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うろほろぞ
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 「…メイ?何しているの?」
  甘い匂いに惹かれて、台所にやってきたディズィーは、忙しそうに働く背中に声を掛けた。
 「あ、ディズィー。十四日はバレンタインだから、ジョニーにチョコをあげるの!」
 片手にボウルを持って、ピンクのフリルの付いた可愛いエプロンを着たメイが、にっこり笑って振り向いた。
 ディズィーは、そもそも『バレンタインデー』というものが何なのか理解できなかったらしく、首を傾げている。
 「バレン…タイン…?」
 「そっ。お世話に成った人に感謝の気持ちを込めてプレゼントしたりするんだけど、『ジャパン』では、この日だけは特別に、女の子が好きな男の子に告白して良い日なんだって」
 昨日対戦した、ハヤい人が言ってたんだ~。なんてさり気なく酷い事を言っているメイの言葉は、既にディズィーに届いていない。
 
 《女の子が好きな人に告白する日》

 頬を赤らめているディズィーを見て、メイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 「は・は~ん。ふ~ん。成る程ねぇ」
 メイが一人、納得したように頷くと、我に返ったディズィーが言った。
 「な、何?」
 「良いよ。ディズィーも一緒に作ろう」
 何処からともなく、メイが同じ様なフリルのエプロンを取り出して差し出した。それをぎこちなく受け取るディズィー。
 その様子を満足げに見て、メイが駄目押しを出した。
 「ソルさんに、あげるんでしょう?」
 瞬間、ディズィーの顔が爆発的に赤くなった。
 「メメメメメメメイ!」
 「違うの?」
 「……違わない……」
 聞き取れるか取れないかのか細い声で、肯定の言葉が返ってきた。
 「よォし!」
 
 






  二月十四日 パリ


 男は街中(まちなか)を歩いていた。何時もならこの時間は宿で寝ているのだが、今日は宿の主人に掃除をするとかで追い出された。
 特にする事も無く、昼間でもやっている酒場にでも行こうと思い立ち、表通りを歩いていた。 ふと、店先に並べられた小さなソレが目に入った。
 (……)
 「それが気になるかえ?」
 店の主と思しき、老人が笑った。
 「ここに有る物は、儂が全部作った。後継者が居なくて儂の代で終わりじゃ。兄さん、安くしとくよ? 」
 「……商売上手だな、爺さん」
 男は楽しげに笑った。老人も笑う。
 結局、寄り道の成果を抱える羽目に成った。懐に仕舞った小さな包み。──渡せる訳が無いというのに。
  らしくない事をしている自分を自覚し、苦笑いを漏らしてその寂れた酒場の扉に手をかけようとした矢先。
 「ソル!勝負しろっ!」
 転ばなかったのは天の采配か?取り敢えず、信じてもいない神に感謝する位に唐突で、酷く目眩がした。
 「……またテメエかよ」
 心底うんざりした表情で、頭を押さえて男──ソルは言った。
 「今日という今日は逃がさんぞ!」
 街中だというのに、しっかり《封雷剣》を構え、臨戦態勢を取っている。
 「あ、あの、カイさん?」
 背後に控えていた金髪の女性が躊躇(ためら)いがちに声を掛けた。はっと我に返って、カイは顔を赤らめた。
 「…すみません、マリーナさん。」
 ソルは、普通は俺に謝るんじゃねえか? とか思いつつも、口には出さない。
 「この男を見ると、つい……」
 妙な癖つけてんじゃねえよ、と再び心の中で毒づいた。
 「……?ソラリアさんは?」
 「え──?」
 カイにそう言われて、マリーナも辺りを見回す。今までそこに居たのに──。
 「「あっ」」
 カイとマリーナの声が重なった。
 「そる~♪」
 いつの間にかソルの背後に回っていたマリーナにそっくりな少女、ソラリア。勢い良くジャンプをしてソルに飛びついた。
 「ぐあっ」
 二人の身長差から、良いカンジに首にヒットして(しかもギアの力で)、ソルが呻いた。
 「そる?」
 そのままぶらさがって居るソラリアを猫の子の様に首根っこを掴んで
 引っぺがした。
 「テメエ、俺を殺す気かっ」
 右腕一本で自分と同じ目線まで持ち上げると、怒鳴る。
 「ちがう~。そらりあは、そるにぷれぜんと!」
 「ああ?」
 駄々っ子の様に、頬を膨らまして地団駄を踏む(ぶら下がっているので、正確には暴れているだけだが)ソラリアの言葉に、いまいち要領を得ず、カイに視線だけで問う。 
 「……今日は、バレンタインデーでしょう?ソラリアさんが、どうしてもあなたに逢いたいと言うので、探したんです」
 ……職権乱用じゃねえのか?
 突っ込み疲れて、ソルは盛大に溜め息をついた。
 その様子を見て、ソラリアは、白いワンピースの裾を風に躍らせながら笑っている。手は青い鱗を隠す為なのだろう、長い手袋をしているし、頭にはとがった耳を隠す為の布が巻かれ、首には相変わらず無骨なソルの額当てが掛けられている。
 それでも、ソルを見て、嬉しそうに笑っているその姿は年相応の少女のソレで、とても、ギアとは思えない。
 ソラリアはいそいそと懐から綺麗に包装された箱を取り出した。
 「はいっ!そらりあが、ぷれぜんと!」
 「ちっ……」
 取り敢えず、受け取ってみる事にした(このパターンでいくと、受け取らなかった場合、ソラリアとカイのダブル攻撃がきそうな雰囲気だった)。
 「あける、あける!」
 早く中を見て欲しいのだろう、期待の眼差しでソルを見詰めるソラリア。
 開けてみて、思わず顔がほころんだ。
 「こりゃあ…」
 「うれしい?」
 ソラリアから贈られたのは、一本の酒だった。かなり度のキツイ、ソル好みの辛口蒸留酒。
 「かいが、そる、おさけすきっていったから、まりーなが、じぶんがうれしいものっていったから、これ!」
 今、とてつもない事を聞いた気がしたのは気の所為だろうか?ソラリアは相変わらずニコニコと笑っている。
 「…?おい、これ、テメエが呑んで、決めたのか……?」
 「のんだ。おいしいの、すき♪」
 まあ、彼女はただの少女じゃなくてギアだしぃ~?毒素はギア細胞が中和・分解してくれるから……。ねぇ?
 一気に疲れが増したのは、決してソルの気の所為じゃない。
 

 「帰る……」
 そんな呟きが頭上から聞こえてきた。
 「ちょっディズィー!せっかく作ったんだよ?勿体無いじゃん!」
 慌ててメイが引き止める。この日の為に、何度も失敗して、試行錯誤を重ねてきたというのに
 「……だって、私…。渡せっ…ないっ!」
 零れた涙が、地面を濡らすのとほぼ同時にディズィーは身を翻した。
 メイとディズィーは、彼らの行動を一部始終、物陰から見ていた。
 ソル達の知り合いと思しき少女が彼(ソル)に何をあげたのか、何を話していたのかは分からないが、随分楽しそうだった。それだけで、何かが悲しかった。
 自分の知らない、ソル。──もっとも、自分も彼と知り合ってからまだ、ほんの少しの時間しか経って無いのだが。
 「む~」
 メイはディズィーの後姿を見ながら唸っていた。せっかくあのディズィーが、自分からやりたいと言い出し、初めて我侭(わがまま)を通してこんな所まで来たのに。








  二月十四日 夜・メイシップ


 「ご馳走様…」
 夕食時。食べ始めて数分もしないうちに、ディズィーは箸を置いた。
 「どうした、具合でも悪いのか?」
 一番上席に座っているジョニーが訊いた。ディズィーは、困った様な笑みを浮かべて首を振った。
 「いえ、大丈夫です。済みません」
 そのまま食堂を出て行ってしまった。ジョニーの隣に座っていたメイが、昼間の事を、そっと耳打ちした。
 「…成る程、ね」
 ジョニーの唇が苦笑い気味に歪められた。室内(で、しかも夜)だというのにサングラスをしているので、その瞳(め)がどんな風なのかは、メイには分からなかった。──その瞳は、実に楽しそうに笑っていた…。


 その酒場は、特に流行っているわけでもなければ、表通りの便利の良い所に在るわけでもない。
 それでも、いつも一定の──何人かの常連客が入っていた。ソルもその一人だった。
 店の主人は無愛想だが、酒を愛している人種の様で、彼なりのこだわりを持っていた。そのこだわりを理解できる人々だけが、ゆっくりした時間と、うまい酒を嗜む為に通う店。
 もう閉店間際で、客はソルしか居ない。グラスに入った、琥珀色の液体をゆっくりと揺らす。
 その時、カラン、と扉に付けられた鐘が鳴った。
 入ってきた人物は、その様子に臆する事も無く、ソルの隣に腰を下ろした。
 「テメエか」
  その男──ジョニーは、実に楽しげに唇の端を持ち上げる。
 「ウチのお嬢を泣かせるな、と言った筈だが?」
 「?何の話だ?」
 『お嬢』が誰を示しているか位は、解る。男の言葉も、覚えている。だが、泣かせた覚えは─ ─無い。
 「昼間の一件さ。隊長さんに頼まれて、アンタの場所を教えたのは、俺だ。ソラリアの事も知っている。……お前さんは今日が何の日か知っているか? 」
 いまいち煮え切らない言葉に、幾らかの殺気を含んだ眼で先を促す。ジョニーは相変わらず余裕で、楽しげだ。
 「バレンタインデー。…《女の子が、好きな男に告白する日》ってね。『ジャパン』の風習みたいなもんさ」
 ようやくこの男の言いたい事が解った。恐らくは、昼間の一件を『アイツ』が見ていた。…… 誤解している。
 「…ちっ」
 ソルは舌打ちして席を立ち、店主に酒代を放った。
 「急いでくれよ?もう、三、四十分で日付が変わっちまうからな」
 ククク、と、咽喉の奥で忍び笑いをしている。
 ソルは、もう一度舌打ちすると、闇の中に身を投じた。
 「なぁ、店主。間に合うと思うかい?」
 「さあね。ワシには解らん。間に合っても、間に合わなくっても、アンタに楽しい時間だろうよ」
 店主は無愛想な表情のまま、ジョニーに酒を差し出した。──ジョニーもまた、この店の常連客の一人だった。


 窓の外は、月が出ている。何時も綺麗だと思うその月は、今日は歪んでいた。ベッドの上で、膝を抱えるディズィー。
 赤いリボンで──ソレも自分で選んだ、あの人の色──ラッピングして、受け取って貰えるだろうか?
 ドキドキしていた楽しい時間。同時に昼間の光景が浮かんできて、視界が一瞬クリアになってまた歪む。
 でも、もう終わり──時計の針は、十二の所で重なろうとしている。入り口近くにある屑籠にその包みを放り投げた。
 歪ん出視界で、入る筈も無く、扉に当たってあえなく落下した。
 ──ぎぃ──。
 扉の開く音がした。入って来た人物は、随分と息が切れている。
 「メイ?ごめん、今は……」
 「シケたツラしてんじゃねえよ、馬鹿が」
 聞こえる筈の無い声。居る筈の無い人。
 「ソル…さん!…どう…して…?」
 ソルは少しばかり息を整えると、足元に転がった包みを拾い上げて、ベッドの傍まで来た。
 「…昼間のアイツはな、ソラリアという。俺たちと同じ──」
 ディズィーの目が見開かれた。他にまだ、ギアが居る…?
 「少し前に、造られた。まぁ、何だ……妹みてえなモンだ」
 ソルは、居心地悪そうに部屋を見回して、舌打ちした。
 「……間に合わなかったか……」
 視線の先にあるのは時計。僅かにずれた長針と単身が十四日が終わった事を告げている。
 そんなソルの様子を見ていたディズィーの視界は、歪みっぱなしだ。
 「…んなに泣くなよ。……悪かったな」
 ソルの無骨な指が、ディズィーの涙を拭った。
 「いい……です。来て…くれましたから……」
 濡れた瞳のまま、笑う。何よりも美しい笑み。何よりも大切な──。
 ごく自然な動きでソルの顔が近づいてくる。ソルの唇がディズィーのそれに触れたか触れないかのところで、すぐに離れていく。
 「ありがたく、頂いてくぜ」
 心持ち赤い気がするソルの横顔が告げた。その手には赤いリボンの包み。扉が閉じかけ、再び開かれる。
 「ソルさん?」
 声を掛けると、返事の代わりに、小さな包み放られた。何とか落とさずに受け取る事が出来た
 「またな。…ディズィー」
 何時もの不敵な笑みがそう告げると、扉は閉じられた。慌てて追おうとしたが、その小さな包みが気になった。
 包装紙を破かない様にそっと包みを広げる。
 出てきたのは、指輪だった。銀で出来た指輪の表面は、緻密な細工が施してある。また、光の加減か、浮き彫りにされた模様の縁が蒼く見える。
 「ありがとう、ソルさん……」 
 また涙が零れたが、それはもう、悲しみの色ではなかった。


 余談だが、次の日から、ディズィーのセーラー服の襟元から銀色の鎖が覗いていたらしい。それに気付いたジョニーがからかい混じりにそれを指摘したところ、ガンマ・レイを喰らって大怪我をしたそうな。
 因みに、完治した後、ソルにその事を言ってナパームデスを喰らったとか。懲りない男デス。ま、二人の反応を楽しんでるみたいだけど。




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