「ゴメン、もういいよ」
遥は振り返りもせず、部屋を飛び出した。涙が溢れ、視界が濁る。本部の赤い廊下の上を走り、階段を駆け下りる。
「待てよ!」
大吾が大声で呼ぶ。階段の手すりを飛び越えて、今、踊り場を回った遥の後ろに降りると、その腕を掴んだ。
「待てって言っててんだろうが!」
「きゃっ!」
遥の体が、強い力で引き戻される。ドンと背中が壁にぶつかり、縮こまる遥の前で、大吾はまるで逃がさないように、両手を壁について、囲い込んだ。
「遥、顔上げろ」
低く大吾が言う。遥は胸の上に両手を重ねたまま、ボロボロと涙を零していた。
「遥、本当にこのままでいいのか?」
鋭い瞳が遥を見つめる。その視線に耐えられず、遥が俯く。
「お前、これでいいのかよ。本当に、これでいいのかよ」
厳しい声。本当に怒っているんだと遥に知らせる。
「答えろよ。早く!」
怒鳴り声に、遥はビクッと震えた。このままの方が、このまま二度と大吾に会わないほうがいいに決まっている。でも、それを考えるだけで、心が潰れそうになり、涙が止まらない。大吾の革靴の爪先を見つめながら、遥は涙を拭う。
「これが最後だ、遥。答えろ」
怒気を押さえ込んだ大吾の声。震えながら、遥は顔を左右に振る。
「どうしたいんだ?言えよ」
ようやく、遥は顔を上げた。鼻をすすりながら見上げる先で、大吾は真っ直ぐに遥を見つめていた。遥は小さな声で気持ちを告げた。
「ずっと、一緒にいたい」
それは、本当に小さな声だった。大吾はにこりともせず、右手で遥の涙を拭った。
「泣かせて、悪かったな」
言われて、遥は首を左右に振る。直後、大吾の顔が近付いてきた。
「!」
肩越しに見える階段。唇に触れる柔らかい感触。硬直する遥の前で、それはすぐに離れた。
「遥」
名前を呼ばれて、遥ははっと我に帰る。
「わ、私、今キスした」
両手で唇を押さえる遥に、大吾はぷっと吹き出した。
「おい、初めてだったのかよ」
遥がこくりと頷く。大吾の両手が、遥の頬を包み込む。
「じゃあ、二回目だ。目、閉じろ」
言われて遥は目を閉じた。
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