血の臭いがする。
おそろしくなどはないと、サニーは思った。
誰かの流した血も、自分の流した血も。自分が流させた血も、何もおそろしくはない。
どろりとしたゼリー状の黒っぽい赤。
ずるりと擦り付ければそれは鮮やかなくれないに染まる。
透き通る液体にとろけて赤はすぐさま不可視となる。
浮き上がる。
触れた先から流れ落ちる。
(いた...)
(痛い)
つっと線を引いて流れる。流れる。
(イタイ)
その目に涙はなかったが、多分それは慟哭なのだった。
まるで嗚咽なのだった。
嗚呼。
どうしたことだろう、これは。
何がこんなにも。くるしいというのだろう。
赤に指を浸して、唇に擦れば死に化粧。だが、死体は死体であってそれ以上でも以下でもなく、化粧なぞしたとて所詮それは朽ちるだけのモノ。意味はない。
意味はないから良いのやも知れぬと思った。
そもそも死に化粧とは、何処ぞの風習であったろうか。
ああ、それもいい。
そんなこと、本当はどうでもいいのだった。
ただ、赤。
赤が散る。
流れる。溶ける。揺れる。落ちる。濡れる。染まる。
ああ、嗚呼。
こんなに血が流れて。
サニーはうっとりと笑う。
いっそ殺意にその身を焦がせばいい。
それはなんと甘美な毒。
いっそ。
どうして。
心臓のある辺りがじくりと痛んだ。
あぁ、満たされないのは、
焦がれているのは本当は
けれど、うしなわれたものは今はもう遠く隔てられて戻ることはない。
分かっていた。
分かっていた。
分かっていたのだ。
滴り落ちる赤は涙の代わりに。
おなかが いたい
誰も救けてはくれないと分かっていた。
誰も彼も、サニーの前からいなくなってしまう。
どうせ短い永劫の内には何もかもすぐに失くなってしまうのだけれど。
ゆらり、ゆらゆら揺れる紅。
積み上げた屍の山は黒く霞む。
き え て な く な れ 。
どうして、人は誰も大人にならねばならぬのだろう。どうして、時間は無情にも流れ無常流転の世にあってまもりたいものでさえ必ずやうしなわれねばならぬのだろう。あかい。
それをあきらめるということが大人になるということであるならば、大人になどなりたくない。
「...厭」
軽く眉根をよせると、余計辛いような気がした。
ああ、だから笑っていなくては駄目なのだ。
くるしくとも、笑っていなければ。
苦しい顔をすれば余計苦しくなるのだ。哀しい顔をすれば余計哀しくなるのだ。
だから。
どろりと溶けてねとりと張り付く。
さらさらと流れる赤は確かに水のよう。
血液はもっと黒いものと思っていた。こんなに鮮やかな色をしているなんて、思ってもみなかった。
こんなにも赤は冷たくて。
拒絶、するのかされるのか。
指に絡ませれば薄く色づいて、酷く汚い。
嫌いだと思った。
ああ。
どうして、大人になんかならなきゃいけなかったんだろう?何も捨て去りたくなんか、なかったのに。
了
おそろしくなどはないと、サニーは思った。
誰かの流した血も、自分の流した血も。自分が流させた血も、何もおそろしくはない。
どろりとしたゼリー状の黒っぽい赤。
ずるりと擦り付ければそれは鮮やかなくれないに染まる。
透き通る液体にとろけて赤はすぐさま不可視となる。
浮き上がる。
触れた先から流れ落ちる。
(いた...)
(痛い)
つっと線を引いて流れる。流れる。
(イタイ)
その目に涙はなかったが、多分それは慟哭なのだった。
まるで嗚咽なのだった。
嗚呼。
どうしたことだろう、これは。
何がこんなにも。くるしいというのだろう。
赤に指を浸して、唇に擦れば死に化粧。だが、死体は死体であってそれ以上でも以下でもなく、化粧なぞしたとて所詮それは朽ちるだけのモノ。意味はない。
意味はないから良いのやも知れぬと思った。
そもそも死に化粧とは、何処ぞの風習であったろうか。
ああ、それもいい。
そんなこと、本当はどうでもいいのだった。
ただ、赤。
赤が散る。
流れる。溶ける。揺れる。落ちる。濡れる。染まる。
ああ、嗚呼。
こんなに血が流れて。
サニーはうっとりと笑う。
いっそ殺意にその身を焦がせばいい。
それはなんと甘美な毒。
いっそ。
どうして。
心臓のある辺りがじくりと痛んだ。
あぁ、満たされないのは、
焦がれているのは本当は
けれど、うしなわれたものは今はもう遠く隔てられて戻ることはない。
分かっていた。
分かっていた。
分かっていたのだ。
滴り落ちる赤は涙の代わりに。
おなかが いたい
誰も救けてはくれないと分かっていた。
誰も彼も、サニーの前からいなくなってしまう。
どうせ短い永劫の内には何もかもすぐに失くなってしまうのだけれど。
ゆらり、ゆらゆら揺れる紅。
積み上げた屍の山は黒く霞む。
き え て な く な れ 。
どうして、人は誰も大人にならねばならぬのだろう。どうして、時間は無情にも流れ無常流転の世にあってまもりたいものでさえ必ずやうしなわれねばならぬのだろう。あかい。
それをあきらめるということが大人になるということであるならば、大人になどなりたくない。
「...厭」
軽く眉根をよせると、余計辛いような気がした。
ああ、だから笑っていなくては駄目なのだ。
くるしくとも、笑っていなければ。
苦しい顔をすれば余計苦しくなるのだ。哀しい顔をすれば余計哀しくなるのだ。
だから。
どろりと溶けてねとりと張り付く。
さらさらと流れる赤は確かに水のよう。
血液はもっと黒いものと思っていた。こんなに鮮やかな色をしているなんて、思ってもみなかった。
こんなにも赤は冷たくて。
拒絶、するのかされるのか。
指に絡ませれば薄く色づいて、酷く汚い。
嫌いだと思った。
ああ。
どうして、大人になんかならなきゃいけなかったんだろう?何も捨て去りたくなんか、なかったのに。
了
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