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ww2
Athos-Ⅲ


柔らかい日差しが降り注ぐ午後、二人の銃士は相も変わらず馬の世話に精を出している
小さな銃士の後ろ姿を窓から眺めていた。

「あれからそろそろ1ヶ月か」
「そうだな」
「アラミスの様子はどうだ?」
「何も変わりない」
「そりゃよかったじゃないか。ずいぶん顔色も良くなったしな。
前に比べれば大分食べるようになったし・・・」
「ああ、それに夜もよく眠ってる」

にやりと笑い、楽しげな視線をポルトスは返した。
アトスは自分の言葉の含む意味に気が付き、はっと上気する。
そそくさと目線を泳がせると、ちょうど振り返ったアラミスと目が合った。

照れたように小さく笑みを浮かべると、同じく微笑みを浮かべ、潤んだ瞳に意味を込めて見つめ返してきた。
以前は人を拒絶する表情を浮かべ、そっけなく背を向けた事を思い出す。

「あんなにわかりやすいヤツだったとはなぁ」

ポルトスが後ろから肩を組み、からかうように声をかけてきた。
にっこりとした笑みを浮かべ、ひらひらとアラミスに手を振ると無邪気に笑顔を返してくる。

確かにアラミスがこんなにも感情を素直に表すとは意外だった。
自分と時間を過ごす時の輝くような笑顔や、懇意にしている婦人の話をすると途端に不機嫌になる唇、
侮辱された時の怒りに燃える瞳も、一つ一つの挙動に驚かされ、その度に愛しさが増していく。

だからこそ、殊更それを抑えこんでいた存在の大きさに脅かされる。
自分も愛を分かち合った人を失うと共に、感情を失った日々があったことが思い出される。

思案に浸り黙ってしまったアトスに、ポルトスはポツリと尋ねた。

「銃士は続けさせるのか?」
「・・・」
「あの占い師の言ったこと、忘れたのか?」
「いや」
「だったら・・・」
「・・・そうだな。そうなんだが・・・」

そこまで言うと、アトスは大きくため息をついた。

記憶を消し去る。銃士を辞めさせる。
確かに、苦しみからも、危険な職務からも解放することができる。
だがそれは、本当にアラミスにとって幸せであるのだろうか?
このことを考え出すと、堂々巡りに陥ってしまう。

再び黙りこくってしまったアトスに、「お前は考え過ぎだ」と言おうとしたポルトスだったが言葉を飲み込んだ。
そして身動きの取れずにいる肩を2,3度叩くと、もう一度外に視線を向け、
眼下の小さな銃士と無二の友人の幸せが続くようにと静かに願うことにした。


*****


部屋の中から食欲をそそる良い匂いが流れてくる。
夜の帳が下り、優しく幸せな時間が始まっていた。

そっと中の様子をアトスが伺うと、細く白い指先から流れる血を食い入るように見つめる姿があった。

「アラミス!?」
「・・・アトス?」
「お、お前、大丈夫か?」
「?・・・いや、ちょっと包丁がひっかかっただけだよ。大袈裟だね」
「あ、ああ。いや、すぐ血を止めないと」
「大丈夫だって。すぐ止まるよ」
「ああ、かせ。ほら」

視界に鮮やな赤が残ったまま、アトスの黒髪と重なる。
自分の指を強く押さえ必死に止血しようとするアトスの姿に、アラミスはくすくすを笑いを立て、
甘えるように覗き込んだ。

「ね。アトスも明日、非番だよね?」
「ん?ああ」
「遠乗りに出かけない?僕、思いっきり馬を走らせたいな」
「あ、ああ、そうしよう。明日もきっと晴れるだろうから」
「うん!」

喜びを一杯に表し、自分を見上げてくる瞳に優しく微笑み返す。
明日も晴れることを祈って、アトスはアラミスの額にそっと口付けを落とした。


*****

次の日の朝、日が昇るとともに二人はパリを抜け出した。

思い切り馬を走らせる。
女であることを隠すための男装ではないので豊かな膨らみがそのままに、馬上で揺れる。
風に舞う金髪と、それに彩られた白い肌、高潮した頬に乗せた笑顔を独占できることに、
アトスは不思議な高揚感を覚えていた。

昼を過ぎた頃、静かな森で休憩を取ることにした。
小さな泉で無邪気に遊ぶ姿は少女にしか見えず、アトスは愛しさに目を細める。

「アトス、どうしたの?」
「いや。随分活き活きとしてるなと思ってね」
「うん、パリも嫌いじゃないんだけどね。人の多さとかに少しだけ疲れるんだ」
「そうか・・・。アラミス、君の故郷はどんな所なんだい?」
「僕の故郷はね・・・」

肩を並べ笑顔で自分の故郷の話をする表情に見入っていると、
いつの間にか木々の隙間に重たい雲が張り出し、湿った風が吹き始めていた。

「何だか嫌な天気になっちゃったね」
「そうだな。雨が降る前に帰るか」
「残念だな・・・」
「雨に濡れて風邪でもひいたら大変だろう?遠乗りならまた来ればいい」
「うん・・・」

駄々をこねるような口ぶりに、アトスはなだめるように髪を梳くと体の線を隠すため
ふわり自分の外套をかけ、優しく抱きしめた。

その時、草を分ける音がし振り返った二人が見たのは片手には血塗られた剣を持ち、
片手に金目と思われるものをぶら下げた男の姿だった。

「・・・盗賊?」

アラミスが、つぶやく。
その蒼の瞳は血塗られた赤をヌラヌラと映していた。


Athos-Ⅳ


この記憶は刃の鈍色に渦巻く血の赤色に巣食われているわ。
そのような状況に遭う環境からは遠ざけてあげなさい。
私も万能ではないのだから・・・

占い師の声が遠くで聞こえた気がした。

*****

「待て!!」

瞬間、アラミスは飛び出した。
男は踵を返し、森の中に逃げこもうとする。

「やめろ!アラミス!!」
「なぜ!?あれは間違いなく物盗りの類だ!」
「お前には関係ないだろう!」
「何を言ってるんだ!?放っておくわけにいかない!」

言い放つとアラミスは男を追って走り出した。

アトスもその後を必死に追う。だがすぐにその足は鈍り、アラミスの姿を見失った。
森の中はむき出しになった木の根があり、くぼみもあれば段差もある。
太陽は厚い雲に覆われ、小さな闇さえ落ちている。

だが、アラミスは小柄な体を巧みに使い、恐るべき速さで森を駆け抜けた。
やがて藪を抜けた先の開けた一帯でアラミスが見たのは、折り重なるように
倒れている男と、女。そしてそれを囲むように群がる賊達だった。

賊の頭と思われる男が、森の抜け道を探りに出したはずの手下の姿を見つけ、いぶかし気な声をあげた。

「どうしたんだ?」
「いや、それが・・・」
「・・・何だその小僧は?」

逃げ戻った手下の後ろには、匂い立つような美貌を持った小さな剣士が細い肩を大きく上下させていた。

「・・・よく見りゃ女じゃねぇか、そいつ」
「何?」
「へっ、面白いもんを連れてきてくれたな」

下卑た笑いを浮かべ、だらしなく下半身を晒したまま男はアラミスに近づいてきた。

「貴様ら・・・」

目の前に広がる凄惨な図に、大きく見開かれた蒼の瞳に怒りの炎がたぎる。
だが、同時に戸惑いの呻き声がその柔らかな唇から漏れた。

傷つき、血にまみれ倒れた男。
男の名前を呼びながら、必死の抵抗の中、賊達に蹂躙される女。

頭の中に警報が鳴り響く。

知っている・・・自分はこの光景を知っている・・・!

大きく息があがり、身体が固まる。
それを自分達に対する恐怖に取り付かれたと思い込み、賊達は上機嫌な声を上げた。

「あ~あ、足が竦んじゃったかなぁ。お嬢さん」

歓喜の声をあげ、賊達が襲い掛かる。
あっという間に四肢が押さえつけられ、白い素肌が晒された。

・・・知ってる・・・私は・・・

その時、ぼやける視界に鮮やかな赤が飛び散った。

「・・・!!」

アトスの剣が次々と賊の身体に突き刺さる。
その度に鮮やかな赤が視界を彩り、やがて蒼の瞳には一面沈黙と暗闇のみが支配した世界が映った。

その闇の中に倒れていたのは・・・

「フランソワ・・・」

搾り出すように零れた声は、静かになった森の空気を小さく震わせた。


*****


襲われていたのはパリに向かっていた貴族夫婦だった。
駆けつけた銃士達に保護され、二人は深く傷付きながらも一命を取り留めることができた。

「アトス、無事か?」
「ポルトス・・・」
「馬車が襲撃を受けていると知らせが入ったんだ。お前達二人とまさか鉢合う事になってるとは・・・」
「・・・」
「アラミスは?」

アトスは黙ったまま、目線を少し先の樹の根元で揺れる金の髪に向けた。

「まさか・・・」

その言葉にアトスは応えず、ただ首を横に振る。
ポルトスは項垂れて、息を一つ吐くと苛ついた視線を返した。

樹の端から見える細い後肩は震えているように見える。

ゆっくりと歩を進め、白く晒したままの小さな肩に上着を掛けようとしたアトスの手は、
ぱしりと拒否された。

「僕に何をした・・・?」
「・・・」
「何をした!!?」

ざわざわと梢が鳴る中、唇をかみしめた強い視線が突き刺さる。
アトスは思わず眼を伏せ、次の言葉を継げないまま立ち竦んでいた。


Athos-Ⅴ

何日か前から降り出した雨はやむことなくパリの街を濡らしていた。
アトスは銃士隊の詰め所の窓から霞む街をぼんやりと見つめ、思案から抜け出せずにいた。

アラミスはあの日から休暇を取ったままだった。

昨夜、迷いながらも訪ねた時に家に小さく灯った明かりにほっとし、
だが合わせる顔が無くそのまま踵を返してしまった。
数日前まで二人で過ごした幸福な時間が心に流れ込んできて、足元を鈍らせる。

温もりを知ってしまった一人の夜の孤独に呑み込まれたまま止まない雨の朝を迎える日々は、
アトスの瞳を曇らせていた。
頁の進まない本に視線を落とし、それでもゆっくりと文字を追っていると
聞き知ったブーツの鳴る音が聞こえてきた。

小さく扉を叩く音が心に響く。
oui、と応えると扉の向こうから冷たい空気が流れ込んできた。

白い肌をうっすらと上気させ、金の髪に小さく雫を絡ませた蒼の瞳がそこにはあった。

「アラミス・・・」

アトスが小さく呟く。
応えるように視線を泳がせるとアトスの傍にゆっくりと寄る。
つ、と差し出した腕にはよく使い込まれた彼の外套があった。

「これ、借りたままだったから」
「あ、ああ・・・」
「直してもらってたんだけど、やっぱり少し傷が残ったみたいで・・・
気に入らなかったら言って。次の給料が出たら新しく仕立てて貰うから」
「そんなこと・・・気にしなくてもいい。それより・・・」

髪も服もしっとりと濡れた姿の艶めきにアトスは小さく目眩を覚える。
その想いを振り払い、言葉を続ける。

「アラミス、外套を着てこなかったのか?こんなに濡れて・・」
「・・・家を出る時は雨が止んでたから」
「だったら・・・途中で降り出したのなら、この外套を使えばよかったのに」
「・・・それはできないよ」
「・・・」
「できないよ」

そこに含んだ意味に、アトスの心に痛みが走る。
そして黙って伏せられた視線に熱をはらんだ言葉がふわりと被さる。

「僕はそんなに強い人間じゃないから・・・」

その顔を見やる。
ふと思う。アラミスはこんな顔をしていただろうか?
人を拒絶していた顔、素直に自分への気持ちを表した顔、
そのどちらでもない、戸惑いと抵抗の間でゆらゆらと揺れる表情に
アトスは静かに、深く溺れる感覚を覚えながら見入っていた。

「アラミス」

改めて、その名前を呼ぶ。
愛しさを精一杯込めて。

夢のように響く声に応えるようにアラミスはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「アトス・・・君と過ごした1ヶ月、僕は幸福だった。鉛を飲み込んだような日々から解放されて、
身体も心も軽くて・・・、空は青くて、水は美味しくて笑い合えることが楽しくて・・・」
「・・・」
「けれど、心も身体も軽いんだけど・・・何か大切なものを失くした
ような気がずっとしてて・・・」
「・・・」
「忘れてしまいたいって思ったことも何度もあったけど・・・」
「・・・」
「忘れてしまうことが、こんなに寂しいことだったなんて・・・」

そこまで言うとアラミスは小さく息をついた。
続ける言葉を捜したまま視線を伏せた蒼に、アトスは声を落とす。

「すまない、勝手なことをして」
「・・・ううん、いいんだ」
「・・・」
「僕にとって・・・何が大切なのかわかったから」
「・・・そうか」

そして外套を持ち主の手に渡すと、金髪を揺らして部屋を出ようとする。
ゆっくりと、その足が止まり、華奢な背中が少しだけ震えた。

「アトス・・・」
「何だ?」
「君と過ごした1ヶ月は・・・楽しかった。あんな日がいつか来るといいなって・・・思うよ」
「アラ・・・」
「ごめん。ずるい言い方だよね」

そこまで言うと急ぎ、部屋を出ようとすると時同じくして入ってきたポルトスにぽすんとぶつかる。

「アラミス・・・」
「やあ、ポルトス」
「お前、・・・も、もう大丈夫なのか?」

困った表情を浮かべるポルトスに、小さくアラミスは微笑みを返した。

「ポルトス、君が教えてくれた兎シチューの美味しいお店、また行きたいな」
「あ、ああ?もちろんいいが・・・」
「それじゃ、僕は今日は帰るから」

肩を軽く叩き、アラミスは少しだけ急いだ足取りでその場を離れていく。
過去を背負いながら、現在を生きること。
それを受け入れられるようになるにはまだ時間が必要だけど、前よりも自然に笑えるようになるかもしれない。

彼らが三銃士を呼ばれるようになったのは、それから少し後のことだった。

(Fin)

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