覚えているのはその背中だけ。
振り向くことのない背中。
さしのべられることのない手。
かけられることのない言葉。
彼の中に私は存在していない。
「そんなことはない」
嘘よ。
嘘よ、おじさま。それは優しい嘘。
彼の目は私をうつさない。
好きも嫌いもない。
無関心。
それは・・・・・・なによりも哀しい。
自分の存在が否定されているのだから。
それでも。
彼は私の父で。
私が此処に在るのは。
・・・・・・彼のせいなのだ。
父が消息を絶った。
あまりに不可解なその消え方に、まわりは騒然としていた。
「アルベルトに何かあれば、お前にわかる。だがまだなにも感じないということは、彼は無事ということだ。そうだな?サニー」
私に、というよりは自らに言い聞かせるような彼の言葉。
そして彼は私が頷くことによりほっとする。
でも。
私が頷いたのは、彼を安心させるため。
本当は・・・・・・確証なんて無い。
確かに私と父はテレパシーで繋がっている。
でもそれは、一方通行。
私の回線はいつもオープン。送信も受信も、自分の意志ではコントロールできない。
だが父は。
・・・・・・いつでもその回線を切ることができる。
父の声なんて聞こえない。
父が・・・・・・私を呼ぶことなんて無い。
一度も。そう、一度も。
父の声が聞こえたのはたった一度だけ。
一年前のあの日あの時。
身を引き裂かれるような悲痛な精神の声。
父の精神にふれた一瞬。
最初で・・・・・・そしておそらく最後の。
あの日以来、父はいっそう遠くなった。
その姿が、霞んで見えなくなるほどに。
私はまだ子どもで。だから誰も教えてくれない。
何が起きたのかを。何が起きているのかを。何が起ころうとしているのかを。
父が何をしたかなんて知らない。
父が何を考えているかなんてわからない。
何も知らない。何もわからない。
それでも。
彼は私の父で。私のたった一人の肉親で。
通じあえるのは、一緒に過ごした時間の長さでも、交わした言葉の数でもなく、この体に流れる血のためで。
「お父様・・・・・・」
父の声を聞くことはできない。
でも。
父には私の声が聞こえるだろうか。
「お父様」
私には何もできない。ただここで祈るだけ。
優しい言葉もいらない。さしだされる手もいらない。
ただ。
此処にいて。
私はただ祈った。
胸の内に広がって消えない不安から、逃げるかのように。
心のどこかで、その不安が的中することを知りながらも、それに気づかぬふりをして。
ただ。
祈る。
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