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うろほろぞ
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o5








「・・・・」
 重い瞼を開ける。最初はまだ夜かと思ったが、それにしたって暗すぎる。思わず体を起こした。
「・・ァ?」
 さっきまで意識はあった、ベッドの上で。最早日常行為になりつつあることを楽しんでいたはずなのに、今感じるのはやけに暗く冷たい漆黒。
「一馬・・?」
 名前を呼ぶ、隣で寝ているはずの彼の名を。腕を伸ばして探す、けれどそこには誰一人いない。ただ独り”己”が存在していた。
「・・・・あァ」
 そこまで考えて思い出した。そういえば昔よく見た夢じゃないかと、独りで空間に取り残される夢。最近とんと見ていなかったから忘れていた。自分が、一番自分だと確信できる、真島の最後の領地。
「そ、っか。ほんま、忘れてた」
 いつもここで何をしていたか、確かだらだらと時間を潰して気が付けば朝だったか。脳が起きているのか心が起きているのか。そんなこと夜と朝ばかり繰り返していたら、気が付けば取れない隈が目の下にできてしまったのも。いい思い出だ。
「・・・・」
 ならこれもその類、だらだらと潰す以外に方法はない。とりあえずその場に寝転んでみる。時を刻む音すら聞こえない完全な無の空間。
「・・・・」
 目を瞑り思い出すこと言えば、自分が今まで何をしていたか。これから何をすべきか、どうい人間でこれからどうなるか。自分のことを考えて、考え抜く。いつものことだ。

        『兄さん』

「・・・ッ?」
 ところが、今日に限ってそれ等を遮る、ノイズが響く。


『兄さん、俺。兄さんのこと好きですから』

       『あぁ、んっ。ごろ、さ・・・ッ!』


「・・・?」
 ほんの一瞬戸惑った隙を突いて、ノイズでは爆発的に増え収められないほどの声量で、心を支配する。目を瞑りきれない、瞑れば瞼の裏に彼の笑顔が映る。
「かず、ま・・?」(兄さん・・・)
 邪険に振り払うように。起き上がって辺りを再び見回す。けれど遮れないノイズ、防げない映像。

「やめ、ろ。止めろ・・・ッ!ウッサイねんッッ」

 残響が残響呼んで、残像が残像を呼んで。そのことしか考えられなくなる。
 ここでいていいのは自分だけだ、他者など必要としていない。この薄ら寒い空間は真島吾朗であるが故にできる穴、そこを埋めるものなど、必要ない。必要ない・・・!
「っ!?」
 逃げるように耳を塞いで、目を閉じて。気づく。どうしてここが”薄ら寒い”のか。いつもならそんなことすら感じない、己に完全に同化したモノのはずなのだから、何も感じないはず(でも今は、今は違う)
「・・・・ッ」
 歯がガチガチと音を立て始める。肩の震えが心臓の震えが止まらない、今にも凍り付いてしまいそうな。延々と続く黒が無限に広がって・・。


    (いつから、寂しくなった。いつから、冷たくなった)
  いつから、いつからここが暗(怖)くなったッ!?


「か・・・一馬ッ!一馬ァッ!!」
 ありったけの声で名前を呼んだ、ここにいてくれその腕をくれ、その肌を温かみをくれ。
「いや、や。いやや・・・ッ」
溢れんばかりの感情が、一筋頬を伝う。足元を這う辺りと同化する黒、飲み込まれる。闇に漆黒に、恐怖に―――ッ!






「カズマアアァァッッ!!」




 側にいて欲しいと願った。
 けれど声は届かなくて、手が掴むのは闇で。




あっけなく、塗りつぶされた。






















「ッッ!!!!」
 眼球が、ありったけの力で見開かれ彼は目を覚ました。転げるぐらいの勢いで飛び起きて、辺りを確認する。
「・・は・・・ハァっ。ハ、ァ・・・」 そこには床があって窓があって、カーテンがある。
 ぎゅうと拳を握れば、馴染んだシーツの感触がはっきりと伝わった。何も変わらない、普段の空間。

「・・・っん」

「っ!!?」
 隣で声がして、思わず肩をビクつかせる。目を向ければ桐生が身じろぎしながら眠っていた。気を失ったからそのままにしておいたことにしたことを、思い出す。
「・・・・かず、ま」
 渇ききった喉で、静かに名前を呟く。同時に恐る恐る伸ばした手は、虚を掴むのではなく湿った肌に触れる。
「っ!!?」
 もう一度、驚いて手を反射的に引っ込めた。その生温かい感触にぞくりと、悪寒が走ったからだ。


 なんだ、"これ"は?


 心地よかった狭い部屋に、突然感じる疎外感。いるなと言わんばかりの空気、空気が責める。これの隣にいるなと、場違いだと。
「っ!?」
 気が付けば、自分の全身が小刻みに震えていた。何かに脅えきったような、そう、脅えきったような。この自分が。何かに。心底脅えていた。
「バ、か・・なッッ」
 ベッドから飛び起きた彼は脱ぎ散らかした己の服の中から、一本の漆喰塗りの棒を取り出す。それが両手に馴染むのを確認して、ゆっくりと引き抜けば中からすらりと銀色に光る刃が現れた。
「・・・・」
 うっとりとした視線で眺め、数度振る。カーテンの隙間から漏れるネオンの光で軌跡に色が付く、赤、黄色、紫、赤。幾人の血を吸った業物が鈍く光る。
「・・・・」
 そして視線を、ゆっくりとベッドに眠る彼に向けた。利き手に持ち替え、大きく息を吸う。
 いつも通り、いつも通り、肌を切り裂き血飛沫が飛ぶところを想像して。気分を高揚させて、笑みを造って。




 造って、振り下ろすッ!!!


                『―――兄さん』




「っっ!!!?」
 勢いよく振りぬいたそれを、最大限の力と左手で押さえ込んだ。ピンと手が震えて、寸前、眠る桐生の喉に触れるか触れないか。コンマ数ミリで止まる。
「・・・・」
 無が、空間を支配する。空気が、存在が言葉ない重圧を。彼の背中に乗せる。
「・・・は、ハハッ」
 笑みが、自嘲の笑いが漏れた。一通り笑った後その場に崩れ、握っていた刀を明後日に投げる、がすんと壁に突き刺さる音が聞こえた。本当は、目の前の彼に刺さるはずだった音が、遠い場所で。
「あ゛―――――ッ。信じられへん」
 穴の開いた心に風が通る、嘗てない脱力感が体を襲う・・・到底、信じられるはずがない。


 終わりを見ていたはずのこの目が、手が。終末を拒絶した瞬間など。
    いつでも死ねるはずだったこの心が、"生きたい"と思った瞬間など。
        この存在が必要不可欠で、離しがたくなっていた瞬間など。

「・・・あかん」


 思い至って、否定する。すべてをかけて、今までのことをすべて否定した。否定しなければならなかった。
「あかんあかんあかんあかんあカンアカンッ。んなアホなこと、許されるかッ!!」
 虚無と絶望の次に現れるのは、やり場のない怒り。
 自分が自分でなくなることを今の今まで気づかなかった。どうしてこうなった、何があった。ただガキの心を開いてやりやすくしただけのはずだった、そうだった。いつから考えなくなった溺れていた?いつから立場は逆転していたっ!?
「・・・畜生っ」
 両手で頭を掻いて、必死に探す。しかし思い出そうとしても、蘇るのは眠る子供の笑顔や仕草。それ以上は何も覚えていない、それはそれが幸せだった時の思い出であり、今では気分が悪くなる悪夢。

        俺は"真島吾朗"で、それ以外じゃない。
          これはもう"真島吾朗"じゃない、知らない誰かだ。

「・・・・」
 誰かと寄り添うそれは最早全くの他人、別人。今更のことを、今更思い出して。彼は立ち上がると服を手に取り、着替え始める。
「・・・・」
 振り返り、極力見ないようにする。彼の寝顔、彼の吐息。すべてが後ろ髪を引く存在、見てしまったら戻れなくなる。真島吾朗に、狂犬に。そうなれば、今まで生きてきた人生は、これから歩む人生はどうなる。もうあそこを恐怖だとは思いたくない、あの黒こそが生きる場所で、安らぐ場所のはずなのだから。



 己は、己以外の存在を心に許さない。



「・・・・・」
 着替え終わった彼は壁に刺さる一振りの刀を抜いた。
 最後に冷めた視線で桐生を一瞥し、部屋を去る。



            振り返ることは、一度もなかった。











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