―ディズィーが、メイとはぐれたらしい。
相変わらず真っ黒なコートを翻し、ジョニーは雑踏の中をくぐっていく。
もう子供と呼べる年頃でもなかったが、やはり目の届く外に置いておくには
まだ彼女は幼い。
―少なくともジョニーの中では、そうだった。
きっと、何処かで綺麗なアクセサリーでも見つけて立ち止まったのだろう。
ディズィーが辿ったという道を戻りながら、苦笑を浮かべる。
「一人前のレディになるまでどのくらいかかるのかねぇ…。」
いつも、ジョニーの脳裏に浮かぶのは太陽のような笑顔を浮かべたメイの姿。
大人への階段を駆け足で上っていくような年頃になっても、その笑顔だけは変わることがない。
着実に年を重ねていく自分に比べ、彼女はいつまで経ってもそのままのような気さえする。
―なのに、時折見せる仕草はどきりとするほど大人っぽくもなった。
「…海、か。」
雑踏の向こうに、微かな波の音が聞こえる。
慣れ親しんだ空と同じ紺碧に輝く海が、メイは大好きだ。
何となく思い立って―ジョニーは、波の音に誘われるまま歩いていった。
こんな良く晴れた日は、海辺を歩くのもいいだろう。
翻る帆布がばさばさと音を立て、飛び交う海猫の声が耳に心地いい。
老若男女、様々な人々がそんな風景にうっとりと目を細め、すれ違っていく。
この景色にこのコートは少々無粋だったか―そんなことを考えながら、メイの姿を探す。
あのオレンジ色の服ならば、すぐ目に留まるはずなのだが。
「…ん?」
足が、自然と止まった。
海辺の公園―手すりにもたれるようにして海を眺める、少女の姿。
傾きがちにかぶった麦わら帽子の下で黒髪が涼しげに風に揺れている。
白いワンピースからすんなりと伸びた手足、少し日に灼けた健康的な肌。
―つい、見とれてしまうほどの美少女。
「…こりゃ、また…地上に降りた天使か女神か…」
美女と見れば声をかけずに居られないのは悲しいかなジョニーに染みついた習性だ。
丁度いい。メイの姿を見なかったか聞いてみよう。
―適当な理由をつけて、少女に歩み寄る。
「あー…そこの、お美しいレディ…ちょっとお聞きしたいことが」
「…レディって、ボクのこと?」
その華奢な外見からは想像もつかない勢いで、少女が振り返った。
麦わら帽子の下で、見慣れた顔がきらきらと表情を輝かせている。
「ねぇ、ジョニー、今、ボクのことレディって言ってくれた!?」
「め…メイ…!?」
間違いなく、それはメイだった。
笑っていたかと思うと一転、絶句するジョニーの顔を覗き込むようにして、むくれてみせる。
「んもォ、ずっと待ってたんだぞ!まぁた浮気しようとしてるし…。」
「い、いや、これはだな、お前さんを見なかったか聞こうかと…いやいや、
そんなことはどうでもいい。こりゃ一体…」
白いワンピースを翻してメイはまたも上機嫌に笑うと、少しだけ麦わら帽子を傾ける。
「えへへ、ディズィーに手伝ってもらったんだ。ジョニー、こうでもしなきゃデートしてくれないし。」
…つまりは、二人がかりでペテンにかけられたらしい。
メイとはぐれた、とディズィーが戻ってきたとき、妙に落ち着いていたのを思い出す。
「…お前さんなぁ…。」
「あ、怒ってる?やだ、怒らないでよジョニー。」
「俺ぁマジで心配したんだぞ?そりゃあ、セクシーなマダムに声もかけないでだなぁ…」
「…ボクに声かけたくせに。」
「いや、だからな、それは…。」
半分ナンパ目的だったのだから、そこをつつかれると弁解のしようがない。
慌てるジョニーを前にメイはさも面白そうに吹き出す。
「まあいいや。ボクのこと、やっとレディって認めてくれたし♪」
「あれは、勢いで…」
「でも、声かけたくなったでしょ?やった、一歩前進★」
「…。」
無邪気に喜んでいるメイの姿を見ていると、何となくどうでもよくなってくる。
愛用の帽子を目深にかぶり直し、ジョニーはひょいと肩をすくめてみせた。
「まーったく…お前さんがたにゃ、敵わんよ。」
「えへへ…。ね、ジョニー。ボクさっき綺麗なアクセサリー売ってるお店見つけたんだ。一緒に行こう?」
ぎゅっ、とジョニーの腕に―いつものとおり―しがみついて、幾分か遠慮がちにメイが見上げてきた。
今までにない可憐な笑顔に、図らずも少しだけ…本当に、少しだけ鼓動がリズムを乱す。
それを悟られないようにもう一度帽子をいじって、ジョニーはゆっくり歩きはじめた。
「…OK。今日一日よろしく頼むぜ、レディ。」
「…うんっ!」
黒いコートに白いワンピース。
何ともちぐはぐなカップルに、すれ違う人は振り返り―その幸せな様子に口元を綻ばせる。
蒼穹には白い雲。
波の音も鳥の声も何だかとても耳に優しくて。
海辺をいつもよりずっとゆっくり歩きながら、ジョニーは少女のお喋りに耳を傾ける。
「ねぇ、ジョニー?」
「ん?」
「ボクの帽子とジョニーの帽子、なんか形、似てるよね。おそろいだぁ★」
「…そだな。」
他愛のないことに喜び、笑うメイの声。
―それが、何よりも優しく甘く―彼の耳を打つ。
「(こりゃ…一本とられたかな。)」
メイのしがみついた腕―そこに、初めて自分から力を込めて。
少女の温もりに、少しだけ近づいた二人の距離を彼は感じていた―…。
相変わらず真っ黒なコートを翻し、ジョニーは雑踏の中をくぐっていく。
もう子供と呼べる年頃でもなかったが、やはり目の届く外に置いておくには
まだ彼女は幼い。
―少なくともジョニーの中では、そうだった。
きっと、何処かで綺麗なアクセサリーでも見つけて立ち止まったのだろう。
ディズィーが辿ったという道を戻りながら、苦笑を浮かべる。
「一人前のレディになるまでどのくらいかかるのかねぇ…。」
いつも、ジョニーの脳裏に浮かぶのは太陽のような笑顔を浮かべたメイの姿。
大人への階段を駆け足で上っていくような年頃になっても、その笑顔だけは変わることがない。
着実に年を重ねていく自分に比べ、彼女はいつまで経ってもそのままのような気さえする。
―なのに、時折見せる仕草はどきりとするほど大人っぽくもなった。
「…海、か。」
雑踏の向こうに、微かな波の音が聞こえる。
慣れ親しんだ空と同じ紺碧に輝く海が、メイは大好きだ。
何となく思い立って―ジョニーは、波の音に誘われるまま歩いていった。
こんな良く晴れた日は、海辺を歩くのもいいだろう。
翻る帆布がばさばさと音を立て、飛び交う海猫の声が耳に心地いい。
老若男女、様々な人々がそんな風景にうっとりと目を細め、すれ違っていく。
この景色にこのコートは少々無粋だったか―そんなことを考えながら、メイの姿を探す。
あのオレンジ色の服ならば、すぐ目に留まるはずなのだが。
「…ん?」
足が、自然と止まった。
海辺の公園―手すりにもたれるようにして海を眺める、少女の姿。
傾きがちにかぶった麦わら帽子の下で黒髪が涼しげに風に揺れている。
白いワンピースからすんなりと伸びた手足、少し日に灼けた健康的な肌。
―つい、見とれてしまうほどの美少女。
「…こりゃ、また…地上に降りた天使か女神か…」
美女と見れば声をかけずに居られないのは悲しいかなジョニーに染みついた習性だ。
丁度いい。メイの姿を見なかったか聞いてみよう。
―適当な理由をつけて、少女に歩み寄る。
「あー…そこの、お美しいレディ…ちょっとお聞きしたいことが」
「…レディって、ボクのこと?」
その華奢な外見からは想像もつかない勢いで、少女が振り返った。
麦わら帽子の下で、見慣れた顔がきらきらと表情を輝かせている。
「ねぇ、ジョニー、今、ボクのことレディって言ってくれた!?」
「め…メイ…!?」
間違いなく、それはメイだった。
笑っていたかと思うと一転、絶句するジョニーの顔を覗き込むようにして、むくれてみせる。
「んもォ、ずっと待ってたんだぞ!まぁた浮気しようとしてるし…。」
「い、いや、これはだな、お前さんを見なかったか聞こうかと…いやいや、
そんなことはどうでもいい。こりゃ一体…」
白いワンピースを翻してメイはまたも上機嫌に笑うと、少しだけ麦わら帽子を傾ける。
「えへへ、ディズィーに手伝ってもらったんだ。ジョニー、こうでもしなきゃデートしてくれないし。」
…つまりは、二人がかりでペテンにかけられたらしい。
メイとはぐれた、とディズィーが戻ってきたとき、妙に落ち着いていたのを思い出す。
「…お前さんなぁ…。」
「あ、怒ってる?やだ、怒らないでよジョニー。」
「俺ぁマジで心配したんだぞ?そりゃあ、セクシーなマダムに声もかけないでだなぁ…」
「…ボクに声かけたくせに。」
「いや、だからな、それは…。」
半分ナンパ目的だったのだから、そこをつつかれると弁解のしようがない。
慌てるジョニーを前にメイはさも面白そうに吹き出す。
「まあいいや。ボクのこと、やっとレディって認めてくれたし♪」
「あれは、勢いで…」
「でも、声かけたくなったでしょ?やった、一歩前進★」
「…。」
無邪気に喜んでいるメイの姿を見ていると、何となくどうでもよくなってくる。
愛用の帽子を目深にかぶり直し、ジョニーはひょいと肩をすくめてみせた。
「まーったく…お前さんがたにゃ、敵わんよ。」
「えへへ…。ね、ジョニー。ボクさっき綺麗なアクセサリー売ってるお店見つけたんだ。一緒に行こう?」
ぎゅっ、とジョニーの腕に―いつものとおり―しがみついて、幾分か遠慮がちにメイが見上げてきた。
今までにない可憐な笑顔に、図らずも少しだけ…本当に、少しだけ鼓動がリズムを乱す。
それを悟られないようにもう一度帽子をいじって、ジョニーはゆっくり歩きはじめた。
「…OK。今日一日よろしく頼むぜ、レディ。」
「…うんっ!」
黒いコートに白いワンピース。
何ともちぐはぐなカップルに、すれ違う人は振り返り―その幸せな様子に口元を綻ばせる。
蒼穹には白い雲。
波の音も鳥の声も何だかとても耳に優しくて。
海辺をいつもよりずっとゆっくり歩きながら、ジョニーは少女のお喋りに耳を傾ける。
「ねぇ、ジョニー?」
「ん?」
「ボクの帽子とジョニーの帽子、なんか形、似てるよね。おそろいだぁ★」
「…そだな。」
他愛のないことに喜び、笑うメイの声。
―それが、何よりも優しく甘く―彼の耳を打つ。
「(こりゃ…一本とられたかな。)」
メイのしがみついた腕―そこに、初めて自分から力を込めて。
少女の温もりに、少しだけ近づいた二人の距離を彼は感じていた―…。
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