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うろほろぞ
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ss4
Francois-Ⅶ

「わかっているのか!?あの男は鉄仮面なんだぞ!」
「けれどフランソワだ!!」

アラミスは切り裂くように叫んだ。
自分の進路を阻んだ相手に抗議の声を上げると、蒼い瞳に怒りの炎を宿し震えていた唇をぎりっと結ぶと
苛立だし気に置かれた手を払い除け、男の後を追おうとする。

その剣幕にアトスは気圧されそうになりながら、しかしその両の肩を強く掴み直し乱暴に揺さぶった。

「どうして判る!?何が君にその確信をもたらした!!」
「それは・・・」
アラミスは言葉に詰まり、目を伏せた。
耳朶に残る甘い疼きにそっと触れると、先刻の男の言葉が動悸を早める。
その黙したまま胸を震わす様子にアトスは一度大きく息をつくと、少し力を緩めてゆっくりと・・・
込み上げる激情を抑えながら言葉を紡いだ。

「一つ・・・聞くが、"フランソワ"殿は亡くなったのではなかったのか?」
「それは・・・私もそう思ってた」
「君は彼のどのような姿を見たんだ?」
「私が見たのは血塗れで倒れていた彼で・・・その後のことは・・・」
「見ていない、ということか」
「・・・けれど、彼の葬儀は間違いなく行われたんだ」
「遺体を見たのか?」
「・・・」
「・・・遺体の無い葬儀だったということか」

険しい表情を浮かべ、アトスは天を仰いだ。
闇を照らす月は、まだ心もとない細さで浮かんでいる。

大きくため息を付くと静かに、悲痛な色に染まったままの蒼の瞳を覗き込んだ。
「アラミス・・・聞くんだ」

その瞳には自分の姿は映っていないことが判る。
しかし、それでも残酷と知りながら言葉を並べた。

「フランソワ殿は死んだんだ。あの男はフランソワではない」
「違う・・・彼はフランソワだ・・・」
「あの目を見たか?正気の人間ではない。あれだけ血を流しても痛みを感じないのは、既に人間ではない」
「人間でなければ何?・・・生霊・・・だとでも?」
「いや・・・おそらくは・・・」
「・・・何?」

ようやく自分を見つめ返した、縋るような瞳に心が揺らいだ。

傷つけたくないと思った。
自分の手では。それがエゴだと判っていても。
あの男が彼女を傷つける。ならば自分は傷つけたくない。
偽りの優しさを装ってでも。

「近づいてはいけない。あの男は・・・」
「アトス・・・?」
「近づくな・・・頼むから・・・」

絹糸のように乱れる金髪に唇を寄せ、繭に囲むように腕を伸ばす。
切ない想いと共にその細い体を胸に抱き、小さな鼓動を確かめると泣き笑いの様な表情を浮かべた。



だが・・・アトスの言葉がアラミスに届くことはなく、満月の夜その姿はパリには無かった。



*****

ノワジーの館の一室で窓から差し込む月の光を浴びながら男は静かに佇んでいた。
そのまま何刻か過ぎた頃、金の髪をきらきらとさせながらこの無人となった屋敷に近づく姿を
認めると満足そうに微笑んだ。

「フランソワ?」
やがて夜の空気に響いた小さな声に振り向いた男は優しい笑みを浮かべる。
揺れる蒼い瞳を捕え、こちらへと手招きをする。
それに誘われアラミスが歩を進めると、さらうようにその細い体を自分の胸の中に収めた。

そして小鳥の様に震える身体の線をゆっくりとなぞり始めた。

「いや・・・」
「どうして?」

尋ね返したその瞳の色は知らない色だった。
自分を抱きしめる体躯も嘗てはもっと細く優雅だった。
どこか夢を見るように、信じられぬものを見るように抗うアラミスの思案を探ると、男は耳朶に唇を添わせた。
「んっ・・・」
「君はこうされるのが好きだったね」

思い出を巧みに操り、その身体を少しづつ開かせようとする。
その甘い囁きでかつて身を焦がした疼きに再び翻弄され、アラミスが我を忘れそうになった時だった。

男の顔に苦渋の色が広がる。

寄り掛かっていたアラミスの身体を突き飛ばすと
飛び跳ねるように男は傍らにあった瓶の中身の飲み干した。

ぜいぜいと吐き出す荒い息が次第に低い唸り声に変わり、やがて笑いを洩らし始める。

何が起こったか判らず、呆然とするアラミスだったが振り向いた男の目を見て言葉を無くした。
先ほどまで自分を包んでいた優しい眼差しは消え去り、恐ろしいまでの狂気を湛えた獣の姿がそこにはあった。

ずかずかとアラミスに近づき、その肩を強く押さえる。
恐怖に見開く瞳を見やると大きく顔を歪ませる笑いを浮かべ、その服を引き裂いた。
白い肌が露になる。
首筋に噛み付くように唇を這わせ、柔らかな胸を乱暴に弄る。

アラミスは男のあまりの変貌に驚愕し、必死に抵抗しようとするが押さえつけられた手はびくとも動かない。

「や・・フランソワっ・・・いや!!!」
「黙れ」

容赦の無い声に心臓が鷲掴みにされ、体が硬直し、抵抗を無くした蒼の瞳は大きく開かれる。

こんな男は知らない。
獰猛な獣のように自分の体を嬲る相手にフランソワの面影を必死に探す。
だが、どこにも見つからない。

絶望に捕らわれたその体に、息を止めるような痛みが突き抜けた。


*****

「アラミス!?」
やがて飛び込んできたアトスが見たのは恐怖で喘ぎ、許しを乞う声を上げ、涙を溢れさせるアラミスと、
獣のように昂ぶりを押さえられず目の前の獲物を何度も蹂躙し、貪り尽くしている男の姿だった。

「・・・!」

言葉を失い、身体中の毛が逆立つ。
さらに合意の上での行為では無いことに体中の血が沸騰し、憤怒に声を荒げた。

「やめろ!!」

勢い、男をアラミスから引き剥がそうとする。
しかし、男はその腕をむんずと捕え返すと、小瓶のようにアトスを投げ捨てた。
壁にしたたかに叩きつられると一瞬息が止まり、大きく咳き込む。

アラミスはその鈍い音に驚き、やがてそこにアトスの姿を見つけると羞恥で身を捩ろうとする。
しかし男はそれを許さず、我が物顔でアラミスへの責め苦を続けようとした。

その時、今までとは違う苦しみが男を襲った。

身の下にある体から離れると、目を剥き、猛獣の咆哮を発し、狂ったように転げまわると
血へど吐き、もがき苦しみ始めた。

やがてその身体が大きく痙攣すると、体中の骨が軋む音が響き渡った。
四肢が動かなくなり、地べたに倒れ込むと大きく喘ぐ様に息を吐き続ける。

その様子に乱れた呼吸のまま痛む体を引きずり、アトスはアラミスを男の吐き出す生臭い息から、
その残酷な姿から庇うように抱き寄せた。

アラミスは呆然とし、目の前で起こる惨劇にがたがたと震えていた。
男の低く唸り続ける呻き声が耳につき、繰り返される吐瀉物からは腐敗を思わせる臭いが辺りに漂う。

喘ぎ喘ぎに、うわ言のように愛しい名を口にした。

「フ・・・フランソワは・・・?」
「おそらくは・・・薬の末期症状だろう」
「く・・・すり・・・?」
「血が流れても痛みを感じないのも、あの人間離れした力も全て薬に依るものだ」
「そ・・・んな・・・」
「いつから使っていたのか・・・おそらくは君が彼が死んだと思った頃か・・・
彼は薬に生かされてるだけだ。死んでいるのと同じだ」

男はまた大きく痙攣する。その禍々しさに身を竦ませる二人にぎらぎらとした目で言葉を吐き付けた。

「その通りだ・・・この身体はもはや使い物にならない。4肢はいずれもげ、
目も鼻も耳も利かなくなり、皮膚は砂のように朽ち果てるだろう。
だが・・・それでもこの魂は朽ち果てなることは無い」

その濁った目がアラミスの姿を捉える。

「それはルネ、君が居てくれるからだよ・・・。私から逃れることは許さない。
君の中で・・・私は永遠だ」

呪いの言葉。
最後は絞り出すように言葉を吐くと、そのまま男の意識は途絶えた。

小さく痙攣を繰り返す男のおぞましい姿をアラミスは硬直したまま、ただ見つめていた。

「アラミス、ここをすぐに立ち去るぞ」
「いや・・・」
「彼はもう助からない!」
「そんな・・・いや・・・フランソワ?」
「やめろ、近づくな!」
「いや、いやぁっ・・・!」
「アラミス!」
「離して!私に触らないで!」
「アラミス!!」
「アラミスなんて知らない!そんな人は知らない!私はルネよ!ノワジーでフランソワと幸せだったルネよ!!」

アトスの手を振り払い、胸を掻きむしるように叫ぶと
座り込んだまま背中を丸め、両手をついて子どものように泣き崩れた。
涙が次から次へと溢れて白い頬を濡らし、無機質な床に滴り散る。
やがて絶え絶えに、呻くように言葉を押し出した。

「返して・・・フランソワを返して・・・」

アトスは男の言葉を思い出す。
"アラミス殿はお返しする"
その意味を今更に気が付き、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。



Francois-Ⅷ

雲間から柔らかな日差しが降り注ぐ中、黒髪の銃士はノワジーの館を訪ねていた。
何週間か前に此処で在った惨劇を思い出し、その時の絶望が胸を過ぎり顔が曇ったが、
静かに頭を振ると声を上げた。

「誰か!居らぬのか?」

館の中の冷んやりとした空気は濃厚な緑の匂いを含み、全身を包む。
その中にやがて現れた蒼の瞳は驚きに開かれた。

「アトス・・・」
「しばらく振りだな」
「うん・・・」
「この館には他に誰も居ないのか?」
「王弟殿下のご指示で、限られた時間だけ通いで館の世話をする人が来るけど・・」
「そうか」
「・・・アトスはどうして此処に?」
「その王弟殿下の御指示だ」
「そう・・・」

応接の場に二人は移動する。

あの時、あの惨劇の後に飛び込んできた銃士隊長のトレビルによって、場は治められた。
そしてそれは王弟の知る処となり、その庇護によりこの館にかつて彼の教育役であった男を
保護することとなった。

世話役として名乗りを上げたのは銃士隊員のアラミスであった。
王弟もトレビルも難色を示したが、これ以上彼の存在を知る人間を増やす事もできず、
不承不承、承知したのだった。

「何か持ってくるから、少し待ってて」
金の髪を揺らしアトスを部屋に案内する蒼い瞳には疲労の色が滲んでいた。
その後ろ姿を見つめながら掛ける声を探していると、細い体が崩れるように倒れた。

「アラミス!?」
アトスが駆け寄り抱きとめると、驚くほど軽い。
生気を失った肌は抜けるように白くなり、意識を失った唇からは僅かな吐息が漏れていた。

気を失っただけと判り、少しだけ安堵する。
死を待つしかない、しかも愛した人間の傍に居続ける事の精神的負担は想像を絶する。
力の抜けた体を持ち上げると長椅子に横にし、二つの腕を体の上で組もうとした。

その時、目に入った肌色に違和感を感じた。

手首を不自然に隠す袖をめくると、鮮やかなまでの赤黒いあざがあった。
息を呑み、瞳を瞑られた顔を見返す。よく見ると首筋にも同じ色が見えた。
少しだけ、その襟口を開くと、"あの時"の痕ではない、
もっと新しい、おそらくは断続的に繰り返されているであろう蹂躙された痕があった。

アトスの顔がみるみるうちに怒りに歪む。

やがて崩れていた体に失われた意識がゆっくりと戻ると、うっすらと目を開ける。
自分を見つめる藤色の瞳が怒りに燃える意味を悟ると、露にされた痕を隠した。

「アラミス・・・」
体を竦ませ、アトスから顔を背ける。

「その痕は?」
「・・・」
「・・・あの男はまだ君を?」
「・・・」
「まさか、そんなはず・・・」

驚愕で、言葉を失う。
そんなはずは無い。
あの時意識を失い、二度と起き上がることなど無い体となったはずだった。

だが、うなだれたまま小さく震える姿を見て、アトスの脳裏に戦慄が走った。

「・・・まさか、彼に薬を与えたのか?」
「・・・」
「答えろ!」
「それは・・・」
「アラミス!!」

強く肩を掴み、無理やりに正面から目を見据える。
その斬りつけるような鋭い声に鈴のような声を震わせ、途切れ途切れ言葉を吐き出した。

「あ、愛されたかったの・・・彼に・・・、もう一度・・・もう一度でいいから」
「あの男は君を愛してなどいない!」
「・・・違う。彼は私を愛してくれてる・・・」
「ではこれは何だ!!?」

アトスはアラミスの手首を手荒く掴み上げると
袖を捲り、赤黒い痕を露にする。

「獣だ、あの男は!君が愛したフランソワ殿ではない!」
「違う・・・あれは彼じゃない・・・」
「何・・・」
「・・・い、いつか戻ってきれくれるわ・・・フランソワは・・・あの時・・・
この場所にフランソワは確かに居たもの・・」

あの時、月明かりの元に見た、優しい眼差しが忘れられない。
だから、僅かな希望に縋り薬を男に与える。
その度に陵辱され絶望に堕とされ、それでも欲情を吐き出した男が昏睡した姿を見ると、悪魔の囁きに捕らわれる。

体を震わせ、嗚咽を洩らし、涙を散らすその姿に言いようのない感情がアトスの胸を掻き毟る。

「・・・それが彼の命を縮めていると判っているのか?」
うな垂れたままの頭が小さく頷く。
「それでいいのか?君は」
「・・・」
「アラミス!」
「・・・ず、ずっと待ってた。どこかで・・・彼をずっと待ってたの・・・
だからお願い、私を許して・・・」
「・・・」
「許して・・・・・・」

外は日差しはいつの間にか翳り、冷たい雨が降り出していた。
止むことを忘れたように、いつまでもいつまでも降り続いていた。






*****









それから、何度か月が満ち欠けを繰り返したある静かな満月の夜、
冷たくなった躯を抱いて一人の女が夜風を浴びていた。

その蒼い瞳には何も映していなかったが、唇は少しだけ、満ち足りたように微笑んでいた。


(END)

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