任務遂行中に撃たれた兵士の手術を終えてキャンベルさんと合流したのは、日が暮れてからだった。
『先生、悪いがそこで待っててくれ……少し遅れそうだ』
彼に指示された通り倉庫の影で待っていると、見慣れたトラックが通りかかった。
私は停まったトラックの運転席の人物をスコープで確認し、急いで飛び乗った。いつもは数人で移動しているのに、珍しく彼以外誰も乗っていない。
「待たせてすまなかったな先生、あんな場所で一人じゃ心細かっただろ?」
荷台に飛び乗った私に、運転席に座ったまま片手を上げて挨拶する。大怪我をしているのに大したものね。スネークが捕らえられたという報せを受けてから数日ぶりに会ったけれど、意外と声は元気そうだった。
「あいつの怪我、どうだった?」
隊員の怪我が心配なのか、運転をしながら聞いてくる。
「大丈夫よ、手術はしたけれど出血も思ったよりひどくはなかったわ」
彼に見えないよう運転席の真後ろに座ってバックパックの中から新しいシャツを取り出した。汚れてしまったシャツを脱いで新しいものを身に着けると、血と薬品の匂いが消えて少し気分がましになった。
「スネークについての情報は?」
「悪いな。諜報部隊のメンバーが頑張ってくれてるが、まだいい報せは入ってきていない」
着替えを終えて彼の手元を覗き見ると、走り書きされたレポートの束があった。隊員から無線で聞いた内容をメモに取って分析しているようだった。
彼と一緒に行動するようになって知った事実がある。キャンベルさんはこう見えて人一倍働く人だって事。
諜報部隊の隊員から送られてくる情報を元に戦力分布図を含む半島内の詳細な地図を作ったり、各隊員のフォロー、捕虜の説得にもあたっている。
それに加えてスネークを中心とした潜入部隊のサポートもほぼ一人でこなしているのに文句ひとつ言わない。
たまに本気か冗談か分からないような口説き文句も言ったりするけれど、気付けばスネークも私たちもすっかり彼を頼ってしまっている。
念の為にと思って事前に目を通しておいた彼の個人データに、間違いはなかった。
実直で勤勉なグリーンベレー隊員。コミュニケーション能力が非常に高く、部下にも信頼されている。ただしやや神経質で慎重すぎる一面がある……というのが上官によって書かれていた所見だった。
「ところで……あなた、ちゃんと寝ている?」
助手席に座り横顔を見ながら訊くと、彼の眉が僅かに上がった。
「どうしたんだよ、藪から棒に」
声の調子は変わらないけれど、声が少し緊張している。私の予想は当たっているみたいだ。
「ここのところ半島中を朝から晩まで車で移動しっぱなしだし、まともに休んでないんじゃない?食事はきちんと採っている?」
マラリアに罹ったばかりで病み上がりなんだから人の事ばかりでなく自分の事にももう少し気を使ってもらわないと……そう続けようとしたけれど、レポートの束の下に挟み込まれていたモノを見て言葉に詰まってしまった。
「……あまり心配する必要もないみたいね」
無造作に放り出されていたレポートの束の一番下……乱暴に開かれたまま挟まれていた雑誌には、大きくて形のいい胸をシャツからさらけ出したグラマーなブロンド美女の写真が載っていた。一人になる事なんてほとんどないからと羽を伸ばしたんだろう。
「あー……まあ、なんだ……たまには息抜きも必要なんだよ」
彼は気まずそうに言葉を濁しながら私の手からレポートごと取り上げて、シートと背中の間に隠した。最後にわざとらしい咳払いも忘れない。
「大怪我していて病気も治ったばかりだっていうのに元気で安心したわ、医者として」
「綺麗で可愛いものを見てると疲労も癒える気がするんだよ、美女もまた然りだ」
平静を装いつつ言う彼を、少しからかってみたくなった。
「美女なら、ここにもいるじゃない」
私の予想に反して、彼は笑った。
「コカインを麻酔代わりに使う方法を熟知している美女とは、ちょっとな」
冗談めかして言って、肩をすくめてみせた。よほど可笑しかったのか唇の端がまだ上がっている。
「出会ったばかりの頃は無線連絡入れるたびに口説いてきたくせに、つれないわね」
思い返してみたら合流してから数日はそんな日々が続いていたけれど、いつかを境に二人の空気が変わっていた。
「男は幾つになっても美女に夢見ていたいものなんだよ……あんたは分かってないな」
軽口を叩いてくる。なんだか腹立たしい。
「それにいくら俺に気があるからって、医者と患者でそういう公私混同はまずいんじゃないか、先生」
車を脇に寄せて停め、私を正面から見る。痛々しく頭に巻かれた包帯より綺麗な青い目が先に目に入った。
「気なんて、無いわよ」
さっきとは違う真剣な顔で見つめられて、言葉に詰まった。
「嘘吐け、ちょっと興味が出てきたんだろ……いつからだ?」
こうした性質の悪い冗談ばかりのやり取りは日常茶飯事だけれど、本気と冗談の境目は一体どこだろう。首に添えられた大きな手に、さして嫌悪感は感じなかった。
「冗談が過ぎるわよ、離しなさい……さもないと麻酔薬を打ち込むわよ?」
「好きにしろよ」
どちらか分からないまま抱き寄せられた。体を寄せてみて分かったけれど彼の体はスネークよりも一回りほど華奢で、私よりずっと大きく、腕も逞しかった。
「さて……この後どうする?先生」
試すような事を言って私の手を引いたけれど、その先の予定はなくなった。無線が入ったからだ。
「……そうか、よくやったな!……迎賓館か」
待ちに待った情報が入ったようだった。彼はしきりにメモを取り、慌しく準備を始めた。
「スネークは迎賓館に連れて行かれたらしい……俺は他の奴と合流して向かうが、あんたはこの後どうする?」
さっきまでの事なんて、もう忘れているみたいだった。いつもの彼らしい顔に変わっている。
こういう時に真剣に考えるのはバカらしいと、私は7年前から知っている。物事は場合によってシンプルに考えなければいけない時がある。目の前の出来事に柔軟に対処していかなくては。
「一緒に行くわ」
ひどい尋問を受けているならそれなりの怪我をしているかもしれない。私は無線を借りてスネークの治療に当たれる医療チーム数人に連絡を取った。
「さっきの続きはまた後で、だな」
まだ覚えていたらしい。呆れて腕時計を見ると彼の包帯交換の時間まであと数時間だった。主治医に逆らったらどうなるかはその時に教えても遅くはないだろう。
私は彼と共に迎賓館へ急いだ。
『先生、悪いがそこで待っててくれ……少し遅れそうだ』
彼に指示された通り倉庫の影で待っていると、見慣れたトラックが通りかかった。
私は停まったトラックの運転席の人物をスコープで確認し、急いで飛び乗った。いつもは数人で移動しているのに、珍しく彼以外誰も乗っていない。
「待たせてすまなかったな先生、あんな場所で一人じゃ心細かっただろ?」
荷台に飛び乗った私に、運転席に座ったまま片手を上げて挨拶する。大怪我をしているのに大したものね。スネークが捕らえられたという報せを受けてから数日ぶりに会ったけれど、意外と声は元気そうだった。
「あいつの怪我、どうだった?」
隊員の怪我が心配なのか、運転をしながら聞いてくる。
「大丈夫よ、手術はしたけれど出血も思ったよりひどくはなかったわ」
彼に見えないよう運転席の真後ろに座ってバックパックの中から新しいシャツを取り出した。汚れてしまったシャツを脱いで新しいものを身に着けると、血と薬品の匂いが消えて少し気分がましになった。
「スネークについての情報は?」
「悪いな。諜報部隊のメンバーが頑張ってくれてるが、まだいい報せは入ってきていない」
着替えを終えて彼の手元を覗き見ると、走り書きされたレポートの束があった。隊員から無線で聞いた内容をメモに取って分析しているようだった。
彼と一緒に行動するようになって知った事実がある。キャンベルさんはこう見えて人一倍働く人だって事。
諜報部隊の隊員から送られてくる情報を元に戦力分布図を含む半島内の詳細な地図を作ったり、各隊員のフォロー、捕虜の説得にもあたっている。
それに加えてスネークを中心とした潜入部隊のサポートもほぼ一人でこなしているのに文句ひとつ言わない。
たまに本気か冗談か分からないような口説き文句も言ったりするけれど、気付けばスネークも私たちもすっかり彼を頼ってしまっている。
念の為にと思って事前に目を通しておいた彼の個人データに、間違いはなかった。
実直で勤勉なグリーンベレー隊員。コミュニケーション能力が非常に高く、部下にも信頼されている。ただしやや神経質で慎重すぎる一面がある……というのが上官によって書かれていた所見だった。
「ところで……あなた、ちゃんと寝ている?」
助手席に座り横顔を見ながら訊くと、彼の眉が僅かに上がった。
「どうしたんだよ、藪から棒に」
声の調子は変わらないけれど、声が少し緊張している。私の予想は当たっているみたいだ。
「ここのところ半島中を朝から晩まで車で移動しっぱなしだし、まともに休んでないんじゃない?食事はきちんと採っている?」
マラリアに罹ったばかりで病み上がりなんだから人の事ばかりでなく自分の事にももう少し気を使ってもらわないと……そう続けようとしたけれど、レポートの束の下に挟み込まれていたモノを見て言葉に詰まってしまった。
「……あまり心配する必要もないみたいね」
無造作に放り出されていたレポートの束の一番下……乱暴に開かれたまま挟まれていた雑誌には、大きくて形のいい胸をシャツからさらけ出したグラマーなブロンド美女の写真が載っていた。一人になる事なんてほとんどないからと羽を伸ばしたんだろう。
「あー……まあ、なんだ……たまには息抜きも必要なんだよ」
彼は気まずそうに言葉を濁しながら私の手からレポートごと取り上げて、シートと背中の間に隠した。最後にわざとらしい咳払いも忘れない。
「大怪我していて病気も治ったばかりだっていうのに元気で安心したわ、医者として」
「綺麗で可愛いものを見てると疲労も癒える気がするんだよ、美女もまた然りだ」
平静を装いつつ言う彼を、少しからかってみたくなった。
「美女なら、ここにもいるじゃない」
私の予想に反して、彼は笑った。
「コカインを麻酔代わりに使う方法を熟知している美女とは、ちょっとな」
冗談めかして言って、肩をすくめてみせた。よほど可笑しかったのか唇の端がまだ上がっている。
「出会ったばかりの頃は無線連絡入れるたびに口説いてきたくせに、つれないわね」
思い返してみたら合流してから数日はそんな日々が続いていたけれど、いつかを境に二人の空気が変わっていた。
「男は幾つになっても美女に夢見ていたいものなんだよ……あんたは分かってないな」
軽口を叩いてくる。なんだか腹立たしい。
「それにいくら俺に気があるからって、医者と患者でそういう公私混同はまずいんじゃないか、先生」
車を脇に寄せて停め、私を正面から見る。痛々しく頭に巻かれた包帯より綺麗な青い目が先に目に入った。
「気なんて、無いわよ」
さっきとは違う真剣な顔で見つめられて、言葉に詰まった。
「嘘吐け、ちょっと興味が出てきたんだろ……いつからだ?」
こうした性質の悪い冗談ばかりのやり取りは日常茶飯事だけれど、本気と冗談の境目は一体どこだろう。首に添えられた大きな手に、さして嫌悪感は感じなかった。
「冗談が過ぎるわよ、離しなさい……さもないと麻酔薬を打ち込むわよ?」
「好きにしろよ」
どちらか分からないまま抱き寄せられた。体を寄せてみて分かったけれど彼の体はスネークよりも一回りほど華奢で、私よりずっと大きく、腕も逞しかった。
「さて……この後どうする?先生」
試すような事を言って私の手を引いたけれど、その先の予定はなくなった。無線が入ったからだ。
「……そうか、よくやったな!……迎賓館か」
待ちに待った情報が入ったようだった。彼はしきりにメモを取り、慌しく準備を始めた。
「スネークは迎賓館に連れて行かれたらしい……俺は他の奴と合流して向かうが、あんたはこの後どうする?」
さっきまでの事なんて、もう忘れているみたいだった。いつもの彼らしい顔に変わっている。
こういう時に真剣に考えるのはバカらしいと、私は7年前から知っている。物事は場合によってシンプルに考えなければいけない時がある。目の前の出来事に柔軟に対処していかなくては。
「一緒に行くわ」
ひどい尋問を受けているならそれなりの怪我をしているかもしれない。私は無線を借りてスネークの治療に当たれる医療チーム数人に連絡を取った。
「さっきの続きはまた後で、だな」
まだ覚えていたらしい。呆れて腕時計を見ると彼の包帯交換の時間まであと数時間だった。主治医に逆らったらどうなるかはその時に教えても遅くはないだろう。
私は彼と共に迎賓館へ急いだ。
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