「ぅぁ・・」
体を捩じらせ、くねらせ。床に爪を立てた。背中に張り付く脱ぎ散らかされたシャツ越しに伝わるフローリングの感触。そこが今、桐生が唯一自分の知る自分の空間だった。
「にぃ・・・っ」
「俺の名前、知ってるやろ?」
「ッ。くぅ・・!」
「ほら、ほら。言ってくれんと、俺も寂しいわ」
真島の至極満足そうな声も、今の彼には届いてない。下半身から脳へ、脊髄をから伝わる得体の知れない感覚から逃げるのに必死だから。
「やッ・・・ん、な。本当に・・・何して・・っ!?」
誰にだって触られたことのない場所に、入っている男の指が蠢く。それは曲がり引っ掻き擦り、下腹部から生まれる苦しさと圧迫感から口をパクパクと動かし、空気を求めた。けれど大きく吸っても、吐いても。息苦しさは変わらない。掠れた声は男に助けを求め宙に浮く。
何をされているのか、そこにあるのは純粋な。知らない感情に振り回されようとしていることに対する脅え。自分が自分でなくなることに対する、恐怖。
「何って・・・女とやったことあるやろ?相手が男に、代わっただけや」
「な、んで・・!」
「お前があんまりに、可愛かったから」
「・・・ッ」
それは”逃げるな”と暗に言っているのと同意語。むしろ逃げれるものなら逃げ出したい。けれど玄関は不幸にも真島の背後で塞いでるのも同じ。逃げることなど、できる状況ではなかった。
「・・・はぁ、ァくゥ――ッ?」
抜いては入り、入っては混ぜられ。ぐちゃぐちゃと部屋に響く音から逃れられない。けれど不思議なのは、さっきまでの息苦しさが少しずつ薄れていること。そして変わりに言いようのない熱と、腹の底を刺激する痺れが生まれ始めていること。
「ぁ・・ッ!ん、ぃゃっ!」
一端自覚してしまうと今度ははっきりと、それを感じた。彼の戸惑いが指から伝わったか、真島は口を耳元へ寄せる。
「そんなに、美味しいか?」
「ァっ・・・?」
「今桐生ちゃんが下の口で食ってんの、俺の土産やねんで?」
「っ!?」
「そういやアルコール入り買ったっけなぁ。ブランデーやったかなんやったか。まぁどうでもええわ、そんなこと。結果的にはよかったしなぁ。最初は、気持ちイイほうがええやろ?」
染みる声に気を向けていた直後。体を突き抜けた甘く濡れた痛み。気が付けば指が一本増えていた、先程までとは比べ物にならないほど激しく動かされていた。それなのにそれをすべて受け入れて、さらにまだお釣がくる、声が止まらない。
「ぃやッ、あっ、あ、は・・ァンン―――ッ!!」
張り詰めていた糸がぷちんと切れた瞬間生暖かい液体が、腹の上に飛び散った。びくびくと痙攣する、襲うのは解放感と後悔。
「――あ、ッは・・ハァ」
「・・ほんま、まさかこんなやらしい子やったなんて。ちょぉっと俺、驚いた」
桐生がイッたことを確認して、真島は引き抜いた右手で床に散らばる液体をすくって、見せる。茫然自失となっていた桐生の頬が、途端に高揚した。
「そん、なっ・・!」
「だって、これで濡れてんねんで?ケツにこれ入れられて美味しいゆうヤツ、なかなかおらんで?」
掌はつっと、肌蹴た彼の肌を撫でる。中途半端な冷たさが、ぞくりと新たな場所に生まれて、火照った。
「い、・・・・ン、ッん」
「それとも、美味しくないか?せっかく選んできたのに」
下が開放されたと思えば今度は上、肌に容赦なくぬすくりつけられる生暖かい液体。
ただそれだけではない、彼の既に固くなった突起をいじらしく触れて、或いは優しく周りを撫でて。絶え間なく与え続けられる背筋を通り抜ける形を成した”感情”。さっき吐精したばかりの場所に、また熱が集まり始める。
「ァ、あっ・・」
「なぁ。どうなん?一馬」
「ん・・あ、っは・・・っんン・・ッ」
頭の中が真っ白になる、もう全部がどうでもよくなる。刺激はもう痛みではなく甘美な誘惑・・・これが、これこそが”快楽”というものだろう。初めて知った、こんなに理性を崩落させるものだとは。
「なぁ・・・一馬」
それを認めさせるように響く、捕らえる声が求める答えに複数なんてない。それは命令で、服従で。でも呼んでくれる名前が確かにそこにあって。
「おぃ、し・・・い―――で・・すッ」
(酔ってしまう、この世界に、この男に。屈服してしまう)
「そっか、よかった」
「・・・ィッく。っゥぁ・・」
何かが決定付けられた瞬間、彼は逃げようと足掻いていた両腕で顔を隠す。逃げることをあきらめたと、そう思った真島はその手の下から聞こえる声に、動きを止めた。
「・・・どうした?」
「っ・・・ィ」
「また、泣いてんの?」
表情が見えない、感情が読めない。自分の知らない子供がいる、もう一ヶ月近くになるというのに。その間ずっと側にいたはずなのに。どうしてか酷く焦った。
「・・・おれ」
「・・・?」
「俺・・・こんな、弱いヤツだ・・・った・・・ッ!」
「・・・・きりゅ」
考えもしなかった言葉と一緒に、頬を伝う大粒の雫が見える。バクンと、心臓が大きく脈打った。
「こんなんっ。じゃ、親父に、ぃ、捨てられる・・・っ!」
「・・・・」
「兄さんッ、だって、強いヤツがっ・・ッく。好き、なのに・・・!」
「・・・・っ」
「ごめん、なさ・・・ごめっ!なさ、イぃッ・・・!」
言葉が聞き取れないほどになって、最後は泣き声となんら変わりなかった。それはついさっきまで見ていた、ただの子供。後悔はないけれど、ないけれど。ただ、胸が詰まる。
「・・・顔、見せてみ?」
「ゃだッ・・・おれ、今ぐちゃぐちゃ・・ッ」
「せやからや、取りや」
桐生の上に跨ると、伸ばした手で覆いかぶさっていた腕を掴む。両手を除いた顔はぷいと明後日を向いた。
「でも・・・っ」
「俺の言うこと、聞かれへんのか?」
「ィ!?ン・・っはぁ・・あっ、ん」
突然再開された行為に桐生の目が見開く、先刻で緩みきった穴はするりと。グズグズに溶けきった肉壁は真島の指を受け入れた。息付く暇すら与えず、わざと大きな音を立てて動かす。
「さっきから腹に俺のが当たってんの、わかるか?」
「はっ、あ、あんっ!」
「俺のな、もうガチガチでな。正直ズボンきっついねや。お前があんまりにも可愛いから、ほんま久々に勃った」
「は、ぁ・・・つぅッ」
「お前が弱くていいのは俺の前だけ、いやらしいのもみんな俺だけのもん。それでええやろ?寂しくなんかせぇへんわ」
「ほ。あぁ、んっ・・とに・・・!?ほんっ・・とっ?」
本当はいろいろ考えていた、この世界の終わらせ方を。この子供を使って、どうやって終わらせるかただそれだけを考えて。
「嘘なんて、つくか」
でもこの時この瞬間、考えることすべてが馬鹿らしくなった。それより彼をめちゃくちゃに犯してやればいい、その後のことはその後考えたらいい。計算高くよけてきた生き方の中で唯一初めて、何も考えずこの体を貪ることだけに想いのすべてを注ぐことにした。この心が求めるがまま、彼を。(あるいは彼が求めるまま、この心が)
「吾ろ、うさ・・・ッ!吾朗さ、んっ」
「・・・なんや?」
彼の望んだ言葉は最後の抵抗を奪い、ただ一心に快楽を求め体を悶えさせ、最中絡み付いてきた腕を背中へと縺れさせた。埋められた顔の下から。本当に小さい声が、耳に届く。
「すき、・・・貴方が、好き・・ッ」
―――ぱきんっ。
「・・・・ほんまに、可愛いなぁ・・お前は」
心に響いた小さな音は、耳元で囁かれた告白の前に掻き消えた。
(聞いていれば、変わる世界があったのかもと後悔するのはあとの話)
「・・・・」
東城会の門を潜るのは片手で足りるほど。尤も、下っ端も下っ端な彼が通ることすら普段はないのだから当たり前の話。今日も無理やりつれてこられなければ来ることもなかっただろう。
「一馬!」
「っ!親っさん・・?」
目ぼしい知り合いもおらず、一緒に来た相手はいつものようにふらりと消えて。彼は途方にくれていた。しかし突然名前を呼ばれて、振り返った先。そこには風間が立っていた。随分久しぶりの気がして、少し痩せたかもしれないと。心にちくりと、小さな針が刺さった。
「一馬!」
「っ!?」
いつも思慮深い、落ち着いた雰囲気はどこにもない。慌てて駆けてきたと思ったら、いきなり抱き寄せられる。
「お、親ッさ・・!」
「お前、大丈夫か!?」
「はっ!?はいっ」
ドスの利いた声で聞かれれば、思わずこちらも背筋を伸ばして答えてしまう。その時手に持っていた鞄を落として、慌てた。
「ッ・・・すまないな」
「いえ。俺のほうこそ・・・」
その鞄の持ち主を知っているからか、風間の眉がわずかに潛む。その常人ならばおそらく見逃すであろうそれを汲んだ彼の表情が沈む。
「・・・元気で、やっているのか?」
「はい、おかげさまで。よくしてもらってます」
「そうか・・」
それ以上の会話が、続かない。昔はそんなこともなかったはずなのに。
「・・・・」
確か覚えているのは、真島組の立ち上げの際まるで当たり前の如く事後承諾で桐生一馬を引き抜いた、あの狂犬の勝者の笑みだ。本人が望んでいると言われ、見ればすっかり雰囲気の変わった子が立っていた。ある意味予想通りで、ある意味最悪の状況が生まれていた。
それからまた二ヶ月ほど経った今、執念深い蛇のようなあの男はどこに行くのも彼を付き従わせながら、誰とも会話させない徹底振りで。今日がなければまだしばらく会うこともなかっただろう。
「・・・あの、親ッさん」
本当は、なるべく傷つかないように大切にするつもりだったのが。よりによってあの男の手に落ちるなんて、考えるだけで腸が煮えくり返る。
「なんだ?」
「俺、今すごく幸せです」
「・・・・そう、か」
彼は知っているのだろうか。その言葉は肯定ではなく、強制終了させるものだと。それを言われれば、こちらはどうにもできないのだと。
「よかった。そりゃ・・・よかった」
眉間の皺を解き、男は静かに微笑んだ。目の前にある笑顔が本物で、彼が幸せならそれで構わないと、必死に言い聞かせた。言い聞かせた。
「桐生ちゃーん!」
「っ!」
「・・・・」
それすらも引き裂く独特の声、振り返れば。廊下の奥、真島とその親父である嶋野の姿が見えた。
「なんや、こんなとこにいたんか」
「兄さんがいなくなったのが悪いんです」
「いやなー、親父に無理やりつれてかれて・・」
駆け寄ってきた真島は、当然のように桐生の前に立つ。思わず睨み付ける風間に目を配せた嶋野は、ため息混じりに笑った。
「何言うてんねや。ワシは迷子になったお前を拾うただけやぞ」
「親父、それ言ったらあかんってさっき・・」
「お前がワシを悪もんみたいに言うからや、ボケ」
「兄さん。ここで迷子になるんですか・・?」
「ここが広いのがいくないねんで。隠し部屋まであるゆうしな」
「俺は迷いませんよ?」
「そりゃ・・・もう、悪かったって」
こうしてみれば、何の毒気もない二人。けれど親から見れば明らかに異質で、組の長と部下というよりかは。単なる恋人同士。特に風間から見ればおかしい以外の言葉が生まれてこない。
「・・・じゃあ親父。俺帰りますわ」
「おぉ。元気でな」
「嶋野組長、親ッさん。失礼します」
「・・・あぁ」
踵を返し、東城会を後にする二人。若い二人の背中を眺めていた嶋野は、再び盛大な溜息をつく。
「なぁ、風間」
「・・・なんだ」
「お前、子離れせんとあかんで」
「煩い」
一蹴され、やれやれと肩で息をつく。これではどちらが子供でどちらが親か。わかったものではない。
「まぁ初めて会うた時と随分印象が違うからなぁ・・・最初は、あれと同じかと思っとったけど。やっぱ違うかったわ」
「・・・・」
「せやけど。安心せぇや」
「・・・?」
「アイツは、まったく変わりなかったから」
それが、何を意味するのか。視線をいなくなった二人から移す。そこにはあの子にしてこの親ありと言わんばかりに、凶悪な笑みを浮かべる男。
「俺だって、たかだか色恋如きで狂う豺飼うてたわけやない。あれはお前が思ってる以上に気違いの、阿呆や。人のことなんて、なーんも考えおれへん」
「・・・・」
「今は、今までにないもん手に入れてはしゃいでるだけや。直に気づくわ」
「・・・・」
「まぁお前はせいぜい、あの子が帰ってきたとき優しく迎えたれや。それがお前やろ?」
「・・・・嶋野、お前」
「あ?そっちのほうが嬉しいんやろ?ワシもまぁ、あれはちょっと調子乗っとると思うから、たまにはいい灸になるわ。お前のガキには悪いけどな」
その言葉を鵜呑みにすれば、見えてる道は一つしかない。あれだけ寄り添って歩いた道は、転げるしかないやはり奈落だということで。
「・・・・一馬」
「俺、今すごく幸せです」
頭の中に木霊するあの声が、可哀想でたまらなかった。
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