■J.der Jungfrau 乙女
伯爵が仕事等の為に外出をする時、バティスタンは留守番を言いつけられる方が多かった。
まぁそっちの方が気楽ではある。
ベルッチオは伯爵の従者としては古参だし、強面ではあるが自分より百倍礼儀正しい奴だ。アリは正直何だか良く解らんがやはり古参だし、自分より千倍礼儀正しい奴だ(無口で憎めない顔つきだから、勝手にこちらがそう思っているだけかもしれないが)。その二人で事足りる。故に自分を連れて行くなど荒っぽい事がある時くらいか。
まぁ別にホント気楽なので構いはしないが。
「…。」
そんな訳で現在も留守番真っ最中だ。地下宮殿に咲き誇る花をボンヤリ見ながら暇を持て余している。
暇だ。ありえないくらい暇だ。
かといって今日は別に買出ししたい物はないし、家事をするなど冗談ではない。遊びに行っても構わないが…そこまで考えて、ちらと傍らに居る姫君を見やる。
花に囲まれ、白雪の肌に翡翠の髪をした気高さ溢れる少女。部屋に居ようが偽りの陽の元に居ようが、琴を片手に佇む姿は変わらない。
実年齢に不釣合いな大人しさに最初は戸惑ったりもしたが、交流を重ねてゆけば幼さや可愛らしさも確かに存在している事が解る。ただ、そうならない状況に置かれて来て、今も置かれているという事なのだろう。それを可哀想とか不幸だと言うつもりは無い。そんな意見は、優しさですら無いのだから。
「…。」
彼女は相変わらず穏やかに存在するばかり。作り物、人形と言われていた事を思い出す。
そんな事は無い、そんな事は無いのに…確かにこの様を見ると、そう考えられても仕方が無い。
無性にざわつくものを感じて、彼女に声をかける。
「…このコスモス綺麗っすねぇ、ひぃさま。」
凄い語りかけだ。
しかし微笑んでゆっくりとこちらを振り向いた姫君が突っこんだのはそこではなかった。
「バティスタン、これはコスモスではなく、マーガレットですよ。」
「げ。」
失策だ。ただの花と言っておけば良かった。そうすればこんなささやかな恥をかかずに済んだものを。
固まっているバティスタンに少し声を出して微笑みながら、さりげなくフォローを入れる。
「ここには季節がありませんから、間違えてしまうこともあるでしょう。」
そうなのだ。この地下宮殿には星図が巡り回ってはいるが、同じところを繰り返すだけで進まない。
故にこの世界は一番美しい姿のまま、時を淀めて存在する。花もまた同じ。
「じゃあこいつらずーっと飽きずに咲いてるんですね。」
地下宮殿が綺麗だとは思え、どこか恐ろしいと感じるのは、そのせいかもしれない。
ただ時折眺めていたら桃源郷のように美しい場所でも、そこでずっと暮らしてゆけば歪みばかりが目につき、優しい光にただ憐憫の情しか抱かず、やがては何も感じなくなってしまうのだろう。
「いつか、必ず枯れてしまいます。偽りでも生きているのなら。」
姫君はそう言って、沢山の花を茎の部分から手折る。そしてくるくると編み上げる。
「どんなに輝かしいものをそのままにしておきたくても、叶わないことは良く知っていますから」
出来上がったのは花冠。やがては枯れると解っていながら、ずっとこのままで在りそうな美しさで。
「だからこそ一生懸命に、こんなに美しく咲き誇っているのかもしれませんよ。」
姫君のささやかな遊び心だろう、それをおもむろにバティスタンに被せようとして手を伸ばした。
しかし身長差が災いして、頭の上に置くことが叶わず、ぽすりとリーゼントにかかる結果になった。
黒髪に黄色の花が目立ちまくり、何と言うかコメントに困る可愛らしさがある。お互いに固まってしまった。
「……ごめんなさい。」
少し目を泳がせて、俯く。手が申し訳なさそうに彷徨っているのが可愛らしい、声も少し震えている。
「笑いたきゃ笑ってもいいんですぜ。」
とゆーか笑って頂きたい。このままでは自分が居た堪れない。
ほら、と言わんばかりに肩に手を置くと、姫君は驚いて反射的に相手を見上げる。
そしてその顔と頭を確認すると、困ったように、面白そうにクスクスと笑い出した。
それで構わない。あーどうもどうも、とバティスタンも笑い出す。
しかしあまりにも笑われるので、とうとうその花冠を自ら取り、姫君に被せてやった。
笑いながら花冠に白い手を添える姫君の姿は、とても可愛く、幸せそうなのに。
全てが有効期限付きだということが歯痒い。しかもその期限は、もうじき訪れる。
このままで居れたら良いのにな
でもそれはきっと出来ない
停滞を赦されない体、平穏を赦さない心をもった彼女の主人が良しとしないから
彼女の一番大切なかの人がそれを最も愛し、それを最も憎んでいるから
嗚呼、このどうしようもない歯痒さをどこにぶつければ良いものか
彼女?主人?それとも運命?または何も思いつかない自分自身か。
そこまで思考を回して止めた。元来インテリは苦手だし、答えなんてありやしない。
自分は復讐劇では裏方だし動機もない。故に時折、彼等が愚かしく見える事すらある
でも、だからこそこの家で復讐に縛られていない自分が出来ることをしようと思う
この痛ましい程に気高き姫君の為に
従者でも騎士でも道化師でも何でも構わない、彼女がその時一番求める立場で
彼女が深い哀しみに落ちて、涙が止まらなくなるであろうその日まで
少しでも多く笑っていられるようにと
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バティさんはどっちかっつーと伯爵よりエデの為にあの家に居る気がしますTV版。
いや伯爵の事も大事でしょうが、復讐<アリ<伯爵<兄貴<ご飯<<<<<ひぃさまだよね?
やがては哀しみの先に存在する未来にも、視野を向けて頂くのが希望ですビバ捏造未来。
05/12/2006.makure
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