ!」
見かけに寄らず鋭い中華娘は、ウィンクひとつを残し、存分にあさった食材を抱えて森を去っていった。
少し離れたところからそれを見ていた人影が三つ。
そのうちのひとつ――隻眼隻腕の女が、くわえた葉っぱをぷっと吹き捨てて踵を返す。
「帰るのかい?」
眼鏡の男の問いに、うなずきもせずに女は一言だけ、
「興が冷めちまった」
と言って歩みを早めた。
「んじゃ、俺も帰るか。 あんな光景に水差す野暮はしたかないしな」
扇子をぴこぴこさせながら、眼鏡の男は女の後を追う。
「――って、おい、えっと、あれ!?」
ひとりわたわたと騒いでいたアルビノの青年は、しばし交互に見ていたものと去っていく二人を見比べて。
「お、おい待てよ、待てって!!」
二人を追いかけることを選択し、慌ただしく走り出した。
「つまり、ガブリエル大統領の思惑は、ディズィーさんを保護し消息を隠すことによっての治安維持ではなかったかと思うんです、私見ですけれど」
「成る程、有り得ない話ではない」
ようやく上からどいてくれたポチョムキンとカイとの話を、ソルは黙って聞いていた。
魔の森のギアを狙っていたのは、なにも排除を目的とした反ギア運動や、それによってかけられた賞金目的の輩だけではない。
ジャスティス死亡からこっち不活性状態になっている意志を持たない残留ギアを秘密裏に回収し、あわよくば再起動して自己の戦力に出来ないかと考えている国家や組織もそうだったろう。
わざわざ再起動の必要もない、あらかじめ意志を持つギアをそんな組織が手に入れれば――どんな事態になることか、想像したくもない。
ゆえに、ツェップの大統領ガブリエルは、信頼出来る部下ポチョムキンに命じて秘密裏にディズィーを保護し、争いの火種を消そうと思ったのではないか。
そう考えてみると、飛行艇国家で独自の軍力を保持し、外から内情が知りにくいツェップは、悪用の意図さえなければディズィーが隠れ住むには良い場所のひとつであろう。
となると、知り合った経過こそ不明だがガブリエルにとって信用出来る存在であるらしいジョニーがディズィーを保護したいというのは、彼の思惑にも添う結果であったはずだ。
「私個人としても、あの少女の旅立ちは望ましいことであったと思っている。 幸せになってくれればいいのだがな」
「きっと大丈夫ですよ。 ――ね、ソル」
「……俺に振るな」
いきなり振られて顔を背けるソルを、カイとポチョムキンは笑って見ていた。
「しかしな」
ポチョムキンが辞し、人の気配が希薄になった森の中。 並んで歩きながら、ソルは珍しく自分からカイに話しかけた。
「坊やは、ギアは嫌いなんじゃなかったのか」
ギアであるソルが殺そうとしていた少女を守るために、カイはソルに剣を向けた。 かつて、ギアを滅ぼすための精鋭部隊、聖騎士団の頂点であったはずの青年が。
――ソル自身にも意地が悪いと分かっているその問いに、案の定カイは不満を表した。
「……お前がそういうことを言うのか?」
少し悲しそうですらある反論。 風に白い服の裾をはためかせながら足を早め、少し距離を取ってからソルを振り返った。
わずかばかり伏せられた翡翠色の目が、傷ついたように、先程の言葉と同じ抗議を訴えかける。
「……私に……ギアが必ずしも人を傷つける存在だけではないと……ギアが絶対悪ではないと教えてくれた一人のはずなんだがな、お前は」
分かっていた。
かつて倫敦で、人の手によって生み出された自立型ギアの少女をカイに預けたときに。 自分とジャスティスの戦いを目にし、自分をギアと知っただろうカイが出した答えを。
ソルをギアと知りながら、あくまでソルをソルとして感情をぶつけてきたカイを見れば……分からないはずがない。 分かっていたから、あの少女をカイに任せた。
「変わったな、坊や」
支えにしてきた価値観が崩れたはずなのに、その心は壊れることもなく。 崩壊したものに未練がましくすがることもなく。
「――使い古された言い回しだが、人は変わるものだろう?」
そう言って、カイは曇りのない笑みを浮かべる。
「……それに……ソル、これも、お前から見たら私の驕りなんだろうけど」
黄昏から変わり行く空の下、いつの間にか出ていた月の輝きの下で。 無防備に、踊るように両腕を広げ。
「ディズィーさんのように、人と手を取り合いたいと思うギアがいるのなら、逆があってもいいんじゃないかな。 ……意志を持ち、幸せを望むギアと……手を取り合いたいと思う人間がいても」
――望んで歩いた道程の中出会い、手に入れた答えを。 呆れるほどの真っ直ぐさで見せるカイに――
「……勝手にしろ」
引き込まれるように口の端をつり上げて、たった一言だけをソルは贈った。
「オペ終了、成功デス」
月下をパラソルで舞いながら、ファウストはひとりごちる。 眼下の二人を見守るように、その身にまとう雰囲気は優しい。
癒されぬ傷を負い、孤独に身を置き続けてきた男と。
脆さや弱ささえも自身の原動力と為し、悩みながらも前へ進んでいける強さを持つ青年。
知らずお互いを変え続けていくであろう奇妙なライバル同士を、かつて絶望と狂気を乗り越えた医者は、ただ穏やかに見送っていた。
―End.―
昼下がりの森の中。
殺しに来たはずのギアの少女……ディズィーに結局とどめを刺せず、ソル=バッドガイは小さく吐き捨てて身を翻す。
へたり込んで瞳に涙を浮かべていたディズィーは、ソルの言葉に顔を上げて――
「そおおぉぉぉぉるうううぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」
彼方から爆煙蹴立てて走ってきた白い人影が、ダッシュからの跳び蹴りでソルを吹っ飛ばし。
ディズィーは、あまりといえばあまりな展開に泣きはらした目を点にした。
―ELEC-TRIGGER―
出現と同時にソルの側頭部に蹴りを叩き込んで真横に吹き飛ばすという怖い物知らずなことをやってのけた人影――カイ=キスクは、翡翠色の双眸を輝かせてディズィーの手をがっしと握る。
「良かった、無事だったんですねディズィーさん!!」
目が潤んですらいるのは、ディズィーの気のせいだろうか?
「……は、はい……」
まだ呆けたままでディズィーがかくんと首を縦に振ると、途端に全身を脱力させてカイは安堵の息を吐いた。
「本当に良かった…… 結局あいつを止められなかったから、どうなったのかと気が気でなくて……」
あいつ、というのは無論ソルのことである。
「あの、えっと、でも…… あの人、私を見逃してくれようとしてたみたいなんです……」
ディズィーがおどおどと口を挟むと、一度目を丸くしてから――カイは妙に楽しそうな笑みを浮かべた。
「……ははぁ、そうなんですか。 あのソルがね……」
「――て、てめぇ……」
と、そこに地獄の底からのような呻き。 見れば、さっきカイの蹴りで画面3つぶんくらいの距離を吹っ飛び、強制退場させられた主人公。
「あ、ソルさん、でしたっけ…… だ、大丈夫ですか……?」
側頭部にくっきりと靴跡を付けられたソルに冷や汗たらしながら問いかけるディズィー。
「大丈夫ですよ、この程度じゃソルは死にませんし。 ……しかし私に甘いだのなんだの言った割には、なぁソル?」
そのディズィーに向けてさりげなく外道な発言をしてから、横目でソルを見てくすりと笑うカイ。
「……っ野郎……!!」
照れと怒りが入り交じり、顔を赤くして封炎剣を構えたソルだったが、
「メイさん、お願いします」
「了解! てええぇぇぇぇ~~~~~いっっっ!!!」
カイの一言でどこからともなく出てきた快賊少女が、とんでもねぇもんをソルに投げつけた。
「ぐほぉ!?」
メイが投げたそれに押し潰され、肺の空気を全部吐き出し、さすがのギアも一瞬意識がブラックアウトする。 白目を剥いたソルに、重しは短く詫びを述べた。
「すまんな」
……ポチョムキンだった。
「な・ん・で……ツェップと快賊団が坊やと組んでやがる……」
「それは当然利害の一致ってやつさ」
なんとか息を吸い込んで尋ねたソルに答えたのは、茂みをかき分けて現れた快賊団頭領ジョニー。
「……あのぉ~」
「安心するアル。 みんな、アナタのために動いてたアルよ」
さっぱり展開が飲み込めていないディズィーに笑顔を向けたのは、ジョニーの後に続いて現れた中華料理人・蔵土縁紗夢。
「そうですよ~。 何も心配することはありません。 こちらのかたも、ほら」
紗夢の後を引き継いで、空から傘を差した長身の紙袋ことファウストが舞い降りた。 その片腕に、治療済みのテスタメントを抱えて。
「テスタメントさん、無事だったんですね!」
「お前こそ。 良かった」
顔を輝かせるディズィーに、頷いてテスタメントは笑いかけた。
「……でも、本当にどうなってるんですか?」
いきなり知らない人間が大量に押し掛けて、いかに全員カイの知り合いらしいとしても当然何一つ説明されていないディズィーは混乱する。
「……俺も知りたいぞ」
ポチョムキンの下から半眼で睨め上げるソルを見下ろし、カイはにこやかに指を立てる。
「ソル、私を甘く見ないでもらいたいな」
……そもそも、何故こうなったのかは、少し前へと遡る。
数日前のこと。 以前から噂になっていた「無害なギア」に賞金がかけられたと知ったカイは、休暇を取って個人的に動き出した。
本当に無害かつ意志を持つギアがいるのか、そしてそのギアが何を望んでいるのか……それを知るために悪魔の森に訪れ、テスタメントを退けてディズィーと出会った。
そして、本当にディズィーが平穏を望み、テスタメントもそんな彼女を守りたいと思って人間を追い払っていることを知り、二人の存在を受け入れ、そのささやかな望みを叶えたいと思ったのだ。
……だが、それには大きな問題があった。 そう、全てのギアを抹消する使命を己に課している、ソル=バッドガイの存在である。
カイが働きかけてディズィーたちの賞金を取り消すことや、ギアは倒したことにしてしまうという手も考えられたが、それを他の人間はまだしもソルが信じるとは思えない。 カイが関わっていると知った時点で疑いを抱かれるだろうことは、冗談でなく火を見るより明らかだった。
結論として――まず何をおいてもソルを納得させ、納得しなかった場合は力ずくででも追い払う、ということでカイとテスタメントは共同戦線を張る運びになったのだ。
まずはカイが先手を打ってソルを説得する。 もし聞き入れてもらえなかった場合は戦う。 テスタメントはカイが失敗した場合にディズィーを守る。
……まぁソルがディズィーと会っているあたりでもうお分かりの通り、巴里でソルを足止めしようとしたカイは説得を拒絶された挙げ句善戦するも敗退、テスタメントも力及ばず敗北。
ソルがディズィーを殺さなかったので、結果としてはオーライなのだが……当然、カイにそんな未来が分かるはずもない。
ギア二人の身を案じた彼は怪我をおして飛び出し、これは予期しない偶然だったのだが出会ったファウストに事情を話して協力を申し込んだ。
もともと魔の森のギアを救いたいと思っていたファウストはカイの頼みに応じ、カイの傷を癒してお得意の空間移動術で魔の森近辺へと転移。
そこでわあわあと修羅場を演じていたジョニーとメイを発見、二人を取りなすうちに彼らの……特にジョニーの目的がディズィーを救うことであると知り、速攻で彼らを仲間に引き込んだ。
「まさか警察に頼み事をされるなんてな」と言ったジョニーにカイが答えて曰く――「今は休暇中ですから」。 さすがにあっけにとられた、とはジョニーの弁。
さらにポチョムキンと邂逅、元首の命だと語った彼の言葉にぴんときたカイとジョニーはポチョムキンにツェップのガブリエル大統領と連絡を取らせ、ギアを快賊団が保護したいと持ちかける。
これがあっさりと許可され、驚きながらもポチョムキンは次なるガブリエルの言葉を受けてカイ達に協力することになった。
そして最後に紗夢であるが、彼女はもともとディズィーの賞金で屋台のローンを払って店を建てるため、プラス魔の森にあるとされる珍しい食材を料理人として手に入れるために動いていた。
一見ディズィーを守るために動くカイ達とは対立しそうだが――そこでまた、下手に吹っ切れたカイの悪魔の囁きが効果を発揮する。
「それでは、あなたがギアを跡形もなく吹き飛ばしたことにしてしまう、というのはどうでしょう? 大丈夫、私が証人になりますから」
……喜んで応じた紗夢の後ろで、ジョニーたちが顔をひきつらせていたのは言うまでもない。
その後全員結託して魔の森に突入、途中ソルに敗れ倒れていたテスタメントをファウストが介抱し、カイは慌てて森の奥へと走り。
そこで、さっきの矯激な跳び蹴りへと繋がるわけである。
「……成る程な」
ようやく納得、のちふてくされてソルはうめいた。 ちなみに相変わらずポチョムキンに乗っかられたままだ。
「……坊や。 お前キャラクター変わってないか?」
普段のカイの生真面目さを知るもの全員に共通するソルの疑問に、カイは眉一つ動かさずに答える。
「だから今は休暇中だと言っているだろう。 ……それに、この問題を根本的に解決するには、正直形振り構っていられないからな」
カイらしからぬ(特に前半の割り切りっぷり)、しかし後半は現実問題としてはごもっともな答えだった。
ディズィーを殺さないことを前提とする以上、一時的に見逃したところで他の賞金稼ぎがこの森に来るのならばディズィーとテスタメントの心労が続くことには変わりない。
かといって、この森を逃げ出したところで、死亡確認が取れなければ世界的に追われることになる可能性も高い。
ディズィーを守り、かつ後顧の憂いを断つためには、これが現状で考え得る最適の手段だった。
――その手段を躊躇いなくカイがとってのけるというのが、ソルが一番信じられないと思っていることなのだが。
「にしたって、他の奴ならともかく、坊やが陣頭指揮とはな」
「……ソル、私を何だと思ってるんだ」
しつこいツッコミにカイの目が不機嫌に細まる。 それを見上げて、ソルは即答した。
「融通のきかねぇ潔癖性の坊や」
「………………」
絶句したのちに出そうとした大声を呑み込み、カイはふうとため息を零す。
「……私だって……知っているさ。 世の中、綺麗事だけじゃ済まない事ぐらい。 嫌でも……それが分かる生き方はしてきた」
幼子が拗ねるような口調で――小さく呟かれた抗議に、今度はソルが言葉を失う。
そう、ソルだって知っているはずだったのだ。 カイがどういう人生を送ってきたのか。
幼い頃から剣と法力を振るって戦場を飛び回り、16という年端もいかない頃に、偶像などでは到底務まらない聖騎士団の団長になって。
聖戦が終わった後も、警察という、否応なく人の醜さに触れなければいけない場所に身を置いている。
それでも失われることのなかったカイの持ち前の真っ直ぐさと正義感の強さ、そして何より自分に向けられる明らかに制御の効いていない感情に。 確かにソルは、カイを甘く見ていたのかもしれない。
(……さすがに、こればっかりは俺の認識不足だったな)
内心では、少し「坊や」を認めながら。 ……顔には別の不満を浮かべて、もう一度カイを見上げる。
「それは分かったがな、俺に対するこの仕打ちは何だ」
「自業自得」
一秒。
「をい……」
「ひとの話聞かずにはり倒して消えたくせに、信用されるとでも?」
「………………」
反論出来ない。
ディズィーをかばおうとしたカイを甘ちゃん呼ばわりしておきながら、結局ディズィーにとどめをさせなかったソルには、どうもこうも言ってみようがない。
珍しく言い負かされてすっとしない気分を味わっているソルに、まあまあと取りなしながらファウストが声を掛ける。
「貴方も、もうディズィーさんを傷つける気はないのでしょう? ここはひとつ、このまま大団円ということで」
「……っくそ、分かったよ」
ソルの答えに、ディズィーが嬉しそうな笑顔で頭を下げた。
「ソルさん、有り難うございます」
「――フン」
逸らしたソルの目の下が、わずか赤らんでいたことに気付いて。 カイは、胸に満ちる暖かい満足感に笑みを浮かべた。
あとの問題といえば今後のディズィーの身の振り方だったが、それも間もなく解決した。
ジョニーの誘いに応じてディズィーはジェリーフィッシュ快賊団に身を寄せることになり、メイも妹分が出来るとなって喜びに目を輝かせていた。
ディズィーはテスタメントにも共に来て欲しそうだったが、「快賊団は女性専用なのだろう?」と冗談めかしながらテスタメントは森に残ることを選択した。
「悲しむなよ、レイディ。 今生の別れじゃないんだ、いつだって会いたくなれば会えるんだぜ」
ジョニーのその言葉でディズィーの不安も薄れ、名残を惜しみながらも彼女は森を後にした。
「……これで、ディズィーも安心だな」
「言っておくアルが、乙女を泣かせるマネはするものじゃないアルよ?」
見送りながら呟くテスタメントに、横から覗き込むようにしながら、紗夢。
「どういう意味だ?」
「あの子はアナタといつでも会えるって信じてるアルからね。 勝手に何処か行くもんじゃないってことアル」
そう言われて押し黙ったあたり、多少はそういう道を選ぶ気持ちもあったのだろう。 テスタメントは紗夢に念を押された形になってしまった。
「そのうち、彼女と一緒にアタシの店に来るといいアルよ。 賞金のお礼も兼ねておごるからネ!」
見かけに寄らず鋭い中華娘は、ウィンクひとつを残し、存分にあさった食材を抱えて森を去っていった。
少し離れたところからそれを見ていた人影が三つ。
そのうちのひとつ――隻眼隻腕の女が、くわえた葉っぱをぷっと吹き捨てて踵を返す。
「帰るのかい?」
眼鏡の男の問いに、うなずきもせずに女は一言だけ、
「興が冷めちまった」
と言って歩みを早めた。
「んじゃ、俺も帰るか。 あんな光景に水差す野暮はしたかないしな」
扇子をぴこぴこさせながら、眼鏡の男は女の後を追う。
「――って、おい、えっと、あれ!?」
ひとりわたわたと騒いでいたアルビノの青年は、しばし交互に見ていたものと去っていく二人を見比べて。
「お、おい待てよ、待てって!!」
二人を追いかけることを選択し、慌ただしく走り出した。
「つまり、ガブリエル大統領の思惑は、ディズィーさんを保護し消息を隠すことによっての治安維持ではなかったかと思うんです、私見ですけれど」
「成る程、有り得ない話ではない」
ようやく上からどいてくれたポチョムキンとカイとの話を、ソルは黙って聞いていた。
魔の森のギアを狙っていたのは、なにも排除を目的とした反ギア運動や、それによってかけられた賞金目的の輩だけではない。
ジャスティス死亡からこっち不活性状態になっている意志を持たない残留ギアを秘密裏に回収し、あわよくば再起動して自己の戦力に出来ないかと考えている国家や組織もそうだったろう。
わざわざ再起動の必要もない、あらかじめ意志を持つギアをそんな組織が手に入れれば――どんな事態になることか、想像したくもない。
ゆえに、ツェップの大統領ガブリエルは、信頼出来る部下ポチョムキンに命じて秘密裏にディズィーを保護し、争いの火種を消そうと思ったのではないか。
そう考えてみると、飛行艇国家で独自の軍力を保持し、外から内情が知りにくいツェップは、悪用の意図さえなければディズィーが隠れ住むには良い場所のひとつであろう。
となると、知り合った経過こそ不明だがガブリエルにとって信用出来る存在であるらしいジョニーがディズィーを保護したいというのは、彼の思惑にも添う結果であったはずだ。
「私個人としても、あの少女の旅立ちは望ましいことであったと思っている。 幸せになってくれればいいのだがな」
「きっと大丈夫ですよ。 ――ね、ソル」
「……俺に振るな」
いきなり振られて顔を背けるソルを、カイとポチョムキンは笑って見ていた。
「しかしな」
ポチョムキンが辞し、人の気配が希薄になった森の中。 並んで歩きながら、ソルは珍しく自分からカイに話しかけた。
「坊やは、ギアは嫌いなんじゃなかったのか」
ギアであるソルが殺そうとしていた少女を守るために、カイはソルに剣を向けた。 かつて、ギアを滅ぼすための精鋭部隊、聖騎士団の頂点であったはずの青年が。
――ソル自身にも意地が悪いと分かっているその問いに、案の定カイは不満を表した。
「……お前がそういうことを言うのか?」
少し悲しそうですらある反論。 風に白い服の裾をはためかせながら足を早め、少し距離を取ってからソルを振り返った。
わずかばかり伏せられた翡翠色の目が、傷ついたように、先程の言葉と同じ抗議を訴えかける。
「……私に……ギアが必ずしも人を傷つける存在だけではないと……ギアが絶対悪ではないと教えてくれた一人のはずなんだがな、お前は」
分かっていた。
かつて倫敦で、人の手によって生み出された自立型ギアの少女をカイに預けたときに。 自分とジャスティスの戦いを目にし、自分をギアと知っただろうカイが出した答えを。
ソルをギアと知りながら、あくまでソルをソルとして感情をぶつけてきたカイを見れば……分からないはずがない。 分かっていたから、あの少女をカイに任せた。
「変わったな、坊や」
支えにしてきた価値観が崩れたはずなのに、その心は壊れることもなく。 崩壊したものに未練がましくすがることもなく。
「――使い古された言い回しだが、人は変わるものだろう?」
そう言って、カイは曇りのない笑みを浮かべる。
「……それに……ソル、これも、お前から見たら私の驕りなんだろうけど」
黄昏から変わり行く空の下、いつの間にか出ていた月の輝きの下で。 無防備に、踊るように両腕を広げ。
「ディズィーさんのように、人と手を取り合いたいと思うギアがいるのなら、逆があってもいいんじゃないかな。 ……意志を持ち、幸せを望むギアと……手を取り合いたいと思う人間がいても」
――望んで歩いた道程の中出会い、手に入れた答えを。 呆れるほどの真っ直ぐさで見せるカイに――
「……勝手にしろ」
引き込まれるように口の端をつり上げて、たった一言だけをソルは贈った。
「オペ終了、成功デス」
月下をパラソルで舞いながら、ファウストはひとりごちる。 眼下の二人を見守るように、その身にまとう雰囲気は優しい。
癒されぬ傷を負い、孤独に身を置き続けてきた男と。
脆さや弱ささえも自身の原動力と為し、悩みながらも前へ進んでいける強さを持つ青年。
知らずお互いを変え続けていくであろう奇妙なライバル同士を、かつて絶望と狂気を乗り越えた医者は、ただ穏やかに見送っていた。
―End.―