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vm


  ひとときの休息

長山ゆう様        

 メリルは深い溜息をついた。
 ──仕方のないことですもの。
 心の中で呟いて、目を閉じた彼女は軽く頭を振る。短い黒髪が揺れ、イヤリングが小さく音を立てた。
 深呼吸を一回。
 顔を上げて、目を開く。…もう、いつも通りだ。
「さてと、次の仕事に…」
「あ、保険屋さーん!」
 ぴくり、とメリルの肩が動く。
 応じるべきか否かを迷ったものの、知らんぷりをしては相手に悪いと思い直し、メリルは振り向いた。
 近づいてくるのは、赤いコートを着た背の高い金髪の青年だ。にこにこと笑っている。
「何かご用ですの?ヴァッシュさん」
「うん。いやぁ、いっつも僕の側にいてくれるのに、いざ君に話をしようとしたらいないんだよね。その辺捜しちゃった」
 屈託のない笑顔は、とても幸せそうで。
 …何となく、彼に応じてしまった自分に後悔してしまう。
 せめて今でなければ、もっときちんと挨拶出来ただろうに。
「それは失礼いたしました。急用がありましたから…。あら、ミリィは?」
「ウルフウッドに預けてきた」
「は!?」
 さらりと返されたヴァッシュの言葉に、思わずメリルが声を上げる。
「いや、ホラ、だって僕は君を捜してたワケだし、彼女がいなくても君といれば見張ることはできるわけで…」
 言葉がまずかったと気づいたらしく、ヴァッシュはしどろもどろで言い訳を始めた。
 メリルはまなじりをつり上げていたが、肩をすくめてきびすを返す。
「…わかりましたわ。とにかく二人の所へ参りましょう」
 だが、三歩進んだところでメリルは立ち止まった。
 彼女の華奢な肩を、ヴァッシュがつかんだのだ。
「悪いんだけど、ちょっとつきあってくれないかな?」
 反論する間もあらばこそ。
 にっこりと笑いながら、半ば強引にヴァッシュは彼女を連れて駆け出した。

 たどり着いたのは街外れ。見晴らしの良い高台の上だ。
「い、一体、どう…なさい、まし、た、の?」
 街の中から駆け通しだったため、メリルはすっかり息が上がっていた。
 しかし、あの程度で息を乱すはずもなく、ヴァッシュは平然と空を見上げている。
 そして、傍らの彼女に視線の先を転じた。
「見せたいものがあるんだ。でも、もう少しかかりそうだから、ここで待ってよう」
 いつもと変わらない笑みを向けられて、メリルは何故か苛立ちを感じてしまう。
「…あのですね、私、ヒマじゃありませんのよ」
「でも君の仕事は僕の見張りでしょ?…一人にしてもいいのかなぁ」
「~~~~っ!!」
 いつになく強気なヴァッシュに抗議しようとしたメリルだったが、彼の瞳を見ているうちに、その気力が失せた。
 軽く溜息をついて、ヴァッシュから目をそらすと、街からこの高台へと続く道が視界に入った。つい先程、彼と駆けてきた道である。
 そして、その向こうに街が見えた。
 先程の会社とのやりとりを思い出し、ふとメリルの瞳が翳る。
 そこへ脳天気な声が飛んできた。
「せっかくだから、座らない?ぼーっと待ってるのも何だしさ」
 この言葉にかちんと来たものの、咄嗟に反論が浮かんでこない。
 結局、メリルは不機嫌な表情のまま、ヴァッシュの隣に腰を下ろした。
 乾いた風が頬をなでる。
 ──何をやってるのかしら、私。
 まだやりかけの仕事が残っている。本社へ提出した書類に追加で送らなくてはならない資料作りが待っているのだ。ミリィ一人に任せられるものではないし、第一これは彼女が担当している仕事だった。一刻も早く終わらせてしまいたいのである。
 ぽん、と左の肩を叩かれ、メリルはそちらに目をやった。ヴァッシュが座っている逆サイドだが、反射的に叩かれた方を振り向いてしまったのだ。
 案の定、左肩にはヴァッシュの手が置かれている。
 何のつもりか尋ねようとしたメリルの瞳が、彼の手の向こうに映る景色を捉えた。
 先程は気づかなかったが、風に乗って、かすかに街のざわめきが耳に届く。
 いや、恐らく、最初から聞こえていたのだろう。ただ、彼女自身が気づいていなかっただけで。
 メリルは視線を戻してみた。すると、何故か、今まで見ていた風景が、ほんの少しだけ変わったような気がしたのである。
 珍しく、地面に座っているせいだろうか。
「いつも立ってるばかりじゃ疲れるだろ?たまには休まなきゃ」
 タイミングのいい言葉に、思わずメリルは隣の青年を見上げた。
 彼女と並んで腰を下ろしていたヴァッシュが、小さく微笑みかけている。
 そうかもしれないと思いながらも、メリルは正反対のことを口にした。
「仕事が忙しくてゆっくりしている暇がありませんもの」
「手厳しいなぁ」
 苦笑する青年は、どこにでもいるような、お人好しの優しい人にしか見えない。
 …けれど、彼が人間台風と呼ばれている事は紛れもない事実である。
 ──どうしてなのかしら。
 不意に、この仕事についてから、幾度となく抱いた思いが頭をもたげる。
 確かにヴァッシュは根っからのトラブルメーカーで、彼の巻き起こす騒動や被害は尋常なものではない。
 そして、噂は常に尾ヒレをつけて、星中を駆けめぐる。
 …本当は、ただ、不器用なだけの人なのに。
「保険屋さん?」
 こうしてふざけていると、彼の不名誉なあだなすら忘れてしまいそうになるほどで。
「おーい、もしもし?」
「え!?」
 ヴァッシュの顔が大写しになり、目の前で大きな手が左右に振られると、ようやくメリルは我に返った。
 同時に、飛び跳ねるようにして後退る。
「ななな何ですの!?」
 声を上げてから、メリルは慌てて右手で口を覆った。
 自分の声の大きさに驚いたのもさることながら、熱を持ってしまった頬を隠したかったのだ。
 今の声自体、上擦っていた気がする。
 内心焦るメリルをよそに、ヴァッシュはにこりと笑いかけた。
「いや、さっきからぼーっとしてたから。どうしたのかと思ったよ」
「そ、それは失礼いたしました」
 ばたばたと居住まいを正す彼女をどこか楽しそうに見ていたヴァッシュが、突然背後を振り向いた。
 そして、メリルの腕を引く。
「あっち、見て」
 メリルが何かを口にするより先に、ヴァッシュが囁いた。
 つられて彼女はその視線を追う。と。
 一面に、夕焼けが広がっていた。
 黄色、橙、赤、赤紫…。
 色彩の見事なグラデーションに、メリルは目を奪われた。
「…綺麗…」
 思わず呟く。
 こんな風に、夕焼けを意識して見たのはいつのことだったろう。
 仕事に就いて、せわしない毎日を送り、それなりに充実していたが、自分自身にやや疲労も感じていた事に、気づく。
 いつだったろうか、メリルが就職して独り暮らしを始める前、家族がまだひとつの家で暮らしていた頃。旅先で、このような鮮やかな夕焼けを見たような気がする。
 遮るものが何もない、一面の空に広がる夕焼けを。
 ビルに囲まれた街並みのディセムバでは、決して見られないであろうもの、だ。
「…旅をしてるとね、時々信じられないくらい綺麗な空を見るんだよ」
 傍らの声に、メリルはヴァッシュを見やった。
 彼は夕焼けを見つめている。赤く照らされた横顔は、懐かしそうな表情を浮かべていた。
「そのたびにね、思うんだ。この星も捨てたものじゃないよね、って」
 ふと、ヴァッシュはメリルに視線を転じ、やわらかく微笑む。
「たまには、こういうのもいいんじゃない?」
 突然、メリルはヴァッシュの意図に気づいた。
 街で落ち込んでいた自分の姿を見かけた彼が、さりげなく励ましてくれたのだということに。
 思わずメリルは俯いた。
 頬が赤く染まっているのが自分でもわかる。だが、それだけではない。
 …涙が、あふれそうになったのだ。
 何か返事をしなければ、変に思われるだろう。
 メリルが俯いたまま言葉を探していた、その時。
 ふと視界が陰った。
 そして、不審に思う間もなく、メリルの華奢な身体はヴァッシュの腕の中に収まっていたのである。
 ただでさえ、感情が高ぶっているというのに、メリルの頭は更に混乱した。
「ヴァ…ヴァ…ヴァッシュさん、あの…」
 涙声になってしまうのを恥ずかしがっている余裕などありはしない。
 言葉にならない声で、それでもメリルは何とか喋ろうとしたのだが。
「…静かに」
 この一言で、何も言えなくなった。
「ちょっとだけ、このままでいてみない?僕はここにいるだけだから、騒ぎも起きないはずだしね」
 そして、ヴァッシュはメリルの背を軽く叩いた。子供をあやすように。
 メリルはヴァッシュの腕の中で困惑する。これ以上このままでいられたら、涙腺がゆるんでしまいそうで。
「肩の力を抜いてごらん」
「…あの、だから…っ」
「我慢しないで、ね」
 やさしい声音がメリルの耳朶を打つ。思わずメリルの頬を一筋の涙が伝い落ちた。
「ご、ごめんなさい。ヴァッシュさん、あの…」
「大丈夫。…夕焼けの間の出来事は、二人だけの秘密にしよう」
 この涙は、きっとこの人が優しすぎるから、勝手に流れてしまうのだ、と。
 そう思いつつも、後から後から頬を流れる涙に、いつしかメリルは何も考えず、子供のようにただ泣きじゃくっていた。

「…すみませんでした」
 メリルの涙が収まる頃には、辺りはとっぷりと日が暮れてしまっていた。二つの月に照らされる中、彼女はヴァッシュから身を離すや、謝罪する。
 しかし、ヴァッシュはにっこりと笑っていた。
「何のこと?」
「ですから、あの…」
「綺麗な夕焼けだったよね。遅くなったから二人とも心配してるかなぁ」
「あ!」
 メリルは我に返った。すぐ戻るつもりだったのに、かれこれ一時間は経っている。
「じゃ、そろそろ戻ろうか?」
「そうですわね。急ぎましょう!」
 二人は肩を並べたまま、小走りに歩き出す。
 しばらく黙っていたが、不意にメリルは口を開いた。
「ヴァッシュさん」
「何?」
「──ありがとうございます」
 小さな声だったが、それははっきりとヴァッシュの耳に届いたらしい。
 彼はメリルの肩を軽く叩く。
 メリルはまたもや頬が上気するのを感じたが、同時に心の中に優しい暖かさを感じていた。
 
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