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ポットとティーカップに湯を注ぎ暖めているうちに、棚から紅茶の入った缶を取り出す。
ラベルには英国で有名なとあるショップのロゴが入っている。イギリスに住んでいる友人が送ってくれたものだ。
ポットに入っている湯を捨て、茶葉を入れて湯を注ぎ、ポットをティーコージーで包む。
買ってきたスコーンを皿に載せ、オーブンで少しだけ温める。
もう習慣と言ってもいいだろう。何年も繰り返し、癖のように身についてしまった動作だ。
茶葉が開くまで数分待つ、この時間もゼロは好きだった。FOXの正式編成に関する残務のせいでろくに部屋にも帰れぬ日々が続いている今ではなおのことだ。
「あら、いい香りですね。今日はどんな紅茶ですか?」
仕事の合間に給湯室で紅茶を入れているゼロに、パラメディックが声をかけた。どこか他の部署に足を運んだ帰りなのか、両手には沢山の書類を抱えている。ゼロは簡易キッチンに備え付けられた安っぽい作りの戸棚を閉めながら言った。
「今日はディンブラだ」
ディンブラはゼロの一番好きな紅茶だった。花のような華やかな香りを持っているにも関わらず、味わいもこくがあるのに爽やかで、奥深い。バランスの取れた紅茶だ。
「君も執務室に戻るのか?」
「ええ、少佐もですか?」
書類の束を抱えなおしながら、彼女は笑みを唇に浮かべた。そのどこか少女めいたあどけない表情に、ゼロもつられて顔が緩む。
「丁度いいな。たまには一緒に飲もう」
ティーカップから湯を捨て、ポットや温めていたスコーンと共にトレイに載せて執務室に戻ると、空気を入れ替える為に開け放たれていた窓から紅葉した葉が何枚か、部屋の中に入ってしまっていた。
スネークイーター作戦からもう数週間経つ。執務室から見える見慣れた景色もすっかり秋色に変わっている。ゼロはあることを思い出し、窓を閉めて紅茶をカップに注ぎながらパラメディックに声をかけた。
「そういえば、ジャックは元気でやっているか?」


長期休暇中の彼がパラメディックの家に厄介になっている事は、ゼロと彼女のみの秘密だった。パラメディックは小さな顎に華奢な手を添え、少し考えるような仕草をしながら答えた。
「最初はどうなるかと思っていましたけれど、最近は明るい表情も見せてくれるようになりました……ただ、映画はあまり見たがらなくて、出かけるよりも散歩や部屋でのんびり過ごす方が好きみたいですけれど」
不思議そうに話すパラメディックを見て、ゼロは内心でスネークに同情した。あまり映画を見たがらないのはパラメディックの見たがるマニアックなSF映画が彼の趣味に合わないせいに違いない。
あの作戦を経て深く傷ついた様子のスネークをパラメディックが自宅に受け入れると急に言い出した時には驚いたものだが、特にトラブルもなく二人で暮らしているようだ。
「それなら心配ないな。彼ももうすぐ復帰か……復帰後は君の家から通うのか?」
「……そこまで甘やかすつもりはありません」
長期間いい年をした男女が同居をしていればより親密な仲になるのも不思議ではない。そう思って自然と口から出てきた言葉だったが、訊かれた当人にとってはまだ抵抗のある内容だったようだ。形の良い唇をきゅっと引き結び、やや不満そうな顔をして反論した。
「悪かった」
失礼な物言いをした侘びにと紅茶を注いだカップを渡すと、パラメディックはそれを受け取って一口飲み、その味わいにほっと溜息をついた。
「おいしい……」
「だろう?」
薦めたものが相手にいい評価をされると嬉しいものだ。ゼロもパラメディックに続き、窓から見える景色を眺めながら一口飲む。
調和の取れた味わいと香り、そして冷えた体が温かくなる感覚に、仕事の疲れを忘れてリラックスする。
「とっても華やかなお茶なんですね……ちょっと女性的なイメージで」
「そうか?」
そんな事、今まで考えた事もなかった。パラメディックの意見を訊きながらもう一口紅茶を飲み、ゼロはふと、ある女性の事を思い出した。
よく、「美とはバランスである」と聞く。
華やかさと深い味わいの均衡が見事に取れたこの様子は、あの女性に似合うのではないだろうか……そう考えながらゼロは執務室の窓から東の空に目を向けた。
秋晴れの綺麗な青い空だ。スネークとゼロだけが知っている、彼女が眠る場所がその空の先にはあった。
「愛国者」と書かれた墓碑の下には彼女の亡骸は無いが、安らかに眠れるようにとスネークが選んだ場所だった。
国を売った不名誉な軍人を表立って埋葬するわけにもいかず、その墓碑と彼女を結びつける記録は何も残していない。スネークとゼロにしか意味の無い墓がそこにある。
「スネークが復帰したら、出かけたい場所があると伝えておいてくれないか」
パラメディックはゼロの言葉を聞き、不思議そうな顔をして尋ねた。
「どちらに行かれるんですか?」
彼女は墓の存在を知らないはずだ。ゼロはやや自嘲的な笑みを浮かべて言った。
「古い友人を偲びに行くと言えば、たぶん分かるだろう」
今後も軍人として責務は全うするつもりだが、彼女についての思い出を忘却するには、もう少し時間が要るようだ。
愛国心が無いわけではない。彼女のやった事に対しては強い怒りも感じている。
だが友人としての愛情は、まだ小さな炎として胸に燻っていた。
この想いはいつか消えるかもしれないが、今はまだ、その時ではない。
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