忍者ブログ
Admin*Write*Comment
うろほろぞ
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

o5








「・・・・」
 重い瞼を開ける。最初はまだ夜かと思ったが、それにしたって暗すぎる。思わず体を起こした。
「・・ァ?」
 さっきまで意識はあった、ベッドの上で。最早日常行為になりつつあることを楽しんでいたはずなのに、今感じるのはやけに暗く冷たい漆黒。
「一馬・・?」
 名前を呼ぶ、隣で寝ているはずの彼の名を。腕を伸ばして探す、けれどそこには誰一人いない。ただ独り”己”が存在していた。
「・・・・あァ」
 そこまで考えて思い出した。そういえば昔よく見た夢じゃないかと、独りで空間に取り残される夢。最近とんと見ていなかったから忘れていた。自分が、一番自分だと確信できる、真島の最後の領地。
「そ、っか。ほんま、忘れてた」
 いつもここで何をしていたか、確かだらだらと時間を潰して気が付けば朝だったか。脳が起きているのか心が起きているのか。そんなこと夜と朝ばかり繰り返していたら、気が付けば取れない隈が目の下にできてしまったのも。いい思い出だ。
「・・・・」
 ならこれもその類、だらだらと潰す以外に方法はない。とりあえずその場に寝転んでみる。時を刻む音すら聞こえない完全な無の空間。
「・・・・」
 目を瞑り思い出すこと言えば、自分が今まで何をしていたか。これから何をすべきか、どうい人間でこれからどうなるか。自分のことを考えて、考え抜く。いつものことだ。

        『兄さん』

「・・・ッ?」
 ところが、今日に限ってそれ等を遮る、ノイズが響く。


『兄さん、俺。兄さんのこと好きですから』

       『あぁ、んっ。ごろ、さ・・・ッ!』


「・・・?」
 ほんの一瞬戸惑った隙を突いて、ノイズでは爆発的に増え収められないほどの声量で、心を支配する。目を瞑りきれない、瞑れば瞼の裏に彼の笑顔が映る。
「かず、ま・・?」(兄さん・・・)
 邪険に振り払うように。起き上がって辺りを再び見回す。けれど遮れないノイズ、防げない映像。

「やめ、ろ。止めろ・・・ッ!ウッサイねんッッ」

 残響が残響呼んで、残像が残像を呼んで。そのことしか考えられなくなる。
 ここでいていいのは自分だけだ、他者など必要としていない。この薄ら寒い空間は真島吾朗であるが故にできる穴、そこを埋めるものなど、必要ない。必要ない・・・!
「っ!?」
 逃げるように耳を塞いで、目を閉じて。気づく。どうしてここが”薄ら寒い”のか。いつもならそんなことすら感じない、己に完全に同化したモノのはずなのだから、何も感じないはず(でも今は、今は違う)
「・・・・ッ」
 歯がガチガチと音を立て始める。肩の震えが心臓の震えが止まらない、今にも凍り付いてしまいそうな。延々と続く黒が無限に広がって・・。


    (いつから、寂しくなった。いつから、冷たくなった)
  いつから、いつからここが暗(怖)くなったッ!?


「か・・・一馬ッ!一馬ァッ!!」
 ありったけの声で名前を呼んだ、ここにいてくれその腕をくれ、その肌を温かみをくれ。
「いや、や。いやや・・・ッ」
溢れんばかりの感情が、一筋頬を伝う。足元を這う辺りと同化する黒、飲み込まれる。闇に漆黒に、恐怖に―――ッ!






「カズマアアァァッッ!!」




 側にいて欲しいと願った。
 けれど声は届かなくて、手が掴むのは闇で。




あっけなく、塗りつぶされた。






















「ッッ!!!!」
 眼球が、ありったけの力で見開かれ彼は目を覚ました。転げるぐらいの勢いで飛び起きて、辺りを確認する。
「・・は・・・ハァっ。ハ、ァ・・・」 そこには床があって窓があって、カーテンがある。
 ぎゅうと拳を握れば、馴染んだシーツの感触がはっきりと伝わった。何も変わらない、普段の空間。

「・・・っん」

「っ!!?」
 隣で声がして、思わず肩をビクつかせる。目を向ければ桐生が身じろぎしながら眠っていた。気を失ったからそのままにしておいたことにしたことを、思い出す。
「・・・・かず、ま」
 渇ききった喉で、静かに名前を呟く。同時に恐る恐る伸ばした手は、虚を掴むのではなく湿った肌に触れる。
「っ!!?」
 もう一度、驚いて手を反射的に引っ込めた。その生温かい感触にぞくりと、悪寒が走ったからだ。


 なんだ、"これ"は?


 心地よかった狭い部屋に、突然感じる疎外感。いるなと言わんばかりの空気、空気が責める。これの隣にいるなと、場違いだと。
「っ!?」
 気が付けば、自分の全身が小刻みに震えていた。何かに脅えきったような、そう、脅えきったような。この自分が。何かに。心底脅えていた。
「バ、か・・なッッ」
 ベッドから飛び起きた彼は脱ぎ散らかした己の服の中から、一本の漆喰塗りの棒を取り出す。それが両手に馴染むのを確認して、ゆっくりと引き抜けば中からすらりと銀色に光る刃が現れた。
「・・・・」
 うっとりとした視線で眺め、数度振る。カーテンの隙間から漏れるネオンの光で軌跡に色が付く、赤、黄色、紫、赤。幾人の血を吸った業物が鈍く光る。
「・・・・」
 そして視線を、ゆっくりとベッドに眠る彼に向けた。利き手に持ち替え、大きく息を吸う。
 いつも通り、いつも通り、肌を切り裂き血飛沫が飛ぶところを想像して。気分を高揚させて、笑みを造って。




 造って、振り下ろすッ!!!


                『―――兄さん』




「っっ!!!?」
 勢いよく振りぬいたそれを、最大限の力と左手で押さえ込んだ。ピンと手が震えて、寸前、眠る桐生の喉に触れるか触れないか。コンマ数ミリで止まる。
「・・・・」
 無が、空間を支配する。空気が、存在が言葉ない重圧を。彼の背中に乗せる。
「・・・は、ハハッ」
 笑みが、自嘲の笑いが漏れた。一通り笑った後その場に崩れ、握っていた刀を明後日に投げる、がすんと壁に突き刺さる音が聞こえた。本当は、目の前の彼に刺さるはずだった音が、遠い場所で。
「あ゛―――――ッ。信じられへん」
 穴の開いた心に風が通る、嘗てない脱力感が体を襲う・・・到底、信じられるはずがない。


 終わりを見ていたはずのこの目が、手が。終末を拒絶した瞬間など。
    いつでも死ねるはずだったこの心が、"生きたい"と思った瞬間など。
        この存在が必要不可欠で、離しがたくなっていた瞬間など。

「・・・あかん」


 思い至って、否定する。すべてをかけて、今までのことをすべて否定した。否定しなければならなかった。
「あかんあかんあかんあかんあカンアカンッ。んなアホなこと、許されるかッ!!」
 虚無と絶望の次に現れるのは、やり場のない怒り。
 自分が自分でなくなることを今の今まで気づかなかった。どうしてこうなった、何があった。ただガキの心を開いてやりやすくしただけのはずだった、そうだった。いつから考えなくなった溺れていた?いつから立場は逆転していたっ!?
「・・・畜生っ」
 両手で頭を掻いて、必死に探す。しかし思い出そうとしても、蘇るのは眠る子供の笑顔や仕草。それ以上は何も覚えていない、それはそれが幸せだった時の思い出であり、今では気分が悪くなる悪夢。

        俺は"真島吾朗"で、それ以外じゃない。
          これはもう"真島吾朗"じゃない、知らない誰かだ。

「・・・・」
 誰かと寄り添うそれは最早全くの他人、別人。今更のことを、今更思い出して。彼は立ち上がると服を手に取り、着替え始める。
「・・・・」
 振り返り、極力見ないようにする。彼の寝顔、彼の吐息。すべてが後ろ髪を引く存在、見てしまったら戻れなくなる。真島吾朗に、狂犬に。そうなれば、今まで生きてきた人生は、これから歩む人生はどうなる。もうあそこを恐怖だとは思いたくない、あの黒こそが生きる場所で、安らぐ場所のはずなのだから。



 己は、己以外の存在を心に許さない。



「・・・・・」
 着替え終わった彼は壁に刺さる一振りの刀を抜いた。
 最後に冷めた視線で桐生を一瞥し、部屋を去る。



            振り返ることは、一度もなかった。











← →
PR
*o4








「ぅぁ・・」
 体を捩じらせ、くねらせ。床に爪を立てた。背中に張り付く脱ぎ散らかされたシャツ越しに伝わるフローリングの感触。そこが今、桐生が唯一自分の知る自分の空間だった。
「にぃ・・・っ」
「俺の名前、知ってるやろ?」
「ッ。くぅ・・!」
「ほら、ほら。言ってくれんと、俺も寂しいわ」
 真島の至極満足そうな声も、今の彼には届いてない。下半身から脳へ、脊髄をから伝わる得体の知れない感覚から逃げるのに必死だから。
「やッ・・・ん、な。本当に・・・何して・・っ!?」
 誰にだって触られたことのない場所に、入っている男の指が蠢く。それは曲がり引っ掻き擦り、下腹部から生まれる苦しさと圧迫感から口をパクパクと動かし、空気を求めた。けれど大きく吸っても、吐いても。息苦しさは変わらない。掠れた声は男に助けを求め宙に浮く。
 何をされているのか、そこにあるのは純粋な。知らない感情に振り回されようとしていることに対する脅え。自分が自分でなくなることに対する、恐怖。
「何って・・・女とやったことあるやろ?相手が男に、代わっただけや」
「な、んで・・!」

「お前があんまりに、可愛かったから」

「・・・ッ」
 それは”逃げるな”と暗に言っているのと同意語。むしろ逃げれるものなら逃げ出したい。けれど玄関は不幸にも真島の背後で塞いでるのも同じ。逃げることなど、できる状況ではなかった。
「・・・はぁ、ァくゥ――ッ?」
 抜いては入り、入っては混ぜられ。ぐちゃぐちゃと部屋に響く音から逃れられない。けれど不思議なのは、さっきまでの息苦しさが少しずつ薄れていること。そして変わりに言いようのない熱と、腹の底を刺激する痺れが生まれ始めていること。
「ぁ・・ッ!ん、ぃゃっ!」
 一端自覚してしまうと今度ははっきりと、それを感じた。彼の戸惑いが指から伝わったか、真島は口を耳元へ寄せる。
「そんなに、美味しいか?」
「ァっ・・・?」
「今桐生ちゃんが下の口で食ってんの、俺の土産やねんで?」
「っ!?」
「そういやアルコール入り買ったっけなぁ。ブランデーやったかなんやったか。まぁどうでもええわ、そんなこと。結果的にはよかったしなぁ。最初は、気持ちイイほうがええやろ?」
 染みる声に気を向けていた直後。体を突き抜けた甘く濡れた痛み。気が付けば指が一本増えていた、先程までとは比べ物にならないほど激しく動かされていた。それなのにそれをすべて受け入れて、さらにまだお釣がくる、声が止まらない。
「ぃやッ、あっ、あ、は・・ァンン―――ッ!!」
 張り詰めていた糸がぷちんと切れた瞬間生暖かい液体が、腹の上に飛び散った。びくびくと痙攣する、襲うのは解放感と後悔。
「――あ、ッは・・ハァ」
「・・ほんま、まさかこんなやらしい子やったなんて。ちょぉっと俺、驚いた」
 桐生がイッたことを確認して、真島は引き抜いた右手で床に散らばる液体をすくって、見せる。茫然自失となっていた桐生の頬が、途端に高揚した。
「そん、なっ・・!」
「だって、これで濡れてんねんで?ケツにこれ入れられて美味しいゆうヤツ、なかなかおらんで?」
 掌はつっと、肌蹴た彼の肌を撫でる。中途半端な冷たさが、ぞくりと新たな場所に生まれて、火照った。
「い、・・・・ン、ッん」
「それとも、美味しくないか?せっかく選んできたのに」
 下が開放されたと思えば今度は上、肌に容赦なくぬすくりつけられる生暖かい液体。
 ただそれだけではない、彼の既に固くなった突起をいじらしく触れて、或いは優しく周りを撫でて。絶え間なく与え続けられる背筋を通り抜ける形を成した”感情”。さっき吐精したばかりの場所に、また熱が集まり始める。
「ァ、あっ・・」
「なぁ。どうなん?一馬」
「ん・・あ、っは・・・っんン・・ッ」
 頭の中が真っ白になる、もう全部がどうでもよくなる。刺激はもう痛みではなく甘美な誘惑・・・これが、これこそが”快楽”というものだろう。初めて知った、こんなに理性を崩落させるものだとは。
「なぁ・・・一馬」
 それを認めさせるように響く、捕らえる声が求める答えに複数なんてない。それは命令で、服従で。でも呼んでくれる名前が確かにそこにあって。


「おぃ、し・・・い―――で・・すッ」
  (酔ってしまう、この世界に、この男に。屈服してしまう)


「そっか、よかった」
「・・・ィッく。っゥぁ・・」
 何かが決定付けられた瞬間、彼は逃げようと足掻いていた両腕で顔を隠す。逃げることをあきらめたと、そう思った真島はその手の下から聞こえる声に、動きを止めた。
「・・・どうした?」
「っ・・・ィ」
「また、泣いてんの?」
 表情が見えない、感情が読めない。自分の知らない子供がいる、もう一ヶ月近くになるというのに。その間ずっと側にいたはずなのに。どうしてか酷く焦った。
「・・・おれ」
「・・・?」


「俺・・・こんな、弱いヤツだ・・・った・・・ッ!」



「・・・・きりゅ」
 考えもしなかった言葉と一緒に、頬を伝う大粒の雫が見える。バクンと、心臓が大きく脈打った。
「こんなんっ。じゃ、親父に、ぃ、捨てられる・・・っ!」
「・・・・」
「兄さんッ、だって、強いヤツがっ・・ッく。好き、なのに・・・!」
「・・・・っ」
「ごめん、なさ・・・ごめっ!なさ、イぃッ・・・!」
 言葉が聞き取れないほどになって、最後は泣き声となんら変わりなかった。それはついさっきまで見ていた、ただの子供。後悔はないけれど、ないけれど。ただ、胸が詰まる。
「・・・顔、見せてみ?」
「ゃだッ・・・おれ、今ぐちゃぐちゃ・・ッ」
「せやからや、取りや」
 桐生の上に跨ると、伸ばした手で覆いかぶさっていた腕を掴む。両手を除いた顔はぷいと明後日を向いた。
「でも・・・っ」
「俺の言うこと、聞かれへんのか?」
「ィ!?ン・・っはぁ・・あっ、ん」
 突然再開された行為に桐生の目が見開く、先刻で緩みきった穴はするりと。グズグズに溶けきった肉壁は真島の指を受け入れた。息付く暇すら与えず、わざと大きな音を立てて動かす。
「さっきから腹に俺のが当たってんの、わかるか?」
「はっ、あ、あんっ!」
「俺のな、もうガチガチでな。正直ズボンきっついねや。お前があんまりにも可愛いから、ほんま久々に勃った」
「は、ぁ・・・つぅッ」
「お前が弱くていいのは俺の前だけ、いやらしいのもみんな俺だけのもん。それでええやろ?寂しくなんかせぇへんわ」
「ほ。あぁ、んっ・・とに・・・!?ほんっ・・とっ?」
 本当はいろいろ考えていた、この世界の終わらせ方を。この子供を使って、どうやって終わらせるかただそれだけを考えて。
「嘘なんて、つくか」
 でもこの時この瞬間、考えることすべてが馬鹿らしくなった。それより彼をめちゃくちゃに犯してやればいい、その後のことはその後考えたらいい。計算高くよけてきた生き方の中で唯一初めて、何も考えずこの体を貪ることだけに想いのすべてを注ぐことにした。この心が求めるがまま、彼を。(あるいは彼が求めるまま、この心が)
「吾ろ、うさ・・・ッ!吾朗さ、んっ」
「・・・なんや?」
 彼の望んだ言葉は最後の抵抗を奪い、ただ一心に快楽を求め体を悶えさせ、最中絡み付いてきた腕を背中へと縺れさせた。埋められた顔の下から。本当に小さい声が、耳に届く。





  「すき、・・・貴方が、好き・・ッ」

           ―――ぱきんっ。





「・・・・ほんまに、可愛いなぁ・・お前は」
 心に響いた小さな音は、耳元で囁かれた告白の前に掻き消えた。
     (聞いていれば、変わる世界があったのかもと後悔するのはあとの話)















「・・・・」
 東城会の門を潜るのは片手で足りるほど。尤も、下っ端も下っ端な彼が通ることすら普段はないのだから当たり前の話。今日も無理やりつれてこられなければ来ることもなかっただろう。

「一馬!」

「っ!親っさん・・?」
 目ぼしい知り合いもおらず、一緒に来た相手はいつものようにふらりと消えて。彼は途方にくれていた。しかし突然名前を呼ばれて、振り返った先。そこには風間が立っていた。随分久しぶりの気がして、少し痩せたかもしれないと。心にちくりと、小さな針が刺さった。
「一馬!」
「っ!?」
 いつも思慮深い、落ち着いた雰囲気はどこにもない。慌てて駆けてきたと思ったら、いきなり抱き寄せられる。
「お、親ッさ・・!」
「お前、大丈夫か!?」
「はっ!?はいっ」
 ドスの利いた声で聞かれれば、思わずこちらも背筋を伸ばして答えてしまう。その時手に持っていた鞄を落として、慌てた。
「ッ・・・すまないな」
「いえ。俺のほうこそ・・・」
 その鞄の持ち主を知っているからか、風間の眉がわずかに潛む。その常人ならばおそらく見逃すであろうそれを汲んだ彼の表情が沈む。
「・・・元気で、やっているのか?」
「はい、おかげさまで。よくしてもらってます」
「そうか・・」
 それ以上の会話が、続かない。昔はそんなこともなかったはずなのに。
「・・・・」
 確か覚えているのは、真島組の立ち上げの際まるで当たり前の如く事後承諾で桐生一馬を引き抜いた、あの狂犬の勝者の笑みだ。本人が望んでいると言われ、見ればすっかり雰囲気の変わった子が立っていた。ある意味予想通りで、ある意味最悪の状況が生まれていた。
 それからまた二ヶ月ほど経った今、執念深い蛇のようなあの男はどこに行くのも彼を付き従わせながら、誰とも会話させない徹底振りで。今日がなければまだしばらく会うこともなかっただろう。
「・・・あの、親ッさん」
 本当は、なるべく傷つかないように大切にするつもりだったのが。よりによってあの男の手に落ちるなんて、考えるだけで腸が煮えくり返る。
「なんだ?」


「俺、今すごく幸せです」


「・・・・そう、か」
 彼は知っているのだろうか。その言葉は肯定ではなく、強制終了させるものだと。それを言われれば、こちらはどうにもできないのだと。
「よかった。そりゃ・・・よかった」
 眉間の皺を解き、男は静かに微笑んだ。目の前にある笑顔が本物で、彼が幸せならそれで構わないと、必死に言い聞かせた。言い聞かせた。



        「桐生ちゃーん!」



「っ!」
「・・・・」
 それすらも引き裂く独特の声、振り返れば。廊下の奥、真島とその親父である嶋野の姿が見えた。
「なんや、こんなとこにいたんか」
「兄さんがいなくなったのが悪いんです」
「いやなー、親父に無理やりつれてかれて・・」
 駆け寄ってきた真島は、当然のように桐生の前に立つ。思わず睨み付ける風間に目を配せた嶋野は、ため息混じりに笑った。
「何言うてんねや。ワシは迷子になったお前を拾うただけやぞ」
「親父、それ言ったらあかんってさっき・・」
「お前がワシを悪もんみたいに言うからや、ボケ」
「兄さん。ここで迷子になるんですか・・?」
「ここが広いのがいくないねんで。隠し部屋まであるゆうしな」
「俺は迷いませんよ?」
「そりゃ・・・もう、悪かったって」
 こうしてみれば、何の毒気もない二人。けれど親から見れば明らかに異質で、組の長と部下というよりかは。単なる恋人同士。特に風間から見ればおかしい以外の言葉が生まれてこない。
「・・・じゃあ親父。俺帰りますわ」
「おぉ。元気でな」
「嶋野組長、親ッさん。失礼します」
「・・・あぁ」
 踵を返し、東城会を後にする二人。若い二人の背中を眺めていた嶋野は、再び盛大な溜息をつく。
「なぁ、風間」
「・・・なんだ」
「お前、子離れせんとあかんで」
「煩い」
 一蹴され、やれやれと肩で息をつく。これではどちらが子供でどちらが親か。わかったものではない。
「まぁ初めて会うた時と随分印象が違うからなぁ・・・最初は、あれと同じかと思っとったけど。やっぱ違うかったわ」
「・・・・」
「せやけど。安心せぇや」
「・・・?」
「アイツは、まったく変わりなかったから」
 それが、何を意味するのか。視線をいなくなった二人から移す。そこにはあの子にしてこの親ありと言わんばかりに、凶悪な笑みを浮かべる男。
「俺だって、たかだか色恋如きで狂う豺飼うてたわけやない。あれはお前が思ってる以上に気違いの、阿呆や。人のことなんて、なーんも考えおれへん」
「・・・・」
「今は、今までにないもん手に入れてはしゃいでるだけや。直に気づくわ」
「・・・・」
「まぁお前はせいぜい、あの子が帰ってきたとき優しく迎えたれや。それがお前やろ?」
「・・・・嶋野、お前」
「あ?そっちのほうが嬉しいんやろ?ワシもまぁ、あれはちょっと調子乗っとると思うから、たまにはいい灸になるわ。お前のガキには悪いけどな」
 その言葉を鵜呑みにすれば、見えてる道は一つしかない。あれだけ寄り添って歩いた道は、転げるしかないやはり奈落だということで。
「・・・・一馬」




  「俺、今すごく幸せです」




 頭の中に木霊するあの声が、可哀想でたまらなかった。










← →
o3


 いきなり来るなと釘を刺された日以来、毎朝電話をすることが真島の日課となっていた。
『今日は・・・来るんですか?』
「当然や。なんや?なんかあるんか?」
『いえ・・・』
 だから今日も電話をする、毎朝同じ時間と言うわけではない。ひどく気まぐれで、けれど電話の向こうの声はコールの音が三回なるか鳴らないかで。必ず聞こえてくる。
「―――そういやまだ阿呆がなんや報復かしらんお前のことしつこう聞いてるらしいから、今日も線引っこ抜いとき。もしもの時のためにな」
『・・・わかりました』
「えぇ子や」
『・・・あの、兄さん』
「うん?」
 機械の向こうでもわかるどもった声。何かを言いたそうで、しかし彼は何も言わず言葉を飲み込む。その音すら鮮明に。
『・・・なんでもないです。じゃぁ、待ってるんで』

        ガチャン
            ツー・・・ツーツー。

 一方的に切れた電話、直ぐにまたかけ直せば今度はあの声ではなく無機質な機械音が永遠と流れ続ける。それを確認するのもまた、彼の日常となっていた。



「・・・ほんま、えぇ子やのぉ」



           朝から笑いが、止まらない。









スタート、ワールドエンド 05








「どういうつもりだ」
 何か言ったか、そう考えるよりも早く。老獪な紳士の張り詰めた声が背中に刺さる。
 東城会本部、幹部会につれてこられたその帰り道、彼は呼び止められた。
「・・何がですか?」
「どういう、つもりだ」
 もう一度、今度は明確な意味を含んだ同じ言葉が。真島の腹を抉る。明らかな怒気、にやりと唇を深めた。
「・・・別に、何も?」
「"別に"も"何も"もねぇ。俺を嘗めてんのか?真島」
「まさかっ。風間の親父を嘗めるやつなんて、いるわけあらしませんわ」
「・・・・」
 暖簾に腕を押すように、ひらりとかわす彼。風間は、潜んでいる眉間の皺をさらに寄せた。このまだ三十路にもなっていない彼が、今までであったどんな人間より厄介なことに気づいたのは、つい最近だった。
「・・・・一馬はどうした」
「親父さんが大人ししろ言うたから。今日も家にいてますよ」
「電話が繋がらねぇのは、なんでだ?」
「さぁ?電話線、抜けてるんとちゃいます?」
 どんよりと光る片瞳、濁りきった底に映る、我が子のような存在。始めてあったとき接点なんてまるでなかった筈なのに、今やこの男が子の生活を把握しきって、尚且つ情報を遮断している。
 確かに自分が言った、安静にしろと。だがその期間はこんなにも長くなかった。あの子はとても律儀だから、今唯一の接点であるこの男のいうことをきちんと守っているのだろう。怒る相手は子ではない、へらへらと笑うこの男だ。
「そうや。今度俺、組持たせてもらえるんですよ」
「・・・嶋野から聞いた」
「あ、そうですか?それで俺、どうしても欲しいヤツがいるんですけど・・・」
「駄目だ」
「即答です・・か。名前もゆうてないのに」
 肩をすくめ、息をつく。なんてことのない会話のはずなのに、隙を一切見せない。見せれない、隙を見せたが最後。食われる。東城会で指折りのヒットマンと言われた男の鋭い眼光が、真島を貫く。
「・・・ずるいわぁ」
「あぁ・・?」
「親父さん、アイツの昔しっとんねやろ?」
「・・・・」
「そないに大事なら、この世界に入れんかったらよかったのに。アイツは俺だけやないで?直に、俺以外にも目ぇつけられる」
「・・・・」
「そやろぉ?親父さん」
 しかし正論を突かれてしまえば、風間ででもどうしようもなかった。子が熱望したからしぶしぶ了承した世界、本当は見て欲しくなかった。知って欲しくなかった。この手が赤い血で汚れきっていること、そしていずれは気づくだろう。この真っ赤な手で、この両親の命をも奪ったことを。

「贖罪ですか?それ、いつでも引き金引ける銃を隠し持ってるのと同じでしょ」

「・・・ッ」
「まぁ俺にゃ関係ないですけどね。アンタのこと、親父からよう聞いてるんで」
「・・・そりゃ、脅しか?」
「まさか恐れ多い。ただ、少し、時間が欲しいだけなんで」
 にやりと、笑みを深めた。
 あぁ狂犬、文字通りだ。一度喰らいついたら離さない、その毒牙にまさに掛かろうとしている子を、むざむざ巣の中に放り込めるわけがない。だがこの狂犬の恐ろしいのは、そのために使える頭があることだ。ただの気違いではない。
「真島ァ!!」
「っ!お、親父ィッ!?」
 遠くで聞こえる、旧知の声。けれど動かない。憎むべきものを見るように、男はただ彼を見る。
「お前こんなとこにおったんか!探しとったでェ!!」
「あ。俺もう今帰ろうと・・・」
「何言うてんねや!今から飯食いに行くさかい!お前も来い!!」
「えー!?俺今日は寄るところが」
「あ!?んなの後回しじゃ!」
 嶋野はちらりと男を見るも、さらりと視線をそらした。旧知だからわかる、相手の機嫌。声をかけるべきではないと判断したのか、彼の肩を掴み強引に連れて行く。


「・・・じゃぁ、俺これで」


 動かない、動けない男を前に彼は笑みを浮かべる。それは勝者が見せるモノであり、立ち竦む男はぎゅうと、ただ拳を握り締めることしかできなかった。





        一馬、この男に嵌るな。
           坂道の先にあるのは、悠久の奈落だけだ。





 無理やり連れてかれた彼の声が、笑いが、鼓膜に残り続けた。









 来るなら一報を入れてくれといってから数日。気が付けば視線は毎日、電話機のほうへ向けていた。
 気まぐれを絵に描いたような人は電話でさえ気侭に己がままに。何回か鳴らして切れることを恐れた桐生は、電子音がなる度に鼓動を高鳴らせ慌てて受話器を取った。
「今日は・・・来るんですか?」
『当然や。なんや?なんかあるんか?』
「いえ・・・」
 その言葉に心底安堵する自分がいる。もし来ないという日の電話なら・・・そんな電話を受けた日はいまだ嘗て一度もないけれど、ゼロではない確率は、常に自分の心に恐怖の影を静かに落とした。
 相手は知ってか知らずか、無言の後に思い出したように口を開く。
『―――そういやまだ阿呆がなんや報復かしらんお前のことしつこう聞いてるらしいから、今日も線引っこ抜いとき。もしもの時のためにな』
「・・・わかりました」
『えぇ子や』

「・・・あの、兄さん」
    (早く、早くきてくれますか?)

『うん?』
 溢れる感情が、思いもかけない言葉を生み出した。言ってはいけない言葉の分別ぐらい付いている。飲み込んだ言葉に窒息しそうになりながらも、何とか言葉を摩り替える。
「・・・なんでもないです。じゃぁ、待ってるんで」 


        ガチャン
            ツー・・・ツーツー。


 そっけなく、切ってしまう電話。直ぐに後悔が心を占めてだけど彼の電話番号を知らない彼にはもう、どうしようもない。受話器を元の場所に戻して、呆然と呟く。



「・・・兄さん」



 断絶した世界で、彼が外であり今の青年のすべてだった。









スタート、ワールドエンド 06








 玄関口の直ぐ隣、壁にもたれ掛かりながら膝を曲げ座り込む。
 いつ来てもいいように、ブザーが鳴って直ぐに鍵を開けられるように。そうしてもうどれ位経つか。
「・・・・・」
 ちらりと、彼は壁時計に目を向ける。時刻は23時を過ぎた、もうすぐ日付が変わろうとしているのに。今部屋にいるのは彼一人だけだった。
「・・・・・」
 昔なら、それは当たり前のことで当然のことで。しかし今部屋を見渡せば、冷めた二人分の料理がいつ食べられるのかと、ラップをかぶせられた状態で置いてある。料理だけではない、碗があり皿があり箸があり。明らかにそこは一人ではなく、二人の空間だった。
「・・・・・」
 自分の領域が、ここまで居心地が悪いものだなんて思ったことはなかった。一人の自分がいるに値する、一人きりの場所最後の領地。それがここだったはずなのに、いつの間にか部屋がやけに広く、静かに感じるようになってしまっている。

「・・・兄、さん」

 すべての原因である人は、今日来ると声だけを残して現れなかった。あのときの声は確かにそういったはずだ、来ないなんて一言も言わなかったし気まぐれでも約束を破る人ではなかったはず。大丈夫、きっときてくれる、きてくれるはずだから。
 今にも発狂しかない自分の心を必死に言い訳で取り繕う、けれども待てども待てども。扉の開く気配は一向に見えない。
「・・・兄さん」
 秒針が時を刻む音が、耳を劈く。両手で耳を塞いでも、心臓の音がそれとリンクして強制的に脳へと刻んだ。


 時が経つ、今日が終わる、彼のいない日が生まれる。
 そして自分は一人で、これからもずっと・・?


「っっ!!」
 理解したくない現実に目を見開いて、そしてぎゅうと目を瞑る。
 一人でも平気なように立てるように、恩人に恩を返して独り立ちできるように入ったこの世界で出会ったのは、信じられないほどずっと側にいてくれる男。邪険して、入れないようにしていた心の中に気が付けば居座って、占領してしまった。
「・・・真じ・・ま、兄」
 この部屋はまさに、自分の心の表れ。すっかり準備できてしまった二人分の空間に、今は一人ぼっち。今更、今更いなくなられても。この開いた胸はどうしようもなくて埋める方法も知らなくて。
「ごろう・・・さんッ」




       助けてよ、あの時みたいに。






              「桐生、ちゃん?」



















「桐生ちゃん、桐生ちゃん」
「っ!!?」
「どないしたん。鍵も開けっ放しで」
 想い過ぎた幻聴かと、けれど二度目の声で桐生は弾かれたように目を開く。飛び込んできたのは、同じように驚いた表情を見せる真島の姿。
「部屋真っ暗やさかい、てっきり寝たもんかと思ったわ・・」
「・・・・・」
「時間遅れて悪かったのぉ。親父に捕まって今まで宴会に強制召喚されとったんや」
「兄さん・・・」
「それでこれ、土産に美味いジェラート買ってき・・・っ?」
「・・・・・兄、さん」
「桐生ちゃん?ひょっとして泣いとら・・・」

 ガコンッ。

「ッ・・・!」
 言葉よりも早く、桐生の手は真島を捕らえ胸に飛び込んで。体勢の取れていなかった彼は後ろに倒れこむように、玄関に背中を打ち付けた。彼の手にしていた白い小さな箱は床に落ち、箱の中身が、隙間からフローリングの床に流れ出る。
「俺を、一人にしないでくださいっ」
「っ!?な、なんかあっ・・」



「俺を、放っていかないで下さい・・・ッ!」



 泣いているのかと、聞く必要なんてなかった。じわりと肩に伝わるそれは間違いなく桐生の流した涙。震える手は孤独の証。もうすぐ二十歳になろうかという彼は、この一人の部屋恐怖に身を浸していた。
「・・・ごめん」
「っ・・」
「ほんま、ごめんな」
 ・・・いろいろ目測を見誤ったのかもしれない、だが結果的にはこれで動く舞台がある。何より今突き動かされる感情の前には、目測などほんの些細なことでしかなくて。
「・・・かずま」
 自分よりもまだ少し狭い肩に、手を回す。不意に呼ばれたことのなかった名前を呼ばれ、涙に潤ませた瞳が、真島をじっと見つめる。
 ぞくりと、心が歓喜の声を挙げた、自然と笑みが深まる。
「・・・兄、さん?」
 ほんの一瞬に、薄く開いた唇を重ねた。びくりと驚きに震える肩を、回した左手で押さえ込む。逃げれないように、逃がさないように。
「ぁっ・・にィ、さッ」





     「もう、俺のもんになっとき・・・な?」





    そして右手でそっと、鍵をかけた。
    もう逃げ場は、どこにもない。










← →
o2



 神室町からそう遠くない、何の変哲もないアパートの一室。
 錆びた鉄を足早に駆け上る音が真夜中に木霊した。









スタート、ワールドエンド 03








 扉が壊れんばかりの勢いで蹴り開けられる、確か鍵をかけていたはずなのにと。確かに安物のアパートにつけられている鍵なんて、同じ安物だがそれにしたって意識ある家主が隣にいるにもかかわらず一言も聞かずに蹴り破るなんて。
 桐生は自分を担いでくれている相手をじと目ながら睨む。
「救急箱は?」
「・・・・」
 そんなこと気にもせずずかずか上がりこんだ男は、桐生を手近なソファの上に座らせると自分も徐に座り込む。少しばかりこのまま帰ってくれることを期待していたのだがあえなく散った習慣だった。
「・・あの」
「あ?ないんか?」
「いや・・救急箱は、向こうの隅に・・」
「お、ほんまや」
 思い切っていってしまおうかと考えて口を開いたはずなのに、気がつけば指は男の探すモノの場所を指していた。元々物持ちのない自分が持っている数少ない私物だ。
「えらい可愛らしいもん持ってんな」
「幼馴染のものなんで・・」
「なんやお前その年でスケコマシか。さすが風間の親父のガキやなー・・・あん人も大概・・・」
 振り返ろうと体を動かす瞬間、ザクと、真島の背中に刺さる鋭い殺気。
「・・・冗談や」
 表情は見えない、見せない。思わず光悦の息を漏らす。本当なら今からでも血に塗れた死合を始めたい、この殺気に面と向かってぶつかりたい。そうすればこの世界からおさらばできるなら、そんな最高の死に方ができるなら。
「・・・・」
 だが今はまだ駄目だ。回復していない手負いの獣と戦ってもつまらない。伸ばそうとしている手ががくがくと震えている、が、それを無理やり押さえつけ振り返った。
「ほら、手当てしたるから脱ぎ」
「・・・・」
 互いに腹の底を見せていない、理解している。だが硬直状態になったって有益なものがない。暫しの沈黙を持って、彼は血と泥に汚れたシャツを脱いだ。
「お前も難儀なヤツやのー・・親父にちくっちまえばそれで済むやろ」
「そんなこと・・・できません」
「そこが難儀ゆーてんねや」
 何度も殴られた場所、既に赤黒く変色してしまっていた。一日では終わらない暴力の生々しい傷跡、おそらく骨にヒビがいっているに違いないがこの頑固な青年は死んでも病院には行かないんだろうなと、少しばかり呆れ気味に真島は思う。
「まぁテーピングで楽にはしたるさかい、暫く家から出んな」
「そんな・・・」
「あの親父はあざといでぇ?お前の体調の変化なんかすぐにお見通しや」
「・・・」
 桐生一馬という青年にとって、風間新太郎という人間がどれほどの崇拝の対象にあるか。押し黙った空気で理解する。そんな相手のいない彼には理解の範疇を軽く飛び越えるが、今この場を大人しくしてくれるならと、あえてそれ以上、口には出さなかった。
「言っとくけど、この俺にこんなことさせんのはお前ぐらいやで・・・桐生ちゃん」
「わかってます・・・兄さん」
「・・・あれ、ひょっとして俺の名前知っとる?」
「知らない人間を家に、入れません・・・真島吾朗でしょ?」
「なんや。折角かっこいい足長おじさんで決めようと思っとったのに」
「・・・無理ですよ。あんなことしたのに」
「俺的には日常茶飯事やねんけどなー・・・」
 包帯をぐるぐると巻きながら、他愛もない話が繰り返される。
「・・・・」
 ちらりと、青年を見ればうっすらとだが笑みを浮かべて。そこにはまだ大人になりきれていない、等身大の子供の姿があった。あぁそう言えばこいつは子供だったかと、いまさらに思った、自分を殺しかねない危うい青年の本来は。こういう風に笑う子供なのだ。
(そういや・・・こいつ単体にはまるで興味なかったからなー・・)
 初めて会った日から、考えていたのは死の淵に立たせてくれる相手のことだけ。それは彼なのだけど、彼自身に対しては何も考えていなかった。真島にとって他者とはそういうもので、自分のために以下に動いてくれるか。そのためなら優しくもするし手酷く扱いもする。今日だって、死なれては困るから手を貸しただけで。
「・・・どうかしたか?」
「・・っ」
 巻き終わった包帯、視線を上げると真島の顔をじろじろと見る桐生の瞳とぶつかる。先刻までの落ち着いた雰囲気が、一瞬にしてぎこちなくなった。
「いえ・・・その」
「なんや?」
「兄さんの手・・・冷たくて」
「・・・あ?そら悪かった。俺ハートがあっつい分末端が冷えとんのや」
「それ・・・冗談でも笑えません」
「お前っ。傷つくでその言葉はー」



 何を今更、でも今更気づいた。



       目の前で笑う彼が、ただの子供なのだと。
       そこが少し、気になった。






「・・・・」
 恩を返すために、色々なモノを捨てる覚悟でこの世界に足を踏み入れた。元々持っているものは少なかったし、その数少ないものは今や大半がこの世界にいるのと同じ。
 それでも表の世界から身を引くという恐怖は、入った今でも鮮明に覚えている。

   ブー・・・。

 ぼぉっと、その時のことを思い出していると突然現実に引き戻すチャイムが鳴った。ため息交じりに、彼の足は台所から玄関に向かう。



          ブー・・ブーブーブーーーーーー!



 ドアノブに手をかけて、暫く考える。このまま居留守を使えばあきらめて帰ってくれるのだろうか。そうすれば平穏な日常が取り戻せるだろうか。
「なー!おんねやろ桐生ちゃーんっ!」
「・・・・」
「蹴り開けんでー」
 あえなく居留守作戦は失敗、まぁ蹴り破られるよりましかと青年はキーチェーンをはずし、鍵を開ける。









スタート、ワールドエンド 04








「すみません。寝てました」
「真顔で嘘つくところ、俺嫌いやないで」
 孤児院から去った今、自分の最後の領域。そこに男が上がりこんでくるようになったのは一体いつの話か。ずいぶん前からだった気もすれば、つい昨日のような感じもする。
「今日は肉じゃがか?」
「そうですけど・・・」
「俺の好物やないか!さっすが桐生ちゃん、俺の口よう知っとる」
「毎日毎日毎日飯作ってたら、ある程度察しぐらいつきます」
 隣で笑顔を見せる男が、東城会に口を挟んだのがそもそもの始まりで。すぐに電話が入り根掘り葉掘り容態を聞かれそれとなく大丈夫だからと伝えても、最終的には『暫くは安静にしていろ』と言われ今に至る。期間にして凡そ二週間、明日で三週間になるか。
「そのストレートな嫌味もたまらんなぁ。俺マゾやないはずなのに」
 と同時に、この男が毎日のように現れるようになった。おそらく見張りなのだろうが、それにしたってこうまで堂々と上がりこんでくる必要はないはず。おまけに飯の催促までされ、ここ数年なかった"誰かとの食事"を気がつけば毎日している状態にまでなっていた。表の世界から目を背けたはずなのに、これでは普通の人間となんら変わりない。
「・・・・」
「どないかしたか?」
「・・・・」
 気がつけば、睨んでいたらしい。けれどどれだけ鋭い眼光を向けても、この男はなぜか喜ぶだけで。否定していたがマゾそのものじゃないかと言いたくても相手のほうが人間的にも立場手にも上で、何も言えない。早く上へ昇りたいと、こんなにも切実に思う日が来るとは思っていなかった。しかも恩ある人ではなく、この男のためにとは。人生何があるかわからない。
「それにしたって、桐生ちゃんが料理こないに上手や思わんかったわ」
「孤児院にいた頃は、当番制で・・・それでも、これぐらいしか作れないですけど」
「何言うてんねや!桐生ちゃんの料理の味知ったら、他は全部カスやって。これはマジ」
 小さな台所に男が二人も立てばそれは窮屈で、トントンと浅葱を切りながら、触れ合う肩にどうしてかやけに意識がいってしまう。
 息がし辛くて、心臓が苦しくて。耳が熱くて顔が火照って。最近この男と共にいると自分がよくわからなくなる。それが余計に苛立って、抜け出しようのないスパイラルに落ちていく。

「あぶなっ・・」

「ぇ・・・っぅ!?」
 我に返った時には既に遅かった、包丁の下に指がありどうしようもない状況。直後に走った痛みに右手を大きく上げる。
「ちょっ、見せてみッ」
 その瞬間、右手がその上で掴まれた。何かと振り返ったときには、ざらりと生暖かい感触が一瞬にして全身を駆け巡る。瞬きも許されない、振り払うことも何故かできない。
「っ!!」
 ほんの数瞬のことのはずなのに、握られた手の冷たさにゾクゾクと体が震えた。指の腹に伝う感触に、歯の隙間から見える舌の赤さに眩暈を覚えた。上目遣いに見られることに恐怖と対極のことを同時に見出した。
「止め・・ろっ!!」
 奥底に潜む知らない名前のモノが突然ざわめき始め、それは一瞬にして体を支配する。意識をなくしてしまいそうな、甘い誘惑。一握りの理性がそれを引きとめ、渾身の力を込めて振り払った。
「なんや・・・ビックリしたか?」
「べ、別に・・・っ」
 驚くのは向こうだ、わかっている。善意か果たして悪意かその違いはわからないが、少なくともこの瞬間は何もない単なる行為で。
「・・・大丈夫、です。大丈夫です・・から」
 繰り返す、繰り返す。自分の気持ちを落ち着けるため、何度も繰り返す。今にも破裂してしまいそうな心臓を落ち着けるために、震える手を隠すために。繰り返した。
「そっ・・か。ならよかったわ」
「さっさと・・食べましょう、冷めてしまう」
「ほんまやな」
 彼の表情は見えない、見なくていい。みてしまったら何かに気づくことになる。
 気配は傍から遠くなり、手馴れた手つきで皿や箸、自分の茶碗などを取り出し始める。その音が当たり前のことになっていると気づいたとき、心の中で、何かにヒビが入る音が聞こえた。



 誰もいなかった部屋、誰も来なかった部屋。
 今は違う、この男が傍にいる。当たり前のように、存在している。



「・・・ぁ」
 自分が自分でなくなる瞬間を、彼は見てしまった。
 見上げたときに見えた男のいつもの笑顔に、あの時踏みしめた一歩が間違いであることに、漸く気づく。










← →
o1




スタート、ワールドエンド 01






「・・・かったりぃですわ。親父ぃ」
「そういうなや真島、お前がおらんとわしも示しがつかんからなぁ」
 がはははと豪快に笑う嶋野の隣で、真島はため息をついた。
 見えるのは白と黒のコントラストばかり、各言う自分もその無機質な色の一つ。
「まぁお前は適当にぶらついとけや。間違っても喧嘩売ったらあかんで」
「それは向こうの出方次第で決めます」
「それでえぇ」
 東城会本部、傘下の組長が病気で他界したのはつい此間の話だった。まだ若かったのに、気の毒と流れる哀れむ言葉の数々。
(何が気の毒や・・・頭ん中には組みの引継ぎのことしか考えとらん癖に)
 彼は気づいていた。その中からひそひそ実しやかに流れる声に。どれだけ末端の組織だって、二万五千という城の土台。欠ければやがて頭上に支障をきたす、修復は急務。そしてこの場にいる主立った面子はほぼといっていい。死んだ組長よりもそのことのほうが大切なのだ。
「おー!風間ァッ!」
「・・・嶋野か」
 何を隠そう、嶋野もその一人。頭のいなくなった組を吸収しようと現れたわけで、この後に控えている幹部会でそれを進言するために来たのだ。出なければ、会ったこともない人間の葬式に来るはずがない。
「この度はご愁傷様やったのぉ。お前が目をかけてた男やったんやろ?あいつ」
「・・あぁ。頭のいい奴は、すぐに死んでいく」
「せやなぁ・・」
「・・・気づいちまうのかもな。この世界が腐ってることに」
「相変わらず、小難しいことしか考えとらんのぉお前は」
 微妙にかみ合わない会話が交わされる。嶋野と風間は旧知の仲、表面上は仲よさそう取り繕っているが実際の二人の仲の険悪さは真島がよく知っていた・・・正確に言えば、嶋野が風間のことを毛嫌いにも近い感覚を抱いていることをだ。これは二人の根本的なことが原因だから、どうしようもない。
(あーあー。あんな殺気出して、自分のほうが自重しろよ。親父)
 腹の中は同じと読んだのだろう、嶋野が風間に向けるモノは明らかな殺気だ。向こうも気づいているのか一定の距離を保っている。その感覚を直に味わいながら、ため息をつく。
(ええなぁ・・・)
 だが、嫌ではない。嫌でないから、彼はこの男の下にいる。
「・・・お前が、真島か」
「・・・ぁ。そうです、初めまして」
「噂は聞いてるぞ。"嶋野の狂犬"」
「それは他人が勝手につけたもので、俺ぁそう思っていないです」
「何言ってんねや。風間にもお前の喧嘩する様見せてやりたいわ」
 生死のギリギリが好きなのは、それこそこの世界に入る前から。それ等を手っ取り早く求めていった結果、今では大層な名前をつけられてしまっただけの話。それのおかげで最近は絡んでくる人間も極端に少なくなり、いよいよ世界に独りきりになったような感覚を味わい始めて。

 "この世界が・・・腐っている"

 確かにと、頷いてしまうと自分も同じ轍を踏んでしまいそうだからそれを否定する。結局肯定したところで、この世界から逃げれるわけではない。ならば見ないフリをして、楽しいことだけを探していればいい。
「・・・・」
 しかしそれが困難になろうとしている今。世界に、黄昏が下りてこようとしている。贖うことのできない終末点が、見えようとしている。
(俺ももう、さっさと退場したいわ・・・こんな世)


  ドス――ッ!


「!!?」
 その言葉が。引き金だと。呟けばこの世界が終わることもわかっていた、わかっていて紡ごうとした瞬間。真島の体を、まるで鋭利な刃物で刺すような痛みが、襲った。
「・・・!?」
 慌てて見回す。刺されていない、辺りには誰一人たっていない。だが彼にはわかった、それが何であるかそれが誰の"モノ"か。



   アイツ、あの餓鬼・・・ッ!



 殺気を辿る先には、黒い短髪にと喪服。この場ならどこにでもいる、青年が立っていた。だが明らかに浮いていた、雑踏の中に紛れた獣。少なくとも真島の片目にはそう映った。
「どうかしたか?」
「・・・いえ。あの坊主、どっから入ったんかと思って」
「・・・あぁ、アイツか」
「なんや、風間の知り合いか?」
「一馬ァ!!ちょっとこっち来い」
 ぴくりと、青年の方が動きこちらに来るまでの間。彼は殺気をずっとこちらに向けたままだった、しかし風間の隣に立った途端それが嘘のように消え失せる。
「紹介する。桐生一馬、俺が子供のころから目をかけてやってる奴だ」
「・・・初めまして」
 一礼して顔を上げる、仏頂面で真島から見ればまだ子供、気配も一般人と微塵も変わらない。
「風間。お前また子育てしとんのか」
「親っさんに恩返しがしたくて俺が無理やり入らせてもらったんです。親っさんは悪くありません」
 嶋野の挑発とも取れる言葉を、一蹴する。垣間見えた気配は先ほどと同じ、つまりあの殺気を向けていた相手は嶋野ということになる。
「・・・なかなか、肝据わっとるガキやのぉ」
「まだ入りたてて口の利き方がわかってねぇんだ。勘弁してくれ」
「まーしゃーないわな。俺も昔はそうやったからなぁ・・・がははははッ」
 向けられた嶋野は気づいていない、親である風間も気づいていない。だが真島は気づいた、桐生という二十歳幾許もない青年の殺気。今にも親を殺しかねなかったその気配。
「・・・」
 青年の目には、彼の敬愛する親しか映っていないようで。真島の片瞳が向いていることに気づいていないらしい。







         みぃつけ、た。


 だから気づかない、終末に向かうはずの男の目がどんよりと光ったその刹那を。




「テメェ・・・調子乗ってんじゃねェぞッ!!」
 男の暴言に、彼は嘲笑うだけ。
「な、何がおかしい!?」
 あまりの態度に激昂した別の男は、拳を振り下ろした。それは彼の腹にまともに抉り込む。みしりと骨の軋む音を前に一瞬意識がぷつりと途絶えて、思わず膝をつく。
「かは・・・ッ」
「風間の親父に認められてるからってデカイ面しやがって・・ッ!テメェムカつくんだよ桐生!」
 容赦なく浴びせられる罵声怒声暴力。体を丸め込んで耐え凌いだ。彼らが飽きるまで、只管に。
「・・・・・」
 ある程度の事態は予測していたが、実際は予想以上だった。同時に、敬愛する人物がいかに高潔かを彼は知った。あの人に恩を返したいと考える彼にとって、ここでの暴力沙汰は彼の人に対する迷惑でしかない。
「っぅ・・グ」
 だから耐えた、ただずっと。叫んだところでないたところで助けてくれる人物もいないことはわかりきっている。



      入り口に立てた自分は、世界にただ一人きりだと理解していたから。









スタート、ワールドエンド 02








 人の滅多に通らない、裏路地。華々しい光から逃げるように、体を引きずりながら歩く。一歩踏みしめる度に体の至る所が悲鳴を上げた。
「・・・っ」
 いつ意識を手放してもおかしくはない。先輩と称した名前も知らない人間達から暴力を受ける日々。いくら自分の回復力が尋常でなくたって、限界がある。コップから溢れた水があたりを水浸しにするように、庇い切れなくなった傷は痛みと苦痛を齎した。
「・・・」
 自分という糸が、切れた音が何を切っ掛けか聞こえた。ガクンと力が抜けその場に倒れこむ。立ち上がりたい気持ちを上回る、無力な自分に対する苛立ち。
「・・しょォ」
 こんなところで終われるはずがない、あんな下種のような奴らに終わらせられる人生など持っていない・・・・否、奴等だけではない、この世のすべての人間に終わらせられる人生など持っているはずがないのだ。

 やっと世界の入り口に立てたところなのに、誰かのせいで終わるなんて真っ平だ。

「ちく・・・しょぉ・・っ!」
 それなのに今、意識を手放せばこのままこの世から消えてしまいそうな瀬戸際にいる。恩返しもできぬまま、野垂れ死のうとしている自分がいる。情けなくて悔しくて、けれど目から溢れるモノを拭う力すら、残っていない。



      ダレカ、タスケテ。



「お、よかったまだ生きとった」
 無駄なことが頭を過ぎったのと、背後から声が聞こえてきたのほぼ同時だった。

















「いやー。死んでたらどないしようか思った」
 桐生にとって、突如現れたその男は文字通り"奇天烈"としか言いようがなかった。ネオンサインの毒々しい多くの色を背負い、眼帯で片目を隠し素肌にジャケットを纏う。挙句右手には金属バット、左手には・・・。
「・・・・」
 左手には、人の頭部。姿だけが異質ではない、よく見てみれば一人の男を引きずってきていた。その男は、つい十数分ほど前まで彼に暴力を振るっていた連中の筆頭。
「アン・・タ、何して・・・」
「俺か?俺はただそこでバット振るってただけで?そこにこいつらが飛んできてなぁ、話聞いてみたら謝りたい相手がおるんやと」
「あ、ゃめ・・・くら・・・兄」
「――謝る相手、違うやろ?」
 引きずられていた男は、解放されるや否や足を引きずり彼の前で土下座を始めた。最早言葉は聞き取れない、口の中を切ったかあるいは歯を折られたか、暗がりで見えないがその姿は今の桐生よりも相当酷いモノだった。
「まぁよう事情わからんけど、こいつもこないに謝ってるし。これで許したってや・・・

    なぁッッ!!!」

              ゴキ――っ!


「っっ!!?」
 言葉とまったく裏腹の、どうにも聞きなれない音が耳に届いた。見えたのは、血まみれのバットが振りあがった瞬間と、土下座していた男が悲鳴すら上げずにコンクリートに倒れこむ姿。何が恐ろしいか、理解すらできなかった行為から現実に目を戻してみれば、再度バットを嬉々として振り上げる男が飛び込んできたことだ。思わず痛みすら忘れ男の腕に飛びつく。
「止めろォォッ!」
「あぁ!?なんでや、傷つけられたんはお前やろっ?邪魔すんなやっ!!」
「もういい!これ以上やったら死ぬだろ!?」
「自分も死にかけてたやないか!」

「でも生きてる!!」

「・・・・まぁ、それもそやな」
 必死の声、男はあっさり頷くと右手を手放した。転がる、先のへしゃげたバット。倒れた人間はぴくぴく指を動かしているのだけは確認できた、しかし頭上に咲くのは朱色の華。
「はやく、はや、く救急車・・・!」
「・・・しゃーないな」
 男はそんな状態を見て大きなため息を一つ、ぱちんと指を鳴らせばどこからともなく現れる数人の人間が乱暴に倒れた彼を持ち上げ闇へと消える。残されたのは、薄黒く変色した華と自分と男。
「・・・・どこに」
「どこにって、病院・・・まぁ、この世界から足は洗うやけどなぁ・・ええんちゃう?」
 まるで興味のない玩具を捨てる時。背筋が凍る、体温が無機質なコンクリートに奪われていく。立つことすら億劫のはずなのに、座ることを心が拒絶する。今膝を着けば、自分も朱色に染まってしまう。この男に、殺されかねない。
「・・・っく」
 だが体はあくまでも。力の抜けた膝がそのまま重力に従う。
「っと・・・大丈夫か?」
 膝がコンクリートに着くか着かないか、その寸前。体が引っ張られた。視線を向ければ、眼帯の男が笑っている。
「さて、家どこや?」
「・・・?」
「病院行きたいんか?このあたりは全部東城会の息かかってんで?」
 その言葉がいかなる意味を持つか、わかっていた。わかっていたからこそ、首は自然と横を振る。けれど横に振れば・・・?



「なら、家送ったるさかい教えたってや・・・桐生ちゃん?」



「・・・・・場所、は」
 少し霞む視界に映る恐ろしいまでの笑顔と離さないように力の込められた腕、逃げ場を失ったまだ若い青年は。震える唇で最初の一歩を踏みしめた。
    (それが終わる世界の最初の一歩だとも知らずに)






  • ABOUT
うろほらぞ
Copyright © うろほろぞ All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]