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獣の目(前スレ509・>428・>429・>430・>431・>432・>433の続き。)
 作者419さん

正寝の驍宗の執務室に呼ばれた李斎は、気付くと榻に押し倒されるような格好で驍宗と対峙していた。
「李斎……」
 常には冷たいまでの視線が熱を帯びているように李斎には見えた。
 だがそれは獣が獲物を狙う眼だ。
「主上……?台輔のことでお話があるのでは……」
「それは口実だ。お前を呼び寄せるための……」
 驍宗は囁きながら李斎の胸元に顔を寄せた。
 罠――。
 それに気付くとぞっ、と恐怖が背筋を這い登った。
 慌てて身を捩るが、すぐに腕を押さえつけられる。足をばたつかせてものしかかってくる身体は揺らぎもしない。
 唇を噛み締めながら李斎はきっ、と驍宗を睨みつけた。
 それが、李斎に出来る最後の抵抗だった。
「良い貌だ。お前にはそんな貌が良く似合う……」
 驍宗は口元に笑みを浮かべて李斎を見た。
「初めて見たときから、欲しいと思っていた……」
 そう言って驍宗は李斎に口付けた。固く閉ざした唇をこじ開けて、驍宗の舌が滑り込む。
 熱く、激しく絡められたそれに、李斎は抵抗できないまま引きずられていった。
 躰の奥、脳の奥が蕩けていく。
 ――喰われる。
 そう、思った。


「んっ……ふっ……」
 濃厚な口付けを交わしながら、驍宗の手がやや性急に李斎の長袍を剥ぎ取る。
途中、布地が裂けたことも驍宗はお構いなしだった。
「人が……来ます……」
 そう口にした。その身を被うものが無くなる心細さで。
「誰も来ない。蒿里以外は入れるな、と言い置いてある」
「では、台輔が……!」
「来るやもしれぬな」
 素っ気無く驍宗は言い捨てて、性急なそぶりで李斎の身体に残る襦裙の胸元をこじ開ける。
 李斎は血の気が引くのが分かった。
 台輔がここに来るかもしれない。
 あの幼く、汚れのない麒麟にこんな場面を見られるかもしれないと思うと、身震いがした。
「怖いか?」
 驍宗が手を止めた。笑みも何もない、射抜くような眼。
「……いいえ!」
 それを真っ向から跳ね返して、李斎は驍宗を睨みつける。

「そうだろうとも。お前なら、そう言うと思っていた」
 驍宗は軽く口の端を上げて笑った。李斎のそれが、虚勢に過ぎないと気付いたのだろうか?
 李斎の胸元に顔を埋めようとした驍宗は李斎の胸を押さえつけるさらしに気付いて苦笑した。
「……無粋だな……」
 李斎の首筋に噛み付くような口付けを落として、そのさらしをも外そうとした。
 李斎は唇を噛み締めて胸元に伸びる手を振り解こうともがく。
 あっさりと手首を掴まれ、それは叶わない。
「残念だな。わたしはお前が欲しいのだ。諦めてやる気はない」
 ぞくっ。
 また鋭い視線に捕らえられる。身動きが出来ない。
 李斎は小さく息を吐く。
 この躰ひとつ差し出して済むのなら、それで良い。心まで奪われるのでなければ。そう覚悟を決めて驍宗から視線を逸らした。
 ただ、どうか台輔がこの房間には来ませんように……。
「李斎、何を考えている?別の男のことか……?」
「だとしたら、どうだというのです?」
「妬けるな」
 短くそう言い切った驍宗の手は荒々しい。
 強引に両手を頭上に押さえつけて、露わになった白い胸にむしゃぶりついた。
 日頃押さえつけられてはいたが柔らかさを失っていない胸を、痕が残るほどきつく揉みしだき、紅く色付く蕾を噛む。
「……っ……」
 痛みで、李斎がわずかに声を漏らした。
「すまないな、わたしは優しくは出来ない」
「…………」
 今更、何を言うのだろう?
 優しかろうが冷たかろうが、無理矢理奪われることには変わりがない。
 覚悟を決めた李斎には、もうどちらでも構わないのだ。
「李斎……」
 驍宗の囁く声に熱が加わった。
 肌に触れる息が熱い。
 李斎はぎゅっと目を閉じた。
 ――怖いのか、わたしは……。生娘でもないのに。
「李斎、李斎……」
 驍宗の唇が李斎の名を囁きながら、首筋、胸元、脇腹、太腿といった柔らかい場所を這う。
 触れられた場所が痺れるような気がしてくる。
 驍宗の手は飽きもせず胸の突起を弄っていた。痛み以外のむず痒さのようなものを感じる。
 それを振り払うように李斎は身を捩る。
 心は冷えているというのに、じわじわと躰が熱を帯びてくるのが分かった。
 ――駄目だ……!
 声を上げそうになって、李斎は唇を噛み締めた。
 意識すればするほど、感覚が鋭くなっていくことに李斎は気付いていない。
 李斎の意識とは別に、躰が勝手に反応を始めていた。
 驍宗の手が、唇が蠢くたびにその肢体がぴくり、ぴくりと震える。
「声を、出さないのか……?」
 驍宗が耳元で囁く。
 李斎はふるふると首を振って拒絶した。
「……強情なことだ。それでこそ、なのだが……」
 驍宗は忍び笑いを漏らしながら身体を起こした。身体をこわばらせている李斎を抱き上げ、自分の足元に座らせる。
「舐めてくれ」
 驍宗は李斎の手を自分の逸物に導く。
 軽く勃ち上がったそれに触れた李斎がぴくりと震えた。
「出来ないわけはないだろう?」
 李斎はしばらく唇を噛み締めたままじっと手元を見詰めていたが、意を決したように唇を寄せた。

長袍に隠れたそれを取り出すと、あまりの大きさに驚いた。
 しなやかな指で一撫でして、先端に口付ける。そのまま口に含んで舌を絡めた。すると、それが大きさを増す。
 それに戸惑いながら、茎を舐め上げるようにする。
 口腔愛撫というものの経験がないわけではなかったが、慣れているというほどの数をこなしたこともないので、どうしていいのか、李斎には分からなかった。
 ただ、たどたどしく舌を動かし、その下にあるふくらみを柔らかく揉む。
 驍宗が、括ることもなく流されたのみの李斎の髪に触れた。
 李斎は愛撫を続けながら上目遣いに驍宗を盗み見た。
 ――また……、あの眼だ……。
 鋭い視線がまた李斎を射抜く。その瞬間、かっ、と躰に火が点いたように熱くなった。腰の奥が疼き始める。
 李斎の気が緩んだのを見逃さず、驍宗は李斎の顎を掴んでさらに深く、自らのモノを飲み込ませた。
「……んっ……!」
 喉の奥を貫かれ、眉根を寄せて李斎は思わず声を上げていた。
「こんな貌も出来るのだな」
 驍宗の声もやや上擦っている。
 李斎の頭を掴んで、さらに激しく動かす。
 じゅぷじゅぷと淫らな音を立てて、李斎の愛撫は続いた。
 その口の中で、驍宗のモノは大きさと固さを増していった。
 ――口の端が切れそうだ……!
 李斎は必死になって驍宗の動きについていく。口一杯に押し込められるものは苦しいが、止められない。躰の奥が熱い。その熱に浮かされているようだ。
「……なかなか上手いな……」
 驍宗の手が李斎の耳朶に触れた。
 李斎の躰が跳ねる。
「そろそろ感じてきたか……?」
 驍宗は李斎を胸に抱き寄せると、腰にまとわりついたままだった袍を取り去る。ゆっくりと腰を撫で、先ほどから熱くなっている秘部に触れた。
 くちゅ。湿った音が響いた。

「かなり溢れているな」
 驍宗の肩に顔を凭れかけていた李斎は羞恥でかっ、と頬を染めた。
「……李斎……」
 驍宗は強引に李斎の唇を奪った。
 逃れられないように、頭の後ろを押さえつけ、歯と歯がぶつかるほど激しく舌を絡める。
「んっ……っ……」
 堪らず李斎は声を上げていた。
 驍宗はさらにきつく李斎の舌を絡め取り、吸い上げる。あまりの激しさに、口の端から唾液が滴る。
 驍宗の手は休むことなく李斎の秘処を弄っていた。
 上と下、両方を同時に愛撫されて、李斎の躰が震えた。腰が砕けるような快感が突き抜ける。
 溢れ出た蜜は驍宗の手を濡らしていた。
 驍宗は無骨な指を差し入れ、ぐちゅぐちゅと音を立てて掻き回す。
「…………!…………」
 李斎は息を止めて必死に声を押さえる。
 声を出せば終わりだと思った。
 躰だけではなく心のすべてまでも、奪われてしまう。
「李斎……」
 唇が離れると、驍宗が熱っぽく囁く。
 こんなことだけでも、躰の芯が蕩けるようだ。
 ――駄目だ……!
「李斎。声を、聞きたい……」
 李斎は激しく首を振る。
 一声でも上げてしまえば、きっともう、止まらない。
「頑固だな。そこが良いんだが……」
 驍宗は李斎を押し倒すと、大きく脚を開かせた。
 露わになった秘処に口付ける。
「……っ!」
 李斎の腰が跳ね上がる。
「李斎。気持ち良いんだろう?」
 ぷっくりと紅く膨らんだ肉芽を舌で突付き、蜜に濡れた花芯に指を差し入れて内壁を擦り上げる。響く淫らな水音。
 李斎が噛み切れるほど唇を噛み締めた。きつく握られた手は血の気が引くほど白くなっている。
「全く……、躰はこんなに悦んでいるというのに。可愛いな……」
 驍宗の言葉に笑みが混じる。
「どうしたら、お前がわたしのものになるのだろうな」
 驍宗が手を止めた。下から李斎を見詰める。
 李斎は戸惑ったように首を傾げた。
「わたしのものになれ、李斎。――もう、逃がさぬ」
 紅い瞳が李斎の心を貫いた。
 目線を逸らすように仰け反らせた白い首筋に、驍宗が顔を埋めた。
「……あぁ……」
 ついに、李斎の唇から喘ぎ声が漏れた。
「それで良い……」



 驍宗は満足げに笑った。
 李斎の脚を抱え上げ、屹立した宝重で最奥まで一気に貫いた。
 しとどに濡れた李斎の花芯はするり、とそれを受け入れる。
「あっ……!」
「……っ……、熱い、な……」
 息を詰めて驍宗は呟く。
 李斎を見詰める驍宗は楽しそうだった。結い上げた髪が解れ、汗ばんだ顔に掛かっている。
「李斎、李斎……」
 譫言のように囁きながら、驍宗は律動を続けた。
「あんっ、はっ、あ、あ、ぁ……」
 熱い吐息を吐き、激しく揺すぶられながら、李斎は快楽の底へ引きずり込まれていく。
 知らず知らずのうちに腕を驍宗の首に絡め、その逞しい胸に縋りついた。
 そうせずには、いられなかった。
 そんな李斎に目を細めると、驍宗は李斎の腰から背中を撫で上げた。
 鍛え上げられているものの、まろやかさを失っていないその躰こそ、驍宗が求めてやまないものだった。
「やはり、思ったとおり、だった……」
「……んっ……、なにが……ですか……、はぅっ!」
「……良いな、お前の躰は……」
「……っ!!」
 李斎がきっ、と顔を上げた。
「躰だけなら、それに相応しい者がおりましょう!」
「躰だけならな。わたしが欲しいのはお前だ、李斎」

驍宗は李斎に口付ける。
 李斎の口に唾液を流し込んでおいて、唇を離した。
「気丈で冷静で……、想像していた通り、好い女だった」
 二人の視線が絡み合った。
 睨む者と睨まれる者と。
 もうすでに、獣と獲物ではなかった。ただ、男と女が居るだけだ。
「ずっと気になっていた。……だから蓬山で出逢えたときは嬉しかった」
「…………」
 驍宗が一度動きを止めた。
 汗ばんで張り付いた李斎の髪を驍宗がぶっきらぼうに払いのけた。
 どちらからともなく二人は唇を重ねていた。
 李斎の心に、言い様のない想いが浮かんで、じわじわと広がっていく。
 甘い。
 すべてを奪われるというのに、胸は甘く疼いている。
 ――驍宗さまがわたしを……?
 李斎にとっても、驍宗は憧れであり、敬愛すべき主君だった。
 その覇気も、苛烈さも、人を惹き付けてやまない人柄も、そのすべてが李斎には眩しかった。
 それ故、ただ女としての躰を求められることは屈辱だった。
 だが、今、驍宗の腕の中で求められているのは、将軍である自分だ。
 そのことが、少しだけ誇らしかった。

 繋がった場所からは止めどなく蜜が溢れている。
 お互いの口腔を貪りながら、再び律動が始まった。
 耳に淫らに響く音が更なる興奮を呼び、快感を呼び、動きは止まらない。
「んっ……はぁっ……ああっ……!」
 堪らず李斎が声を上げた。
 突き上げてくる驍宗は激しい。躰の奥の奥まで貫かれて、崩れ落ちそうだ。
「良いな……、お前の中は……」
 耳元で囁く驍宗の息も荒い。耳朶に触れる吐息が、李斎の肌を粟立たせた。
 驍宗はそんな李斎の肌を撫でる。滑らかな背中はじっとりと汗ばんでいる。
 李斎の躰はぴくぴくと素直に反応した。下半身に熱が篭る。
「……絡み付いて、離そうとしない……」
 驍宗は一度、己を引き抜くともう一度ゆっくりと挿入する。
襞はしっかりと驍宗を締め付けて、熱く絡んだ。
 驍宗は息を止めて、大きく腰を回すようにして、李斎の内部を掻き回した。
「……あ、あぁっ……!!」
 感じやすい部分を刺激され、李斎は背中を仰け反らせて榻に倒れこむ。
 うっすらと涙を浮かべて喘ぐ李斎に、驍宗は笑みを浮かべて李斎の腰を引き寄せた。
 顕著な反応を示すその場所を、何度も何度も刺激する。
「……もっと乱れてもいいのだぞ……?」
 ただすすり泣くような喘ぎ声を漏らすのみの李斎を、驍宗が煽った。
 固くそそり立った胸の先端を舐め、赤く充血した肉芽を弄る。
「……はぅっ……ん!」
 李斎の手足がぴん、と伸ばされる。そろそろ、限界が近かった。

 その時だった。
「――驍宗様?」
 遠慮がちな声と共に扉が叩かれた。
「!」
 李斎は冷水を浴びせられたかのように凍りついた。
 その声は紛れもなく自国の麒麟、泰麒のもの。
 反射的に驍宗の顔を窺う。
 狼狽する李斎とは対照的に、驍宗は口の端を上げて笑った。
「あぁ、来たようだな……」
「……そんな……!このようなところを……」
 李斎は身体を起こし、驍宗から離れようとする。
 だが、驍宗はそれを許さず、腕を伸ばして李斎の腰を抱いた。最奥まで貫く。
 顔をこわばらせている李斎の胸に顔を埋め、鎖骨から首筋に唇を這わせた。
「驍宗様……、入っても宜しいですか?」
 あどけない泰麒の声が聴こえる。
 駄目だと思いながらも、驍宗が与える刺激は李斎にとっては快感でしかなかった。
「李斎……、気持ち良いのか……?」
 小声で囁きながら驍宗は柔らかい乳房を揉みしだく。
 李斎は唇を噛み締めて漏れそうになる声を押さえた。
 驍宗を止めなければ。こんな場面を見られるわけにはいかない。
 すっかり敏感になった躰は、李斎の理性を以ってしても抑えきれそうにない。
 ――欲しいのに……!でも……駄目だ!
 必死で自分を押さえようとする李斎を、驍宗は満足げに見ていた。

「蒿里――」
 驍宗が扉の向こうに呼びかけた。
「今取り込んでいる。出直してきてはくれぬか」
「……はい。わかりました」
 残念そうな響きを含ませた返事を返して、泰麒は自室へと戻っていったようだった。
 だんだんと足音が遠くなる。
 それを李斎は息を詰めて待っていた。躰の奥がじりじりと焦れている。
 それは随分と長い時間のように感じられた。
「――行ったな」
 泰麒の足音が完全に消えると、驍宗が李斎の耳元で熱っぽく囁いた。
 ほっと息を吐いた李斎を抱え上げ、榻に座った自分を跨がせるようにした。
「自分で動いてみろ。欲しいだろう、これが――?」
 李斎の蜜でテラテラと光る宝重の先端で李斎の肉芽を刺激する。
 李斎は息を呑んで驍宗を見詰めた。
 与えられる快感に負けるように、李斎はゆっくりと腰を沈めた。
 ぐちゅ、っと淫らな音を立てて、そそり立つそれを李斎が飲み込んでいく。
「……あぁ……」
 李斎の内部が驍宗のモノで一杯になる。
 待ち望んだ快感に、李斎の躰が震えた。躊躇いがちに腰を動かす。
「我慢しなくて良い。乱れてみろ……」

「でも……」
 そう言いながら、動き始めた腰は止まらない。
 固く屹立した肉芽が擦れて、李斎は首を振る。うねるように快感が腰のあたりから広がってくる。
「あ、あ…っ、ぁああ…!」
 驍宗は激しく下から突き上げた。
 そのたびに、きゅっ、と李斎の内部が狭くなる。
「……あぁ、良いな……」
 溜息混じりに驍宗が言った。
 柔らかい胸に触れ、その先端をこりこりと摘んだ。
「あん、あ……っ!」
 甘い反応が返ってくる。
 荒い息を吐きながら李斎が手を伸ばす。驍宗の首を抱き寄せて口付けを強請った。
 ねっとりと舌を絡めて、絶頂へと駆け上がる。
「あ、ああああぁぁぁぁ……ん!」
 李斎が高く啼いて、きつく驍宗を締め付けた。
 驍宗もそれに負けるかのように精を放ったのだった。


 李斎は驍宗の胸に凭れて、荒い息を静めていた。
 驍宗がそんな李斎の背中を撫でている。
 我に返った李斎がそれに気付いて、慌てて身体を退けようとした。
「……良い。もう少し、このままで……」
 驍宗がそれを遮った。
 逞しい腕できつく抱きしめる。
「主上……」
 少し困った顔で、李斎は驍宗を見た。
 紅い瞳がまっすぐに李斎を見ていた。
 ――完全に、捕らえられたのだ。この眼に……。
 李斎は小さく息を吐いて、気だるい倦怠感に身を委ねた。



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「鴻慈」 驍宗×李斎
   作者413さん


<鴻慈
路木。荊柏を謂ふ。泰王驍宗願ひて得たり。
季を問はずして白花開き、実は鶉の卵の如し。乾きて炭と成せり。
(元、荊柏は黄海にのみ育てり。是により戴の民冬を越す。
故に民、鴻基におはす者の恵む慈しみとして是、鴻慈と呼びたり。)
是故に転じて――>



 「主上、もう、このようなことは止めに致しませんか――?」
 寝室。書と、官服に、幾許かの武具。主の性質を示すかのように、
必要最低限の調度品がそこには並びたてられ誂えられたその部屋に、李斎はいた。
卓には二つ、小ぶりな品の良い杯と、酒瓶とか置かれている。
今宵李斎は驍宗に、平生自分の行う働きを労うが為に呼ばれたのだ。
 李斎がこの部屋に足を運ぶのは、何も初めてではない。
もし単に自分を労うだけだというのであれば、何も寝室でなくとも、
幾らでも部屋はあった。それでも驍宗が寝室に、と他人の目を盗んで自分を呼んだのは、
それなりの事情故であった。その、事情というものが、
政(まつりごと)における内密な話でもないということにも、
李斎は気付いていた。先刻の台詞はそれを踏まえた上でのものであった。
 「――李斎?――一体、どうしたと言うのだ。そのような――。」
 「――この様なことが、露見すれば配下の士気に関ります――。」
 何か、言われたか。黙し、ただ、俯く李斎に、驍宗は呼びかけ、
そっと顔を近づける。猶も面を上げようとしない李斎に、李斎。と、
再び驍宗は呼びかける。
 「――驍宗様は、御存知で有らせられぬのですか?
私が、驍宗様のお情けにより、此処に召し上げられたのだと――!」
 顔を背ける。面を上げた瞬間に目にした、驍宗が紅いその眼を見張った様を、
見つめることは出来なかった。その視線から逃れるように、視線を、
首を横へと背け、胸に溜まっていた汚濁を吐き出す。
 「――私は、そのようなつもりで此処に参ったのでは有りません。
私がここに参ったのはただ、戴を思うての、一心で御座います。
そうして、驍宗様が、そのような想いで官を召し上げる方でないことも、
存じております。されど――。」


 「されど、何だ李斎。言うて見よ。」
 ――この様なことが、露見すれば配下の士気に関ります――。
 先刻と同じ台詞を李斎が音にすると、部屋には、沈黙という帳が下りた。
李斎はただ俯いたまま。驍宗はしばし、静かにそんな李斎を見つめていた。
互いに何も発することはなく、やがて、ちん。と、
軽く器が触れる音が部屋に響いた。次いで、こぽこぽという僅かな水音。
音は繰り返され、何かと思って面を上げると、一人、驍宗が杯を呷っていた。
 「……驍宗、様……。」
 なんだ。と、声がかかる。紅い瞳に、射竦められながらも。飲み過ぎは、
身体に毒です。どうぞ御自愛を。そう告げて、席を立とうと椅子を動かす。
瞬間。腕を、掴まれた。
 「な……。」
 何をするのだと抗議の声を上げようとしたところで、声は喉で押し留められ、
くぐもった音のみが、僅かに除いた唇の隙間から、零れ出る。息つく間もなく、
強く舌を絡められ、漸く解放されたときには脳が幾分まわっており、つ。
と唇からは、細くて長い糸が引かれた。そのまま間を置かずに抱き上げられ、
寝台の上へと強引に運ばれる。慌てて身を起こそうとするが、力で敵おう筈も無く、
両の腕は頭の上で固定され、普段王の髪を結わえているその紐で、留められた。
 「驍宗様!これは……!」
 声は、またしても言葉にならずに、驍宗の唇によって塞がれる。
舌を絡めとられ、息ついたと思うとまた、くちづけを与えられる。
くちづけに混じった、僅かな酒気。それも相まり再び眩暈を起こしかけたところで、
李斎。と、声が掛けられた。ぼんやりとしながら面を向けると、じっと、紅い眼は自分を見つめていた。
銀糸の髪が、赤銅色の肌に零れ落ちている。綺麗な人だと。こんな状況で、女ながらありながらもそう思った。


 「これは、仕置きだ。」
 言われ、さらりと衣をその手で剥かれる。纏った幾重もの官衣は、
やがて一枚の薄布を残し、全て寝台の下へと、投げ出された。
白地の肌着を縫い止める腰に巻かれた一本の帯も、驍宗の手によってするりと解かれ、つ、と。
指先を一本、首筋から両の谷間、腹部へと文字でも描くかのように、走らせられた。
自然、薄布はさらりとずれて、まるで両の頂のみを覆い隠すかのような微妙な広がりをみせて、扇を描く。
見られまいと僅かに膝を上げ、重ね合わせた白い両の太腿の合間からは、隠し損ねた赤茶けた糸がちらりと覗く。
その様を、驍宗は目を細め、眺める。
 ……酔われておるので、御座いますか。震えの混じった李斎の言葉は、そうかも知れんな。
という驍宗の言葉とともに、僅かな喘ぎに転化する。ひとつ、またひとつ。と、
白磁に負うた傷を丁寧に、指でなぞり、舐め解く。そうして、時に思いついたかのように、
李斎の唇を吸った。そうやって、肌に触れられ、愛撫され。されども両の山にも、
下腹部へと下りた秘めたるところにも触れられずに、
変わらず薄布は両の頂きに覆われたままで、やがて真から湧き起こるむず痒いような、
火照りのような感覚には自分でも、気が付いた。
 「見よ。李斎。……良い、眺めだ。」
 指摘をされて目を向けると、そこには、ぴんと張り詰めた両の頂きがあった。
薄布を、その頭によって持ち上げている。誰の目にも、今の自分の状態は明らかだった。
羞恥に顔を赤らめ、顔を背ける。そんな李斎の耳に唇を寄せ、李斎。と、
甘い声で驍宗は囁く。どうされたい、李斎。と。背けたまま、知りません。
と答えると、苦笑するような声が聞こえ、つぃ。と、軽く衣を弾かれた。
堅くなった頂きはそれだけでも強く反応し、一瞬びくりと身体を震わす。
くちづけとともに、それは舐め取られ、軽い嬌声を、李斎は挙げた。
 衣の代わりと掌にそれは覆われ、驍宗の思いのままに、かたちを変える。
その度に、李斎は零れ落ちそうになる嬌声を必死に噛み殺し、瞳を瞑って、
それに耐えた。手で、指で、唇で、指で――。一頻り驍宗によって弄ばれた後に、
吐いた息と共に、ぽろぽろ。と、李斎の眼から両の涙が零れ落ちた。李斎。と、
自分を慮る驍宗の声に、眼を開き、覆い被さる驍宗を涙目で見つめた。

 「驍宗様……。何故で、御座いますか。――御戯れであるというならば、
これは、あまりにも酷な仕打ちで御座います――。」
 李斎。と、再び自分を呼ぶ声の後に、一つ驍宗は溜息を吐いて、
そっと両手の縛めを解き、李斎の背を抱き起こす。
 「やれやれ、貴公は聡いくせに、妙なところで鈍くて困る。」
 苦笑をしながら、驍宗はその指で、未だ乾きらぬ涙を拭う。李斎、私は。
 「私は、貴公の力を認めている。だからこそ、此処へと招いた。
そして、戯れと先刻貴公は言ったが、それは異なる。一時の想いのたけに身を任せてしまうほど、
私は弱くも無いし、貴公を易い者とは捉えていない。他の誰でもない、
貴公だからこそ、求めるのだ。男として、これは不自然なことかな?」
 「……し、しかしながら。私のような無骨物の、どこが……。」
 「では、初めてこの寝台に互いに契りを結んだ夜。何故(なにゆえ)私が貴公を選んだとお思いか。」
 言葉に、かっと紅くなる。俯き、その時に思ったことを正直に、音にする。
 「……恥ずかしながら、わたくしを、好いてくださるものと想い……嬉しく、お受け致しました。」
 くつくつと笑いながら、指で李斎の顔を上げさせ、柔らかなくちづけをそこに落とすと、
「だから、貴女が好きなのだ。」と晴れやかに、驍宗は笑った。
 「お分かりになって居られないぬ故、少々仕置きをと思ったが。
どうも、酷過ぎたようだ。許して貰いたい。――御自愛を、等と述べるくせにお逃げになるから、
つい、辛く当たってしまった。」
 言われた言葉に、はっと自分の至らなさを思い返し、恥じ入る。
申し訳ございませぬ。と、驍宗の腕の中で小さくなった。貴公は。と、言葉が紡がれる。

 「貴公は、どう思われているのか。改めて、お聞きしても宜しいか――?」
 「――私は――。」
 ふと、見上げる。紅い、視線がぶつかる。惹かれていたのだ、はじめから。
出会うその前から、噂を耳にした、その時から。麒麟は王を選ぶ。
それと同じように、官は仕えるべき王を直感する。そうして男女の絆もまた、
それと同じようなものだ。だから、本当に、会ったその日から、ずっと――。
 「――お慕い、申し上げておりまする――。」
 笑みとともに先刻までとはまた違う、甘く深いくちづけが李斎は与えられ、
長いくちづけその後に、先刻の侘びが欲しい。と耳元で囁かれ――はい。と、
恥じらいながらも李斎は応じた。
 衣を解き、熱持つそれを手にすると、おずおず。と李斎はそれに舌を伸ばす。
知識はある。他の男と床を共にした経験も、また、ある。だが、
その数といっても同じ女官たちに比べれば圧倒的に少なく、何よりも、忙しさと、
生来の真面目な気質があってか、長い年月右手で数える限りであった。
結果、知識としては持っていても、こうしたことをする経験としては皆無となる。
これで本当に良いのかどうかも、不安になる。ただ、懸命に。歯が当たったりしないようにと、
舌を伸ばし、丁寧に舌を這わせる。驍宗からしてみれば、巧拙云々ではなく、
普段無骨なる相手が懸命に自分に奉仕するその様が何よりも好いのだが、
流石にそれを告げられよう筈も無い。ただ、李斎が紅い舌を懸命に伸ばしながら、
必死に行うその様を見て、目を細めた。もう、良いと制すると、
今度は自分が李斎を押し倒し、片足を、おもむろに持ち上げた。
 「ぎょ、驍宗さっ!?」
 先の行いで既に幾らか潤っていた其処に、舌を這わせる。
途端のことに李斎は身を堅くし、震わせるときゅ、と寝台の布地を掴んだ。
 「や、あッ!あッ、あぁん!」
 普段と異なる甘い声。酔わしているのは何時もこれだと、その様に内心苦笑する。
指をすっと差し入れると、大分濡れたせいか、躊躇いも無く其処は受け入れた。
もう少し遊んでみたい気もしたが、先程のことが頭を掠め、留めておいた。
自身をあてがい、射し入る。強く、鳴いた。
 動く度に洩れる嬌声。深く射し入れようと、或いは受け入れようと、
自然足は腰に回され、互い、全身で相手を受け入れる。合わさるところからは粘着性の水音と、
互いの肉体の打ち付けれらる音。声を挙げ、一際高い声を李斎は挙げると、ぴん、と腕を、背筋を張った。
とさり、と力なく腕を落とし、はぁ、はぁと上気し、潤んだ瞳で息をしている。
驍宗はそんな李斎を潰さぬように、手を付くと、再びくちづけを李斎に落とした。
 「驍宗、さま……。」
 うっとりと自分を見上げる李斎の耳元に、今宵は、長いぞ。とだけ告げると、
抗議の声も聞かずに李斎の身体を抱き上げ、自分の膝の上へと乗せる。
そのまま首に腕を絡ませ、腰を支えていた手を、位置を定めて解き放つ。
 「!ぁああああぁあっつ!!」
 そのまま微動だにせず、びく、びく。と李斎が自身のそれを締め付けるのを感じ取る。
そこがそうであると、腕にも力が篭もるのか、首に回した腕の力を強め、身体はより密着し、
李斎のやわらかな胸が、驍宗の胸へと押し潰された。
 「……李斎。」
 呼びかけに、驍宗、さまぁ。と甘い返事がした。瞳は涙で滲み、
普段はきはきとした態度と口調であるこの女の、そうした様にまた酔う。
李斎、動け。と、そう命じると、きゅっと眼を閉じながらも躊躇いがちに、
李斎は自ずから身を動かし始めた。出し入れされるその度に、ふっ。うっ。
と嗚咽のような声が洩れる。それから幾度目にさしかかったところだろうか、
すっと背を支え、寝台に李斎を横たええると驍宗は一息に貫いた。途端、
大きな嬌声がわきあがる。や、あぁ!と。涙を流し訴える李斎を無視し、
驍宗は止めずに幾度も、幾度も己の身体を打ちつけた。肉も、水も、音も、
吐息さえをも交じり合い、互いの名も、言葉として紡げぬようになり、
李斎は声にもならぬ嬌声を挙げると背を弓のように張って沈み、それを見た驍宗もまた、
小さなうめき声をひとつ挙げると、自分の下に横たわる李斎を、潰さぬようにと沈み落ちた。


 「王にとって、民とは自分の子のようなものだ。」
 さらり、と。髪を一房掬い上げ、それにそっとくちづけをする。
李斎はされるがままに、王である驍宗の腕に頭を乗せて、ただ静かにそれを聞く。
 「麒麟と王との関係は、主従だ。だが、それだけでもあるまい。
言わば、家族のようなものでもあろう。……李斎よ。願わくば未だ稚き台輔の母となってはくれぬか。」
 紅い目は強く。けれども優しい。李斎はその目より面を背けず、わたくしなどで宜しければ。
と、そう、前置きして返事に応えた。
 その答えに、驍宗はふ。と紅い瞳に弧を描かせると、配下にして妻なる者の唇へとそっと、くちづけを落とした。
 「李斎?」
 青年の呼び声に、はっと頭を上げる。どうやら少しの間、
眠ってしまっていたらしい。自分の後ろに座る青年が――あのとき、
幼かった台輔が心配そうに、少し休もうかと心配げに声を掛ける。その声に、
大丈夫ですよ。と優しく言葉を返す。慶を発ったその内から気を張りすぎていたせいか、
少しばかり、疲れがあった。
 「ねぇ李斎。休みたければ休んでも良いよ。奇獣に乗る程度なら、僕にも出来るし。
とらと飛燕だって休みながら行っているんだ。僕等も、ここはそうしよう。」
 「ですが。」
 「大丈夫だよ。飛燕だってそれが良いと思っているよ。ねぇ、飛燕。」
 泰麒の言葉を理解しているのか、していないのか。言葉にくぉん、と軽く吼えた。
ね、そうだって。と笑いながら泰麒は言う。
 「だから、ね。李斎?」
 「……分かりました。でも、先程休みましたので、その後台輔にはお願い致します。それで宜しいですか?」
 うん。いいよ。と、くつくつと笑いながら泰麒は答える。きっと、
変わらず生真面目な自分を思って、可笑しく感じているのだろう。
と、そこでとん。と李斎は背中に軽い重みがかかるのを感じた。ふと振り向くと、
泰麒が自分の背に頭を乗せている。
 「……李斎の背中って、お母さんみたいだね。なんだか、そんな感じがする。」
 実を言ってしまえば、泰麒は実の母親にそうして甘えたことなどない。
親代わりとなっていたのが女怪であり、女仙であったが故に、
先刻の自分の台詞が果たして正しいのかどうかなども、知らなかった。
そうして、李斎もまた、流された泰麒のかつての境遇など、知らなかった。
 「……よろしゅう、御座いますよ。台輔からそう思われるのは、光栄の至りで御座います……。」
 また、泰麒も知らなかった。李斎が何故そのように答えたのか。
それが、単なる上辺だけの感謝の意ではなく、心からのものであるのだということを。
ただ、泰麒は有難う。とだけ呟き、李斎は自分の腰に回された手に、そっと触れた。
 きっと、生きて行ける。
 李斎は漠然と、そう思った。
 驍宗は自らの子を民と言った。そして、泰麒もそのようなものだと。ならば、
自分がこうも泰麒を、そして戴の民を愛しく思うのは当然のことではないだろうか。
己の子を厭う母親が、一体どこにいよう。
 泰麒と出会えたのは、驍宗のお陰であり、こうして再び泰麒と出会えたのは、
景王の。いや、景王だけではない、多くの人々の尊い慈しみの心によって、与えられたものだ。
この希望を、決して無碍にはすまい。隻腕となれども、この手を決して離すまい。そう、思った。
 見れば、中天にあった月はその姿を薄れさせ、朝日を迎えようと空は白ばみ始めている。
この、暑い雲の下にも、どうか暖かな陽の光が照らしますようにと、
李斎は誰に祈るということもなく、そう願った。





 <鴻慈
路木。荊柏を謂ふ。泰王驍宗願ひて得たり。季を問はずして白花開き、
実は鶉の卵の如し。乾きて炭と成せり。
(元、荊柏は黄海にのみ育てり。是により戴の民冬を越す。故に民、
鴻基におはす者の恵む慈しみとして是、鴻慈と呼びたり。)
 是故に転じて人より受けし慈しみによる希望を謂ふなり。>
                          『群植録』

                             <了>


作者: 948さん   >948-949

臥牀の中、上半身だけ背凭れに凭れて、李斎はそれを見つめていた。
黒銀の細工の美しい腰帯の一端。
それは鋭く断ち切られて、血で汚れていた。
「主上……驍宗様」
その帯の残骸に頬を寄せる。
眼を閉じれば即座に蘇る、その美しい影。
剣を振り上げるしなやかな肢体。
流れるように舞う白銀の髪。
涙が頬を伝った。
ああ、私はまだあの人と繋がっていられる。
そう思うだけで、胸の中に熱いものが広がった。
一度は抱かれたあの力強い腕を思い出すと、頭の芯が蕩けるようだった。
熱くて、高く屹立した宝重。
それが李斎の中に入ってきた時の感動は今も忘れられない。
褥の中で驍宗は言ったのだ。
私の傍に来い、と。
自分の傍らで働け、と。
だから、迷わなかった。
紅玉の瞳に見つめられて、背中に回された無骨な指が温かくて。
突き上げてくるその力強さに焦がれて。
そうして李斎は、自分の命運を驍宗に預けたのだ。
驍宗は、必ず生きているはず。
そう、信じているから。
早く、早く逢いたい。
誰よりも崇敬している、愛しい御方。
驍宗に会えれば全てが解決するような気がした。
戴の国も救われ、泰麒と共に、また幸福な時が戻ってくるような気が。
「主上……戴を、いいえ……私をお見捨てにならないで下さい」
呟いた声は誰も聞いてはいないけれど、驍宗にだけは届いてほしかった。
後から後からまなじりからこぼれ落ちる涙が止められない。
独り、異国の褥の中で。
左手に帯を包み込むようにして、李斎はただ独り驍宗を想う。
もう一度あの腕に抱かれることが叶うなら、
利腕を失ってまで慶に来たことを、後悔なんてしないから。    

(驍宗×李斎)

*****

 慣れとは恐ろしいものだと李斎は思う。
 誰がこんな日を想像しただろうか。


 本来、李斎は自分の身の回りの事は自分でしてきたし、そうするのが当たり前だった。
 ほんの時折、人に身支度を手伝って貰う時があったが、それは、一人では着付けるものが難しいものだったり、普段しない化粧をする為だったり、とにかく、特別な時だけだった。


 だが、今。
 片手を人に預け、磨いてもらっている。
 伸びた爪を切り、やすりで切断面を整え、表面を磨く。
 そうして、ついでとばかりに手荒れをふせぐ薬を塗って貰っている。
「こんなものでいいか」
 独り言のように呟き、驍宗は李斎の手を離した。
 気分転換になってよい、と言って驍宗は時折、李斎の片方しかない手の手入れをする。
 驍宗にとって気分転換になっても、李斎にはそうではない。ただ、緊張するだけ。
 それがいつの間にか、慣れてきて、今では、驍宗の行動を見ていられるようになった。
 慣れとは本当に恐ろしいもの。
 ああ、でも。
 昔ほど緊張はしなくなったけれど、昔以上に。


 大切に想っている。







李斎は指輪を眺めた。
 指に納まっているのは、金色の指輪だ。その指輪に埋め込まれているのは赤い石。柘榴のように赤く、かの人の瞳の色を思い出させた。
 赤といえば、二人を連想させた。
 一人は、東の国の若き女王。
 美しく聡明で、年下だというのに、尊敬出来る女性だ。
 もう一人は、この指輪をくれ、指に嵌めてくれた人。
 怖い位に綺麗な紅の瞳の持ち主。
 指輪を持つ事事態初めてで、傷をつけやしないかビクビクしているのだが、それでも外そうという気にはなれなかった。
 大事にしまいこまれているよりも、こうして嵌めてくれていた方が嬉しいと言われた所為もあるけれど。
 こうして指輪を嵌めていると、もう一つの指で触れる事は叶わない。それを寂しいと思うけれど、まだ嵌める事の出来る指があるだけましなんだとも思う。
 飽きもせず、じっと眺めては、ほんのりと頬を熱くする。
 指輪一つでこんなにも幸せになるなんて。
 初めて知った。






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拍手5
交換日記

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交換日記 

*****

(驍宗×李斎+泰麒)

*****

「ねえ、李斎。こんなものを見つけたんだけど……」
 泰麒はそう言って、一冊の書物のようなものを卓に乗せた。
 古びたそれは表紙に題名もなにもなく、一見すると何がなんだか分からないものだ。だが李斎はそれを見るとぱっ、と顔を少し赤らめた。
「まあ、懐かしいですね。てっきりどさくさに紛れて失くしてしまったと思っていました」
 そう言って愛しそうに表紙を撫でた。
「中身、お読みになりましたか?」
「……う、うん。何がなんだか分からなくてつい……」
「ふふ。本当に懐かしい……」
 表紙を愛しげに触れ、一枚一枚、捲っていく。
「ねえ。李斎」
「はい、なんでしょう」
「これって何?」
「これはですね……」
「ほう、懐かしいな」
 男の声が割り込んだ。
「主上」
 李斎は微笑んでその冊子を驍宗に手渡した。
「そうでございましょう。私、もうてっきりあのどさくさで失くしてしまったと思っていました」
「私もだ」
「なんだか嬉しいですね。こうして残っているなんて」
「ああ、そうだな。……また、始めるか?」
「ええ、喜んで」
「……あのぅ、結局それって何なんですか?」
 繰り広げられる会話についていけなくて、泰麒は声をかけた。
「交換日記だ」
「蓬莱にはそういうものってなかったですか?」
 泰麒は心の中で叫んだ。
 交換日記というものは普通、嬉し恥ずかし、二人の愛の日記でしょう!
 どうして育児日記になっているんですか!
 その日記には、泰麒の成長記録のようになっていた。
 育児日記より先に、愛の交換日記をやってください!

 ……でも、泰麒はそれを言えなかった。
 楽しそうに二人が語り合っていたからだ。




gxc




 言葉もなく寄り添い、ただ、その花を眺めていた。
 白く小さな花は、触れると花弁が落ちてしまいそうになるほど、可憐なものだった。

 その一時の事を李斎は何故か今、とても懐かしく思う。
 随分と昔の事なのに、昨日の事のように思う。
 何か話さなくては、と思ったがこの沈黙を壊すのが怖かった。
 何を話せば良いのかわからなくて、声にならないのに、口を開けては閉じて。
 肩が触れるほど近くに同じ榻に並んで座り、視線を同じ花に向けて。
 頭の中が飽和状態で、何を話せば良いのか、ぐるぐると同じ事を考えている。
 例えば、昨日の食べた食事の事とか、今朝の、高貴な方がしでかそうとして、性悪な傅相に見破られ、失敗した小さな悪戯の事とか。
 話したい事はたくさんある。

 けれど、ただ、言葉もなく、寄り添っているのは案外、良いかもしれない。
 つまらない事を話して、呆れられるよりもずっと。

 暑い夏を初めて経験した。
 こんなに暑く感じたのは、黄海を旅した時以来だ。そして、黄海よりももっと暑い。
 だからだろうか、昔の事をよく思い出す。
 いや、それよりも、同じように寄り添っている二人の貴人を遠くから拝見したからだろうか。

 昔の事をよく思い出す。






     ~了~


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