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うろほろぞ
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この風に吹かれ
何を想うのか

冴え冴えと過ぎるのは
その優しい笑顔

その穏やかさは
暖かな微風の悪戯か……



「……あれ?どしたの、おじさん?」
ある日の昼下がり。草原の真中で寝転がっていたポチョムキンは、ふと耳に聞こえてきた声に首をめぐらせた。可愛らしい少女の声だったが、何せ自分がこれだけの巨漢なため、大体の位置が分かってもそれを目に留めるのが難しい。
 どうしたものか無言で困っていると、目の前に一人の少女が顔を覗かせてきた。栗色の髪に、オレンジ色の快賊帽。ポチョムキンは、ああ、と納得したように目を細める。
「快賊団の…どうした?」
「どうもしないよ!おじさんがこんな所に倒れてるから…。」
ぴょん、と小首をかしげながら言う快賊団の少女…メイを見ながら、ポチョムキンは別に倒れていたわけでは無いのだが、と心の中で思う。持ち前の寡黙な性格のせいで、それを口に出す事は無かったのだけれど。メイが、ポチョムキンの前に膝をついて座った。
 心配そうに覗き込んでくるのを、怪訝な目で眺めていると、彼女は小声で何事か呟いた。聞き取れずに聞き返す前に、彼女は立ち上がってパタパタと移動していく。何だろう、と思って状態を起こそうとすると、足の方から叱咤の声が飛んできた。
「おじさん動かないで!ボクを潰す気!?」
「い…いや…。」
メイの言葉の意味は相変わらず分からないままだったが、ポチョムキンはとりあえずその叱咤の声に従うままに動きを止める。
 しばらく、足元でメイがせっせと動き回っている気配を感じていると、やがて彼女がピコピコと音を立てながら目の前に戻ってきた。むぅ、と頬を膨らませながら、人差し指を立てて声を張り上げる。
「おじさん、足怪我してる!ボク治療道具持ってくるから、動かないでね?」
「……怪我?」
「うん。待っててよ?」
それだけ言って、メイは返事も待たずに走り去っていった。後には、呆然とその背中を見送るポチョムキンの巨体が残される。彼は、言われたとおりに動かないままでいたが、だんだんメイの言っていた「怪我」というのがどのくらいのものなのか気になり始めていた。メイに指摘されるまで、気付かなかったぐらいなのだ。
 頭を擡げて、足元を見てみる。よく見えないが、確かに赤いものが見える、気がする。彼は頭をまた草の上に戻し、溜め息をついた。
「…全く気付かなかった…。」
自分はそこまで鈍くないと思っていたのに。痛みさえも無かったから、てっきり無傷か、傷があっても塞がっているものとばかり思っていた。まさか、現在進行形で血が流れていようとは。少し、自分に呆れが来る。
 やがて、瞼の上に腕を載せて目を閉じていると、あのピコピコと言う音が遠くから戻ってきた。目を開ける前に、彼女はポチョムキンの顔の前に腰を屈めて来た。
「おじさん、あのね、治療するけど。」
「…何だ?」
「ボク、こういうの慣れてないから、痛いかも。」
目を開けて、申し訳無さそうな彼女を見て、ポチョムキンは小さく笑った。大きな手を伸ばして、彼女に負担がかからないようにそっと優しく撫でる。無骨な手だが、意外と優しいその手つきに、メイは少し驚いたように目を見開いた後、くすぐったそうに笑った。
「じゃ、さっさとやっちゃうね?」
「ああ…世話をかける。」
早速、足元にメイが走って行く。それを見送って数秒後、足に何か痛みらしきものが走った。いや、痛くは無いのだが、足元でメイが何かしているらしいことは分かる。本当に、自分などのためによくやってくれるものだ。その小さな喜びを抱きながら、ポチョムキンは自らの足に触れる小さな手を感じていた。
 が、それもしばらくして、ポチョムキンはふとした事に気付く。慌てて、彼は頭を擡げて、未だせっせと手を動かしているメイに視線を投げかけた。それに気付いて、メイが顔を上げる。
「ん~?おじさん、どうかした?」
「いや…大変だろう?こんな巨体に治療を施すのは…。」
ポチョムキンの危惧は、メイのように小さな人間が、自分のような巨漢の中の巨漢を治療するのはかなり疲れるのでは無いかというものだったのだが。その予想に反して、メイはかなり元気な声で応えてくれた。
「全然!ボク、ちょっと大きい人治療したぐらいじゃへばらないよ。」
「そ、そうか…。なら良いが。」
「それにさ、ボク労働の後の風好きなんだ。」
メイの嬉しそうな言葉に、ポチョムキンが反応する。それに気付いたかどうかは定かでは無いが、彼女はてきぱきと手を動かしながら言葉を紡いで行く。
「汗かいてるとさ、吹いてく風がとっても気持ち良いの!」
「……風邪を引くぞ。」
「もう!そんなヘマしないってば!」
メイが頬を膨らませているのが想像できて、ポチョムキンはくくっ、と笑い声を漏らした。それを敏感に聞き取ったメイが、今度こそ本当に頬を膨らませる。「もう!」と言って、彼女はポチョムキンの傷口を軽く叩いた。それは大して、というよりも全く痛くないのだが、ポチョムキンはとりあえず小さく声をあげてみる。大人の大人気ない冗談のつもりだったのだが、メイは本気に取ってしまったらしく。
「ごごごごめん!痛かった!?痛かったよね、ボク怪力で…あぁぁごめん!」
「い…いや、痛くは無かった…冗談だから、気にするな。」
ポチョムキンが逆におろおろしながらいうと、メイはほっとした表情を浮かべつつ、それでも心配そうに足元から声を投げかけてくる。
「本当に大丈夫?痛かったら言っていいからね?」
「大丈夫だ。心配するな。」
低い声でそう告げると、メイは「うん!」と元気よく返事をして、もうすぐ終わるから、と言いながら傷口に手をかけ始めた。ポチョムキンのさっきの冗談をまだ気にしているのか、気持ち程度丁寧な手つきになっている。それを心地よく思いながら、ポチョムキンは目を閉じた。
 足には痛みがなく、まるでマッサージでも受けているような感覚に、睡魔が押し寄せてくる。仕事疲れだろうか。別に睡魔を堪える必要は無いはずなのだが、律儀なポチョムキンはメイ一人に労働させておいて自分だけ眠っているなどという事はできなかった。必死で眠気を耐えている間にも、睡魔はその力を増していき、ついにポチョムキンはうとうとと眠りの中に沈んでいってしまった。足元では、まだメイが心地よいぐらいの治療を施してくれている……。



・・                    ・・                   ・・



「おじさーん…寝ちゃった~?」
ふと目を開けば、そこにはメイの顔があった。驚きのあまり、一瞬息が詰まる。が、メイの方は別に気にしていないようで、ああ起きた、というぐらいのテンションで微笑みかけてくる。彼女は、自分を見つめてくるポチョムキンの頭に手を伸ばしてわしゃわしゃと掻き回した。その行動が唐突過ぎて、ポチョムキンは一瞬何の反応もできなくなる。それを見ながら、メイは楽しげに笑った。
「ね、治療終わったから、もう立ってもいいよ。」
「…ああ。」
ポチョムキンは、緩慢な動作で上体を起こした。足を見やれば、やや不器用に巻かれた包帯が目に入る。血が染みていないところを見ると、きちんと血が止まったのを確認してから巻いてくれたのだろう。こんなに小さいのに、親切で的確な判断のできる子だ。きっと、保護者が良いのだろう。大きな手で包帯の上から触れてみると、その包帯が何故かしっとりと濡れていて。別に水をかけたような湿り方でもなかったのだが、気になって彼はメイを伺い見た。そして、その時ようやく、彼女が汗をびっしょりとかいているのに気付く。
 そんなに動き回らなければならないような体はしていないはずだが、と気にしていると、視線に気付いたメイが「えへへ」と笑った。
「これ、一旦シップまで包帯取りに行ってたもんだから…。」
肝心の包帯を忘れてきていたとは、聡明な彼女も微妙に抜けているな、とポチョムキンは吹き出した。何とも、愛らしい少女だ。そんな事を考えているとは露知らず、単純に笑われた所にだけ捻ね始める。むぅ~、と声を出す彼女に微笑みかけながら、ポチョムキンはまたふわりとメイの頭に手を置いた。優しく撫でてやれば、単純なもので、メイは嬉しそうに首を竦める。それを何ともなしに眺めていると、ふと穏やかな風が吹いた。感じるか感じないか程度の微風なのに、それはふわりとメイの髪を揺らして。その様子が印象的で、ポチョムキンはついその様子を見つめてしまった。
 視線に気付いて、メイが首を傾げる。どうしたの、と笑顔で言われて、ポチョムキンは我に返った。が、先程のメイの笑顔を忘れたくないために、いそいそとズボンの後ろのポケットから小さなメモ帳と彼の筆圧にも耐える鉛筆を取り出す。小首を傾げて不思議そうに見つめてくるメイに、ポチョムキンは静かに問い掛けた。
「手当ての礼といっては難だが、…一枚描きたい。良いだろうか?」
「え…ボク?」
「ああ。是非描かせてほしい。」
ポチョムキンが言うと、メイは少し照れたようにはにかんで、小さく頷いた。それを合図に、ポチョムキンはメモ帳のページをめくり、まだ何も書いていないところにさらさらとメイの顔を書き写し始めた。ふわりと、微風に彼女の髪が揺れるたびに、優しい気持ちになる。その靡く髪の一筋まで、キャンバスに描けたら良いのに。
 そんな願いを込めてポチョムキンが絵を描き上げると、早く見たくて仕方が無かったらしいメイが横から覗き込んできた。見やすいように手渡してやると、メイはそれを受け取り、ほんのりと頬を染めた。一人前の女性のように恥じらいを見せる彼女に、ポチョムキンは愛しさを感じる。メイは、俯きながらメモ帳をポチョムキンに手渡し、ぽつぽつと言葉を紡いだ。
「ボク、そんなに美人じゃないよ…?」
「そんな事は無い。太陽のように明るくて、風のように穏やか。充分だろう?」
「…だってボクまだガキだよ?」
「これからだ。」
ポチョムキンは、メモ帳のそのページを丁寧に切り取って、メイに差し出した。驚くメイに、「礼だ」と言って手渡す。本当は彼女のこの笑顔を忘れたくないがために描いたものだが、一度描いてしまえばこの頭から離れていく事は無い。それなら、これは渡してしまっても構わない。自分の分は、また後で描けばいいのだから。
 似顔絵を受け取って、しばらくそれを眺めていたメイは、嬉しそうに表情を綻ばせた。「これからか」と小さく呟いたのが、ポチョムキンの耳にも届く。メイは、未だ上体を起こした状態のままのポチョムキンの額に優しく口付けると、悪戯っぽく片目を閉じた。ただし、妙に恥ずかしそうなものではあったのだが。
「お礼のお礼!それじゃおじさん、もう怪我しないようにね!」
「ああ…世話になった。」
「じゃあね~!」
メイは、赤く紅潮した顔を隠すように踵を返し、ぴこぴこぴこぴこ、と可愛らしい音を立てながら走っていった。汗をかくほど頑張って手当てをしてくれたのに、まだ走るほどの元気があるとは。そんな事を考えながら、ポチョムキンは口付けられた額にそっと手を触れた。あのぬくもりが、まだそこに残っているような気がして。そのまま数分間、彼は固まったように動かず、メイの走り去る姿を見えなくなるまで見送っていた。
 彼の体と、メイの栗色の髪を、本日数度目の穏やかな微風が優しく撫でていく……。



この風に吹かれ
何を想うのか

優しく穏やかに
それは駆けていく

この胸に暖かく
緩やかに吹き抜けて
それはまるで微風の如く

この風に吹かれ
大切な何かを想う……



                                              fin
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