窓からさし込む暖かい春の陽ざし。
軽くはためくカーテンの向こう側には、愛し子の眠るゆりかごが見えて。
こじんまりとしているけれど、それでもずっと望んでいた情景。
ずっと欲しいと願いつつ、でも決して手に入らないものと諦めていたもの。
願ったのはほんの小さな幸せ。
小さくても、愛する人に囲まれた、暖かな家庭。
生まれたときから、それは叶わぬ夢だとわかっていた。
それが許される境遇でも、認められる環境でもないと幼いころから身にしみてわかっていた。
目も眩むほどの華やかな暮らし。
それと引き替えに、お互いの関係は凍てつくほど冷たい。
誰もが本心を仮面の下に隠して生きている。
私が生まれたのはそんな偽りに満ちた場所だった。
小さくていい。華やかでなくていい。
ただ、日溜まりの暖かさが欲しい。
かなわぬことと諦めつつも、でも心の奥底でずっと望んできた幸せの情景。
それが今・・・・・・ここにある。
穏やかで優しい空間。
あと一つ。
あと一つのピースさえ揃えば。
この幸せは完璧なものとなるのだけれど。
「それは・・・・・・贅沢というものかしらね」
欠けているピース。
足りない幸せのひとかけら。
そう、ここには。
・・・・・・彼の姿がない。
ここに彼さえいれば。
もう他に望むことなんてない。
でもそれは本当に、望むべくもないこと。
得られないと思っていた幸せを、もうこれだけ手にしたのだから。
「それ以上望むのは、罰が当たるというものね」
窓からさし込む陽ざしに手をかざす。
穏やかな春の光に、薬指にはめられた指輪がきらりと光った。
シンプルな、それでいて美しく輝くプラチナリング。
今、私と彼を繋ぐのはこの小さな指輪だけ。
あの日、指にはめられたこのリングを見て彼は、なんだこれはというように眉をしかめたけれど・・・・・・はずしはしなかった。
「まだ持っていてくれているかしら」
私が彼にあげたただ一つのもの。
こんな不確かなもので、彼を縛れるなんて思っていない。
ただ一つくらい、証が欲しかったのだ。
彼と過ごした日々の証が。
彼はまだこの指輪のことを覚えているだろうか。
気にもとめずに、もうどこかにやってしまっただろうか。
それともいつも側にいるあの男が捨ててしまっただろうか。
何の障壁もなく傍らに在れるあの男が妬ましくないといったら嘘になる。
でも、私にも彼にできないことができる。
「あらあら、お目覚め?」
眠っていた娘が起きたようだ。ゆりかごの中でもぞもぞと動く気配がする。
「おはよう。サニー」
手を伸ばして、ぷにぷにとした頬をちょんとつつく。生後間もない赤子の肌はびっくりするほど柔らかい。
きゃっきゃっと赤子もその小さな手を伸ばして私の指を掴む。
大きく開かれた瞳は・・・・・・彼と同じ真紅の色をしていて。
この娘が間違いなく彼の血をひいていることを物語っている。
そう・・・・・・私にはこの娘がいる。
この娘が私と彼とを繋ぐなによりの絆。
「あなた、お祖母様似ね」
髪の色は私と同じ栗色だが、顔立ちは彼の母親を彷彿とさせるものがあった。
彼の母親。「紅い魔女」。
幼いころに二、三度会ったことがあるだけだが、美しい人だったと記憶している。
黒く長い髪に強い意志の光を秘めた真紅の瞳。
娘が生まれたとき、彼女の名をもらうことに何の躊躇いも感じなかった。
むしろそれがごく当たり前のことのように、自然に娘をその名で呼んでいた。
「サニー」
呼ばれたのが自分の名だと、もうわかるのだろうか。
祖母と同じく強い魔力を秘めた娘。
この娘はどんな生涯をおくるのだろう。
国際警察機構とBF団。
どちらの組織も強力な能力者は喉から手がでるほど欲している。存在が知られれば必ず組織の手が伸びてくるだろう。
そうなれば、どちらに転んでも平穏な生活など望めない。
それでも。
「きっと誰もが振り返るような美人になるわよ」
諦めさせたくない。
小さくても幸せを、その小さな手に掴むことはできるのだと。
教えてあげたい。
そして私にも。
・・・・・・幸せをちょうだい。
暖かい春の光につつまれた、小さいけれど優しい家庭。
初めて得た幸せな情景。
この幸せが泡沫の夢のようにいつ消えるかわからないものであっても。
ずっと陽の下で暮らしていけたらと。
それだけを願った。
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なんだかとってもわけわからないほどオリジナルですが、説明するのももう面倒になってきたので(オイ)謎は謎のままということで・・・・・・
どうやら彼女は生まれたばかりの娘を連れて逃避行中のようです。娘を超能力者集団に入れたくない一心からのようですが。でも結局はオヤジに引き取られて、悪の組織入りなんですな(笑)。
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