「ディズィーは良いなあ・・・・・。」
灯りに照らされているディズィーをジッと見乍ら、メイはぼやいた。
メイシップのメイの私室。
メイとディズィーは同じ船内にいるのに変な言い方だが「お泊まり」をしていた。
必需品のお菓子にジュース、そしてパジャマでの夜の語らい。
寝台近くのライトの明かりを灯し、二人して仰向けに布団に潜り込んでいる。
ディズィーはこの雰囲気を楽しむようにメイに尋ねた。
「何がですか?」
ディズィーのその返事にメイは彼女を鋭く見やると、唐突に、彼女の胸に両手を据える。
「きゃあっ。」
当然の如く真っ赤になってディズィーは声を上げた。
しかしメイはそんなことを気にも止めず、そのままその手を腰、尻へと下げていく。
ここまでくるともはや羞恥よりも呆れてしまう。
ディズィーは仕方なしにメイの困った顔のまま行動の終わりを待った。
メイは触りながらどんどん表情を険しいものへと変えていく。
そして、一通り触り終わってから恨めしそうに云った。
「胸が大きい、腰が括れてる、お尻が引き締まってる・・・・・・・。身体のラインが整ってるんだよ!!」
ずるい、と騒ぐ。
ディズィーにしてみればメイの外見年齢から察するに、完全に成熟しきるのはまだ先であるからずるいと言われても困るばかりである。
しかも小振りながらも着実に大きくはなっていそうだし、腰もどちらかと言えば細すぎるくらいだ。
とてもあんな大きな碇を振り回してるとは思えない華奢ぶりである。
その彼女の魅力を彼女自身に気づかせていない人物はこの世に一人しかいない。
「・・・・ジョニーさんに何か言われたんですか?」
きっと、云われたのだろう。
ここの団長はこの少女をからかう事を半分趣味としている感じが否めない。
何処までもフェミニストを装っているのに、メイに関してだけはそれが無い。
その意味をこの少女が分かっているかは甚だ疑問ではあるのだが。
案の定、
「・・・・・・ジョニーに何も言われない日なんて無いよ。うがー!絶対綺麗になってやるんだからあ!と、言うわけでディズィー、身体交換しよっ♪」
分かっていないのだろう。
ディズィーは苦笑する。
「メイ・・・・。無茶苦茶ですよ、それは。」
ぶう、とメイは口を尖らせた。
「だって!無茶とか苦茶とかしないとジョニーは振り向いてくんないんだもん。」
ここまで分かっていないと逆に面白い。
隠す方が上手なのか、分からぬ方が鈍感なのか。
教えることは容易いが、それは自分を救ってくれた団長に対して恩を仇で返すようなものだ、と思う、なんとなく。
だから、含んだような云い方でしか返せなかった。
「そう・・・・ですか?」
メイは上半身を起こしてバンっと枕を叩く。
「そうっ!ボクはディズィーみたいにになりたいなあ・・・・。そしたら即ジョニーに色仕掛けするのに・・・・。」
「・・・・メイ(汗)。」
それはジョニーさんが色々と可哀想な気がするから止めた方が、と心の中で忠告をする。
しかし、彼女の無邪気さは何にも勝る色仕掛けな気がするのは、気のせいではないはずだ。
兎に角、きっかけそんな冗談のような話だったのだ。
・・・・・そう、ちょっとしたもしも話だったのだ。
突然ディズィーの左肩辺りから髑髏顔が現れる。
地の底から聞こえるような声でそれは云った。
「ダッタラ変ワッテヤロウカ。」
メイはとっさの出来事に対応しきれなかった。
「え?」
疑問符だけを飛ばす。
「ネクロっ!止めて!」
ディズィーは自分の一部が又ろくでもないことをしようとしているのを察し、止めに入る。
しかし、白い閃光が走るのと同時に意識はネクロに乗っ取られ、深くへと沈んでいった。
『チリリリリリリリリ』
けたたましく目覚ましがなった。
朧気な意識のままメイは目覚ましを止める。
いつもはうんと手を伸ばさなければ届かない場所に置いてある目覚ましに、何故か今日は軽々届く。
きっと、位置をずらしたんだろうとさして気にも止めなかった。
・・・・・・・ベッドがいつもよりも狭い。
そこで思い出すのは、ディズィーが昨夜から泊まっていることであった。
目覚ましの音にも気づかなかったのか、まだ隣からは規則正しい寝息が聞こえた。
当然彼女も起こさねばなるまい。
「ん・・・・・・ん。ディズィー、朝だよー・・・。」
声をかけるだけでは起きる気配がなかったので、身体を揺することにする。
彼女の姿を発見して、違和感、と言うか、何かが間違っていた。
「あれ・・・・・?ボクが目の前にいる・・・・?」
そこにいたのはディズィーではなく、メイ本人だった。
昨日の話を思い出し、まさか、とは思いつつも自分の姿を確認していく。
肌の色、髪の色、顔の造形、そして体格。
全てがメイのものと異なっていた。
飛び起き鏡で確認する。
・・・・・・まうごとなきディズィーの姿であった。
一気に意識が覚醒する。
「な!!!ディズィー!ディズィーってば!起きてよう!」
「・・・メイ?・・・・私?」
おきたてで、ぼーっとしている彼女に無言で鏡を突きつけた。
それを暫くぼえっと見入っていた彼女だが、事の重大さに気づいたらしくメイから鏡を引ったくると何回も何回も確認をする。
そして、青くなって鏡を落とした。
理解したらしい。
「夢じゃない、んだよねえ?」
夢であって欲しかった、と言外に含ませつつメイは云った。
自分一人だったら夢、だの、おかしくなった、だので誤魔化せたかもしれないのだが二人して認識してしまったら、無理であろう。
「・・・・そう、みたいですね・・・・・・。」
ディズィーも同意する。
その後暫く何やら考え込んでいた彼女だったが、確信めいた結論に思い当たったらしく真っ青になって頭を下げた。
意識を失う前に聞こえた声、そしてその後に起こったこと。
「ごめんなさい。多分、ネクロの所為です。どうしよう・・・・。本当にごめんなさい。」まさか。身体が入れ替わってしまうなんて。
しかしメイは手をパタパタと振って云った。
「やだなー、そんな深刻になっちゃ駄目だよっ。それに、ディズィーになってみたかったし♪ こんな機会、滅多にないじゃん。だったら。」
さっき迄の焦ったのは何処へやら、にんまりと上目遣いでディズィーを見るとメイは云った。
「楽しまなきゃ、損だよっ。」
気を使ってくれたメイの気持ちが嬉しかった。
それでも現実は変わらないけれど。
ディズィーの表情(といっても、今はメイの顔だが)は、暗い。
「・・・・メイ・・・・。」
そんな彼女の頬をメイはピチッと叩く。
自分にそんな顔は似合わないのだ。
「暗い顔、しない!ボクが暗い顔してるの見るのは、違和感感じるよ。さあ、行こっ!」
「行くって・・・。」
こんな状況はきっと二度と無い。
そして、この先どうなるかわからなくっても、グジグジ悩んでいるのは性に合わない。
メイは先ほどの科白をもう一度云った。
「楽しまなきゃ、損だよ。誰に会っても入れ替わったことは内緒だよ?」
あくまで楽しげなメイにつられ、ディズィーも笑っって返事をすることが出来た。
「はいっ!」
そうして二人してメイの部屋を出た。
さあて、誰が気づくかどうか。
(ジョニーは、どういう対応をとるのかな?)
メイは心の中で笑う。
楽しもう、この状況を。
「ディズイーは今日何の当番だっけ?」
通路を歩き乍ら、メイは訊いた。
ジェリーフィッシュ快賊団はその日によって担当する仕事が違ったりする。
(料理じゃないといいなあ・・・・。)
料理は苦手である。
ディズィーも得意なわけではないのだが、失敗の仕方がまるで違うので(メイは食べられそうにないものを作る、ディズィーは力加減を間違えてものを壊す)バレてしまうだろう。
うーん、と口元に手を持っていて悩んでいると、ディズィーは返事を返してきた。
「今日は、ディズィーは掃除当番だよ。」
その口調はまるでメイそのものであったためメイが面食らっていると、彼女は小声で云う。
「メイ、バレないように、ですよね?」
そして、悪戯っ子のように笑った。
メイはチロッと舌を出して自分の失敗を認める。
今度は約束に乗っ取って話をした。
「ああ、そうでした。メイは確か洗濯当番、でしたよね」
「うん、じゃあディズィー。又後でねっ。」
ええ、と云って手を振りディズィーと別れた。・・・・・・・・・・・。
振っていた手を下ろす。
今すぐジョニーに会ってみたかったがディズィーはそんなことで仕事をサボる子ではないだろう。
メイは仕方なしにモップを取りに行った。
「やあ、ディズィー。」
「ジョニー・・・さん。おはようございます。」
モップで甲板を拭いていると運良くジョニーが通りかかった。
直ぐさま飛びつきたい衝動にかられたが、今は『メイ』の姿ではない。
案外不便なものだ、と思う。
ディズィーもジョニーに抱きつく習慣があれば良いのに、なんてメチャメチャなことを考えたが、それはそれで困った事態だから駄目かと一人で納得をした。
考え込んでいたメイにジョニーは声をかけてくる。
「ディズィー、どうしたんだ?可愛いレディーはいつでもスマイルでいることさあ。」
「・・・・・・・・・・・(怒)。」
(僕にはそんなこと一言も云わないクセに、ジョニーの馬鹿っ!)
口を開けば、我が儘、お子様、胸がない、6歳児の方がまだ色気があるなどと言われている(そこまでは云われていない)。
なのに、この男は他の女性に対してはこの態度だ。
メイは自分が一番ジョニーの近くにいると思っている。
そして、自分が一番ジョニーのことを理解していると自負している。
けれど、彼はこのことにそれに感慨を覚えることもなくメイをからかい続ける。
はっきり言って、不満である。
不満なんて言葉では言い表せないほど、不満である。
(ジョニーは、ボクの気持ちなんかてんで分かっちゃいないんだからっ!)
ここに来てそれが爆発をした。
「ジョニーは一体ボクのこと何だと思ってるのさっ!」
思わず地のままで質問を投げかけたが、既に時遅し。
言葉は口から出てしまっている。
しまったなあ、どうやって誤魔化そうと思案していたが、彼は気づいていないのか特に疑問も持たずに答えてきた。
「ディズィーのことか?・・・・・・・・愛してる、なんてのはどうだ?」
「!!」
愛してる。
アイシテイル。
聞きたかった言葉は、自分に向かって放たれたものではない。
今の自分の器、ディズィーに向かって放たれたものだ。
ショックだった。
いや、ショックはショックなのだが長い時間一緒にいた自分よりも最近知り合ったディズィーに盗られた事実の方がショックだった。
これくらいで負けるメイではなかった。
もとより勝ち目の薄かった色恋沙汰である。
今更こんな事云われたからといって、変わるものなど、何もない。
ジョニーをキッと睨み、心の中で誓う。
(負けないんだからあっ!)
精一杯の眼差しでメイは(ディズィーの姿だが)ジョニーを睨んでいるのに、彼はそれを受け止め、寧ろ楽しそうにしている。
そして表情をフッと崩し、メイの頭を軽くひと撫でした。
「?」
メイはその行動に何処か違和感を感じジョニーの手をパタパタと振り払った。
何かが違う。
「じょに・・・・。」
違和感の正体を探るべくかけた声はジョニーの笑みによって遮られる。
彼は此方を見つめていた。
メイはそれを見返す。
「団長!なにボーっとしてるんです。後方から一隻の飛行船がこちらを追ってきています。多分賞金稼ぎと思われますが、どうなさいますか?」
突然かかった声にメイは半硬直状態から抜け出した。
人の気配が読めない自分の心理状態を叱咤する。
声をかけてきたのは片目のジュライだった。
ジョニーはいたっていつもの調子で云った。
「逃げられそうかあ?」
「・・・・・逃げられますが、飛行船の様子から相手は有名な賞金稼ぎの『エスティン』と思われますが。」
エスティンとはここらの上空では一寸ばかり悪い方に有名な賞金稼ぎである。
賞金稼ぎとは名ばかりで、実際は悪質な詐欺行為、窃盗行為、殺人行為紛いのことを繰り返している。
ジョニーの表情がスッと変わる。
「ほーお、あの悪名高きエスティンねえ・・・・。奴さんの船に横付けだ。あとはメイを・・・・・いや、何でもない。とりあえず船の移動を。」
「了解です。」
ジュライは操舵主のエイプリルの方へと伝えにいった。
それを見送ってからジョニーはメイの方に向き直った。
「ディズィー、君は中で待機をしてくれ。」
「大丈夫です。ボ・・・私も戦えます。」
いつも隣で戦ってきたのだ。
今更置いてけぼりは、嫌だった。
しかしジョニーはそれを許さない。
「いーや、危険だ。君は一応死んでいることになってるんだぜ?あまり姿を見せない方が良い。」
アンダースタンド?と訊く。
分かりたくない。
「嫌です。」
「ディーズィーーー?頼むよ。」
「い・や・で・す。」
不毛な言い争いは続く。
そうしている間にも、船は接近していった。
そしてがたんという衝撃と共に、止まる。
船から縄が掛けられ相手の飛行船に乗り移ることが可能となった。
「だんちょーーー!こっから先はくい止めますから早く中へ・・・・!」
再びジュライが声をかけてきた。
そして、その隣にはメイの器を持ったディズィーがいた。
「ジョニー!行くよー!」
両手をぶんぶん振り回し喋ってくる。
「一寸待てって、メイ。・・・・ディズィー、兎に角来ては、駄目だ。」
「なっ・・・!」
それだけ言い残し、ジョニーは声の方向へと去っていく。
メイの早くしないと行っちゃうよー、というノーテンキな声が響く。
・・・・・・何時だって一緒に(ジョニーがいるときは)戦ってきたのだ。
(ディズィーの姿だから、駄目なのかな・・・。)
いや、ディズィーが入団してから彼女だって参加していたこともあった。
・・・・じゃあ、何故?
考えても分からない。
分からないものは分からない。
仕方がないのでメイは考えるのを放棄して飛行船へと向かうことにした。
正攻法で向かうのはきっとジョニーの根回しにより無理であろう。
(うー、羽でもはえてればなあ・・・て、生えてるじゃん!)
この身体はディズィーの身体だったのだ。
といっても元の自分にそんな神経は通ってないから、動かし方は分からない。
(動いてーーーー!)
試しに動くように念じてみる。
パタパタパタパタあっけなく飛ぶことが出来た。
メイは挑発的な表情で前を見据える。
「よっし、いっくよーーーー!」
渦中へと突っ込んで行った。
少々不安定ながらもメイは敵飛行船上にたどり着くことが出来た。
ジョニーが相手をおちょくりながら戦っているのが見える。
それをムキになって追いかけていく男-エスティンだろう-が見受けられる。
ディズィー(メイ)は慣れない碇を振り回し、そこそこ善戦を繰り広げていた。
戦況はどう見てもジェリーフィッシュ快賊団が優勢であった。
手助けは、必要ない。
しかしメイにとってはそんなことは問題ではなかった。
彼にずっとついていくこと、いけること。
誰よりも側にいること、いられること。
隣で何時いかなる時でも、例えそれを必要とされなくてもサポートし続けること。
1つの願いを胸に秘め、メイはふわあっと地面に降り立った。
「ディズィー?!」
真っ先にジョニーがメイを見つけ、罵倒する。
「来るなといったろう!?」
「私だって、お手伝いできます!」
そういって、ここまで飛んできたときと同じように、念じた。
ディズィーはネクロ、ウンディーネの力を使って所謂飛び道具を出すことが出来る。
ここまで飛んで来られた、だから、大丈夫。
同じように、出来る。
(お願い!)
「止めろ!それはお前さんに扱えきれるものじゃあないんだッ!」
何処か遠くにジョニーの声を聴き乍ら、メイは集中を続ける。
視界が黒く染まる。
意識が白濁する。
そして、奥底の、声。
久々ニ暴レラレル
(あ・・・・あ・・・・・・・・・。)
無理矢理に意識を奥へと引き込まれ、身体を違うモノが支配した。
「ネクロっ!」
ディズィー(今はメイ)が叫んだ。
深い緑の肌、緑の衣、髑髏の顔、ディズィーの身体はネクロに乗っ取られていた。
「だから来るなと云ったんだ。メイ・・・いや、ディズィー!」
ジョニーはメイに向かってそう云う。
ディズィーは吃驚してジョニーを見た。
この人は、全部分かっている。
「何時、気が付いたんですか?」
「今はそんな場合じゃあない。」
そう云ってジョニーはメイの方を見て軽く舌打ちをした。
ネクロは、暴走している。
しかし、それはネクロであってネクロではない。
メイと意識を、身体を共有しているのだ。
即ちネクロが起こした行動というのは、メイの起こした行動に他ならない。
それが、殺人とかいうきな臭いのもでも。
そんなことで彼女を汚したくなかった。
そうしている間にも、ネクロは側にいた人物-エスティンに鋭い攻撃を浴びせさせる。
ジョニーは心の中で舌打ちをした。
「男を助ける趣味はないんだがなあ。」
そう言いつつもエスティンを蹴飛ばし、ネクロの攻撃範囲から外す。
転がったそれの襟首を掴み、メイシップ向かって投げた。
誰かしらが受け止めるであろう。
それでもネクロは暴れ続ける。
埒があかない。
戻す方法があるはずだ。
ジョニーはディズィーを見やる。
視線の意味をディズィーは察してひとつの解決策を提案した。
「メイの意識は内側からこの情景を『視て』います。そこから表に出るには、ネクロという意識を意識的に追い出す事です。只、初心者には少し難しい作業かもしれません。意識して意識を表に出すなんて事はあまりしないでしょうから。それが駄目となると後は、メイという意識を無意識的に表に引っぱり出す事です。」
「・・・無意識的にねえ・・・・・。嫌ーな事しか思いつかないんだが。」
「頑張って下さい。多分ジョニーさんにしか出来ませんから。」
ジョニーはもの凄く嫌そうな顔でネクロを睨んだ。
そして、もう一度ディズィーを見る。
「せめてディズィーの姿には戻らないか?」
「無理です。」
ジョニーは諦め、大きく溜息をついた。
そのまま徐にネクロに近づいていく。
ネクロの出してくるパンチをすり抜け、その首根っこを掴んだ。
ジョニーは地球が滅びたような不幸な顔を携え、そのままキスをした。
時が止まった、ように感じた。
ネクロはディズィーの姿に戻っている。
目を見開いて瞳いっぱいにうつる人の顔を見ていた。
ゆっくりと唇が離れていった。
ディズィー(メイ)はそのまま呆けたようにジョニーを見続けている。
ジョニーは意図的にその視線から、逃げた。
「じょに・・・・・。」
メイの信じられない、という思いは声にも現れていた。
ジョニーは相変わらずそっぽを向いたままである。
その閉じた空間を破ったのは、
「ネクロ。」
厳しいメイ(ディズィー)の声色だった。
「いい加減にして。」
反応はない。
「ネクロっっっっ!・・・・・分かりました。ジョニーさん、殺っちゃって下さい。」
その声に反応してジョニーは腰の刀に手をかける。
2人とも目が笑っていない。
そして、やっと左肩辺りから髑髏顔が現れた。
白い閃光が走る。
光から目が回復し、ジョニーは倒れているメイとディズィーを確認することが出来た。
「まだ早かった、んだがなあ・・・・。」
苦々しい顔で彼は一人ごちた。
悪徳賞金稼ぎエスティンにそれなりの指導を施した後、ジョニーは自室で本を読んでいた。
内容自体はまるで頭に入ってこなかったが、何かしていないといまいち落ち着かない。これはいずれ起こりうることだったのかもしれないが、彼はそれを起こす気は甚だなかったし、それでも何時かはやっぱり限界が来てしまって起こるのだろうと予測はしていた。
そこまで考えドアの前の気配に気づき本を閉じる。
そしてドアの向こう側にいる相手に向かって声をかけた。
「ディズィー、気が付いたか。」
ドアが開く。
そこには俯きかげんで佇むディズィーがいた。
「なかなかアンビリーバブルな体験が出来て楽しかったぜ。」
笑いながらジョニーは云った。
謝ろうとした矢先に笑われ尚かつ楽しかったと、例え嘘でも云われてしまうと二の句が継げない。
暫くディズィーは失語した。
そんな彼女を部屋の中へと誘った。
コーヒーを入れ、クッキーを出しもてなす。
ディズィーは出されたそれの苦さに少し顔をしかめつつ、やっと言葉を吐いた。
「すみません、でした。うちのネクロが・・・・・。ジョニーさんに嫌な役やらせちゃいました。したくなかったのでしょう?まだ。」
「まだって・・・・。一生する気はなかった・・・・・無理かな。まあ、お前さんが気にする事じゃあないさ。こっちこそ悪かった。身体は、入れ変わっていたわけだし。」
いいえ此方こそ本当にごめんなさい、とディズィーは返しす。
ジョニーは楽しかったからいい、と笑う。
これ以上は無意味と察し、彼女は話題をずらした。
「何時気が付いたんですか?入れ変わっていると。」
「初めからさ。」
「何故分かったんですか?普通に考えたらまず起こりえない事だと思うんですけれど。」
「この場合俺は経過を考える前に結果が分かった。そしてその結果が確かなモノである、と確信出来る以上経過は無意味なモノとなった。というのがジーニアスな俺の判断だった、と言う訳さ。あれがメイ、と確信できたのは・・・・言葉じゃ言い表しにくいなあ・・・・、纏っている空気とでもいうかな。それがメイだ、と自己主張していたから。」
俺のカンは絶対さ、と笑う。
にわかに信じがたいモノであったが、きっとそうなのだろう。
彼にとってメイという女の子は、そういう存在なのだ。
少々乱暴な言い方をしてしまえば、器など問題ではない、その彼女の精神、という中身が必要なのだ。
彼女が幼きころからその内面を見続け、見守ってきたからこそ分かったのだ。
そう思った。
だから今回のことは本当に、困った事態なのだろう。
求めていながら側に置かなかったのを、一歩引き寄せる形となってしまったのだから。
「ジョニーさん、どうするんですか?」
その返事は苦笑い、だった。
ぴこぴこという足音と共に、新たな来訪者の気配がした。
ジョニーの顔に一瞬緊張が走る。
バンッ
ドアが乱暴に開く。
「ジョニーーーーーーー!!」
早々に怒鳴る声。
彼女は怒っているのは明白だった。
「ああ、メイ。えー、わる、かったな。」
「うん悪いよ、じょにー!なんでディズィーに手えだすのさっ。」
・・・・・・・・・・・・・。
辺りを気まずい沈黙が包む。
話がかみ合わない。
今の事を言うならば、ただ一緒にお茶をしているだけだ。
さすがにそれを「手を出している」と言われたら堪らない。
ジョニーは出会った女性のほぼ全てに手を出していることとなる。
ジョニーとディズィーは互いに顔を見合わした。
「は?」
吟味しても答えが出ず、結果疑問符を出す。
「ボクが何も知らないと思ってるんだね。でも知ってるんだからあ!ジョニーがディズィーに愛の告白をして更にキスまでしたことを!!」
・・・・・・・・・・・・・・。
「わはははははははは。」
又しばらくの沈黙の後、ジョニーは堪えきれずに大笑いした。
ィズィーも僅かに肩を震わせて笑いを堪えている。
メイは何も気づいていなかった。
彼女はジョニーの行動が全てディズィーに向けられたモノと勘違いしていた。
入れ変えに気が付いていることに気づいていなかった。
あの愛の告白まがいが、メイをからかうためのモノであったことも、キスが、ディズィーの身体にされたモノだがメイに向けられていたことも。
双六で前に進んだと思ったら同じ数だけ戻された時のように、思考はすべて戻った。
「何が可笑しいのさっ!2人ともっ!」
メイは真っ赤になって怒るが、ジョニーの笑いは止まらない。
ああ、まだ大丈夫だった。
彼女を完全に自分という檻の中に閉じこめていないのだ。
外に送り出すことはきっと可能なのだ、と。
内に巣くう小さな黒い塊を無視しながら。
なんか当初の予定から大幅にずれちゃいました。メイもジョニーも全くといっていいほど思い通りに動いてくれない(泣)。賞金稼ぎなんて出す予定すらなかったんですが。メイ(もといネクロが)が暴走してくれなくって。メイの意識が裏に回ることを前提としたからなあ・・・・・。何やっても立ち直っちゃうんだもん。だらだら書いた割につまんい話だよなあ(だらだら書いたからか)。
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