策士と盤上の少女
『その男』が、組織において実権を握るまでの過程を知る者はいない。
ある日突然だったのだ、男が現れボスの名の下に組織の作戦の立案者となったのは。
まだ十傑集が本来の10名構成であり、カワラザキがリーダーを務めていた頃だ。
少年の面立ちを残した歳若い男だった。彼は笑みを浮かべながら完璧とも言える作戦で組織の拡大を躍進的に行った。組織が過去に無い最大規模となったその功績は大きい、ところが、代償もまたそれに比例して大きかった。組織が拡大するにしたがって、流れる血は敵味方関係なく、その量も際限が無くなっていったのだ。
それでも『全てはビッグ・ファイアのため』であり
狂信的な組織の根幹理念は揺らぐことは無かった。
一方で男へ注がれる視線は「疑惑」に満ちていた。真意は常に腹の中、不透明さを増す中前線で己の信念のもと命をかける者たちならば尚のこと。それに彼にかかれば誰であろうと『駒』扱い、同格者である十傑集たちは一様に男への反発を強めていった。
ある日、十傑集を含む同胞らが次々と命を落としていくのを見続けて、意を決したカワラザキがリーダーを自ら退いた。不透明な策を立てる男の動向の「監視」に徹するためであり、替わりに樊瑞が新たなリーダーに推された。新しい顔も多く加わり、人格者の樊瑞を中心とした十傑集はカワラザキの思惑通り少なからず結束を強めた。そして現在の残月が加わる以前の1名の空席を残した9名構成の十傑集になったのだった。
未だ渦巻く複雑な組織の内情
一向に見えない男の心中
そして今
『その男』の執務室に小さなサニーはいた。
中庭で人形相手にままごとをしていたら突然現れ、「話があります、付いて来なさい」と言われてそのまま従った結果だ。サニーは二体の人形を抱きしめてキョロキョロとその男、策士・孔明の執務室を見回した。重そうな木製のデスク、壁には書棚にびっしりと詰められた難しそうな本、毛足の長い絨毯はサニーの足元を隠すほど。
中でもサニーの目を引いたのが十傑集の執務室とは異なった天井だった。中央から放射線状に格子が伸びるドーム状になっており、色散りばめたステンドグラスがとある神話の終末劇を描いて(えがいて)いた。
「きれい・・・・・」
ぽっかりと口を開けたまま、輝く天井を眺めていたら
「そこにお座りなさい」
「あ・・・はい。こうめい様」
彼の通る声とともに何処からともなく現れたそれは、脚のついていない宙に浮いた円盤状の「椅子」。サニーの腰に添えられる位置で止まり遠慮がちに小さなお尻を乗せれば、ふわり、とした不思議な感触。
「私が与えたカリキュラムは真面目にこなしておられるようですな」
デスクに浮かび上がった奥行きが無い光彩モニターには、サニーの特殊能力の成長推移表。非常に緩やかではあるが確実に上昇を示している。
「安定した数値にはまぁまぁの評価を与えましょう。しかしカリキュラム以外にも日常生活において恒常的に能力をお使いになればさらなる結果を・・・」
「あのね、はんずいのおじ様が『まほう』はむやみにつかっちゃダメって・・・」
「なんと」
サニーは孔明からの鋭い視線を受けて俯いた。
綺麗な人形と薄汚れた人形を抱きしめて搾り出すように
「それに・・・『おばけ』が・・・」
「は・・・?今何と仰いましたかな?」
「・・・・・・・・『おばけ』がサニーをたべちゃうもん・・・・」
非現実的な理由に孔明は頭が痛くなるのを感じた。
「そんなものはいません」と言い切ってやっても少女は首を振ってかたくなになるばかり。
-------この娘は素直というか、純真というか
-------ああいう男どもに囲まれていながらどうして心根がこうも・・・
ここは血と死と狂気で澱んだ場所。
そんな澱んだ水を吸い上げれば木は枯れるか、ねじれ病むしか無い。
-------十傑の血とともに能力を受け継ぎ、そしてここで育てばさぞ・・・と思っていたが
-------ところがどうしたことか、何故この娘は予想どおりの成長をしない!
なのに幹は太陽を目指して真っ直ぐ伸びようとしている。
澱み腐った水は太陽を目指すのを諦めた大人たちが飲み、かろうじて残ったわずかな上澄みだけを少女に与えているためなのか・・・
「わかりません、理解に苦しみます。まったく・・・・樊瑞殿を始めとするあの者達は自分たちがいったい何者なのか忘れているのでしょうか。周囲の貴女に対する可愛がり様にはこの私も呆れるばかりです」
光彩モニターを消し、デスク越しに目の前の小さな子どもを見据える。まるで尋問のような空気と、孔明と十傑集の相容れない複雑な関係を肌で感じ取っていたため
「ごめんなさい・・・」
「貴女が謝ってどうするのです、そもそも貴女に甘い樊瑞殿や・・・」
「・・・・サニーごめんなさいするからおじ様たちとケンカしないで?こうめい様・・・・」
「貴女には関係の無いこと、気遣いはご無用に願います」
「ひぃっく・・・なかよくして・・・ひぃっく・・・ほしいの・・・」
「泣くのをおやめなさい、見苦しいっ」
孔明は涙を零すサニーに嫌気がさしたような溜め息を漏らす。
そしてデスクにある飴玉を見た。
黄色い包み紙には青い水玉模様。両端は綺麗にねじられている。中身は舐めれば甘い砂糖を主成分とした何の変哲も無い飴玉だが、これはサニーによって生み出されたもの。まったくの無の空間から、触媒も無しにである。
変化(変質)系の能力者は組織に何人かいるが、ほとんどは変化する物質の素材は限定され、必ずと言っていいほど触媒が必要となる。しかし、サニーは恐ろしいことにその必要も無い上、飴玉だけでなく忽然と人形や花などを生み出すことができ、その物質を完全に別の物に変化させることができた。
これが樊瑞や十常寺が扱う仙術・呪術の類いで無いと、孔明は初めてサニーの能力を目にした時確信した。そして彼女の能力を便宜上「魔法」と呼んだ。
-------無からの物質の創造、そして変質
-------なんという・・・
孔明からすればサニーが持つ魔法は無二の「万能」と言える貴重な能力。使い方によれば神に近づけると言ってもいい。当然、この組織にとって大いなる戦力となり・・・
「よいですか?私は貴女に少なからず期待をしているのです」
・・・戦局を変えうる一手を指せる『駒』になると。
彼は涙で頬を濡らすサニーを抱き上げ膝に座らせ、小さな手で抱えられた人形をやんわり取り上げた。孔明の膝に乗れば少女も取り上げた2体のビスクドールの人形もさほど変わりはしないように見える。デスクに座らされる2人の友達に紅い瞳を追わせるがそれを孔明は言葉で遮った。
「私はある少年を一人知っておりましてね・・・十傑集の娘という貴女同様、身の上は違えど彼もまたどこへ流れようともここでしか生きる場が無い者。貴女がここに来て少しした頃、私が気に入り遥か北の「廃墟」より拾って参りました」
「ひろってきたの?」
「ええ、犬猫のように。ふふふ・・・その者は貴女と同じく父親から大きな十字架を背負わされている身。背負ったままにいずれ私が用意したシナリオに沿って舞台ではなく盤上で、喜劇のような悲劇を踊ってもらう予定です。さぞ見ものでありましょう、いかがです?貴女もご一緒に」
彼の目には何が映っているのか、陶酔したように目を細めて微笑む。
「はんずいのおじ様もいっしょだったら、サニーもみたい」
サニーの瞳から涙が途切れ、目をパチクリさせる。
ほとんど理解していないのに無邪気に言うものだから孔明は肩を大きく揺らして笑った。
「ええ、ええ、結構ですとも。何なら貴女の『パパ』もご一緒にいかがです?」
「パパも?じゃあセルバンテスのおじ様も!・・・いい?こうめい様」
「おや、お優しいことですな。まぁ・・・考えておきましょう」
孔明はサニーの小さな手をとると飴玉をのせてやった。
「サニー殿。私は貴女のその穢れを知らぬ滑稽なまでの無邪気さ・・・そう嫌いではありません。しばらくは澄んだ水を飲み、甘い飴を舐められるがよろしかろう。しかし、いずれ夢から覚めていただき、この私が貴女にも盤とシナリオをご用意しますので」
-------覚悟は、よろしいかな?
飴玉を手にしたサニーの小さな手を、包むように優しく握ってやる。少しだけヒンヤリとしているが孔明の手の感触は、サニーは嫌いではない。
サニーは初めて、まっすぐと孔明の目を見た。
黒曜石のような輝きの向こうに深い暗闇があった。
真紅の輝きがさらにその暗闇の中を覗き込もうとしたが
「ありがとう、こうめい様」
「どういたしまして・・・」
孔明は視線を逸らせ、握っている手に力を込めた。
-------『サニー・ザ・マジシャン』
-------避けては通れない貴女自身の「運命」として
-------どのような結末が待っていようとも、最後までそこで踊っていただきますぞ?
-------そう、全てはビッグ・ファイアのご意思なのですから・・・・
2人の頭上には、希望の無い「滅び」の終末劇
それは少女が「きれい」とつぶやくほどの
消えゆく星屑のような、悲しい美しさだった。
END
『その男』が、組織において実権を握るまでの過程を知る者はいない。
ある日突然だったのだ、男が現れボスの名の下に組織の作戦の立案者となったのは。
まだ十傑集が本来の10名構成であり、カワラザキがリーダーを務めていた頃だ。
少年の面立ちを残した歳若い男だった。彼は笑みを浮かべながら完璧とも言える作戦で組織の拡大を躍進的に行った。組織が過去に無い最大規模となったその功績は大きい、ところが、代償もまたそれに比例して大きかった。組織が拡大するにしたがって、流れる血は敵味方関係なく、その量も際限が無くなっていったのだ。
それでも『全てはビッグ・ファイアのため』であり
狂信的な組織の根幹理念は揺らぐことは無かった。
一方で男へ注がれる視線は「疑惑」に満ちていた。真意は常に腹の中、不透明さを増す中前線で己の信念のもと命をかける者たちならば尚のこと。それに彼にかかれば誰であろうと『駒』扱い、同格者である十傑集たちは一様に男への反発を強めていった。
ある日、十傑集を含む同胞らが次々と命を落としていくのを見続けて、意を決したカワラザキがリーダーを自ら退いた。不透明な策を立てる男の動向の「監視」に徹するためであり、替わりに樊瑞が新たなリーダーに推された。新しい顔も多く加わり、人格者の樊瑞を中心とした十傑集はカワラザキの思惑通り少なからず結束を強めた。そして現在の残月が加わる以前の1名の空席を残した9名構成の十傑集になったのだった。
未だ渦巻く複雑な組織の内情
一向に見えない男の心中
そして今
『その男』の執務室に小さなサニーはいた。
中庭で人形相手にままごとをしていたら突然現れ、「話があります、付いて来なさい」と言われてそのまま従った結果だ。サニーは二体の人形を抱きしめてキョロキョロとその男、策士・孔明の執務室を見回した。重そうな木製のデスク、壁には書棚にびっしりと詰められた難しそうな本、毛足の長い絨毯はサニーの足元を隠すほど。
中でもサニーの目を引いたのが十傑集の執務室とは異なった天井だった。中央から放射線状に格子が伸びるドーム状になっており、色散りばめたステンドグラスがとある神話の終末劇を描いて(えがいて)いた。
「きれい・・・・・」
ぽっかりと口を開けたまま、輝く天井を眺めていたら
「そこにお座りなさい」
「あ・・・はい。こうめい様」
彼の通る声とともに何処からともなく現れたそれは、脚のついていない宙に浮いた円盤状の「椅子」。サニーの腰に添えられる位置で止まり遠慮がちに小さなお尻を乗せれば、ふわり、とした不思議な感触。
「私が与えたカリキュラムは真面目にこなしておられるようですな」
デスクに浮かび上がった奥行きが無い光彩モニターには、サニーの特殊能力の成長推移表。非常に緩やかではあるが確実に上昇を示している。
「安定した数値にはまぁまぁの評価を与えましょう。しかしカリキュラム以外にも日常生活において恒常的に能力をお使いになればさらなる結果を・・・」
「あのね、はんずいのおじ様が『まほう』はむやみにつかっちゃダメって・・・」
「なんと」
サニーは孔明からの鋭い視線を受けて俯いた。
綺麗な人形と薄汚れた人形を抱きしめて搾り出すように
「それに・・・『おばけ』が・・・」
「は・・・?今何と仰いましたかな?」
「・・・・・・・・『おばけ』がサニーをたべちゃうもん・・・・」
非現実的な理由に孔明は頭が痛くなるのを感じた。
「そんなものはいません」と言い切ってやっても少女は首を振ってかたくなになるばかり。
-------この娘は素直というか、純真というか
-------ああいう男どもに囲まれていながらどうして心根がこうも・・・
ここは血と死と狂気で澱んだ場所。
そんな澱んだ水を吸い上げれば木は枯れるか、ねじれ病むしか無い。
-------十傑の血とともに能力を受け継ぎ、そしてここで育てばさぞ・・・と思っていたが
-------ところがどうしたことか、何故この娘は予想どおりの成長をしない!
なのに幹は太陽を目指して真っ直ぐ伸びようとしている。
澱み腐った水は太陽を目指すのを諦めた大人たちが飲み、かろうじて残ったわずかな上澄みだけを少女に与えているためなのか・・・
「わかりません、理解に苦しみます。まったく・・・・樊瑞殿を始めとするあの者達は自分たちがいったい何者なのか忘れているのでしょうか。周囲の貴女に対する可愛がり様にはこの私も呆れるばかりです」
光彩モニターを消し、デスク越しに目の前の小さな子どもを見据える。まるで尋問のような空気と、孔明と十傑集の相容れない複雑な関係を肌で感じ取っていたため
「ごめんなさい・・・」
「貴女が謝ってどうするのです、そもそも貴女に甘い樊瑞殿や・・・」
「・・・・サニーごめんなさいするからおじ様たちとケンカしないで?こうめい様・・・・」
「貴女には関係の無いこと、気遣いはご無用に願います」
「ひぃっく・・・なかよくして・・・ひぃっく・・・ほしいの・・・」
「泣くのをおやめなさい、見苦しいっ」
孔明は涙を零すサニーに嫌気がさしたような溜め息を漏らす。
そしてデスクにある飴玉を見た。
黄色い包み紙には青い水玉模様。両端は綺麗にねじられている。中身は舐めれば甘い砂糖を主成分とした何の変哲も無い飴玉だが、これはサニーによって生み出されたもの。まったくの無の空間から、触媒も無しにである。
変化(変質)系の能力者は組織に何人かいるが、ほとんどは変化する物質の素材は限定され、必ずと言っていいほど触媒が必要となる。しかし、サニーは恐ろしいことにその必要も無い上、飴玉だけでなく忽然と人形や花などを生み出すことができ、その物質を完全に別の物に変化させることができた。
これが樊瑞や十常寺が扱う仙術・呪術の類いで無いと、孔明は初めてサニーの能力を目にした時確信した。そして彼女の能力を便宜上「魔法」と呼んだ。
-------無からの物質の創造、そして変質
-------なんという・・・
孔明からすればサニーが持つ魔法は無二の「万能」と言える貴重な能力。使い方によれば神に近づけると言ってもいい。当然、この組織にとって大いなる戦力となり・・・
「よいですか?私は貴女に少なからず期待をしているのです」
・・・戦局を変えうる一手を指せる『駒』になると。
彼は涙で頬を濡らすサニーを抱き上げ膝に座らせ、小さな手で抱えられた人形をやんわり取り上げた。孔明の膝に乗れば少女も取り上げた2体のビスクドールの人形もさほど変わりはしないように見える。デスクに座らされる2人の友達に紅い瞳を追わせるがそれを孔明は言葉で遮った。
「私はある少年を一人知っておりましてね・・・十傑集の娘という貴女同様、身の上は違えど彼もまたどこへ流れようともここでしか生きる場が無い者。貴女がここに来て少しした頃、私が気に入り遥か北の「廃墟」より拾って参りました」
「ひろってきたの?」
「ええ、犬猫のように。ふふふ・・・その者は貴女と同じく父親から大きな十字架を背負わされている身。背負ったままにいずれ私が用意したシナリオに沿って舞台ではなく盤上で、喜劇のような悲劇を踊ってもらう予定です。さぞ見ものでありましょう、いかがです?貴女もご一緒に」
彼の目には何が映っているのか、陶酔したように目を細めて微笑む。
「はんずいのおじ様もいっしょだったら、サニーもみたい」
サニーの瞳から涙が途切れ、目をパチクリさせる。
ほとんど理解していないのに無邪気に言うものだから孔明は肩を大きく揺らして笑った。
「ええ、ええ、結構ですとも。何なら貴女の『パパ』もご一緒にいかがです?」
「パパも?じゃあセルバンテスのおじ様も!・・・いい?こうめい様」
「おや、お優しいことですな。まぁ・・・考えておきましょう」
孔明はサニーの小さな手をとると飴玉をのせてやった。
「サニー殿。私は貴女のその穢れを知らぬ滑稽なまでの無邪気さ・・・そう嫌いではありません。しばらくは澄んだ水を飲み、甘い飴を舐められるがよろしかろう。しかし、いずれ夢から覚めていただき、この私が貴女にも盤とシナリオをご用意しますので」
-------覚悟は、よろしいかな?
飴玉を手にしたサニーの小さな手を、包むように優しく握ってやる。少しだけヒンヤリとしているが孔明の手の感触は、サニーは嫌いではない。
サニーは初めて、まっすぐと孔明の目を見た。
黒曜石のような輝きの向こうに深い暗闇があった。
真紅の輝きがさらにその暗闇の中を覗き込もうとしたが
「ありがとう、こうめい様」
「どういたしまして・・・」
孔明は視線を逸らせ、握っている手に力を込めた。
-------『サニー・ザ・マジシャン』
-------避けては通れない貴女自身の「運命」として
-------どのような結末が待っていようとも、最後までそこで踊っていただきますぞ?
-------そう、全てはビッグ・ファイアのご意思なのですから・・・・
2人の頭上には、希望の無い「滅び」の終末劇
それは少女が「きれい」とつぶやくほどの
消えゆく星屑のような、悲しい美しさだった。
END
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