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うろほろぞ
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バレンタインの贈り物

 赤い陽が沈んでゆく。
 照り映える光を受け、少女はまぶしそうに目を細めた。かすかなため息が白く凍る。
 ばさっ。
 静寂を破り、樹の下に立つ少女の頭に雪が落ちた。それとともに、低い男の声が降ってくる。
「おい、サニー、そんなところで何たそがれてんだ」
 サニーは声の主を振り仰いだ。聞き覚えのある声。
 視線は、最後の一条の光に照らし出された赤い仮面をとらえた。それも束の間、男の姿はすぐに闇の中に溶け込んでいく。
 あまり面識はなかったが、仮面の男が十傑集のひとりであることは、サニーも知っていた。
 父と同じ、十傑集。
「あ、あの、レッドさん!」
 レッドの姿を慌てて追いかけるように、サニーの声は木立に響いた。
「そんな大声出さなくとも、オレはここにいるぞ」
「ひゃっ」
 思わずサニーは、素っ頓狂な声を上げてしまった。いつの間に、レッドはサニーの背後に立っていた。
「こんな寒いところにいつまでも立っていると、風邪引くぞ」
 雪の降った林の中は、ひときわ寒い。
「え? あ、はい。それもそうなんですけど‥‥‥」
 歯切れの悪いサニーの返事に、レッドが苦笑した気配が伝わる。
「おい、雪、被ったままだぞ」
 慌ててサニーは、頭から雪を振り払った。傍らに立つレッドは、無言のままその様子を眺めている。
「私に、何かご用でしょうか?」
 すっかり雪を払い終わったサニーは、自分より背の高いレッドを、下から覗き込むようにして訊ねた。辺りが暗くて、レッドがどんな表情をしているかわからない。もっとも、視界が明るかったところで、仮面の下の表情を窺い知ることもまた、難しかったろうが。
「そうだな。別に用ってわけじゃないが‥‥‥どうせアルベルトのことで悩んでいたんだろう」
「‥‥‥」
 図星だった。
 その言葉に、サニーは俯いてしまう。
「はん。去年は用意していたチョコレート、渡せなかったんだろ、アルベルトに」
 確かにそうだった。
 去年のバレンタインデー。父であるアルベルトにチョコレートを渡そうと、用意はしたのだ。樊瑞にも協力を仰ぎ、十傑集の会合の日程まで調整してもらった。
 会合が終わってから、サニーは用意していたチョコレートを、十傑集の一人ひとりに手渡していった。そして最後に残ったのが―――
 結局、父にチョコレートを手渡すことは、サニーには出来なかった。一番最後にアルベルトの前に立ったサニーは、しっかりとチョコレートの箱を抱えていた。渡すのが、こわかった。
 セルバンテスが、何の感情も表さないで、じっとサニーを見下ろすアルベルトを小突いた。
 その途端、サニーの中で何かがはじけて、駆け出してしまった。
 それだけだ。
 しかし、苦い思い出だった。
 ふわり。
 自分の中の思いに浸っていたサニーの首に、何か温かいものが巻きつけられる。
「‥‥‥いいんですか?」
 巻きつけられたのは、レッドがしていたマフラーだった。
「次期十傑集候補に、風邪を引かれてしまっては困るからな」
 注意していれば、声に幾分からかうような調子があったのに気づいたかもしれない。
 それに気づいたふうもなく、サニーはちょっぴり気恥ずかしげに、マフラーに顔をうずめた。
「ありがとうございます」
「送ってやるよ」
 サニーの肩を、レッドが押し出す。
 雪を踏みしめる2人分の足音が、窓から漏れ出る光へと向かっていく。
「たかがチョコレートを渡すだけだろ? あんまり悩まないで、さっさとアルベルトに渡してやれよ」
「たかが‥‥‥ですか」
 頭上から降ってくるレッドの言葉に、サニーは小さくつぶやく。
 その言葉は、サニーにとってショックだった。
 手の届くところにいても、けっしてアルベルトを父と呼ぶことはないのだ。それが、親子の縁を切ったということだった。
「悩んでいるより、行動したらどうだ。アルベルトだって‥‥‥ほら、着いた」
 2人は話しながら、いつの間にか家の前まで来ていたのだ。父の友であり、自分の後見人でもある樊瑞と住む家。
「じゃあな」
「待ってください、レッドさん! 『だって』‥‥‥なんだというんですか!?」
 しかし、身を翻したレッドがサニーを振り向くことはなかった。
(お父様だって‥‥‥)
 先ほどレッドが言いさした言葉を、サニーは反芻してみる。
 そのまま時が止まってしまったかのように、少女はその場に佇んでいた。

*          *          *
 市松模様の盤面に、白と黒の駒が踊る。
「フフフ、チェック・メイト」
「む、これは‥‥‥」
 キングの退路は完全に絶たれている。最強のクィーンもポーンに阻まれ、王を助けることが出来ない。
「どうだ、アルベルト。私もだいぶ腕を上げたろう」
 男はそう言うと、自慢げにナマズ髭を引っ張り上げた。
「確かにそれを認めぬわけにいかんな、セルバンテス」
 答えるアルベルトは、盤面を睨みつけている。どうやら頭の中で、今のプレイを再現しているようだ。
「ふむ。勝負はこれくらいにして、ひと息入れようか」
 セルバンテスに促され、アルベルトはようやく盤面から目を離した。
「ちょうどお客人もいらしたようだ」
「失礼する」
「こ‥‥‥こんにちは」
 ドアの前には、樊瑞と、後ろ手に袋を下げたサニーが立っていた。
 サニーとアルベルトの視線が、一瞬だけ合わされる。
「今、お茶の用意をさせるから、あちらの部屋へ行こう」
 さっと立ち上がったセルバンテスは、やって来た2人を招き入れる。
 樊瑞の後について部屋へ入ったサニーは、すぐに足を止めた。
 何かを感じて、樊瑞が足を止める。セルバンテスも振り返った。
「‥‥‥私に何か用かね?」
 目の前に立ったサニーを、椅子に座ったままのアルベルトが見上げる。
「あの‥‥‥これ‥‥‥」
 頬を上気させながら、サニーは意を決したように一気に言い放つ。
「受け取ってください、お父様!」
 ぎゅっと目を閉じ、サニーはアルベルトに向かって小さな包みを差し出した。
 その様子を、樊瑞は眉根を寄せながら静かに見つめている。セルバンテスはクフィーヤの下で、口の端をわずかに吊り上げた。
 差し出された包みをアルベルトはそっと受け取った。
「ありがとう、サニー」
 そう言って微かに笑ってみせる。当たり前のように。
 サニーの胸に、じわりとあたたかいものが広がる。
「えっと、今度は誕生日にケーキを焼いてきますね、お父様」
 華のような笑みを浮かべると、サニーはくるりと振り向いた。
「はい、これ、おじ様方に」
 樊瑞とセルバンテスに、同じような大きさの包みを手渡す。
「ありがとう、サニー」
「ありがたくいただくよ。良かったじゃないか、アルベルト」
 何がおかしいのか、樊瑞とセルバンテスはにやりと笑いながら視線を交わす。
 咳払いをひとつすると、アルベルトは椅子から立ち上がった。
「今日はよく晴れたな。降り積もった雪もこれでだいぶ解ける」
 アルベルトの言うように、外はいい天気だった。
「セルバンテスのおじ様、お庭を見てきてもいいですか?」
「どうぞ。でも、あまり遅くなってはいけないよ。お茶が冷めるから」
「はい」
 嬉しそうにサニーは駆け出した。
 後姿を見送ったアルベルトは、ぼそりとつぶやいた。
「まったく、子どもだな」
「それにしても、さっきはだいぶ動揺していたみたいじゃないか、アルベルト」
 さすがに樊瑞の目は誤魔化せない。
「あの子に父と呼ばれるのも悪くないんじゃないか」
 そう言ってセルバンテスは人の悪い笑みを浮かべる。
「まったく、いい加減にしないか、2人とも」
 アルベルトは不貞腐れた様子で茶の席に着いた。

*          *          *
 広い中庭をひとしきり散策し終えたサニーは、部屋へ戻ることにした。
 強い日差しは数日来の雪を解かしていく。
 ばさっ。
 戻る途中で、サニーは頭から雪を被ってしまった。身体についた雪を振り払う。
「ハハハハハハ」
「だ、誰!?」
 低い男の笑い声にサニーは辺りを見回してみたが、誰もいない。
「ここだよ、ここ。お前の頭の上だ」
 見上げると、木の上に黒いシルエットが見えた。逆光で誰だかよくわからない。だが、この声は‥‥‥
「もしかして、レッドさん?」
 その問いに応えはせず、影はひらりと舞い降りた。
 赤い仮面の下には鋭い眼差し。マスク・ザ・レッドだった。
「レッドさん、昨日はありがとうございます! 私、あれから考え」
「アルベルトに渡したんだろ」
 サニーの言葉を遮って、レッドは簡潔に述べる。サニーはこっくりと頷いた。
「見てたよ」
「え? 見守って下さっていたんですか!?」
 思ってもみなかった言葉に、サニーの瞳が輝く。
「ん? まあ、そんなところだ」
 楽しそうにレッドは言った。もっともそれは、アルベルトの慌てる様を見たかったためなのだが。
「これからお茶をいただくんです。よろしければレッドさんもいらっしゃいませんか? 昨日お借りしたマフラーもお返ししなければいけませんし、それに私、レッドさんにもチョコレートをお渡ししたいんです」
 レッドの手を取りながら、サニーは一息に喋った。
「わかった、じゃあ一緒に行こうか」
 サニーに引っ張られるようにして歩き出すレッドの口元には、終始笑みが浮かんでいた。

*          *          *
 ゆらゆらと立ちのぼるコーヒーの芳香を、アルベルトは楽しんでいた。
 この屋敷の主であるセルバンテスと、ともに談笑している樊瑞は、チャイを片手にしている。
 扉が2度叩かれた。
「どうぞ」というセルバンテスの声に従って開け放たれた扉から、元気よくサニーが入ってきた。
「すみません、遅くなってしまって‥‥‥?」
 小首を傾げるサニー。固まってしまった男3人の視線の先には、口の端に笑みを貼り付けたレッドが立っていた。
「レッド、どうしてここへ?」
 我に返った樊瑞が問う。代わりにサニーが答えた。
「さっき、そこで会ったんです。レッドさんも一緒にお茶をいただいてもよろしいでしょうか?」
 サニーは部屋の中にいた男たちをひと通り見回しながら、問いかけた。
「いや、びっくりしたよ。珍しいこともあるものだ。遠慮は要らない、2人ともこっちへ来たまえ」
 セルバンテスに招き入れられるまでもなく、レッドはサニーの手を引き、お茶の用意のしてある円卓へと向かっている。
「おい、レッド」
 樊瑞がやや渋い顔をする。
 扉に背を向けるようにして座っていたアルベルトの前に回り込むような形で、レッドはサニーをアルベルトの右隣に座らせた。
「わざわざ回り込まなくてもいいだろうに」
 セルバンテスが苦笑する。
 アルベルトはむっつりと黙ったままだ。
 その間に、椅子が1脚運ばれ、2人分のチャイが淹れられる。運ばれてきた椅子は、セルバンテスと樊瑞の間に置かれた。
「君がこんな日に、こんなところに来るなんて珍しい。いったいどういった風の吹き回しかね?」
 セルバンテスはレッドに椅子を勧めた。
「非番だから、この辺をちょっとうろついていたのさ」
「ふん、おおかた女に振られて、行き場がないだけだろう」
「お父様!」
「アルベルト、そういう言い方は良くないぞ」
 吐き捨てるように言ったアルベルトの言葉は、サニーと樊瑞に左右から非難された。
 アルベルトはカップに視線を落とすと、不味そうに一気にコーヒーを飲み干した。
「ハハハ。まあ、似たようなものだ」
 言われたレッドも、軽く受け流す。仮面の奥の瞳が暗く光る。
 それを自嘲と取ったサニーは、慌ててその場を取り繕うように、レッドに近づいた。円卓を挟み、アルベルトの正面で、サニーとレッドが向き合う。
「レッドさん、どうぞ受け取ってください。私からのお礼です」
 サニーが差し出したのは、アルベルトたち3人に渡したものより、ひと回り大きい包みだった。
 わずかにアルベルトの片眉が攣り上がる。
「昨日、レッドさんがいらっしゃらなかったら、私、いつまで経ってもあのままだったと思います。だからこれ、私からの気持ちなんです」
「別にオレは何もした覚えがないが」
「ううん、そんなことありません」
 見つめ合うサニーとレッド。
 それを静かに見つめるアルベルト。膝に置かれた手が白い。
 嵐を予感してか、心なしか樊瑞の顔が引きつっている。セルバンテスは肩を竦めてみせた。
 包みを受け取ると、レッドは椅子から立ち上がった。
「これ以上、長居は無用。オレは消えることにするよ」
「え、まだお話もしていないのに」
 鋭い視線を向けるアルベルトを一瞥すると、レッドは素早くサニーの頬にキスをした。同時に、アルベルトの怒りが爆発する。
「貴様あ~!! 娘に何をするかあぁぁぁ!!」
 窓から飛び出したレッドを追ってアルベルトの衝撃波が走る。
 慌てて樊瑞がアルベルトを押さえ込んだ。
「落ち着け、アルベルト!!」
「まったく、屋敷を壊さないでもらいたいね」
 二重のショックで呆然としていたサニーが、はっと我に返る。半壊した窓辺に駆け寄り、外を見ると、木立の間から手を振っているレッドの姿が見えた。
「レッドさ~ん、マフラー、また今度お会いしたときにお渡ししますね~!!」
 そのとき、サニーの背後で、アルベルトががっくりと膝をついた。

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