さんさんとふりそそぐ陽の光を浴びて、あくびをひとつ。野原の斜面に横たわっていた孫市はついと顎を上げて道の先を見たが、人影はちっとも見当たらなかった。
少女はいまだ戻らない。
どうせ珍しいものでも見つけたんだろうと見当をつける。周囲の人間を困らせてなければいいけれど、と、またあくびをこぼした。
「平和だ。…すこぶる平和だ」
思わずそう呟いてしまうほど、三方ヶ原での死闘が嘘のようだった。だが戦火はあちこちにくすぶっている。戦なんて早くなくなっちまえばいいのにと思いつつ、それに一役買って出ている自身に孫市は溜め息をついた。
(助長させているのは俺の腕。そしてこの火縄銃)
気に入らない依頼は受けずに、自由気ままにやってきた。それが、自由に生きることが誰かを踏みつけることになるのなら、その報いがいつか俺にも返ってくるのだろうか。もし返ってくるのなら、それはどんな形でやってくるのだろう。
眠気がす、と引いていくのを感じた。世界はこんなにも暖かいのにひどく遠い。離れたのは世界か、或いは 。
「ぶっ」
暗い思考に陥りかけたとき、顔面に何かが降り注いだ。正体はすぐに花だと知れる。
赤、白、黄。さまざまな色の洪水に次いで孫市の目に飛び込んできたのは、満面の笑みを浮かべるガラシャだ。
「きれいであろう?そこの角を曲がった畑に咲いておってな、家の者が雑草の類で抜くと言うから、もらってきたのじゃ」
日を遮り、孫市の顔に影を落とした少女は、いたずらに成功した子どもみたいに微笑んだ。だから孫市が目を細めたのは決して、太陽のまばゆさのせいではない。
「…孫?」
反応を返さない孫市にガラシャが訝しげに名を呼んだので、何でもない、驚いただけだと笑いかけた。そう、何でもないのだ。
他人からすれば、取るに足らない些細なことに違いない。けれどそれは今、孫市の弱さを確かに救った。
「……きれいだな」
「うむ!孫も喜ぶと思ったのじゃ」
白い手袋をためらいなく土に汚す。小さな花に顔を綻ばせる。
何も知らずに俺の闇を救ってくれる、きれいなのは、お嬢ちゃんのその心だろう。
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