2.伝えたいこと
(エデ7歳くらいで宜しくお願いします。慣れて来た子エデって事で。)
それはファラオン号が中継ステーションから離れ、再び星の海に乗り出したときだった。
ふわりと一瞬体が浮かぶような錯覚、次には外の世界は完全に暗闇と星だけになる。淡い光を放つ柱はその色を濃くし、豪華で美しい東洋的な船室は、一層幻想的な色合いを増す。船が動き出したのだと、幼い少女は思った。外を眺めていなければ、とても今自分が宇宙船に乗っているとは思えない。その考えは今でも変わらない。
「エデ。」
主から声をかけられた。どこか悲しげな微笑で少女を見つめている。エデはそれが幸せでもあり、また切なくもあった。東方宇宙の着物に身を包んだ主人は、窓を目で差し「あれをご覧。」と優しく言った。そこには白を基調とした美しい星々の大河が横たわっていた。あまりの美しさに、エデは感嘆の声を小さく上げる。
「古代東洋で“天の川”と呼ばれていたものだ。知っているか?」
「はい。私の国にもその名と伝説がありました。ですが、こんなに間近で見たことはありませんでした。とても、とても美しいものですね…。」
音も無い世界、絹色の闇が支配する世界。二人は黙ってその天の川を眺めていた。
「伯爵はわたくしに幸せになって欲しいのですか?」
エデは小さく質問する。伯爵に届いたようだが、彼はゆっくりと目を伏せただけで、何も言わなかった。たとえ一時エデを絶望の淵から救ったのが自分とはいえ、再び更なる絶望に彼女を放り投げるのもまた自分なのだ。だから答えない、だから目を伏せるしかない。エデもそれを全て理解するにはまだ幼すぎたが、伯爵が自分を想っていることだけは感じることが出来た。だからこんな質問をして、答えがないのは肯定の意だと理解し、可憐な花のように微笑む。大人びた笑み、だがそれは無理して作られたものではない、だからこそ不思議に気高く美しく、見る者を惹きつける微笑だった。
「伯爵が幸せになって下されば、わたくしはもっと幸せです。」
二人は雑談をすることなどは滅多になかった。傍に居れれば良いのだ。だから唐突に見える会話も、彼等の間では普通なものだった。
「伯爵が幸せなら、皆も、わたくしも、幸せなのですよ。」
…やがて根負けしたように主が溜息を一つ零す。心地良い諦めの色が滲んでいた。愛し子の頭にそっと手を当て撫でてやる。少女は背が少し伸びていた、成長しているのだ。
想いや幸せなど復讐の刃を鈍らせるだけ。それが解っているから斬り捨てて生きてゆこうとしている反面、それを望み、湾曲した形で求めている自分に呆れてしまう。そして居るだけでそれを望むまま与えてくれる、家来やこの少女が本当に大切な存在だった。
いずれその想いすら打ち壊し、彼等に破滅と絶望を与えてしまう事が解っていても、救われないような別れをすることが解っていても。今は、せめて今だけは、彼等と少女の幸せを願ってやりたかった。そう思って出てきた声色はこれ以上ないくらい穏やかなもので、伯爵は心の中で驚いた。
「お前がそう思ってくれるという幸せがあるのに、これ以上どうやって幸せになれと?」
途端、エデの頭の中が目を覚ました。伯爵が自分に対し幸せについて意見を求めている。これは…良い機会かもしれない。エデは少し前からずっと考えていた“お願い”を、主に対して進言する。
「ではベルッチオの料理を食べて下さいませ。」
「…ほぉ。」
想像しなかった事を言われ、弛緩した思考も手伝い、多少間の抜けた声が漏れてしまった。しかし愛し子は真剣そのもので、具体案まで考えている。
「まずは皆で晩餐を囲みましょう、それに慣れたら朝起きたときに軽く食べるようにして、仕上げにその真ん中にまた食べる習慣をつけたら良いのです。」
エデの持論で、薬が喉を通るなら、頑張れば食事だって通るはずとゆうのがあるらしい。それはありえないのだと自分の体について説明するのは、この幼い子には残酷であろうとためらわれて…そうなると、やはり苦笑するしかないのだ。
「伯爵はご存知ないかもしれませんが…ベルッチオが食事を下げ厨房に行くと、溜息を一つ、とてもやるせないのをつくのですって。わたくしバティスタンから聞きました。」
あの家来は本当にどうしようもない話題しか少女にしないらしい。
「機会があれば厨房を覗いて下さいませ、これもバティスタンから聞いたのですが、いつもベルッチオは料理を作るときにお願いごとをするんだそうですよ。」
あの屈強な男がお願いごと…いや差別する気は無いが、凄いメルヘンタッチで全然想像が出来ない、どんな光景だ、それは。伯爵が苦笑の表情のままで固まっていると、エデは「よろしければ今日一緒に覗いてみましょう。」と言ってきた。普段は大人しいのだが、やろうと決めたら聞かない子だとは知っていたので、小さい手に引っ張られながら、お忍びよろしく、ベルッチオが厨房に入るのを見計らって一緒に覗く。
「ベルッチオがいますよ伯爵、静かにしていましょうね。」
エデはとても楽しそうだ。いくら大人びているといったって幼子には違いない、わくわくしているのだろう。伯爵としてもベルッチオが料理を作っている所なんて見たことがないので珍しいと言えばそうなのだが…。
ベルッチオはてきぱきと5人分の晩餐を作っているらしい。格別怪しいことはないが、包丁で食材を切っている時に何かブツブツ言っている。包丁の小気味良い音でうまく聞こえないが、伯爵の聞こえが良い耳にはきちんと届いたようだった。
『食料廃棄が今日こそ一人分なくなりますように』
「………。」
伯爵はゆるりと隣にいるエデに顔を向ける。エデには残念ながら“お願いごと”を聞き取れなかったが、伯爵の表情で察しがついたようだった。
「ね。伯爵に食事をしてほしいと、お願いごとしていましたでしょう。」
自分の予想が当たったことでほんのり喜ぶ幼い少女の隣で、伯爵は青白い顔を一層青白くして微笑んだ。
「…今日くらいは善処しよう。」
主の精一杯の譲歩を聞いて、エデは普段通り控えめではあったが、嬉しさで顔を輝かせた。
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『得意分野はマーシャルアーツ(て何?)と料理!!しかし主人は食事しません!!』
…これは絶対切ないって…涙出るって。敬愛する主に得意なもので貢献出来ないって。
しかも本編でメルセデスのブイヤベースは食べたと言うんだから、悲劇性拡大!(笑)
頑張れエデ、伯爵は君には少し弱い筈だ。伯爵に強く進言できるのはアルと君くらいだ!
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