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Francois-Ⅲ

「ひどい雨だな・・・」
もう春だというのに酷く冷え込む夜。だが次に移る所は此処より更に冷えるはずだ。
そう思うと男は少し憂鬱な気持ちとなる。

その時、大きな物音とともに大勢の人間が部屋に飛びこんできた。

「何者だ!?」

激しい雨音で何も聞こえなかった為か退路を確保することもできず男は賊達に囲まれる。
やがて火焔を思わせる熱さがその体を貫き、体中の血が逆流する。
崩れ落ちる瞬間に男が見たのは、下卑た笑いを浮かべた顔だった。

「おい、用は済んだのだからさっさと立ち去るぞ!」
「まぁ焦んなさんなって。盗賊が本業なものでね、お宝を探させていただくよ」
「ちっ。好きにしろ。こちらは先に行かせてもらうからな」

薄れゆく意識の中で若い恋人の泣き叫ぶ声が聞こえた気がした。
駆け寄ろうとするが、鉛の塊を押し込まれたようで体はまるで動かない。
やがて闇が男を包み、すべての感覚が消えていった。

*****

「私は・・・?」
空気の振るえに男は違和感を覚える。
やがて霞む視界の焦点が合うと、黒髪の婦人が目に入った。

「ここは・・・?」
「フランソワ!」
婦人が驚愕の表情を浮かべて駆け寄る。

「なにが・・・」
男の混濁していた記憶が少しずつ鮮明になる。
春の嵐、襲ってきた賊、指揮を取る仮面の男・・・

「そうだ!フィリップ様は?」
婦人はゆっくりと首を横に振る。
「ご無事よ。パリからそう遠くない所に監禁されているわ」
「何・・・?」
「心配はいらないわ、口の利けぬよう仮面を付けられ一室に閉じ込められてはいるけれど・・・
殿下を自分達の厳重な監視の元に置くことが彼らの目的であって、決して危害を加える事は無いわ」
「誰だ・・・?」
「・・・例の公爵よ。覚えているかしら?」
「国王の側で甘い汁を吸っている、あの豚か?」

たっぷりと肉のついた体をゆすって、ルーブルを我が物顔で闊歩する公爵の顔が脳裏に浮かぶ。
あれが王が懇意にしてる公爵とは、と本気で呆れたことを思い出す。

「どこだ?教えろ。今すぐ奪い返す!!」
怒りのままに叫び、体を起こそうとするとその視界が白らんだ。
何が起こったのかわからず、顔をしかめると、婦人は男をたしなめる口調で言った。
「・・・今の貴方に殿下を奪い返すことなどできるとは思えないわ」
「どういう意味だ?」
「これ、お使いになって」
「・・?」
男は手渡された鏡を受け取ろうとする。
しかしその手は振るえ、鏡は乾いた音をたてて落ちた。

「すまない」
「いえ・・・」

体を起こし、鏡を拾おうとするがその時男は自分の腕に驚愕する。
"何だこの枯れ枝のような腕は・・・"
慌てて自分の体を撫で回すと体中の肉が削げ落ち、骨が醜く浮き出ている。

「ノワジーの館が襲われたと聞いて、駆けつけた時は館の中は滅茶苦茶だったわ。
貴方は血だらけで倒れていて・・・命は助かったけれど、1年も意識が戻らなかったのだから当然よ」
「1年?そんなにも経っているのか?」
「そうよ。その状態で今まで命を保っていた貴方の精神力には感服するわ・・・」

そしてため息をつき、言う。
「その体では無理、という意味よ」
「確かに」
細くなった腕を忌々しく睨み付ける。
婦人は静かに、薄綿に水を含ませて男の口元に持っていく。

「焦らなくても、彼らは殿下を殺す気はないわ」
「・・・私は用済みだったということか?」
「そうね」
「・・・館を襲ったあいつらは誰だ?あの豚が自ら動くわけはないだろう」
「ラクダ、という物盗りを金で雇ったようよ」
「ラクダ・・・」

自分を一刺しにした賊の顔を思い出す。
屈辱に歪む男の顔を見て、婦人はもう一度ため息をついた。
「何か口にできるものを持たせるから。今は養生することだけを考えたほうがいいわ」

***

一命を取り留めた男は、婦人のパリの屋敷に身を潜ませ、王弟奪回の機会をうかがっていた。
事件での傷が後遺症を残し、思うように動かない体に呪いの言葉を吐きながら。
元凶となった娘とその娘にいつの間にか心奪われていた自分の愚かさを失笑しながら。

聞けば王弟と同様、男の存在も国家にとって機密事項である為その死は闇に葬られ、墓は人気の無い丘に
おざなりに作られ、今では訪ねる人も父親くらいだという。

「・・・そこに若い娘は来ないのか?」
「あの伯爵令嬢のこと?残念ながら、そのような話は聞いてないわ」
「そうか」
「気になるの?」
「いや・・・」

どこかから婿を取り家督を継いでる頃だろうか。
夫の愛に包まれ、死んだの男のことなぞ忘れたか。

「所詮、私の死など誰にも、何の意味も成さないのだと思ってな・・」

自分は今、生きている意味があるのだろうか。
回復しない体に苛立ちを覚え、男は弱気になっていた。

黒髪の婦人は何か言いたげではあったが口を噤み、パリで見た金髪の少女の姿を思い出していた。

***

それから何度か季節が巡った。
ノワジーでの事件の時と同じ様な嵐の日毎に、男は闇に落ちていった。
自分を捨石として使った国家への恨みは時間を追う毎に増していく。
奴らなどこの世から消えてしまえばよい、この国など滅んでしまえばよい。
男は自分の野望が次第に歪んでいくのを感じていた。
体中の疼きを抑え、弱りきった体を再生させるために飲み続けている薬が
その精神を犯し始めているのかもしれなかった。

ある日、婦人は珍しく表情を強張らせて男の元にやってきた。
「良くない知らせよ。殿下が日の差さぬ地下牢に閉じ込められたわ」
「どういうことだ?」

今までは事件を知る先王と親しかった老伯爵が、王弟には身分相応の扱いを、と例の公爵を押さえ込んでいた。
しかし彼が病で亡くなった事を機に、公爵は王弟を地下牢に閉じ込め狂人に仕立て上げるつもりなのだという。

「さすがに刃に掛ける勇気は無いようだけど・・・」

フランソワは低く唸った。
殺すことができなければ、狂人にしてしまおうというのか。
何と卑劣な・・・
王家の血を引く人間の扱いも知らぬ奴らの愚かさに怒りで拳が震える。

男はいつのまにか異常なまでに鍛えられた体躯を確かめる。
薬の影響で髪の色は濃くなり、顔つきも変わった。声もくぐもっていた。
どこにも6年前の自分は居ない。世の中から抹殺されたのだ。
胸の内のどす黒い渦が蠢くのを感じた。

これは機会だ・・・
あの老伯爵が居るのならと、今まで静観していたのだ。

*****

あの日と同じ春の嵐の吹く夜、男は公爵の館に忍び込んだ。
その一室では二人の男が向かい合い、話をしていた。

「ああ、ありがたい。そろそろこの国から足を洗いたいと思っていたからな。
この金でどこか外国に行ってもう一稼ぎしてくるよ」
「好きにすればいい」
「できれば口止め料としてもう少し積んでいだたきたいのですがね」
「何?それだけあれば充分だろう?」
「はぁ、そうですが。まぁこちらは珍しい品もいろいろ手に入ったし、
あの時はたっぷり楽しめたのでいいんですがね。また来ますよ」
金のペンダントをいじくりながらマンソン、と呼ばれた男は去っていった。

「あの男、始末に困るな・・・」
公爵は忌々しげに扉を睨みつける。

その時、露台に繋がる戸が開き落雷の光の中に雨に濡れた屈強な男の体が浮かび上がった。

「甘いな。俺ならあの男を殺すがな」
「誰だ!?」
「ノワジーの村では世話になったな」
「ノワジー?」
「フィリップ王弟殿下はどこだ?」
「な、何?なぜそれを?いや、それより何故この場所が・・・」

改めて見た公爵の姿に、激しい憤りを感じ男は声を荒げる。

「ラクダを追っていたらこの屋敷にたどり着けたんだよ。あいつをさっさと殺してしまえば、お前もその丸い尻尾を
掴まれずに済んだのにな」

そのおぞましいまでの憎悪に伯爵は気圧される。
震える体と声を押し止め、必死の虚勢を張る。

「ひ、必要の無い殺戮は好まないのでね。第一、"事件"には下手人が必要だろう?」
「"事件"?"暗殺"の間違いではないのか?」
目は怒りに血走り、全身から殺気を出し続け剣を向ける男についに公爵は震え上がり、椅子から転げ落ちると
隣の部屋に続く扉を叩いた。

「おいっ」
主人に呼ばれ、気味悪い仮面を着けた男が飛び出してくる。
「こ、こいつを殺せ!ノワジーの亡霊だ!」
その言葉に仮面の男は、怪訝な声を出す。
「・・・ノワジー?」
「久しぶりだな。あの時は世話になった」
「誰だお前は?」
「つれないな。ノワジーでの事は俺には忘れたくても忘れられない思い出なのにな」
皮肉たっぷりに言う。
「フランソワ、という名前に覚えはないか?」
公爵が驚愕の声を上げる。
「フランソワ?王弟の世話役のか!?」
「何?こんな物騒な顔はしてなかったはずだぜ。もっと細身の優男だったはずだ」
「お前らのお陰で地獄を見たからな。いい人相だろう?」
「今更亡霊が出てきて何の用だ!?もう一度死ぬがいい!!」

剣を抜き仮面の男が襲い掛かる。
しかし、何なくその一突きをかわすと常人とは思えない勢いで男の首をはね、返す剣でその主人の胸を一刺した。
噴出す血の匂いがあたりに充満する。

男は表情を変えず、胴体と切り離された首から仮面をはぎとる。
「こいつ、この公爵家で腕が立つと有名な護衛役だったな・・・」
つまらん、と仮面を手に進路を邪魔している骸達を踏みつけ部屋を出る。

「この仮面、使わせてもらうか・・・」

次第に男に笑いがこみ上げ、ついに大きな笑い声があたりに響く。

地位も財産も、人としての存在も消された私だ。
ならばノワジーの亡霊としてこの国を混乱に陥れてやろう。
上手くいけばフィリップを王座につけられるかもしれないが、私にとってその事は既に如何でもよくなっていた。

Francois-Ⅳ

王弟奪回のためベル=イールに忍び込んだ二人の銃士が捕らえられた夜。
小さな窓から射す月の光が豊かな金髪を闇の中に浮かび上がらせる。
その横顔は冴え冴えとし、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。

「少し休んだらどうだ?ここ暫く、碌に寝ていないのだろう?」
「いや・・・」
小さく否定して、ひたすら窓の外を睨み付ける。
その姿に黒髪の銃士は語調を荒げる
「ここから逃げ出す算段なら止めろ。時間の無駄だ」
「何だって?」
怒りを含んだ蒼い目が射抜く。
「このような足枷をさせられて、何ができると言うのだ」
「・・・」
「焦る必要は無い。殿下の身に危険が及ぶ心配はないだろう。
それよりも少しは眠って明日に備えておいたほうが良策だと思うが?」
「それは・・・」

悔しさに形の良い唇を噛み、アラミスは座り込む。
だが、やがてアトスの言い分に従い、目を閉じた。
たとえ眠れなくても・・・

その時乾いた靴音がし、捕らわれの銃士達の前に鉄仮面と呼ばれている男が現れた。
全身黒で覆われた姿は恐ろしいまでの威圧感が在り、並みの銃士であれば震え上がり命を乞うほどである。

気高き二人の銃士はとっさに身構え、鉄仮面へ鋭い眼光を向けた。
しかしその姿を一瞥すると、獅子が獲物を蹴散らすように黒髪の銃士の腹に容赦無く蹴りを入れる。

鈍い音がし、足枷の鉄球ごとアトスは壁に叩き付けれた。
吐しゃ物と共に赤黒い血が彼の口から噴き出す。

あまりに瞬間の事で声も出ず、ただその惨状にアラミスはアトスの側に駆け寄ろうとした。
しかし鉄仮面はアラミスのその細い腕をあっと云う間にねじ上ると、
後ろ手に縛り猿轡を噛ませ、その体を担ぎ上げた。

「この女、借りるぞ」

くぐもった声が牢に響き、暗闇の中に二人の姿が消えようとするのをアトスは激痛に絶え必死で抗議する。
しかしその叫び声は届かずただ動かぬ体を呪うことしかできなかった。

***

要塞の一室に着くと鉄仮面はその猿轡を外し、アラミスを床に転がした。
怒りに燃える蒼い目を見下ろし、薄笑いを浮かべて鉄仮面は問うた。

「女、お前に聞きたいことがある」
その言葉に僅かに動揺しながもアラミスは気圧されぬ様、必死に言葉を紡いだ。
「鉄仮面、私もお前に聞きたいことがある」
「何だ?先に聞こう」
「・・・フランソワ、という名前に覚えがあるだろう?」
「フランソワ?ああ、捨て駒とされることも知らずに国家に忠誠を誓っていた愚かな男のことか?」

男はその名で呼ばれていた、嘗ての自分を思い出す。
自分はフランスに忠誠を誓っていた。だからこそ、その冠を被る人物はこの美しい国に相応しい者では
無ければと思っていた。

くだらない理想論だった。

だが最愛の恋人を侮辱された銃士の姿をした女は、怒りに叫んだ。
・・・その相手を誰とも知らずに・・・

「お前のせいで私の人生は狂ったんだ!
フランソワが殺されなければ・・・私は・・・私は・・・」

その言葉にぞくりとする快感が男の背を這った。

マンソンからこの銃士は女で本名が"ルネ"であるという話を聞いた時は男は俄かに信じられなかった。
6年という歳月は恐ろしく人の姿を変える。
何度か対峙した時も、1年足らずしか交わらなかった恋人の姿なぞ到底連想できなかった。

それを確かめる為にこの場に連れてきたが、これ以上何を聞く必要も無かった。

自分の死がこの女の人生を狂わせた。
あの可憐だった少女が、埃にまみれ、枷を付けられ、私の足元に転がっている。
その姿に情愛などではなく、完全な制服欲という名の欲情が男に湧き上がる。
ここで仇と思う男に陵辱されれば、この女はますます"フランソワ"の影を追い駆け続けるだろう。
優しく誠実な恋人に愛された記憶は鮮やかに蘇り、それはその魂に永遠に焼き付けられるだろう。

目の前の獣の狂気染みた思いに本能的に気づき、思わずアラミスは後ずさりをする。
必死に自分を押し留めようとするがその目は心ならず怯えた色に染まっていく。

鈍い動きで後ずさる彼女をさらにゆっくりした足取りで男は追い詰める。
暇に任せて弄んでいた獲物を、飢えている時に再び見つけた獣の気持ちはこういうものなのか・・・
恐怖に捕りつかれた姿を見て、悦に入る。

男は獲物を充分に焦らし、その牙を剥いた。

***

数時間後・・・
痛みに耐えていたアトスの元にぐったりとしたアラミスがまるで荷が運ばれるように戻ってきた。
彼女が何をされたのか・・・
手荒くはだけられた上着から覗く痕が物語っていた。

仮面の下の表情は放り出された女を庇う銃士の仕草に侮蔑の笑みを浮かべ、あざ笑うように問う。
「この女に惚れているのか?」
ぎりっと歯を噛み締め、アトスは答えない。目には恐ろしいまでの憎悪が宿っていた。
その姿を可笑しそうに見下ろし、鼻で笑う。
「無駄な事だ。この女の心を支配しているのは・・・」
男はその先の言葉を続けようとして、止めた。かわりに嘲笑を込め言い放つ。
「試しに抱いてみればいい。それが誰なのか、貴公にもわかろう」
踵を返し、笑い声を上げながら男は去っていった。

***

「アトス・・・、体は大丈夫?」
アラミスに膝に貸し、忌々しげに窓の外の月を眺めていると力の無い声が聞こえた。
同じように月を見ている。
その頬には打たれた痕が見え、唇も切れ、白い肌が痛々しく赤に染まっていた。
そっと肌に触れ、ほつれた金の髪を梳く。
「それは私の台詞だ・・・」
「肋骨、やられたんじゃない?背中も随分強く打ってた。血も吐いて・・・」
「私のことはいい。それより・・・」
その後の言葉を続けられず、黙り込む。やがて静かに一言だけ告げる。
「あの男にはもう近づかないほうがいい」
その言葉にアラミスはこくん、と小さく頷いた。
自分の忠告ではあるが、素直に承諾する姿にアトスは驚く。
弱気になる彼女を見るのは初めてだった。
その首筋の赤黒い痕が金髪の間から覗く。残酷ではあったがアトスは問うた。
「鉄仮面の顔は・・・見たのか?」
「・・・目隠しされてたから」
「そうか」
その言葉にアトスは少しだけ安堵する、少しだけだが。あの男はおそらく・・・

癒えない傷をこれ以上負わせたくない。アトスは諭すようにアラミスに告げた。
「アラミス、君の復讐はマンソンを討つこと、それだけだ。それ以上の個人行動は絶対に駄目だ。
鉄仮面は法の裁きに任せよう。いいな?」
膝の上でまた、小さく頷く気配がした。
こんな時ではあるが素直なその姿を可愛らしいとアトスは思った。

自分の勘が正しいなら、絶対にあの男にアラミスを近づけてはいけない。
あの男は・・・
考えに耽りそうになった時、つ、とアトスの袖を引きアラミスは問うた。
「アトス・・・」
「なんだ?」
「私の事、抱くの?」
「先ほどの話か?」
「・・・」
「今は眠れ。膝を貸しといてやるから」
やがて寝入った彼女が小さく"Francois"と呟いたようが気がした。
そんな事、とっくに判っている、アトスは心の中で呟いた。


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