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うろほろぞ
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同じ時代に生きてたことがあるって言うのが、そんなに特別なことかい?




 彼自身も抵抗できない強引な力で時間を飛び越えてアクセルが戻ってきた。

 ソルはベットで体を起こしてからしばらく、ぼんやり自分の腕を見下ろしていた。ここしばらく獲物という獲物にありついていない。懐のわびしさ以前に喉が乾く感覚が日増しに強くなり、頭の芯が熱くなってくる禁断症状、ギアを切り刻む自分を確かめたいという焦燥感が、ソルを内側から侵食していた。
 初めのうちは単に気に入らないと舌打ちする程度の苛立ちだったのが、真綿で首をしめるようにゆっくりと確実に魂を削っていく。ある日、食事が喉を通らなくなる。ある日、酒が飲めなくなる。ある日、ふと通行人を食い殺したくなる。そして眠らせてあるはずのギアの意思が下腹部から、額から、ゆっくりと染み出してくる。目の前の景色を捉えられなくなり、次第に頭を埋め尽くしていく渇望、地の赤、赤、また赤。

 見た目には分からないソルの激しい渇望を聞きつけたように、アクセルはふらりと現れた。

 そもそも、居場所の定まっていない人間だ。昨日まで隣にいても、明日はどこかに飛んでいるかもしれない。絶えない不確定に、しかしアクセルはあっけらかんとして前向きだった。肯定的で楽観的な性格は異常だとさえ思える。アクセルは飛ぶたびに、結局時間は自分の味方だという自信を強めているらしかった。結果が思い通りにならなくても、時間そのものが自分を損なうことはない。そういう自信を、得たらしい。

 再会したアクセルはやはり満面の笑顔で、両腕を広げて近づいてきた。人通りもまばらな町の通りに面した壁際によりかかり、そのままずるずる座り込んでいたソルは、他人事のように自分に近づくアクセルを見ていた。渇望と戦うあまり意識がぶれて曖昧で、自分がギアなのか人間なのか、普段は根強い自覚と願いで掴んでいるはずの事実さえ、手放しかけていたのだ。指は、本当は差し伸べようという気持ちがあったはずなのに重く、むしろ喉笛を引きちぎるためなら万力でも込められそうだった。ギアと人間は必ず矛盾する。ソルは、矛盾する渇きだった。
 ソルに駆け寄ってきたアクセルは、いつにも増して火照った肩をつかむと明るく名前を呼んだ。

「ソルの旦那!俺だって。帰ってきたんだよ?」

 笑顔。ソルは朦朧とした目でアクセルの金髪碧眼の顔立ちを見上げた。人懐っこい顔の下に、舌を出してソルの渇きを嗤う顔が潜んでいる。赤く濁った視界でアクセルは二重写しに見える。誰の警戒心も和らげる人当たりのいい軽い性格と、その後ろに抱いている薄暗い欲望。ソルの頭を赤く占めている本能は、男を殺せと喚いた。
 これは敵だ。これは脅威だ。これは殺せ。

「………て、め…いつ、」

 ゆっくり口を開いたソルがしゃがれた声でようやくそれだけ尋ねると、アクセルはソルが腕を振り払わないのをいいことに、恭しく肩を貸して立ち上がらせると介抱する素振りで歩かせた。自分自身をねじ伏せるのに消耗しきったソルには、アクセルの強引な行動を止める術はない。一言くらい脅し文句を言えれば良かったが、そんな力も残っていなかった。

「旦那がへばってるって。時間の違う場所にいても、そう思ったら飛んでこれんだよ?俺はね」

 優しい声に満ちた自信が、ソルの警戒心を煽った。用心深いソルでさえ結局絡め取られてしまったのだ。例え今更でも、この声に、笑顔に、警戒せずにはおれない。
 アクセルの腕が押すままに歩き出したソルは、内側で猛り狂っていた渇きがひとつの目的を経て、鋭く集約されていくのを感じた。集約され研ぎ澄まされれば、手の内に閉じ込めることも出来る。手の内に閉じ込められさえすれば、ソルはギアの自分を制することが出来た。
 内面の怪物は、アクセルを敵だという。いまや、三々五々に散らばっていたあらゆる殺意はアクセル一人に向けられている。黒々とした謂われない憎悪の塊をアクセルに向けて、ソルはアクセルに体を預けきっていた。

「旦那、軽くなったんじゃない?食ってないんでしょー」

 しょうがないなあ、せっかく旦那に食わしてもらお、って思ってたのにさ。軽口をたたくアクセルが言葉の裏でソルの衰弱を実は歓迎していることをギアは注意深く見抜いていた。敵。殺せ。殺すべき。まさにこの生き物こそ殺すべき。そう呟く自分にソルは舌打ちする。
 ソル自身も分かっている。アクセルは危険だ。ずっと以前から危険だった。
 しかし、危険を知って弄んでいる自分がいる。恐怖や警戒というギアの本能とは別に、人としての理性が、火遊びの危険を愉しみたがっている。

「愛の力で飛んできた俺に、ご褒美くれる?」

 アクセルの言葉に、ソルはせせら笑った。ほざいてろ、そうしゃがれた声が言い返すのを聞いて、ソルの体を支えるアクセルの腕に力がこもった。くわえた獲物の感触を確かめる顎のように。






 アクセルがこの界隈にやって来たのは半月前だった。それ以前は、別の時間軸の話になり、それがかなり遡る過去だというところで、話は中断された。アクセルが目指していた場所に到着したのだ。
 活気のある、町で親しまれているらしい酒場だった。人の匂いと気配にソルが顔を上げる。

「ここにジョニーがいんの。こっちで食い扶持世話してもらってさ」
「……」

 ソルの見上げる視線を感じながら、アクセルは普段と変わらない口調で続けた。

「ちょうど団長も来てるし、船に乗せてもらえば?」
「ジョニーが……何で降りてる」

 人の臭気から意識を遠ざけようと頭を振りつつ、嫌な符号に顔をしかめた。待ち構えたように降りてるジョニーは、果たして自分の意思で進んで降りたのか、それとも、

「旦那、ちょっとここで待ってて」

 ソルの鈍い思考を麻痺させたいのか、アクセルは店の入口近くにソルを座らせると、ドアを開け放つ。
 通りに溢れ出る人いきれや、活き活きとした気配にソルは喉で呻いた。喧しい話し声を聞いただけで、血管の震えまで伝わってきそうだ。ソルは唇をかみ締めた。このままここから動くこともままならない。しかもアクセルはドアを開け放ったまま、中に入っていった。気が利かない、のではなく確信犯だ。ソルはぐったりとうなだれて店の壁に背中を預けると、壁越しに伝わる足音の振動、椅子を引く響き、それらにさえ殺戮衝動を感じた。店全部を握りつぶして血まみれにしたら、どれだけ渇きが癒えるだろう。想像するだけで陶酔の目眩を感じる。
 程なく、ブーツとシューズの音をさせて人が出てくる。ソルの上に影を落とした長身は、コツンとアスファルトを木製の鞘で小突いた。ソルが顔を上げると、サングラスで本当の表情が定かでない顔が大仰に驚いて見せる。

「おやおや。ディズィーの騎士がそんな顔をするもんじゃないぜ」

 かすかに錆を含んだ、好意的な声にソルは舌打ちした。ジョニーは相変わらず、ソルに得体の知れない好意を見せている。隣に並んだアクセルがジョニーに肩をすくめて、ダイエットってのも考えもんだよな、などとうそぶいた。

「うちの船にご招待してやってもいいが…」
「もち、俺も一緒だろ?」
「……ま、アンタがどうしたいかによるんだがな、俺は」

 ジョニーがそう言いながらソルを見下ろし、手を差し伸べる。ソルは黙ってその手を掴むとずるずると立ち上がった。ジョニーが生身の人間であるために、手を握った瞬間、肌がひりつく渇きがカッとこみ上げてきたが、ジョニーの冷静さと落ち着きはソルにも余裕を持たせてくれた。足元をふらりとさせながら、俺は、と口を開く。

「……誰も、助けなんか」
「まーたダンナ、そういう事言っちゃうんだ?ねぇ?ジェリーフィッシュにお邪魔しちゃおうよ、この際なんだし。歩いて次の町まで何日かかると思ってんの?」
「………」

 饒舌なアクセルが割り込んでくると、ソルは唇を噛み締めて顔を背ける。アクセルの言葉は事実で、肯定してそこに甘んじたくなる安易さと許しがあった。楽ニナッチャエバイイジャン。ソルの今の苦しみだけでなく背負っている全てに対して言われている感じがする、それがソルにはたまらなく嫌だった。ジョニーの手を強く握りしめて、俺は、と呟く。

「まあ、隣町までなら拾っていってやる。…いいか?ソル」

 ソルが自分の嫌悪を口にする前にジョニーが安易な許可を口にしてしまい、ソルはアクセルを振り返った。いつもこうだ。誰でも彼でも警戒させず、懐に滑り込んでくる。ソルに睨まれて、アクセルは笑顔のまま両手を上げた。

「だーいじょうぶ、なーんもしないよ?なーんにもね」

 無害を装う顔に、ソルは小さく舌打ちすることしかできなかった。



 ジェリーフィッシュに着くと、メイと一緒にディズィーが顔を見せた。自分に視線もくれないソルに、不安といたわりの視線を注いでいる。ジョニーが肯いてみせるのを見届けて、言いたそうにしていた言葉を全てこらえ、そのまま奥に戻っていった。
 ジョニーはディズィーのことをギアだと思っている。ソルをギアだと思っているのと同様に。二人の共通点は、ギアであり自分の知人ないし仲間だという事だった。ジョニーにとって必要な定義はその部分だ。そういう意味で、アクセルも危険な匂いがしつつも知り合いである以上、ないがしろには出来ない。
 ジョニーがアクセルに対して、どんなときもある程度寛容なのはそのせいだ。ただ、アクセルが寛容さにつけ込んだという言い方も出来る。そのあたりについては、ジョニーもやはり他の連中と変わらずノーマークだった。
 奥の部屋に案内され、取りあえず横になるとソルは息をつき、自分をわざわざ運んできたジョニーを呼び止めた。

「なんだい?ディズィーの面会なら、もっと後がいいんだろう?お前さんの場合」
「……そうじゃない。…アクセルを、部屋に入れるな」
「ああ、奴さんなら心得たもんで、当分面会は遠慮しとくとさ。あと、目的地についても言ってたぜ?」
「…………何て」
「ギアのいる町」

 ソルは黙り込んだ。アクセルは知っている。自分が渇いていることも、その原因も、知っているのだ。ジョニーには何もかも話したのだろうか。自分が一番嫌悪している部分がジワジワと知れ渡っていく不快感に、口の中が渇く。
 ソルが黙り込んで難しい顔をしているのを見て、ジョニーは肩をすくめた。

「お前さんが仕事熱心だから、しつけのなってないギアがいる町にでも行けば、嫌でも元気が出るって話だったんだが。ま、お前さんから言われればそこに行くさ」
「……いや、………それでいい」

 ソルは深くため息をついて、諦めた口調でそう言ったきり、黙り込んだ。口を動かすのも怠くなってきたのだ。ソルが深々と体を休めたがっているのを察して、ジョニーは静かに部屋を出ていった。人の気配がしていたのに、部屋には整えられた静寂が満ちていた。ジョニーの気配は、ソルにとって妙に凶暴さを落ち着かせる、不思議な効果があるらしい。




 ソルの弱り果てた姿について、アクセルから何も説明はなかった。ふらりと現れ(それまでそもそもこの時間軸にいたのかどうかも解らないが)、船を下ろして欲しいと言ってきた。

  旦那を見つけたからサ、ちょっと乗せてあげて欲しいんだよ。

 ディズィーに会うのではなく?とジョニーは尋ね返さなかった。ソルもカイもテスタメントも、自分にディズィーを預けたきりで会いに来もしない。彼女がその事に傷ついているとは思わないが、気になっていた。しかし、その話をアクセルに振ってもアクセルは首を傾げるだけだろう。ディズィーの存在に、アクセルは以前肩をすくめた。是非や好悪以前に、「どうでもいい」存在だったらしい。
 言われて、降りてみれば弱りきったソルに引き合わされた。

  弱ってるから、気を付けて。

 弱っているのに気を付けて、という話し方は妙だ。しかし、すっかり弱りきったソルの手を取った途端に、何に気を付ける必要があるかは解った。冷静に、拍動を出来る限り静かに押さえて、体の訳読を寝かしつけるように鎮めた。そうでもしないと、ソルは手を取ったその続きに、喉に食らいついてきたかも知れない。
 アクセルが乗せてくれと頼んだのは、ギアだったのだ。ジョニーは、今さっき部屋を提供した相手に生き物として恐怖を感じ、ジェリーフィッシュ快賊団団長として興味と好意を感じた。
 デッキに戻ってくると、アクセルがメイと喋っている。無邪気なメイは、土産話の面白さに目を輝かせている。

「そーそー、嬢ちゃんにお土産。賞味期限が切れる前に渡せてヨカッタよ」
「なあに?食べ物なの?」
「ハイ」

 見かけない、粗悪でけばけばしいパッケージをメイがしきりにひねくり回している。ジョニーが近づいてくると、嬉しさで一杯の笑顔を振り向けた。

「お土産だって!20世紀のお菓子なんだって」
「腹壊しても知らんぞ、俺は」
「えー」
「だーいじょうぶだって。団長の可愛いお嬢ちゃん方に、毒なんか渡すわけないでしょ?」

 笑って両手を上げているアクセルに、ジョニーは首を振る。メイに下がるように言って、デッキには二人きりになった。

「どうも俺は、」

 ジョニーは、雲海の上をごんごんと飛んでいる船の振動を足にしっかり感じながら、機嫌良さげに窓の外を見下ろしているアクセルに切り出した。

「問題児を預けられることが多くってな。ソルからはあのコ、お前からはソルときた。ま、こっちとしては信用問題もある。責任持って預かるさ」
「そりゃあ、助かるねぇ?それに、俺もある意味問題児だし、預かってもらってるわけだ」
「お前はただの風来坊さ。場所まで着けば理由に関係なく降りてもらう。むしろ、預けた人間として俺に話すことはないか?」
「なーに?旦那の弱ってる理由?俺がここにいる事?それとも、行き先について?」
「ま、全部だな」

 ジョニーが腕組みして回答を促すと、アクセルはようやくジョニーを振り返り、にゃははは、と馬鹿にしたように誤魔化し笑い一つ、更に続けた。

「企業秘密」

 おどけた顔で、目の先は抜け目無くジョニーの手を確認している。狭いデッキで自慢の腕を披露すれば、船そのものに傷が付く、それを計算してその場所に立っている。アクセルの立ち位置は、ジョニーにそう推測させた。アクセルはまたしても降参の意味か両手を上げて首を傾げると、

「あんね、それをあんたに話しちゃうと、俺の専売特許が一個減るわけ。損な取引はしない主義でね」
「専売特許?」
「旦那のコイビトってことさ」

 相変わらずどこまでふざけているか見当のつかない回答で、ジョニーは納得し引き下がるしかないようだった。まあいい、と構えかけていた手を戻すと、アクセルはにこやかに、

「団長のこと、信用してるんだよ?」

 そう言った。本当か嘘か以前に、信用されたいかされたくないかという話だ。そうジョニーは思う。信用が即利用に繋がるならご免だ、とジョニーはアクセルのヘラヘラした顔にサングラス越しの一瞥をくれた。

「ソルは、面会謝絶を希望だ。お前は入れるなとよ」
「あら、ヒドッ!俺は旦那のナイトなのにねぇ」

 ジョニーは笑う。ナイトとはどの口が言っているのかと思う。アクセルは不審の塊だ。笑っているジョニーに、アクセルは自信たっぷりの声で言いきった。

「だって、俺以外の誰が旦那のナイトになれるっての?」
「大した自信だな」

 ジョニーが皮肉な嗤いを浮かべるのを見て、アクセルは笑う。口の端をつり上げる嗤いを多分、自分以外は見たことがないだろうなとジョニーは思った。不遜な嗤いは、時間が敵でないことから来る自信のためなのだろうか。

「ねぇ?誰もあのひとのことを、本当は知らないのに」
「同じ時代に生きてたことがあるって言うのが、そんなに特別なことかい?」

 ジョニーは初めからアクセルの言葉を見透かしていたようにあつらえた言葉を、突きつけた。ソルに対する自信、その不遜さに、ジョニーは珍しく神経を逆撫でされたらしい。チラッと垣間見えたジョニーの気持ちに、アクセルはゆっくりポケットに手を突っ込んで、窓の外、続く雲海を見る。

「常に、だよ。俺は常に、旦那の弱みを握ってるのさ。そしてこれからも」

 振り向いたアクセルは、心の底から楽しそうな笑顔だった。


「俺がナイトになってあげるしかないだろ?だって旦那は未来永劫、俺の物だもの」


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どぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!

轟音と共に赤い炎が上がる。
ジェリーフィッシュ快賊団の船『メイシップ』に何者かの襲撃があった。
船内は大騒ぎになりクルー達が慌てふためく。

《そこのレイディちょっと待ったウチのクルーじゃないな》

『あら、ダンディーなお兄さん私に何か用かしら?ナンパなら今はお断りよ』

帽子にサングラス、ジャケットを羽織った黒ずくめの男、
ジェリーフィッシュ快賊団団長ジョニー
ジョニーに声をかけられたジョニーとは対照的に赤ずくめでギターを持った女に声をかける。

《こいつは手厳しいな、だが今は別件だ・・・お前さんかい?ウチでこんな真似したのは?》

『いいじゃないそんな事・・・それに私の用は別口よ・・・じゃあねダンディーなお兄さん』

そう言い放ちギターを弾くとその衝撃波で通路の壁が壊れ煙幕を張ることになる。

[きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!]

そして少しして聞こえてくる少女の悲鳴。

「ディズィー!!待てーーーーーー!!!」

《待てメイ!早まるな・・・くっ、パーフェクトな俺が不覚を取っちまったもんだぜ・・・》

言う間もなくメイは偵察艇でディズィーを追って飛び出していってしまった。

・・・

ディズィーを追って森の中を彷徨うメイ

『ディズィー!!どこにいるのー?
・・・おかしいな?この辺に落ちてきたはずなんだけど・・・』

しばらく森を探索し白と黒の羽を持つ少女ディズィーが倒れているのを発見する。

『あっ、いたディズィー良かった無事だ、高度6000メートルから落ちちゃったからどうなったかと思ったよ
もうこんなところに長居は無用だよディズィー、船に帰ろう』

{WOOOOOOOOOOOOOO!!!}

ドボォ!!

メイがディズィーを抱き起こそうとしたら羽の一枚であるネクロが吠えメイにボディブローを入れる。

「え?何・・・かはっ・・・あああ・・・」

油断していたメイはモロに食らってしまい数メートル飛んだ後腹を押さえもんどりうつ。
そしてその間に木の陰からディズィーを拉致した赤い服の女が現れる。

『あら、さっきの可愛い船長さんやっぱり追ってきてたのね、まあ、知ってたけどね
私が返り討ちにしても良かったんだけど、それじゃ簡単すぎて面白くないから
ちょっと趣向を凝らしてみたけどお気に召したかしら?』

赤い服の女はもんどりうっているメイの殴られた腹の部分をヒールの踵で踏みつけながら問う。

「うわぁぁぁぁ!!」

『ふふふっ・・・良い声で鳴いてくれるじゃない感じちゃうわ・・・
その声もっと聞かせて欲しいわ・・・いいこと思いついたわ』

赤い服の女は指をぱちんと鳴らすと地面から無数の触手が生えてくる。

「!?何これ・・・」

ガッ!

口を開いたメイに赤い服の女が蹴りを入れる。

『これが何かなんてあなたは知らなくてもいいの・・・
でもどうしてもというなら教えてあげるわ、もうすぐ無関係じゃなくなるんだから・・・』

「どういうことよ・・・?」

『この触手はちょっと特別な生き物なのあなたもすぐに分かるわ・・・
もうすぐお母さんの気分が味わえるわよ、その時どんな声で鳴いてくれるのかしら?
考えただけでゾクゾクしてきちゃう』

恍惚の表情をしたかと思うとすぐに別人の様な残酷な笑みを浮かべもう一度指をぱちんと鳴らす。

『さあ、これがあんたの苗床だよ遠慮なく犯っちまいな!!』

合図と同時にメイに向かって触手が伸びる。
メイもその事に気付き逃げようとするが腹へのダメージが抜けきっておらず
膝ががくんと折れた所を触手に足を絡めとられる。

「や、やだ・・・やだぁぁぁぁ!!」

近くの木にしがみつき触手から逃れようとするが体を拘束する触手は
一本また一本と増えていきたいした時間を要することも無く体中を絡め取られ木から引き離される。

「やだやだやだ!気持ち悪い!離して!あっちに行ってよ!!」

顔を左右にフルフルと振りながら体をよじったりして抵抗を試みる。
錨を片手で軽々持ち上げられるメイの怪力も軟体生物の触手には
全く効果が無く完全に持ち上げられなすがままになっていた。

『良い表情するじゃねえか・・・もっと激しく抵抗しねえと本当にお母さんになっちまうぜ』

「くっ、そんな言われなくても・・・」

言葉とは裏腹にメイの抵抗は体力の低下から徐々に弱ってきている。
それを嘲笑うかのように触手はメイの服に入り込み引き裂いた。

ビリィィィ!

「やぁぁぁ!!何すんのよ!人間でもないのにやめてよエッチ、スケベ、変態!!」

胸や秘部が露になった状態で悪態をつくが全く気にする様子もなく
メイの体を弄りやがて生殖器を探し当てる。

『ほら早くしねぇと・・・アンタの『ピーー』に子種ぶち込まれちまうぜぇ』

「それだけ・・・それだけは嫌!初めてはジョニーって決めてるんだから!!!」

その叫びに応えるものは無く触手の一本がメイの秘部にあてがわれる。

「ひっ、ダメ・・・ジョニー・・・助けてーーーーーーーー!!!!!」

ずぶずぶ・・・ブチブチ・・・

触手が埋没し膜が破れる音がしたかと思うと鮮血が触手を伝っていった。

「痛っ、痛いよぉ・・・くぅ・・・嘘・・・こんなの夢だよ・・・」

『はぁーーはっはっはっは!!残念だったな色餓鬼!ヒーローはピンチになってもやってこなかったな!
所詮現実ってのはこんなもんなんだよ、夢見てんじゃねえぜぇ
こんな触手のバケモノに処女散らしてもらって良かったじゃねぇか、
ここで男を悦ばせるテクでも学んでいきな生きて帰れるか知らねぇけどな』

「ひっく、えぐ・・・ジョニー・・・ごめんねジョニー・・・ひっく・・・」

『泣きっツラも似合うじゃねぇかでももっと似合うツラがあるぜ
おい、こいつのツラザーメンまみれにしてやんな』

赤い服の女の声に触手はメイの体に自身をこすりつけ大した時間もかからずに
ビクビク震えたと思ったらメイの体中に精液がかけられていった。

ドクン!ドクッ、ドクッ!

「やだぁ・・・臭いよ・・・これ拭いて・・・」

『いいツラになったぜ、さてそろそろ・・・』

「・・・もう終わりにしてくれるの?」

一縷の望みにおずおずと聞いてみる。

『はぁ?これからがメインディッシュの時間だぜ『ピーー』にたっぷり卵食わせてもらいな』

本当に楽しそうな赤い服の女に対し一縷の望みを断たれみるみる絶望の表情になっていく。

『くっくっく・・・お前のそのツラ今までで一番最高だぜ』

そして再び触手がメイの秘部に入っていき今度は蛇が卵を飲み込んだように
触手の内部を伝って卵が徐々にメイに近づいてくる。
メイはその様子をがちがち震えながら見ている・・・もうメイは暴れる力も無い普通の女の子になっていた。
やがてゴプッという嫌な音と共にメイの膣の最奥に卵が産み付けられる。

「あああああっっっ!!入っている入ってくる!!ダメぇお腹が・・・苦しいよ・・・」

メイが膣内に卵を産み付けられる苦しみに耐えている間も次の卵が触手内を通過してメイに近づいていった。
最初は耐えていたメイだがやがて痛みと精神的ショックからか目は虚ろになり
いくつも産み付けられた卵で腹の形が変形するほどになっていた。

『腹の中のガキは一週間で孵ってくるぜ、そうしたらまたそいつらの苗床になってやりな
そいつらのザーメンは栄養豊富らしいから餓死で死にやしねぇ、ま、仲良くやってくれや・・・お母さんよ』

赤い服の女は笑いながらディズィーを連れて消えていった。
ggg
―陽の当たる場所―


ギアが襲来し、激戦地と化した中国のとある一角。
女性と六、七歳ぐらいの幼い少女が、息も切れ切れ走っていた。二人はだった。爆発に
よる轟音を背に、ただひたすら逃げていた。人類共通の敵であるギアから、そして人間
の追っ手から。
母子の髪、両の瞳さえも、ぬばたまの漆黒だった。肌は黄色味を帯びた白で、顔は堀
が浅かった。完全なるモンゴロイド。さらに言えば、絶滅危惧人種―――ジャパニー
ズ。だから、母子は逃げていた。本来味方であるはずの、人間をも敵として。もし捕ま
れば、保護という名のもとに施設に入れられ、自由のない生活を送る事となる。は見え
ていた。それなら、せめて何もらないこの子の為にも逃げなければ。
「ギィシャヤアアア!!」
母子は足を止めた。突然、目の前にギアが現われたのだ。咄嗟に母親は、我が子を物
陰に隠し“気”を使った防御結界を施す。
「いい、。何があっても、ここから出ちゃだめよ」
こくっ、と少女は頷く。幼いながらも状況を理解したようだ。それを確認し、自分は
ギアの眼前に立つ。ギアが反応するように法力をその身に纏って。
ギアは、人類が最大の武器とする法力にはむしろ驚くほどに反応し、攻撃目標とす
る。しかし中国発祥の“気”には、全くの無反応だ。だから少女には“気”を使った術
を施し、自分には法力の術を使ったのだ。
私は囮。
あの子の為なら、それで十分よ。
始めから戦うつもりなどさらさらない。そもそも使えるといっても、本当に初歩の初
歩程度の術しか使えない一般人が、戦えるわけがない。しかしもし逃げようものなら、
母子ともども殺されてしまう。だったら、せめてまだ未来あるあの子にだけは生きてほ
しい。
意を決した漆黒の瞳で、母親は朗々と言った。
「さあ、索敵なんかしてないでさっさといらっしゃい。ここには私一人だけよ。人一
人ぐらい、簡単でしょう……?」
人を素体としないギアは、人語を解さない。しかし、まるで言葉を理解したかのよう
に炯々とその紅眼を光らせる。ふと背鰭が蒼白く発光し、その大きく裂けた口に法力
が、瞬く間に収束していく。
カッ、と一瞬口が輝った。
そう思った次の瞬間には、蒼白い光線が吐き出されていた。
視界が、あっという間に白くなる。ああ死ぬんだな、と意外にも冷静に想った。自分
で決めたことだ。当然といえば、そうなのかもしれない。同時に、幼い我が子を心配す
る気持ちも湧いてはいた。だが、一種安心もしていた。
“気”を使って、防御結界を少女に施したあの時。同時に呼応術と、記憶隠蔽術を施
していたのだ。
信頼できる人物に、少女を託すために。
日本人という枷を忘れて、呼応した人物と新しい生活が出来るように。
呼応した人物。
あの人なら、きっとあの子を守ってくれる。
虚ろう頭で確信めいたように思う。
ジェリーフィッシュ快賊団頭領、ジョニー。
祖父の居合いの弟子だった。
自分がまだ幼かった頃は、よく遊んでくれた。子が出来た時は、名付け親にもなって
くれた。
楽しげな優しい笑顔。
あの人なら、必ず。
そうして、確信に思う。
だんだんと、意識が薄れていく。視界はもう、真っ白だ。

いい子にするのよ。
我儘を言って、あの人を困らせないでね。
そして―――――、
「おかあさあぁぁぁん!!」
幼い少女の叫び声が聞こえた。少女が母親を自分をそう呼ぶのも、これが最後。自
分は死に、あの子は名前と歳以外は総て忘れてしまうのだから。
不意に涙が零れる。情けなくてたまらない。
―――――お母さんを、許して。
こんな事でしか、あなたを助けられない弱いお母さんを許して。
明惟。

大地に、爆音と轟音が鳴り響く。
物が、がらがらと崩れていった。




『―――こちら第四小隊、こちら第四小隊』
ガガッ、という通信メダル特有の雑音を孕んで、カイのメダルから受信した声が発せ
られる。どこか切迫したような声色だ。
どうしました?」
怪我人に治癒法を施し終え、カイは内心訝しみながら応答した。
司令塔であるギアを屠り、残りのギアの掃討も終えたこの状況、緊急事態などほとん
どありえないのである。だからこうして、戦地であった街から少し離れた森にあった洞
穴に野営地を構え、怪我人の治癒を手伝っているのだ。それは、別の場所に一時退避し
ている第四小隊だって同じである。
だから、メダルから聞こえた問いの答えを聞いて、カイは我が耳を疑ったのだ。
『大変です、大隊長! 第一地区にて、新たな大型ギアが出現しました。司令塔なし
にして行動出来ていることから、自立型かと思われます。至急、援軍をお願い致しま
す!』
大型の自立型ギア。
司令塔の役割を担っていたギアとは別に、もう一体。索敵機器には、そんなもの居な
かった。
ではなぜ。
問はふつふつと沸き上がったが、迷っている暇はない。酷な話だが、索敵機器に反
応しない新手であろうギア相手に、一小隊が勝てるとは思えない。
幸いカイ率いる第一大隊は、激戦であったにも関わらず怪我人が少なくて済んだ。な
かには、まだ法力を十分に保持している団員もいる。それに一時退却してから、もう三
時間半程経っているのだ。体力もそれなりに回復しているだろう。十分に援軍を組める
情勢だ。
カイは決断した。
「わかりました。直ちに援軍を組み、そちらへ参りましょう。今は落ち着いて、攻撃
体制を執っていてください」
『はい!』
次期団長候補である大隊長の、冷静な声音にいささか安堵したらしく、還ってきた声
は存外明るかった。その返答を聞き届け、カイはすくっと立ち上がった。声変わりをし
てもなお、よく通る少し高めの声を張り上げる。
「第四小隊より、第一地区にて新たな大型の自立型ギアが出現した、との一報があり
ました!」
それほど音の無かった洞穴内が、あわや騒然となる。カイの声が岩壁に反射して、わ
んわん鳴っていく。
「直ちに援軍を組みます。余力のある者は至急、戦闘準備を!」
そう檄を飛ばし、カイは自らも準備を整えていく。洞穴内は慌ただしく、行く者と行
けぬ者とに瞬く間にざっと分かれていった。

集ったのは、総勢約二五十名。約小隊一隊分の人数だ。本当ならもう少し欲しいとこ
ろだが、手負った後の援軍だ。このくらいが妥当というものだろう。
カイは集まった者をそれぞれ見渡すと、身に纏う空気を一気に張り詰めさせた。
「それでは、いざ!」
紡がれた言葉は、いっそ厳かに響く。子供とは思えない程の、威厳と存在感。それが
僅か十五歳にして、次期団長候補に抜擢される少年の一つの姿だった。
そうしてカイは団員達を率い、再び戦地へと赴いていくのであった。


---------



本来無機質であるはずの、鋼鉄で出来た飛空艇。中々どうしてだろう、けれど漂う空
気は華やぎ、楽しげな談笑さえ聞こえるのである。
だが、それはそれ程に謎な事柄ではない。なんてったって、原因は単純に明白なのだ
から。男という男が居ないのである。乗艇しているクルー達は、全員女なのだ。しか
も、ちょうど年頃でそこそこ器量の良い子ばかりが、よく集めたなと思えるくらいの沢
山の人数で乗っている。これだけ居れば、嫌でも画面が華やぐというものだ。しかした
だひとつ、その中に異質な存在があった。
黒色のコートに鐔の広い帽子、そしてサングラス。全身黒ずくめの、それでいて重い
雰囲気を纏わないのは、所々に施された金の装飾と、本人のその軽快な気質の所為であ
ろう。そう、この並々ならぬ数の女の子の中、たった一人だけ男がいた。名を、ジョ
ニーという。
ジェリーフィッシュ快賊団の頭領であり、この飛空艇の総括者。また一年前、ギアに
よって壊滅したジャパンの抜刀術の使い手でもある。
今、彼の乗る飛空艇ジェリーシップは快賊団の本部艇だ。だから、ただでさえ多いク
ルーがやたらと沢山いるのだ。そしてギアと対戦した後だというのに空気が明るいの
も、その所為である。
ともあれ、そんなハーレム状態の中で、ジョニーは法力で点けた煙草を悠々と吹かし
ていた。
「ねえねえ、ジョニー」
不意に向かいの席から、声がかかる。視線を寄越してみると、テーブルに両肘を立
て、その上に顔を乗せるという、可愛らしい姿勢で座っているクルーの小さな女の子が
いた。ジョニーは今度は身体ごとクルーに向けると、実にゆったりとした口調で答え
た。
「ん、なんだい? エイプリル」
反応が返ってきて嬉しかったのか、エイプリルはえへへと笑うと、首を振った。
「うんん、ちょっとよんでみただけ」
「呼びかけに答えただけでレィディーを喜ばせるなんて、俺様もなかなか罪なものだ
なぁ」
嘆願の共に零れた言葉はいっそつっこむのが嫌になる程、ナルシズム溢れるものだが
エイプリルは気にしない。こんなこと日常茶飯事だし、生半可な男ならともかく彼が言
うなら納得できるし。だから、エイプリルは馬鹿にする訳でもなく楽しげに笑った。
「あははっ。じゃあ、いっぱいよぉぼうっと。ジョニージョニージョニー☆」
「おうおう、」
助けて。
あの子を、助けて。
お願いです。
あの子を―――――――
「……――――!!」
脳に直接響く声。
懐かしい“気”の気配。
呼応術。
何かの気配を感じたのか、突然ジョニーは黙りこくってしまった。先刻まで微笑んで
いたサングラスの下の青の双眸が一転、険しいものに変わる。
「……どしたの……?」
「すまねぇなあ、エイプリル。ちょいと、ヤボ用ができちまったみたいだ」
不安にジョニーの顔を覗き込むエイプリルに、ジョニーは微笑んで詫びた。そうし
て、吸っていた煙草を灰皿に押しつけて揉み消し、立ち上がった。
その様子を茫と見ながら、エイプリルは何の気のしなく訊く。
「……ようじがすんだら、またあそんでくれる?」
その問いにジョニーはつい、と帽子を上げると軽快に笑った。
「ああ、もちろんさ」
「じゃあ、きをつけていってらっしゃい」
言って、エイプリルはひらひらと手を振った。期待を裏切らない返答に、満足した笑
顔で。ジョニーもまた、背中越しに手を振る。そうして静かに、部屋を辞した。




いた。
黒い鱗に覆われた、トカゲを素体とし、後に法力で巨大化させられたのであろうギア
を見つけて、カイは単純に思った。
瓦礫が積もって高台となった場所。見晴らしのいいそこに、カイ達はいた。今居るの
は、カイを含め二十四名だ。それは大人数となっていた援軍を、それぞれ細かい班に分
けた所為である。
ギアの動きからして報告通り、自立型の大型ギアだ。報告を疑っていた訳ではない
が、出来れば嘘であってほしかった。自らで判断を下し行動する自立型ギアは、様々あ
るギアのタイプの中で最も厄介な型なのだ。天才と神童と、謳われるほどの実力を持つ
カイも、なるたけ相手にしたくないタイプであった。そんなこんなで、らしくもなく内
心顔を顰めながら、戦法を頭で組み立てている時。
晧と蒼白く、ギアのその刺々しい背びれが輝った。
法力が増大している。光線でも放つ気か。
カイは思って振り返り、後ろで待機している団員に指示を飛ばした。ギアの意識が下
に向いていることからして、こちらが直接被害を被ることはないだろう。しかしこの距
離だと、爆風や飛び散った瓦礫の威力は侮れないものがある。
「法支援部隊、防護結界を」
「はっ」
ギアが攻撃準備をしている状況に気付いていたのか、団員はすでに円陣を組んでい
た。円を組むことによって、互いの法力を高め合い、少ない消費量で威力の高い術を放
出するのである。
ただカイは少し不満だった。
なぜわざわざ私の指示を待つのか、と。
その名の通り、法力での補助を旨とする部隊、判断力にも長けているはずである。的
確な瞬間に、適当な術を施さなければならない法支援部隊。それならば、なぜ大隊長の
指示を待つ。
答えは考えるまでもない。
候補とはいえ、ほぼ確実に次期団長となるカイに尻尾を振っているのだ。カイの指示
を従順に聞いて、自分達の株を上げようとしている。子供だと侮っているのかその態度
はあからさまで、で憤慨するのも馬鹿らしくなるほどだ。だからカイは冷たく想う。
大人なんか嫌いだ。
“子供”だと嘲るくせに、地位や名誉の為ならその“子供”にさえ媚びへつらう。
全く愚かで大嫌いだ。
しかしそんな大人たちを、本当の意味で認めさせられない“子供”な自分もカイは大
嫌いだった。
白い純粋にある、暗い闇の底。
それなのに、カイの身を包んでいく防御結界は、何物にも染まることのない透き通っ
た白色ののカーテン。耀きの亡い蒼緑の双眸で、カイは茫といっそ神聖なまでのそれ
を、ただただ見つめていた。
………そろそろだな。
ギアの大きく裂けた口が、晧々と蒼白く輝っていた。法力が収束しきったのだ。蓄め
られた法力は、強大なものとなっていた。この大きさだと相当な威力だろう。カイは法
力を使い、かかっていた防護結界を強化した。他の団員にも、それを施す。ただし、先
程の法支援部隊にはかけず、こっそりと。全く狡賢いことに、彼らは自分にはそれなり
に強度を持った術を施している。そんな事、漂う法気量を見れば一発で理解る。
心底呆れて、カイはこれ以上ないというくらい冷ややかに嘲ってやった。
けれど、痛くてたまらない。
緋く黒い想いに駆られた表情を、読み取られないようにするために、カイはを垂れ
た。その瞬間、不意に本来あってはならない光景が目に飛び込む。
ギアの眼前に、長い黒髪の女性。
微弱ながら法力を、その身に纏って。
そんなことをしたら、真っ先に標的となるというのに。
なぜ。
しかしカイがその疑問を解決することはなかった。気がついたときにはもうすでに瓦
礫の山を滑り落ち、救けに向っていたからだ。
「大隊長!」 「カイ様!」
驚いた団員達が、口々に喚く。しかしカイの耳には虚しくも届かない。否、カイが総
て無視したのだ。単独行動がどうの言っている暇などない。今は一刻も早く、人命救助
をせねば。
瓦礫の山を降り切る。実にしなやかな動きでカイは立ち上がって、女性の元へと走
る。
カッと、ギアの大きく裂けたその口が輝った。
「危ない……っ!!」
カイは叫んだ。庇おうと、咄嗟に踏み込む。一挙に放出され、迫る輝り。
あまりの明るさに、視力を奪われる。しかし、女性の漆黒の髪だけはなぜかよく見え
た。艶やかな長く黒い髪。
あと少し。あと少しで――――
「うわあっ!?」
猛烈な爆風に、カイはその身を弾き飛ばされた。瓦礫の山に思いきり身体を叩きつけ
られる。低い呻き声を上げて、カイはそのまま蹲った。しかし、高等な防御結界を施し
ておいた所為、背中を強打した感覚こそありすれど、怪我はなかった。偶然とはいえ、
備えあれば憂いなし、とはまさにこの事である。
感覚はあるのに痛みがない、という不可思議な実感に襲われながら、はっとカイは目
を開けた。
――――――あの女性は。
不意に、奪われた視力が徐々に回復していく。霞む目の前、黒い塊がちょんとあっ
た。
「…………っ!!」
カイは思わず、目をぎゅっと瞑った。その黒塊の正体が、知れたのだ。しかし意を決
し、それでも恐る恐るカイはその双眸を開いていった。
ああ……やはり。
それが当然の理のようにカイは想った。しかし、その白く細い手は小刻みに震えてい
た。目の前にあった黒い塊。それは紛れもない、先刻の女性の屍だった。
ギアの強大な光線をもろに浴びたあの状況、解ってはいたが遺体を目前にするとなる
と、さすがにきついものがある。いくら幼い頃から戦火の最中にいたとはいえ、慣れる
ものではない。いや寧ろ、人として慣れてはいけないものである。
そうしてカイはとりあえず立ち上がると、上着の留め具を外した。ぱさりと、女性の
遺骸に上着をかける。胸の前で十字を切り、せめてもの冥福を心の中で祈る。
「キシャアオォッッ!!」
今まで様子を窺うように大人しくしていたギアが、突如咆哮を上げる。その大きく裂
けた口に、再び蒼白い輝りが産まれる。法力の集積具合からして、先刻のものよりは若
干威力は落ちるだろうが、このまま食らえば確実に死を看ることになるだろう。
すくっと、カイは立ち上がった。腰に提げた封雷剣をベルトから外し、そのを片手に
握る。そして十字を胸の前で切り、今は刀身のない丸いフォルムの鍔の先端に手を当
て、それを一挙に引く。すると手の動きを追うように、蒼白い耀きが産まれる。そして
最後までそれが達した瞬間。耀きは細身の刀身となった。
剣を構える。
埃臭い風が唸った。舞う、焦げた死臭。
蘇る幼い記憶。
動かない命。その意味を知らず、縋りついたあの日。
――――――やめてくれ。
想い、出したくない。
カイは振り切るようにを振った。そしてキッと眼前のギアを睨み、駆け出した。射程
範囲まで一気に間合いを詰めていく。法力を溜め、法文詠唱に持ち込む。そうして円を
描くように印を結ぶ。射程距離に入る。カイは叫んだ。
セイクリッドエッジ!!」
途端、巨大な雷剣が出現する。カイはそれを投げつけるように、手を思いきり振っ
た。
――――不意に、何かが閃く。
カイは気づかない。
次の瞬間、ギアの首が飛んだ。溜められた法力が散逸し、細かい光線が空を斬り裂
く。不測の事態への驚きと戸惑いが、カイの集中力を途切れさせる。その瞬間巨大な雷
剣は散り、法術は未完成のままに終わった。そのためにカイは膨大な法力をその身に置き
去りにしてしまった。体内で法力が暴走し、全身が痺れ弾け飛びそうになる。
「……っくそ………!!」
カイは地面に封雷剣を突き刺し、それをアース代わりに法力を飛ばしていく。雷に具
象化した後だ、散らすのは簡単だった。けれど溜め込んだ法力量の多さの所為で反動は
大きく、カイは立つこともままならずにその場にへたりこんでしまった。絶大な疲労に
息を荒げながら、それでもカイは状況を把握しようとギアの居た方を仰いだ。だがギア
はすでに居なく、今は光となって消え失せていくところだった。
「……なぜ―――――?」
ほろりと疑問が零れ落ちる。その問いに答える者はいるはずもない。だが今しがた確
かに、カイの放たんとしていた法術はギアに当たることなく散逸した。それだというの
に、ギアは消え失せた。
「なぜなんだ………?」
「それは、この俺様がギアを斬ったからさ」
カイの再びの問いに、答えが返ってくる。あるはずのない事に驚いて振り返ると、そ
こには全身黒ずくめのサングラスの男がいた。
「―――――あなたは………」
誰だかわからなくて、カイは言葉に詰まった。すると男はそれに特に気を害すること
もなく、あくまで飄々と笑った。
「直接顔を合わせるのは、初めてだったかい? カイ=キスク団長」
はっと、その低く渋い声と独特な口調で、誰だか判る。そうして何度も話したことが
あるのに、とカイは少し申し訳なさそうに苦笑した。
「そうですね。お会いするのは初めてです。いえ一瞬どなたかと……申し訳ありませ
ん」そう言ってカイは立ち上がり、礼をした。そして言い加える。
「それと私は団長ではありませんよ、ジョニー快賊団団長」
「ほう、そいつぁ悪かったな。クリフの爺さんから、次期団長はアンタだって話を聞
いていたんでなあ」
「クリフ様から……?」
「ああ」
驚いた顔を見せるカイにジョニーは短く答えると、
「さて―――、」
そこに何物が存在するかのように、ある瓦礫の山に一直線に足を向けた。一見何もな
さそうだが、何かあるらしい。カイは気になってジョニーの後についてみた。
「お、いたいた」
向かった瓦礫の山に、何かを見つけてジョニーが座り込む。何だろう? とカイが後
ろから覗き込むと、その瓦礫の陰、まだ幼い少女がいた。
「この少女は―――?」
「知り合いの子でね。引き取りにきたんだ」
「引き取るって、どういう……」
カイがほろりと訊ねた。いつもは深く事情などは聞かない彼がそうしたのは、しかし
嘘のあるはずもない言葉に違和感を覚えたからだ。
なにせ場所が場所だ。引き取るなら、なぜこんな場所にするのか。そして似たような
風景のなか、なぜすぐに少女の居場所がわかったのか。そして――――。
不思議で奇妙な違和感。
このおかしな感覚に、カイは我知らず顔を歪めた。それに気づいたのか、ジョニーの
青の双眸が一瞬困ったを示した。この勘の鋭い相手を誤魔化しきれるか、と。
「まあ、色々事情ってもんがあるのさ。……あまり深入りしないでくれないかな?」
「しかし、」
言いかけて、はたとカイは口を噤んだ。まだ物言いたげに口をもごもごさせている
が、人には言えない事情の一つや二つ持っているものだと、自分を納得させたようだ。
「―――――じょにー……?」
ふと、幼い少女がぼんやりと呟いた。するとジョニーは嬉しそうに微笑んで、少女を
抱き上げた。暗くてよく見えなかったその容姿が、陽の下に曝される。その大きな漆黒
の瞳は枯れた涙に濡れていて、輝りが灯っていなかった。再起不能といったような瞳
の。漆黒の肩口まである長い髪。
漆黒の。
まさか。
「おお、ちゃん。そうさ、この俺様がジョニーだ。よーく覚えておきなぁ?」
「………うん」
何も映らない瞳。少女はこくりと頷いた。
先刻の女性とは親子―――?
漆黒の瞳と同色の髪。東洋系の顔。少女の茫洋とした眼。
漂う違和感。何処かで感じたことのあるような……。
カイの脳裏に様々な思案が巡る。しかし、答えを持つ人物は待ってくれない。
ジョニーは天を仰ぎ見、飛空艇を発見すると少女に笑いかけた。
「よおし。それじゃ、行こうかね。明惟ちゃん」
不思議で奇妙な感覚。埃舞い散る戦場。隣には師と仰いだ老兵。
この感覚、もしかして。
はっ、と答えにカイは辿り着く。漂う違和感は少女の纏う“気”の気配。“気”を用
いた術の痕跡だ。
東洋人の編み出した、法力とはまた違った“気”の術。非常に原理が不可思議である
ため、発祥地であるチャイナでさえ高等な気術を使える者は数少ない。そして西洋人で
は、現聖騎士団団長でありカイの師であるクリフ=アンダーソンただ一人である。
だとしたら、あの少女は。
一纏の可能性。見逃すわけにはいかない。
「――――待って下さい」
「ん。なんだ、まだ何かあるのかい?」
振り返ったジョニー。今まさに安全な着地ポイントを見い出し、降りてくる飛空艇の
方へ足を運ばんとしているところだった。
「その少女を引き取るのなら、遺伝子鑑定を済ませてからにして下さい」
ギアにより壊滅したジャパンにも、高等な“気”の使い手は居たという。だとすれ
ば。
「……それはまた、どうしてだ?」
「その少女の容姿、身に纏う高等な気術の気配。そして先程あなたが話していた言語
からして、ジャパニーズの可能性があります」
「この子の両親の出身は、ジャパンの隣国チャイナだ。似てるのは当然さ」
あくまで飄々とジョニーは答える。が、その裏の意味は明白だった。可能性が確信に
変わった瞬間、カイは無意識に拳を握り締めていた。疑心暗鬼が、心の中を駆け巡る。
「しかし、その黒髪に黒い瞳。平坦な顔に黄色い肌。ジャパニーズの典型的な特徴を
有しています。ですから」
絶滅危惧人種ジャパニーズ。見つけ次第、直ちに保護すべし。
それが、聖騎士団を発足させた国連の意向だった。それを聖騎士団と共に戦う快賊団
団長が、知らない訳がない。それでも協力してくれないのは、よっぽど事情があるから
だろう。そんな事ぐらい、カイでも解る。だからあの時、口を噤んだのだ。それをこの
目の前の黒い男は知っている。それなのになぜ、こんな分かり切った嘘をつくのか。
顔を合わせるのは初めてだったが、通信メダルでのやりとりはそれなりにあった。立
てる作戦もなかなかのものであったし、その寛大な人柄も好きだった。だから、信頼も
していた。それなのに。
裏切られたと思うのは、間違いか?
「………お願いです、ジョニー賊団長。嘘は……つかないで下さい」
痛切に歪む蒼緑の瞳。けれど、顔には決して出さない。
この人も大人だから。
やっぱり信用なんてしてはいけなかった。
カイのその様子に、ジョニーは少しの哀れみ色の溜め息を漏らすと、カイの双眸を
真っすぐ見て言った。
「――――じゃあ、百歩譲ってもしこの子がジャパニーズだとしたら、アンタはこの
子を保護施設に入れるのかい?」
ジョニーの視線をささやかに睨み返し、決然とカイは答える。痛切な表情は、もうそ
こにはない。
「もちろんです。絶滅危惧人種であるジャパニーズを、野放しになんて出来ません」
「それはアンタ自身の本心か……?」
常人なら多少なりとも怯むきつさで睨まれてもなお、真っすぐなサングラス越しの青
い瞳。あまりに真剣で、逆にこっちが逸らしたくなる。
それでもカイは視線を曲げることなく頷いた。
「―――ええ」
「施設の現状を知らないわけじゃあないだろう?」
いつか視察したジャパニーズ保護施設。
変わり映えなく思えた人々。その扱いは、絶滅危惧“動物”を飼うかのようだった。
食物はそれなりに与えられても、綺麗とは言えない狭い部屋に閉じ込められ、そこでほ
ぼ一日を過ごす。他の部屋の仲間と話す機会は皆無に等しく、話す相手といえば一緒に
暮らす家族や友人といった具合だった。
死人より死んだ眼。思い出して、ぞっとする。
「………はい」
こんなに幼い身寄りのない子を、あんな保護とは名ばかりの施設に入れるんだ。ア
ンタはそれで、いいのかい?」
 施設での生活は幸せだったかい?
 言外にそう問われているように、カイには思えた。つい四年前、カイが孤児院で生活
 していたという事をジョニーは知らないというのに、だ。
 単なる被害妄想。
 そうだ。今日は法力を消耗しすぎて、気が滅入っているだけだ。
 不意に風が吹く。少し寒く感じる。上着を着ていない所為だ。
 黒き塊と化した母親。遺された幼い子供。
 入れられた孤児院で、一緒に遊んだ似た境遇の子達。決して良いとは言えなかった環
境。
 それでも、楽しくやっていた。
 襲いくる責苦と恐怖の闇夜に、日に日に自覚していく情けなさと弱さに、
 耐えながら………。
 「……―――――っ」
 巡りくる記憶に、カイはとうとう視線を逸らした。俯いて、ぎゅっと目を閉じる。瞼
が震えた。
 「ここはひとつ、俺に任せてくれないかな」
 ジョニーはサングラスを外し青の双眸を晒して、静かにそう言った。するとゆっくり
とカイは頷いた。ただ、顔は伏せたままに。
 「…………わかりました。お任せしましょう……」
 「すまんなぁ。それじゃ、失礼するよ」
 そういってジョニーは軽く手を振ると、もうすでに着陸していた飛空艇へ颯爽と消え
ていった。
 「……………………」
 カイは飛空艇の飛びゆく空の青さをその蒼緑の双眸に映して、ただただぼんやりして
いた。忘れていた旧い記憶に心を揺らし、胸に淑やかな痛みの雨を降らしながら。

 瓦礫の山の頂上に取り残された団員達が、口々に喚きながら大隊長を迎えに降りてき
たのは、それからまもなくのことだった。
 その時知ったことだが、ギア出現の一報は何者かによる偽情報だったらしい。では、
あのギアは何だったのか。光線の被害はきちんとあるが故、存在は否定できない。きっ
と“力”のある人間でないと見えない不可視の特殊ギアでしょう、と片付けられたが、
果たしてどうなのか。謎は尽きない。
 それならいっそ、幻であってほしい。
 カイは想った。









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「……次はここか。これで最後だな」
澄み切った青空の下。カイは、整備の為に今はへ降りているジェリーフィッシュ快賊
団が一飛空艇メイシップのメインゲート前にい た。
小高い丘にいる所為か、季節柄そうなのか。柔い風が絶えず吹き、ときたま強い風が
駆け抜ける。その度に碧い草原がさざめき、カイの、陽光を縒り集めたような金髪が揺
れ、彼の身に纏う黒の裾の長いブレザーコートがはためいた。
不意にザザアッと強風が吹いて、手に持った指名手配書が飛ばされそうになる。慌て
てカイは手放すまいと、手配書を持つ手に力を入れる。しかし手袋をした手だ、いかん
せん滑りがいい。手配書はあっという間に吹き飛ばされ、風に乗って舞いゆきてしまっ
た。
「あ―――――」
反射に手を伸ばすが、届くはずもない。カイは溜め息をついて、しかしメインゲート
に向き直る。そして、目的の人物の名を口の中で紡ぐ。
「ジェリーフィッシュ団のメイ」
そう、今日は義賊という名の空賊を一斉検挙しにきたわけではない。指名手配システ
ムが何らかの異常をきたし、一種策略めいた指名に磨り変わっていた。その事実関係
や、指名者の関連性の調査をしに、カイは赴いたのだ。ただし、国際警察機構内部から
生じた問題であることから調査は極秘。だから本来なら、連れているはずの部下達も今
日はいないのだ。警察機構の最高官が、たった一人で敵陣に足を踏み入れるのは危険極
まりないのだが、相手が相手だ、そう心配することもないだろう。
そういえば、あの時の少女の名も“メイ”といったな。
ふと、聖戦時代に出会った幼い少女の名を思い出す。母親を亡くし、快賊団団長であ
るジョニーに引き取られていったあの少女。今は元気にしているだろうか。
「うちのお姫様に何か用かな」
不意に声がかかる。その独特の口調。声の方を見なくても、誰だか判る。けれどカイ
はそちらへ向いて、その蒼緑の瞳に男を映す。少しの驚きを交えて。
「……なぜわかったんですか? 私がその“お姫様”に用があると」
「これさ」
もしここが闇でも溶け込まないであろう黒を持つ男―――快賊団団長ジョニーは、飛
空艇の艇体に寄り掛かり、手に持った紙切れをひらひらさせた。よく見ると、それは先
刻風に吹き飛ばされてしまった指名手配書だ。
「それは……っ」
「最新の指名手配書、だろう? 何をしにきたのか知らんが、そのわかりやすい格好
でうろつかんでくれんかなあ」
そう言うとジョニーはカイの手を取り、持っていた手配書を渡した。離れていると見
えなかったサングラス越しのその青い双眸が、少し困ったようなを見せていた。
確かに、カイの着ている服は一目で職業の判るものだった。
黒の、裾の長い金色の縁取りのなされたブレザーコート。同色のスラックスにブー
ツ。両肩につけられた帽入れの右肩から脇にかけては、金の編み紐が巡り通され、その
先端には大粒の深紅のウッドビーズが飾られていた。そして白いワイシャツには、臙脂
のネクタイが映えるように締めてあり、上にはブレザーコートと同色のベストが重ねて
あった。細くけれど大きな手にはめた手袋は白い、全体を覆う形だ。左腕には銀色のピ
ンで留められた、黒と赤の地に金縁のある幅広の国際警察機構の腕章。その記章は二つ
の同心円の中に、十字と×字の形に配置されたラインの上、紅と白に互い違いに色分け
された四つ部屋の盾の右上に、ロゴ化されたIPM―――International Police
Mechanism―――の文字が刺繍されたものだった。
それが国際警察機構の制服であり、只今カイが着用しているものである。ただし、腰
の緩く斜めにつけたやや太めの二本のベルトに提げてある、今は刀身のない封雷剣は、
カイだけのオプションだが。
カイは手配書を受け取ると、短く礼を述べてから、生真面目な面持ちで言った。
「ですが、これも仕事です。ご承知願いたい」
「ま、アンタがわざわざ一人でここまで来たんだ。よっぽどのことだろうなぁ」
「ええ。ここ数日で、あなた方への懸賞金が十倍になっています」
カイの言葉を聞いた途端、いつも纏うある種軽いものから真剣な重いものへと、ジョ
ニーの眼のが変容する。話に興味を持ち、またそれが重要なものだと察知したらしい。
「それで?」
けれどその軽妙な口調は変わらず、ジョニーは先を促した。
「この裏には何かの陰謀が……」
そう言って、カイは賛同を求めるようにジョニーの眼を見やった。しかし、蒼緑の瞳
と青の双眸が出会うことはなかった。ジョニーが、合わせようとしないからだ。つまり

「団のことは団で処理する。陰謀があってもなくても、アンタとは敵同士だからな」
協力はしないということだ。ただし俺に勝ったら協力してやろう、と言外にジョニー
は言った。ただ表情はいたって愉快極まりない様子である。今度はカイが困る番だっ
た。早く調査を終えて、本部に戻らなければならないというのに。紡がれた言葉は本当
だろうが遠回しに、ついでだから手合せをしよう、と言っているのだ。
調査が出来なくては、ここまで来た甲斐が水の泡だ。とりあえず、カイは合わせるこ
とにした。
「ちがいありませんね。ならば、腕尽くで聞くまでです」
「よく言った」
真剣ななかに混ざる、歓楽の声色。
ああ、やっぱり。
カイはこれ以上ないというくらい大きな溜め息をつき、封雷剣をベルトに吊していた
留め具を外す。そうして飛空艇メイシップから離れて、それぞれの得物を構える。ジョ
ニーは鞘に入れたままの東洋の刀を。カイは刀身を引き出した封雷剣を。
風が、鳴く。草が、散る。青い空、碧い丘。
生きた沈黙、死んだ緊迫。見せぬ隙、絡む視線。
鳥が、翔んだ。
「―――いきます!」
カイが駆け出す。ジョニーは突っ立ったまま動かない。さえ持たず、口元は笑みを象
る。段々に間合いが詰まる。カイは一挙に意識を収束させ、封雷剣に法力を孕ませる。
途端、一瞬にして細身の刀身が具現化した雷電を纏う。身を捩り、遠心力を利用して勢
いをつけ、足元を薙払う―――が、しかし。
「足元注意!!」
ジョニーが目にも留まらぬ速さで抜刀する。
「くっ……」
咄嗟にカイは空中に高く跳んだ。ブレザーコートの裾を、刀の切っ先が掠める。ぞく
りとカイの背に寒気が走る。あまりの速さに和刀の刄が見えなかったのだ。それでもカ
イが跳んだのは、ジョニーの言葉と彼自身の類い稀なる反射神経のおかげである。
これは本当に、手合せ兼交換条件か?
カイは思う。だが、それにしてはジョニーは本気になりすぎだ。
ということは、やはり――――
一瞬不意にジョニーの身に隙が見えた。カイはそれを見逃さず、先刻具象化した法力
をいったん抽象体に戻す。そしてすかさず巨大な雷弾に変換し、ジョニー目がけて一気
に放った。
「そこだ!!」
しかし強力な分、弾速は遅い。
「おっと」
ジョニーは後方へ下がり、ひらりと雷弾を躱した。草の焼けた青臭さが空を舞う。に
靡くジョニーの、一本に結わえられた長い金髪が不意に紅く発光する。そうしてその紅
き発光は彼の全身を包み、ただならぬ威圧感を纏わせた。けれど、ジョニーの青いその
双眸はいつもと変わらぬ軽妙さ。たっぷりの余裕。それがサングラス越しに垣間見え
て、カイはらしくもなく舌打ちをした。軽妙ではないが、似た男を思い出す。暗褐色の
長髪に、紅味の茶の双眸。この上なく大嫌いな紅い緋い焔の――――
脳裏に浮かぶ人物に、カイは顔を顰める。しかし突如慌てて法文を紡ぎ、防護結界を
張る。翠の光球がカイを覆い、飛来したジョーカーのトランプを弾き飛ばす。ほっとす
るのも束の間、炎の柱が眼前を過る。カイは防御したまま着地すると、雷弾を威嚇発射
し、後方に下がった。そして雷弾をジョニーが躱したその瞬間、
―――勝機。
勢いよくスライディングし、足元を掬う。素早くカイは倒れたジョニーに馬乗りにな
り、その喉元に剣の切っ先を突き立てた。
「勝負、あったようですね」
「ああ。アンタの勝ちだ」
ジョニーの降参の言葉を聞いた途端、カイは特大の溜め息をついた。纏っていた緊張
が、一気に消え失せる。
「それにしても」
剣と自らを退ぞけ、カイは立ち上がった。
「いろいろと一言多いようですね、あなたは」
そして汗で顔に貼りついた髪を掻き揚げて、地に手をついて座り込んでいるジョニー
を見遣った。負けたというのに、ジョニーの眼は楽しげに笑い余裕さえ見せていた。
“あいつ”といい、眼前の黒い男といい、なぜそんなに余裕があるのだろうと、カイは
しみじみ思う。やはり年の功というものか。もしそうだとしたら、何となく嫌である。
「そういうアンタも、ちょいと緊張感が足りないんじゃあないかい?」
言いながらジョニーは立ち上がって、鐔広の帽子をついと上げた。そして視線でカイ
を見下ろす。身長はジョニーの方が若干高い為、自然とそうなるのだが今回ばかりは自
分の事を棚に上げたこの蒼緑の双眸の若造を、揶揄した意味も込められていた。それに
気がついてカイは苦笑いすると
「……そうですね。これからは気をつけるとしましょう」
そして
「しかし」
先程とはまた違った緊迫感がカイの身を包む。
「あなたほどの男がここまで本気になるのは……」
見えなかった刄。瞬く間の追撃。“力”を持ったジョーカーのトランプ。
メイという名の少女。聖戦の記憶。
ジョニーが人差し指を立て、軽く自らの口元にあてる。
「その先は言わないほうがいいぜ」
変わらない瞳の。けれどその奥はとてつもなく鋭くて。カイは息を呑んだ。それでも
言葉を紡ぐことはやめない。
「では、これは独り言です」
蒼緑の双眸が、ほんの少しだけ笑う。これなら問題ないでしょう? と言わんばかり
に。
「ジャパニーズの保護政策は元から反対でしたが……これではっきりしました」
ごうと風が唸る。二人の服がそれぞれの方向にはためく。いっそ聞き流せばいいもの
を、ジョニーは興味深げに静聴していた。言って欲しいなら始めから止めなければいい
のに、そうカイは思った。ここにはあの時のように、隠す必要も聞かれては困る人物も
いない。しかしどんな形であれ、結果的には止められているわけではないから、カイは
話し続けた。
「保護という題目で、誰かがジャパニーズを集めている。いずれよからぬ目的でしょ
う」
「警察機構を顎であやつるやつらだ」
独り言のはずなのに、何時の間にかジョニーが口を挟む。意外な展開に驚いたカイが
ぽかんとしていると、
「俺達は外からそいつを潰す」
俺も独り言だ、とジョニーが視線で還してきた。
「では私は中から追いつめることにしましょう」
表情は真剣としたふうに繕ったままカイは笑い、気を取り直して言った。独り言にし
ては、上手くいきすぎているくらいのタイミングでジョニーが続く。
「そして俺達はここで会わなかった」
カイは目で頷くと、急に表情をえた。いつになく緊張したものとなる。
「早くこのごたごたを片づけます」
緩やかに風が吹く。青い空を雲が流れていく。碧草の、焦げた臭いはもうしない。
「そうすればあなたたちを逮捕できますから」
それは終わりを知らないイタチゲームの挑戦状。内容は切迫していても、きっと楽し
くなるだろう。なぜなら
「ああ、捕まえられるもんならな」
相手は沢山の余裕と、心憎いほどの軽快さを持った笑みを湛える洒落者なのだから。


カイは天を仰いだ。整備を終え、飛び立った飛空艇が今は小さい。
「憎むべき輩が身内にいて敬うべき友が敵である、か……」
闇をも脅かす深き黒を従えた男、ジョニー。
未熟すぎたあの頃、その彼に不信を抱いた。
今はもうそんなものはない。それは単なる自分の無知と心の脆さにあり、誤りだった
と気づいたから。
そう、あれからカイは師であるクリフが使い手ということも手伝って、気術について
いくつか学んだのだ。その時に“記憶隠蔽術”という術があり、施術後数日は新しい記
憶を植えつける期間の為、邪魔な言葉は決して耳に入れてはいけないことを識った。そ
して、あの幼い少女メイにそれが施されていたことも。それからというもの、カイと
ジョニーは極めて友好的である。
黒と蒼の共生。今日の天候は、まさにそんな感じだ。
燦然と照る太陽が創った、濃く黒い影。遥へ行くほど青から蒼へと移ろう広大な空。
吹く翠の風。
陽の耀きを縒ったような金色の髪が、風に揺られながら輝りを反射する。凪ぐことの
ない丘で囁いて、穏やかな笑みを湛える。
「……ときおり聖戦が懐かしくなるな」
弱く脆い、幼かったあの頃。人類総てが団結して戦ったあの戦い。
それが今は嘘のように
「善悪の狭間を知る前の、あの頃が……」
想うと、懐かく温かい。
カイは目を閉じて、ひとしきり風を聞くと身を翻し、碧い丘を辞した。


雲は真っ白に流れ、風は息吹くように確実に時を重ねていく。
その無限なる一瞬一瞬で人は成長し、生命は輝きをもちそして没する。
けれど、彼ら彼女らには陽を浴びて耀くべき場所がある。
何人たりとも、犯すことの出来ない居場所。

そう、それが


陽の当たる場所。





―END―


「これでも結構、世界を見てきたつもりなんだがなぁ…」
 小屋の外で、ジョニーと肩を並べながらイングウェイは煙草を口にくわえてあっけにとられていた。
「まぁ、世の中にゃいろんなものがあるということさぁ」
 ジョニーは不敵な笑みを浮かべてそう言った。
 今、小屋の中では金髪の女の治療が行われている。
――――世界一とも噂されている名医の手によって。


 その瞬間イングウェイは自分の目を疑った。
 無理もない、ジョニーとともに小屋に入ろうと、小屋のドアに手をかけようとしたその時、ドアは突然開かれた。
「おいっす~!!」
 という、緊張感のかけらもないすっとぼけた声と共にでてきたのは、まるで同じ人間(?)とは思えない様な2mをゆうに越す身の丈の、片目の部分だけ穴の開いた紙袋を頭にすっぽりと被った異様としか言いようのない男だった。
「おおう、早かったなぁ」
 ジョニーは慣れたようにその男に言った。
「患者あるところに私あり。さぁ、クランケを見せてください」
 びろん、と文字通り首をひねりながら怪しい男はイングウェイに迫った。
「あ、ああ……こ、こいつなんだが」
 顔を引きつらせながら、イングウェイは体を少しだけ動かしてその紙袋の正面に女の顔を持ってこさせた。
「おや…これはミリアさんですか…ふむ、早急な治療が必要ですねぇ。この小屋で処置しましょう」
 いうなり、背負っていた女を素早く…しかし優しく抱きかかえながら小屋の中へと消えていった。


「おや、ディズィーさん」
「あ…お医者様。その節はどうも…」
「ふむ…あなたも怪我を為されているようですねぇ。丁度良い、この方の治療が終わったらあなたも見てあげましょう」
「あ、その方は…」
「ええ、彼女も治療が必要なので…」
「だ、だったらここを使ってください。私はもう大丈夫ですから」
「いいえ、それには及びませんよ。こんな事もあろうかと、ベッドは常時携帯していますから」


……ベッドを携帯?
 中から聞こえてきた会話に、イングウェイの背中がふと冷たくなった。
「……あー……世の中には不可思議な会話があるもんだ」
「ふむ、そいつに関しちゃあ、アンタと同意見だなぁ」
 口調の割には余裕のジョニー。
「……ところでよう、団長さん」
 少し沈黙があって、イングウェイが静かに口を開いた。
「ん?何だい?」
「……ジェリーフィッシュ快賊団てのはいろいろとワケありらしいな」
「どうして、そう思う?」
「……団長さんの連れの二人……」
「いい女…だろう?」
 遮るようにしてジョニーが言った。
 どうもあまり深く踏み込んではいけない、らしい。
 ……まぁ、無理もないだろう。
「……ああ、退屈しないですみそうだな……もっとも、あの二人をエスコートするなんざ願いさけだがね」
 ふぅ…、と紫煙をふきながらイングウェイは遠い目をした。
 まさか、こんな所で”奇跡”や”絶滅種”を見るとは思わなかったからだ。
“…ま、素直に話してはくれないか”
「おまえさん、女を見る目がないねぇ」
「いずれ巣立つ小鳥を手なずけるってのは……あんまり好みじゃないんだよ」
「それもまた…レィディってヤツさ」
「……俺は独占欲が強いからなぁ。そーゆーのはワカラン」
 言って、イングウェイは笑った。何に――とは言えないが。
「おまえさんはもう少しレィディを見る目が必要だな」
「昔、とんでもねーじゃじゃ馬に引っかかっちまってさ。それ以来女が怖くて仕方がない」
「ふむ…そのレィディに一度会ってみたいねぇ」
「…やめといた方がいい…女神像型の爆弾って感じだぜ」
「だったら火薬ごと愛せばいいのさぁ」
「…無茶言いやがる。舌いれる前に体が吹っ飛ぶぜ」
 言ってイングウェイは呆れた。
「…さて、今度は俺から話しがあるんだが」
「あん?」
「まずは俺達の事だが…」
「俺はこの森に入らなかった。だから、アンタ達とも会わなかったし破壊されたはずのギアにもコロニーにいるべき人種にも出会わなかったし、そもそもんなもの知らん……でいいか?」
 がりがりと頭をかきむしりながら、イングウェイはぶっきらぼうに言ってのけた。
 もともと言いふらすつもりはないし、それにむざむざ敵を増やすつもりもない。
 世渡りの基本はわきまえている…筈だ。
「ふむ…すまねぇなぁ」
「ま、よくある事だな。気にするな」
「……恩に着る……んで、二つ目の質問だが……」
「……」
「…アンタァ…一体何者だい?」
 サングラスの下の眼光が一瞬鋭さを増した――気がした。


 世の中の裏も表も知り尽くしている男だ、下手な嘘は通用しないだろうが……
「イングウェイ=ヘイレンと名乗ってる……ケチな旅人さ」
「旅人にしちゃあ、俺の一撃を受け止めるあたり、タダモノじゃあなさそうだが?」
 ふむ、とイングウェイの目が一瞬あさっての方を向いた。
 どうやら数ヶ月前の商船団襲撃の事を言っているらしい。
 一瞬の事をこの男は忘れることなく記憶の片隅にとどめていた。
 ただの一撃――ジョニーという男にとっては何万、何十万回のうちの一撃だけだろうに、それでもこの男はそれだけでこちらの力量に気づいているだけでなくその風貌や雰囲気さえも覚えているのだ。
 襲撃なんて日常茶飯事の海賊が一瞬しか…しかも顔さえろくに観ていない男の事を覚えている。
 技量を見抜く力は、その者の力量そのものだというが――――
「…ま、一人旅をするには最低限、生き抜くだけの“力”がなきゃぁな……そこいらへんの所は察してくれ」
 今度はこちらが隠す番だった。
 生き抜くための“力”―――
 それにしちゃ大きすぎらぁ、とイングウェイは心の中で吐き捨てた。
「……ま、とにかく団員を助けてくれた事には感謝する。――――ありがとう」
 ジョニーは改めてイングウェイの方に向き直ると、軽く頭を下げた。
 ジョニーほどの男が頭を下げる――――
 その世界を知る者ならば、度肝を抜くような光景だろう。
 世界の空を股にかけ、警察機構や浮遊大国ツェップの諸権力中枢に強力なパイプを持ち、彼を敵に回した日には明日の朝も拝めない。
 そんなうわさ話をしょっちゅう耳にする。
 その男が…
 こうして目の前で僅かではあるが頭を下げている。
 イングウェイがディズィーという少女にした行為は、少なくともジョニーという男の中ではそれだけに値するものだった――という事だろう。
 イングウェイも苦笑しつつ、そちらに向き直った。
「言ったろ?困った時はお互い様だって。…俺は珍しいものを見られただけで満足さ」
「…俺にとっちゃ、みんな大事な家族さぁ」
 今までで、一番重みのある――荘厳な声だった。
「…家族…か。いいねぇ、帰る場所があるってのは」
 風来坊のイングウェイにとっては、そんな言葉、嫌みにしか聞こえないのだろうが。
 何故か彼のその言葉には、並々ならない意志が感じられた。それがイングウェイの不快感を消し去っている。
 ジョニーという男は、孤独がどういうものか、在る程度理解しているのかもしれない。
 安っぽい同情や憐れみではなく――“独り”という事の意味を。
「……ディズィー…だったか?俺が助けにいったときあの娘を襲っていたのは、銀髪に目玉の絵を描いていた“いかにも”な暗殺者だ」
「…野郎」
 ジョニーの声に静かなる怒気が籠もった。
「まぁ、奴らに報復するような事があったら、俺も呼んでくれ。ちっとは力になれると思うぜ」
「…おまえさんも因縁があるのかい」
「昔いろいろと、な。いいかげん目の前をチョロチョロされるのもウザくなってきた所だ……まぁ、もっとも今組織の方は崩壊寸前だって聞いたな」
「にしちゃあ、ウチに来たヤツらは妙に連携がとれていたがな」
「蒸発しちまった前の頭に忠実な側近ってのがいるらしくてな」
「…ああ、その銀髪の男が多分そうだ。…ヴェノム…とかいったか?」
「……ヴェノム……ねぇ」
 ふん、とイングウェイは鼻で笑った。
 知らないふりをしているが、実際はよく知っている名だった。
“どうせザトーがどうとか今でも言ってるんだろうな……犬はせいぜい、初恋の思い出に尻尾ふってるんだな”



「そういや、あんた。あの金髪のねーちゃんの事、知ってるんだったら教えてくれねーか?」
「?惚れたか?」
 ジョニーの口が一瞬にやりとした。
「そうかもしれない。から教えてくれ」
 イングウェイは小さく笑いながら極めて穏やかに言った。
 ジョニーは少し考えるそぶりをして、
「…名前はミリア。切れ長の目がとぉってもセクシィで氷の様に冷たい美貌の女性さ」
「…そんだけか?」
 イングウェイが目を細めて睨む。
 それだけではないはずだ。
 この男はもっと知っている。
 あの女が―――だという事を。
 イングウェイは根拠もなしに自分の予測を確信していた。
「あぁ、何度か会った事があるだけでねぇ~。口説こうとしてもこれがなかなかどーして、ガァードが堅いんだナァ、コレが」
 ハッハッハと軽い笑みと共にジョニーはあっけらかんと言ってのけた。
 押し問答をしたところで濡れ手に粟……か。
 まぁいい。ハナから聞き出せるとは思っていなかったし、あわよくば聞き出せたとしても肝心の女の方が口をつぐめばそれまでだ。
 あくまで“確認”がしたかっただけだ。
 イングウェイはがりがりと、ぶっきらぼうに頭をかきむしってから改めて言葉を紡ごうとしたとき、小屋のドアが勢いよく開かれて、あのアヤシイ紙袋がひょい、とでてきた。
「診察終了!」



「右腕に3ヶ所のヒビ、20ヶ所以上の打撲手……それと全身12ヶ所にわたる中小の裂傷……と言った具合ですねぇ。処置が少し遅かったという事もあって出血量が少し多いのでしばらくは輸血を続けたまま安静にしていた方が良いでしょう」
 そこにいる一同に言い聞かせる様に、紙袋の天才医師――ファウストと名乗った――は言った。
「安静……ねぇ」
 “携帯用”ベッドの上で静かに寝息をたてる美貌を見ながらジョニーが隠すように苦笑いした。
 氷の様な仮面を持ちながら、その中はまるで炎のように燃え踊っている。
 それがミリアという女だ。
 ファウストが頷くように返す。
「どうでしょう?ジェリーフィッシュ快賊団で少し預かってもらえないでしょうか?…もっとも私も同行させて貰う事になるでしょうが」
「ふむ、傷ついたレィディを見捨てるのは俺の…いや男の道義に反する事だ……男を乗せるのは気にくわないが……O.Kいいだろう。ミリア君をしばらくウチで預かろう。……そのかわりあんたにゃその間船医として働いて貰うぜ」
「ええ、それぐらい構いませんよ」
 びろん、と再び紙袋の首が伸びた。
“…どーゆー仕掛けになってんだろな?”とイングウェイは額に汗を浮かべながら、二人のやりとりを見ていた。
 そしてそれと同時に、自分の予測に完全な確信を持った。
 何故病院につれていかない?その方が医療施設や器具は整っているだろうし(もっとも、ベッドを携帯しているこの紙袋の事だ、医療器具のほとんどはどこかしらに持っているのだろうが)、それが一番妥当というか常識だ。
 だが、二人はそうではなくよりにもよってアウトロー集団であるジョニーの元へ預けると言い出した。
 あからさまに怪しい。
 恐らくあの女は警察か、そうでなければ他の何者かに追われているという可能性がある。
 あるいはこの二人にとってある程度重要なファクターを持った人間なのか――
“アサシンは一度やったら死ぬか殺されるまでやめられない…か”
 因果なもんだ、と内心で呟いた。
「よぉし、うちの可愛いお姫様も取り戻した事だし、そろそろ帰るかぁ」
 ぽんぽんと両脇の“家族”の頭を優しく叩きながらジョニーは言った。
 ふ…とイングウェイの口から笑みがこぼれる。
 自分も……“昔”はこんな事があったのだろう。
 すぐ届く距離に家族がいて、友達がいて……笑いあえる場所に“いた”のだろう。



―――今はもう、懐かしい日々…か



「あの……」
 ふと気がつくと、間近に青い髪の少女が立っていた。
 こうしていてもびりびりと感じる“異質なる者”の空気と――力。
 だが、この娘は隠そうともしない。
 イングウェイは不思議と、自分の中に陰っていた“何か”がまるで風にながされた雲の様にどこかへと飛んでいた気がした。
 やはり、助けたのは正解だったのかもしれない。
「本当にありがとうございました……私なんかを助けていただいて」
 ぺこり、とディズィーと名乗ったその少女は背に生える小さな羽が見えるくらいに深く頭を下げた。
「いいさ。困った時はお互い様ってヤツだ」
 イングウェイは人の良い笑みを浮かべてそう言った。
「ボクからも…ありがとね、おじさん。うちの大事なクルーを助けてくれて」
 横から来たメイという少女もぺこりと頭を下げた。
「ハハ、いいって。…大事な友達だろ?大切にしなきゃいかんぜ?」
「うん!」
 いつもの活力に満ちあふれた少女の声が元気に響き渡った。
 イングウェイは満足げな笑みを浮かべると、ジョニーとファウストの方に向き直った。
「さて、話もついたことだし、俺はそろそろいくぜ。“何も見ていない”人間が長々とここにいるわけにはいかないからな」
「本当に…世話になったなぁ。何か礼の一つもしたい所だが…」
「なに、今度あったときに酒でも奢ってくれりゃいいさ」
「そうかい…じゃあ、とっておきの酒を用意してるぜ」
 イングウェイはそう言うと、今度は紙袋の方に目を向けた。
「ああ、頼むよ…それと先生、この女の事よろしく頼むぜ」
「ええ、もちろんですよ。…それにしても、ディズィーさんに施した応急手当は迅速で適切なものでした。感服しましたよ」
「以前、知り合いに医者がいてね。自分が怪我した時の為にと教えてもらったのさ」
「ふむ…なるほど。…あなたもどこか具合が悪いので在ればいつでも私を呼んでください」
「呼べば来るのか?」
「ええ、もちろん」
 そう言った袋の向こうに、ふと笑みを見た気がした。
「……わかった、覚えておくよ」
 苦笑しながらそう言って、イングウェイは小屋のドアをくぐった。
 日はそろそろ西にさしかかる。早いところ森を抜けたい所だ。
 後ろ手にドアを閉めると、そのすぐ脇に大人しく控えていた白銀の狼がのそりと立ち上がる。
「行くぜ」
 イングウェイがそういうと、フェンリルは音もなくスッ……と立ち上がり、静かな足取りでイングウェイの横につく。
“フェンリル…わかってるたぁ思うけどよ”
“あの金髪女の監視だろ?……シャラくせぇがこれも“仕事”…かよ”
“のようだな。…報告はまかせる。何かあったら連絡してくれ……気取られるなよ”
“誰に言ってんだよ……乳臭ぇ女のお守りなんざバカでもできるっての”
“そんなに自信あるなら大丈夫だよな。……俺はヴェノムの足取りを追う。しばらく泳がせて具体的な行動にでたら一気に叩く”
“ザトーのボケは?”
“禁獣に乗っ取られている以上、あっちからこない限りは放っておくしかない。…望み薄だがあの金髪嬢ちゃんから何でもいい、聞き出してくれ”
“理性がイッちまってる以上、足取りなんざ聞いたところで無駄だと思うがな”
“ヤツが今どんな状態で、ヴェノムを中心とするアサシン組織残党がヤツに対してどんなアプローチをしているのか、アサシン組織残党の各派閥の現在の状況……聞けることはなんでも聞け”
“そんなの例の情報屋から引き出せばいいじゃねぇか”
“情報は一つの方向から判断するものじゃない…だろ”
 イングウェイがにやりとしてそちらを向くと、当の相棒はうんざりしたよう溜め息をつく。いや、じっさい面倒なことには変わりないのだが。しかし、こういった些細な気配りがいつも自分たちを助けてくれている。出来ることは可能なかぎりやっておいた方がいいだろう。 “わかった……だがジョニーやらガキ共はごまかせるとしても、あのワケのわからん袋男……あいつはどうも喰わせもんだぜ”  いいながらファウストと名乗った正体不明の医者を思い出す。…そもそもあれが本当に人間なのかすらはなはだ怪しい所であるが、あの男、どこか侮れない雰囲気を持っている。気のせいといえばそれまでだが、フェンリルは基本的に自分の直感を信用している。その直感に今まで何度も窮地を救われてきたからだ。 その嗅覚が告げているのだ。
―――ヤツには気をつけろ、と。
“…悪いがそっちの処理はまかせる、としか言えないな……お前の『力』で適当にごまかしといてくれ”
「ツケ…だからな」
「はいはい、今度とびっきりのドッグフードをごちそうしてやるぜ」
「このクソッタレが」
 フェンリルはそう毒づくと、くるりときびすを返して、薄暗い森の中へと消えていった。
イングウェイはフッ…と小さく笑うと、青に染まったコートを翻して、彼もまた森の中へと消えていった。



何かが動こうとしていた。



それは時の流れからみれば本当に些細な……捕るに足らない事なのかも知れない。



だがその流れの中であがく者達がいる。



その彼らにさえ、運命の選択権はないのなら―――



人は――――



人は何の為に生きているのだろうか?



ーーーーーーーーーー


The Midnight Pleasure vol.3
『SHADOW OF THE PAST』



終わりとは始まりの終着である

  始まりは終わりの原点である

 流れる風、燃えさかる炎、たゆたう水、はぐくむ大地……生きとして生ける者を支配する四大元素にさえ、そのしがらみからは逃れることは出来ない

 終わりあるものには必ず始まりがあり、始まるからこそ終わりがある

 何にも終わりはある―――例えそれがギアであれ禁獣であれ

   あの時―――そこには一人の人間と一人のギアと一人の禁獣がいた

 燃えさかる炎の中で、彼らが見ていたのは果たして何だったのだろうか

 孤独―――悲壮―――絶望―――焦燥―――

  禁獣はある少女の亡骸を抱きかかえていた

 守ることの出来なかったあまりに無力な自らの不甲斐なさと共に

 亡骸の浮かべた笑みは、その人あらざる獣に今までの生き方を続けさせるにはあまりに重すぎた

 だから獣は変わった

  今までの自らを否定して、さらなる高み―――強さを得るために

 それがその獣の"終わり"

 それがその獣の"始まり"

 そうして今、その獣は生きている


 あの時背負った、"影"を抱えたまま


『してキミはどうする気だね?』

『さぁ……変わるしかないだろ』

『ふむ―――人とは…過去の美談にかくも執着するものか……私には到底判らぬ感傷だねぇ…』

『誰かに判ってもらう為の感傷じゃない……そういう人間と関わってしまったが故の…業なんだよ…』

『ほぅ……業ときたかね。…まぁ、それもキミに残った人間らしさ…としておこうかね』

『…何が言いたい?』

『いやなに。私もこの事件に関わった者として後始末ぐらいはしようと思ってね』

『……関わった?…ハッ、起こしたの間違いじゃないのか?』

『フム…まぁ好きに受け取ってくれたまえ。―――とにかくだ、キミに仕事を紹介しようと思ってね』

『…仕事?』

『キミも大した理由もなくその力をふるう事はしたくないだろう?…それに一応の理由をつけてみてはどうかね?』

『早い話、監視を含めた足枷(あしかせ)か』

『どう受け取ってくれてもかまわんがね』

『……』

『まぁ本音を言えば、私の側の力を好きに振る舞わされるのは闇に住む者の末裔としてあまり気持ちのいい事ではないのだよ』

『だったらここで殺しゃいいだろ。手間も暇も要らない』

『禁獣憑きを"殺す"のは多分に骨が折れるのだよ。禁獣が、時には宿主の意志以上に強い自己保存本能を持つのはキミも知っているだろう?』

『今は俺が支配している!』

『禁獣にとって宿主など一時の露しのぎにすぎない。その気になればキミの自我など数瞬の内に塵も残らんよ』

『……何をすればいい』

『フム―――何、キミに監視してもらいたいと思ってね』

『監視?』

『…私が昔、遊び心で生み出した"玩具"のね』

『…昔の美談には眼を向けないんじゃないのか?』

『あぁもちろんだ。ただ、もしもの時の為に保険をかけておこうと思ってね』

『保険だぁ?…随分と用心深い事だな』

『……まぁ、好きに受け取ってくれてかまわんがね』

『…危険手当はでるんだろうな?』

『キミが気に入るかどうかはわからんがね』

『…いいだろう。やってやるさ』

『フム、そうか』

『の前に……一つ聞かせろ』

『何だね?』


『……アイツは本当に死んだのか?』


『…キミの眼で見たものがキミの真実―――それ以外でもそれ以上でもないよ……その前には私の―――他人の言葉など戯れ言にも等しいものだ』








ヤメテ――――――
コナイデ――――――
モウイヤナノ――――――
ワタシハ"ヒカリ"ガ――――――


ヒカリガホシイノ―――――――――


「!?」
バネが弾けるように、ベッドから飛び起きる。嫌な汗が体中にまとわりついている。ナメクジが張り付いているみたいで気持ち悪い事この上ない。
 と、数瞬の邂逅の内にあたりを見回してみる。
 無骨な鉄製の天井―――
 それとは対照的に、ナチュラルに軋む木製の床―――
 清潔そうなベッドはもちろんの事、それより何よりこの鼻にまとわりつくような消毒液の嫌な臭い―――
「……ここ…は…」
 どこだろう?私はこんな所にいた覚えはない。私は―――
 そうだ。森の中を、あの女を追っていたらあの男に出会って……そして闘いに敗れた。
「………っ!」 
思い出した途端に悔しさが胸から湧き水の様に沸き上がる。普段はほとんど顔を見せない感情が、今は自分自身でも信じられない程に顔を出している。
 無謀だったかもしれないし、あの女を追うあまり少しばかり冷静さを欠いていたかもしれない。だが―――
戦闘能力の桁が違うのは最初から判っている。だが―――自分はここまで弱かっただろうか。



"…ちょろちょろざってぇ!"

"これで!…エメラルドレイン!!"

"…やれやれ、だぜ"

"!?"

"しばらく寝てろ…"

"…!後ろに…ァガッ!!"


端的な記憶だけが脳の中を行き来する。
 完全に手を抜かれた。まるで子供の手をひねるかの様に、あの男―――ソルは彼女を文字通り完全にいなしたのだ。彼女の攻撃は一見大雑把そうな防御に完全に阻まれ、逆にあちらの攻撃は彼女の予測とはまるで違う死角から一見完璧と見える防御をいとも簡単にすり抜けて、彼女の体に確実にダメージを与えていった。

 暗殺者(アサシン)と賞金稼ぎ
 どちらも、その世界で生きていく為には最低限自分の身を守れるだけの力を身につけていなくてはいけない。少なくとも、自分はある程度の危機からならば自分の身一つは守れるだけの力がある。―――事実、今までそうやって追っ手の追跡から幾度も逃れてきた。ただ自由が欲しいだけの無謀な逃亡ではない。生き残れる自信があったからこそ、あの男の手から逃れて、こうして生きている。
―――生きる為の暴力は立ったばかりの子供でさえ知っている"常識"なのだ。
 だがあの男―――ソルの力は根本的に何かが違う。
 彼の強さには、世界の裏表であるとか生死を分かつ境目を見極める力とかそういったものとは根本的に違った異質なものを感じる。そこに確固とした確証があるわけではないが、裏の世界を知る彼女の記憶の中で、同じ様な質の力を持った人間は極少数しか見あたらない。
 そうしてふと思い出した。
"…あの女も…私の知らない類の力だった…やはりソルとあの女との間には何かある……"
 そう考えて、やっと思い出した。意識をうち捨てる以前に、自分がしなければならなかった事。
「…はやくあの女を追わな…!!」
 自らへの侮蔑を糧に、再び地に足をつこうとして上半身を動かしたとたんに、体のあらゆる所が悲鳴を上げた。
「……ふ…ぐっ!…ぅ」
 声にもならない情けない苦痛が部屋に響く。情けない、とがらにもなく嘆いた。そんな時、ふと部屋のドアがゆっくりと開いた。
「おやおや、いけませんよミリアさん。急所を外しているとはいえ、傷が深い事にはかわりないんですから」
2メートルはゆうに越しているであろうその長身をぐにゃりと蛇の様に折り曲げて、船室の扉を狭そうにくぐり抜けながら、見知った紙袋の男は優しい声でそう言った。



「ふむ……熱もまだ少々ありますねぇ。それに下腹部の傷はまだくっついていませんからもうしばらく養生しなければなりませんね」
 カルテに文字を殴り書きしながら、ファウストは言った。やっぱり、この男に自分の体を見せるのはぞっとしない。
「…いつになったら動いていいわけ?」
 金髪の女―――ミリアはベッドの上で半身を起こしながら少々苛ついた声で聞いた。慣れない消毒液の臭いが不快感を増しているのかもしれない。
「大人しくしていれば、まぁ3週間もあればとりあえず日常生活に差し支えない程度にはなりますよ」
「……名医なのでしょう?もっと早くならないのかしら?」
 ミリアは意地悪く少し皮肉った口調で呟いた。
「もう少しあなたを早く発見できていれば、もっと適切な処置ができたんですけどね。傷を負った状態で変に動き回っているから傷口が余計に開いているし、出血も少し酷かったですからねぇ…」
 やれやれ、と戯けて疲れた表情を見せながらファウストは言った。この男に皮肉を言ってもあまり意味はないかもしれない。
「まぁ、しばらくはここで養生する事ですね。幸い、ここにはあなたの命を狙うような輩はいませんから」
「……助けてくれた事には感謝するわ。…でもそれ以上は余計な気遣いというものよ」
 元から他人に頼るつもりはない。それがあの時自分で決めた道なのだから。自分で決めた道すら進めない者に、未来はない。今も昔もそうして生きてきた。
 だからこれからもずっとそうなのだろう。
「ええ、わかっていますよ。あなたの問題はあなた自身が解決せねばならぬ事ですから」
 カルテを備え付けのデスクの棚にしまいながら、ファウストは静かに答えた。
「でもね」
「…なに?」
 ミリアは怪訝そうに言った。
「クランケ患者が悩み、苦しむ時は迷わず手をさしのべますよ。それが例え余計なお節介であったとしてもね。何せ、私はあなたの主治医ですから。あなたが無事に地に足をつけ、自分の力で歩めるまでは、どんな理由であれ見捨てる訳にはいきませんよ」
 袋の奥の光りが、ぼぅ…、と暖かく輝いた気がした。


 「…ぐぉ…」
 目玉模様が描かれた銀髪の下で、男のうめき声がした。全身を火柱に飲み込まれ、その衝撃で嫌と言うほど地面に体を叩きつけた。正直、生きているのが不思議としか思えない。あのギアの少女が力を抜いたのだろうか?
――――だとしたら、自分はとんだ愚か者だ。
「…お笑い草だな…異種を倒すために出向いたつもりが…力を得る前に異種に倒されようとは…」
 半ば嘲笑しながらそんなつぶやきがもれた。

 愛用のキューをささえに、頼りない足取りでヴェノムは森の中を半死半生の身で彷徨っていた。普通の人間ならばショック死してもおかしくないダメージで、意識も失わずにかろうじて歩行しているのだから、彼は恐るべき精神力の持ち主と言えるだろう。
「……くっ……一度体勢を立て直す必要があるな……たしかこの森にセーフハウスがあったはずだが……」
 先刻の戦闘地点からはそう離れていなかったはずだ。爆風でふっとばされた位置から日の傾き具合を考えればこの方角のはずだが…
 激痛で麻痺しかけている脳を必死で回転させながら、ヴェノムは森の中へ入っていった。



数十分後―――森のあちこちが闇に包まれた頃―――
気の遠くなるような時間を経て、ヴェノムはようやく森の中にひっそりとたたずむ一軒の古ぼけた小屋にたどり着いた。
 そう、先ほどまでイングウェイ達がいたあの小屋である。
小屋の中に入って、ヴェノムはかすかに漂う薬品の匂いに一瞬眉をひそめたが、その時はそれよりもまず傷の治療が先だと、迷わず足を向けた。
 小屋の奥につまれている何本かの薪を乱雑に足で蹴散らすと、その下から道具箱が出てきた。
 中身に入っていた消毒液を傷口にぶちまける。
「……ぐぉ…ぅ…」
 喉を食い破ってでてくる声を奥歯を力の限り噛み締めて必死に殺す。
 痛みが山を越えてから、なんとか傷口に包帯を巻く。右腕が折れていたために片腕だけでの作業だった。
 応急処置が終わってから、次にヴェノムは道具の底にあった小さな通信機を取り出した。
「私だ……先ほど降りた場所から西に5km程離れた所にあるセーフハウスにいる。回収してくれ」
 それだけいうと、通信機を投げ捨てた。通信は法術式で暗号化してあるから警察や敵対勢力には察知される事はないだろう…だが、自分が直撃した攻撃はかなり派手なものであっただろう。いつ警察機構が来るかもわからない。このあたりは辺境の内に入るのだろうが、悪魔の森のギア騒ぎ以来、ヨーロッパ地区の警察は派手なことに敏感になっている。
「……ここで……終わるわけには…いかない……ザトー様のアサシン組織を…お守りせねば…」
 そして何よりザトー自身を救う為に。
 ヴェノムの瞳に、再び輝きが灯り始める。
 精神は常に肉体を支配しているというのなら、今の彼はまさに鋼そのものだろう。
 全てはザトーの為に。
 その狂信に等しいまでの感情が、血となり肉となりそして生命の糧となってヴェノムを突き動かしている。
「…肉を喰らい…血を飲み干せ…その身を全て義にささげよ…」
 次第に意識が遠のいてきた。必死に抵抗を試みるが、もう体の中には何も残っていないらしい。
 残っていないのか?
 私には何も?
 「…右手にはナイフを…左……て…に…はしめ……い……を…」




   いや、一つだけ残っている。


  アノヒミタ カゲロウノヨウナオモイデガ




「あ、ファウストさん」


 ディズィーが通路を曲がると、その先には丁度部屋から出てきた紙袋の大男がいた。ファウストだ。
「おやディズィーさん。お仕事ですか?」
「はい。怪我の方も治りましたし。今日からまたお仕事再開です」
「それはよかった。とはいえ、病み上がりは気をつけてくださいね?」
 治った後が一番怖いですから、とファウストはディズィーの頭を優しくなでる。
「はい、ありがとうございます。……ところで、ミリアさんは…」
 ディズィーは暖かい感触を感じながらそう言って、今度は心配そうに今ファウストが出てきた扉を見やった。その奥には、ミリアがいるはずだ。
「ああ、彼女は今薬が効いて眠ってますよ。さっき、目を覚ましたんですけどネ」
「そうですか…よかった…」
 ほっ、とディズィーが胸をなで下ろした。
 つくづくお人好しな娘ですねぇ、とファウストは感心まじりの苦笑を漏らす。
 その優しさを、もう少し自分にだけ向けてもいいと思う。自分に器用すぎる人間は信頼をなくすが、不器用すぎてもまたいけない、と思う。
 人生とは本来、自分の為にあるのだから。
―――ま、私が言えたことじゃありませんね
「あ、私仕事にいかなきゃ。…それじゃ先生、失礼します」
「ええ、頑張ってくださいね」
 はい、と元気よく応えて、ディズィーは通路の奥に消えていった。
「…さて、私も一休みしましょうかね………ん?」
 そう言って、食堂の方に行きかけた足が止まる。
「…おやおや、どうやら私の他にも"違う方"がいらっしゃるようですねぇ」
 好奇心たっぷりの声が静かに囁かれた。



 どこか俺に落ち度があったのだろうか?
 連絡船のハッチの隅にでも隠れていれば気づかれないだろう、と思った。何基もある連絡船の中にでも隠れていれば滅多なことでは誰もこないし、無骨な鉄の骨組みと無数のパイプで埋め尽くされたここならば、いくらでも隠れ場所はある。何より相手は、年端もいかない子供ばかりだ。
 見つかるはずはない―――筈だった。
 だが、実際はどうだろう?
「わんわん♪」
 自分は闇の血族の流れを受け継ぐ、本当の禁獣のはずだ。それがどうして―――
「……ガキのオモチャにされるなんざ初めてだぜ」
 白銀の狼―――フェンリルの頭の上にはだぶだぶのセーラー服を着た、まだ物わかりすらできていないだろう幼い子供が鮮やかな白い毛並みをひっぱりながら馬乗りになって乗っていた。
「いてぇってんだよ!喰われてぇのか!てめぇ」
 などと言ってみても、
「わんわん♪」
 と、返って面白がらせてよけいに懐いてくる。
「…くそったれ。だからガキは嫌なんだ。だいたい、あのバカもバカだ。俺等の"仕事"はもう終わってるだろうが…なんだって今更首突っ込む必要があるってんだよ。アサシン共がくたばろうが俺等の知ったことじゃねぇだろうが…」
「へぇ、そうなんですか?」
「ああ。…ったく、いい年こいた男が、ガキみたいな好奇心もちやがって。もう少し遠慮ってものがねぇのかよ、あのくそイングウェイは」
「でも好奇心は大切ですよ?」
「にしても限度ってもんがあるだろうが、学者じゃあるまいし。…だいたい何が悲しくて頭がイッちまった野郎の女なんか監視なんざ……って………」
 ここでやっと気がつく。
 ここにいるのは自分と…わんわんしか言わないガキ一人…の筈だ。
 なら俺は今誰と話してたんだ?
 そして、フェンリルはふせていた顔をゆっくりと見上げた。
「監視ですか?では危害を加える気はないんですね?ならよかった」
 世界中みても五本の指に入るであろうこと確実な怪しさ大爆発の紙袋が、なにやら愉快そうにこちらを見やっていた。
 やってしまった。
 この俺が。
「わんわん?」
 ガキがこちらを見やる。…が、もはやそれすら判らない。
 三日とたたずにあっさりとばれた。
 何かとてつもなく大きな山が、がらがらと崩れ落ちていくのをしっかりと感じた。
「…………頼む、見逃してくれ」
 頭に子供を抱えながら、情けなさそうに頭を下げるその姿はどこか哀愁を漂わせていた。



 フェンリルが自分の不甲斐なさにもはや絶望していた頃、イングウェイはパリ郊外にある町はずれの小さな古ぼけた教会にいた。
 教会としての姿は一応とどめているが、行儀良く並んでいる椅子やステージに置かれた十字架やら聖母像やらには、降り積もった埃が毛皮のコートの様に覆い被さっている。
 イングウェイはただ黙って、一番前の椅子に座って沈黙していた。
 ただ何をするわけでもなく、もう何時間も前からずっとこの状態だ。
「…久しぶりだな、カルス」
 独り言の様にそう言った。
「久しぶりね。最後に会ったのは……2年前くらいだった?」
 まだ幼さを残すキーの高い声は埃の積もった聖母像から聞こえてきた。主は見えないが、イングウェイは別段驚いてもいない。ただ慣れた風に相づちを打つ。
「ああ。よく覚えてるな」
「…それが仕事だからね……何を知りたいの?」
「ここ最近のアサシン組織の動向と、内部の詳しい勢力状況。それと、飼い犬に手を咬まれて暴走してしまったアワレナザトー君の所在」
「…他には?」
「終戦管理局と名乗る連中の実体」
 イングウェイはそう言って懐から煙草を取り出す。
「!…どこでその名前を?」
 ふぅ…と紫煙が舞う。それはとても自然な事だ。
「……まぁ調べてくれや。報酬は10万ワールド$、夜にでも振り込んでおく」
「………」
 僅かに重苦しい溜め息だけが聞こえた。
「…どした?」
「…判った。2,3日中にはできると思う」
「結構だ。じゃ、頼むな」
 そう言って、イングウェイは席を立つ。余計な会話など一切ない。当たり前だ、これはビジネスなのだから。
「…表もなければ裏もない…か」
 残したつぶやきが木の葉のように宙を舞った。







「パイルバンカー!」
「…ちっ!」
 バックステップから繰り出された強烈な右腕を大きく後ろに跳んでかわし、そのまま近くの瓦礫を鋭く蹴り上げ、一直線にスレイヤーへ向かっていく!
「ライオットスタンプ!」
「ふむ!」
 スレイヤーは左手で難なくガードすると、すかさず腰を鋭く回転させて右ストレートを相手のボディめがけて突きのばした。
「マッハパンチ!」
「ちぃっ!」
 とっさにバックステップするが相手の一撃の方が僅かに速い。

 ドゴッ!

「グホッ!」
 腹から吹き上がってきた空気で思わず呼吸が中断される。意識をぎりぎりのところでつなぎ止め、次の攻撃に構える。――――――いない!
 次の瞬間、ソルは反射的に封炎剣を構えて防御姿勢をとった。
 その数瞬後、凄まじい衝撃が封炎剣を叩く!
「ちぃぃっ!!」
「なんと!」
 かろうじてその衝撃を受け止めると、ソルは流れる手つきで封炎剣を前に突き出し、そして一瞬にして、体中の全法力をただ一点に集中させた。
「タイラン・レイヴ!!」
 音よりも速く、放たれた火炎の塊が着地寸前で無防備なスレイヤーの身に一気に叩きつけられた!
「ぐぉぉぉぉぉ!!」
 断末魔ともとれる叫び声が廃墟の街に響き渡る。
「……手間ぁ…かけさせやが…って」
 息絶え絶えにそう言うと、ソルは思わず両膝をついてその場に倒れ込んだ。
「ふむ、気はすんだかね?」
 まるで冗談みたいに軽い声が頭のすぐ上から降り注いだ。
「……ざっけんじゃねぇぞ…ジジイ」
 そう言って悪態をつくのが精一杯だった。




数分後、二人はようやっと平穏の中に身を置いていた。
「終戦管理局が動き出したぞ」
 開口一番にスレイヤーは言った。
「…だからどうした?」
 ソルは別段興味がなさそうに言い捨てる。
「最近発見された……例の独立型ギアも狙っているらしい」
「!」
 ソルの目つきが変わった。まるで汚されてはいけないものが汚されたかの様に、その顔には鬼神の怒りが灯っていた。
 スレイヤーは満足気に笑った。
「気になるかね?気になるなら調べてみる事だ」
「……どこまで知っている?」
 ソルが低い声で言う。スレイヤーは肩をすくめて臆する事もなくあっさりと言い返す。
「君が考えつく範囲内で、とでも言えばいいかね?」
「……てめぇ」
「……まぁ、あくまで忠告の範囲にすぎないのだ。後は君次第、という事だよ背徳の炎」
「………」
 ソルは無言。
「……ふむ、忠告といえばだ」
 パイプの灰をぽん、と落としながらスレイヤーは思い出した様に言った。
「……なんだ」
「ここ最近で、懐かしい顔に会わなかったかね?」
 スレイヤーの眼がゆっくりとソルのそれをのぞき込む。ソルは黙ってその眼を見つめかえし、一瞬の沈黙の後で、
「…あのくたばりぞこないの犬野郎の事言ってるのか」
「ほう…やはり接触していたか……」
「あいつもてめぇの差し金か?」
 これ以上、面倒な事には関わりたくない。そんなうんざりとした口調だった。
「いや、ヤツ自身の行動だろう。……しかし、ヤツが再び姿を現した事に…君は何か作為を感じないかね?」
「……!」
 ソルの顔が一瞬ハッとなる。
「噂ではアサシン組織の事を嗅ぎ回っているらしいが……もしかしたらと…思ってね」


「……"エニグマ"か?」
 ソルが静かに呟いた。半ば確信を伴っていない、彼にしては珍しい極めて薄い声ではあったが。
「そうかもしれん……そうでないかもしれん……まぁ、いずれにせよ彼―――イングウェイが事実上戻ってきたとなれば……この"場"は少し荒れるかもしれんな」
 スレイヤーがパイプの先に再び火を灯した。僅かな甘い匂いが、風に漂って鼻腔をくすぐる。
 数瞬の間の後、スレイヤーはゆっくりと立ち上がった。
「…"エニグマ"が関わっているにせよ否にせよ…君はその流れに引き込まれるしかない……そういう事なのかもしれんな」
「…ありがた迷惑もここまでくれば、鼻血ぐれぇしかでねぇんだがな」
「なに、その気になればまだまだでてくるものさ……ではさらばだ」
 そう言ってスレイヤーは肩にかかる小さなマントに手をかけ鮮やかに風に靡かせる。
 すると、そのマントは一瞬にして巨大な一枚の布となり、スレイヤーを覆い尽くしたかと思うと、瞬きの後にはマントの影さえ消え失せていた。


 静寂があった。ソルはしばらくしてようやっと立ち上がった。
 懐から煙草をだし、封炎剣に軽くこすりつけるとそのまま口に持っていく。闇夜を紫煙が舞った。
「……どいつもこいつも……めんどくせぇことばかりしやがる」



夜はふける


沈黙と静寂


恐怖と疑心が生きる夜


明けぬ夜はこの世にはないが


夜が来ない昼もまた存在はしない


夜は黙っていてもくる


もう間もなく訪れる


過去というなの


深い夜が――――――








The Midnight Pleasure vol.1
『CHARISMA OF THE ICE』






どれほどの力でもそれは決して手に入らないモノだった



それをつかもうとするあまり 時に人は犯してはならない領域に踏み込み



決して許されない過ちに手を染める



そして 後悔した時にはもう遅い



後はただ ”業”という奈落に落ちていくだけ



いつ明けるともしれない 無限の闇の中で



氷の微笑と 獣の咆吼をあげながら






森を疾走する二つの影があった。
二つの影は互いに離れることなく一定の距離を保ちながら、疾風の如き速さで、月の光届かぬ深淵の闇の中を駆けている。
「くそっ!まだ追ってくるぞ!」影の一つが、そう叫んだ。
「恨みを買ってるのはよく知ってるつもりだがね!まさか人外にそれをやられるとは思わなかった!」
もう一方の影がおどけた調子でそう叫ぶと、二つの影は呼応したかの様に瞬時に二手に分かれた。
右手に逃げた影はそこから一気に加速して、追撃してくる気配を振り切ろうとした。が、行く手にまた気配が生まれる。感じるものは--後ろの奴らと同じモノだった。
「チッ!そう易々と逃がしちゃくれねぇか」
影は、蠢く気配達の動きを注意深く読みながら、進路を変えた。
 常人には闇だけが映るはずのその視界を、ソイツは大木の位置から地面の僅かな起伏までを完全に把握していた。
「……ここいらで十分か」
ソレはそう呟くと、ちょっとした大木の木陰に身を潜める。
影の中で息を潜めるソレは、あきらかに人間ではない。四本の足で大地に立ち、鋭い牙を闇の向こうに向けて構えるそれはまさに狼のソレだった。
「ギギギ……」
歯車をこすりあわせたような、耳障りな声とも音ともとれるものが、鋭敏な聴覚に引っかかる。闇の中で時折いくつかのプラズマがうなりを上げている。全て気配のする方から。
「ポンコツ如きに狙われるとはな……フェンリルの名も墜ちたもんだ…」
 そう言った狼--フェンリルを覆う全身の毛が徐々に逆立ち始める。ソレと共に、周囲の空気すらも鉛のように重たくなり…何よりフェンリルと呼ばれたモノのシルエットが漆黒の闇の中で徐々に変貌してゆく。
「見せてやるぁ!禁獣の力をなぁ!!」
     ルゴォォォォォォォォォ!!!
漆黒を切り裂く野獣の咆吼が、森全体を震撼させた。


 一方、もう一つの影は葉の生い茂る大木の上で、静かに身を潜めていた。
「ギギギ……ブラックアウト……サーモスタッド……イジョウナシ……レーザーカイセキ…イジョウナシ…」
普段から着ている青いコートで全身を覆う様にして、人の形をした気配は静かに追撃者の動向に目を光らせていた。
 見下ろす闇の中で、いくつかの光が時折迸っている。
”青いプラズマ……神器の…封雷剣か?……となると持ち主は聖騎士団団長のカイ=キスクだが……”
「ギギギ…」
”……変な気でも起こらねぇかぎり、あんな事言わないだろうな……とすると……やはり奴らか…”
 影の口元で、嘲るような小さな笑みがこぼれた。刹那、影は弾ける様な速さで一気に木の下へ降りていく!
「お探しの人は私かな?」
「ギギ…!」
 ドゴォッ!
 影の右腕から放たれた何かが、凄まじい破砕音と共に気配の体を貫通した。
 刹那、凄まじい数の気配達がこちらに殺到する!
「そうそう…寄ってきてくれよ…こちとら時間かけたくないんでな……」
「ギギギ……イングウェイ=ヘイレン……オトナシクトウコウシロ…」
 明らかに人のモノではない声がそう言った。その手に青白い雷光をたたえる剣を携えて。
 影はまた笑った。
 勝ち誇った、勝者の笑みを。
「悪りぃがまだつかまらねぇよ!---イオニズム!!」
 影---イングウェイと呼ばれた男の叫びと共に、凍てついた絶対零度の疾風が気配達を絶対的な死へと誘う!






カラン

酒場のドアが開かれて、一人の男が入ってきた。
「いらっしゃい」
マスターがグラスを磨きながら機械的に出迎える。
男は赤いヘッドギアからもれた前髪でうっすらと表情を隠したまま、静かにカウンターに着くと、
「…ジンを…ストレートで」
手に持っていた布づつみをカウンターに置きながら低い声で静かにそう言った。沈黙だけで鬱蒼としていた周囲を沈黙に変える程に、この男の雰囲気はどこか人のソレとは違っていた。
男の前にグラスが出され、その中に透明の液体がなみなみと注がれていく。
すっ…とボトルがひかれると、男は黙ってグラスを手に取り、一気に飲み干した。
「……同じのを…」
トン、とグラスを置いてから、独り言のようにそう言った。
 ボトルを傾ければ、液体は自然にグラスに注がれていく。
 それはとてもありふれた、そしてごく当たり前の光景だ。何の不純物もない液体が、空のグラスの中に何の抵抗もなく入っていく様はとても素直なものだと思う。
 その素直な光景、素直な出来事を男は未だ受け入れる事ができない。
 いや、受け入れたくないと、絶えず思い続けている。
 水は上から下へと落ちていく。それは自然な事だ。
 では今の自分は?
 それは自然な事なのか?
”……ガラでもねぇ……”
 男は軽く頭を振って思考を飛ばした。
 考えたところで、でてくる答えなど分かり切っている事だ。今更、何をしようというのだろうか。
 そう、自分に言い聞かせてから男はまたグラスを一口に傾けた。

 カラン
 
「いらっしゃい」
マスターはさっきと同じ様に出迎えた。
「マスター、俺もジンを。ただしロックでね」
そう言って、青いコートがヘッドギアの男の視界の端に広がった。
「………」
「久しぶりだな。…あ、ここは煙草いいんだっけ?」
どうぞ、とマスターの声がかかると銀髪の男---イングウェイはいそいそと懐から煙草とマッチをとりだす。整った顔立ちには不相応な海の底を射抜くような、深く鋭い目。黙っていれば、そこそこに男前だろう。
「おまえもいるか?」
 と、隣の男に一本差しすと、男は黙ってその一本を抜き取った。
 イングウェイは素早く自分の煙草に火をつけると、すっ…と隣に残り火を差し出した。
 男は何も言わずにその火でくわえた煙草に火をつける。
「…最後に会ったのは…2年前のグラナダだったか?」
 灰皿にマッチの燃えかすをいれ、酒を片手に紫煙を吐くイングウェイ。
「……案の定生きてやっがたか」
 男はそれだけ言った。
「まぁな…どっかの背徳の炎より根性が悪いんだよ、俺は」
 くくっ、と含み笑いをしながらイングウェイはそう言った。
「…ま、何にせよ久しぶりに会ったんだ。景気よく乾杯といこうじゃねぇか、Mr.バッドガイ」
 自分のグラスをソルのグラスに軽く打ちつけると、ソルと同じく、一口に飲み干した。
「ふぅ……いや、上手いな。暴れた後の酒はまた格別だ」
「…女でも抱いたか?」
「いや、ついさっきまで模造品に追いかけられててね。相棒と二人で、ようやっと片づけた所だ」
「…模造品だぁ?」
 はじめて、ソルはイングウェイの方を向いた。
「ああ……最近の流行ってヤツかな?…顔の方は似ても似つかぬ代物だったが、技の方はまぁそっくりだったぜ?……大したもんだよ、元聖騎士団団長のコピーは……」
 ふぅ、とため息をつきながらイングウェイは言った。
「……そのコピー、全部破壊したのか?」
「ああ。どうせ出所はわかってる」
 肩をすくめながらそう言って、イングウェイは再び注がれたジンを飲み干した。
「………」
 ソルの睨み付ける様な視線にもイングウェイは涼しげな表情を見せている。
「ま、そうすごむな。遅かれ早かれ、オマエにも接触してくるだろ」
「……ちっ」
 ソルは舌打ちしながら、ジンをもう一杯追加した。
「それより知ってたか?あの悪魔の森のギアが破壊されたって話」
「……ああ」
 にやけながらそう言うイングウェイに、ソルは軽い殺意を覚えた。
「どこぞの賞金稼ぎに破壊されたって話だが……本当かね…」
「……破壊されたってんならそれでいいだろ…うざってぇ」
「……ま、そうなんだがな」
 くくくっ、と笑みをこぼしながらイングウェイは紫煙をこぼす。
「それじゃ俺が見たのは気のせいだな。こないだ、どっかの空賊団でそれらしきギアを見たんだが……そうか、破壊されたんじゃあ、んな所にいるわけねぇな」
「………何が言いたい?」
 ソルの明らかな殺気のこもった視線がイングウェイに突き刺さる。
「別に。ただ、どっかの誰かさんは心配でしょうがねぇんじゃねぇかと思ってな……ま、それならいいか」
 言って、イングウェイは吸いかけの煙草を灰皿にすりつぶし、五枚ほどの金貨をその場においた。
「じゃ、俺はそろそろいくぜ」
「……とっとと失せろ」
 ソルの低い声にも全く動じる事なく、イングウェイは手をひらひらさせながら席を立つ。
「……あ、一つ言い忘れてた」
「…あん?」
「三日ほど前の話だ。紅い、奇妙な帽子を被った女楽士が”ソル”って男を捜してたぜ」
「……!!」
 とたん、ソルの表情が戦慄の色に変わる。
「西の方の街で聞いた話だが……ま、もしかしたらどっかのソル=バッドガイかもしれないしな」
 くくっ、と不敵な笑みをこぼしながら、イングウェイは酒場を後にした。
 いつの間にか酒場からはソル以外の客が消えていた。金がつきたのか、それとも二人の間に漂う一種独特な空気に気圧されて酒を楽しむどころではなくなったのか。
「……イングウェイか……過去の遺物が今更何しようってんだ」
 ソルはそう呟いてぐっとジンを飲み干した。
 そこにはもはや一杯目の体の中まで透き通るような感覚は残っていない。ただ、喉を焼くアルコールの感触だけがわずかに残っていた。



 通りを行き交う人々の好奇の視線がいいかげんにうざったくなった。
 ソレは白銀の毛並みを靡かせながら、いかにもだるそうな感じで地にふせっていた。
 別に野良というわけではない。はたから見れば忠犬ともおぼしきそれは、ぎらついた獣の目をたぎらせながら酒場の前で
 ただじっと、そこにいるだけだった。
「待たせたなぁ」
 イングウェイが酒場から出てくると一番最初に相棒に声をかけた。
 酒場の前で大人しく座っていた、犬とも狼ともとれる動物が獲物を見る様な目つきでイングウェイの方を見やる。
「遅せぇよ」
 不快そうにソレは確かにそう言った。鳴き声や遠吠えではなく、明らかな人語を発したのだ。
「アイツにあっちまってな」
「アイツ?」
「背徳の炎」
 とたん、狼らしきモノの目つきが苦々しげになる。
「…ソル=バッドガイか」
「力むなフェンリル。今はそーゆー時じゃない」
 口の前で指をふりながらフェンリルと呼んだ狼にウインクした。
「けっ…てめぇこそ殺りあいたくてうずうずしてんじゃねぇのか?」
「……ま、いいじゃねぇか」
 相棒の詮索をさらりとかわしながら、行こうぜ、とフェンリルを促すとイングウェイは鼻歌を歌いながら歩き出した。
 フン、とその背中を鼻先で笑ってやるとフェンリルの視線が閉ざされた酒場のドアへと向けられた。
「……せいぜい生き恥をさらしてんだな」
 美しき白狼のつぶやきは、夜の雑踏の中にかき消されていった。




数日後―――
イングウェイ達は次の街へと続く街道をのんびりとした歩調で歩いていた。
「……平和だねぇ」
 口に煙草をくわえながら、イングウェイは暇そうにそう呟いた。傍らを歩くフェンリルにとってもそれは同意見だった。
 特にこれといったこともなく続く旅路は別に珍しい事ではない。むしろ、それが当たり前だった。ここ十年近くずっとこんな旅の繰り返しである。刺激のない毎日が無意味に過ぎてゆく日々---あの時求めていた日々が今たしかにここにあるというのに、今の自分はもうこんな生活に飽きている。
”俺もなかなか…現金なヤツだな”
 フェンリルは心の底で、そう自嘲した。争いがあるときは静寂を求め、平穏を手に入れれば今度は残酷な衝動を求める……酷く単純かついかにも人間的な思考が、何度フェンリルの頭の中で反芻された事だろう。
「……いいじゃねぇか。平和でよ」
 投げ出すような言葉でフェンリルが言った。
「まぁな。…賞金稼ぎもそろそろ飽きたな…転職するか?大道芸人あたりでこう…喋る犬!とかよ」
「……おい」
 ドスをきかせた低い声がフェンリルから漏れる。明らかな殺気が籠もっていた。
 イングウェイは苦笑しながら言う。
「冗談だって……だがいい加減腕の方も鈍っちま……」

 ドゴォォォォォッ!!
 イングウェイの言葉をかき消すかのような凄まじい爆裂音。
「…おい」
「わかってる。っちの方だな!」
 言って、くわえ煙草を吐き捨てながらイングウェイは砂煙のあがっている方へ駆けだした。その顔には冒険心に満ちあふれた子供の様な表情が浮かんでいる。
「…また悪い癖がではじめやがった……」
 ガキの様に走り去る相棒にため息一つつきながら、フェンリルは静かにその後を追った。




「くぅ!流石に人ならざるモノだな!今の攻撃を耐えるとは…しかしだからこそいい実験台になりうるというもの!」
 不気味なほどに伸びた前髪に描かれているのは封印とも呪いともとれるような開かれた目の文様。
 鮮やかな銀髪が風になびく度に、宙に浮くボールが無限の軌道を描いて目標えと突き進む!
「もうやめてくださいっ!!」
 複雑な軌道から飛んでくる魔球を、生み出した氷柱で防ぎながら少女は相手に叫んだ。
 森の少し開けた場所で、一組の男女が戦いを続けていた。
 一方は目が描かれた独特の髪型をした、キューを持つ銀髪の男。
 もう一方は、その背に白と黒の羽を持ち、その腰からは爬虫類のそれにも似た黒い尾をはやした”人あらざる”青い髪の少女。
「い、いったい何なんですか!?」
 少女は先ほどから防戦一方だった。反撃らしい反撃を全くしないままに、ただ男の放つ攻撃を避ける事に徹していた。
 争いを好まない穏やかな少女は、自分を狙う者の命すら傷つける事を恐れていた。
「言ったろう!人ならざる者を討つ為のこれは実験だ!…戦闘兵器たるギアならばアイツに最も近い存在!!…さぁ!己の存在意義たる戦いがここにあるのだ!君もギアならば己の破壊衝動に身をまかせてみろ!!」
 空中に二つのボールを生み出すと、ビリヤードのごとき突きでそれらを打ち出す。
「私はもう昔の私じゃありません!!力にはもう振り回されたくないんです!」
 拒絶しながら、少女はそれらの軌道を慎重に読みながら鮮やかに避けていく。
「戦いなきギアがどうしてギアでいられる!君自身知っているはずだ!その背のものはただ”破壊”を求める為だけに存在しうる事を!」
「それは……!」
 俊敏に動いていた少女の足が一瞬、かげりを見せる。
 男はそれを見逃さなかった。
「ハァッ!」
 男が打ち出した魔球の動きに一瞬対応が遅れる。
「くぅっ!」
 交わせずに防いだその刹那、僅かなスキが生まれる!
「ダブルヘッドモービットォォッ!!」
 男の手の中で高速回転するキューが少女の腹にえぐり込んだ!
「けふっ……!」
 思わずたたらをふんで交代した刹那、少女の呼吸が止まった。そして少女の動きも完全に止まってしまった。
 その瞬間、男は心の中で勝利を確信した。
「ハァァァッ!ダークエンジェル!!」
 巨大な紫色のエネルギー体が邪悪な破壊の化身とかして少女めがけて突き進む。
「しまっ…!」
 意識を取り戻した瞬間、少女の見上げたその視界が闇に染まる!

 ガァァァァァァァッ!!

「キャァァァァァァァァ!!!」
 容赦なく打ち込まれたエネルギー体が確実に少女の身を削っていく!
「ハッハッハ!!これで!これであの男を討つ事ができる!もはや異種であろうとも恐れる者ではない!!」
 狂気にもにた笑い声が森の中に響き渡った。



”ごめんね……みんな……わたし……もう……だ……め………”
 少女の頭の中で僅かな間の思い出達が走馬燈の様に駆けめぐる。
 森をでて僅かな間だったけど確かにあの日々は充実していた。
 初めて”人”という暖かさにふれた。
 孤独に染まっていた傷の舐めあいの様な森での生活。
 絶望に染まりはてたあの生活から勇気を持って踏み出した人の地で出会った、大切な”家族”。
 ちっぽけな満足感に身をゆだねながら意識を手放しそうになる瞬間、記憶の中で奇妙な既視感に囚われた。
”……前にも……私は同じこと…を…言った?”
 思い出の中の声がふと聞こえた気がした。
『あきらめたって何もかわらないよディズィー!寂しいなら寂しさから抜け出す方法を考えなくちゃ!どんなにツライ事があってもくじけちゃだめだよ!ボクも…最後まであきらめないから!!』
 舌っ足らずな少女の言葉が、今はとても頼もしく感じられる。
”…ああ…そうだ…あきらめたら……メイ…怒るよね……”
 記憶の中の少女が---大切な家族が光り輝く様にみえた。
 土壇場で遠く離れた意識を取り戻すと背にたたえる羽に呼びかけた。
 あきらめちゃダメだ。あの時…人の世界に行こうと決心したとき、自分にそう決めたじゃないか。
 生きなきゃ。最後まで生きなきゃ、”家族”に嫌われちゃう。
”ネクロ!ウンディーネ!少しでいいの!少しで良いから私に力を……勇気をちょうだい!”
 ぐん、と体に力がみなぎってきた。
---まだ立てる。
---まだつかめる。
 私はまだ生きているんだ。
 少女はその場に立ち上がった。狂気につかれた男の方を気丈に睨み付けながら。
「……ネクロ!ウンディーネ!おねがい!」
 少女はそう叫ぶと、勢いよく両手をかざした!
「ほう…まだ動けるのか。まぁいい…これでとどめだ!!」
 カッ!
 男の打ち出した魔球が少女にめがけて容赦なく突き進む。
「私は…生きたいのっ!」
 その叫びが天にこだまする。
 瞬間、少女の目の前で凄まじい火柱がうなりを上げた!
 火柱は荒れ狂う龍の様に地を這いながら男をめがけて突き進む!
「何っ!?」
 男の放った魔球を簡単に消し炭にしながら火柱はなおも男をめがけて突き進む。
「しまった!」
 勝ち誇るあまり、構えすら忘れていた男に逃げられる術はない。

 ドゴォォォォォッ!!

「グオォォォォォォォォッ!!」
 肉をえぐる凄まじい激痛が男を包み込む!男はそのまま火柱にはじき飛ばされながら木々の向こうへと吹き飛ばされていった。
「……みんな……私……あきらめなかったよ……生きた……よ……」
 渾身の力を使った少女は、満足げな笑みをたたえながらその場に崩れ落ちる……はずだった。
 ぽふっ
 少女は意識を手放す瞬間、自分を抱く暖かな感触と共に覚えないの男の声を確かに聞いた気がした。



「よく頑張ったな。上出来だぜ、おじさんがご褒美をやろう」



「ちっ…こいつギアじゃねぇか。助けるのかよ?」
 フェンリルが苦々しく言った。ギアは自分たちが滅するべき敵、だ。
「噂の…人を殺めないギアだろう?」
 イングウェイが羽の生えた少女を抱きかかえながら諭すように言う。
「…どのみちギアなら俺達の敵じゃねぇか」
「…聞いたか?…”生きたい”ってよ」
「あん?それがどうしたよ」
「…もしかしたら、変えてくれるかもしれねぇよ…俺達みたいな存在をな」
 くくっ、とおどけるように笑って言った。
「……ちっバカバカしい…」
「…さ、とりあえず人目のつかない所に運ぼうか」
 イングウェイが適当にあたりを見回す。鬱蒼とした森の中で落ち着いた場所、というのもなかなか難しいものがある。さっきの男の事も考えると、少しでも身を隠せる場所が欲しかった。
”…ちっ、あのバカが…ガキに手ぇだすほど餓えてんのか?”
「…フェンリル、近くになんかなんかないか?」
 イングウェイがそういうと、フェンリルがあたりを注意深く見回し始めた。
「……東の方、1キロほど先に小さな小屋があるぜ」
「サンキュー。じゃ、ひとっ走りしますか」
「……揺らすなよ。頭にイクぜ」
 舌打ちしながら森の奥へと消えていく相棒を見ながらイングウェイはガラにもなく苦笑した。
「……素直じゃないねぇ、どうにも」


「よっ…と。とりあえずはこんなものか」
 フェンリルが見つけた一軒の小さな小屋の中で、少女をテーブルの上に寝かせて、手持ちの包帯を使ってとりあえずは出血している箇所を止血してやる。ギア細胞の驚異的な回復力でふさがりかけてはいるが、箇所によってはふさがりきれていない傷もあった。技の直撃を受けたのだから骨の一つも折れているのかと思ったが、驚くべきというか人外故の必然というか内臓器官や骨といった箇所にはほとんど以上が見られない。見るからにか弱そうなこの体のどこに、これほどの耐久力が秘められているのだろうか。
「はん…力の使いすぎでぶっ倒れるとは……こいつ、バカか?」
 部屋の隅で暇そうにしているフェンリルがつまらなそうに言う。
「力を抑制する方で結構エネルギーを使ったんだろ。最後の一発だって土壇場だったんだろうな」
「ギアにしちゃあエネルギーポテンシャルの小せぇやろうだな」
「……あるいは戦いなれしてなくてエネルギーの使い方が未熟なのかな?まだ体の中にゃパワーがたんまり蓄積されてるのかもしれねぇな」
 だったらこんなに丈夫なのもうなずける、とイングウェイはつけたした。
「…さぁ、応急処置はこんなもんだろ。後はゆっくりとお迎えを待ちましょう」
 携帯用の治療具を腰のポーチにしまい、自分の来ていた青いコートをそっと少女にかけてやるとイングウェイは手近な椅子にどっかりと腰を落とした。黒いシャツはバランスのとれた逞しい肉体に押し上げられてその見事なラインを浮き彫りにしている。
「お迎え?」
「ああ、お前は留守番してたんだっけか?少し前に名前も知らねぇ商人の輸送船護衛をしただろ?そん時に襲ってきた空賊の奴らに確かこんな娘がいたぜ」
「随分と物覚えがいいな」
「巷で有名な”ジェリーフィッシュ快賊団”だったからな。…それに羽根付きにしっぽありって風貌は嫌でも忘れねぇよ」
 その時の事を思い出しながらイングウェイはくくっと笑った。
 そういえばあの時、すれ違いざまに居合い抜きを放ってきた黒いコートの男がいた。その一撃はあきらかに牽制のものだったが、速さも重みも並ではなかった。肩越しに薄笑いを浮かべながら去っていった男の事もまた鮮明に思い出した。
「……あれが”ジョニー”だったか」
 裏世界にいる者ならば誰でも知っている名だ。賞金首としても、一人の剣士としても間違いなく超一流の男だろう。
「…思い出で興奮するんじゃねぇよ、変態」
「戦りあうだけでタッちまう様な男は、今まで背徳の炎かあの吸血鬼オヤジくらいだと思ったが……俺もまだまだ見聞が狭いな」
 言って、もう一度くくくっ、と笑った。そして、その笑みがふと止まる。
 イングウェイの鋭敏な感覚が何かを捉えたのだ。
「…弱っちいな。ヴェノムか?」
 椅子から離れ、閉ざされたドア越しにそちらの方を見やる。
「ちょっと見てくらぁ」
「コートは?」
「いらん。使う程のヤツじゃないとみた」
 ここを頼む、と言い残してイングウェイは外に出ていった。
 後にはおとぎ話の姫よろしく静かに眠っているギアの少女と、くそったれとドアの向こうの相棒に向かって吐き捨てる白い狼が取り残された。



 まだ昼も始めという時間帯にも関わらず、鬱蒼とした森の中はその天の恵みさえ受け入れない。
 イングウェイは生い茂る木々の間をすりぬけながら、気配の方に向かっていた。
「…そろそろ、のはずだが…」
気配はすぐそばまで来ている。小屋を出たときとあまり変わらない、ほとんど半病人に近い気配ではあるが、生来の用心深さというか第六感とでもいうべきものが、頭の中で静かに警鐘をならしている。最初のウチはヴェノムだろうと思っていたが、微妙にヤツのものとも違う。
”この藪の向こうだ…な”
 イングウェイは一呼吸して、静かにその茂みを潜り抜けた。…刹那、鼻腔をかすかにくすぐる血の匂い。
 そして次に見えたものは、鮮やかな金髪。
 一瞬イングウェイが呆然としていると、腰まで伸びている鮮やかな金髪が僅かに動いた。
 はっ、としてイングウェイはやっと状況を理解する。
 森の中で少し開けた所、金髪の女が脇腹あたりから血を流してうつぶせにぶっ倒れている。
 イングウェイは動揺した自分を内心で罵りながら、女の方に近寄る。
「おい、大丈夫か?」
 返事はない。何度か声をかけてみるが、それでも返事はない。
「おい、しっかりしろ!俺の目の前で死ぬんじゃねぇぞ!」
 死体処理するのはごめん被る。
 イングウェイは静かに彼女の体を抱き起こした。
 腰に手を当てようとのばした左手が、僅かに傷口付近をかすめる。
「―――う」
 うめくような声が顔を隠す金髪の間から聞こえた。
「おい!」
 邪魔な前髪を掻き分けてやり、その顔を覗いてみる。
 端正な顔立ちにややつりあがりぎみの鋭い瞳―――男ならば間違いなく見ほれる美貌である、が。
 元来、純白を誇るであろう艶やかな肌が今は血色を失って青みをましてきている。
「…ぐふ……」
「…急所ははずしてる…か。だがまずいな」
 腰にとりつけたポーチから包帯をとりだすと、止血の為に腰のあたりをしばってやり、無用な衝撃を与えないようゆっくりと抱きかかえる。
「……おまえさん、どこかであったか?」
 不意にそんな言葉が漏れた。昔、どこかで会った気がしたが……思い出せない。
「と、今は運ぶ方が先か」
 とん、と音もなく跳躍すると、茂みを飛び越えてから一気に加速する。木の根が入り組んでいる複雑な地形にも関わらず、来たときはまるで逆のスピードで小屋を目指す。
「…ったく、今日はけが人が多いな…ここらへんにギアでもいるのか?」
「―――ザトー……」
 不意にそんな言葉が聞こえた。
”ザトー?……!…確かザトーが拾った小娘がいたな………アングラをかけて自分の部下にしたって話だったが……”
 そういえば、小屋が近づくにつれて自分の中の”力”がにわかに騒ぎ始めている。
 まさか…この女がそうなのか?
 記憶の片隅で、苦虫をツブしたような味が広がる。
『何だ?その小娘は?』
 不意に、そんな言葉が頭の中に響いた。何千、何万と聞いたことのある相棒の声。
『しらん、行ったら倒れていた。…お迎えは来たか?』
『…それらしき気配が二つほど、この小屋へ向かってる』
『俺が行くまでそいつらを足止めしといてくれ』
『その小娘を預けるのか?』
『あっちの嬢ちゃんはギアだったが、こっちの嬢ちゃんは生身だ。急所ははずしてるんだが、だいぶ出血しててかなり弱ってる』 
『もたねぇんじゃねぇのか?』
『もしかしたらザトーに関係あるヤツかもしれない。死なせるわけにはいかないんだ』 
『……来たようだ。どのくらいでつく?』
『あと5分ほど、だな』
『1分で来い』
 そうささやくなり、相棒は一方的に”念”を断ち切ってしまった。
「…こっちのベースは人間なんだぜ?…ったく、これだから禁獣ってやつは…」
 言いながら、イングウェイは更にスピードをあげた。





闇に響く笛の音が 血に飢えた獣たちを騒ぎ立てる



心さえ自由にできないその体で 獣たちは餓えた牙と爪をとぎすまし



いつ果てるともしれない 月夜を喰らって今日もまた罪を重ねる―――



ーーーーーーーーー


The Midnight Pleasure vol.2
『IN THE BEGININNG』






過ちは償えない


過去は消えない


罪は忘れられない


ならば自分はどうするべきなのか


過ちを後悔しながら生きていくのか


過去に苦悩しながら生きていくのか


あるいは――





あるいは罪に身を滅ぼされながら


それでもなお現世を生き続けるのか








人はいつも運命によって生死を裁かれている


逃れることもあらがうこともできないその運命の輪は


あたかもメビウスの輪の様に裏もなければ表もない


ただ一つ ”事実”という慈悲とも残酷ともとれる刃を突きつける


旅は終わらない


いつか―――


いつか――――










いつか 運命に裁かれるその日まで




自分の旅は 終わらない





「さぁて…もう少しであの火柱のあったところだが……」
「ディズィー…大丈夫かなぁ……」
 深い森の中を黒コートの長身の男とそ傍らにいる中型飛空船用の大きな錨を担いだ海賊風のなりをした少女が二人、あたりを丁寧に見渡しながら、自分たちの大切なクルーの身を案じていた。 男の名をジョニー、といい少女の名をメイ、と言った。
「……にしてもあのアサシン組織め……今度あったらとっちめてやる……」
 ジョニーは穏やかな口調の中に、静かな怒りをこめながらそうい言い放った。
 


 事の始めは今から9時間ほど前だった。
 たまたまこのあたりを飛行していた空賊団”ジェリーフィッシュ快賊団”の一団は、かねてから折り合いの悪かったアサシン組織達の待ち伏せにはまり、一時期乱戦状態となってしまった。
その戦闘の際、アサシン組織から集中的に狙われていたディズィーは団の中でも最年少のマーチをかばおうとして、自らが高度5000メートルから落ちてしまったのだ。
 からくもアサシン組織達を退けた快賊団だったが、ディズィー墜落という思わぬアクシデントにあい、その捜索隊として最小数精鋭たる団長であるジョニーと5番艦船長・メイの二人が地上に降り立った。 高度5000メートルという高さからの墜落だったため、風向きから割り出した位置でこの森の近くである、という事まではかろうじて割り出したのだが、そこから先は完全に二人の勘と判断力に頼るしかない。 骨が折れる作業ではあったが、ディズィーは大事なクルーであり何より”家族”だ。二人ともここまでは一切の休憩もとらずに森の中をかけずり回ってきた。
「……ふぅ」
 メイが思わずため息を吐いた。
「疲れたか?」
「う、ううん!ボクはまだまだ大丈夫だよ!」
 平気平気!、と力瘤を作ってみせるが、先ほどの戦闘からほとんどノンストップで来たのだ。
いかにメイとはいえ、さすがにその小さな体には少々無理がある。 そんなメイにふっ、と苦笑を交えつつ、ジョニーは相変わらずの優しい笑みを浮かべる。
「我慢しなさんな。…このままじゃあ、俺達もツブれっちまう。…もう少し歩いて、適当な場所があったら休もうか」
「ジョニー……」
 いつもは眼を輝かせて言うはずの、愛しい名もこのときばかりはその気の優しさが苦痛に思えた。
 メイはディズィーが落ちた事に、内心ではかなりの責任を感じていた。
 孤独にさいなまれ、森の奥で度重なる人間達の暴挙に絶望しかけていたディズィーに希望を与えたのに、それに応えるどころかこんな事になってしまった。
 子供から大人への成長過程にある彼女にとっては、自分自身の責任、という事について過敏になりはじめる時期にさしかかっていた。
 今にも泣きそうな眼をしながら、前を見つめる少女の頭をくしゃり、となでてやりながら、ジョニーは優しく言葉をかけてやった。
「メイ、もしおまえさんが負い目を感じているのなら、ディズィーにきちんと謝ることだぁ。…無事に見つけて、そして心を込めてあやまれば、ディズィーもきっとわかってくれるさ」
「ジョニー…」
「大丈夫、ディズィーはああ見えてもしっかりしてるからなぁ。きっとどこかをほっつき歩いてるさ」
 うん、と笑顔を取り戻した顔を見ながら、ジョニーは心の内で自分のふがいなさを呪った。
“パーフェクト……か……”



「あ、ジョニー、あんな所に小屋があるよ」
 メイが指さした方に、見ると、木々の間からみすぼらしい一軒の小屋が眼に飛び込んできた。
「それじゃあ、ちょいと一休みしますかぁ」



小屋に入った二人は思わず我が目を疑った。

これは運命の女神の導きだろうか?

それともただの偶然か?

いた。
彼女は目の前にいた。
所々を包帯で巻かれながら、小屋の隅にある小さなベッドの上で静かな吐息を立てながら彼女――ディズィーはいた。
 まるで神に召された聖女の様に、静かに横たわったその姿はジョニーの目には一瞬、本当に天使か女神の様に思えた。
「ディズィー!!!」
 数瞬の間あっけに捕られるも、最初に立ち直ったメイが真っ先にディズィーに駆け寄った。
「ディズィー!ディズィー!!目を開けてよ!ディズィー!!」
「…………………」
「ディズィー!ディズィーったらぁ!…お願いだから目をあけてよぉ!!」
 顔をくしゃくしゃにしながら、メイはディズィーに向かって何度も呼びかけた。
「……ん……」
 やがてディズィーの口から僅かに声がもれる。
「ディズィー!」
「……メ…イ…?」
 うっすらと開けられた赤い瞳に最初に映ったものは、少女の涙だった。
「ディズィー!…うう…っく…よか…ったぁ…」
 メイはそのまま倒れ込むようにして、ディズィーに抱きついた。
「っく…ごめんね…ごめんね……」
「メイ……」
 耳元でひたすら謝り続ける少女の黒い髪を優しくなでてやりながらディズィーは偽りのない笑みを浮かべた。
「メイ、来てくれたのね。……ありがとう」
「うぅ……でぃずぃ~……」
 普段は自信に満ちた最高の笑顔を浮かべている少女が、今はあまりにも小さく見えた。触れれば音を立てて崩れてしまいそうな程に、今の彼女は脆いのかもしれない。
…むしろ、今こうして泣きじゃくる顔こそが本来の“メイ”なのかもしれない。
 ディズィーは嬉しかった。
 自分の為にここまでしてくれる人が、こんなにも側にいる事が。

 自分の為にこんなにも涙を流してくれる人がいる事が。

 やっぱり、私はここがいい。

 もう一人は嫌だ。

 寂しさだけを糧にして生きていくのも嫌だ。

 太陽の下で、体の鼓動を感じ、翼を一杯に広げて、大切な”家族”と共に生きていく今の生活がいい。

―――――ああ


―――――あったかいなぁ


―――――やっぱりあきらめないでよかった


―――――私はここにいたいんだ


―――――こんなにも素敵な”家族”の中で、私は泣いたり笑ったり怒ったり喜んだりしたいんだ


―――――嬉しいんだもの


―――――心の底からこうやって“嬉しい”って思えることが




「もう大丈夫だから、ね?泣かないで」
「ぐすっ……」
まるでお姉さんになったみたいだな、と思いつつメイを抱きしめる。
服ごしに伝わる鼓動と体温が、最高に嬉しい。
「…大丈夫かい?」
 いつの間にか傍らにジョニーが立っていた。サングラスから漏れる視線には穏やかなものが含まれている。
「はい。ご心配をおかけしました」
「いや…おまえさんを守ってやれなかった俺がわる~いのさ…すまないなぁ」
 最後の一言は深い響きをもっていた。
「いえ、あの時マーチを助けてようとしたのは私ですから…あ、マーチは…みなさんは無事ですか?」
「ああ、みんなしておまえさんを待ってるよ」
「…そうですか」
 その言葉を聞いてほっとした。
 今は何より、みんなの顔が見たい。


「…ところで、おまえさん、誰かに助けてもらったようだが……?」
 ちらりと青いコートに目をやりながらジョニーが行った。
「え?…あ、ほんとうに…」
 言われて初めて、自分の体に巻かれた包帯と青いコートに気がついた。誰かに巻かれたであろう包帯は傷口にしっかりと巻かれている。巻き方も、まるでお医者さんがやるように、正しい巻き方をしている。医者か…そうでなければそういった経験のあるかなり手慣れている人かもしれない。
 そして何より自分を守ってくれた青いコート。
 まるで生きているみたいに、そのコートは暖かかった。
「わたし、ずっと気を失っていたから…」
「ふむ…うちのレイディを助けてもらったんだぁ…礼の一つもしたいんだがなぁ…」
 その時、ふと背後から視線を感じた。
 ジョニーが素早く振り向くと、開け放たれた入り口の前に一匹の白銀の狼がじっとこちらを見つめていた。

「…あなたは?」
 ディズィーがまるで呼びかけられたように声をあげた。
「……おまえさんが…助けてくれたのかい?」
 ジョニーは別段警戒するでもなくゆっくりとそちらに歩み寄る。狼の目には戦意というか、敵意みたいなものを感じなかった。大抵この種の肉食獣は餓えていようものなら、人間といわずお構いなしに襲いかかってくるものなのだが。
 狼は、威嚇するでも襲うでもなく、まるで待ち人の様に、ただじっとそこにいるだけだった。
 ジョニーが近づくと、狼はゆっくりと外に向かって歩き出した。まるで導くかのように、その足取りはゆっくりとしたものだった。
「…?」
 罠か?と、片手の愛刀に心持ち手をかけながら、ジョニーはゆっくりとその後をついていった。
 外は誰もいない。
 ただ一匹の狼が、森の向こうの闇をじっと見据えるだけ。
「………」
 ジョニーは不思議な感覚に囚われていた。
 まるで知らない誰かに呼びかけられているような、もどかしくて…それでいてどこか懐かしい感覚―――
 
 と、突然狼の見据える森の奥に気配を感じた。
 殺気―――はない。敵意はもっていないようだ。…いや、むしろどちらかと言えば白旗を持ってこちらに近づいてくる哀れな負傷兵といった感じだ。
 内心ではホッとしつつも、居合いの構えをより深くして気配に備える。
 気配が近づくとともに、草木が揺れる音と大地を蹴る音が同時に聞こえてくる。
 近い。

 あと60――50――40――30――20――10――

「おいおい、仮にも命の恩人に刃をむけるのがジェリーフィッシュ快賊団のやることかい?」
 そんな軽口が草むらの向こうから聞こえてきた。やや年期の入ったような低い声。
 そして、その気配はゆっくりと姿を現した。
 全身を黒い服で固め、金属の様な銀髪とやや濁ったブルーの目。声とはギャップのある若い顔が不敵な笑みを浮かべ、その背にうなだれた女性を背負いながらその男はなおも言葉を紡いだ。
「こっちは怪我人かかえて大変なんだからよ…喧嘩売るにしても時と場所を考えてくれよ」
 そういって、ちらりと自分の背負っている女性に目を向けた。
「…いやぁ、そいつは悪かった。なんせ、ついさっきまでちとヤりあってたもんでねぇ」
「あの娘を見ればだいたいはわかるよ」
「…うちのレイディを助けてくれたのはアンタかい?」
 銀髪の男は、ジョニーの向こうにある小屋を前髪の間からちらりと一瞥して、
「まぁ、都合そうなったな」
「ありがとうよ…恩にきるぜ」
 ジョニーは帽子をとり、深々と頭をたれた。見かけよりもずっと真面目な人間だな、と男は内心で苦笑した。
「いいさ。人間、困った時はお互い様ってな。古い言葉だが、俺は好きだぜ、結構」
 そういって、頬をかこうとした男の手が不意に止まる。
「あ!そうだ!なぁ、持ち帰るついでにコレも頼めるか?」
 そう言って、背負っていた女性を見せる。
「怪我ぁしてるのかい?」
「ああ、薬草をとりに森に入ったら偶然見つけてね。どうやら誰かと激しく戦ったらしいんだが…急所ははずしてるが、少し出血しすぎたかもしれない。あいにくとここじゃ輸血できないんでな。…天下のジェリーフィッシュ団ならなんとかならんか?」
 薬草などとりにいってはいないが、変に話すとかえって怪しまれるだろう。
「そいつぁ構わないが……っとぉ、こぉれはこれは…また奇遇なものだ。こんなところでぇ出会うたぁなぁ…」
 金髪の女の顔をのぞき込んだ瞬間、ジョニーに僅かな動揺が浮かんだ。
「知り合いか?」
「まぁ、ちょっとなぁ…よし、そうと決まればすぐに呼び寄せなきゃなぁ」
「呼び寄せる?飛行艇をか?」
「い~やいや…医者を…さ」
 チッチッチ、と口先で指を振ってみせる。
「医者って……んなコンビニエンスな…」
 はぁ?といった顔をするイングウェイ。
 常識で考えて――こんな深い森の奥に居着くような物好きな医者でもいるのだろうか。
 そう思えるほどに、ジョニーの口調はあっけらかんとしたものだった。
「これが不思議な医者でなぁ…まぁ、見ていてくれ」
 そう言って、ジョニーは懐からとりだした携帯用通信機に話し始めた。
 男はわけがわからず、言われた通りにその場に立ちつくしてしまう。
「?」
「さぁて、とりあえず小屋に入ろうか」
 通信を終えたジョニーがパァフェクト(自称)な笑みを浮かべて、男にそう言った。
 

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