シギントは会場を見回して溜め息をついた。
新年パーティーに来ているほぼ全員がパートナーを連れていた。勿論シギントも恋人と一緒に参加するはずだったのだが、出かける直前に喧嘩をしてしまったのだ。
「まぁ、怒るのも無理ないか、、、。」
売り言葉に買い言葉で、一人で行ってやると出てきてはみたが、この席に一人きりはあまりに惨めだった。
「さっさと帰って、膝をついて平謝りといくか、、、。」
出口へ向かおうと踵を返したシギントはテーブルに並んだ数種類のグラスに目を留めた。
「『ごめんなさい』の前に景気付けといくか、、、。」
マティーニを手にとって、一口飲んだシギントは嬉しそうに頷く。
「やあ、シギント。」
振り返ると、男女4人が立っていた。ドレスアップした可愛らしい女性と、少し気の強そうな目をした女性、そしてタキシード姿の 2人は、職場で見かけたことがあった。
「やぁ、、、ええっと、、、悪い。名前が出てこないんだけど、、、。」
どうやら同僚らしい2人にあまり友好的な雰囲気を感じなかったシギントはなるべく表情を変えないよう心がけた。どうも、些細な事で突っかかってくるタイプに見えたのだ。
「知らなくても仕方ないさ。俺たちは部署も違う。君は有名人だからね。」
「、、、どうも。」
先日の新設局への大抜擢を身内や親しい友人達は祝福してくれたが、若者の出世には妬みが付き物だ。そして自分の才能云々は棚に上げて、黒人の彼が自分より出世することが許せない白人は沢山いる。
「それにしても、奇抜なファッションだな?」
「まあね。流行の最先端ってとこさ。」
「アフリカ流だろう?」
「どうかな。俺はアフリカに行った事ないしね。」
不快感を顔に出せば相手を喜ばせるだけなのは分かっていたので、シギントは軽い口調で答える。
「、、、流行り好きはオー少佐譲りかい?」
「少佐が流行り好きだなんて、初めて聞いたよ。」
シギントの素直な疑問に同僚もどきはニヤリと笑い、シギントは聞き返したことを少し後悔した。ろくな答えではなさそうだ。
「だって、そうだろう?黒人を後押ししてやるってのは最近の紳士のファッションなんだろう?」
隣にいた女性が、男の袖を引っ張りながら「よしなさいよ」と眉間にしわを寄せた。
馬鹿な男なのに連れはまともだ、とシギントは思う。
「何かと大推薦なのは時代の先を行っているってアピールなのかと思うけど。良かったな、黒人で。」
この男も気の毒な人間だが、それを見てニヤついているだけの片割れはもっと哀れだと、ため息が出そうになるのをシギントは何とか押さえ込む。
「ほんと、ラッキーだよな。流行が廃れなきゃいいけど。まあ、せいぜい少佐に媚を売って捨てられないように、、、」
「ちょっと良いかしら?」
聞き慣れた張りのある声。シギントは声の主を見て微笑んだ。
普段は清楚ではあるが、抑えた服装が常の彼女が、今日は抜群に美しかった。
光沢のあるベージュのカクテルドレスにビーズで百合の花が刺繍された薄いストールを肩に掛けたパラメディックは彼らの間に割り込むように入ってきた。シギント同様、表情には表れていないが怒りのオーラが漂っている。
「新年早々、人を妬む事しか出来ないなんて悲しい話ね。情けないわ。」
「妬む?冗談だろう?俺はミスター・シギントに正装とはどんなものか教えていただけだよ。」
「なーるほど。物って言い様なのね。その言い訳術を駆使すれば、仕事でどんなミスをしても切り抜けられそう。羨ましいわ。」
男は黙り込んだ。悪態をつきたい所だが、恋人の手前プライドが許さないようだ。
「彼に欠点が見付からないから、黒人がどうのって言うしかないのよね。もし彼の肌の色が欠点だなんて思っているのなら、あなた達が立ち直れなくなりそうな身体的欠点をここで披露しようかしら。私ね、健康診断書はきちんと目を通しているし、全部頭に入っているのよ。」
「い、、、行こうぜ!」
先ほどまでニヤついていた片割れがすっかり青ざめた顔でそう言うと、何か言い返そうと口を開きかけていた男と、女性たちを追い立てるようにしてその場を離れていった。
「あなたって最低ね」とか「言われっぱなしでいいの?何か言いなさいよ!」とか、不機嫌な女性の声が遠のいていくのをシギントはポカンと見送っていたが、はっとしてパラメディックに向き直った。
「よお、パラメディック。凄く似合ってるよ。」
「、、、ありがとう、シギント。彼らの味方をする気は毛頭無いけれど、その格好はどうかと思うわ。」
パラメディックは大げさにシギントの頭からつま先まで見回した。
「ニューウェーブさ。21世紀あたりには流行ると思うぜ。」
タキシードは辛うじて身に着けていたがシギントだったが、足にはスニーカー、更に頭にはヒューストン・オイラーズのキャップを被っていた。
「随分先の話ね、、、。少佐が見たら、ショックで寝込みそうな格好よ。」
「実は、、、出かけるって時にフォーマルな靴がどこにも見付からなくってね。タキシードは準備してたんだけど、、、。仕事で履いてる皮のブーツはボロボロで泥だらけ。仕方なくスニーカーを履いたら彼女が「そんな格好の男とは絶対に出かけない」ってかんかんに怒っちまってさ。」
「それで、一人で来たわけ?彼女に会ってみたかったわ。そのキャップはシルクハットの代わり?」
「ああ、スニーカーとバランスを取ろうかと思ったんだけど。」
「大失敗みたいね、、、。それより、あなたって我慢強いのね。どうして怒らないの?」
シギントはさあね、と肩をすくめて見せる。彼が子供の頃、白人に売られた喧嘩を買った近所の男がどうなったかとか、白人の女性に罵声を浴びせた母親の友人がその後どんな目に遭ったのかなど、彼女に言うつもりは無い。
「怒ったり、腹を立てたりするのは好きな相手にするのさ。相手の為を思ってね。どうでもいい奴と言い争うなんて下らないよ。」
「まあ、私はあなたと喧嘩したことが無いけど?」
「欠点が無いからさ。」
パラメディックは美しい笑い声を立てた。
「欠点の無い女だったら、パーティーに一人で来たりしないわ。」
「え、、、だって、、、」
彼女はうんざりと肩を落とす。
「プライドも恥も捨てて、私から誘ったのよ。まんまとすっぽかされたわ。」
シギントは困り顔で、言葉を探す。
「きっと、打ち明けられない仕事があったのさ。教えたらあんたに危険が及ぶような。」
「あなたって、本当にお人よしね。でも、ありがとう。」
パラメディックは手にしたグラスを一気に飲み干すと、くすりと笑った。
「内心ね、ハラハラしていたのよ。」
「何をだい?」
「例えばよ?私が彼にここに来ざるを得ないような条件を突き付けるとするわ。パーティーなんて御免だっていつも言ってる彼のことだから、きっと二度と誘われなくて済む方法を考えるんじゃないかしら。」
「なるほど?」
「きっと、、、ド派手なフェイスペインティングで登場するんじゃないかしらって、、、。」
パラメディックが真面目な顔で言うので、つられて真剣に聞いていたシギントは堰を切ったように笑いだした。
「有り得ないって断言できる?」
パラメディックも笑いながら尋ねる。
「多分ワニキャップも被ってくるぜ。」
「でしょう?だから気持ちの10パーセントはほっとしてるの。」
「残りは?」
「がっかり。」
彼女が微笑む寸前、本当に悲しそうな顔をしたのをシギントは見逃さなかった。
きっと来てくれると信じていたのだろうか。来るつもりだった彼が事件に巻き込まれたのかも知れないと、心の中では気が気でないのかも知れない。だが、そこまで踏み込んだいらぬ慰めを欲するような彼女では無いことはよく分っている。
「、、、俺は、帰って彼女に謝ることにするよ。もし良かったら送っていくぜ?」
そう言わなければ、彼女は平気なふりをしたまま、パーティーが終わるまで彼を待っているような気がした。(きっと、彼は来ないだろうと何故かシギントは確信していた。)
案の定、パラメディックは自分を納得させるように大きく息を吸い込んだ。
「そうね、、、ええ、そうね、、、。でも、一曲も踊ってくれないのは、つれな過ぎない?この曲、私のお気に入りなの。」
「おっと、失礼。この斬新なファッションの俺で良ければ喜んで。」
シギントは片手を差し出した。
「それにしても、さっきは驚いたな。」
フロアーで踊りながら、シギントは言った。
「何が?」
「健康診断書の話さ。あいつの青ざめた顔、写真に撮りたいくらいだったぜ。全員頭に入ってるなんて、凄いよ。」
ダンスの相手は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あんなの嘘よ。」
「はあ?」
「全部なんて、無理に決まってるでしょう?はったりよ。でも彼には知られては困る秘密があるみたいね。後で調べてみようかしら?」
「、、、怖いな、、、。」
彼女の、その悪女じみた表情はとんでもなく魅力的で、これほどの女性の誘いを断る男はよほどの「クソ」だ、とシギントは現れない英雄に次回会った時、ゼロ少佐ばりの小言を言ってやろうと思いを巡らせた。
数日後。
食堂で昼食をとっていたシギントの所へ、パラメディックが歩み寄ってきた。
「よお、この間はどうも。」
「私こそ、送ってくれてありがとう。あのね、あなたにこれを渡しに来たの。」
彼女は持っていたバッグから箱を取り出した。
「何だい?」
「開けてみなさいよ。」
シギントはチーズバーガーを皿に置くと、包み紙を破り始める。
箱の中にはぴかぴかのフォーマルシューズが入っていた。
「、、、こりゃ凄いな。高かっただろう?」
「ほら、お誕生日に何も渡さなかったでしょう?気になってたのよ。これでもう彼女に叱られないで済むわね。それに、、、」
パラメディックはシギントの目をしっかりと見つめて続けた。
「あなたは近い将来、このタイプの靴を常に履いている立場になるわ。きっとね。」
「そいつは、、、」
「ミスター・シギント!!」
食事中の全員が顔を上げるほどの大声を張り上げながら、ゼロ少佐がこちらへ向かってくる。
「俺、、、何かしたっけ?」
「さあ、、、、?」
テーブルまで早足でやってきた少佐は少し息を上げていた。
「聞いたぞミスター・シギント。パーティーに運動靴を履いていったそうだな。」
「運動靴?」
少佐の後ろでパラメディックが「ゴメン」とジェスチャーしている。どうやら少佐の耳に入れてしまったのは彼女らしい。
「私が母国に帰省している間に、何たる弛みようだ。身だしなみも整えられないような男に出世は無いぞ。」
「いや、、、反省してます。でも、もう大丈夫ですよ。彼女が、、、」
「ほら、これは私からの昇進祝いだ。」
少佐は紙袋を渡してきた。中身の予想はついていた。パラメディックも同様なのか、彼が袋を開けるのをじっと見つめている。
「(やっぱり、、、)」
中身は、これまた仕立ての良さそうな黒のフォーマルシューズ。
「バーバリーだ。上等だぞ。」
少佐は満足そうに言った。パラメディックが可笑しくて堪らないという目をこちらに向けている。
「あの、、、凄く嬉しいです。ありがとうございます。パラメディックも、ありがとう。」
シギントは二人に交互に礼を言いながら、パーティーの翌日に恋人がやはりフォーマルシューズをプレゼントしてくれたことを彼らには内緒にしておくべきだろうかと悩んでいた。
-END-
新年パーティーに来ているほぼ全員がパートナーを連れていた。勿論シギントも恋人と一緒に参加するはずだったのだが、出かける直前に喧嘩をしてしまったのだ。
「まぁ、怒るのも無理ないか、、、。」
売り言葉に買い言葉で、一人で行ってやると出てきてはみたが、この席に一人きりはあまりに惨めだった。
「さっさと帰って、膝をついて平謝りといくか、、、。」
出口へ向かおうと踵を返したシギントはテーブルに並んだ数種類のグラスに目を留めた。
「『ごめんなさい』の前に景気付けといくか、、、。」
マティーニを手にとって、一口飲んだシギントは嬉しそうに頷く。
「やあ、シギント。」
振り返ると、男女4人が立っていた。ドレスアップした可愛らしい女性と、少し気の強そうな目をした女性、そしてタキシード姿の 2人は、職場で見かけたことがあった。
「やぁ、、、ええっと、、、悪い。名前が出てこないんだけど、、、。」
どうやら同僚らしい2人にあまり友好的な雰囲気を感じなかったシギントはなるべく表情を変えないよう心がけた。どうも、些細な事で突っかかってくるタイプに見えたのだ。
「知らなくても仕方ないさ。俺たちは部署も違う。君は有名人だからね。」
「、、、どうも。」
先日の新設局への大抜擢を身内や親しい友人達は祝福してくれたが、若者の出世には妬みが付き物だ。そして自分の才能云々は棚に上げて、黒人の彼が自分より出世することが許せない白人は沢山いる。
「それにしても、奇抜なファッションだな?」
「まあね。流行の最先端ってとこさ。」
「アフリカ流だろう?」
「どうかな。俺はアフリカに行った事ないしね。」
不快感を顔に出せば相手を喜ばせるだけなのは分かっていたので、シギントは軽い口調で答える。
「、、、流行り好きはオー少佐譲りかい?」
「少佐が流行り好きだなんて、初めて聞いたよ。」
シギントの素直な疑問に同僚もどきはニヤリと笑い、シギントは聞き返したことを少し後悔した。ろくな答えではなさそうだ。
「だって、そうだろう?黒人を後押ししてやるってのは最近の紳士のファッションなんだろう?」
隣にいた女性が、男の袖を引っ張りながら「よしなさいよ」と眉間にしわを寄せた。
馬鹿な男なのに連れはまともだ、とシギントは思う。
「何かと大推薦なのは時代の先を行っているってアピールなのかと思うけど。良かったな、黒人で。」
この男も気の毒な人間だが、それを見てニヤついているだけの片割れはもっと哀れだと、ため息が出そうになるのをシギントは何とか押さえ込む。
「ほんと、ラッキーだよな。流行が廃れなきゃいいけど。まあ、せいぜい少佐に媚を売って捨てられないように、、、」
「ちょっと良いかしら?」
聞き慣れた張りのある声。シギントは声の主を見て微笑んだ。
普段は清楚ではあるが、抑えた服装が常の彼女が、今日は抜群に美しかった。
光沢のあるベージュのカクテルドレスにビーズで百合の花が刺繍された薄いストールを肩に掛けたパラメディックは彼らの間に割り込むように入ってきた。シギント同様、表情には表れていないが怒りのオーラが漂っている。
「新年早々、人を妬む事しか出来ないなんて悲しい話ね。情けないわ。」
「妬む?冗談だろう?俺はミスター・シギントに正装とはどんなものか教えていただけだよ。」
「なーるほど。物って言い様なのね。その言い訳術を駆使すれば、仕事でどんなミスをしても切り抜けられそう。羨ましいわ。」
男は黙り込んだ。悪態をつきたい所だが、恋人の手前プライドが許さないようだ。
「彼に欠点が見付からないから、黒人がどうのって言うしかないのよね。もし彼の肌の色が欠点だなんて思っているのなら、あなた達が立ち直れなくなりそうな身体的欠点をここで披露しようかしら。私ね、健康診断書はきちんと目を通しているし、全部頭に入っているのよ。」
「い、、、行こうぜ!」
先ほどまでニヤついていた片割れがすっかり青ざめた顔でそう言うと、何か言い返そうと口を開きかけていた男と、女性たちを追い立てるようにしてその場を離れていった。
「あなたって最低ね」とか「言われっぱなしでいいの?何か言いなさいよ!」とか、不機嫌な女性の声が遠のいていくのをシギントはポカンと見送っていたが、はっとしてパラメディックに向き直った。
「よお、パラメディック。凄く似合ってるよ。」
「、、、ありがとう、シギント。彼らの味方をする気は毛頭無いけれど、その格好はどうかと思うわ。」
パラメディックは大げさにシギントの頭からつま先まで見回した。
「ニューウェーブさ。21世紀あたりには流行ると思うぜ。」
タキシードは辛うじて身に着けていたがシギントだったが、足にはスニーカー、更に頭にはヒューストン・オイラーズのキャップを被っていた。
「随分先の話ね、、、。少佐が見たら、ショックで寝込みそうな格好よ。」
「実は、、、出かけるって時にフォーマルな靴がどこにも見付からなくってね。タキシードは準備してたんだけど、、、。仕事で履いてる皮のブーツはボロボロで泥だらけ。仕方なくスニーカーを履いたら彼女が「そんな格好の男とは絶対に出かけない」ってかんかんに怒っちまってさ。」
「それで、一人で来たわけ?彼女に会ってみたかったわ。そのキャップはシルクハットの代わり?」
「ああ、スニーカーとバランスを取ろうかと思ったんだけど。」
「大失敗みたいね、、、。それより、あなたって我慢強いのね。どうして怒らないの?」
シギントはさあね、と肩をすくめて見せる。彼が子供の頃、白人に売られた喧嘩を買った近所の男がどうなったかとか、白人の女性に罵声を浴びせた母親の友人がその後どんな目に遭ったのかなど、彼女に言うつもりは無い。
「怒ったり、腹を立てたりするのは好きな相手にするのさ。相手の為を思ってね。どうでもいい奴と言い争うなんて下らないよ。」
「まあ、私はあなたと喧嘩したことが無いけど?」
「欠点が無いからさ。」
パラメディックは美しい笑い声を立てた。
「欠点の無い女だったら、パーティーに一人で来たりしないわ。」
「え、、、だって、、、」
彼女はうんざりと肩を落とす。
「プライドも恥も捨てて、私から誘ったのよ。まんまとすっぽかされたわ。」
シギントは困り顔で、言葉を探す。
「きっと、打ち明けられない仕事があったのさ。教えたらあんたに危険が及ぶような。」
「あなたって、本当にお人よしね。でも、ありがとう。」
パラメディックは手にしたグラスを一気に飲み干すと、くすりと笑った。
「内心ね、ハラハラしていたのよ。」
「何をだい?」
「例えばよ?私が彼にここに来ざるを得ないような条件を突き付けるとするわ。パーティーなんて御免だっていつも言ってる彼のことだから、きっと二度と誘われなくて済む方法を考えるんじゃないかしら。」
「なるほど?」
「きっと、、、ド派手なフェイスペインティングで登場するんじゃないかしらって、、、。」
パラメディックが真面目な顔で言うので、つられて真剣に聞いていたシギントは堰を切ったように笑いだした。
「有り得ないって断言できる?」
パラメディックも笑いながら尋ねる。
「多分ワニキャップも被ってくるぜ。」
「でしょう?だから気持ちの10パーセントはほっとしてるの。」
「残りは?」
「がっかり。」
彼女が微笑む寸前、本当に悲しそうな顔をしたのをシギントは見逃さなかった。
きっと来てくれると信じていたのだろうか。来るつもりだった彼が事件に巻き込まれたのかも知れないと、心の中では気が気でないのかも知れない。だが、そこまで踏み込んだいらぬ慰めを欲するような彼女では無いことはよく分っている。
「、、、俺は、帰って彼女に謝ることにするよ。もし良かったら送っていくぜ?」
そう言わなければ、彼女は平気なふりをしたまま、パーティーが終わるまで彼を待っているような気がした。(きっと、彼は来ないだろうと何故かシギントは確信していた。)
案の定、パラメディックは自分を納得させるように大きく息を吸い込んだ。
「そうね、、、ええ、そうね、、、。でも、一曲も踊ってくれないのは、つれな過ぎない?この曲、私のお気に入りなの。」
「おっと、失礼。この斬新なファッションの俺で良ければ喜んで。」
シギントは片手を差し出した。
「それにしても、さっきは驚いたな。」
フロアーで踊りながら、シギントは言った。
「何が?」
「健康診断書の話さ。あいつの青ざめた顔、写真に撮りたいくらいだったぜ。全員頭に入ってるなんて、凄いよ。」
ダンスの相手は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あんなの嘘よ。」
「はあ?」
「全部なんて、無理に決まってるでしょう?はったりよ。でも彼には知られては困る秘密があるみたいね。後で調べてみようかしら?」
「、、、怖いな、、、。」
彼女の、その悪女じみた表情はとんでもなく魅力的で、これほどの女性の誘いを断る男はよほどの「クソ」だ、とシギントは現れない英雄に次回会った時、ゼロ少佐ばりの小言を言ってやろうと思いを巡らせた。
数日後。
食堂で昼食をとっていたシギントの所へ、パラメディックが歩み寄ってきた。
「よお、この間はどうも。」
「私こそ、送ってくれてありがとう。あのね、あなたにこれを渡しに来たの。」
彼女は持っていたバッグから箱を取り出した。
「何だい?」
「開けてみなさいよ。」
シギントはチーズバーガーを皿に置くと、包み紙を破り始める。
箱の中にはぴかぴかのフォーマルシューズが入っていた。
「、、、こりゃ凄いな。高かっただろう?」
「ほら、お誕生日に何も渡さなかったでしょう?気になってたのよ。これでもう彼女に叱られないで済むわね。それに、、、」
パラメディックはシギントの目をしっかりと見つめて続けた。
「あなたは近い将来、このタイプの靴を常に履いている立場になるわ。きっとね。」
「そいつは、、、」
「ミスター・シギント!!」
食事中の全員が顔を上げるほどの大声を張り上げながら、ゼロ少佐がこちらへ向かってくる。
「俺、、、何かしたっけ?」
「さあ、、、、?」
テーブルまで早足でやってきた少佐は少し息を上げていた。
「聞いたぞミスター・シギント。パーティーに運動靴を履いていったそうだな。」
「運動靴?」
少佐の後ろでパラメディックが「ゴメン」とジェスチャーしている。どうやら少佐の耳に入れてしまったのは彼女らしい。
「私が母国に帰省している間に、何たる弛みようだ。身だしなみも整えられないような男に出世は無いぞ。」
「いや、、、反省してます。でも、もう大丈夫ですよ。彼女が、、、」
「ほら、これは私からの昇進祝いだ。」
少佐は紙袋を渡してきた。中身の予想はついていた。パラメディックも同様なのか、彼が袋を開けるのをじっと見つめている。
「(やっぱり、、、)」
中身は、これまた仕立ての良さそうな黒のフォーマルシューズ。
「バーバリーだ。上等だぞ。」
少佐は満足そうに言った。パラメディックが可笑しくて堪らないという目をこちらに向けている。
「あの、、、凄く嬉しいです。ありがとうございます。パラメディックも、ありがとう。」
シギントは二人に交互に礼を言いながら、パーティーの翌日に恋人がやはりフォーマルシューズをプレゼントしてくれたことを彼らには内緒にしておくべきだろうかと悩んでいた。
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