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■K.das Kind 子ども

伯爵の手記より

○月×日。
 フェルナン・モンデゴの犠牲になった、ジャニナの王女を買った。名をエデ、年のころは4つ。共に売られた母親は絶望と憎悪の果てに死んだとのことだ。
 「生き証人」として、復讐の時まで記憶が鮮明か否かの不安はあるが仕方がない。却って幼い子供の方がより残酷に相手を攻撃できるかもしれない。だが復讐はまだ時期ではない、情報も準備も足りない。フェルナンは王妃と王女を売った金と、戦役の英雄として、また何か行動を起こすはずだ。友から教えられた智恵と、目の当たりにしたあの戦乱で、フェルナンの行動はこれで終わらないと思った。奴がここまで全てを利用して、何を始めようというのか。
 しかし、そんなことは問題ではない。機会を息を潜めて待っていよう。奴が最後の最後でという所で、何もかもを奪い去ってみせよう。私も、全てを利用して。

○月×日
 早速問題が起こった。エデは私以外の者を見もしないというのだ。ただただ俯いているだけという。私にも、敬愛と悲しみの目を向けるだけで、声を出すことはしない。まだ、心の傷と折り合いがつかぬらしい。癒すことも乾くことも不可能であろうが、納得しないことには先に進めはしない。

○月×日
 ベルッチオがエデに食事を持って行き続けているが、相変わらず食べないと言う。もう4日にもなる、そろそろ限界だろう。食事以前に、スパタ号にまだ慣れないのか、与えた部屋にも隅でうずくまり何もしない。そのまま塞ぎこまれては困るので、ジャニナの品を数点、部屋に置いてみる。宮殿の品であったという琴は手渡しでくれてやった。少女は目を見開き、琴を握り締め、そのまま、無表情のまま頬に涙を零し続けた。その姿は、実に痛々しい。私はまた静かな怒りを湛えた。
 泣くことすら、素直にできぬというのか、4歳の少女が。子供から表情を消し去る行為に何の意味があるというのだフェルナン。お前には5つの息子がいるのだろう、その子供を通して何も感じないのか。お前は一体どこへ行ってしまったのか、もう私には解らない。いや…解りたくも無い。

○月×日
 私にしか懐かぬのなら仕方がないので、食事と就寝の時は傍にいてやることにした。椅子に座っているだけで、彼女がこちらを向けば微笑むだけなのだが、それだけでも少女は十分らしい。食事もか細いものではあったがとるようになってきた。残った食事は厨房でバティスタンが全て平らげているという、相変わらずな男だ。だが、廃棄するよりは、エデもバティスタンも心持ちが楽であろうから、咎めることは止めておいた。常に食事の時に傍に居てやると、逆に私がいつ食事をとるか不安に思うらしい。こちらを伺うような目線を投げかけてくる。その度、私は持っている薬を取り出し、だから安心するがいいと努めて優しく言い聞かせた。それでも納得しなかったので、また仕方がなく彼女が食事を取っているときは私も一緒に薬を摂取するようになった。
 こちらばかりが妥協していると思うのは気のせいか。

○月×日
 エデが夜中にいきなり泣き出した。言葉は混乱して乱雑なため理解し難いが、ここ数日子供らしくない大人しさであった為、少し安心する。が、あまりに酷いのでなだめようと軽く頭を撫でてやる。こちらを驚いたように見詰めて、感情が抑えきれなくなったようでこちらに抱きついてきた…と思ったらそのまま固まってしまった。
 見るとこの肌のあまりの冷たさに凍えたらしい。慌てて(勿論、眉一つ動かさなかったが)バティスタンに湯を持ってこさせたら熱湯を持ってきた。どうしてこの男はこうもピントが合わないのか。仕方がないので私が湯水の中に腕を突っ込んで程よく冷やし、布を暖めて看病してやる。自分の結晶肌をここまで切なく思ったのは初めてだ。血が通わない身体なので、許してもらいたい。

○月×日
 少女を買ってから数ヶ月、今日は私らしくもなく嬉しい出来事があった。
 エデは最近よく私の後ろをついて回るようになったのだが…私は復讐の計画を練ったり情報を整理したり、友と折り合いをつけているだけで、私の周りにいても楽しいものは何も無いはずなのだが、後ろにいるだけで良いらしい。まるで背後霊だが、不快な気持ちにはならなかった。
 振り向いて眺めるとまっすぐにこちらの瞳を見つめてくる。薄く笑うと笑い返す。それが不思議だったのか、ふとエデの唇が動いた。
「…伯爵?」
 ささいなことだが全身が総毛立つような錯覚を覚えた。始めて私の名前(適当につけた爵位だが)をエデが呼んだのだ。淡いソプラノの声が美しい。前から慕っている素振りは見せていたが同時に恐れていたようであったので、声はか細く、こちらの名前を口にすることはなかったのだから感動して当然だろう。これはあれだろうか、始めて子供にパパと呼ばれるような感動だろうか。違うようにも感じるが一番近い感情はそこだろう。また凍えられたら大変なので抱き締めこそしなかったが、一人なら感動に身を任せるところだ。
 可愛いと思う。実の娘を育てているような錯覚にも陥る。寡黙で表情が乏しいが(私にもアリにも言えるが)、素直で真面目で、美しい魂だ。…運命にもしもなどという言葉は通用しないが、もしも私がエドモンのままで生きていたのなら、メルセデスと共にこの様に子供のささいな行動に一喜一憂したのだろうか?あのままなら私は船長なのだから、滅多に妻と子には会えないだろう。子供は私を慕うか嫌うかどちらかになるだろう…あとは完璧に客扱いされるか、だ。帰ってくる度に未知の世界の話や、物珍しい品を見せながら話せば、子供が少年なら嬉々として慕ってくれるだろうか?と一通り空想してみる。だがこう考えても実におぼろげに霞むだけで何の感情も湧かない。想像以上にイフでの生活は、私から夢想や甘さを消し去っていたらしい。
「いかがなさいました?伯爵。」
 不審に思ったらしいエデが尋ねてくる。ああ可愛い、もうどうでも良いとまで感じた。34歳(友を入れると約1000歳)にもなって何を考えているのだか馬鹿馬鹿しい。

○月×日
 私はあまり温度を感じない体になったのだが、最近は解るようになってきた。エデが普段より私に近づいて来たなら今は暑い、逆に私から離れるなら寒いのだ。正直、解った途端に虚しくなった。子供はなんて素直で正直なのだろう、残酷だ。船内の温度を今までより平均2度上げることに決めた。

○月×日
 必要に迫られて一家総出で宴に出ることになった。皆正装に着替える。エデは普段見慣れている私やベルッチオを物珍しくみた後、普段と全く変わらない姿でいるバティスタンの傍に寄り、じっとアリが出てくるのを待っていた。アリは私が買い取った辺境惑星の者で、人型をしているが人間ではない。それでスーツを着たらどうなるのだろうと少女なりに考えているのだろう…特に足が。アリの足は軟体のまま大きく弧を描いている、靴はどんなのだろうと考えると止まらない気持ちはよく解る。私も彼を死から救ったのは、彼の悲惨な人生を酌んだこともあるが、どちからと言えば気紛れで、更に言うとその姿に少し興味を覚えたからである。僕として甲斐甲斐しく働いている彼にこのことを言ったら流石に不躾というものであろう。
 そう考えているうちにアリがやってきた。格別なんてことのない、普通の正装だった。靴は爪先が軽くめくれている程度である。彼は軟体なので、多少体を曲げたりしても何の不都合ないのだ。
 エデが一瞬つまらなそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
 最近エデはバティスタン達ともうまく行くようになったらしい、良いことだ。

○月×日
 友は私に自由をくれた。智恵と力、それに時間。これで全てを利用し、傷つけ、彼奴らから何もかもを奪って、終わることの無い苦痛を与えるつもりだ。エデもまた、その道具に過ぎないはずなのだ。だが、どうしてだろうか?復讐にこの幼い少女を、私は贄として捧げることを、心の奥底で恐れている。
 友は私の一番近い場所に在って、『私が私でなくなる時』まで、ただ見守ってくれると約束してくれた。モンテ・クリスト伯がモンテ・クリスト伯でなくなる時、それは復讐が完遂された時に他ならない。その時は心も身体も凍りついた魂も、全て友にくれてやろう。契約のままに。だが…
 エデ、お前がこの気持ちに縛られることはない。
 純粋で美しい魂よ、お前はお前の気持ち一つで羽を持てる、何にでもなれるのだ。

 パリに着いたら、今一度問おう。自由を捨ててまで、私についてくるのかと。
 それでも共に歩みたいと言うのなら、もう何も言いはしない。お前の望むようにすれば良い。

 だが私は祈らずにはいられない。
 お前の未来が希望に溢れることを、お前が幸せになれるようにと。

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伯爵はマメな男だと勝手に思っています。後、ロマンティストで詩人ですよね。
エデとは父娘で同士で、何よりお互い愛おしい存在であったら良いな…。しかし馬鹿馬鹿しい(笑)

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