裏五月 少女がメイと呼ばれるようになって数年が過ぎた。その名を名付けた黒コートの男に父親を重ね見た少女は、その男に付いて生きることを心に決めたときこそ孤独から抜け出せたときだった。いつしか父親でなく一人の男性として見るようになるが、その想いは空回るばかりだった。
「ジョニ~ねぇ~ボクとデートしてったら!」
「だぁ~め!俺はベリィ~ヴィジ~なの!お前さんの相手はまた今度ね!」
「えぇえぇぇ~~?!またそれなのぉ~!この前も同じこと言った!」
「うっ……。と、とにかく!今日は無理だからおとなしくしてなよ?んじゃ~!」
「あ!ジョニー!」
…という風に逃げられるばかりなのだった。そのたび少女は小さくつぶやく。
「ジョニーのばか…!」
そんなことばかりが繰り返される中でも少女は諦めなかった。日々素敵な女性になるための努力はおしまなかったし、彼へのアタックもかかさなかった。
そんな毎日のなかで少女はふと疑問に思った…。何故彼は振り向いてくれないのか?自分にはそんなに魅力がないのだろうか…?
いつも明るさを絶やさなかった少女の瞳は静かに光を失っていった。これほどに想っていても通じないということは…彼は誰か想い人がいるのだろうか…。
それとも…やはり自分は娘としてしか見ていないのだろうか…。
いろいろな思いが頭を巡ってしまう。そして最後には悪い結果が残ってしまい、慌てて消し去る。
そんな日が何度となく訪れては暮れていくのだった。
夜もすっかりふけた頃…艇に静かに降り立つ人物がいた。義賊集団団長ジョニーである。
「さて…メイのやつまだ怒ってるのか…。」
今朝毎日のように繰り返しているやりとりを思いだしながら艇へと入る。確かに少女メイの言うとおり最近はあまり遊んでやれなかった。今日の仕事でやっと一段落ついたから今度こそどこか連れていってやろう…。そう思いながらメイの部屋へと足を運んだ。
コンコン、と小さめにノックし中へ入る。入るとすぐベットが目につく…が、寝ている姿は見えない。すぐ隣りのドアからシャワーの音がきこえてくる。
「仕方無い…待つか」
すぐそこのベットに腰掛け、少し開いたドアを見る。シャワーの音はまだやまない。メイも年頃の女の子…風呂が長くてもおかしくない。とはいえ連日の仕事で疲れた身体は瞼を下ろすように指示を出したのだった…。
次にジョニーが瞼を開いたのは唇に冷たい何かが触れたときだった。いつの間にか眠っていたらしい…。唇の不思議な感触に薄く目を開けると見慣れない女性がこちらをみている。
「誰だ…?」
「ふふ…どうしたのジョニー…アタシを忘れたの?」
「…口説き文句としては最高だが…」
よく顔をみてみると、メイに似ているようだ…。
まさかそんなことがあるだろうか?たった一日たらずでここまで成長するなど…。
「まさかな…メイはどうしたんだ?奥にいるのか」
「やだジョニー…冗談でしょ?アタシがメイじゃない!」
明るく微笑みながら抱き付いてきた女性は確かにあの少女とそっくりであった。だが一体何がどうなっているのだろうか?このメイと名乗る女性が嘘をいっているのか…確かにいつも見てきた少女がもし成長すれば目の前の女性のようになるだろう。
「ねぇ…ジョニー…」
今の状況にいろいろな考えを巡らせていたジョニーに抱き付いていた女性が甘く囁いた。
「…今夜は…一緒にいてくれるんでしょ…?」
「…え…?」
「やだもぅ…わかってるくせに…」
少し顔を赤らめて恥ずかしそうなしぐさはとても魅力的だった。元々長かった髪は更に長く、服からのぞく素肌は瑞々しくまた女性らしい曲線をえがいている。無意識に視線をおくっている自分に気付き、慌てて女性からはなれた。
「ちょっと待て…俺たちはそんなスイートな関係ではないはずだろ…?それに…」
「何よ…また浮気したのね!この前の女が忘れられないのね?!ひどい!」
嫉妬する姿までそっくり同じとは…ただ驚くしかなかった。一体自分はどうするべきなのか考えても何も浮かんでこなかった。確かにこの女性はメイに似ているが…。
「君がメイだという証拠はあるか…?すまないが俺の知ってるメイと君はかなりギャップがある…」
「…そんな…だってアタシはメイよ…?証拠なんて言われても…」
「……?!今…」
「…え?」
「いや、なんでもない…」
待てよ…よく考えろ…。確かに似てる。声も容姿も言動も…。今のメイが成長したらこうなるかもしれない。だが俺の知ってるメイはこの女性ではない…!
「…君が何故メイを名乗るのかはわからないが…俺の知ってるメイは…自分のことをアタシとは呼ばない」
「………」
「メイならボクというはずだ…。」
「…それだけ?」
「…何?」
さっきの女性らしい表情が消えた。ゆっくりと口の端が歪み、目は物凄い光を帯びてこちらをにらみ付けている。心なしか空気すらかわったように冷たい。
「…貴様…一体何者だ…?!」
穏やかな空気は静かに冷め、二人の間に緊張が走っている。相手の力は未知だが…メイに似せているということを考えると、恐らく怪力の持ち主…また召喚法を遣ってくるかもしれない…。外見だけを似せ、自分にわざわざ近付いてはこないだろう。それなりに何か持っているはずだ。
メイを名乗る女性が静かに立上がりバスルームの方へ歩いていく。扉の前で足を止めてゆっくりとこちらを見た。その目は薄ぼんやりと光を帯びて恐ろしくもある。
「…アタシ…メイよ信じてジョニー…」
「何を…君はメイじゃないと今言ったばかりだろう?…さあ、あの子をどこにやったんだ?」
ぼんやりと光っていた目が次第に光りを失っていく。こちらに何か仕掛けてくる気はないらしい。表情はどこか寂しげで、またそれも魅力的であった。
「さあ…答えるんだ。メイは何処にいるんだ?」
「…いいよ、教えてあげる。ただし、アタシをつかまえられたらね!」
そういいはなったかと思うとすぐに、部屋の扉へ走り出して外へと出ていってしまった。慌てて部屋を出て追いかけようとあたりを見渡すが、女の姿はすでになかった…。仕方なく艇内を探すことにした。
艇の下から上までしらみ潰しに探してまわってみたが、人影すらなかった。もしかしたら艇を降りて街にでもたのか…?
今は夜…夜が明ける前にメイをみつけなければ…。
思い出せ、あの女はどんな格好だったか…?だがメイに似ているということしか印象がない。確か…いつものオレンジ色の服ではなかったはず…。しかし思い出せることはそれくらいだった。
とにかく探すしかない。他の艇…もしかしたら…。
何か思い立ったのか、ジョニーはどこかに走り出した。
思い当たる場所は、まず艇の監視台。見晴らしがよく他の団員も気に入りの場所だ。もしかしたらいるかもしれない…。そう考え、その場所へ急いだ。
珍しく息を切らして辿りつき、辺りを見回す…が、人影らしきものはない。
「はずれか…」
再び走り出し次の場所へ向かう。思い当たる場所といっても実は二つしかなかった。そのうち一つははずれだったわけだからあとはこれに賭けるしかない。メイがよく行く場所…艇内に絞るなら…。
「…頼むからいてくれよ…」
呼吸をととのえてドアノブに手をかける。ゆっくりと開いて静かに中へ入る。そっと扉を閉めて部屋全体を見回す…。
(…いない…のか…?)
ここは使い慣れたジョニーの部屋であった。メイが何度となく訪れては追い返された場所でもあった。メイのことだから気付かれないように入っていたかもしれない。
「…メイ…」
少し小さめに名前を呼ぶが、反応はない。ベッドはきちんとととのえてあるし、調度品も整然と並んでいる。
「いないのか…」
完全に当てがはずれ、他になにも思い付かない。無意識にベッドに腰掛ける。
「…はあ…」
また無意識に溜め息もでてしまった。一体どこへ消えたのだろうか…。そんなことを考えていると部屋の奥から何か音がしているのに気付いた。さっきも確か聞いた音…それはシャワーの音だった。
ジョニーは勢いよくバスルームへ走り、扉の前まできた。誰かがシャワーを浴びている。メイなのか、あの女性なのか…しかし扉を開いて確かめるのは男としてどうなのか。失礼にもほどがある…と考えながらうろうろしていると、シャワーを止める音が聞こえた。ほどなく扉を開く音が聞こえてきた。
「…あ…」
現れたのは探していたメイに似た女性だった。慌てて後ろを向くがあっちはあまり気にしていない様子で身体をタオルでふいている。
「…メイは…どこにいるんだ…?」
「言ったでしょ、アタシをつかまえら教えてあげるわ」
「つかまえたら…か」
確かに見つけただけでつかまえたわけではない。しかし相手は女性…ふん縛ってしまうのははばかられた。
「…ふふふ…やあねぇ、何難しい顔してるの?いつもしてるようにすればいいだけじゃない!」
いつの間にか目の前で不敵な笑みを浮かべてこちらをみている。風呂上がりのいい香りがする。
「いつもどおり…か」
それはつまり…。
「さあ分かったならつかまえてよ…」
どうぞと言わんばかりに両手を広げる。タオルをまいただけの身体が挑発している。
「つまり…抱けっことかい…?」
「つかまえたら、よ。どうするの?また追いかけっこしたい?」
「いや…そいつはごめんだな」
この女性はメイに似ているだけなんだ…何をためらう必要がある…。
広げている手をつかみ自分の方へ引き寄せる。やわらかい身体の感触がじわりとつたわってくる。
(ジョニー…ボクは…)
「ジョニー…アタシはジョニーが好き。ジョニーはアタシのこと好き?」
「何を突然…。世の中のレディは俺の恋人…もちろん君も、さ」
「違うわ…そんなこと聞いてないの。アタシが聞きたいのは…」
(…ボクは…大好き…永遠に)
「違う…って?」
「わからないの?貴方は何をつかまえたのかよく見てよ!」
豊満な身体…長い黒髪…大きな瞳。目の前の女性はメイが成長すればきっとそうなるであろう容姿を持っている。だがメイのはすがない。あの子はまだ…。
「子供だとでも言いたいの…貴方はまだそんなこと言ってるのね…。」
「一体どういう意味だ?君はメイじゃないんだろ?」
何が何だかわからない。彼女は一体…?
(ボクを…見て…)
「アタシを…もっとよく見て」
「見てるさ、今目の前にいるんだから」「違うわ。貴方はアタシの外しか見えてない」
そんなこと言われてもどうしろというのだ…?外しか見えないじゃないか…?
(ボクはもう子供じゃないよ)
「アタシは…もう子供じゃないんだからね…。いい加減認めてよ、潔く!」
突然彼女の腕が物凄い力で俺の体を引き寄せた。
「………」
少しひんやりとした唇が触れた。
「…君は…」
(お願いジョニー…一度で構わない。ボクを抱いて…?)
「君は…メイなのか…?」
信じたくはない。あの小さいメイがもう子供じゃないと大人だと…もう女の子じゃないと、レディだというのか。
認めたくなかったのか俺は。何故だ?いずれ離れていくであろう相手を俺はいつまでつなぎとめていられるだろう。幼いうちは父親としてついてくる。成長したらどうなる?俺も同じように年をとってしまうというのに…。
「忘れたの…?昔は確かにボクって言ってたよ。でも決めたの、いい女はボクって言ってたら駄目。アタシに変えたの」
「…そうだ…いつだったか誕生日すぎてから…」
「さっきのジョニーはアタシの外だけ見てた…。昔のアタシの声聞こえた?」
「ああ…。ボクを見て…と」
「お願いジョニー…一度でいいの。アタシを…」
「おいで…メイ」
「ねえ…ジョニー…」
「…ん?」
(ボクのこと好き?)
「アタシのこと好き?」
「…ああ…」
「ねぇったら…」
(ジョニー…ねぇ…)
メイの声が二つ聞こえる…静かに響いていく…。それがまた心地よくて眠りへと導く。
体をゆすられているのがわかった。だが瞼は重くなかなか開けない。メイが何か言っている。
「ジョニー!起きて!!」
「…メイ…ちょっとソフトに起こしてくれよ…」
「も~何言ってるの!早く!」
思いっきり布団をはがされてしかたなく目をこすりながら体を起こす。ほどなくメイの姿が見えて来る。すっかり大人のレディに…。
「…お前さん…メイ…だよな?」
「…ちょっとジョニー…寝ぼけすぎだよ!」
目の前に立っているオレンジの服を着た少女はまだ幼さが残っているあのメイだった。さっきまで成長したメイといたはずなのだが…?!
「ボクのどこがメイじゃないっての!…あ!まさかジョニー!」
「なっ…なんだよ」
「またシケ込んでたのね!どの女よ!ひどい!」
「…嘘だろ…?」
まさかとは思うが…夢…だったのか?!
「ジョニーにはボクがいるってこと見せてやらなきゃ!」「…あのなメイ…」
「さあ!とにかく起きてよ!出発だよ!」
「…ああ……」
夢だったとはいえ俺はなんてこと…。
「ジョニー…どしたの?実は具合悪い?」
何気なくこちらをのぞきこんできたメイの顔に一瞬止まった。大きな瞳がじっと見つめている。あの夢のメイと重なる…。
「や、やだなジョニー…そんなに見ないでよ…」
恥ずかしそうにぱっと目をそらす。その仕草がまた愛らしい。
「ジョニーもついにボクの魅力に気付いたのね!」
「…まあな」
「……え?」
「さあて、今日は確か地上の遺跡探索だな」
「う…うん、そう。お宝探しに…」
「終わったらみんなでブランチだな。さあ行こうか」
いつものコートを翻しメイへ手を差し延べる。
「ジョニー今日は優しい…」
「今日は、はないだろ?夜は自由行動だから張り切っていくぜ!」
「うん!」
しっかりと手をつないで扉を開く。つないだ手はまだ小さい。あれは…夢だったか。いや…いずれくる未来だったのかもしれない…。
いずれくる未来か…そのときメイは俺を選ぶだろうか。遠い別の誰かの元へ行くのだろうか。
いや、それは有り得ない。知らず知らずのうちに俺はしてしまったのだ。幼い少女に褪せることのない姿を、俺の姿を刻んだのだから。
メイという永遠の恋人を手にした男は、その場限りの恋にあけくれる。いつしか成長していく少女に気付くことなく。成長した少女は永遠の恋人である男を求め続ける。
いつか俺がこの世から消えても、メイは俺を選ぶだろうか。それはあの子の死でもある。あの冷たい雨の檻から出たのにメイ、お前は…俺という檻に縛られてはいないか?
「ねぇジョニー…」
メイが上目使いでこちらをみる。
「なんだメイ?」
「アタシのこと好き?」
終
「ジョニ~ねぇ~ボクとデートしてったら!」
「だぁ~め!俺はベリィ~ヴィジ~なの!お前さんの相手はまた今度ね!」
「えぇえぇぇ~~?!またそれなのぉ~!この前も同じこと言った!」
「うっ……。と、とにかく!今日は無理だからおとなしくしてなよ?んじゃ~!」
「あ!ジョニー!」
…という風に逃げられるばかりなのだった。そのたび少女は小さくつぶやく。
「ジョニーのばか…!」
そんなことばかりが繰り返される中でも少女は諦めなかった。日々素敵な女性になるための努力はおしまなかったし、彼へのアタックもかかさなかった。
そんな毎日のなかで少女はふと疑問に思った…。何故彼は振り向いてくれないのか?自分にはそんなに魅力がないのだろうか…?
いつも明るさを絶やさなかった少女の瞳は静かに光を失っていった。これほどに想っていても通じないということは…彼は誰か想い人がいるのだろうか…。
それとも…やはり自分は娘としてしか見ていないのだろうか…。
いろいろな思いが頭を巡ってしまう。そして最後には悪い結果が残ってしまい、慌てて消し去る。
そんな日が何度となく訪れては暮れていくのだった。
夜もすっかりふけた頃…艇に静かに降り立つ人物がいた。義賊集団団長ジョニーである。
「さて…メイのやつまだ怒ってるのか…。」
今朝毎日のように繰り返しているやりとりを思いだしながら艇へと入る。確かに少女メイの言うとおり最近はあまり遊んでやれなかった。今日の仕事でやっと一段落ついたから今度こそどこか連れていってやろう…。そう思いながらメイの部屋へと足を運んだ。
コンコン、と小さめにノックし中へ入る。入るとすぐベットが目につく…が、寝ている姿は見えない。すぐ隣りのドアからシャワーの音がきこえてくる。
「仕方無い…待つか」
すぐそこのベットに腰掛け、少し開いたドアを見る。シャワーの音はまだやまない。メイも年頃の女の子…風呂が長くてもおかしくない。とはいえ連日の仕事で疲れた身体は瞼を下ろすように指示を出したのだった…。
次にジョニーが瞼を開いたのは唇に冷たい何かが触れたときだった。いつの間にか眠っていたらしい…。唇の不思議な感触に薄く目を開けると見慣れない女性がこちらをみている。
「誰だ…?」
「ふふ…どうしたのジョニー…アタシを忘れたの?」
「…口説き文句としては最高だが…」
よく顔をみてみると、メイに似ているようだ…。
まさかそんなことがあるだろうか?たった一日たらずでここまで成長するなど…。
「まさかな…メイはどうしたんだ?奥にいるのか」
「やだジョニー…冗談でしょ?アタシがメイじゃない!」
明るく微笑みながら抱き付いてきた女性は確かにあの少女とそっくりであった。だが一体何がどうなっているのだろうか?このメイと名乗る女性が嘘をいっているのか…確かにいつも見てきた少女がもし成長すれば目の前の女性のようになるだろう。
「ねぇ…ジョニー…」
今の状況にいろいろな考えを巡らせていたジョニーに抱き付いていた女性が甘く囁いた。
「…今夜は…一緒にいてくれるんでしょ…?」
「…え…?」
「やだもぅ…わかってるくせに…」
少し顔を赤らめて恥ずかしそうなしぐさはとても魅力的だった。元々長かった髪は更に長く、服からのぞく素肌は瑞々しくまた女性らしい曲線をえがいている。無意識に視線をおくっている自分に気付き、慌てて女性からはなれた。
「ちょっと待て…俺たちはそんなスイートな関係ではないはずだろ…?それに…」
「何よ…また浮気したのね!この前の女が忘れられないのね?!ひどい!」
嫉妬する姿までそっくり同じとは…ただ驚くしかなかった。一体自分はどうするべきなのか考えても何も浮かんでこなかった。確かにこの女性はメイに似ているが…。
「君がメイだという証拠はあるか…?すまないが俺の知ってるメイと君はかなりギャップがある…」
「…そんな…だってアタシはメイよ…?証拠なんて言われても…」
「……?!今…」
「…え?」
「いや、なんでもない…」
待てよ…よく考えろ…。確かに似てる。声も容姿も言動も…。今のメイが成長したらこうなるかもしれない。だが俺の知ってるメイはこの女性ではない…!
「…君が何故メイを名乗るのかはわからないが…俺の知ってるメイは…自分のことをアタシとは呼ばない」
「………」
「メイならボクというはずだ…。」
「…それだけ?」
「…何?」
さっきの女性らしい表情が消えた。ゆっくりと口の端が歪み、目は物凄い光を帯びてこちらをにらみ付けている。心なしか空気すらかわったように冷たい。
「…貴様…一体何者だ…?!」
穏やかな空気は静かに冷め、二人の間に緊張が走っている。相手の力は未知だが…メイに似せているということを考えると、恐らく怪力の持ち主…また召喚法を遣ってくるかもしれない…。外見だけを似せ、自分にわざわざ近付いてはこないだろう。それなりに何か持っているはずだ。
メイを名乗る女性が静かに立上がりバスルームの方へ歩いていく。扉の前で足を止めてゆっくりとこちらを見た。その目は薄ぼんやりと光を帯びて恐ろしくもある。
「…アタシ…メイよ信じてジョニー…」
「何を…君はメイじゃないと今言ったばかりだろう?…さあ、あの子をどこにやったんだ?」
ぼんやりと光っていた目が次第に光りを失っていく。こちらに何か仕掛けてくる気はないらしい。表情はどこか寂しげで、またそれも魅力的であった。
「さあ…答えるんだ。メイは何処にいるんだ?」
「…いいよ、教えてあげる。ただし、アタシをつかまえられたらね!」
そういいはなったかと思うとすぐに、部屋の扉へ走り出して外へと出ていってしまった。慌てて部屋を出て追いかけようとあたりを見渡すが、女の姿はすでになかった…。仕方なく艇内を探すことにした。
艇の下から上までしらみ潰しに探してまわってみたが、人影すらなかった。もしかしたら艇を降りて街にでもたのか…?
今は夜…夜が明ける前にメイをみつけなければ…。
思い出せ、あの女はどんな格好だったか…?だがメイに似ているということしか印象がない。確か…いつものオレンジ色の服ではなかったはず…。しかし思い出せることはそれくらいだった。
とにかく探すしかない。他の艇…もしかしたら…。
何か思い立ったのか、ジョニーはどこかに走り出した。
思い当たる場所は、まず艇の監視台。見晴らしがよく他の団員も気に入りの場所だ。もしかしたらいるかもしれない…。そう考え、その場所へ急いだ。
珍しく息を切らして辿りつき、辺りを見回す…が、人影らしきものはない。
「はずれか…」
再び走り出し次の場所へ向かう。思い当たる場所といっても実は二つしかなかった。そのうち一つははずれだったわけだからあとはこれに賭けるしかない。メイがよく行く場所…艇内に絞るなら…。
「…頼むからいてくれよ…」
呼吸をととのえてドアノブに手をかける。ゆっくりと開いて静かに中へ入る。そっと扉を閉めて部屋全体を見回す…。
(…いない…のか…?)
ここは使い慣れたジョニーの部屋であった。メイが何度となく訪れては追い返された場所でもあった。メイのことだから気付かれないように入っていたかもしれない。
「…メイ…」
少し小さめに名前を呼ぶが、反応はない。ベッドはきちんとととのえてあるし、調度品も整然と並んでいる。
「いないのか…」
完全に当てがはずれ、他になにも思い付かない。無意識にベッドに腰掛ける。
「…はあ…」
また無意識に溜め息もでてしまった。一体どこへ消えたのだろうか…。そんなことを考えていると部屋の奥から何か音がしているのに気付いた。さっきも確か聞いた音…それはシャワーの音だった。
ジョニーは勢いよくバスルームへ走り、扉の前まできた。誰かがシャワーを浴びている。メイなのか、あの女性なのか…しかし扉を開いて確かめるのは男としてどうなのか。失礼にもほどがある…と考えながらうろうろしていると、シャワーを止める音が聞こえた。ほどなく扉を開く音が聞こえてきた。
「…あ…」
現れたのは探していたメイに似た女性だった。慌てて後ろを向くがあっちはあまり気にしていない様子で身体をタオルでふいている。
「…メイは…どこにいるんだ…?」
「言ったでしょ、アタシをつかまえら教えてあげるわ」
「つかまえたら…か」
確かに見つけただけでつかまえたわけではない。しかし相手は女性…ふん縛ってしまうのははばかられた。
「…ふふふ…やあねぇ、何難しい顔してるの?いつもしてるようにすればいいだけじゃない!」
いつの間にか目の前で不敵な笑みを浮かべてこちらをみている。風呂上がりのいい香りがする。
「いつもどおり…か」
それはつまり…。
「さあ分かったならつかまえてよ…」
どうぞと言わんばかりに両手を広げる。タオルをまいただけの身体が挑発している。
「つまり…抱けっことかい…?」
「つかまえたら、よ。どうするの?また追いかけっこしたい?」
「いや…そいつはごめんだな」
この女性はメイに似ているだけなんだ…何をためらう必要がある…。
広げている手をつかみ自分の方へ引き寄せる。やわらかい身体の感触がじわりとつたわってくる。
(ジョニー…ボクは…)
「ジョニー…アタシはジョニーが好き。ジョニーはアタシのこと好き?」
「何を突然…。世の中のレディは俺の恋人…もちろん君も、さ」
「違うわ…そんなこと聞いてないの。アタシが聞きたいのは…」
(…ボクは…大好き…永遠に)
「違う…って?」
「わからないの?貴方は何をつかまえたのかよく見てよ!」
豊満な身体…長い黒髪…大きな瞳。目の前の女性はメイが成長すればきっとそうなるであろう容姿を持っている。だがメイのはすがない。あの子はまだ…。
「子供だとでも言いたいの…貴方はまだそんなこと言ってるのね…。」
「一体どういう意味だ?君はメイじゃないんだろ?」
何が何だかわからない。彼女は一体…?
(ボクを…見て…)
「アタシを…もっとよく見て」
「見てるさ、今目の前にいるんだから」「違うわ。貴方はアタシの外しか見えてない」
そんなこと言われてもどうしろというのだ…?外しか見えないじゃないか…?
(ボクはもう子供じゃないよ)
「アタシは…もう子供じゃないんだからね…。いい加減認めてよ、潔く!」
突然彼女の腕が物凄い力で俺の体を引き寄せた。
「………」
少しひんやりとした唇が触れた。
「…君は…」
(お願いジョニー…一度で構わない。ボクを抱いて…?)
「君は…メイなのか…?」
信じたくはない。あの小さいメイがもう子供じゃないと大人だと…もう女の子じゃないと、レディだというのか。
認めたくなかったのか俺は。何故だ?いずれ離れていくであろう相手を俺はいつまでつなぎとめていられるだろう。幼いうちは父親としてついてくる。成長したらどうなる?俺も同じように年をとってしまうというのに…。
「忘れたの…?昔は確かにボクって言ってたよ。でも決めたの、いい女はボクって言ってたら駄目。アタシに変えたの」
「…そうだ…いつだったか誕生日すぎてから…」
「さっきのジョニーはアタシの外だけ見てた…。昔のアタシの声聞こえた?」
「ああ…。ボクを見て…と」
「お願いジョニー…一度でいいの。アタシを…」
「おいで…メイ」
「ねえ…ジョニー…」
「…ん?」
(ボクのこと好き?)
「アタシのこと好き?」
「…ああ…」
「ねぇったら…」
(ジョニー…ねぇ…)
メイの声が二つ聞こえる…静かに響いていく…。それがまた心地よくて眠りへと導く。
体をゆすられているのがわかった。だが瞼は重くなかなか開けない。メイが何か言っている。
「ジョニー!起きて!!」
「…メイ…ちょっとソフトに起こしてくれよ…」
「も~何言ってるの!早く!」
思いっきり布団をはがされてしかたなく目をこすりながら体を起こす。ほどなくメイの姿が見えて来る。すっかり大人のレディに…。
「…お前さん…メイ…だよな?」
「…ちょっとジョニー…寝ぼけすぎだよ!」
目の前に立っているオレンジの服を着た少女はまだ幼さが残っているあのメイだった。さっきまで成長したメイといたはずなのだが…?!
「ボクのどこがメイじゃないっての!…あ!まさかジョニー!」
「なっ…なんだよ」
「またシケ込んでたのね!どの女よ!ひどい!」
「…嘘だろ…?」
まさかとは思うが…夢…だったのか?!
「ジョニーにはボクがいるってこと見せてやらなきゃ!」「…あのなメイ…」
「さあ!とにかく起きてよ!出発だよ!」
「…ああ……」
夢だったとはいえ俺はなんてこと…。
「ジョニー…どしたの?実は具合悪い?」
何気なくこちらをのぞきこんできたメイの顔に一瞬止まった。大きな瞳がじっと見つめている。あの夢のメイと重なる…。
「や、やだなジョニー…そんなに見ないでよ…」
恥ずかしそうにぱっと目をそらす。その仕草がまた愛らしい。
「ジョニーもついにボクの魅力に気付いたのね!」
「…まあな」
「……え?」
「さあて、今日は確か地上の遺跡探索だな」
「う…うん、そう。お宝探しに…」
「終わったらみんなでブランチだな。さあ行こうか」
いつものコートを翻しメイへ手を差し延べる。
「ジョニー今日は優しい…」
「今日は、はないだろ?夜は自由行動だから張り切っていくぜ!」
「うん!」
しっかりと手をつないで扉を開く。つないだ手はまだ小さい。あれは…夢だったか。いや…いずれくる未来だったのかもしれない…。
いずれくる未来か…そのときメイは俺を選ぶだろうか。遠い別の誰かの元へ行くのだろうか。
いや、それは有り得ない。知らず知らずのうちに俺はしてしまったのだ。幼い少女に褪せることのない姿を、俺の姿を刻んだのだから。
メイという永遠の恋人を手にした男は、その場限りの恋にあけくれる。いつしか成長していく少女に気付くことなく。成長した少女は永遠の恋人である男を求め続ける。
いつか俺がこの世から消えても、メイは俺を選ぶだろうか。それはあの子の死でもある。あの冷たい雨の檻から出たのにメイ、お前は…俺という檻に縛られてはいないか?
「ねぇジョニー…」
メイが上目使いでこちらをみる。
「なんだメイ?」
「アタシのこと好き?」
終
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