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紫煙



城の居室で暖炉の火がぱちぱちと音を立てていた。
戸が開かれ冷気と共に人の入ってくる気配がする。
同時に辺りに漂う甘い香り。

「ここは禁煙だぞ。」
ゆっくりとソファーから体を起こしながら、城の主は訪問者をたしなめた。
「まぁそう固いことを言うな、樊瑞。」
訪問者は城の主の言など気に留める様子もなく、紫煙をくぐらせている。

樊瑞は眉をひそめ、己の膝で寝息を立てている幼子に目を移した。
「アルベルト、お主が来るというので先ほどまで起きて待っていたのだが…。」
「任務では仕方あるまい。」
中年が二人、すやすや眠る幼子を見つめてため息をつく。
その姿は育児で悩む夫婦のようで、もし眩惑がこの場にいれば後々まで笑いの種にされたであろう。

アルベルトは一応すまないと思っているようで、手には土産を提げていた。
ごま卵というそれは、如何にも帰る直前駅で買いましたという代物で、
元貴族のアルベルトには似つかわしいものではない。
今回の任務はアルベルト単独のもの。
とするとこの土産はアルベルト自身が買ってきたものに違いなかった。
幼い娘サニーのために。

― 釣りはとっておけと言って店員を困惑させはせなんだか。
買い物をするアルベルトの様子を想像し、樊瑞はなんとも可笑しくなった。

「笑うな」
考えが顔に出ていたらしい。
「ところで最近十傑入りしたあの若造、あいつが持っている煙管、あれはお前が以前使っていたものではないのか。」
気に障ったらしく、台の上に土産を放り投げるとアルベルトは話題を変えた。
「ああ・・・あれは儂にはもう必要ないのでな。」
思わぬ問いに少し間を置き、やがて遠くを見やるようにして樊瑞は答えた。

― あれはどれくらい前の事だったか。



雨が、
激しい雨が降っていた。
戯れに降りた下界。

肉の焦げる臭い、うめき声、この世のものとは思われぬその光景。
世界は火に包まれ、次に雨が降った。憎しみと悲しみの雨。

絶望。

それ以上この状況にあう言葉が果たしてあるだろうか。
愕然と立ちつくす己に好々爺が手をさしのべてきた。
共に来るか、と。

連れて行かれた先はBFの御前。
戦慄いた。足が震え、全身から噴き出す汗。
なんという圧倒的存在。ひれ伏さずにはおられない。
深々と下げた頭はこの御方の前では二度とあげられはしないだろう。
― すべては我らのビッグファイアのために。
この御方ならあの炎に勝てるに違いない。
それは希望として胸に宿り、いまだ燃え続ける。

それからは任務に明け暮れる日々。
二仙山仕込みの仙術を使うことに躊躇いはなかった。
この力で世界を変えられる、いや変えてみせると、そう思っていたのだ。
若かった。
己の目的以外何も見えぬほどに。

好々爺は十傑集と呼ばれるBF団幹部のリーダーで、名をカワラザキといった。
そのカワラザキの爺様の推挙によって、十傑の末席に加わるのにそう時間はかからなかった。
まだ二十歳にも満たぬ身ゆえ、若造、若輩者と侮られぬよう煙管を持った。
煙草ははじめ不味いとしか思われなかったが、時期に慣れると意地を張った。
無理をするなとカワラザキの爺様には笑われた。
ほぼ同時期に十傑入りした者達にもやはり笑われた。
白い布を纏った胡散臭い男と、葉巻をくわえたいけ好かない男。

これが若き日のセルバンテスとアルベルトであるのだが、初めの印象はすこぶる悪い。
莫迦にされているような気がした。いきがっている仙道風情と。
いや、実際莫迦にしていたに違いない。そういう連中だ。
そういう質なのだとわかってからは、腹立たしくもなくなった。
今では笑い話と言えるかもしれない。

しかしこの第一印象の悪さが払拭されたのは、随分経ってからである。
きっかけはアルベルトが幼いサニーを自分に預けたことだった。
自分に初めて出来た守るべきもの。それから自然と肩の力が抜けていった。
目の前あるのは自分を必要とする小さな二つの赤い瞳。

煙管はもう必要なかった。

それからしばらく引き出しの奥にしまい込んでいた煙管。
それがこの間、異例の人事でいきなり十傑入りした若者を見た時、図らずも昔の自分を思い出した。
若者の、肩肘を張り、侮られまいとする態度は、まさに昔の自分そのものだった。
何やら懐かしく、肩入れしてやりたい気分になり、煙管を取り出し、祝いだと言って残月という若者に手渡した。
残月がマスクの下でどんな表情をしたのかはわからない。
困惑か、喜びか、はたまた―
だが、満更でもないらしく、煙管は残月によって磨かれ今も彼の手にあった。
奴は伸びる。直感だが、外れはしないだろう。
そう、志半ばで逝かぬ限りは。
残月の煙管があの時の煙管だと分かる者はもう十傑でも数名しかいない。
アルベルトはその中の一人だ。
それほどに年月は流れ、血もまた流れていた。



と、膝で寝ていたサニーが急にむずがり出した。
「それ見たことか。お主が葉巻など吸うからだ。」
そう言うが早いか、樊瑞はサニーを抱きかかえ、煙の充満した部屋から出ていった。
寝室へ寝かせに行ったらしい。
「まったくマメなことだ。」
これ見よがしに紫煙を吐きながらアルベルトはあたりを見回した。



― 住まいはその者を映し出す鏡とはよく言ったもの。
部屋には暖かみというようなものが漂い、城全体を覆っていた。
自分の凍るような居城とはひどく印象が違う。

扈三娘に死なれてサニーをどうするかと考えた時、なぜか樊瑞の顔が浮かんだ。
樊瑞の第一印象はくそまじめでお堅い仙道だった。
肌が合うとは思われず敬遠していたのだが、いざという時浮かんだのは盟友の顔ではなく、
この仙道の顔だった。
さして興味があったわけではない。
ただこの男は信頼がおける、そういう確信めいたものがあった。
娘を預けた関係上話すようになりうち解けた格好だ。
面白そうだと盟友も加わって、最近は三人で酒を飲む事もある程で。
子どもが好きな樊瑞はサニーを自分に娘のように可愛がり、サニーは素直でまっすぐな娘に育っている。
その性格がBF団の任務に向くかどうかは別の話であるが、子育てとしてみれば成功ではないだろうか。
サニーは年々扈三娘に似てくる。自らと繋がるものは赤い瞳くらいのもの。
しかし強力な力は幼いながら明白だった。
その力をあの狸が放って置くはずがない。狼の牙さえも利用する喰えぬ狸の謀。
化かし化かされ気づけばいつも藪の中。

言わばここはつかの間の夢の城。
そしてどうやら夢の終わりは近いらしい。操り人形とともに事はすでに動き出した。
だが今は、あの幼子の小さな夢が少しでも長く続く事を祈っておこう。
幸い、外は一面白銀世界。
狼も狸も春になるまでは、ねぐらで大人しくしていよう。



「待たせたな。」
そう言い帰ってきた樊瑞の手には酒とつまみ。
久しぶりに一杯やろうというのだ。幸い二人とも明日は一日空いていた。

―雪を見ながら酒に興じるのも悪くはない
―が、
「たまにはお前も一本どうだ。」
そう言ってアルベルトは葉巻を差し出した。
サニーの大好きな「おじ様」も近頃はいろいろストレスが溜まるらしく、
「サニーには秘密だぞ。」
と念を押し、ありがたく葉巻を受け取った。
「今日くらいはよかろう、どうせもうこの部屋ではお前が吸おうと吸うまいと大して変わらん。」
天井を見れば、確かにアルベルトの言うことはもっともで、樊瑞はうまそうに紫煙をくぐらせた。

翌日、目を覚ましたサニーがまず始めにしたことは換気であったそうである。
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