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うろほろぞ
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春が来た。
って言いたいけど、まだ寒い。
寒いせいか学校でもインフルエンザが流行って学級閉鎖になっちゃった。
でも私は全然元気だからおうちでお留守番をしてたの。お昼間にテレビを見たりしてたら電話が掛かってきた。
‘もしもし’
‘遥ちゃんじゃないか。今日は学校は休みかい?’
弥生さんだった。
おじさんがもしかしたら居るかもと思って電話してきたみたい。
私は学級閉鎖の事を話した。
‘そうかい… 実はうちの大吾も珍しく風邪なんか引いちゃって困ってるんだよ全く… なんとかは風邪引かないっていうのにねぇ’
‘そうなんだ…’
なんとかは…っていう所はどんな意味か分からなかったけど弥生さんの声は本当に困ってるみたいだった。
‘桐生は留守かい?’
おじさんは今日はお仕事だから居ませんって言ったら、
‘…そうかい。ちょっと聞きたい事があっただけだからかまわないよ。じゃあまた掛けるからね’
弥生さんが電話を切りそうになったけど、私は急いでるのならおじさんの携帯電話番号を教えましょうかって言ったの。そしたら、じゃあお願いするよって言われたから教えてあげた。

しばらくしてもう一回電話が鳴った。
‘はい、もしもし桐生です’
‘遥、ちょっと頼みがあるんだが…’
おじさんからだった。
弥生さんから頼まれ事で家から届け物をしなきゃいけないんだって。
おじさんに言われて探したものは何なのか分からなかったけど、押入れの中に小さな箱が入ってて、それを持って弥生さん家に行ってくれって。
なんだろう。でも大事な物みたいだから落とさないように持って行った。
お休み中はあんまりあちこちに行っちゃいけないって学校の先生に言われてたけど仕方ないよね。
ちゃんと戸締りをして、弥生さんの所へ向かった。
おじさんはお前一人で大丈夫かって心配してたけど弥生さんの家は前に何回かおじさんと行った事があったし、バスに乗ったら乗り換えしなくても着くし、それに近づいたら大きなおうちが見えるから迷わないもん。

30分くらいバスに乗って、ちゃんと弥生さん家につけたよ。
チャイムを鳴らしたら弥生さん本人が出てきた。
‘遥ちゃん…! あんた一人で来たのかい? そんなもの電話してくれりゃあ誰かに取りに行かせたのに、まあ… 桐生も桐生だねえ。子どもにこんな事をさせるなんて全く’
弥生さんにすごく驚いた顔をされた。
おじさんに頼まれた物を早速渡して帰ろうとしたら、
‘せっかく来たんだから上がっていきなさい’
って誘われた。
そう言われてお部屋に案内されたんだけど…
‘そこのソファに座ってちょっと待ってなさい。丁度ケーキがあるから持ってくるからね’
なんだか弥生さんに言われると断りきれない気がする。早く帰った方がいいとは思ってたんだけど、結局お茶をご馳走になった。
‘ゆっくりしていきな。帰りはうちのモンに送らせるからね。桐生の大事な一人娘に何かあったら私の面目丸潰れだよ’
余計にすぐ帰り辛くなってきた。弥生さんがいれてくれた紅茶は温かくて美味しかったんだけど、飲みながら私は落ち着かなかった。
途中お手洗いに立った時、長い廊下を一人で歩いてたんだけど、大吾お兄ちゃんの声がどこかから聞こえてきた。
‘…あぁ。そうだ’
大吾お兄ちゃんのお部屋のドアがちょっと開いてたから聞こえたみたい。なんか電話でお話し中なのかな。
‘すまない柏木さん。よくなったらすぐに行くから頼む…’
ドアの隙間からこっそりのぞいてみたら、机の前に座ってた大吾お兄ちゃんは電話を切って頭を抱えてしんどそうにしてた。
だから思い切って私はドアを開けたの。
‘こんにちは’
‘…お前、何でここに居るんだ?’
大吾お兄ちゃんはものすごくびっくりしてた。
‘大吾お兄ちゃんが具合悪いって聞いたからお見舞いに来たの’
‘嘘つけ’
嘘ってすぐにバレちゃった。でも半分は嘘じゃないよ。具合が悪いって聞いて大吾お兄ちゃんの事が気になってたんだもん。
私は弥生さんに届け物をしにきたのを話した。
‘あぁ、それな。おふくろ、どうでもいい事人に頼みやがって全く人使い荒いな…’
大吾さんは話すたびに本当に具合が悪そうに咳をしたり、頭が痛いのか顔をしかめたりしてた。
‘大吾お兄ちゃん大丈夫?’
‘…子どもがいっちょ前に大人の心配してんじゃねえよ’
おでこを指でぴんってはじかれた。痛いよー
大吾お兄ちゃんは私をよくこうやって子ども扱いする。
‘私はそんなに子どもじゃないよ’
そしたら大吾お兄ちゃんも反論してきた。
‘お前に前から言いたかったんだけど、俺の事お兄ちゃんだなんて呼ぶなよな。もういい大人なんだから恥ずかしい’
私はきょとんとした。そんな事を大吾お兄ちゃんが気にしてるなんて思いもしなかったから。
‘…えっと、じゃあ…大吾おじさん?’
‘馬鹿いえ。お前、子どもだからって調子乗るんじゃねえぞ。…大吾さん、くらいにしといてくれ’
‘わかった…大吾さん’
なんだか恥ずかしかった気がするけど、元気なさそうだった大吾さんが笑ったよ。
‘ほら。そろそろ帰らねえと風邪がうつるぞ’
大吾さんは私を手で追い払いながら言った。
‘じゃあ大吾さん、早く元気になってね’
‘…見舞いありがとよ’
ちょっと顔が元気そうになった大吾さんを見てよかったなと思った。

その日の夜、家でごはんを食べながらおじさんと話してたの。
‘遥、今日はすまなかったな’
‘ううん。わたし暇だったからいいよ’
それに大吾さんの具合が悪くてお見舞いしてきた話をした。
‘そうか…大吾は調子悪いのか’
‘とってもしんどそうだったよ’
‘あいつ、あんまり風邪引いたりしない奴なのになぁ…’
‘そうなんだ’
お仕事が大変そうだから余計に調子悪くなっちゃったんだよね。
‘遥、お前も風邪引くなよ’
‘うん、大丈夫’
3月なのにまだ寒いからおじさんの体が心配だなぁ。お仕事も忙しいみたいだし。
もしもおじさんが風邪を引いたらどうしよう…
‘おじさんも風邪引かないように気をつけてね。でもあのね…もしもおじさんが風邪引いたら私が一生懸命看病してあげるから…’
‘…あぁ、大丈夫だ。心配するな’
おじさんはにっこり笑って私の頭を撫でてくれた。
うん、でも本当におじさんの事が心配なんだ。
風邪を引かないように、早くあったかい春にならないかなぁ。





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dh*


「ゴメン、もういいよ」
遥は振り返りもせず、部屋を飛び出した。涙が溢れ、視界が濁る。本部の赤い廊下の上を走り、階段を駆け下りる。
「待てよ!」
大吾が大声で呼ぶ。階段の手すりを飛び越えて、今、踊り場を回った遥の後ろに降りると、その腕を掴んだ。
「待てって言っててんだろうが!」
「きゃっ!」
遥の体が、強い力で引き戻される。ドンと背中が壁にぶつかり、縮こまる遥の前で、大吾はまるで逃がさないように、両手を壁について、囲い込んだ。
「遥、顔上げろ」
低く大吾が言う。遥は胸の上に両手を重ねたまま、ボロボロと涙を零していた。
「遥、本当にこのままでいいのか?」
鋭い瞳が遥を見つめる。その視線に耐えられず、遥が俯く。
「お前、これでいいのかよ。本当に、これでいいのかよ」
厳しい声。本当に怒っているんだと遥に知らせる。
「答えろよ。早く!」
怒鳴り声に、遥はビクッと震えた。このままの方が、このまま二度と大吾に会わないほうがいいに決まっている。でも、それを考えるだけで、心が潰れそうになり、涙が止まらない。大吾の革靴の爪先を見つめながら、遥は涙を拭う。
「これが最後だ、遥。答えろ」
怒気を押さえ込んだ大吾の声。震えながら、遥は顔を左右に振る。
「どうしたいんだ?言えよ」
ようやく、遥は顔を上げた。鼻をすすりながら見上げる先で、大吾は真っ直ぐに遥を見つめていた。遥は小さな声で気持ちを告げた。
「ずっと、一緒にいたい」
それは、本当に小さな声だった。大吾はにこりともせず、右手で遥の涙を拭った。
「泣かせて、悪かったな」
言われて、遥は首を左右に振る。直後、大吾の顔が近付いてきた。
「!」
肩越しに見える階段。唇に触れる柔らかい感触。硬直する遥の前で、それはすぐに離れた。
「遥」
名前を呼ばれて、遥ははっと我に帰る。
「わ、私、今キスした」
両手で唇を押さえる遥に、大吾はぷっと吹き出した。
「おい、初めてだったのかよ」
遥がこくりと頷く。大吾の両手が、遥の頬を包み込む。
「じゃあ、二回目だ。目、閉じろ」
言われて遥は目を閉じた。
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冬の空はどこまでも青く広がっている。遥は大きく息を吐いた。
高校生の制服。首から下げられた箱。それはまだとても熱くて、抱きしめる事も出来ない。
「はい、こちらに並んでください」
葬儀場の係の人が遥の腕を引っ張った。よろけつつも、遥は言われた場所に立つ。隣に、位牌を持った弥生が、逆側に遺影を持った大吾が立った。
ここまで、一瞬だったと遥は思った。一瞬で、桐生は箱に入ってしまった。
「それでは、お車にどうぞ」
言われて、遥は我に帰る。東城会の黒塗りの車があった。弥生が助手席に、大吾と遥は後部座席に乗った。
焼き場から、本部に帰るのだ。
膝の上の箱が熱いと遥は思った。もう、涙も出なかった。
「遥」
声を掛けられて、遥は顔を上げた。大吾が心配そうな顔をしていた。
「お前、これからどうするんだ。一人じゃないか。当分、俺んトコロにいろ」
ぶっきらぼうな言い方だが、目が真剣だった。遥は小さく笑った。
「大丈夫。一人じゃないから」
「一人じゃない?」
問われて、遥は俯いた。
「赤ちゃん、いるの。おじさんには言えなかったけど。もう四ヶ月なの・・・だから、一人じゃないの」
「遥、それって・・・」
「うん。だから大丈夫」
言った瞬間、大吾が肩を抱き寄せた。
「大丈夫じゃねえよ。どうするんだよ、ガキが生まれるっていうのに」
「大丈夫だよ」
「ダメだ。お前は俺の所に来い。生まれてくるガキもまとめて面倒見てやる」
捕まれた肩が痛い。遥は静かに目を閉じた。
「大吾さん・・・大丈夫だから」
「俺が側にいれば大丈夫になるんだ。分かったな。お前は、元気なガキを産むんだ」
温かい手の感触。涙が、また視界を曇らせる。
「大丈夫・・・」
大吾の優しさが辛かった。遥は、桐の箱を抱きしめた。
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風の季節

その秋の日曜日、堂島の家には桐生と遥がやってきた。
「こんにちは~」
「お久しぶりです。姐さん」
玄関先に並ぶ二人は、まるで親子だと大吾は思った。弥生はいつも通り、きりっと和服を着て、桐生に言った。
「桐生、わざわざウチまで来てもらって悪いね。本部だと話せないからさ・・・柏木は奥で待ってるよ」
「わかりました」
「遥ちゃん。悪いけど、ウチのぼんくらと待っててくれるかい?」
「はい」
遥が頷く。今日は大吾が遥を預かる事になったのだ。大吾は内心ため息をついていた。もっと大きな女なら、喜びそうな事はいくらでもわかる。ただ、相手は十歳のガキだ。
「大吾さん。よろしくお願いします」
遥はぺこっと頭を下げた。
「ああ」
大吾も釣られて、頭を下げた。

広い庭の見える和室で、遥は縁側に腰を下ろすと庭を眺めていた。堂島の庭は、ちょっとした庭園みたいなものだ。
「大吾さん、紅葉、いつ頃になるんですか?」
遥が振り返りながら聞いてくる。
「さあな。もう少し先じゃねーの?」
答えると、遥は一瞬表情を曇らせ、視線を戻した。大吾から見えるのは、小さな背中だけだ。
どうしたもんかとため息をつく。灰皿と煙草をもって、遥の隣に座ってみた。驚いた遥が、黒目がちの瞳で見上げてくる。
「煙草、吸っていいか?」
聞くと、遥はこくりと頷いた。
「はい。大丈夫です」
「ん」
火をつけて、煙を吐き出す。自分にとって見慣れた庭の、葉の色づく頃なんて知らないのは、もしかしたら変なのかもしれないと思う。
「大吾さん」
「ああ?」
かけられた声に遥を見ると、真剣な表情があった。
「あの、私、ここにいますから、大吾さんはお出かけしてもいいですよ」
「そりゃダメだろ。お袋に叱られる」
「でも、私、邪魔みたいだから」
シュンと遥が項垂れた。一瞬、自分が罪人のように思えた。良く分からないからという理由で、傷つけたかもしれない。小さな手が、スカートを握っていた。その手の甲が、やけに赤い。
「遥。ちょっと手、見せてみろ」
「え?」
驚きつつも、遥は両手を差し出した。小さな手を掴んで、手のひらを見る。その指先は、見事にあかぎれを作っていた。
「どうしたんだ?これ」
「あ、あの・・・ちょと洗剤変えたら、こんなんなっちゃって」
遥が耳まで赤くなりながら答えた。小さくても、遥は一人前に家事をやっていると聞いた。桐生は、この手を知っているのだろうか?恐らく気付いても、そのままにしているんだろう。
「酷いぞ、これは」
「そ、そうですか?」
両手をつかまれたままの遥は、赤くなりながら答えてくる。
「・・・これから、薬買いに行こう。俺が買ってやるから」
「で、でも」
「いいから。どうせ桐生さん達の話し合い、すぐに酒盛りになるさ。ちょっとくらい出かけてもバレねえよ。それとも、俺と一緒じゃイヤか?」
遥は首を左右に振る。初心な反応だと大吾は思った。大人になれば、きっと誰もが放っておけない女になりそうだ。
「じゃあ、行くか」
手を離し、立ち上がると、遥はしばらく自分の手を見ていた。
「行こうぜ、遥」
大吾は右手を差し出す。遥はその右手と大吾の顔を交互に見上げていた。
「手ェ、繋ぐんだよ。危ないからな」
「あっ・・・はい」
赤くなりながら、遥は手を重ねてきた。きゅっと握ると、小さな手は折れそうだ。耳を真っ赤にして、遥は俯いている。
「さ、行くぞ」
大吾が歩き出し、遥がついてきた。歩幅を遥に合わせつつ、大吾は小さな遥をちょっと気に入った自分を発見していた。

その日の夜、桐生家のテーブルには、可愛いピンクの入れ物が置かれていた。
「遥、これ何だ?」
桐生が聞く。台所を終えた遥が戻ってきて、テーブルの上の入れ物の蓋を開けた。
「ハンドクリームだよ。大吾さんに買ってもらったの。手が荒れてるからって」
遥は幸せそうな表情で、手にクリームを塗る。それは丁寧に、指先まで塗りこんで、その後しばらく手のひらを眺めると、嬉しそうに笑った。
「クリーム塗るのが、そんなに楽しいのか?」
「え?」
桐生の問いかけに遥は驚く。
「蕩けそうな顔してたぞ」
「そ、そうかな・・・いい匂いがするから・・・」
耳まで赤くなった遥から、視線を新聞に戻した桐生は、明日、大吾に一言いわなくてはと思った。



月に哭く ~side:遙~








かくりと窓辺まで椅子を引っ張ってきて座る遥の首が揺れる。
窓枠に身体を寄りかからせて大きく開いたソコから夜空を見上げている目は、ほんの僅か潤んでネオンの明かりと朧な月明かりを映していた。



「……ん、」



大きな目を閉じさせようとしている睡魔を追い払うように目を擦る。


「遥ちゃん、風邪引くぜ?」
「…う、ん。大丈夫だよ、大吾お兄ちゃん」
「ってもなぁ…遥ちゃんに風邪引かせたなんて事になったら、お袋にも桐生さんも俺があわせる顔がねぇよ」
「弥生のおばさんも怒るの?」


参ったなと首の辺りを摩りながら組長である自分用の机に腰を寄りかからせた大吾は、くるりと向いた視線に苦笑いを向ける。



「そりゃ、引っ叩かれる」
「ホント?」
「いや、ケリが入るかもしれねぇ」
「嘘だぁ」
「ホントだぜ?」



そう言ってにやりと向く大吾の視線の意味を覚って、遥は声を上げて笑う。


「やっぱり嘘だよ。弥生のおばさんがそんな事するはず無いもん」

「遥ちゃんには甘いからなぁ…俺なんて扱いひでぇんだぜ」

「それはきっと、大吾お兄ちゃんが悪いんだよ?」


きいと軽い音を立てて遥は座るふかふかの椅子を回して大吾に向き直る。

まるで幼子を諭す大人のような声色。
向いた大きな目は、何処までもただ真っ直ぐ。




「…っ、え?」




思いがけない遥の物言いに思わず言葉を失う大吾のその、可愛いと言いたくなる顔にくすくすと遥が笑えばああなんだ冗談かと気付いて大吾も吹き出すように笑う。





「ひでぇなぁ」
「だってぇ」
「なんだか遥ちゃん、…お袋に似てきたぜ?」
「…え?本当に??」
「似てきた似てきた。どうする?将来ウチのお袋みたいに極道の妻、とかになってたら」





勿論、親代わりである桐生がそんな事を許すはずが無い。
桐生にとっての極道という世界は、もう拭いようが無いほど自分の場所になっている。

けれどこの少女は、まだ何にも染まっていないのだ。

だからこそ、当たり前で平凡な優しい未来を用意してやりたい。


誰憚る事無く日の下を歩いていける、そんな生き方。







「…ねぇ、大吾お兄ちゃん…」







ふいと先ほどまでとは違う遥の口調に、冗談だと笑おうとしていた大吾は言葉を止める。


椅子に座って、開かれた窓からの派手なネオンを背に自分を見るまだ幼い少女。

似つかわしくない2つは、けれど遥の向ける何処か大人びた表情で奇妙な合致をしていた。





「桐生のおじさんは、何時か大吾おにいちゃんみたいに組長さんになるの?」

「桐生さんが?」

「……うん」

「え?…わかんねぇけど」

「なるのかなぁ…」





ぽふりと深く椅子に身体を預け、溜息のように言って視線を伏せる。深く座った事で浮いた足がなんとも言えないもどかしさを現したように揺れる。



「…なんで突然そんな事言うんだ?」



先ほど一瞬見せた、酷く大人びた表情。
それでいて今見せている、年相応の仕草。

戸惑うように大吾は遥を見る。

周囲に遙と同じ年頃の子供が居ないからかもしれないけれど、と思う。
このくらいの女の子は、こんな風に二面性をもっているのだろうか。


自分がこの歳の頃は間違いなくもっと子供だった。




「ん、とね…お月様…」

「月??」




またきいと軽い音を立てて遙は椅子ごと窓へと身体を向け、少しだけ首を伸ばして空の高いところで浮かぶ月へと顔を向ける。







「あのね、大吾おにいちゃん」


「ん。なんだ」


「私がね、初めて桐生のおじさんと会った夜も、こんな風に月が綺麗だったんだよ」







あの夜も、やっぱり見上げればこんな風にまあるい月が小さく浮かんでいた。
むせ返るほどの色の洪水のずっとずっと奥で、ひっそりと光っていた月。

ソレを一人で見上げるのは、ほんの少し寂しかった。

ひまわりに居れば誰かが隣に居た。もっと昔、掠れた記憶の中では、誰かに抱かれて月を見た。


だから余計に、たった一人きりで見上げる月はどれだけ自分が孤独なのかを実感させられた。





「おじさんを見上げたら、その後ろに月があったの」

「……」

「それでね、おじさんが私のお母さんを知ってるって聞いた時、嬉しかったんだ…」





何を言いたいのだろうと、僅かだけ大吾は眉を寄せる。

人伝に聞いた桐生と遙の出会った経緯と2人の関係。
複雑に絡んで、大吾にとっても忘れられない事件の結末に繋がった始まり。



「ねぇ、大吾おにいちゃん」



くるりと遙が大吾を振り返る。



「ああ」

「こうやってね、大吾おにいちゃんとお月様が見れるのも私、嬉しいよ」



本当だよと小さく幸せそうに笑うその姿に、どうしてか切なさを感じる。


まだ10歳を少し過ぎたばかりの、幼い少女の笑み。
屈託の無いはずのそれが孕むのは、大人の女ほどの想い。


とくりと、大吾の中で何かが震える。







――あれ、これはどんな感情だ?――







「きっと真島のおじさんとか伊達のおじさんと見ても嬉しいと思うんだ」



優しい優しい人たち。
多分自分に見せている顔が全てではないのだろうけれど、それでも笑って自分の名前を読んで頭を撫でてくれる。




嬉しい。




あの時の泣きたくなるほどの一人ぼっちな自分が消えていく気がする。

だけど、あの時自分に手を差し伸べてくれたあの人には誰も敵わない。







なんでだろう―――。







悲しくなるくらいに、不思議だ。








「でもね、…だけどね…」




ふわりと、大吾の手が伸びて遙の頭を撫でる。そうしてからゆっくりと隣に並び、くいと上半身を窓から出して月を見上げた。



遠い天に浮かぶ月。
龍が舞う天を照らす、柔らかな光。








「良いんじゃねぇか」

「…大吾、お兄ちゃん?…」



自分を撫でるこの手は、酷く暖かい。
だから、泣きたくなってしまう。







「…良いのかな…」







ずっと一緒に、月を見ていたいと思っても。




「駄目な理由なんてあるかよ」


「……」




ついと伏せられた遙の視線。それを隠すように大吾は両手を伸ばすと小さな身体を優しく抱きしめる。






「俺が保障してやっから、大丈夫だ」






腕の中の温もりがほんの僅か震える。
その些細な仕草が愛おしい。

一つ笑うように息をついてぽんぽんとその背をあやすように叩く。

そうしたら次には、腕の中小さくうんと頷く仕草。ありがとうと、消え入りそうな声。



ああと大吾は返して、静かにネオンの隙間に見える夜空へと顔を向ける。





この2人の出会いの瞬間から何一つ変わっていないだろう月。







変わったのは、此方だけ。







明王の腕の中で、龍の愛し子は声を殺して静かに哭くのだ。


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