「ワシなら、遥を泣かすようなマネはせえへん」
琥珀色の瞳に力がこもる。遥は、逸らす事が出来なかった。
「遥、ワシの側に居ればええ」
コートの前を広げて、龍司は遥を包み込む。不安に揺れる黒い瞳が見上げてきた。薔薇色の唇が小さく動く。
「でも・・・」
遥が何かを言おうとする。その右手首を掴んで引き上げる。
「側に居ったらええんや」
「でも!」
まだ何か言いかける遥の唇に、龍司は唇を重ねた。腕の中で遥の身体がビクッと震える。触れただけですぐに離れると、目を見開き硬直する遥の姿があった。
「遥」
低く名前を呼んで、もう一度唇を重ねる。遥が逃れようと身を捩るのを、左腕で押さえつけて、深く深くくちづける。
「んんっ」
遥が呻く。開いた唇から舌を入れ、逃げようとする舌を絡めとると、遥の手が、ドンドンと胸を叩いてくる。首を捻って逃れ、大きく息を吐きながら遥が叫ぶ。
「イヤ!」
その言葉さえも許さないようにキスを落とすと、遥の体から力が抜けた。
「ん・・・」
鼻に掛かる甘い声。手の中で小刻みに震える身体。甘く重く苦しいくちづけ。
唇を離すと、遥は苦しそうに息を吐いた。目尻にうっすらと涙を浮かべる表情に、龍司は、奥歯を噛み締めた。これで、全てが終わるかもしれない。もう、この輝く宝石は戻ってこないかもしれない。だが、もう我慢できなかった。あんな涙を見て、手を離すことは出来なかった。
「遥、ワシは・・・」
言いかける龍司の前で、遥は俯いた。小さな肩を震わせて、左手の甲で涙を拭う。泣かせたな、と龍司は思った。積み上げてきたものが終わる時がきた。最後まで、優しい兄でいたかった。
もう一度、ゆっくりと抱きしめる。こんなに小さく細い身体。永遠に側にいたかったのに、自分でそれをぶち壊した。
「遥、ワシは遥に、側にいてほしいんや」
諭すように言うと、遥は鼻水をすすりながら
「・・・ずるいよ」
小さな声。美しく輝く黒い髪を撫でると、涙で濡れた瞳が見上げてくる。
「ずるいよ。お兄ちゃんはずるい・・・」
「ずるくてもええ。理由なんかどうでもええ。遥はワシの側に居ればええんや」
自分でも信じられないほど必死で龍司は言う。すると、遥が龍司の体にしがみついてきた。
「私・・・もう、何処にも帰るところ無いのに、そういうこと言うんだもん・・・」
まだ涙の残る頬に、龍司はそっと唇を寄せた。遥はもう逃げなかった。
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