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リビングで葉巻を吸っていると、チャイムが鳴った。
時計を見ると19時を回ったところだった。
少し残業したんだろう。俺は玄関に行き、いつも通りドアを開けた。
「お帰り、今日は残業か?」
「ただいま!……そうなのよ、少佐に頼まれた事すっかり忘れてて!」
残業したのに疲れた様子はあまりない。
もっとも、パラメディックはいつもお喋りで元気なんだが。

俺たちの奇妙な同居生活が始まったのは、つい二日前の話だ。
今回の作戦のレポートを上げるという名目で自室に籠もりきりだった俺を心配して、家に来ないかと誘ってくれた。
もちろん、付き合ってもいない独身女性の家にやっかいになるなんてと最初は断ったが、彼女は意見を変えなかった。

疲れを癒すため、俺にはしばらく休息が必要……医者として彼女が下した判断だった。

期間は二週間。
場所は基地から少し離れた場所にある、パラメディックの家だ。
一人で暮らしているし、使っていない部屋もあるから気にしないでと、彼女は優しく微笑みながら誘ってくれた。

「あら、いい匂いね!」
キッチンから漂う香りに気付いたらしい。
「たいしたもんじゃないが夕食を作っておいたんだ。居候ならこれくらいしないとな?」
「ありがとう、スネーク」
パラメディックは俺の顔を見て笑った。
こんなとき決まって彼女は、母親が子供を誉める時みたいな優しい笑顔を見せる。

作戦が終わっても、俺たちはあの時の名でお互いを呼んでいた。
居候していれば当然彼女宛ての郵便も届くし、本当の名前はすぐに分かった。
彼女も俺のカルテから俺の名前を知っているはずだ。
バーチャスミッションとスネークイーター作戦……レポートを仕上げていないのもそうだが、まだあの出来事を完全には整理できていないと、彼女も分かっているんだろう。

ダイニングテーブルに料理を並べ、俺たちは食事をとる事にした。
白い皿に料理を取り分け、一口食べる。
食べてわかった。スープは普通に食える程度に仕上がったようだが、ミートパイはさっくりと焼けずに失敗してしまっていた。
「美味しいわ、あなた料理なんてできたのね」
「……無理しなくていいんだぞ?」
少し気まずい空気を味わいながら向かいに座るパラメディックを見ると、彼女は悪戯っぽく微笑んで赤ワインの入ったグラスを手に取り、一口飲んだ。
「無理なんてしてないわよ……蛇や蛙の丸焼きでなくて良かったとは思っているけどね?」
彼女の優しさに、思わずつられて笑ってしまった。
「蛇や蛙の丸焼きだなんて……さすがにそれなら蟹料理の方がマシなんじゃないか?」
こういう時、パラメディックは表情が豊かだ。俺の提案に、すぐに顔色が変わった。
「スネーク……私、休暇後の診断書はまだ書いていないのよ?」
「そのまま長期休暇に突入させる事もできるってわけか」
「この家で蟹料理なんて作るのは得策とは言えないんじゃない?」
冗談めいた口調で返し、穏やかな目で俺を見て言った。
ラジオからは流行りの曲が流れ、向かいにはパラメディックがいる。
つい先日の体験が夢の中の出来事に思えるほど穏やかな時間に、俺は無意識に安堵の溜め息をついていた。
彼女の家に来たのは、正解だったかもしれない。

食事をきちんと食べ、身だしなみを最低限整えて、明るい部屋で冗談交じりの話をする。
ただそれだけの事が実はとても幸福な事なんだと、彼女との生活で俺は気付く事ができた。

俺はミステリー小説でパラメディックは分厚い医学書という違いはあったが、夕食後はいつもリビングで読書をしている。
向かいのソファーに寝転んだ彼女は、シャワーを浴びて部屋着に着替え、リラックスした様子でページを捲っては時折何かをノートに書き留めている。
俺は不自然にならないよう注意しながら彼女に声をかけた。
「パラメディック、明日は休みなんだろう?」
「ああ、そうだけど……どうかした?」
「良かったら一緒に映画でも見に行かないか?」
言い終えて本から視線を外して顔を上げると、彼女と視線がぶつかった。
軽く目を見開き、なんだか驚いているようだった。
「なんだ、そんなに驚く事でもないだろう?」
「だって、あなた映画になんて興味なさそうだったから……」
言いながらもどこか楽しそうな顔をしている。
提案はそこそこ気に入ってもらえたようだ。
俺は安心し、話を続けた。
「たまに見てみたくなったんだ……君のお薦めの映画で構わない」
ピンク色の唇の端が引き上がり、可愛い笑みを作った。
「本当にいいの?……じゃあ、吸血鬼ものとか……」
「吸血鬼ものだけはやめてくれ」
スネークイーター作戦の時みたいに、また悪夢を見たらたまらない。
「スネークはどんな話が好きなの?……きっと冒険ものは嫌いよね、少佐が好きな007とか」
「そうだな、穏やかな気分で見られる楽しい映画がいい」
パラメディックは少し考え込み、何かいい案が思いついたのかぱっと明るい笑顔を浮かべ、俺に言った。
「それじゃあ、恋愛ものなんかどう?……マイフェアレディとか」

「マイフェアレディって?」
初めて聞く映画のタイトルだった。パラメディックはソファーから体を起こし、はらりと顔にかかった赤い髪を掻き上げながら、俺を見た。
「オードリー・ヘップバーンがヒロイン役をしている映画よ。ミュージカルなの」
「見たことは?」
「まだないわ。見たいとは思ってたんだけどね」
抱えていた医学書とノートをテーブルの上に置き、俺の隣に座った。
石鹸の清潔そうなやさしい香りが、ふわりと俺の鼻をかすめる。
一緒に暮らし始めたが、もちろん俺と彼女との間に男女の関係はない。
俺がこの家でしなければならない事は休息だ……パラメディックは親切な友人であって、それ以上の感情を抱いてはいない。
そうは思っていても、なんだか心がざわついた。
理由はなんとなく解っている。
あの作戦後にボスとエヴァを同時に失って、ぬくもりや優しさが欲しいだけだ。
うまく言葉にはできないが、二人は俺にとって特別な存在だった。
親切なパラメディックを、下らない欲求のはけ口にするわけにはいかない。
「どうしたの、難しい顔になってるわよ?」
俺の気持ちに気付いたのか、怪訝そうな顔をして訊く。
俺は首を振った。
「いや、なんでもない……じゃあ、明日はその映画に決まりだな。良かったら昼から出かけて帰りは散歩でもしないか?」
パラメディックはすぐに快諾し、明日の為に早く寝ると言って慌ただしく支度を始めた。
俺はその女性らしく適度に丸みを帯びた肩や体のラインをぼんやりと眺めながら、ある可能性について考えた……彼女がボスから訊いた『賢者達』の一員である可能性についてだ。







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