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うろほろぞ
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がんばれ村雨!!
「どうして……健二さんなんか好きになったんだろう」
 サニーは大人の世界をかいま見ながら、ソーダ水を飲んでいる。その目の前で、殆どパジャマの様な格好をした銀鈴が、文字通り机に頭を付けて凹んでいる。楊志はその様子を見ながら、この店自慢のパフェを食べている。
 そんな午後の昼下がりのカフェ、傍目にも恋愛相談と分かる奇妙な一行は、とりあえず銀鈴を見守ることから始めていた。


 サニーにも、幾分かは現状が分かっていた。
 サニー・ザ・マジシャン13歳。或いは樊瑞よりもその点では上手かもしれない。
 エキスパートである楊志の耳には、ふいと居なくなったサニーを探す樊瑞の声が聞こえたそうだが、『取って喰うつもりじゃないんだから』と一蹴した。ちなみに万が一発見されたとしても、サニーはこう言っただろう。
『叔父様、少し席を外して下さいな』
 ……きっと樊瑞は激しく撃沈したに違いない。サニー、敵方の人間と茶をするとは何事だ、嗚呼一体全体何処で育て方を間違ったんだろう、と嘆きに嘆いただろう。多分、国警一の泣き虫のあの軍師とタメをはれるぐらいに。
 十傑集のリーダーは時に酷く脆弱だ……樊瑞を殺すに刃物は要らぬ、『叔父様大嫌い』の一言あればいい……きっとBF団、国警の誰もが知っているが、余りにも哀れで使うことは控えている。使ったら最後、確実に再起不能の状態で恩師の元に、落胆した一清道人が引きずって帰ることになるからだ。
 閑話休題。
 ともかくサニーも恋愛の機微が少しは分かるようになってきたし、知りたいと思う。皆に言われている様に、大作が初恋の人ではないのだから、尚更に。
「どうして、銀鈴さんは悲しんでいるの?」
「あ~、そりゃあねぇ……」
 楊志はもっともな反応に遠い目をした……大容量テレポーテーションの影響で一時期は死をも覚悟した銀鈴だが、何とか復帰して外出出来る迄になった、退院も目前だ……二ヶ月、いわば瀕死の重傷からの帰還といっていい。
 その銀鈴に対して(鉄牛以外の)周囲が認める恋人・村雨健二は思ったよりも冷たい反応が多かった。仕事があるにしても滅多に会いに来るわけでもなく、殊更心配した素振りも見せない。勿論、村雨が件の体質のせいで三ひねり程度はある人間だから、まぁそこら辺は常とはいくまい、とある程度までは傍観していたのだが、銀鈴が怒り出したとあれば話は別になってくる。
 銀鈴だって不安だ……人間として、或いは恋人を持つ身として。それでも健気に黙っていたのだが、村雨に疑惑が浮んだとあれば別だ。
「いいオンナと歩いていたからさ、しかも銀鈴を放ってね」


「あの女の人は誰?」

 子供は苦手、というのが村雨健二の口癖だ。なのになんで九歳も年下の娘を好きになったのか? しかもつき合いだした頃ときたら銀鈴は十四なのだからもういっそ犯罪者だろうお前、と突っ込んだのは誰だったか……ともかくそれだけ長くつき合っていて、しかしそんな言葉が出てきたのは、実はコレが初めてだった。
 健二さんは私を大事に思ってくれている。
 銀鈴の口癖だ。だからといって、理想的なカップルのようにベタベタしているなど皆無。任務の合間に多くて月に一度顔を見せるか否かで、機密を理由に連絡も頻繁ではない。それでも嬉しそうな銀鈴の言葉を真実と知っているからこそ、保護者である呉学人も、見た目は飄々としてシニカルな、つまり保護者としては余り恋人に相応しくないと思われるこの男に全てを任せる事にしたのだ。
 しかし呉も、決して恋愛経験が豊富な訳ではない……むしろ、恋愛は三度目と言っていいかもしれないぐらいだ。その内の二つも淡いもので、今現在は言わずもがな、こっそりと隣の部屋に引っ越したと言っていたが、どう考えても思い切り誘導された挙げ句、今では立派な同居にすり替わっている。暇を貰ったから逆に長官もやりたい放題だ、と言ったのは誰だったか。
 まぁ、そんな男が保護者だから、自然被保護者もいくらかしっかりしようとしても、何処かでのほほんと抜けている……そこを突かれたとも言える。


 病院の中でお洒落はしていない。グロスだって塗っていないし、パジャマだって戦闘チャイナ並のヘヴィーローテだ。しかし、身体が重たいのだし、誰もがまずは休みなさいと言うから思わず気を抜いてしまった。
 で、発見してしまった。

「あの女の人、誰?」

 誰だって十中九八、村雨とその女性の組み合わせはカップルだと思っただろう。事実、通りすがりのイワンは微かに眉をひそめていた……只の夫婦なら彼もそうすまいが、ともかくその雰囲気は、どう考えてもあまり健全でない男女の仲に見えた。村雨もさりげに腰に手を当てている。その腰が銀鈴よりもワンサイズ細くて、逆に胸はツーサイズ大きかった。
 マリリン・モンローは好きじゃないが、実物を見ると別格だな。
 そう言ったのは誰だったか? 当てつけの様に、村雨の帽子の縁の辺りを切った男だったと思う。ベンチに腰掛けて、ぱちんと鳴った指に、ふわりと切れた帽子の縁、しかし村雨は実に鷹揚に肩を竦めてみせただけだ。隣の女も不思議そうに切れた縁を見ていたが、村雨の態度にふわりと笑って腕を巻き付けた。
 男なら、理想とする男女関係の一つだろう。ヒィッツカラルドもその意見には賛成だが、確か彼には可愛い娘が居た筈だ。こんな艶やかさはないが、可愛い、彼の命よりも随分と、随分と大事にしていた筈の娘が。
「伊達男、あのお嬢ちゃんはどうしたんだい?」

「あの女の人、誰?」

「健二さんに否定されたのよ」
 銀鈴はそう言って机に突っ伏したままだった。
「『誰の事だい』ですって!」
 無論、その衝撃発言に、伊達男ヒィッツカラルドが裏を取らない筈もない。そして何気なく、実にさりげなく聞いて判明したのは、ヒィッツカラルドが村雨を見かけたその日に、彼は銀鈴には会わなかったという驚愕の事実だった。幾ら棟が違うといっても同じ病院の中の事、まして村雨は滅多に北京に来ることもない、ならば入院している恋人の銀鈴に顔を合わせるぐらいはするべきだが、それすらしなかった。
 ヒィッツカラルドは、聞いて、後悔したそうだ。
 それが元で、銀鈴は村雨に詰め寄る事になった。銀鈴だって何人からか話は聞いていて、格別に目立つ美人と、その隣に佇む男の事を知っていた……だから口にしたのだ。

「あの女の人、誰?」


 銀鈴はそれ以上、何も言わずに突っ伏していた。ぐずぐずと泣いているのが誰にでも分かる。
 せっかく会えたのが一時間前だ。本当はデートをする予定で、余所行きの服も用意していた……ここに来る予定だった。呆れた様に『違う』と言ってくれたらと期待して、期待して、どうしようもない位期待していた。こんなに願ったのは初めてじゃないかと思うぐらい、名もないものにも神様にも願った。
「そう言ったら……『お前には関係ない』ですって……」
 もう別れる寸前みたい、と銀鈴は不意に泣きやんで笑おうとした。今更ながら、流石に年下のサニーの前で泣くのは恥ずかしいと感じたらしいが、それでもはれぼったい、赤い目が治るわけでもない。サニーの心配そうな顔に、何とか奥歯を食いしばって、でも保護者譲りの涙腺はあっさり決壊してしまった。
「……やっぱり、消えちゃう女なんか、イヤなのかなぁ……」
 だってあの時、胴体だって半分無かったし、皆凄く動揺していて、しごく普通だったのは呉先生ぐらいだもの、と袖の所で涙や鼻の辺りを拭う銀鈴に、ぽんぽんと楊志が頭を撫でてやる。
「アタシだったら、イヤだとは思わないね」
「私もです」
 珍しくサニーが鋭い声をあげた。楊志や銀鈴が見るに、サニーは小さい頃に騒いだ事が無い子供独特の静けさを持っているのだが、今のサニーは本当に珍しく、熱っぽい声を出していた。
「好きだったら、絶対に探してくれますもの、どんな形でも」
 楊志と銀鈴は顔を見合わせて、それから何故か笑いがこみ上げてきた。サニーの初恋の人はきっと、幼い彼女を何処かから捜してくれた人なのだろうと知れると、他人の事なのに酷く好ましく思えた。


「でもまぁ、酷いもんだよね」
 楊志から見て、村雨は情を寄せれば普段通りの薄情とは言い難い人物だと思っていたのだが、まさか銀鈴にそういった言葉を投げかけるとは思わなかった。銀鈴はおそらく唯一、あの死ねない体質に心からの悲しみを覚えた女性だ。そんな得難い存在に対して、いささか酷い仕打ちじゃないかと思いながらも、楊志はにぃと笑って銀鈴の額を突いた。
「いっそ、あんな男なんか捨てて、初恋の人に鞍替えしちまうのもいいんじゃないかい」
 悲しむばかりが能じゃないだろう、と笑うと、銀鈴は今度は顔を真っ赤にした。サニーも一瞬だけ『初恋の人』を思いだして、微かに頬に熱を感じた。サニーの方はともかくとして、銀鈴の方は大体の想像が付く。
「だって」
 『あの人』ならきっと、全部丸ごと受けとってくれるさ、と笑う楊志に、銀鈴は微かに首を振った。目は真っ赤だし未だに気分はぐちゃぐちゃだが、それでも首はちゃんと横に振った。
「でも、私は健二さんが好きなの」
 難しいなぁ、とサニーは頭の中で処理出来ないまま、話を聞いていた。


「で」
 呉学人を侮ると痛い目にあう。
 無論、村雨は痛い程知っている。石の様に黙り込んでしまった銀鈴の気持ちが想像に難くない様に。それでも『関わりのない』事だと言い切ったし、そもそもにして関わって貰っては困る。関わらなければいっそ、怒っても泣いても、自分を嫌ってすらいいのだが、この男に悟られるのだけは困る。
「どういう事なんでしょうか?」
 理論的な事をしているのだと分かっても、本能的に村雨の背中に冷たい汗が流れた。無論、呉に何事かがあったら隣室からビッグバンパンチが飛んで来るという事も含めて色々だ。皆は大概ビッグバンパンチを怖がるが、村雨としては他称舅自身も結構恐い。なにせ少女一人の幸せの為に、人類的な秘密をひた隠しにしていた男だ。本人に自覚はないが、一端舅として考えるだすとともかく恐い。
「何、アンタも知っていての事だろうと思ってね」
 村雨は冷や汗を隠しながら、出来るだけシニカルな表情を浮かべた。
「BF団はともかく、案外小さな組織共が、テレポート能力の持ち主を捜していてな」
 呉はその言葉に顔色を失った……聖アーバーエーの件の詳細はひた隠しにされているが、詳細を知っている者は知っている。無論、アーバーエーの崩壊の大原因は大怪球なのだが、相応の筋では別の話も出ている。
 曰く、何者かが山一つを移動させて、あの辺りを崩壊させた、と。その能力は、誰もが欲しがっているテレポてーションだとも察している。
「で、ついにここまでふらっと来たワケだ」
 あの件は国警もしくはBF団に関係在り、と睨んだのだろう。エマニエルが又変な気をおこさないといいけれども、とぼんやり考える呉に、村雨は大きくため息をついた。
「でだ、スパイを見付けて、懇ろにお付き合いしていた訳だ」
 今頃はすっかり記憶を失っている筈だぜ、と笑う村雨に、呉は何処か表情のない顔を向けた。
「……村雨君、何処なんですか?」
「何処?」
 何の事だ、と村雨は首をかしげた。相手の組織については幾らか調べたが、国警であれば問題にならない程度の大きさだった。銀鈴の体調が戻れば、むざむざ捕まる相手でもない。しかし出来るならば杞憂は知らぬ方がいいに違いない。
「その組織は、何という名前ですか?」
 呉はことんと首をかしげたが、何故かそこにはいつもと違い、一切の感情が見えなかった……何となく、最悪の状況を予想しながら、村雨は他人事の様に告げた。
「ああ、知ってるさ。しかし先生がどうするって言うんだい」


「健二さん」
 今日は銀鈴がべったりと側にいる。相変わらず視線は合わせていないが、随分と幸せな事だ。わざわざ北京支部から仕事の関係で呼び出しがあって来たのだが、結局大した話でもなく、こうして銀鈴と、堂々と出会っている。ヘタに村雨がこちら側の人間と知れれば、銀鈴の身も危険だが、今回は特別だ。
 なにせ件の犯罪組織はこの一週間で消滅した。おそらく、跡形無く、手法自体も相当厳しいものだ。あのフォーグラーの助手が何をしたか、さもありなん……『三大軍師には勝てませんが、私だって北京支部の軍師なのですから』とは良く言ったものだ、謙遜もいいところだ。
「今日は居てくれるの?」
「ああ」
 抱きつく銀鈴に、何故か村雨は小さな息を吐いた。
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