1.邂逅
「――!」
父さまがさけんだとたんにアタシの目がすごくいたくなって、赤くなった。あんまりいきなりだったからおどろいて、目をぱちぱちとつむった。
そうしたら次は母さまの手をにぎっていたアタシの手がぬるぬるとして、気もちわるくて、アタシはうっかり母さまの手をはなしてしまった。さっき、父さまがぜったいにはなすなと言った母さまの手を。
多分、それがだめだったんだと思う。
どんってせなかをおされてアタシはころびそうになった。でもころばなかった。がんばったんだけど、こんどは父さまと母さまがどこにいるのか分からなくなっちゃった。だって目は赤いまんまだし、手ははなしちゃった。
「――!」
母さまがアタシの名前を言ったけど、なんだか小さくてどこにいるのか、やっぱり分からなかった。
「父さま、母さま?」
アタシが呼ぶと、父さまがこたえてくれたんだけど、とてもこわい声だった。
それから、だれかがアタシの手をもった。強い力だったから父さまかなって思ったけど、父さまよりずっとずっと痛かった。さっきから父さまとけんかしている人だって思った。こわくなった。
手をおもいっきりふると、すぐに強い手はなくなった。良かったけど、父さまと母さまのところは分からなかった。また、こわいひとがくるんじゃないかって、ずっと手を回してると、父さまが大きな、こわい声で言った。
「走れ!」
はしれ。ここから走れ? 父さまと母さまといっしょじゃなくて? アタシひとりで?
「お願い走って! 貴方一人で! 父様と母様はいいから!」
……うん。
母さまのかすかすした声もきこえたから、アタシはこわかったけど走ることにした。
まだ目がよく見えなかったから、とにかく走った。ときどきだれかにぶつかってこわいことを言われたけど、とにかく走った。
走りすぎてつかれちゃったときには、父さまも母さまも、それからこわい人たちもいないみたいだった。
すわって、見えないここはどこだろうと思うと、水がアタシのかおに当たった。
「……あめ?」
やっぱり、雨だった。だんだん雨はいっぱいふってきて、アタシはずぶぬれになっちゃった。
ぬれてさむいよって言ったんだけど、父さまも母さまもいない。
……たぶん、あのこわい人たちにもってかれたんじゃないかなっておもう。アタシがされたみたいに、手をとられて。やられちゃったのかもしれない。きっと、アタシが母さまの手をはなしちゃったから。
アタシが、母さまの手をはなさなければよかった。ううん、アタシが強かったらよかった。あのこわい人たちより強かったら父さまも母さまも今アタシといっしょにいるんだと思う。
父さまがむかし、アタシが男の子だったらよかったのにって言ってた。アタシが男の子だったら強くなったのにって言ってた。
……だったら、アタシが男の子だったらよかったのかな。
アタシが男の子だったらうんと強くなって、あのこわい人たちもやっつけちゃって、父さまと母さまもいっしょにいられたかな。
女の子だから。
女の子だから父さまも母さまもいない。
なんだかとってもかなしくなって、アタシは雨といっしょに泣いた。
「ベイビィ」
よく知らないことばをきいた。あたってた雨が、当たらなくなる。目のまえに、だれかいるのかな。
赤くていたかったからずっととじたまんまだった目をひらいてみたくなった。ひらこうとしたら、すぐにひらいた。
とってもひさしぶりに見たのは、ぜんぜん知らないまちと、ぜんぜんしらない黒い人だった。
目のまえに、黒い人が立ってる。黒い人は、目をめがね――さんぐらすって言うんだ――にして、黒いふくと黒いおぼうし、それから金色のかみの男の人。金色のかみがへんだなって思った。でも、おひるのお日さまみたいだなって思った。
黒い人は、かさをもってた。うえにかぶせてくれてた。
「ベイビィ、そんなずぶ濡れになっちゃいけない」
べいびぃってなんていういみなんだろうって思った。
でも黒い人が言うのは、すごくあったかくて、父さまみたいだって思った。
父さまはどこに行っちゃったんだろう。男の子じゃないアタシはあのこわい人たちをやっつけてやれなかった。
「おんなのこがいやなの」
雨にあたってるとき、ずっとそれをかんがえてた。
男の子だったらよかったのにって。
黒い人はちょっとあたまをうごかした。
「何故だい?」
「おんなのこはだめなの。こわい人をやっつけれないの。こわい人をやっつけないと、父さまと母さまがいなくなっちゃうの」
かおはきっとは雨と泣いたのでぐしょぐしょになってるんだと思う。
「……『ボク』が強くならなくちゃいけないの」
黒い人に言うと、黒い人はかおをへんにして、それからかさをもったままなのに、もういっこの手でボク、をかんたんにもってしまった。
ボクは、こわくなかった。この人はこわくなかった。たぶん、父さまとおんなじみたいだからだと思う。
父さまと母さまはどこに行っちゃったんだろう。
ボクが強くなって、こわい人をやっつけてあげたい。
そうしたら、いっしょになるよね。
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