「じゃあ、ジョニー。ちょっと出るね。」
「ああ、早めに戻ってこいよ。」
いってきまーす、と元気に手を振り挨拶をして、メイは外に出ていった。
久々に地上から空を見上げる。
潮の匂いのする空気をいっぱいに吸い、深呼吸をした。
船のメンテナンスの関係上、とある港町に来ているジェリーフィッシュ快賊団ご一行様である。
メンテナンスだけが目的の停泊だったので、大人しく待っていれば良かったのだが、そこを待たない(待てない)のがメイである。
あちこちから御用されている身分にも関わらず、外へ出たい、とジョニーに話してみたところ意外なほど簡単に「行って来い」とか言われてしまって。
逆に「僕のことが心配じゃないのー?!」と暴れたのはここだけの話。
そんなメイを、「信用しているのさ」の一言で済ませてることが出来るジョニーもどうかと思うが。
と、そんな騒動もあったりしたが、メイは街に出たのだった。
ジョニーがメイの出ていった出口を見つめ一言。
柔らかな表情で。
「・・・やっかい事を持ち込んでこなければ良いんだけどな。」
そして、こんな時の自分の予感が良く当たることも知っているジョニーだった。
「うーん。久々の地面の感触だー!」
ぽてぽてと港の商店街を歩きながらメイは独り言を言った。
空には少し眩しい太陽。
香る潮。
カモメの鳴き声。
どれをとっても気分が良く自然と遠出になっていく。
・・・ただ、一つ後悔したことといえば。
(なーんでジョニーと一緒に来なかったんだろ・・・。)
いくらラブラブコールを送っても笑ってかわすジョニー。
それでも。
(ぜーったい、振り向かせてやるんだからあ!)
拳を握りつつ堅く心に誓う。
しかし。
そんな熱い想いも商店街を歩いていれば3秒で霧散する。
メイの興味は目の前のドングリ飴の詰め合わせに向いていった。
「どれが美味しそうかなー♪」
色とりどりの飴を前に楽しそうに顔を綻ばせる。
いちご、メロン、バナナ・・・。
「ああ~迷っちゃうよー。」
「ここのお店は、バナナ味がすごく美味しいわよ?」
いきなり話しかけられ、そっちを振り向くと20歳くらいの女の人が1人、微笑んで立っていた。
ブロンドの髪を肩までのばしており、とても綺麗な瞳を持っていた。
そして。
(・・・おっきー胸・・・。)
一言で言うならば、ジョニーの好みのタイプ(体格)ってところだろう。
絶対にジョニーには会わせまいと思いつつ、メイは笑顔で返事をした。
「バナナが美味しいの?そっかー、ありがと!早速買うね。」
その女の人に見送られながらレジへと向かった。
そんな日常のひとこま。
しかし、その時にそれは起きた。
「きゃあああ!止めて下さい!」
会計をしてもらっているときに、突如聞こえた悲鳴。
しかも、声の主はさっきの女の人だと声で分かった。
気配で、悪っぽい奴らが何人か店の中にいるのが分かる。
見ると、彼女は店の外へと連れ出されている。
事情は分からない。
分からない、が。
(女の人には優しくしなきゃいけないんだから。・・・だよね、ジョニー?)
とりあえず助けること決定。
そうと決まってからのメイの行動は早かった。
「・・・ごめんね!!」
そう店の店員に言い切ると会計をせずに飴を持ち、走って店を出る。
「お客様!お金!」
そんな見送りの声を聴きつつ。
連れていかれているだろう場所は、殺気をたどっていけば容易に辿り着くことが出来た。
男4人がかり彼女を取り押さえている。
必死に抵抗をする彼女だが、どうやら叶いそうにないらしい。
(ボクの出番だね。)
「こらあ!多勢に無勢だなんて、卑怯だぞ!」
片手に飴の袋を抱えたまま仲裁に入った。
「ああ?何だ、テメエは。死にてえのか?」
睨みをきかせてくる男。
「ガキはかえんな。」
小馬鹿にしたように言ったまま相手にしない男。
ただ。
「ガキ」という言葉が一気にこの場の展開を見せた。
「・・・・誰がガキなのさ!怒ったよお!!」
メイはそう言って精神集中に入る。
「ガキだからガキって言ったんだよ。」
ゲラゲラゲラ
そんな男達の嘲笑も、今は耳には入らない。
大人しくなったメイを見て、男達はとりあえず害はない、と判断し再び彼女に向かう。
「止めて下さい!」
「さっさと寄こせば良いんだよ!」
そんなセリフが入り交じる中、メイのその声は異様なほど綺麗に響いた。
小脇に飴の袋を抱えつつ高らかに叫ぶ。
「・・・・やーまーだーさーーーーん!!」
しゅごごごごごごごご
メイの召還、それによりでっかいピンクのクジラが男めがけて体当たりをかます。
「どごああ!」
「くじらあああ?」
おかしな悲鳴をあげて吹っ飛ぶ男達。
「・・・今のうちだよ!早く!」
「は、はい!」
突如現れたピンクのクジラを呆然と眺めていた女の人の手を取り、さっさとその場を離れることにした。
・・・ここで乱闘をしてしまった以上、とりあえず港にいない方が良いだろう。
義賊といえども、あまり見つかると都合が悪いのだ。
(・・・となると・・・・。)
いくところは一つしかない。
あーあ・・・
メイはため息をついた。
「メーイ?ずいぶんと派手にやったみたいだなあ。」
「うっ。」
船につくなり入り口でジョニーがお出迎えだった。
ジョニーはニヤニヤと笑っているが、これからさんざん怒られる、もとい、これをネタにからかわれること必須である。
「えーと、仕方なかったんだよ!」
目線を逸らしつつ反論を試みる、が。
「クジラ、飛んでたなあ・・。」
撃沈。
「・・・人助けだったんだよ、ね?」
そう言うなり、メイは女を自分の前に盾のように出し隠れる。
いきなり前に出された彼女は戸惑いつつも、会釈をしジョニーに挨拶をした。
「え・・・。はい、この子に助けて貰ったんです・・・。ありがとうございます。」
そう言うなり下を向いてしまった。
「ね?ボクは正当防衛をしただけだってば。」
メイは後ろからそれ見たことか、と腰に手を当て澄まし顔。
それを見てジョニーは笑い、一言。
「過剰防衛って知ってるか?」
「うっ!」
再びメイ固まる。
ジョニーは声を押し殺してさらに笑い、そして女の方を見た。
いまだ彼女は下を向いたままである。
(何かあるな、これは。)
そう判断し、女の手を取り言うのだった。
「何か困ったことでもあるみたいだな。良かったらこの俺に話してみないか。レディのためだったらどんな尽力の惜しまないぜ?」
その女性はジョニーの言葉に一瞬顔を上げ、驚いた顔をしたがすぐに再び表情を曇らせ下に向きなおった。
「見ず知らずの方に、そこまで世話していただくわけには、いきませんから。」
そう言って、さり気なくジョニ-の手を外す。
その様子にジョニーは苦笑いを返した。
そして、
「見ず知らず、か。確かにそうだがこっちとしてもこの無鉄砲な姫さんが迷惑をかけてしまったお礼がしたいんだがね。どうかな?」
メイの手を引っ張り、自分の前に持ってきて言う。
(・・・迷惑はかけてないもん。・・・多分。)
メイはそんな不満を持ったが、ジョニーの考えていることが分かっている以上その反論は出来ない。
ぎゅむ
とりあえずその場はその女性に分からないようにジョニーの足を思いっきり踏んづける事で、自分を納得させた。
流石、と言うべきかジョニーには全く反応が見られなかったが。
しかし、女性は黙ったままである。
「バナナ。」
「えっ?」
メイが発したその場にそぐわない発言に女性は顔を思わず上げる。
その様子にしてやったりと勝利の笑みを浮かべながらメイは続けた。
「飴、美味しいって教えてくれたじゃん。その、お礼。ね?」
「お礼を言われるようなことは・・・。」
都合の言葉を最後まで言わせず、更に畳み掛けるように言う。
「山田さん見たし。」
「・・・あれは!」
助けて貰って何だが頼んだワケではないのも事実で。
女性は「貴女が勝手に見せたんでしょう?」と言いかけたが、やはりメイの言葉によって遮られる。
「そんなに、ボクのことが嫌い?」
今度は泣き。
ボロボロと目の前で涙するメイを見て
(私そんな事言ってないのに・・・。)
とか思う。
自分は悪くない、悪くない筈だ。
なのに
(この罪悪感は何?!)
今なお泣き続けるメイを前にしてオロオロする。
「え・・と、泣かないで、泣かないでね?」
頭を撫で撫でしてみたり。
「・・・話してくれる?」
瞳をウルウルさせてそう訊ねてくる姿を見たらもう、承諾するしか出来なかった。
「分かったわ。話すから、泣きやんでね?」
すると、メイの瞳から流れる涙はぴたり、と止まり、口の端が微かにつり上がる。
「その言葉、撤回なしだからね。」
・・・嘘泣きだった。
呆然とたたずむ女性。
そして。
「ははははははは。」
ジョニーの笑い声が響いた。
「笑わないで下さい!」
女性は怒鳴る。
目の端に溜まった涙を指で擦り取りつつジョニーは言った。
「お嬢さん、君の負けだよ。まあ、犬にでも噛まれたと思って諦めてくれ。それで・・・・。込み入った話なんだろう?」
船の奥へと誘導した。
その女性の名前はナディア、といった。
今までごく普通な人生を送ってきた彼女だったが、両親が突然の事故で亡くなってからその生活は一変する。
遺産相続の時に税理士に騙されて財産どころか、彼女の住んでいた家すらも権利書と共に持っていかれてしまったのだ。
本当に身一つとなったしまった彼女だったが、抗議するにもその税理士の周りを黒服の男達が囲んでいたのでは何もできなくて。
結局、泣き寝入り、となった。
仕方なしに住み込みの仕事を見つけ、生活をしていたのだが。
再び彼女の生活は脅かされることとなる。
彼女のある所有物を巡って。
「これ、です。」
そう言って彼女が出した物は手作りと思われるお守りだった。
「それが?」
メイは思わずそんな言葉を口にした。
単なるお守りにしか見えないソレにどんな価値があるというのか。
しかし、彼女はおもむろにお守りのくちを開き、中身をとりだした。
それは金色に輝く鍵、だった。
それだけでも価値がある物とは思われるが、それだけで狙われる原因とは思われない。
「・・・このお守りは私の両親が生前にくれた物なんです。困ったときに開けなさい、と。そして、どうやらこの鍵が・・・・遺産の安置場所を示すまさに鍵、なんだそうです・・・。・・・私は別に遺産なんか要らない。ただ、私の両親の思い出の詰まった物は、これしかないから。手放したくないんです。彼らの手に渡ったら、きっと、もう返ってこないでしょう。私、どうすれば・・・・!!」
そこまで言って、泣き崩れてしまった。
「悪いニンゲンもいるもんだね、ジョニー。」
メイはジョニーの方を向いて言う。
「ああ、そうだな。」
ジョニーはメイの方を向く。
二人の視線は重なり、そして、頷きあった。
「ナディア、君のその悩みはそうだな・・・明日には解決する。だから、今は笑顔を見せてくれ。」
ハンカチを取り出し、涙を拭う。
「でも・・・・。」
まだ、不安そうなナディアにジョニーは、
「困っている女性を助けないっていうのは、俺のポリシーに反するからな。」
と、軽くウインクをして言った。
「やあ、今日もいい天気だ。」
ジョニーは空を見上げ言った。
雲一つない青空の下、ナディアとジョニーは何処へともなく歩いていた。
あれから一晩開けた。
安全を考えてナディアには昨日、船に泊まっていってもらうことになった(メイは少し不満、というか心配そうだったが)。
ナディアは着替えを持っていなかったので、団員のセーラーを。
そしてジョニーはいつもの格好とはうって変わってTシャツにジーンズというラフな格好をしていた。
「あのう・・・。」
彼女は躊躇いがちにジョニーに話しかける。
「どうしたんだ?」
「・・・私、狙われているので、一緒に外に出るのは危険、だと思うのですが・・・。」
昨日は仕方なく事情を話し、さらに取り乱す、といった失態をかましてしまったが。
きっと、自分を追っている組織は大きい。
町中で襲われていても皆我関せず、といったふうに助けは入らないのだから。
解決する、といってくれたが無理だろう。
それどころか、巻き込んでその命を失わせるだけかもしれないのだ。
そんな気持ちを知ってか知らずか、ジョニーは笑顔で答えるだけだ。
「なーに、大丈夫さ。メイの攻撃のが危ないからな。」
昨日のピンクのクジラを思い出し一瞬納得しかけるが。
「・・・でも、本当に危険なんです。」
町の人の噂から良くない事はたくさん聞いているのだ。
「だから、何とかしなくちゃならんだろう?」
彼の答えに下を向くことしか出来なかった。
「ところで。」
歩きながらジョニーが再び話しかけてくる。
「・・・・。」
ナディアは何も答えなかったがジョニーは続けた。
「君には、その両親の他に家族はいないのかな?」
「・・・・・・。皆、お金がないと分かると、親戚は離れていきました。きっと、やっかい事を抱えたくなかったんだと思います。・・・・でも。」
下を向いたまま、続ける。
「最後まで両親の結婚に反対して疎遠だった祖母が、この間初めて事故のことを知ったらしく連絡をくれました・・・・。」
祖母は祖母なりに心配をしていたのだろう。
そして、最後まで許してやれなかったことを後悔しているのかもしれない。
初めて聴く祖母の声は優しかった。
親戚中にそっぽを向かれた自分に、まだ信じられる物がある、と思わせてくれた。
でも。
「・・・・こんな状態じゃ、一緒に暮らすなんて、とても、出来ませんから・・・・。」
流れてくる涙。
その傍で彼はずっと、肩を抱いてくれた。
(優しい、ヒト。)
その温もりに暫し身体を預けながら、涙を流し続けた。
どれくらい歩いただろう。
気がつくと周りは閑静な住宅街だった。
ナディアの状況を考えると、昼間、とはいえ危険な場所である。
はたくその場を離れた方が良い、と思った彼女はジョニーに言う。
「あの、こういうところは・・・。」
その瞬間だった。
あっという間に周りを黒服の集団に囲まれる。
「!!ジョニーさん!」
しかし、あれよあれよという間に縛られジョニーもろとも傍に控えてあったトラックに詰め込まれどこかへと連れていかれる。
そして、薬をかがされ意識は闇の中へと落ちていった。
ナディアは冷たい床の感触に意識を取り戻した。
天上から吊された裸の電球を何度か瞬きをして見る。
だんだんと意識が覚醒していきここに至るまでも経路を思い出させた。
拉致られた。
思い出すとほぼ同時に勢い良く体を起こす。
周りをきょろきょろと見渡すと、ここは酷く殺風景な部屋の中であることが分かった。
6畳くらいの大きさの部屋で灰色の壁に囲まれている。
窓らしき物は1つもあらず、出入り口は端のほうに見える頑丈そうな鉄の扉だけであった。
部屋にある物といえば、隅のほうに追いやられた古ぼけた机一つのみだった。
そして
「やあナディア、気が付いたかい?」
これまたひどく、まるで現状を分かっていないかのように明るく話しかけてきたジョニー。
よく見るとジョニーの周りにはぶちきられた縄の残骸が転がっている。
さらにナディアの周りにも同じ物があるのが見受けられた。
その視線に気づいて、ジョニーは笑っていう。
「ああ、レディーを縛るなんて、とんでもないことをする輩がいるもんだな。解かせてもらったよ。・・・痕にはなっていないようだな・・・。」
手を取りチョックをし、痕がないことが判明すると安心したようにその手を離した。
その行為をぼおっと見ていたナディアだったが、思い出したようにいきなり頭を下げ捲したてた。
「あ、あの、ごめんなさい!!私の所為でジョニーさんまでこんな目にあってしまって・・・・!」
現状がナディアの鍵を狙った輩が招いたことは間違いないだろう。
ナディアと一緒にいたがためにこのようなことに巻き込まれてしまったことは、分かりすぎるくらい分かってしまった。
それに気が付いて平謝りを繰り返すナディアにジョニーは申し訳なさそうな顔した。
「こっちの都合で・・・・。・・・いや、ナディア。気にしちゃあいけない。むしろ俺がついていながら悪かったな。」
そう言って大きな手をナディアの頭に乗せ、髪をなで回す。
そのやさしい動きに妙に照れてしまい俯く。
きっと顔は真っ赤になっているだろう。
更にジョニーはおもむろに手をギュッと握ってきたので、流石にナディアは驚いて身を固くする。
そんな様子に顔を緩ませながらのジョニーは手を離す。
(・・・・・?)
手に何かものの感触がある。
離された手に何か持たされたようだ。
それを見ると、ナディアの「お守り」だった。
「・・・・あの・・・、これ・・・。」
「奴らは今頃フェイクな代物で頑張ってるはずさあ。」
そう言って軽くウインクをする。
「あ・・・りがとう・・・ございます。」
しかし、よく考えてみると何かがおかしい。
偽物を用意した、ということは盗られることを警戒した、とも考えられるが、盗られることを予定していた、とも考えられる。
ナディアの現状が分かっていての、まるで相手を誘うように静かな場所に行ったこと。
何よりジョニーがいっこうに焦っている様子を見せないこと。
もしかしたら、もしかしたら・・・・・。
(ジョニーさん、スベテこれを計画済みだったの?)
思わずハっと目を見開いてジョニーを見てしまったが、彼はやはり笑っているだけ。
その表情からは何も読みとることが出来なかった。
仕方なしに言葉で直接聞いてみようとナディアが口を開きかけたとき、ジョニーは、急に真剣な眼差しでナディアを見つめ、
「ナディア。」
呼びかける。
「・・・な、何でしょう?」
ジョニーの変わり様に圧倒されつつも言いかけたことを飲み込んで返事をする彼女。
「これから、きっと少々デンジャラスな場所を通過することになる。しかし、絶対に君には傷一つ負わせないつもりだ。・・・・俺を、信じてくれるかい?」
真剣なジョニーの様子に彼女はこくん、と頷いた。
そうすると、ジョニーは暖かい微笑みを返してくれる。
その笑みに、ナディアの中で衝撃が駆け抜ける。
(・・・・私は・・・・。)
浮かんできた一つの結論をうち消すように彼女は、ジョニーに努めて自然に見えるように話しかける。
「え・・・と。これからどうしましょう・・・。此処から出る方法を考えなくてはいけないですよね・・・。」
「ああ、大丈夫さあ。もうすぐ援軍が来る。」
その言葉とほぼ同時に
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
上空を何かでかいモノが通る音と、
ドゴオオオオオオオオン
地響きと共に破壊音が響き渡る。
「来たな・・・。」
ジョニーは短くそう言うと立ち上がり、ナディアに手を貸し彼女も立ち上がらせる。
しかし、彼女は何が起きたか全く理解が出来なかった。
「あのっ、一体何が・・・?」
ジョニーはどうやら事情が分かっているようなので訊ねてみると、笑みと一緒に答えは返ってくる。
「援軍さ。さて、ナディア。さっきも言ったとおり此処からはちょいと危なくなる。しかし、君には怪我一つさせない、ジェリーフィッシュ快賊団の名にかけて、だ。」
また一つウインクをする。
「ジェリーフィッシュ快賊団って・・・・!」
彼女はその名を知っていた。
ジェリーフィッシュ快賊団のジョニー。
有名な義賊、だった。
どうやらもの凄い人と知り合ってしまったらしい。
驚きを隠せない彼女にジョニーは苦笑を返す。
「そんなに驚かないでくれ。なあに、唯のいっかいの快賊さあ。それよりも、少し急がないと敵が増える・・・。」
「は、はい。」
彼女は鉄の扉に駆け寄るとそのドアノブに手をかけドアを開こうとするが、当然の如く押しても引いても横にスライドさせてみても、ドアは開かない。
困ったようにジョニーを振り返ると、彼は少し離れていろ、としぐさで伝え彼女をドアから離れさせた。
そして、足を思い切り振りかぶり、ドアに向かって蹴りを放つ(俗に言うケンカキック)。
ドゴオッ
鉄の扉は呆気なく開いた、もとい、吹っ飛んだ。
「さて、お姫様。脱出の時間さあ。」
少々青ざめてその様子を大人しく見守っていたナディア軽々とを抱え上げ、扉から続く道を出口へと向かって進み始めた。
「あの、1人で歩けますからっ!」
真っ赤になって抗議を試みるが、
「怪我を負わせない、と誓ったからな。」
と微笑まれて、口をつむがざるをえなかった。
その、胸に耳を当てると鼓動が聞こえる。
しばし、うっとりと聞き入っていたが、突然の銃声に現実へと引き戻される。
「ジョニーさん!!」
彼を仰ぎ見ると、大丈夫、と言うように力強く頷くと銃を持つ敵のほうへと突っ込んでいった。
「じょにーさあああああん!」
さすがに顔面蒼白になって彼女は叫ぶが、銃弾は二人に当たることはなかった。
横に移動し、ギリギリの間合いで銃弾を避ける。
そして、再び敵がうったとき今度は跳躍によってよけ、真上から敵に向かって蹴りを振り下ろした。
蹴りはクリーンヒットし、相手は崩れ落ち動かなくなった。
(・・・・・すごい・・・・。)
もう感心するしかなかった。
それから何回もの攻撃を避けていく。
そして、何人もの敵を、ナディアを抱えたまま足技のみで言葉通り蹴散らしていく。
どごおおおおん
どごおおおおん
破壊音は近くなる。
援軍との距離が縮まっている証拠だろう。
(船まで戻ったらここから降りなきゃいけないのね・・・。)
彼女がそんな感傷らしきモノに浸っていると、彼はぼそっと独り言をもらし、いきなりスピードを上げた。
彼女にきっと聞かせる言葉じゃなかったのだろうけれど、聞こえてしまった。
「なあにやってんだ、あいつは。」
その言葉の意味は分からなかった。
しかしジョニーは猛スピードで廊下を駆け抜けそして、1人のライフルを持った敵に思い切り蹴りをくらわす。
さほど遠くない場所から「いるかさん!」と言う聞いたことある声が聞こえていた。
それからは彼はスピードを元に戻し、見えてきた援軍のほうへと進んでいく。
「ああああ!ジョニー!!お姫様だっこしてる!」
ひときわ早くジョニーに気付いたメイが歓声の(または非難の)声をあげた。
ジョニーは笑うだけ。
そのジョニーにまたメイがふくれる。
「じゃあ、メイ。俺は彼女を連れて行くから、後は頼んだぞ?」
「・・・しょうがないなあ、任されたよ!」
メイが了解し、「バリバリ~♪」と叫びながら敵陣へと突っ込んでいく。
そのメイの様子にジョニーが一瞬顔をしかめたのをナディアは見逃さなかった。
それから、こころなしか急いでいる様子で、ジョニーは少々瓦礫等の転がる廊下らしきものを進んでいく。
すんなりと船につくと背中に羽の生えた少女が待っていた。
「ディズィー、彼女を頼む。」
そう言って当然の事ながらナディアを降ろし、ディズィーに引き渡した。
「はい、分かりました、ジョニーさん。それではナディアさん、こちらに。」
と、彼女の手を引く。
ジョニーは、再び敵地へと向かっていく。
(行っちゃう・・・。)
思わずナディアはジョニーのTシャツの裾を掴んでいた。
驚いたようにジョニーが振り返った。
自分のした行動に真っ赤になり下を向きながら、小さな声で、ナディアは頼んだ。
「一緒に、いて、下さいませんか?」
ジョニーは優しく微笑むと彼女の頭に手を置き、
「一緒にいたいのはやまやまなんだが・・・。」
それだけ言うと手を離し、裾を掴んでいる手を外させ再び、今度は走って向かっていった。
(せっかく任されたんだから、何かしなきゃ駄目だよね!)
メイは勝手にそう判断を下し、敵陣を撃破しつつ館の周りを探索して回ることにする。
悪役の一般常識上、わかりやすいところにヤバめのものは置いてないだろう。
長年の快賊としての感から、ピコピコとテキトウに進んでいった。
(どぉーーーせジョニーはナディアの世話で手一杯だろうし?)
バキィッ
目の前の敵を碇で殴りつつ、先ほどの『お姫様だっこ』を思いだし一人唇をとがらせた。
この、わざと捕まって敵の本拠地を知り根こそぎ潰す作戦は、夕べ二人で考えたモノではあったのだが。
・・・・最後まで反対はしたのだ。
仕方がないとはいえ、(女ったらしの)ジョニーを女の子と二人きりになんてしたくなかったのだ。
「イルカさんっ。」
遠隔操作で影にいる敵を混沌させる。
したくなかったが、「お前さんには、危険だ。」というジョニーの頑固な意見に押されて納得せざるをえなかった。
(そんなにボクて、信用無いのかなあ?)
・・・・何時か、絶対に言わせてやるのだ。
お前がいないと困る、と。
パンっ
こちらに向かってくる銃弾を状態をそらしてよけつつ目の前の扉を開ける。
そこには山のように積み上げられている、あるモノ。
「ふーーーん、なるほど。こんな事までもしちゃってるんだあ。これはジョニーにしらせなきゃねえ。」
懐から小瓶を取り出し、蓋を開け中の液体を「あるモノ」に振りかける。
そしてマッチを取り出し、振りかけたところに火をつけた。
ごおおおお
火は瞬く間にそれを覆い尽くす。
「作業、完了♪」
思わぬ収穫に、早くジョニーに知らせたい一心から
「やーまーだーさーーーーん!」
しゅごごごごご
でっかいピンクのクジラを召還し、道を強引にあけた。
(ったく、メイの奴何処まで行ったんだあ?)
思ったよりも彼女が中枢には入り込んでいることに軽く舌打ちをしつつ、進む。
こういうとき、彼女が通った跡というのは分かりやすい。
得体の知れないモノを見たような(きっと実際に見たのだろうが ex山田さん)驚愕の表情を浮かべたまま気絶している。
そしてその攻撃を運良く喰らわなかった者たちも、まだ少女とよべる歳の女の子に巨大な碇で昏倒させられたのだろう。
その光景が目に浮かぶようでジョニーは思わず口元をほころばせたが、直ぐさま、気を引き締め直す。
どんなに彼女が強くても失敗はあり得るのだから。
(なにしろあの姫さんは、おっちょこちょい、だからな。)
少女の姿を描き、そんな自分に苦笑した。
月日と同じスピードで大人になっていく『少女』。
親の欲目かもしれないが格段に綺麗になった。
・・・依存させて生きていく年齢でもそろそろあるまい。
望まれなくとも×××なくとも、『自分』という『檻』から解放すべきなのかもしれない。
彼女を快賊団の外へと連れ出す為に。
ばこおっ
「あ痛!」
その時、背中をどつかれた感触にジョニーは思わず声を上げた。
事態を半ば予想して振り向くと、案の定彼女-メイが両手を腰に当てて立っていた。
「ジョニー?どしたの?」
珍しく此処まで接近するまで気づかれなかったことに驚きつつ、メイは言った。
自分の不覚を悟られないように何時も通りを装いつつ、ジョニーは答える。
「どうしたの?じゃないだろう、メイ。後は頼んだ、とは言ったが誰も独りでつっこんで行け、なんて言ってないぞ?」
始まった説教にメイは一瞬たじろいだが、直ぐにプイと横を向いて抗議する。
「そんなこと言ってると、良いこと教えてあげないよーだ。」
子供のようなメイの返事。
心の何処かで安堵感を覚えつつ、それにジョニーは気づかないふりをした。
メイの頭に何時も通り手を乗せ、撫でる。
そのジョニーの行動にメイは気をよくして、話をした。
「あのねえ、偶然部屋に入ったときに見つけたんだけど。例の白い粉。」
「それは、デンジャラスだな・・・。」
白い粉、所謂「麻薬」である。
人を廃人となす事の出来る兵器に近い代物。
処理については敢えてつっこむ必要はない。
彼女はその辺も理解している。
(いや、覚えさせた、と言うべきかな・・・。)
やや自嘲気味にジョニーがそんなことを考えているとはつゆ知らず、
メイは得意げに胸を張って言った。
「ちゃんと火をつけて燃やしてきたからね!」
その顔には「誉めて欲しい」と書いてあるようだった。
ひどく分かりやすい。
「ああ、良くやった。」
ジョニーは笑いながら更に彼女の頭を撫でる。
メイは擽ったそうにその行為を受け入れた。
一通りなで回すとジョニーはメイの背中をポン、と押し言った。
「さあて、此処の大将にお目にかかるとするか。」
「ボクも行く。」
彼女らしい行動に再び苦笑しつつ、最低限の約束だけを取り付ける言葉を言った。
「その代わり、戻れ、と言ったら戻るんだぞ?」
「オッケーオッケー♪」
メイはVサインをしながら承知した。
ガンッガンッガンッ、ドゴオオオオオン
「な、何だ?!」
ナディアの持っていた遺産の鍵を手に入れて、諸手を挙げて喜んでいたのも束の間。
知る人ぞ知るジェリーフィッシュ快賊団に襲われ、思わぬ事態に陥っていた此処の組織のボスは悲鳴のような声を上げた。
更に、沢山のガードマンと呼べる人間が警備をしていたこの部屋の扉を蹴破って侵入してきた輩。
侵入してきた人間は2人。
一人は赤い衣装を身にまとい大きな碇を担ぐ、まだ幼さの残る少女。
それを護るかのように前に出て余裕の笑みを称えているTシャツ・ジーンズの男。
男の方には見覚えがあった。
「お、おまえはっ!!」
「やあ、ボスさん。組織をまとめる者にしちゃあ、ちょいと知恵が足りなかったみたいだなあ。」
ナディアと一緒に捕らえた男だった。
男は悔しさのあまり震えだし、口から唾を飛ばしながら喚き散らす。
「誰か!誰かいないか!」
「無駄だよー。」
メイは笑いながら言う。
「だって、みんなオネンネしちゃってるからね!」
彼女は前に飛び出し、碇を振り上げ男を昏倒させようと、狙う。
「ストーーップ。」
しかし、突然の静止の声に言葉通りピタっと止まる彼女。
そして、静止の声を上げた方に不機嫌そうな顔で後ろを振り返った。
「お前さんは・・・っと。」
声を上げた男-ジョニーはごく当たり前のように男の方に歩み寄り、突き飛ばしその側にあった金庫をいとも簡単に開けた。
そこには幾つかの書類、お金。
金はいっさい無視して書類だけを持ち出すと、メイに投げて寄越した。
「ナディアの遺産に関する権利書だ。お前さんはこれを持って『戻れ』。」
「何で!!」
当然と言わんばかりにメイは抗議の声を上げた。
対するジョニーは、静かに一言言葉を発するだけだった。
「・・・・メイ。」
その一言で、全てが決着ついた。
しばらくは「う゛ー」と、唸っていたメイもやがて、
「分かったよ・・・。」
と、書類を手に壊された扉の外へと出ていった。
その姿を、やはり自嘲気味な表情で見送っていたことにメイは気がつかない。
確実に彼女の気配が消えたところで、ジョニーは頃合、とばかりに男の方へと向き直った。
手には抜き身の剣。
「さて・・・・。ちょっと、貴様はやりすぎた・・・・。おっと、何が、ナンテ返事は、なしだぜ?」
突き飛ばされた男は、頭を打ったらしく未だ立てずにいる。
「・・・・そろそろ、幕を閉める時間さあ・・・。」
これから自分のみに起こるであろう事を悟って、男は顔面蒼白で命乞いを始める。
それを訊いてか訊かずか・・・、ジョニーは剣を振り上げた。
そしてその部屋には一人の男だけが残った。
ディズィーに奥へ、と誘われたがナディアは入り口でジョニーが戻ってくるのを待っていた。
他に此処には誰もいない。
ジョニーの去っていた方向を見つめる。
ここの暗黙の了解のようなものらしい。(暴走した)メイを迎えに行くのはジョニーであるということが。
それを察して彼女は何だか複雑な気分になった。
メイは、ジョニーに甘えすぎているのではないか。
・・・・・いや、それでは何かが違う。
見た感じはまるで娘と父親の様だ。
しかし、この2日間一緒にいただけでもジョニーがメイのことをいかに大事にしているかが分かった。
まるで・・・・の様に。
ナディアでは2人の間に入り込めなんかしないだろう。
ジョニーは何処までもナディアに優しかったが、優しいだけじゃ駄目なのだ。
きっと、そういうことなのだろう。
そんなことを思っていると、彼の去っていった方向に1つの人影を発見した。
赤い快賊服の少女、メイだと分かった。
「メイちゃん!ジョニーさんは?会わなかったの?」
船に戻ってきたメイを発見するやいなや、ナディアは声をかけた。
ジョニーはメイを迎えに行った。
当然戻ってくるのも一緒だと思っていたのに、彼女は今、独りである。
そんな様子のナディアの方にメイは視線を持っていった。
いつもの無邪気さの無い瞳を。
その瞳にナディアは一瞬止まった。
そんなナディアのことをさして気にした様子もなくメイは近づいて来る。
目の前まで来ると、手に持っていた書類をナディアに向かって突き出す。
「はい、遺産の権利書のたぐいだよ。」
「これって・・・・?!私が頂いてもいいの?」
「良いのって、元々ナディアのじゃん。もう、変な奴らに追われる心配もないからねっ。」
いきなり突き出されたそれを多少面食らいながらナディアは受け取った。
それにしても、と思う。
「本当にジョニーさんはどうしたんですか?」
そう尋ねると、メイはふと視線を逸らして答えた。
その目は少し大人びて見えた。
「後から来るよ・・・。」
「何故、独りにしてしまっているの?危ないんじゃないの?」
「ジョニーは・・・・、ボクが見ていない方が都合が良いことがあるから。」
「・・・え・・・?」
疑問の言葉を投げかけたが、それに対する答えは返ってくることは無かった。
そのかわり、メイはいつもの調子に戻って、ナディアに手を差し伸べ笑顔を作って云う。
「何でもないよっ。ナディア、疲れたよね?パンを焼いておいて貰えるように頼んだんだよっ。ボク、お腹が空いちゃったよ。行こう。」
半ば強引に手を引かれ、船の奥へと連れて行かれた。
「・・・・・っジョニーだ!」
船の入り口がにわかに騒がしくなって、メイは食卓から離れた。
一緒にパンを食べていたナディアも悪いとは思ったが置いていく。
「メイちゃん、待って!」
その声を後目に通路を駆け抜けていった。
戻ってきたジョニーが真っ先に向かう場所は分かっている。
そこを目指して、急ぐ。
そして通路の曲がり角、彼の姿を発見する。
「ジョニーーーーー!!」
避けられるだろう事を予想しても、いつも通りその背中に飛びつこうとした。
案の定、ジョニーは避ける。
メイは無様にも、地面に顔面をぶつける羽目となった。
「じょにーーーーーー?!」
「ああ、悪い悪い。レディーに汗の臭いなんて嗅がせちゃあ、バッドだからなあ。」
片目を瞑りつつジョニーは云う。
だからメイも返す。
「ジョニーの香りだったら何でも良いんだもん♪それよりもっ!遅いよ、ジョニー!一緒に食べようと思ったパン、食べちゃったからねっ。」
そして、「ふ-んだ」と、そっぽを向く。
ジョニーはそんなメイの頭を一撫でする。
メイは擽ったそうに下を向いて笑った。
そうして、ジョニーは
「じゃあ後でな。」
と、去っていく、その先のシャワールームへと向かって。
僅かな血の臭いを消し去るために。
ジョニーの消えるまでメイはその方向を見つめ続けた。
大量の薬物まで抱え込んでいたアイツを、ジョニーは許しはしなかっただろう。
アイツには反省、とか、後悔、とか、そんな感情は見られなかった。
だから戻れ、と言ったのだ。
救いきれないモノを、この世から消すために。
彼は、本当はそんなことはしたくないのはメイにも分かっている。
それでもそういった元凶を絶たなければいけないときがあるのも分かっている。
だったらせめて、その人を消す苦しみを一緒に持てあげたかった。
だから、着いていったのに。
(・・・・・・・何時になったらその苦しみを半分、ボクに預けてくれるのかなあ?)
拾われてこの快賊団の一員となってからずっと、ジョニーはメイを庇護し続けている。
何時からだろう。
こういった時、希に彼から血の臭いが感じられたのは?
その時からそれについては何も言えなかった。
ジョニーが気づいて欲しく無さそうだったから。
ジョニーだって、気づいていることは分かっているだろう。
しかし、その上でやはり隠そうとする、それには触れるなと云わんばかりに。
(ボクだってもう子供じゃないんだから・・・。)
頼って欲しい。
今まで、メイが甘えてきた月日と同じくらいに。
メイシップに居られるのが最後の夜、ナディアはジョニーを尋ねた。
・・・・・彼に言いたいことがある。
ジョニーの部屋の前で落ち着かせるために深呼吸をする。
そして、意を決してドアをノックしようとしたときだった。
突然目の前のドアが開く。
「・・・きゃっ・・・。」
思わずナディアは短く声を上げた。
勿論そこにいたのは黒い快賊団の格好をしたジョニー、その人だった。
にこやかに笑い片手を上げつつ彼は声をかけてくる。
まるで、彼女がそこにいるのが当然、と言わんばかりに。
「やあ、ナディア。」
「吃驚しました。」
今だ動悸の治まらぬ胸を押さえつつ彼女は云う。
そのまま下から軽くジョニーを睨む。
たった1日かそこらで虜になってしまった人を。
そんな彼女の想いを知ってか知らずか・・・・、ジョニーはいつもの調子で続ける。
全て知ってるというように。
「何となく君が来る気がしてね。話したいことでもあるんだろう?ここじゃ何だな・・・。甲板へ行こう。さあ、お嬢さん。」
そうして手を差し伸べる。
「・・・・・・・。」
おずおずと、ナディアはその手を取った。
ジョニーは優しく、笑う。
顔は、きっと赤い。
触れた手が自分のモノじゃないように熱を持つ。
(こんな私の変化に彼は気づいているかしら・・・・。)
ちらりと盗み見ても答えは見つからず・・・・・、ナディアは彼女の鼓動だけがこの場に響いている錯覚に陥りながら、ジョニーに手を引かれ歩いていった。
空を見上げると幾千もの星が見えた。
時間が時間なだけに人の気配は全くない。
引かれていた手はとうに離され・・・・、彼女はその手を胸の前でギュッと押さえる。
ジョニーはジョニーで黒服を風に揺らされながらそんなナディアを見ていた。
その視線に気づき、彼女もジョニーをそっと見上げる。
何億光年もの星の光にさらされながら、ナディアはジョニーと向き合っていた。
甲板には風が、吹き抜ける。
ナディアは揺れるブロンドを押さえながら口を開いた。
「ありがとうございました。これで、私も落ち着いて暮らせます。」
頭を下げてお礼をしたナディアにジョニーは悪戯っ子の様な笑みを浮かべながら云う。
「なあに、こっちもこの件ではちょいと儲けさせて貰ったから気にすることはない。後は君が祖母と平和に暮らしていければ、何も言うことはないな。」
それでも最後科白は真剣そのものだった。
彼女の幸せを、願っている。
祖母との暮らしは、きっと穏やかなものとなるであろう。
ゆっくりと現実へと回帰していく。
しかし、ジョニーという人を知ってしまった今では、もう日常には戻れない。
否、戻りたくない。
その事を伝えるために再び彼女は口を開いた。
ジョニーなら迎え入れてくれる、きっと・・・・。
「その事なんですけれど、私・・・・・。」
「・・・・その先は言わない方が良い。」
けれど、予想に反して彼はナディアの言葉を遮った。
彼女のいわんとする事を察して。
何かが、崩れていく。
予感を感じながら、彼女は願いを唱えた。
「・・・・・。私も快賊団に入団させて頂けませんか?」
ジョニーは嘆息するとゆっくりと言った。
「・・・・・・・。ナディア、君には無限の可能性がある。ここでそれを使ってしまうのは世に対する冒涜というものさ。」
軽い口調で、されど真剣な眼差しで。
(そんな言葉、納得できない。)
ナディアは食い下がる。
ジョニーに縋り付き、云う。
「そんなこと無いです。私、貴方の、側に居たいんです。いえ、居させて下さい。」
ジョニーの腕は彼女を受け止めない。
彼は彼女を悲しそうに見据え、彼女を否定し続ける。
「君には思ってくれる肉親がいる。それなのに君をここに留まらせてしまったら、俺はその人に顔向けが出来なくなってしまう。」
「そんな・・・・。。」
そんなこと無い、と彼女は言いたかった。
しかし、ジョニーの瞳に、悲しそうな表情に、何も言えない。
その表情を変えることなく、彼は云う。
ナディアに、気づいて欲しい。
「君はまだ解っていない。何よりもかけがえのないモノを持っているのに、気づいていない。」
自分を思ってくれる「肉親」の何よりの大切さを。
それを失ったときの、悲しみを。
「でもっ・・・!私、貴方のことが好きです。だから、側に・・・っ!」
一向に彼女は納得しようとしない。
「好き」という感情は時として何よりにも勝るものだ。
しかしそれ故に、それが消えたときの失ったモノの大きさは計り知れない。
彼女にはその感情のまま動いて、後で後悔をして欲しくない。
だから、否定し続ける。
自分からナディアを引き離し、背を向ける。
「・・・・・ナディア。恋、というのは大抵はまやかしにすぎないんだ。こういう一過性の場合は特にな。自分を窮地から引き上げてくれた人間には、無意識の内に特別だ、という感情を持ってしまうんだよ。でもな、それはニセモノなんだ。」
(ニセモノ、か。)
自分の出した結論にジョニーは被虐的な気持ちになる。
それは、ナディアでなくても言えることだ。
例えば、自分をずっと慕っている少女にも。
例えば、場違いな恋心を抱いている自分にも。
けれど、ナディアがジョニーのそんな気持ちに気づくことは無かった。
それどころか、その考え自体がジョニーの「闇」と思う。
人への感情を否定する人。
ナディアは悲しくなった。
自然と瞳から大粒の涙を流す。
「どうして、そんなこというんですか?!」
「君に後悔させたくないのさ。」
しれっとジョニーは言い切る。
ナディアはジョニーの前に回り込み畳み掛ける。
「じゃあ、ジョニーさんは、メイちゃんが後悔してるとでも言うんですか?!あの子は貴方のこと凄く献身的に思ってます。それは分かっているのでしょう?」
痛いところを突かれる。
ずっと、そうなることを恐れている。
まだ、周りの事をあまり理解していなかった彼女を側に置いたのは・・・・・自分だ。
いつか。
「後悔か。・・・・・・そうだな。」
それは現実となる気がして。
「嘘です!メイちゃん幸せそうです!貴方のその理論で言うと、彼女だって貴方の側に、居ない方が良くなってしまいます。彼女こそ、きっと無限の可能性を秘めているのだから。」
恋心。
後悔。
可能性。
闇の、未来。
それが訪れる前に。
「ああ、だからメイはいずれ此処から降ろすさ。・・・・・・兎に角、ナディア。君にはこれからの生活が待っている。ねがわば俺のことも忘れないでいてくれると嬉しいんだがな。」
じゃあな、片手を上げジョニーはその場を去っていく。
ナディアは広い甲板に独り、残される。
云ってはいけないことを言ってしまった。
そして、聞いてはいけないことを聞いてしまった。
ジョニーは、メイを。
それなのに、彼の結論は・・・・・。
「・・・・・・そんなのおかしいです。」
ナディアは彼のために涙を流した。
次の日、ナディアは去っていった。
ジョニーは見送りはしなかった。
きっと、お互い辛くなるだろうから。
船尾上甲板で独り煙草を吹かす。
ふと、周りの空気が変わった。
ジョニーは苦笑する。
(アイツは俺が何処にいても探し当てるんだろうなあ。)
そんな考えと同時に、ぴこぴこという靴音。
「じょにーーーー!」
よく知っている声。
ガシッ
背中の重み。
「・・・・メーイ?また太ったかあ?」
「そんなこと無いよっ!ジョニー!それはレディーに対して失礼だよ!」
案の定、背中からはがれ落ち、食らいついてくるメイ。
メイの頭を撫でながら、笑う。
「ぶーーー。そうだ、ジョニー。本当に良かったの?ナディア、此処に残りたがってたんじゃないの?」
「ああ、良かったのさ。彼女は此処にいない方が幸せになれる。」
また、目の前の彼女もきっと。
そう思い、メイから視線を逸らしたジョニーをメイは訝しげに見入る。
そして、ジョニーの腕にぶら下がり言うのだった。
「ボクのことは、ボクが決めるよ。ジョニー。勝手な憶測は、嫌だよ。」
ジョニーは危うく動揺で煙草を落としそうになった。
彼女と彼の心の鍵が開かれるのは、まだ先。
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