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うろほろぞ
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大好きな映画の筈なのに、いつものようにその世界に入って行けない。
カタカタと続く映写機の音がやけに耳につく。
チラりと隣を盗み見る。隣の男はと言うと、売店で買ったスナックを(器用なことに音も立てず片手で)放り込んでは黙々と咀嚼している。だが興味が無いのかと言えばそれも少し違うようで、彼の目は銀幕を駆け回る子供たちを追うことをやめない。
自分が見ているのはその目だ。セピア調の映像に合わせて光と影が映りこむ。
その瞬きすら夕陽の映る水面にも似ていて目が離せなくなるのだ。
気付けば、映画よりその青い目を見ている時間の方が多いのではないだろうか。
あぁやっぱり、この人の青い目は映りこむ光が綺麗だ。
今更気付くべくも無く、普段何気なく見知っていたはずなのに。
改めた認識は意識に変わり妙な焦燥に囚われる。
もっとずっと見続けていられたら良いのに。

土と炎と硝煙の匂いが漂いそうな琥珀色の世界。駆け回る子供の姿。
いかにも彼女の好きそうな、とは少し違うような気もするが、オカルトと柔らかなメロドラマとが同居する。
なあ君は、俺がこの哀れな老教師のように孤児院を作り、それでも戦火の中に居続けることを選んだら。
いや、それよりももっと愚かしいことをするかもしれない。それでも君はついて来てくれるだろうか?
連れて行っても良いのか?なあ、パラメディック。
胸の内で問いかけた所で、この手が伸ばせないのだから答えは自分で出しているも同然なのに。
未練がましいこの手は、その肩に触れる5センチ手前で進めずにいる。
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リビングで葉巻を吸っていると、チャイムが鳴った。
時計を見ると19時を回ったところだった。
少し残業したんだろう。俺は玄関に行き、いつも通りドアを開けた。
「お帰り、今日は残業か?」
「ただいま!……そうなのよ、少佐に頼まれた事すっかり忘れてて!」
残業したのに疲れた様子はあまりない。
もっとも、パラメディックはいつもお喋りで元気なんだが。

俺たちの奇妙な同居生活が始まったのは、つい二日前の話だ。
今回の作戦のレポートを上げるという名目で自室に籠もりきりだった俺を心配して、家に来ないかと誘ってくれた。
もちろん、付き合ってもいない独身女性の家にやっかいになるなんてと最初は断ったが、彼女は意見を変えなかった。

疲れを癒すため、俺にはしばらく休息が必要……医者として彼女が下した判断だった。

期間は二週間。
場所は基地から少し離れた場所にある、パラメディックの家だ。
一人で暮らしているし、使っていない部屋もあるから気にしないでと、彼女は優しく微笑みながら誘ってくれた。

「あら、いい匂いね!」
キッチンから漂う香りに気付いたらしい。
「たいしたもんじゃないが夕食を作っておいたんだ。居候ならこれくらいしないとな?」
「ありがとう、スネーク」
パラメディックは俺の顔を見て笑った。
こんなとき決まって彼女は、母親が子供を誉める時みたいな優しい笑顔を見せる。

作戦が終わっても、俺たちはあの時の名でお互いを呼んでいた。
居候していれば当然彼女宛ての郵便も届くし、本当の名前はすぐに分かった。
彼女も俺のカルテから俺の名前を知っているはずだ。
バーチャスミッションとスネークイーター作戦……レポートを仕上げていないのもそうだが、まだあの出来事を完全には整理できていないと、彼女も分かっているんだろう。

ダイニングテーブルに料理を並べ、俺たちは食事をとる事にした。
白い皿に料理を取り分け、一口食べる。
食べてわかった。スープは普通に食える程度に仕上がったようだが、ミートパイはさっくりと焼けずに失敗してしまっていた。
「美味しいわ、あなた料理なんてできたのね」
「……無理しなくていいんだぞ?」
少し気まずい空気を味わいながら向かいに座るパラメディックを見ると、彼女は悪戯っぽく微笑んで赤ワインの入ったグラスを手に取り、一口飲んだ。
「無理なんてしてないわよ……蛇や蛙の丸焼きでなくて良かったとは思っているけどね?」
彼女の優しさに、思わずつられて笑ってしまった。
「蛇や蛙の丸焼きだなんて……さすがにそれなら蟹料理の方がマシなんじゃないか?」
こういう時、パラメディックは表情が豊かだ。俺の提案に、すぐに顔色が変わった。
「スネーク……私、休暇後の診断書はまだ書いていないのよ?」
「そのまま長期休暇に突入させる事もできるってわけか」
「この家で蟹料理なんて作るのは得策とは言えないんじゃない?」
冗談めいた口調で返し、穏やかな目で俺を見て言った。
ラジオからは流行りの曲が流れ、向かいにはパラメディックがいる。
つい先日の体験が夢の中の出来事に思えるほど穏やかな時間に、俺は無意識に安堵の溜め息をついていた。
彼女の家に来たのは、正解だったかもしれない。

食事をきちんと食べ、身だしなみを最低限整えて、明るい部屋で冗談交じりの話をする。
ただそれだけの事が実はとても幸福な事なんだと、彼女との生活で俺は気付く事ができた。

俺はミステリー小説でパラメディックは分厚い医学書という違いはあったが、夕食後はいつもリビングで読書をしている。
向かいのソファーに寝転んだ彼女は、シャワーを浴びて部屋着に着替え、リラックスした様子でページを捲っては時折何かをノートに書き留めている。
俺は不自然にならないよう注意しながら彼女に声をかけた。
「パラメディック、明日は休みなんだろう?」
「ああ、そうだけど……どうかした?」
「良かったら一緒に映画でも見に行かないか?」
言い終えて本から視線を外して顔を上げると、彼女と視線がぶつかった。
軽く目を見開き、なんだか驚いているようだった。
「なんだ、そんなに驚く事でもないだろう?」
「だって、あなた映画になんて興味なさそうだったから……」
言いながらもどこか楽しそうな顔をしている。
提案はそこそこ気に入ってもらえたようだ。
俺は安心し、話を続けた。
「たまに見てみたくなったんだ……君のお薦めの映画で構わない」
ピンク色の唇の端が引き上がり、可愛い笑みを作った。
「本当にいいの?……じゃあ、吸血鬼ものとか……」
「吸血鬼ものだけはやめてくれ」
スネークイーター作戦の時みたいに、また悪夢を見たらたまらない。
「スネークはどんな話が好きなの?……きっと冒険ものは嫌いよね、少佐が好きな007とか」
「そうだな、穏やかな気分で見られる楽しい映画がいい」
パラメディックは少し考え込み、何かいい案が思いついたのかぱっと明るい笑顔を浮かべ、俺に言った。
「それじゃあ、恋愛ものなんかどう?……マイフェアレディとか」

「マイフェアレディって?」
初めて聞く映画のタイトルだった。パラメディックはソファーから体を起こし、はらりと顔にかかった赤い髪を掻き上げながら、俺を見た。
「オードリー・ヘップバーンがヒロイン役をしている映画よ。ミュージカルなの」
「見たことは?」
「まだないわ。見たいとは思ってたんだけどね」
抱えていた医学書とノートをテーブルの上に置き、俺の隣に座った。
石鹸の清潔そうなやさしい香りが、ふわりと俺の鼻をかすめる。
一緒に暮らし始めたが、もちろん俺と彼女との間に男女の関係はない。
俺がこの家でしなければならない事は休息だ……パラメディックは親切な友人であって、それ以上の感情を抱いてはいない。
そうは思っていても、なんだか心がざわついた。
理由はなんとなく解っている。
あの作戦後にボスとエヴァを同時に失って、ぬくもりや優しさが欲しいだけだ。
うまく言葉にはできないが、二人は俺にとって特別な存在だった。
親切なパラメディックを、下らない欲求のはけ口にするわけにはいかない。
「どうしたの、難しい顔になってるわよ?」
俺の気持ちに気付いたのか、怪訝そうな顔をして訊く。
俺は首を振った。
「いや、なんでもない……じゃあ、明日はその映画に決まりだな。良かったら昼から出かけて帰りは散歩でもしないか?」
パラメディックはすぐに快諾し、明日の為に早く寝ると言って慌ただしく支度を始めた。
俺はその女性らしく適度に丸みを帯びた肩や体のラインをぼんやりと眺めながら、ある可能性について考えた……彼女がボスから訊いた『賢者達』の一員である可能性についてだ。







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How to pass of significant holiday





 スネークイーター作戦がどういう意図で行われたか、どういう裏が
あったかという事などはスネークには関係はなく、確実に任務は遂行
された。
 シャゴホッドの破壊、ザ・ボスの暗殺、そして『賢者達の遺産』…
残念ながらソコロフを連れ帰る事は出来なかったが、ソ連側の要求は
満たし、その代償と言って余りある程の物を持ち帰った。本来の任務
よりもその方が評価されているに違いない。真実を知ってしまったス
ネークにはそう思えて仕方なかった。人の命の方が『遺産』よりも軽
く扱われている。が、自分がその事で評価されている事は今の立場に
いる以上は甘んじて受け入れるしか無い。

 そうして、無事に任務を終え帰国したスネークに久しぶりの休暇が
与えられた。軍に籍を置いてから今までになく長期の休暇だった。
 だが、何気ない日常の時間は戦う以外の道を知らないスネークには
ただ退屈なだけの時間だったが、そんな時間がずっと続けばいいと思
う気持ちと、いつその時間に終わりを告げる事が出来るのかとこころ
のどこかで戦いを望む気持ちとで微かに揺れていた。

 そんなある日。突然にドアのチャイムが鳴った。スネークには家を
尋ねてくるような知り合いもいない。
「セールスだったらお断りだぞ!」
叫びながら、セールスなら追い返してやろうと意気込んで勢い良くド
アを開けるとそこにはパラメディックが立っていた。
「パラメディック!?」
 突然の、しかも予想外の来客に驚いたのと、さっきまでの意気込み
を引っ込められずに裏返った声で声を張り上げた。スネークの締まり
の無い声と姿にパラメディックは笑いを堪えている。
「どう?休暇、楽しんでる?」
 手を口に充てながらまださっきの笑いが余韻を残している様だ。だ
が、その質問の答えは当のパラメディックにも分かり切っている。
「そういう風に見えるか?」
 スネークはそう言いながら苦笑いで頭を掻いている。特にやつれて
いる訳でもないが、その雰囲気はどう見ても余暇を楽しんでいる様に
は見えない。
「み、見えないわね…」
 分かり切った質問をしてしまった事に少し後悔をしながら、今度は
少々引きつった笑いでその気まずさを誤魔化している。そんな気まず
い雰囲気を察したスネークは親指を立てて部屋の方を指す。
「こんな所で立ち話もなんだ。折角だし、何か…」
「ええ、お邪魔するわ。こんな所じゃ出来ない話もしたいし」
「その話ってのが気になるな」
「まあまあ。続きは中に入ってからという事で」
 パラメディックはスネークの背中を押して、部屋に無理矢理上がり
込んだ。

 パラメディックを部屋に迎え入れる。女性をこの部屋に上げた事な
どないが見られて困る物などはもちろんない。
「部屋が散らかってるのは我慢してくれ。なんせ、君が来るなんて思
いも寄らなかったしな。連絡の一つでも寄越してくれれば、片付けて
おいたんだが…」
「突然訪ねて驚かせてやろうと思っていたんだもの。でも、そんなに
散らかってる風でもないようだけどね」
 得意げに笑う。その様子にしてやられた顔のスネーク。
「今、君に出せるものと言えば、コーヒー位だが…」
「もちろん飲ませてくれるんでしょ?」
 スネークは彼女の有無を言わせない態度に頭が上がらない。それは
作戦中からそうで、基地に帰還した後、彼女のメディカルチェックを
受けているときもそうだった。

「分かった。ちょっと待っててくれ」
 そう言い残したスネークが席を立った後、一人残されたパラメディ
ックは部屋をぐるりと見渡す。想像していたより整理はされていた。
いや、整理するしない以前の問題で、必要最低限の家財道具しか部屋
には置かれていない。男の一人暮らしとは言え、少々寂し過ぎる。
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任務遂行中に撃たれた兵士の手術を終えてキャンベルさんと合流したのは、日が暮れてからだった。
『先生、悪いがそこで待っててくれ……少し遅れそうだ』
彼に指示された通り倉庫の影で待っていると、見慣れたトラックが通りかかった。
私は停まったトラックの運転席の人物をスコープで確認し、急いで飛び乗った。いつもは数人で移動しているのに、珍しく彼以外誰も乗っていない。
「待たせてすまなかったな先生、あんな場所で一人じゃ心細かっただろ?」
荷台に飛び乗った私に、運転席に座ったまま片手を上げて挨拶する。大怪我をしているのに大したものね。スネークが捕らえられたという報せを受けてから数日ぶりに会ったけれど、意外と声は元気そうだった。
「あいつの怪我、どうだった?」
隊員の怪我が心配なのか、運転をしながら聞いてくる。
「大丈夫よ、手術はしたけれど出血も思ったよりひどくはなかったわ」
彼に見えないよう運転席の真後ろに座ってバックパックの中から新しいシャツを取り出した。汚れてしまったシャツを脱いで新しいものを身に着けると、血と薬品の匂いが消えて少し気分がましになった。
「スネークについての情報は?」
「悪いな。諜報部隊のメンバーが頑張ってくれてるが、まだいい報せは入ってきていない」
着替えを終えて彼の手元を覗き見ると、走り書きされたレポートの束があった。隊員から無線で聞いた内容をメモに取って分析しているようだった。
彼と一緒に行動するようになって知った事実がある。キャンベルさんはこう見えて人一倍働く人だって事。
諜報部隊の隊員から送られてくる情報を元に戦力分布図を含む半島内の詳細な地図を作ったり、各隊員のフォロー、捕虜の説得にもあたっている。
それに加えてスネークを中心とした潜入部隊のサポートもほぼ一人でこなしているのに文句ひとつ言わない。
たまに本気か冗談か分からないような口説き文句も言ったりするけれど、気付けばスネークも私たちもすっかり彼を頼ってしまっている。
念の為にと思って事前に目を通しておいた彼の個人データに、間違いはなかった。
実直で勤勉なグリーンベレー隊員。コミュニケーション能力が非常に高く、部下にも信頼されている。ただしやや神経質で慎重すぎる一面がある……というのが上官によって書かれていた所見だった。





「ところで……あなた、ちゃんと寝ている?」
助手席に座り横顔を見ながら訊くと、彼の眉が僅かに上がった。
「どうしたんだよ、藪から棒に」
声の調子は変わらないけれど、声が少し緊張している。私の予想は当たっているみたいだ。
「ここのところ半島中を朝から晩まで車で移動しっぱなしだし、まともに休んでないんじゃない?食事はきちんと採っている?」
マラリアに罹ったばかりで病み上がりなんだから人の事ばかりでなく自分の事にももう少し気を使ってもらわないと……そう続けようとしたけれど、レポートの束の下に挟み込まれていたモノを見て言葉に詰まってしまった。
「……あまり心配する必要もないみたいね」
無造作に放り出されていたレポートの束の一番下……乱暴に開かれたまま挟まれていた雑誌には、大きくて形のいい胸をシャツからさらけ出したグラマーなブロンド美女の写真が載っていた。一人になる事なんてほとんどないからと羽を伸ばしたんだろう。
「あー……まあ、なんだ……たまには息抜きも必要なんだよ」
彼は気まずそうに言葉を濁しながら私の手からレポートごと取り上げて、シートと背中の間に隠した。最後にわざとらしい咳払いも忘れない。
「大怪我していて病気も治ったばかりだっていうのに元気で安心したわ、医者として」
「綺麗で可愛いものを見てると疲労も癒える気がするんだよ、美女もまた然りだ」
平静を装いつつ言う彼を、少しからかってみたくなった。
「美女なら、ここにもいるじゃない」
私の予想に反して、彼は笑った。
「コカインを麻酔代わりに使う方法を熟知している美女とは、ちょっとな」
冗談めかして言って、肩をすくめてみせた。よほど可笑しかったのか唇の端がまだ上がっている。
「出会ったばかりの頃は無線連絡入れるたびに口説いてきたくせに、つれないわね」
思い返してみたら合流してから数日はそんな日々が続いていたけれど、いつかを境に二人の空気が変わっていた。
「男は幾つになっても美女に夢見ていたいものなんだよ……あんたは分かってないな」
軽口を叩いてくる。なんだか腹立たしい。



「それにいくら俺に気があるからって、医者と患者でそういう公私混同はまずいんじゃないか、先生」
車を脇に寄せて停め、私を正面から見る。痛々しく頭に巻かれた包帯より綺麗な青い目が先に目に入った。
「気なんて、無いわよ」
さっきとは違う真剣な顔で見つめられて、言葉に詰まった。
「嘘吐け、ちょっと興味が出てきたんだろ……いつからだ?」
こうした性質の悪い冗談ばかりのやり取りは日常茶飯事だけれど、本気と冗談の境目は一体どこだろう。首に添えられた大きな手に、さして嫌悪感は感じなかった。
「冗談が過ぎるわよ、離しなさい……さもないと麻酔薬を打ち込むわよ?」
「好きにしろよ」
どちらか分からないまま抱き寄せられた。体を寄せてみて分かったけれど彼の体はスネークよりも一回りほど華奢で、私よりずっと大きく、腕も逞しかった。
「さて……この後どうする?先生」
試すような事を言って私の手を引いたけれど、その先の予定はなくなった。無線が入ったからだ。
「……そうか、よくやったな!……迎賓館か」
待ちに待った情報が入ったようだった。彼はしきりにメモを取り、慌しく準備を始めた。
「スネークは迎賓館に連れて行かれたらしい……俺は他の奴と合流して向かうが、あんたはこの後どうする?」
さっきまでの事なんて、もう忘れているみたいだった。いつもの彼らしい顔に変わっている。
こういう時に真剣に考えるのはバカらしいと、私は7年前から知っている。物事は場合によってシンプルに考えなければいけない時がある。目の前の出来事に柔軟に対処していかなくては。
「一緒に行くわ」
ひどい尋問を受けているならそれなりの怪我をしているかもしれない。私は無線を借りてスネークの治療に当たれる医療チーム数人に連絡を取った。
「さっきの続きはまた後で、だな」
まだ覚えていたらしい。呆れて腕時計を見ると彼の包帯交換の時間まであと数時間だった。主治医に逆らったらどうなるかはその時に教えても遅くはないだろう。
私は彼と共に迎賓館へ急いだ。


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合流したのは想像していたよりずっといい女だった。
「あなたがキャンベルさん?よろしくね」
赤い髪を揺らし、頬に小さいえくぼを浮かべて挨拶する。
女らしい華やかさはいまいち足りないが、すべすべしてそうなきれいな肌に整った顔立ち……野暮ったい野戦服はいただけないが戦場に舞い降りた天使、と表現しても差し支えないだろう。
「ああ……しかし驚いたな、こんな素敵な女性がスネークの主治医で、おまけに一流の医者だなんて」
無邪気で可愛い笑顔だが俺にとっては刺激的すぎた。にやつきそうになるのをこらえ、顎を撫でてごまかす。こんな事になるならむさ苦しい髭くらい暇をみつけて剃っておけば良かった。
「それを言うならあなたもね。一緒に行動している人にこんなハンサムな人がいるなんてスネークからは聞いてなかったもの」
思わず食いつきたくなるようなピンク色の唇も素敵だ。しかし目の前の美女に気を取られてばかりではまずい。これからあるかもしれないチャンスもモノにできず見送る事になるかもしれない。俺はトラックに乗り込んだ彼女に半島各地で失敬した医療キットや薬を見せた。
「縫合キットに注射器、麻酔薬、鎮痛剤に解熱剤、生理食塩水……これだけ揃っていればたいしたものよ」
段ボール箱の中身を手に取りながら確認し、満足そうに頷く。どうやらお気に召したようだ。
俺はトラック内のシートに腰掛け、タバコに火をつけ……ようとしたのだが、目の前の天使の手にそれを阻止されてしまった。
「体に悪いわよ、そんなもの」
タバコの代わりにしろとバックパックの中の中から取り出したのは、キャンディーだった。タバコを吸うくらいなら飴でも舐めてろって事か。
俺は貰ったキャンディーを包みから取り出し、口に放り込んだ。可愛いピンク色のキャンディーはしっかり甘いシナモン味で、舌の上でゆっくり溶けてゆく。
……しかし、いい女だなあ。
腕や体つきを見る限りそれほど鍛えているようでもないし、衛生兵ってわけでもなさそうだ。どちらかというと研究室に籠っていたりするのが似合いそうな先生だ。
それがこんなやばい場所に来たって事は……やっぱりスネークとはいろいろな事情がある仲、なんだろうか。
ダンボールに詰め込んでいた中身の仕分けを手伝いながらそんな事を考えている俺に、彼女はとんでもない事を言い始めた。

「さてと、一通り終わったわね……じゃ、そろそろ服、脱いでもらえる?」
ぎょっとする台詞に思わず間抜けな笑みしか返せなかった。藪から棒に何言ってるんだ、この先生は。
「恥ずかしがる事ないわよ。白衣を着てないけれど私はれっきとした医者なのよ?……ああ、下もね」
何でこんなトラックの中で今さっき会ったばかりの先生にまっ裸に剥かれなきゃならないんだ。これはもしかして……誘われてるんだろうか。
医者だからって言いつつアレコレされちまうんだろうか。見た目清純そうな女性とはいえあのスネークの知り合いという事を考慮してみると……だんだんやりかねない気がしてくるから困る。
それに胸を張って自慢する事じゃないが、女性からこんなに大胆に誘われるなんて事、初めてなのでいまいち判断に苦しむ。
「いやいや、俺は大丈夫だ」
脚も折れてるのに何が大丈夫なんだか言っている俺自身も良く分からないが、とりあえずそんな言葉が口から出た。我ながら根性がない。
でもアレだ。この先生と好き勝手にアレコレして後でスネークと気まずい雰囲気になるのも得策じゃない気がする。ここは引いておくのが妥当な選択だろう。
要は安全な道を選んだだけだ!と、俺は自分に言い聞かせた。
だが、目の前の女はそんな俺の繊細かつ慎重な気持ちなどお構いなしのようだった。
「いいから、黙って言う通りになさい」
腰に手を当て、呆れた顔で俺を見る。
「まったく、いい歳してじれったいわね。早くしないと脱がせるわよ」
俺の煮え切らない態度に腹が立ったのか、ついにベルトに手がかかった。ここまでくると拒むのも逆に失礼な気がしてできない。ままよ!という気持ちで俺はそのまま彼女に任せた。


「なあ、いいのか?こんな汚い車の中で……」
一応俺にもそのくらいのデリカシーはある。
「ああ別に……大丈夫よ、安心して。自分で言うのもなんだけれどどんな場所であれ上手くしてあげる自信あるから。確かに非衛生ではあるけれど、ここじゃ仕方ないでしょう?」
上手いのか、そうかそれなら安心してもいいか……しかし上品な先生に見えるのにあっちはかなり上手いだなんて、それってある意味反則じゃないか?これから続くであろうめくるめく行為への期待に思わずごくりと喉が鳴ってしまう。
「あなたは寝てるだけでいいわ。その代わりちゃんとおとなしくしててくれなきゃ嫌よ?」
トラックのシートに寝かせ、ずるずると俺の服を脱がせていく。慣れているのかあっと言う間にまっ裸に剥かれた。
「そんな顔しないでよ、痛くしないから」
痛く?……男ってアレの時、普通痛いなんて事あるか?痛くするのが好き、なんて事はないよな。痛くするのが好みだなんてそんな医者、俺は嫌だ……ああ、俺の怪我の事を言ってるのか、そうか。
「怪我の痛みなんて慣れてる」
「そう、良かった」
にこりと笑って彼女は手の甲で俺の額を撫でた。
俺も大概、誘惑に弱いな……こうなってくるともう後の事なんてどうでもいい気がしてきた。

「んっ……な、なあちょっと待ってくれ……待ってってば」
この先生、案外乱暴だ。
「何よ、もう少しなんだから我慢なさい」
背中の傷の痛みと掛けられた液体の冷たさに顔がひきつる。箱の中に入っていたオキシドールをかけられたみたいだった。
「……っ……!」
じわりと焼かれるような痛みが背中に広がる。痛みの範囲から考え、傷は思ったよりも大きいのかもしれない。
「ろくな手当て受けてなかったみたいね。ちょっと化膿してる」
自分で見えない部位の怪我ってのは嫌なもんだ。ひりひりする小さな痛みだけで実際にはどうなっているのか分からないのがまた嫌な感じだ。かちゃかちゃと医療器具がトレーに当たる耳障りな音だけが聞こえてくる。
「あんた、外科医なのか?」
「免許は持っているけれど、自分で患者を診るのは久しぶり」
ぞっとしない台詞を吐きつつ手際よく包帯を巻いていく。手当てはもう終わったようだ。
立ってみると、しっかりと固定された足は前よりもずっと痛みが楽になっている。俺も応急処置はしたがやっぱりプロのするそれとは歴然の差があった。
「ありがとう、おかげでかなり快適だ……なあ、そろそろ服着てもいいか?」
体中の怪我を手当てしてもらえたのは嬉しかったが、いつまでも裸のままというのは心もとないもんだ。
「ああ、どうぞ」
お互い正面を向いて一糸纏わぬ全裸の体が見えているってのに笑顔で服を渡されてしまった。男の裸なんてそうとう見慣れてるのかもしれない。
「映画、好きだって言ってたよな。本国に戻ったら一緒に見に行かないか?」
この先生にちょっと興味が出てきた。手当てのお礼も兼ねてと申し出たのだが、彼女は頬にえくぼを作って俺の顔を見返すだけだった。
「仕事も溜まっているし、帰国したらすぐに机に直行よ。当分休みも取れそうにないから約束は難しいわね」
8割方成功してきた俺の口説きのテクニックも通じないみたいだ。実に残念だ。
まあいい、この任務は予定よりもずっと長くなりそうだ。仲良くなる機会はまだまだあるだろう。そんな事を考えながら俺はある事を思いついた。
「なあ、まだ名前聞いてなかったな……あんたの名前は?」
その問いに彼女は俺の顔をちらりと見て、今までと違う不敵そうな笑みを唇に浮かべ、言った。

「パラメディックよ。パラシュートでかけつけるメディック……私にそれ以上の名前はないわ」
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