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うろほろぞ
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「これでも結構、世界を見てきたつもりなんだがなぁ…」
 小屋の外で、ジョニーと肩を並べながらイングウェイは煙草を口にくわえてあっけにとられていた。
「まぁ、世の中にゃいろんなものがあるということさぁ」
 ジョニーは不敵な笑みを浮かべてそう言った。
 今、小屋の中では金髪の女の治療が行われている。
――――世界一とも噂されている名医の手によって。


 その瞬間イングウェイは自分の目を疑った。
 無理もない、ジョニーとともに小屋に入ろうと、小屋のドアに手をかけようとしたその時、ドアは突然開かれた。
「おいっす~!!」
 という、緊張感のかけらもないすっとぼけた声と共にでてきたのは、まるで同じ人間(?)とは思えない様な2mをゆうに越す身の丈の、片目の部分だけ穴の開いた紙袋を頭にすっぽりと被った異様としか言いようのない男だった。
「おおう、早かったなぁ」
 ジョニーは慣れたようにその男に言った。
「患者あるところに私あり。さぁ、クランケを見せてください」
 びろん、と文字通り首をひねりながら怪しい男はイングウェイに迫った。
「あ、ああ……こ、こいつなんだが」
 顔を引きつらせながら、イングウェイは体を少しだけ動かしてその紙袋の正面に女の顔を持ってこさせた。
「おや…これはミリアさんですか…ふむ、早急な治療が必要ですねぇ。この小屋で処置しましょう」
 いうなり、背負っていた女を素早く…しかし優しく抱きかかえながら小屋の中へと消えていった。


「おや、ディズィーさん」
「あ…お医者様。その節はどうも…」
「ふむ…あなたも怪我を為されているようですねぇ。丁度良い、この方の治療が終わったらあなたも見てあげましょう」
「あ、その方は…」
「ええ、彼女も治療が必要なので…」
「だ、だったらここを使ってください。私はもう大丈夫ですから」
「いいえ、それには及びませんよ。こんな事もあろうかと、ベッドは常時携帯していますから」


……ベッドを携帯?
 中から聞こえてきた会話に、イングウェイの背中がふと冷たくなった。
「……あー……世の中には不可思議な会話があるもんだ」
「ふむ、そいつに関しちゃあ、アンタと同意見だなぁ」
 口調の割には余裕のジョニー。
「……ところでよう、団長さん」
 少し沈黙があって、イングウェイが静かに口を開いた。
「ん?何だい?」
「……ジェリーフィッシュ快賊団てのはいろいろとワケありらしいな」
「どうして、そう思う?」
「……団長さんの連れの二人……」
「いい女…だろう?」
 遮るようにしてジョニーが言った。
 どうもあまり深く踏み込んではいけない、らしい。
 ……まぁ、無理もないだろう。
「……ああ、退屈しないですみそうだな……もっとも、あの二人をエスコートするなんざ願いさけだがね」
 ふぅ…、と紫煙をふきながらイングウェイは遠い目をした。
 まさか、こんな所で”奇跡”や”絶滅種”を見るとは思わなかったからだ。
“…ま、素直に話してはくれないか”
「おまえさん、女を見る目がないねぇ」
「いずれ巣立つ小鳥を手なずけるってのは……あんまり好みじゃないんだよ」
「それもまた…レィディってヤツさ」
「……俺は独占欲が強いからなぁ。そーゆーのはワカラン」
 言って、イングウェイは笑った。何に――とは言えないが。
「おまえさんはもう少しレィディを見る目が必要だな」
「昔、とんでもねーじゃじゃ馬に引っかかっちまってさ。それ以来女が怖くて仕方がない」
「ふむ…そのレィディに一度会ってみたいねぇ」
「…やめといた方がいい…女神像型の爆弾って感じだぜ」
「だったら火薬ごと愛せばいいのさぁ」
「…無茶言いやがる。舌いれる前に体が吹っ飛ぶぜ」
 言ってイングウェイは呆れた。
「…さて、今度は俺から話しがあるんだが」
「あん?」
「まずは俺達の事だが…」
「俺はこの森に入らなかった。だから、アンタ達とも会わなかったし破壊されたはずのギアにもコロニーにいるべき人種にも出会わなかったし、そもそもんなもの知らん……でいいか?」
 がりがりと頭をかきむしりながら、イングウェイはぶっきらぼうに言ってのけた。
 もともと言いふらすつもりはないし、それにむざむざ敵を増やすつもりもない。
 世渡りの基本はわきまえている…筈だ。
「ふむ…すまねぇなぁ」
「ま、よくある事だな。気にするな」
「……恩に着る……んで、二つ目の質問だが……」
「……」
「…アンタァ…一体何者だい?」
 サングラスの下の眼光が一瞬鋭さを増した――気がした。


 世の中の裏も表も知り尽くしている男だ、下手な嘘は通用しないだろうが……
「イングウェイ=ヘイレンと名乗ってる……ケチな旅人さ」
「旅人にしちゃあ、俺の一撃を受け止めるあたり、タダモノじゃあなさそうだが?」
 ふむ、とイングウェイの目が一瞬あさっての方を向いた。
 どうやら数ヶ月前の商船団襲撃の事を言っているらしい。
 一瞬の事をこの男は忘れることなく記憶の片隅にとどめていた。
 ただの一撃――ジョニーという男にとっては何万、何十万回のうちの一撃だけだろうに、それでもこの男はそれだけでこちらの力量に気づいているだけでなくその風貌や雰囲気さえも覚えているのだ。
 襲撃なんて日常茶飯事の海賊が一瞬しか…しかも顔さえろくに観ていない男の事を覚えている。
 技量を見抜く力は、その者の力量そのものだというが――――
「…ま、一人旅をするには最低限、生き抜くだけの“力”がなきゃぁな……そこいらへんの所は察してくれ」
 今度はこちらが隠す番だった。
 生き抜くための“力”―――
 それにしちゃ大きすぎらぁ、とイングウェイは心の中で吐き捨てた。
「……ま、とにかく団員を助けてくれた事には感謝する。――――ありがとう」
 ジョニーは改めてイングウェイの方に向き直ると、軽く頭を下げた。
 ジョニーほどの男が頭を下げる――――
 その世界を知る者ならば、度肝を抜くような光景だろう。
 世界の空を股にかけ、警察機構や浮遊大国ツェップの諸権力中枢に強力なパイプを持ち、彼を敵に回した日には明日の朝も拝めない。
 そんなうわさ話をしょっちゅう耳にする。
 その男が…
 こうして目の前で僅かではあるが頭を下げている。
 イングウェイがディズィーという少女にした行為は、少なくともジョニーという男の中ではそれだけに値するものだった――という事だろう。
 イングウェイも苦笑しつつ、そちらに向き直った。
「言ったろ?困った時はお互い様だって。…俺は珍しいものを見られただけで満足さ」
「…俺にとっちゃ、みんな大事な家族さぁ」
 今までで、一番重みのある――荘厳な声だった。
「…家族…か。いいねぇ、帰る場所があるってのは」
 風来坊のイングウェイにとっては、そんな言葉、嫌みにしか聞こえないのだろうが。
 何故か彼のその言葉には、並々ならない意志が感じられた。それがイングウェイの不快感を消し去っている。
 ジョニーという男は、孤独がどういうものか、在る程度理解しているのかもしれない。
 安っぽい同情や憐れみではなく――“独り”という事の意味を。
「……ディズィー…だったか?俺が助けにいったときあの娘を襲っていたのは、銀髪に目玉の絵を描いていた“いかにも”な暗殺者だ」
「…野郎」
 ジョニーの声に静かなる怒気が籠もった。
「まぁ、奴らに報復するような事があったら、俺も呼んでくれ。ちっとは力になれると思うぜ」
「…おまえさんも因縁があるのかい」
「昔いろいろと、な。いいかげん目の前をチョロチョロされるのもウザくなってきた所だ……まぁ、もっとも今組織の方は崩壊寸前だって聞いたな」
「にしちゃあ、ウチに来たヤツらは妙に連携がとれていたがな」
「蒸発しちまった前の頭に忠実な側近ってのがいるらしくてな」
「…ああ、その銀髪の男が多分そうだ。…ヴェノム…とかいったか?」
「……ヴェノム……ねぇ」
 ふん、とイングウェイは鼻で笑った。
 知らないふりをしているが、実際はよく知っている名だった。
“どうせザトーがどうとか今でも言ってるんだろうな……犬はせいぜい、初恋の思い出に尻尾ふってるんだな”



「そういや、あんた。あの金髪のねーちゃんの事、知ってるんだったら教えてくれねーか?」
「?惚れたか?」
 ジョニーの口が一瞬にやりとした。
「そうかもしれない。から教えてくれ」
 イングウェイは小さく笑いながら極めて穏やかに言った。
 ジョニーは少し考えるそぶりをして、
「…名前はミリア。切れ長の目がとぉってもセクシィで氷の様に冷たい美貌の女性さ」
「…そんだけか?」
 イングウェイが目を細めて睨む。
 それだけではないはずだ。
 この男はもっと知っている。
 あの女が―――だという事を。
 イングウェイは根拠もなしに自分の予測を確信していた。
「あぁ、何度か会った事があるだけでねぇ~。口説こうとしてもこれがなかなかどーして、ガァードが堅いんだナァ、コレが」
 ハッハッハと軽い笑みと共にジョニーはあっけらかんと言ってのけた。
 押し問答をしたところで濡れ手に粟……か。
 まぁいい。ハナから聞き出せるとは思っていなかったし、あわよくば聞き出せたとしても肝心の女の方が口をつぐめばそれまでだ。
 あくまで“確認”がしたかっただけだ。
 イングウェイはがりがりと、ぶっきらぼうに頭をかきむしってから改めて言葉を紡ごうとしたとき、小屋のドアが勢いよく開かれて、あのアヤシイ紙袋がひょい、とでてきた。
「診察終了!」



「右腕に3ヶ所のヒビ、20ヶ所以上の打撲手……それと全身12ヶ所にわたる中小の裂傷……と言った具合ですねぇ。処置が少し遅かったという事もあって出血量が少し多いのでしばらくは輸血を続けたまま安静にしていた方が良いでしょう」
 そこにいる一同に言い聞かせる様に、紙袋の天才医師――ファウストと名乗った――は言った。
「安静……ねぇ」
 “携帯用”ベッドの上で静かに寝息をたてる美貌を見ながらジョニーが隠すように苦笑いした。
 氷の様な仮面を持ちながら、その中はまるで炎のように燃え踊っている。
 それがミリアという女だ。
 ファウストが頷くように返す。
「どうでしょう?ジェリーフィッシュ快賊団で少し預かってもらえないでしょうか?…もっとも私も同行させて貰う事になるでしょうが」
「ふむ、傷ついたレィディを見捨てるのは俺の…いや男の道義に反する事だ……男を乗せるのは気にくわないが……O.Kいいだろう。ミリア君をしばらくウチで預かろう。……そのかわりあんたにゃその間船医として働いて貰うぜ」
「ええ、それぐらい構いませんよ」
 びろん、と再び紙袋の首が伸びた。
“…どーゆー仕掛けになってんだろな?”とイングウェイは額に汗を浮かべながら、二人のやりとりを見ていた。
 そしてそれと同時に、自分の予測に完全な確信を持った。
 何故病院につれていかない?その方が医療施設や器具は整っているだろうし(もっとも、ベッドを携帯しているこの紙袋の事だ、医療器具のほとんどはどこかしらに持っているのだろうが)、それが一番妥当というか常識だ。
 だが、二人はそうではなくよりにもよってアウトロー集団であるジョニーの元へ預けると言い出した。
 あからさまに怪しい。
 恐らくあの女は警察か、そうでなければ他の何者かに追われているという可能性がある。
 あるいはこの二人にとってある程度重要なファクターを持った人間なのか――
“アサシンは一度やったら死ぬか殺されるまでやめられない…か”
 因果なもんだ、と内心で呟いた。
「よぉし、うちの可愛いお姫様も取り戻した事だし、そろそろ帰るかぁ」
 ぽんぽんと両脇の“家族”の頭を優しく叩きながらジョニーは言った。
 ふ…とイングウェイの口から笑みがこぼれる。
 自分も……“昔”はこんな事があったのだろう。
 すぐ届く距離に家族がいて、友達がいて……笑いあえる場所に“いた”のだろう。



―――今はもう、懐かしい日々…か



「あの……」
 ふと気がつくと、間近に青い髪の少女が立っていた。
 こうしていてもびりびりと感じる“異質なる者”の空気と――力。
 だが、この娘は隠そうともしない。
 イングウェイは不思議と、自分の中に陰っていた“何か”がまるで風にながされた雲の様にどこかへと飛んでいた気がした。
 やはり、助けたのは正解だったのかもしれない。
「本当にありがとうございました……私なんかを助けていただいて」
 ぺこり、とディズィーと名乗ったその少女は背に生える小さな羽が見えるくらいに深く頭を下げた。
「いいさ。困った時はお互い様ってヤツだ」
 イングウェイは人の良い笑みを浮かべてそう言った。
「ボクからも…ありがとね、おじさん。うちの大事なクルーを助けてくれて」
 横から来たメイという少女もぺこりと頭を下げた。
「ハハ、いいって。…大事な友達だろ?大切にしなきゃいかんぜ?」
「うん!」
 いつもの活力に満ちあふれた少女の声が元気に響き渡った。
 イングウェイは満足げな笑みを浮かべると、ジョニーとファウストの方に向き直った。
「さて、話もついたことだし、俺はそろそろいくぜ。“何も見ていない”人間が長々とここにいるわけにはいかないからな」
「本当に…世話になったなぁ。何か礼の一つもしたい所だが…」
「なに、今度あったときに酒でも奢ってくれりゃいいさ」
「そうかい…じゃあ、とっておきの酒を用意してるぜ」
 イングウェイはそう言うと、今度は紙袋の方に目を向けた。
「ああ、頼むよ…それと先生、この女の事よろしく頼むぜ」
「ええ、もちろんですよ。…それにしても、ディズィーさんに施した応急手当は迅速で適切なものでした。感服しましたよ」
「以前、知り合いに医者がいてね。自分が怪我した時の為にと教えてもらったのさ」
「ふむ…なるほど。…あなたもどこか具合が悪いので在ればいつでも私を呼んでください」
「呼べば来るのか?」
「ええ、もちろん」
 そう言った袋の向こうに、ふと笑みを見た気がした。
「……わかった、覚えておくよ」
 苦笑しながらそう言って、イングウェイは小屋のドアをくぐった。
 日はそろそろ西にさしかかる。早いところ森を抜けたい所だ。
 後ろ手にドアを閉めると、そのすぐ脇に大人しく控えていた白銀の狼がのそりと立ち上がる。
「行くぜ」
 イングウェイがそういうと、フェンリルは音もなくスッ……と立ち上がり、静かな足取りでイングウェイの横につく。
“フェンリル…わかってるたぁ思うけどよ”
“あの金髪女の監視だろ?……シャラくせぇがこれも“仕事”…かよ”
“のようだな。…報告はまかせる。何かあったら連絡してくれ……気取られるなよ”
“誰に言ってんだよ……乳臭ぇ女のお守りなんざバカでもできるっての”
“そんなに自信あるなら大丈夫だよな。……俺はヴェノムの足取りを追う。しばらく泳がせて具体的な行動にでたら一気に叩く”
“ザトーのボケは?”
“禁獣に乗っ取られている以上、あっちからこない限りは放っておくしかない。…望み薄だがあの金髪嬢ちゃんから何でもいい、聞き出してくれ”
“理性がイッちまってる以上、足取りなんざ聞いたところで無駄だと思うがな”
“ヤツが今どんな状態で、ヴェノムを中心とするアサシン組織残党がヤツに対してどんなアプローチをしているのか、アサシン組織残党の各派閥の現在の状況……聞けることはなんでも聞け”
“そんなの例の情報屋から引き出せばいいじゃねぇか”
“情報は一つの方向から判断するものじゃない…だろ”
 イングウェイがにやりとしてそちらを向くと、当の相棒はうんざりしたよう溜め息をつく。いや、じっさい面倒なことには変わりないのだが。しかし、こういった些細な気配りがいつも自分たちを助けてくれている。出来ることは可能なかぎりやっておいた方がいいだろう。 “わかった……だがジョニーやらガキ共はごまかせるとしても、あのワケのわからん袋男……あいつはどうも喰わせもんだぜ”  いいながらファウストと名乗った正体不明の医者を思い出す。…そもそもあれが本当に人間なのかすらはなはだ怪しい所であるが、あの男、どこか侮れない雰囲気を持っている。気のせいといえばそれまでだが、フェンリルは基本的に自分の直感を信用している。その直感に今まで何度も窮地を救われてきたからだ。 その嗅覚が告げているのだ。
―――ヤツには気をつけろ、と。
“…悪いがそっちの処理はまかせる、としか言えないな……お前の『力』で適当にごまかしといてくれ”
「ツケ…だからな」
「はいはい、今度とびっきりのドッグフードをごちそうしてやるぜ」
「このクソッタレが」
 フェンリルはそう毒づくと、くるりときびすを返して、薄暗い森の中へと消えていった。
イングウェイはフッ…と小さく笑うと、青に染まったコートを翻して、彼もまた森の中へと消えていった。



何かが動こうとしていた。



それは時の流れからみれば本当に些細な……捕るに足らない事なのかも知れない。



だがその流れの中であがく者達がいる。



その彼らにさえ、運命の選択権はないのなら―――



人は――――



人は何の為に生きているのだろうか?



ーーーーーーーーーー


The Midnight Pleasure vol.3
『SHADOW OF THE PAST』



終わりとは始まりの終着である

  始まりは終わりの原点である

 流れる風、燃えさかる炎、たゆたう水、はぐくむ大地……生きとして生ける者を支配する四大元素にさえ、そのしがらみからは逃れることは出来ない

 終わりあるものには必ず始まりがあり、始まるからこそ終わりがある

 何にも終わりはある―――例えそれがギアであれ禁獣であれ

   あの時―――そこには一人の人間と一人のギアと一人の禁獣がいた

 燃えさかる炎の中で、彼らが見ていたのは果たして何だったのだろうか

 孤独―――悲壮―――絶望―――焦燥―――

  禁獣はある少女の亡骸を抱きかかえていた

 守ることの出来なかったあまりに無力な自らの不甲斐なさと共に

 亡骸の浮かべた笑みは、その人あらざる獣に今までの生き方を続けさせるにはあまりに重すぎた

 だから獣は変わった

  今までの自らを否定して、さらなる高み―――強さを得るために

 それがその獣の"終わり"

 それがその獣の"始まり"

 そうして今、その獣は生きている


 あの時背負った、"影"を抱えたまま


『してキミはどうする気だね?』

『さぁ……変わるしかないだろ』

『ふむ―――人とは…過去の美談にかくも執着するものか……私には到底判らぬ感傷だねぇ…』

『誰かに判ってもらう為の感傷じゃない……そういう人間と関わってしまったが故の…業なんだよ…』

『ほぅ……業ときたかね。…まぁ、それもキミに残った人間らしさ…としておこうかね』

『…何が言いたい?』

『いやなに。私もこの事件に関わった者として後始末ぐらいはしようと思ってね』

『……関わった?…ハッ、起こしたの間違いじゃないのか?』

『フム…まぁ好きに受け取ってくれたまえ。―――とにかくだ、キミに仕事を紹介しようと思ってね』

『…仕事?』

『キミも大した理由もなくその力をふるう事はしたくないだろう?…それに一応の理由をつけてみてはどうかね?』

『早い話、監視を含めた足枷(あしかせ)か』

『どう受け取ってくれてもかまわんがね』

『……』

『まぁ本音を言えば、私の側の力を好きに振る舞わされるのは闇に住む者の末裔としてあまり気持ちのいい事ではないのだよ』

『だったらここで殺しゃいいだろ。手間も暇も要らない』

『禁獣憑きを"殺す"のは多分に骨が折れるのだよ。禁獣が、時には宿主の意志以上に強い自己保存本能を持つのはキミも知っているだろう?』

『今は俺が支配している!』

『禁獣にとって宿主など一時の露しのぎにすぎない。その気になればキミの自我など数瞬の内に塵も残らんよ』

『……何をすればいい』

『フム―――何、キミに監視してもらいたいと思ってね』

『監視?』

『…私が昔、遊び心で生み出した"玩具"のね』

『…昔の美談には眼を向けないんじゃないのか?』

『あぁもちろんだ。ただ、もしもの時の為に保険をかけておこうと思ってね』

『保険だぁ?…随分と用心深い事だな』

『……まぁ、好きに受け取ってくれてかまわんがね』

『…危険手当はでるんだろうな?』

『キミが気に入るかどうかはわからんがね』

『…いいだろう。やってやるさ』

『フム、そうか』

『の前に……一つ聞かせろ』

『何だね?』


『……アイツは本当に死んだのか?』


『…キミの眼で見たものがキミの真実―――それ以外でもそれ以上でもないよ……その前には私の―――他人の言葉など戯れ言にも等しいものだ』








ヤメテ――――――
コナイデ――――――
モウイヤナノ――――――
ワタシハ"ヒカリ"ガ――――――


ヒカリガホシイノ―――――――――


「!?」
バネが弾けるように、ベッドから飛び起きる。嫌な汗が体中にまとわりついている。ナメクジが張り付いているみたいで気持ち悪い事この上ない。
 と、数瞬の邂逅の内にあたりを見回してみる。
 無骨な鉄製の天井―――
 それとは対照的に、ナチュラルに軋む木製の床―――
 清潔そうなベッドはもちろんの事、それより何よりこの鼻にまとわりつくような消毒液の嫌な臭い―――
「……ここ…は…」
 どこだろう?私はこんな所にいた覚えはない。私は―――
 そうだ。森の中を、あの女を追っていたらあの男に出会って……そして闘いに敗れた。
「………っ!」 
思い出した途端に悔しさが胸から湧き水の様に沸き上がる。普段はほとんど顔を見せない感情が、今は自分自身でも信じられない程に顔を出している。
 無謀だったかもしれないし、あの女を追うあまり少しばかり冷静さを欠いていたかもしれない。だが―――
戦闘能力の桁が違うのは最初から判っている。だが―――自分はここまで弱かっただろうか。



"…ちょろちょろざってぇ!"

"これで!…エメラルドレイン!!"

"…やれやれ、だぜ"

"!?"

"しばらく寝てろ…"

"…!後ろに…ァガッ!!"


端的な記憶だけが脳の中を行き来する。
 完全に手を抜かれた。まるで子供の手をひねるかの様に、あの男―――ソルは彼女を文字通り完全にいなしたのだ。彼女の攻撃は一見大雑把そうな防御に完全に阻まれ、逆にあちらの攻撃は彼女の予測とはまるで違う死角から一見完璧と見える防御をいとも簡単にすり抜けて、彼女の体に確実にダメージを与えていった。

 暗殺者(アサシン)と賞金稼ぎ
 どちらも、その世界で生きていく為には最低限自分の身を守れるだけの力を身につけていなくてはいけない。少なくとも、自分はある程度の危機からならば自分の身一つは守れるだけの力がある。―――事実、今までそうやって追っ手の追跡から幾度も逃れてきた。ただ自由が欲しいだけの無謀な逃亡ではない。生き残れる自信があったからこそ、あの男の手から逃れて、こうして生きている。
―――生きる為の暴力は立ったばかりの子供でさえ知っている"常識"なのだ。
 だがあの男―――ソルの力は根本的に何かが違う。
 彼の強さには、世界の裏表であるとか生死を分かつ境目を見極める力とかそういったものとは根本的に違った異質なものを感じる。そこに確固とした確証があるわけではないが、裏の世界を知る彼女の記憶の中で、同じ様な質の力を持った人間は極少数しか見あたらない。
 そうしてふと思い出した。
"…あの女も…私の知らない類の力だった…やはりソルとあの女との間には何かある……"
 そう考えて、やっと思い出した。意識をうち捨てる以前に、自分がしなければならなかった事。
「…はやくあの女を追わな…!!」
 自らへの侮蔑を糧に、再び地に足をつこうとして上半身を動かしたとたんに、体のあらゆる所が悲鳴を上げた。
「……ふ…ぐっ!…ぅ」
 声にもならない情けない苦痛が部屋に響く。情けない、とがらにもなく嘆いた。そんな時、ふと部屋のドアがゆっくりと開いた。
「おやおや、いけませんよミリアさん。急所を外しているとはいえ、傷が深い事にはかわりないんですから」
2メートルはゆうに越しているであろうその長身をぐにゃりと蛇の様に折り曲げて、船室の扉を狭そうにくぐり抜けながら、見知った紙袋の男は優しい声でそう言った。



「ふむ……熱もまだ少々ありますねぇ。それに下腹部の傷はまだくっついていませんからもうしばらく養生しなければなりませんね」
 カルテに文字を殴り書きしながら、ファウストは言った。やっぱり、この男に自分の体を見せるのはぞっとしない。
「…いつになったら動いていいわけ?」
 金髪の女―――ミリアはベッドの上で半身を起こしながら少々苛ついた声で聞いた。慣れない消毒液の臭いが不快感を増しているのかもしれない。
「大人しくしていれば、まぁ3週間もあればとりあえず日常生活に差し支えない程度にはなりますよ」
「……名医なのでしょう?もっと早くならないのかしら?」
 ミリアは意地悪く少し皮肉った口調で呟いた。
「もう少しあなたを早く発見できていれば、もっと適切な処置ができたんですけどね。傷を負った状態で変に動き回っているから傷口が余計に開いているし、出血も少し酷かったですからねぇ…」
 やれやれ、と戯けて疲れた表情を見せながらファウストは言った。この男に皮肉を言ってもあまり意味はないかもしれない。
「まぁ、しばらくはここで養生する事ですね。幸い、ここにはあなたの命を狙うような輩はいませんから」
「……助けてくれた事には感謝するわ。…でもそれ以上は余計な気遣いというものよ」
 元から他人に頼るつもりはない。それがあの時自分で決めた道なのだから。自分で決めた道すら進めない者に、未来はない。今も昔もそうして生きてきた。
 だからこれからもずっとそうなのだろう。
「ええ、わかっていますよ。あなたの問題はあなた自身が解決せねばならぬ事ですから」
 カルテを備え付けのデスクの棚にしまいながら、ファウストは静かに答えた。
「でもね」
「…なに?」
 ミリアは怪訝そうに言った。
「クランケ患者が悩み、苦しむ時は迷わず手をさしのべますよ。それが例え余計なお節介であったとしてもね。何せ、私はあなたの主治医ですから。あなたが無事に地に足をつけ、自分の力で歩めるまでは、どんな理由であれ見捨てる訳にはいきませんよ」
 袋の奥の光りが、ぼぅ…、と暖かく輝いた気がした。


 「…ぐぉ…」
 目玉模様が描かれた銀髪の下で、男のうめき声がした。全身を火柱に飲み込まれ、その衝撃で嫌と言うほど地面に体を叩きつけた。正直、生きているのが不思議としか思えない。あのギアの少女が力を抜いたのだろうか?
――――だとしたら、自分はとんだ愚か者だ。
「…お笑い草だな…異種を倒すために出向いたつもりが…力を得る前に異種に倒されようとは…」
 半ば嘲笑しながらそんなつぶやきがもれた。

 愛用のキューをささえに、頼りない足取りでヴェノムは森の中を半死半生の身で彷徨っていた。普通の人間ならばショック死してもおかしくないダメージで、意識も失わずにかろうじて歩行しているのだから、彼は恐るべき精神力の持ち主と言えるだろう。
「……くっ……一度体勢を立て直す必要があるな……たしかこの森にセーフハウスがあったはずだが……」
 先刻の戦闘地点からはそう離れていなかったはずだ。爆風でふっとばされた位置から日の傾き具合を考えればこの方角のはずだが…
 激痛で麻痺しかけている脳を必死で回転させながら、ヴェノムは森の中へ入っていった。



数十分後―――森のあちこちが闇に包まれた頃―――
気の遠くなるような時間を経て、ヴェノムはようやく森の中にひっそりとたたずむ一軒の古ぼけた小屋にたどり着いた。
 そう、先ほどまでイングウェイ達がいたあの小屋である。
小屋の中に入って、ヴェノムはかすかに漂う薬品の匂いに一瞬眉をひそめたが、その時はそれよりもまず傷の治療が先だと、迷わず足を向けた。
 小屋の奥につまれている何本かの薪を乱雑に足で蹴散らすと、その下から道具箱が出てきた。
 中身に入っていた消毒液を傷口にぶちまける。
「……ぐぉ…ぅ…」
 喉を食い破ってでてくる声を奥歯を力の限り噛み締めて必死に殺す。
 痛みが山を越えてから、なんとか傷口に包帯を巻く。右腕が折れていたために片腕だけでの作業だった。
 応急処置が終わってから、次にヴェノムは道具の底にあった小さな通信機を取り出した。
「私だ……先ほど降りた場所から西に5km程離れた所にあるセーフハウスにいる。回収してくれ」
 それだけいうと、通信機を投げ捨てた。通信は法術式で暗号化してあるから警察や敵対勢力には察知される事はないだろう…だが、自分が直撃した攻撃はかなり派手なものであっただろう。いつ警察機構が来るかもわからない。このあたりは辺境の内に入るのだろうが、悪魔の森のギア騒ぎ以来、ヨーロッパ地区の警察は派手なことに敏感になっている。
「……ここで……終わるわけには…いかない……ザトー様のアサシン組織を…お守りせねば…」
 そして何よりザトー自身を救う為に。
 ヴェノムの瞳に、再び輝きが灯り始める。
 精神は常に肉体を支配しているというのなら、今の彼はまさに鋼そのものだろう。
 全てはザトーの為に。
 その狂信に等しいまでの感情が、血となり肉となりそして生命の糧となってヴェノムを突き動かしている。
「…肉を喰らい…血を飲み干せ…その身を全て義にささげよ…」
 次第に意識が遠のいてきた。必死に抵抗を試みるが、もう体の中には何も残っていないらしい。
 残っていないのか?
 私には何も?
 「…右手にはナイフを…左……て…に…はしめ……い……を…」




   いや、一つだけ残っている。


  アノヒミタ カゲロウノヨウナオモイデガ




「あ、ファウストさん」


 ディズィーが通路を曲がると、その先には丁度部屋から出てきた紙袋の大男がいた。ファウストだ。
「おやディズィーさん。お仕事ですか?」
「はい。怪我の方も治りましたし。今日からまたお仕事再開です」
「それはよかった。とはいえ、病み上がりは気をつけてくださいね?」
 治った後が一番怖いですから、とファウストはディズィーの頭を優しくなでる。
「はい、ありがとうございます。……ところで、ミリアさんは…」
 ディズィーは暖かい感触を感じながらそう言って、今度は心配そうに今ファウストが出てきた扉を見やった。その奥には、ミリアがいるはずだ。
「ああ、彼女は今薬が効いて眠ってますよ。さっき、目を覚ましたんですけどネ」
「そうですか…よかった…」
 ほっ、とディズィーが胸をなで下ろした。
 つくづくお人好しな娘ですねぇ、とファウストは感心まじりの苦笑を漏らす。
 その優しさを、もう少し自分にだけ向けてもいいと思う。自分に器用すぎる人間は信頼をなくすが、不器用すぎてもまたいけない、と思う。
 人生とは本来、自分の為にあるのだから。
―――ま、私が言えたことじゃありませんね
「あ、私仕事にいかなきゃ。…それじゃ先生、失礼します」
「ええ、頑張ってくださいね」
 はい、と元気よく応えて、ディズィーは通路の奥に消えていった。
「…さて、私も一休みしましょうかね………ん?」
 そう言って、食堂の方に行きかけた足が止まる。
「…おやおや、どうやら私の他にも"違う方"がいらっしゃるようですねぇ」
 好奇心たっぷりの声が静かに囁かれた。



 どこか俺に落ち度があったのだろうか?
 連絡船のハッチの隅にでも隠れていれば気づかれないだろう、と思った。何基もある連絡船の中にでも隠れていれば滅多なことでは誰もこないし、無骨な鉄の骨組みと無数のパイプで埋め尽くされたここならば、いくらでも隠れ場所はある。何より相手は、年端もいかない子供ばかりだ。
 見つかるはずはない―――筈だった。
 だが、実際はどうだろう?
「わんわん♪」
 自分は闇の血族の流れを受け継ぐ、本当の禁獣のはずだ。それがどうして―――
「……ガキのオモチャにされるなんざ初めてだぜ」
 白銀の狼―――フェンリルの頭の上にはだぶだぶのセーラー服を着た、まだ物わかりすらできていないだろう幼い子供が鮮やかな白い毛並みをひっぱりながら馬乗りになって乗っていた。
「いてぇってんだよ!喰われてぇのか!てめぇ」
 などと言ってみても、
「わんわん♪」
 と、返って面白がらせてよけいに懐いてくる。
「…くそったれ。だからガキは嫌なんだ。だいたい、あのバカもバカだ。俺等の"仕事"はもう終わってるだろうが…なんだって今更首突っ込む必要があるってんだよ。アサシン共がくたばろうが俺等の知ったことじゃねぇだろうが…」
「へぇ、そうなんですか?」
「ああ。…ったく、いい年こいた男が、ガキみたいな好奇心もちやがって。もう少し遠慮ってものがねぇのかよ、あのくそイングウェイは」
「でも好奇心は大切ですよ?」
「にしても限度ってもんがあるだろうが、学者じゃあるまいし。…だいたい何が悲しくて頭がイッちまった野郎の女なんか監視なんざ……って………」
 ここでやっと気がつく。
 ここにいるのは自分と…わんわんしか言わないガキ一人…の筈だ。
 なら俺は今誰と話してたんだ?
 そして、フェンリルはふせていた顔をゆっくりと見上げた。
「監視ですか?では危害を加える気はないんですね?ならよかった」
 世界中みても五本の指に入るであろうこと確実な怪しさ大爆発の紙袋が、なにやら愉快そうにこちらを見やっていた。
 やってしまった。
 この俺が。
「わんわん?」
 ガキがこちらを見やる。…が、もはやそれすら判らない。
 三日とたたずにあっさりとばれた。
 何かとてつもなく大きな山が、がらがらと崩れ落ちていくのをしっかりと感じた。
「…………頼む、見逃してくれ」
 頭に子供を抱えながら、情けなさそうに頭を下げるその姿はどこか哀愁を漂わせていた。



 フェンリルが自分の不甲斐なさにもはや絶望していた頃、イングウェイはパリ郊外にある町はずれの小さな古ぼけた教会にいた。
 教会としての姿は一応とどめているが、行儀良く並んでいる椅子やステージに置かれた十字架やら聖母像やらには、降り積もった埃が毛皮のコートの様に覆い被さっている。
 イングウェイはただ黙って、一番前の椅子に座って沈黙していた。
 ただ何をするわけでもなく、もう何時間も前からずっとこの状態だ。
「…久しぶりだな、カルス」
 独り言の様にそう言った。
「久しぶりね。最後に会ったのは……2年前くらいだった?」
 まだ幼さを残すキーの高い声は埃の積もった聖母像から聞こえてきた。主は見えないが、イングウェイは別段驚いてもいない。ただ慣れた風に相づちを打つ。
「ああ。よく覚えてるな」
「…それが仕事だからね……何を知りたいの?」
「ここ最近のアサシン組織の動向と、内部の詳しい勢力状況。それと、飼い犬に手を咬まれて暴走してしまったアワレナザトー君の所在」
「…他には?」
「終戦管理局と名乗る連中の実体」
 イングウェイはそう言って懐から煙草を取り出す。
「!…どこでその名前を?」
 ふぅ…と紫煙が舞う。それはとても自然な事だ。
「……まぁ調べてくれや。報酬は10万ワールド$、夜にでも振り込んでおく」
「………」
 僅かに重苦しい溜め息だけが聞こえた。
「…どした?」
「…判った。2,3日中にはできると思う」
「結構だ。じゃ、頼むな」
 そう言って、イングウェイは席を立つ。余計な会話など一切ない。当たり前だ、これはビジネスなのだから。
「…表もなければ裏もない…か」
 残したつぶやきが木の葉のように宙を舞った。







「パイルバンカー!」
「…ちっ!」
 バックステップから繰り出された強烈な右腕を大きく後ろに跳んでかわし、そのまま近くの瓦礫を鋭く蹴り上げ、一直線にスレイヤーへ向かっていく!
「ライオットスタンプ!」
「ふむ!」
 スレイヤーは左手で難なくガードすると、すかさず腰を鋭く回転させて右ストレートを相手のボディめがけて突きのばした。
「マッハパンチ!」
「ちぃっ!」
 とっさにバックステップするが相手の一撃の方が僅かに速い。

 ドゴッ!

「グホッ!」
 腹から吹き上がってきた空気で思わず呼吸が中断される。意識をぎりぎりのところでつなぎ止め、次の攻撃に構える。――――――いない!
 次の瞬間、ソルは反射的に封炎剣を構えて防御姿勢をとった。
 その数瞬後、凄まじい衝撃が封炎剣を叩く!
「ちぃぃっ!!」
「なんと!」
 かろうじてその衝撃を受け止めると、ソルは流れる手つきで封炎剣を前に突き出し、そして一瞬にして、体中の全法力をただ一点に集中させた。
「タイラン・レイヴ!!」
 音よりも速く、放たれた火炎の塊が着地寸前で無防備なスレイヤーの身に一気に叩きつけられた!
「ぐぉぉぉぉぉ!!」
 断末魔ともとれる叫び声が廃墟の街に響き渡る。
「……手間ぁ…かけさせやが…って」
 息絶え絶えにそう言うと、ソルは思わず両膝をついてその場に倒れ込んだ。
「ふむ、気はすんだかね?」
 まるで冗談みたいに軽い声が頭のすぐ上から降り注いだ。
「……ざっけんじゃねぇぞ…ジジイ」
 そう言って悪態をつくのが精一杯だった。




数分後、二人はようやっと平穏の中に身を置いていた。
「終戦管理局が動き出したぞ」
 開口一番にスレイヤーは言った。
「…だからどうした?」
 ソルは別段興味がなさそうに言い捨てる。
「最近発見された……例の独立型ギアも狙っているらしい」
「!」
 ソルの目つきが変わった。まるで汚されてはいけないものが汚されたかの様に、その顔には鬼神の怒りが灯っていた。
 スレイヤーは満足気に笑った。
「気になるかね?気になるなら調べてみる事だ」
「……どこまで知っている?」
 ソルが低い声で言う。スレイヤーは肩をすくめて臆する事もなくあっさりと言い返す。
「君が考えつく範囲内で、とでも言えばいいかね?」
「……てめぇ」
「……まぁ、あくまで忠告の範囲にすぎないのだ。後は君次第、という事だよ背徳の炎」
「………」
 ソルは無言。
「……ふむ、忠告といえばだ」
 パイプの灰をぽん、と落としながらスレイヤーは思い出した様に言った。
「……なんだ」
「ここ最近で、懐かしい顔に会わなかったかね?」
 スレイヤーの眼がゆっくりとソルのそれをのぞき込む。ソルは黙ってその眼を見つめかえし、一瞬の沈黙の後で、
「…あのくたばりぞこないの犬野郎の事言ってるのか」
「ほう…やはり接触していたか……」
「あいつもてめぇの差し金か?」
 これ以上、面倒な事には関わりたくない。そんなうんざりとした口調だった。
「いや、ヤツ自身の行動だろう。……しかし、ヤツが再び姿を現した事に…君は何か作為を感じないかね?」
「……!」
 ソルの顔が一瞬ハッとなる。
「噂ではアサシン組織の事を嗅ぎ回っているらしいが……もしかしたらと…思ってね」


「……"エニグマ"か?」
 ソルが静かに呟いた。半ば確信を伴っていない、彼にしては珍しい極めて薄い声ではあったが。
「そうかもしれん……そうでないかもしれん……まぁ、いずれにせよ彼―――イングウェイが事実上戻ってきたとなれば……この"場"は少し荒れるかもしれんな」
 スレイヤーがパイプの先に再び火を灯した。僅かな甘い匂いが、風に漂って鼻腔をくすぐる。
 数瞬の間の後、スレイヤーはゆっくりと立ち上がった。
「…"エニグマ"が関わっているにせよ否にせよ…君はその流れに引き込まれるしかない……そういう事なのかもしれんな」
「…ありがた迷惑もここまでくれば、鼻血ぐれぇしかでねぇんだがな」
「なに、その気になればまだまだでてくるものさ……ではさらばだ」
 そう言ってスレイヤーは肩にかかる小さなマントに手をかけ鮮やかに風に靡かせる。
 すると、そのマントは一瞬にして巨大な一枚の布となり、スレイヤーを覆い尽くしたかと思うと、瞬きの後にはマントの影さえ消え失せていた。


 静寂があった。ソルはしばらくしてようやっと立ち上がった。
 懐から煙草をだし、封炎剣に軽くこすりつけるとそのまま口に持っていく。闇夜を紫煙が舞った。
「……どいつもこいつも……めんどくせぇことばかりしやがる」



夜はふける


沈黙と静寂


恐怖と疑心が生きる夜


明けぬ夜はこの世にはないが


夜が来ない昼もまた存在はしない


夜は黙っていてもくる


もう間もなく訪れる


過去というなの


深い夜が――――――








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