満天の星の下で。陸酔いをする蜉蝣は船の甲板で、疾風と共に酒を飲んでいた。あっという間に大量に持ち込んだ酒瓶は空になり、中身が入っているのは一瓶だけになっていた。
「蜉蝣。」
「何だよ。」
疾風が呼ぶので返事をするが、当の本人は何も言わずにじっと、蜉蝣の眼帯を見詰めている。
「・・・おい?」
反応がないのを訝しく思い、声をかけるが返事はない。やがて疾風は膝立ちになり、蜉蝣の正面に移動してきた。
「・・疾風?」
疾風が何をしたいのか分からず名前を呼ぶが、それに対して返事がない。蜉蝣が如何した物かと考えていると急に疾風は蜉蝣の眼帯を剥ぎ取った。
「何がしてぇんだ、お前は・・・。」
酔っ払いの考える事はわからない。蜉蝣が胸の内でそう思うのと同時に、疾風は眼帯の下に隠している蜉蝣の瞼で閉じられた眼窩に口付けた。
「・・おい。」
ぽっかりと。空ろな穴が口を開いているだけの醜いそこに、疾風が何故口付けるのかが蜉蝣には分からない。
戦で左目に矢が刺さった時、どんなに大きく皮膚が裂け、血があふれるのを見ても左程顔色を変えない連中が顔を顰めたのを蜉蝣は覚えている。あと一寸深く刺さっていたら死んでいただろうと、戦で味方した城の医者は言った。運が良かったのだとは思う。片目を失うだけで済んだのだから。けれど、残った傷の醜さと、そこにもう目がないのだと鏡を見るたびに思うことが嫌で、蜉蝣は眼帯をして隠す事にした。そんな事をしても如何にもならないことぐらい分かっているが、それでも、蜉蝣は隠した。
「いいじゃねぇかよ、此処に何もなくてもよぉ。」
ぽつりと、疾風は呟いた。
「何で、お前が眼帯してんのかなンて、知ってるけどよぉ、こんな傷晒してたんじゃあ世の中渡っていけねぇんだなンて、想像つくけどよ、けど、隠さなくてもいいじゃねぇか。」
「お前、言ってる事矛盾してるぞ。」
「俺は、この傷なンか怖くねぇよ。それより、お前がいなくなるかも知れなかったことの方が怖ぇ。だから、この傷なんて怖くねぇよ。お前が生きてる証じゃねぇか。」
疾風はぽつぽつと言い続ける。
「だから、怖くなんかねぇから、俺といる時くらい、これは外せよ。俺は、気にしねぇから。ありのままでいろよ。」
それだけ言うと疾風はまた、蜉蝣のその左目のあった場所に口付け始めた。
一つ。
また一つ。疾風は唇を落としていく。ゆっくりと、何度も繰り返す疾風を、そっと蜉蝣は抱きしめた。
今の言葉は、疾風がずっと思っていたことなのだろうと、蜉蝣は思う。けれど意地っ張りで素直じゃない疾風が素直に言う筈が、言える筈がなくて、ずっと胸の内で燻っていたのだろうとも。それが酔った勢いで出てきたのだろうことも長い付き合いで分かるから、蜉蝣は嬉しかった。多分、こんな風に酔うことがなかったら、きっと一生疾風は言わなかっただろう。疾風が、自分に対して持っていた思いを知る事が出来て蜉蝣はよかったと思う。
いつの間にか眠り込んでしまった疾風を船で自分が寝起きしている部屋に運ぼうと、蜉蝣はその体を担ぎ上げた。穏やかな寝顔にそっと唇を寄せて蜉蝣は思う、今度からは望み通り二人でいる時は眼帯を外そう、と。
「蜉蝣。」
「何だよ。」
疾風が呼ぶので返事をするが、当の本人は何も言わずにじっと、蜉蝣の眼帯を見詰めている。
「・・・おい?」
反応がないのを訝しく思い、声をかけるが返事はない。やがて疾風は膝立ちになり、蜉蝣の正面に移動してきた。
「・・疾風?」
疾風が何をしたいのか分からず名前を呼ぶが、それに対して返事がない。蜉蝣が如何した物かと考えていると急に疾風は蜉蝣の眼帯を剥ぎ取った。
「何がしてぇんだ、お前は・・・。」
酔っ払いの考える事はわからない。蜉蝣が胸の内でそう思うのと同時に、疾風は眼帯の下に隠している蜉蝣の瞼で閉じられた眼窩に口付けた。
「・・おい。」
ぽっかりと。空ろな穴が口を開いているだけの醜いそこに、疾風が何故口付けるのかが蜉蝣には分からない。
戦で左目に矢が刺さった時、どんなに大きく皮膚が裂け、血があふれるのを見ても左程顔色を変えない連中が顔を顰めたのを蜉蝣は覚えている。あと一寸深く刺さっていたら死んでいただろうと、戦で味方した城の医者は言った。運が良かったのだとは思う。片目を失うだけで済んだのだから。けれど、残った傷の醜さと、そこにもう目がないのだと鏡を見るたびに思うことが嫌で、蜉蝣は眼帯をして隠す事にした。そんな事をしても如何にもならないことぐらい分かっているが、それでも、蜉蝣は隠した。
「いいじゃねぇかよ、此処に何もなくてもよぉ。」
ぽつりと、疾風は呟いた。
「何で、お前が眼帯してんのかなンて、知ってるけどよぉ、こんな傷晒してたんじゃあ世の中渡っていけねぇんだなンて、想像つくけどよ、けど、隠さなくてもいいじゃねぇか。」
「お前、言ってる事矛盾してるぞ。」
「俺は、この傷なンか怖くねぇよ。それより、お前がいなくなるかも知れなかったことの方が怖ぇ。だから、この傷なんて怖くねぇよ。お前が生きてる証じゃねぇか。」
疾風はぽつぽつと言い続ける。
「だから、怖くなんかねぇから、俺といる時くらい、これは外せよ。俺は、気にしねぇから。ありのままでいろよ。」
それだけ言うと疾風はまた、蜉蝣のその左目のあった場所に口付け始めた。
一つ。
また一つ。疾風は唇を落としていく。ゆっくりと、何度も繰り返す疾風を、そっと蜉蝣は抱きしめた。
今の言葉は、疾風がずっと思っていたことなのだろうと、蜉蝣は思う。けれど意地っ張りで素直じゃない疾風が素直に言う筈が、言える筈がなくて、ずっと胸の内で燻っていたのだろうとも。それが酔った勢いで出てきたのだろうことも長い付き合いで分かるから、蜉蝣は嬉しかった。多分、こんな風に酔うことがなかったら、きっと一生疾風は言わなかっただろう。疾風が、自分に対して持っていた思いを知る事が出来て蜉蝣はよかったと思う。
いつの間にか眠り込んでしまった疾風を船で自分が寝起きしている部屋に運ぼうと、蜉蝣はその体を担ぎ上げた。穏やかな寝顔にそっと唇を寄せて蜉蝣は思う、今度からは望み通り二人でいる時は眼帯を外そう、と。
PR