北極より愛を込めて
「うえっっほげぇっほげぇっほ」
その咳にアルベルトは誰が見てもわかる不快な表情を隠さなかった。
横にいる男の冗談のような大げさな咳、実際冗談のように思えるが風邪らしい。
誰が、というと毎度おなじみ万年常夏カーニバルの『眩惑のセルバンテス』が、である。そう、曲がりなりにも十傑の一人である彼が風邪をひいてしまったのだ。
「げーっほげほげほげほ」
再び眉を寄せてしかめてついでに顔もそむけるアルベルト。
「お前・・・十傑集たる己が風邪をひくとは非常識だと思わんのか」
ちなみに「お前は風邪をひくような玉じゃないだろが、アホめ」というニュアンスが含まれる。
「いやー参ったよ、風邪なんてひくのって何年ぶりだろうね。いや何十年ぶりかな?わはっはっはうぇっーーーっほげっほげっほ」
「汚いだろうが!唾をこちらに飛ばすなっ」
アラスカ支部へ2人で視察へ赴いたのだがさきほど本部へ帰還してこのザマである。
視察が終わればさっさと帰ればいいものを「せっかくここまで来たのだから北極の氷を持って帰ってオンザロックしようじゃないか」と笑いながらバナナで釘を打てる北極を目指した男がいたのだ。スーツ一枚クフィーヤ姿で。ブツブツ文句をいいつつも引きずり回される形で着いて行った男もスーツ一枚であったが結果はご覧のとおり。北極熊と戯れている最中にクレバスに落ちた男だけが風邪をひいた。
「コートくらい用意すべきだったかなぁ・・・しかしどうして私が風邪をひいて君がケロッとしているのかねぇ、納得いかないよ」
たとえコートを着ずスーツ一枚であっても北極程度の氷点下で風邪をひくような者は十傑にはいない。しかし熊と遊んでクレバスに落ちるような馬鹿もついでに言えばいないはずである。アルベルトはその時の光景を思い出して風邪でもないのに頭が痛くなる。北極では保護色のような格好そしている男を見失ったかと思えば氷の海の中から声がする。放置するつもりが律儀に助けてしまった自分が嫌になる。
「うぇっほげぇっほ・・・アルベルト、君も風邪をひきたまえ。私だけ風邪なんてみっともないじゃないかこの『眩惑のセルバンテス』たる私がだよ?こういうときこそ我々の友情を発揮すべきではないのかね?げほげほほほ」
大した友情があったものである、相変わらずの思考は風邪を引いても変わらないのは喜ばしいことなのかどうなのか。しかしかなり調子が悪いようで目の下に流れる奇妙な紋様らしきそれ、普段は朱色であるがリトマス試験紙よろしく青色。目にわかるバロメーター曰く「気持ち悪い、超吐きそう」らしい。それに自慢のナマズひげはいつもより角度が低くクフィーヤの下に覗く鋭い形であるはずの彼の目もまた角度が低い。ちょっぴり「へにょ」っている十傑は貴重かもしれない。
「ええいっこの!みっともないのはお前だけで十分だ!」
「あいだだだだだ!!!・・・やめっあだだ、あぎゃあ抜ける!抜けるぅっ!!」
引っ張りやすい角度が幸いしてアルベルトは減らない口に添えられているヒゲに容赦ない制裁を加えた。
「ちょっ・・・私のチャームポイントを引っ張るのはやめてくれたまえっ・・・いった~連れないなぁ・・・あ、そうだ!他の皆にもうつせばいいんだ、それなら平等にみっともないしなによりもうふふふふ滅多にないこのイベントを楽しまないのはもったいないよね~うふふふふ~~~」
大騒動へのフラグが立った瞬間。
フラグを立てた男の目の下のバロメーターは桃色。
体調はともかく『テンション的には』絶好調、らしい。
少々足取りがおぼつかない様子でセルバンテスは十傑の執務室へと繋がる大回廊へ向かっていった。それを見送るアルベルト。おそらくとんでもない事態となるであろうが止める気はない。面倒ごとは極力回避する、関わらない、という徹底した身のこなしがあるからこそあの男と盟友をやれるのだ(実際徹底仕切れていないところが彼のよさでもあるかもしれないが)
「サニーに伝染(うつ)したら許さんぞ・・・」
ひとり戦利品の氷が入ったクーラーを持ち直したアルベルトの目は・・・マジだった。
最古参であるカワラザキの執務室は10人の中でもっとも坪数が広い。そして各執務室に共通して存在する隣接される小部屋は書庫か倉庫あたりに使われるのがもっぱらだが、彼の場合そこを畳敷きに改造している。そして今の季節そこは憩いの場になるのだ。
そう、BF団で冬の恋人「こたつ」があるのはここだけ。
カワラザキ、十常寺、怒鬼、この面子が座りのんびりテレビを見ていた。傍から見ればとてもじゃないが犯罪組織の一員とは思えない、うっかり和みそうな光景、ちなみにコタツの中にはアキレスがとぐろを巻いている。
「なんだかミカンでも食べたくなる気分だねぇ」
「おお、セルバンテスかお前も入るか?」
いつもの調子で軽やかに執務室に入ってきた男にカワラザキは何ら不審を感じることもなく和みの光景へと誘った。
「いや遠慮しておくよげほげほちょっと今忙しくってね~ふふふカワラザキの達者な顔を見に来ただけだよはははは!」」
セルバンテスはたっぷりと咳をかけておいた温州ミカンを5、6個クフィーヤから取り出してコタツの上に置いた。さりげなくである。
「・・・眩惑大人、顔色不自然、風邪疑惑」
「・・・十常寺、もう少し楽な喋り方はできないのかね、風邪?何言ってるんだい私は十傑集だよ?風邪なんて引くわけないじゃうぇーげっほげっほげっほ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
怒鬼は相変わらずの寡黙であるが、にっこり笑うセルバンテスのバロメーターが桃色から青へと変色していく様を見逃さなかった。心持ちセルバンテスから身を遠ざける。
「ああ、そうだカワラザキ、幽鬼は今どこにいるのかな?」
「や」
大回廊の向こう側から笑いながら近づいてくるクフィーヤの男の姿を見た途端、幽鬼は「脱兎」と例えられる動きでその場から逃げ出しセルバンテスが一言も言い終わらないうちに姿を消し去った。彼の持ちうる天性の勘が防衛本能に訴えたらしい。
「あ・・・幽鬼・・・って・・・。っち・・・さすがと言うべきかなんて勘の鋭さだろうね・・・」
しかしこれで引き下がる眩惑でもなく、幽鬼の執務室のドアノブにいっぱい咳をかけトラップを仕込んでおいた。
「これでよし、と・・・おや?あれはレッド君ではなかろうか・・・」
何も知らないレッドが大回廊の端の角を曲がろうとしていたのを見つける。
「いやぁレッドくーん元気かねー?」
「!!!!」
人生でただの一度たりとも背後を取られたことの無かったレッドは初めて唐突に後ろから肩に腕を回された。気配など微塵も感じなかった。驚愕どころの事態ではない、忍者たる自分が背後を取られたことに動揺を隠し切れない。
「セ・・・セルバ・・・!!!」
くないでプッスリ眉間を刺してやろうかと振り向いたそこには青白いを通り越して白い顔をしたセルバンテス。浮かべている笑顔も気持ち悪かったが何よりも赤っぽい色であるはずの紋様が・・・アメフラシのような発色になっているのがヤバさを感じさせさすがのレッドもたじろいだ。
「おい・・・お前死んでるんじゃあないのか?どうみても死人だぞ」
だから気配を感じなかったのか?とレッド的には思いたい。
「うふふふ冗談キツいよレッド君うぇーーげっほげっほ」
「うっわ!きったな!!!!」
「うらめしやーってうわははははげぇーーっほげほげほうふふふふふふふ」
「わーー!!!寄るな寄ると殺すぞ!!あっち行け!シッシッ」
普段なら眉一つ動かさずに相手の息の根を止める彼だったが、迫ってくる男の逝った顔が生理的に受け付けられない。彼らしからぬ怯えを面白がるセルバンテスは尚も追いすがる。
「何をしているんだ?騒がしいな・・・レッド?セルバンテス?」
間の悪い男である。
きっとこの間の悪さが将来の彼に影を落とすであろうが今はそんなことはどうでもいい。大騒ぎを聞きつけて執務室から顔を覗かせたのはヒィッツカラルドだった。
「びゅーてぃほーわんだほー素晴らしきいえーーい!!うげぇっほげぇっほうははははは」
「どけ!ヒィッツカラルド!!どわーー!!!」
「のわあああ!!」
(暗転)
「はぁはぁはぁ・・・さてと・・・うふふふふ~後は残月と樊瑞かぁーあはははははははおえーっげほげほげほうひひひひひhhh」
自分がすでにデッドラインを超えてしまったことに気づかないまま残月の執務室へと足を向けるセルバンテス。そして残月の執務室をノックしようとした・・・がそこでプッツリとテンションの糸が切れてしまい倒れてしまった。
「うん?何か物音がしたような・・・・」
残月が執務室のドアを開けてみればゴキブリが突っ伏したような格好の男が足元にいた。見てみぬ振りをするのが最善であると判断して速やかにドアを閉めようとしたが
「あ、セルバンテスのおじ様!大丈夫ですか?」
執務室の中から出てきたのはサニー。残月の元に本を借りに来ていたのだが倒れている男に気づいて駆け寄ってきた。
あのあと結局サニーが心配するので仕方なくセルバンテスを介抱する羽目となった残月も撃沈。そして当然と言うべきかサニーも撃沈、サニーを看病した樊瑞も仲良く撃沈。
セルバンテスの目的はこれ以上なく達成されたと言っていいかもしれない。
「ごめんよサニーちゃん・・・」
「いいえ、けほけほ、おじ様が元気になって良かったですわ」
「サニーちゃーん・・・うううおじさん超反省しているよ・・・サニーちゃんにだけは風邪を伝染すつもりはなかったんだ信じて欲しい、本当にすまなかったね」
サニーのおでこにそっと氷嚢を乗せてやる。例の北極の氷がこんなことに使われることになろうとは、さすがのセルバンテスも思いも寄らなかった。
「じゃあ温かくしてお休み、元気になったらお詫びをさせておくれ」
「うふふ、はい、おじ様・・・けほけほ」
サニーの見舞いを終え、意気消沈のセルバンテスをBF団本部で迎えたのは9人の男たち。一人を除いて全員マスクをつけている。
「はは・・・はははは・・・ちょ・・・待ちたまえ君たち・・・」
殺気が空間を黒く染め、気のせいが次元すら歪んで見える。
「さあ、どうこの始末をつけてくれるのだ眩惑の・・・げっほげっほ」
覆面の残月がマスクである、シュールな姿でセルバンテスに煙管を突きつける。
「十傑集裁判でもやるか」
「それはいいな、久しぶりに腕がなる、げっほげほげほ」
ヒィッツカラルドとレッドが残忍な笑みをう浮かべる。
「ま、待て待て待ちたまえ十傑集裁判だなんて縁起でもないははは、ここは穏便に・・・」
「何を穏便に・・・だと?セルバンテス」
地の底から響くようなスーパーウーハーはアルベルト、他の誰よりもドス黒い殺気を放って地獄の鬼も裸足で逃げ出すような形相。
「サニーによくも性質の悪い風邪を伝染してくれたな・・・・・」
「あ・・・あは・・・ふっ不可抗力だよアルベルト・・・私は決してサニーちゃんに伝染そうだなんてこれっぽっちも思ってなんか」
腰が抜けて顔が引きつらせつつも後ずさりするが、アルベルトに確実にジリジリと追い詰められていく。
「げっほげほ・・・しかし何故アルベルトだけが風邪をひかんのだ」
トラップにひっかかってしまった幽鬼の疑問。
それにうっかりいつもの調子で答えてしまったのは・・・
「そりゃあ、昔から言うじゃあないか『馬鹿は風邪をひかない』ってね~!ははは」
渾身の衝撃波はBF団本部を半壊させた。
そして
北極点で発見されたのはバロメーターを黒にしたセルバンテスだった。
END
風邪をひいた十傑というわけですがサニーちゃんが殊の外早く回復して一安心。やっぱり衝撃の血は凄いよ、眩惑に対して免疫があるのかどうかは知らんけど(笑)。で、他の十傑たちもボチボチ回復していくんだけど意外な事に残月が長引いている。ほら、眩惑ウィルスだからまとも人間には厳しいんだよ。ちなみに残月の次に直りが遅かったのは幽鬼ね(爺様の熱心な看病のお陰で完治)。ある意味自分のために風邪を引かせてしまったからサニーちゃんも申し訳ないと思ってお見舞いに(本当は眩惑が元凶だけど)。執務室に隣接されてる小部屋で寝込んでいる残月、家帰って寝ればいいのに仕事がたまるのが嫌なんだよこの人。無理してでも仕事をこなす十傑の鑑(だから直りが遅いのかもしれんけど)。そこへサニーがやってきて「残月様、具合はいかがですか」「うむ、まだ熱があるようだ、サニー私に近づくとまた風邪をひいてしまう気遣いは無用だから帰りなさい」なんつって。例の覆面をそのままに寝込んでもいいけどどう考えても頭頂部が邪魔だからあそこだけ取って髪の毛(地毛だかウィッグだか不明)が出てる状態を想像していただきたい。でもサニーちゃんは「私はもう大丈夫です」といいつつお見舞いのりんごをむいてあげる。お、ちょっと絵になるシーンですよ。むいてくれたりんごを残月が手に取ろうとしたら「あ、駄目です、はい残月様」といきなりサニーがりんごを手にとってにっこり笑って残月にアーンの状態。サニー的にはお詫びの気持ちなんだよこれが。さすがにどうしたものかと悩む残月、まぁ役得だと思って甘んじて受けるのも悪くはなかろうと苦笑しつつ彼もまたアーンの形に。「ざざざ残月っっききき貴様ぁあ!!」はい毎度おなじみ後見人のご登場ですよ。残月を見舞ってやろうかと思って魔王が来たんだよ、タイミング悪いことに。「どうも怪しいと思っていたら貴様サニーのことを!」ほら、年齢が一番若いしサニーちゃんを可愛がってるしできる男だしイイ男っぽいしサニーちゃんも慕ってる感じだし魔王的には2人の関係はちょっと気になっていたわけだ。しかも目の前でまるで恋人がするかのようなアーン。お似合いなだけに魔王超ショッキン。そんなのサニーがまだ幼い頃にしかやってもらったこと無いのに!「なんだ、樊瑞いたのか何か用か」しれと答えるのはもうりんごを口に入れちゃった残月。サニーがアーンしてくれたりんごは美味しいよ。「吐けっつ吐き出せっ」風邪っぴきの残月の胸倉掴んで魔王必死、でも残念全部食べちゃった。「おじ様っ残月様は今体調がお悪いのです、乱暴はおやめください」ガーン!サニーまでこんな覆面男の肩を持つのかああああ!完全に冷静さを失った面白魔王はサニーと残月が挙式をあげている絵を思い浮かべて号泣&脱兎。昨日までそこにいたのはサニーと自分だったのに!!!!(笑)「まったく何しに来たのだあの男は」「残月様、大丈夫ですか」「うむ、せっかくだ、りんごをもう一つもらおうか」「はい」サニーのアーンしてくれたりんごのお陰で次の日には完治した残月さんでしたとさ。ちなみにあとでその話を聞いたバンテスは指を咥えて「いいなぁー残月」とうらやましげ、アルベルトは相手があの残月だから「あ、そう」程度。魔王ひとりがまだ泣いてます。
「うえっっほげぇっほげぇっほ」
その咳にアルベルトは誰が見てもわかる不快な表情を隠さなかった。
横にいる男の冗談のような大げさな咳、実際冗談のように思えるが風邪らしい。
誰が、というと毎度おなじみ万年常夏カーニバルの『眩惑のセルバンテス』が、である。そう、曲がりなりにも十傑の一人である彼が風邪をひいてしまったのだ。
「げーっほげほげほげほ」
再び眉を寄せてしかめてついでに顔もそむけるアルベルト。
「お前・・・十傑集たる己が風邪をひくとは非常識だと思わんのか」
ちなみに「お前は風邪をひくような玉じゃないだろが、アホめ」というニュアンスが含まれる。
「いやー参ったよ、風邪なんてひくのって何年ぶりだろうね。いや何十年ぶりかな?わはっはっはうぇっーーーっほげっほげっほ」
「汚いだろうが!唾をこちらに飛ばすなっ」
アラスカ支部へ2人で視察へ赴いたのだがさきほど本部へ帰還してこのザマである。
視察が終わればさっさと帰ればいいものを「せっかくここまで来たのだから北極の氷を持って帰ってオンザロックしようじゃないか」と笑いながらバナナで釘を打てる北極を目指した男がいたのだ。スーツ一枚クフィーヤ姿で。ブツブツ文句をいいつつも引きずり回される形で着いて行った男もスーツ一枚であったが結果はご覧のとおり。北極熊と戯れている最中にクレバスに落ちた男だけが風邪をひいた。
「コートくらい用意すべきだったかなぁ・・・しかしどうして私が風邪をひいて君がケロッとしているのかねぇ、納得いかないよ」
たとえコートを着ずスーツ一枚であっても北極程度の氷点下で風邪をひくような者は十傑にはいない。しかし熊と遊んでクレバスに落ちるような馬鹿もついでに言えばいないはずである。アルベルトはその時の光景を思い出して風邪でもないのに頭が痛くなる。北極では保護色のような格好そしている男を見失ったかと思えば氷の海の中から声がする。放置するつもりが律儀に助けてしまった自分が嫌になる。
「うぇっほげぇっほ・・・アルベルト、君も風邪をひきたまえ。私だけ風邪なんてみっともないじゃないかこの『眩惑のセルバンテス』たる私がだよ?こういうときこそ我々の友情を発揮すべきではないのかね?げほげほほほ」
大した友情があったものである、相変わらずの思考は風邪を引いても変わらないのは喜ばしいことなのかどうなのか。しかしかなり調子が悪いようで目の下に流れる奇妙な紋様らしきそれ、普段は朱色であるがリトマス試験紙よろしく青色。目にわかるバロメーター曰く「気持ち悪い、超吐きそう」らしい。それに自慢のナマズひげはいつもより角度が低くクフィーヤの下に覗く鋭い形であるはずの彼の目もまた角度が低い。ちょっぴり「へにょ」っている十傑は貴重かもしれない。
「ええいっこの!みっともないのはお前だけで十分だ!」
「あいだだだだだ!!!・・・やめっあだだ、あぎゃあ抜ける!抜けるぅっ!!」
引っ張りやすい角度が幸いしてアルベルトは減らない口に添えられているヒゲに容赦ない制裁を加えた。
「ちょっ・・・私のチャームポイントを引っ張るのはやめてくれたまえっ・・・いった~連れないなぁ・・・あ、そうだ!他の皆にもうつせばいいんだ、それなら平等にみっともないしなによりもうふふふふ滅多にないこのイベントを楽しまないのはもったいないよね~うふふふふ~~~」
大騒動へのフラグが立った瞬間。
フラグを立てた男の目の下のバロメーターは桃色。
体調はともかく『テンション的には』絶好調、らしい。
少々足取りがおぼつかない様子でセルバンテスは十傑の執務室へと繋がる大回廊へ向かっていった。それを見送るアルベルト。おそらくとんでもない事態となるであろうが止める気はない。面倒ごとは極力回避する、関わらない、という徹底した身のこなしがあるからこそあの男と盟友をやれるのだ(実際徹底仕切れていないところが彼のよさでもあるかもしれないが)
「サニーに伝染(うつ)したら許さんぞ・・・」
ひとり戦利品の氷が入ったクーラーを持ち直したアルベルトの目は・・・マジだった。
最古参であるカワラザキの執務室は10人の中でもっとも坪数が広い。そして各執務室に共通して存在する隣接される小部屋は書庫か倉庫あたりに使われるのがもっぱらだが、彼の場合そこを畳敷きに改造している。そして今の季節そこは憩いの場になるのだ。
そう、BF団で冬の恋人「こたつ」があるのはここだけ。
カワラザキ、十常寺、怒鬼、この面子が座りのんびりテレビを見ていた。傍から見ればとてもじゃないが犯罪組織の一員とは思えない、うっかり和みそうな光景、ちなみにコタツの中にはアキレスがとぐろを巻いている。
「なんだかミカンでも食べたくなる気分だねぇ」
「おお、セルバンテスかお前も入るか?」
いつもの調子で軽やかに執務室に入ってきた男にカワラザキは何ら不審を感じることもなく和みの光景へと誘った。
「いや遠慮しておくよげほげほちょっと今忙しくってね~ふふふカワラザキの達者な顔を見に来ただけだよはははは!」」
セルバンテスはたっぷりと咳をかけておいた温州ミカンを5、6個クフィーヤから取り出してコタツの上に置いた。さりげなくである。
「・・・眩惑大人、顔色不自然、風邪疑惑」
「・・・十常寺、もう少し楽な喋り方はできないのかね、風邪?何言ってるんだい私は十傑集だよ?風邪なんて引くわけないじゃうぇーげっほげっほげっほ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
怒鬼は相変わらずの寡黙であるが、にっこり笑うセルバンテスのバロメーターが桃色から青へと変色していく様を見逃さなかった。心持ちセルバンテスから身を遠ざける。
「ああ、そうだカワラザキ、幽鬼は今どこにいるのかな?」
「や」
大回廊の向こう側から笑いながら近づいてくるクフィーヤの男の姿を見た途端、幽鬼は「脱兎」と例えられる動きでその場から逃げ出しセルバンテスが一言も言い終わらないうちに姿を消し去った。彼の持ちうる天性の勘が防衛本能に訴えたらしい。
「あ・・・幽鬼・・・って・・・。っち・・・さすがと言うべきかなんて勘の鋭さだろうね・・・」
しかしこれで引き下がる眩惑でもなく、幽鬼の執務室のドアノブにいっぱい咳をかけトラップを仕込んでおいた。
「これでよし、と・・・おや?あれはレッド君ではなかろうか・・・」
何も知らないレッドが大回廊の端の角を曲がろうとしていたのを見つける。
「いやぁレッドくーん元気かねー?」
「!!!!」
人生でただの一度たりとも背後を取られたことの無かったレッドは初めて唐突に後ろから肩に腕を回された。気配など微塵も感じなかった。驚愕どころの事態ではない、忍者たる自分が背後を取られたことに動揺を隠し切れない。
「セ・・・セルバ・・・!!!」
くないでプッスリ眉間を刺してやろうかと振り向いたそこには青白いを通り越して白い顔をしたセルバンテス。浮かべている笑顔も気持ち悪かったが何よりも赤っぽい色であるはずの紋様が・・・アメフラシのような発色になっているのがヤバさを感じさせさすがのレッドもたじろいだ。
「おい・・・お前死んでるんじゃあないのか?どうみても死人だぞ」
だから気配を感じなかったのか?とレッド的には思いたい。
「うふふふ冗談キツいよレッド君うぇーーげっほげっほ」
「うっわ!きったな!!!!」
「うらめしやーってうわははははげぇーーっほげほげほうふふふふふふふ」
「わーー!!!寄るな寄ると殺すぞ!!あっち行け!シッシッ」
普段なら眉一つ動かさずに相手の息の根を止める彼だったが、迫ってくる男の逝った顔が生理的に受け付けられない。彼らしからぬ怯えを面白がるセルバンテスは尚も追いすがる。
「何をしているんだ?騒がしいな・・・レッド?セルバンテス?」
間の悪い男である。
きっとこの間の悪さが将来の彼に影を落とすであろうが今はそんなことはどうでもいい。大騒ぎを聞きつけて執務室から顔を覗かせたのはヒィッツカラルドだった。
「びゅーてぃほーわんだほー素晴らしきいえーーい!!うげぇっほげぇっほうははははは」
「どけ!ヒィッツカラルド!!どわーー!!!」
「のわあああ!!」
(暗転)
「はぁはぁはぁ・・・さてと・・・うふふふふ~後は残月と樊瑞かぁーあはははははははおえーっげほげほげほうひひひひひhhh」
自分がすでにデッドラインを超えてしまったことに気づかないまま残月の執務室へと足を向けるセルバンテス。そして残月の執務室をノックしようとした・・・がそこでプッツリとテンションの糸が切れてしまい倒れてしまった。
「うん?何か物音がしたような・・・・」
残月が執務室のドアを開けてみればゴキブリが突っ伏したような格好の男が足元にいた。見てみぬ振りをするのが最善であると判断して速やかにドアを閉めようとしたが
「あ、セルバンテスのおじ様!大丈夫ですか?」
執務室の中から出てきたのはサニー。残月の元に本を借りに来ていたのだが倒れている男に気づいて駆け寄ってきた。
あのあと結局サニーが心配するので仕方なくセルバンテスを介抱する羽目となった残月も撃沈。そして当然と言うべきかサニーも撃沈、サニーを看病した樊瑞も仲良く撃沈。
セルバンテスの目的はこれ以上なく達成されたと言っていいかもしれない。
「ごめんよサニーちゃん・・・」
「いいえ、けほけほ、おじ様が元気になって良かったですわ」
「サニーちゃーん・・・うううおじさん超反省しているよ・・・サニーちゃんにだけは風邪を伝染すつもりはなかったんだ信じて欲しい、本当にすまなかったね」
サニーのおでこにそっと氷嚢を乗せてやる。例の北極の氷がこんなことに使われることになろうとは、さすがのセルバンテスも思いも寄らなかった。
「じゃあ温かくしてお休み、元気になったらお詫びをさせておくれ」
「うふふ、はい、おじ様・・・けほけほ」
サニーの見舞いを終え、意気消沈のセルバンテスをBF団本部で迎えたのは9人の男たち。一人を除いて全員マスクをつけている。
「はは・・・はははは・・・ちょ・・・待ちたまえ君たち・・・」
殺気が空間を黒く染め、気のせいが次元すら歪んで見える。
「さあ、どうこの始末をつけてくれるのだ眩惑の・・・げっほげっほ」
覆面の残月がマスクである、シュールな姿でセルバンテスに煙管を突きつける。
「十傑集裁判でもやるか」
「それはいいな、久しぶりに腕がなる、げっほげほげほ」
ヒィッツカラルドとレッドが残忍な笑みをう浮かべる。
「ま、待て待て待ちたまえ十傑集裁判だなんて縁起でもないははは、ここは穏便に・・・」
「何を穏便に・・・だと?セルバンテス」
地の底から響くようなスーパーウーハーはアルベルト、他の誰よりもドス黒い殺気を放って地獄の鬼も裸足で逃げ出すような形相。
「サニーによくも性質の悪い風邪を伝染してくれたな・・・・・」
「あ・・・あは・・・ふっ不可抗力だよアルベルト・・・私は決してサニーちゃんに伝染そうだなんてこれっぽっちも思ってなんか」
腰が抜けて顔が引きつらせつつも後ずさりするが、アルベルトに確実にジリジリと追い詰められていく。
「げっほげほ・・・しかし何故アルベルトだけが風邪をひかんのだ」
トラップにひっかかってしまった幽鬼の疑問。
それにうっかりいつもの調子で答えてしまったのは・・・
「そりゃあ、昔から言うじゃあないか『馬鹿は風邪をひかない』ってね~!ははは」
渾身の衝撃波はBF団本部を半壊させた。
そして
北極点で発見されたのはバロメーターを黒にしたセルバンテスだった。
END
風邪をひいた十傑というわけですがサニーちゃんが殊の外早く回復して一安心。やっぱり衝撃の血は凄いよ、眩惑に対して免疫があるのかどうかは知らんけど(笑)。で、他の十傑たちもボチボチ回復していくんだけど意外な事に残月が長引いている。ほら、眩惑ウィルスだからまとも人間には厳しいんだよ。ちなみに残月の次に直りが遅かったのは幽鬼ね(爺様の熱心な看病のお陰で完治)。ある意味自分のために風邪を引かせてしまったからサニーちゃんも申し訳ないと思ってお見舞いに(本当は眩惑が元凶だけど)。執務室に隣接されてる小部屋で寝込んでいる残月、家帰って寝ればいいのに仕事がたまるのが嫌なんだよこの人。無理してでも仕事をこなす十傑の鑑(だから直りが遅いのかもしれんけど)。そこへサニーがやってきて「残月様、具合はいかがですか」「うむ、まだ熱があるようだ、サニー私に近づくとまた風邪をひいてしまう気遣いは無用だから帰りなさい」なんつって。例の覆面をそのままに寝込んでもいいけどどう考えても頭頂部が邪魔だからあそこだけ取って髪の毛(地毛だかウィッグだか不明)が出てる状態を想像していただきたい。でもサニーちゃんは「私はもう大丈夫です」といいつつお見舞いのりんごをむいてあげる。お、ちょっと絵になるシーンですよ。むいてくれたりんごを残月が手に取ろうとしたら「あ、駄目です、はい残月様」といきなりサニーがりんごを手にとってにっこり笑って残月にアーンの状態。サニー的にはお詫びの気持ちなんだよこれが。さすがにどうしたものかと悩む残月、まぁ役得だと思って甘んじて受けるのも悪くはなかろうと苦笑しつつ彼もまたアーンの形に。「ざざざ残月っっききき貴様ぁあ!!」はい毎度おなじみ後見人のご登場ですよ。残月を見舞ってやろうかと思って魔王が来たんだよ、タイミング悪いことに。「どうも怪しいと思っていたら貴様サニーのことを!」ほら、年齢が一番若いしサニーちゃんを可愛がってるしできる男だしイイ男っぽいしサニーちゃんも慕ってる感じだし魔王的には2人の関係はちょっと気になっていたわけだ。しかも目の前でまるで恋人がするかのようなアーン。お似合いなだけに魔王超ショッキン。そんなのサニーがまだ幼い頃にしかやってもらったこと無いのに!「なんだ、樊瑞いたのか何か用か」しれと答えるのはもうりんごを口に入れちゃった残月。サニーがアーンしてくれたりんごは美味しいよ。「吐けっつ吐き出せっ」風邪っぴきの残月の胸倉掴んで魔王必死、でも残念全部食べちゃった。「おじ様っ残月様は今体調がお悪いのです、乱暴はおやめください」ガーン!サニーまでこんな覆面男の肩を持つのかああああ!完全に冷静さを失った面白魔王はサニーと残月が挙式をあげている絵を思い浮かべて号泣&脱兎。昨日までそこにいたのはサニーと自分だったのに!!!!(笑)「まったく何しに来たのだあの男は」「残月様、大丈夫ですか」「うむ、せっかくだ、りんごをもう一つもらおうか」「はい」サニーのアーンしてくれたりんごのお陰で次の日には完治した残月さんでしたとさ。ちなみにあとでその話を聞いたバンテスは指を咥えて「いいなぁー残月」とうらやましげ、アルベルトは相手があの残月だから「あ、そう」程度。魔王ひとりがまだ泣いてます。
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