「洗脳ねェ・・・・・。お粗末なモンだけど」
イノの足元に倒れているのは大きな錨を持つ少女。
もっともその錨も支えてくれる人物が地に伏している今、力なく横たわっているだけだが。
「あのポンコツロボットじゃあここまでが限界ってやつなのかしらね。全然この子の力を引き出せてないし」
本気を出すまでもない。
自分を襲ってきたこの少女を軽くあしらったあと、こうして物足りなさを感じているわけだが。
「・・・・・・・イイこと思いついちゃった」
少し考えこんだあと、イノは笑みを浮かべた。
残酷で、妖艶な。
紙袋を被って白衣を着た人物、ファウストが歩いている。
「今日はなんだか怪我人が多いですねェ・・・・・」
ふいに、足を止める。
目の前に、錨を持った少女がファウストの進路を塞ぐように立っていた。
「おや、あなたは・・・・」
「こ、ろ、す」
言うなり、襲いかかってきた。
「!?」
愛用の長いメスで攻撃を受け止める。
「これも同件ですかね・・・?」
先ほど、ジャパニーズ2人に連れてこられた青年を手当てしたものだが。
なにやら洗脳を受けていて、2人がかりで正気に戻したらしい。
目の焦点が合っていない。表情が無い。言動が機械的。
あの終戦管理局のロボットと同じような感じらしい。というか、そいつの仕業だと。
そんな話を聞いた。
「せんせいをころす」
「!?」
「わたしをころしたせんせいを」
「ッ!」
思わず力を緩めてしまい、押し負ける。
が、すぐに間合いを離して、立て直す。
「いつもの彼女ではありませんね・・・・・・・」
しかし何かがひっかかる。これは本当にあのロボットの仕業なのだろうか?
メイを傷つけないように、攻撃を受け流す。
「たすけてくれるっていったのに」
ぼそり、とメイがつぶやいた。
「たすけてくれるっていったのに」
「しんじてたのに」
「せんせいなら」
「せんせいなら」
「わたしを」
「・・・・・・っ」
ファウストに動揺が走る。
メイはその隙を逃さない。
重い一撃がファウストをとらえ、長身の身体がまともにふっとんだ。
受身もとれず地面を転がる。
「くっ」
すぐに起き上がるが、すぐ傍にメイがいた。
「またころすの?」
無表情でメイがつぶやくと、メスを握り締めようとしたファウストの動きがぴたりと止まった。
上にかがげられた錨が思い切りファウストに向かって振り下ろされた。
ファウストは、動かない。
錨がファウストの肩をぐしゃりとえぐる。
だらりと腕が下がり、白衣が赤く染まっていく。
布に吸い取られきれなかった血が、地面に落ちて染みをつくっていく。
メイはそんなファウストを見下ろすと、またぶつぶつとしゃべりはじめた。
「せんせいのおてて、まっか」
「あのときもまっかだった」
「いまもまっか」
「わたしのちで、まっかっか」
「・・・・・・もう、いいんですか?このまま、あなたの手にかかることを・・・・拒まなくても」
無傷な方の手で肩を押さえる。すぐに手が赤く染まった。
手を肩から離し、べっとりと汚れた手をじっと見つめる。
「償えるものなど何もない 償える方法などない」
それでも
「貴方は許してくれましたね」
見つめていた手を握り締める。
「そしてなお、私を逃がしてくれる・・・というのですか?安息を、いただけると?」
メイとファウストの視線がぶつかった。
「・・・・こ、ろす・・・・!!」
メイの表情に変化があったのは、気のせいだったのかもしれない。
動く方の手で錨を握る手をそっと押さえる。
「貴方が許してくれたとしても・・・やはりまだ、私は・・・・・・」
メイの手から錨が離れ、地面に落ちる。
「・・・・ぅ・・・・あ」
頭を抱えるようにして、メイがよろめく。
「・・・ぁ、や、だ・・・・・・・死んじゃ、やだよぅ・・・」
「お嬢さん?」
「せんせいの、せいじゃないの・・・・・・せいじゃないのに・・・・・・っ」
ぼろぼろとメイの瞳から涙がこぼれた。
泣きながら、ぺたりとメイがその場にしゃがみこむ。
「・・・・・ありがとう、ございます・・・・・」
涙をぬぐってやろうとして、自身の手が血で汚れていることに気付き、手を止める。
ひっこめようとしたそのとき、メイの手がファウストのその手を握ってきた。
驚きを隠せずに、とまどう。
しばらくメイはぐずっていたが、急に糸が切れたように横に倒れる。
とっさに手をのばして地面に横倒しになる前にその身体を支えた。
二の腕あたりで彼女を支えながら、自分自身の顔を覆って俯いた。
紙袋がくしゃりと音をたてる。
泣きたかったのか謝りたかったのか、嬉しかったのか。
ファウストはしばらくその場を動けなかった。
「・・・・・・つまンないの。洗脳が甘かったのかしら」
イノはため息をつくと音もなくその場から去った。
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