男は空腹であった。
現任務中にサバイバルに目覚め、今や三大欲求の中で食欲にそのパワーのほとんどをつぎ込んでいる筋金入りの食欲魔人である男は、空腹であった。
最早生き物という生き物は彼の気配だけで姿を消し、植物までもが結託しているかの如く全く見あたらない。
先ほど哀れな蛙を一匹捕食したものの、彼の腹は満たされなかった。
最早最後の手段かと頭を抱えた彼の耳に響いたのはぴりりと鋭い電子音、そして空腹とは無縁そうな元気な女の声。
スネーク、どうしたの?さっきからずっとそこにいるみたいだけど
いや、腹が減ったんだが、食べるものがなくてな
レーションがあったじゃない。あれを食べたらどうかし
いやだ
即答したわね
一応、最後の手段としては、考えている。考えているが俺はこれを食べるくらいなら毒茸の方がましだ!
任務を優先しなさい!…そのあたりには鳥類が多いはずよ。しばらくじっとしていれば確認できるんじゃないかしら
それはありがたい情報だな
…………ねえスネーク、ちょっと聞いてもいいかしら
どうしたパラメディック。改まって。愛でも告白してみるのか?
あなたに告白しなきゃならないのは愛じゃなくて懺悔よ
何に対して!?
あなた、ザ・ボスのもとにいたのよね?
ああ、そうだが…?
どんなもの食べてたの
は?
だから、どんなもの食べてたのかって聞いてたのよ。ヘビだって美味しく食べちゃうあなただから、やっぱりカエルだってミミズだってアメンボだって食べてたの?
…パラメディック…俺はこの任務で初めて狩りをしたし、初めて食べたんだぞ、ナマモノ全般は。
えっそうなの!?
だから初めて聞く生き物の時は毎回君に聞いてるだろう。うま
美味いかって?
…そうだ
だってあまりにも慣れてるからてっきりザ・ボスの教育方針かと思ったわ
…まあ、それはないことは、ない
あっやっぱり山に一人放りこまれて一週間暮らせとか無人島に放り出されて一週間暮らせとかそういう
違う
何だつまらないのね
パラメディック、料理は得意か?
どうしたの急に。まあ、人並みには出来るわよ
ボスは、凄かった
す、凄い?
たまに、俺が訓練から帰って来たときに夕飯を作ってくれることがあった。が…あれは…
美味しかったの?
黒一色だったな
うわあ
それを食べて10数年生きてきたんだ、今更ナマモノくらいどうってことない。むしろ火が通っていないだけご馳走だろう
なんだか泣けてきたわ
笑いを堪えながら言わないでくれ
スネーク、あなたが無事帰ってきたら腕によりを奮ってご馳走するわね
…楽しみにしてるよ
焼き加減はミディアムでよろしいかしら?という楽しげな声と共に通信は途切れ、男は再び静寂に包まれた。脳裏に思い出されたあの食べ物未満の黒い物体。親代わりであった完璧であった女の唯一とも思える綻びを想い、彼は少しだけ微笑んだ。ああ、あれを食べて生きていたのだから、戦闘糧食の一つや二つどうだというのだ。
辺りは相変わらず生きる物の気配ひとつせず、途方に暮れたように男は空を見上げる。
そして、今すぐ少佐に連絡して、あのやかましい女医の料理の腕を確認すべきか否か、を考えた。
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