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うろほろぞ
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冬の日は、低く南の空に浮かんでいた。東京の冬は、いつも晴天が続く。パリパリに乾燥した空気の中、遥はお気に入りのリップクリームを唇に塗ってから、桐生の病室に入った。
「おじさん。調子はどう?」
いつものように声をかければ、桐生は優しく微笑んだ。

遥は、あれから毎日桐生のもとへ見舞いに来ていた。桐生はまだベッドから立ち上がることを許されていない。
そして、遥は知っていた。この病室より二つ向こうの部屋に、あの郷田龍司が入院している事を。その事を桐生に言うべきかどうか、遥は考えていた。できれば、龍司に助けてもらったお礼を言いたいが、桐生が許さないかもしれない。
その日、遥は桐生の病室を出て、龍司の病室の前を通った。全開の扉の向こうに、白いカーテンがゆれていた。気になって、ドアの縁に手をかけて、そっと中を覗き込んだ瞬間だった。
「誰や」
低い声が飛んだ。ビクッとして、思わず立ち尽くす。喉が引き攣れたように声が出ないでいると、もう一度声が飛んだ。
「そこにいるのは誰や」
更に低く響く声。殺気が足元まで届き、遥は一歩踏み込んだ。後は引き寄せられるように、カーテンの向こうへ回りこむ。
龍司は、ベッドの上に上半身を起こしていた。青い院内着に点滴の管。かき上げただけの金色の髪と、喰い殺されそうな輝きを持つ、琥珀色の瞳。その瞳が真っ直ぐに遥を捕らえていた。
どうしようと、立ち尽くす遥の前で、その瞳がふっと緩んだ。
「なんや、嬢ちゃんかい」
「こ、こんにちは・・・」
とりあえず頭を下げて、遥はどうしようかと考えた。猛獣の檻の中に入ったような感覚に、ここから逃げ出したいと思うが、ここで逃げ出したら唯のおかしな子だと思われるかもしれない。ぐるぐると思考が回り始めた時、頭上から声がした。
「嬢ちゃんがここに居るっちゅうことは、桐生のオッサンもここに入院してるっちゅう訳やな」
太い笑いを含んだ声に、遥は龍司を見上げた。鋭い獣のような殺気は消えて、穏やかな表情になった龍司が遥を手招きした。
「まあ、座れや」
言われて、遥は吸い込まれるようにベッドに近づくと、脇に置かれた椅子に座った。色素の薄い瞳は、染めた髪と相まって、外国人のように見える。
「嬢ちゃんは、何しに来たんや?」
テレビぐらいでしか聞いた事の無い大阪弁で龍司は問う。別に怒っているようでは無いので、遥は小さく声を出す。
「あの・・・大阪で助けてもらったんで、お礼を言いたくて・・・」
「助けた?」
龍司の眉間にぐっと皺がよる。遥が緊張する前で、龍司の視線が天井を泳ぎ
「ああ、千石のあれか。あん時は、怖い思いさせてすまんかったなあ」
真っ直ぐに遥を見る眼は、秋の森を思い出させる色だった。微笑だけで、温かい感じになる。
「ううん。おじさんが助けてくれなかったら・・・」
「ちょい待ち!」
遥が言いかけた言葉に、龍司の声が被る。
「嬢ちゃん。オジサンはやめてや。ワシは、桐生のオッサンよりうんと年下なんやで」
「え?」
きょとんとする遥に、龍司はニカッと歯を見せて
「オッサンやない。お兄ちゃんや」
「お、お兄ちゃん?」
小さく言えば、龍司は点滴の無い右手で自分の胸を叩き
「そうや、お兄ちゃんや」
胸を張って言う姿がコミカルで、遥は思わず吹き出した。
「何や。おかしいか?」
途端に不満げな表情になる龍司に、一生懸命首を左右に振って
「ううん。違うの。お兄ちゃんなんて呼ぶの初めてだから、面白いなって思ったの」
「そうか。初めてか」
「うん」
頷けば、龍司は満足そうに
「ずっと、兄ちゃんて呼ぶんやで」
「うん」
力強く言って、遥はつられる様に笑顔になった。それに龍司が頷き
「嬢ちゃんは・・・」
「私の事は、遥でいいよ」
今度は遥が言い返す。大きな刃物傷のある唇が嬉しそうに笑い
「そっか。じゃ、遥。今日は桐生のオッサンの見舞いで来てるんやな?」
「うん」
「オッサン、調子どうや?」
「まだベッドから起きちゃいけないって言われてるの」
「そうか。ワシと同じやな」
感慨深そうに言って頷く様が、遥にはテレビの中のタレントの様に見える。いちいち動きが大げさで、何となく笑ってしまう。
「お兄ちゃんも、駄目なの?」
「そうや。ワシはタバコやらんからええけど、オッサンはタバコ吸えんから大変やな」
心配する所がそこなんだと、遥は笑う。龍司は少しも目をそらさず問いかけた。
「遥は、毎日見舞いに来てるのか?」
「うん」
「じゃあ、ついでにワシんトコにも遊びに寄ってや。ワシ、暇で暇で死にそうなんや。まあ、来週には大阪に帰るけど、それまで宜しゅう頼むわ」
桐生とはまた違う、優しい笑顔で龍司は言った。それから片目を閉じてウインクし
「この事は、桐生のオッサンには秘密やで。オッサンああ見えて過保護やからな。ワシがちょっかい出したーって乗り込んでくる可能性がある」
ウシシっと悪戯な子供のように笑う。
「そんな事、無いと思うけど」
「いや、絶対なる。大阪の城でのオッサンは唯事や無かった。ワシ、グーでぶたれる位ですめばええけど、東京湾に沈められるかもしれんと思っとるで」
龍司は目を閉じてうんうんと一人頷く。
「そんな事ないよー」
遥が口を尖らせる。
「絶対そうやって。遥が誰か男子と付き合う事があったら、オッサン自棄酒飲んで、その男の家に押しかけるで、きっと」
うひゃうひゃ笑いながら龍司が言う。遥はそうかなあと思う。桐生がそこまでするとは思えない。だが、龍司はすっとまじめな顔になり
「遥。せやから、この事は兄ちゃんと二人だけの秘密や」
「うん。わかった」
遥もまじめな顔で頷いた。龍司はにぱっと笑い
「約束やで」
右手の小指を出してくる。
「うん。約束」
遥は、大きな節くれ立った指に、小さな自分の指を絡めた。龍司がそれを大きく振って、指を切る。
「オッサンには内緒や。頼んだで。待ってるさかい、必ず来てや」
「うん。必ず来るから」
遥が椅子から立つ。龍司が眩しいものを見るように目を細めた。
「お兄ちゃん。またね」
「おう」
右手を上げて手をふる『兄』に、遥も片手を上げて答えて、病室を後にした。

その後、二人の秘密はすぐに桐生の知るところとなり、龍司がしっかり文句を言われたのは言うまでも無い。




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神室町に平和が戻った。まだ建設途中の神室町ヒルズから、無事生還した桐生は、自分がどうやって戻ってきたのかは覚えていない。
それもそのはず、あの爆弾のカウントダウンが終わった直後、爆発しなかった事に安堵した桐生は気を失ってしまったのだから。
そのまま病院へ直行となり、桐生はクリスマスをベッドの上で過ごす事になった。

冬の日は落ちるのが早い。冬至を過ぎたばかりの街は、どんどん暗くなっていく。
そんな中を、遥は一人歩いていた。周りは華やかなクリスマスカラーに彩られ、イルミネーションが休み無く輝いている。待ち行く人たちは皆、とても幸せそうに見えた。
(あーあ。クリスマスは無しか)
手をつないで歩いていく恋人たちを見て、遥は心でため息を吐く。去年のクリスマスは、それどころではなかった。だから、今年はと思っていた。大好きな桐生と過ごすクリスマスを、楽しみにしていたのに。
意識こそ回復したが、桐生はまだ安静を求められている。今の遥に出来る事は、毎日ヒマワリから見舞いに行く事だけだった。

病院は、面会の人で混んでいた。休憩室の小さなツリーが可愛らしい。
面会者名簿に名前を書いて、いつものようにナースルームから二つ隣の病室へ行く。
個室の、常に全開になっているドアを軽くノックして、遥は顔を覗かせた。
「おじさん」
小さく声をかけてから、衝立の向こうに回りこむ。桐生は、ベッドを起こして、雑誌を読んでいた。
「おじさん、具合はどう?」
遥は丸椅子を引き寄せて、ベッドの側に座る。桐生は雑誌を脇において
「ああ。もう大丈夫だ。それより、ヒマワリには馴染めたか?」
桐生が心配するのは、常に遥のことだけだ。心配をさせてはいけないと笑顔で
「うん。たった一年だもん。みんな知ってるしね」
「そうか」
息の多い、静かな声に安堵が含まれていた。毎回、桐生は遥の安否ばかり口にする。そんなに心配しなくても、とも思うが、くすぐったいような嬉しさもあった。
だが、今日は違う。12月23日の今日を、本当ならあの家で、あの部屋で過ごしたかったという思いがどうしても首を持ち上げてしまう。
「おじさん。今日、クリスマスイブイブなんだよ」
そんな言い方をすれば、桐生は目を細め
「そうだな。もう、そんな時期か」
ため息の入る言葉に、遥は思わず口を尖らせた。
「今年は、おじさんと二人で過ごすクリスマスだったのにな」
そんな事を言っても仕方ないのに、と分かっていても、口に上ってしまう言葉。こぼれた瞬間、桐生は目を閉じ、項垂れて
「すまない」
小さく言われて、遥はしまったと思った。こんな事を言うつもりじゃなかったのに、もう取り返しがつかない。
「そんなつもりで言ったんじゃないの。おじさん、ゴメンね」
「遥・・・」
見つめてくる深い色の瞳に、遥は精一杯の笑顔を浮かべた。
「プレゼント、もらえるかな?って思ってたから。ヒマワリだとプレゼント無いでしょ?だから期待してたの」
えへっと、子供っぽく舌を出す。桐生の目が優しくなった。
「遥は、プレゼント、何が欲しかったんだ?」
「え?」
遥は言葉が止まった。そもそも、欲しいプレゼントなんて無い。モノじゃなく、桐生の時間が欲しかった。遥はしばらく考えて、あることを思い出した。確かにこれならお金はかからない。でも、頼むのは怖い。
「言ってみろ」
桐生が顎で促してくる。遥は一瞬視線を外し、それからもう一度桐生を見た。
「じゃあ、おじさん。私にキスして」
「え?」
今度は、桐生が聞き返す。驚きのために見開かれた目に、遥は硬く手を握り、勇気を出して言葉を紡いだ。
「私ね、神室町ヒルズの上におじさんがいた時、ヘリコプターに伊達のおじさんと乗ってたの。その時見ちゃった。おじさんが薫さんとキスしてるの」
「なっ!」
桐生が息を飲む。一瞬にして顔色が真っ青になり、次に耳まで真っ赤になった。
「見てたのか?」
「うん。見ちゃった」
あの時、桐生は寂しげにヘリを見上げていた。そして両腕に抱いていた狭山薫と、キスをしたのだ。
でも、と遥は思う。薫より、自分の方がずっと桐生を好きだと。自分の方がもっと近くにいて、もっと大切に想っていると。だから、自分にもキスして欲しい。
「ねえ、おじさん。別にお金がかからないから、いいでしょ?」
自分の気持ちを、冗談で誤魔化そうと遥は言う。
「遥。そういう問題じゃないだろう?」
眉間に皺をよせて、桐生が答えた。
「でも、薫さんとキスしたんでしょ?」
遥は更に問い詰める。
「いや、まあ・・・んん・・・」
口ごもる桐生は、俯いてしまった。こういう時は、もう一押しだと遥は経験からわかっていた。だから
「おじさん。私にも、キスして」
ね?と最後に言葉をつけて微笑むと、桐生は大きくため息を吐いて
「わかった。じゃあ、目を閉じろ」
低く甘く響く声に言われて、遥は姿勢を正すと目を閉じた。両肩に、桐生の熱い大きな手が添えられて、遥は心臓が早鐘を打つのを聞いた。こめかみが痛いほどドキドキして、膝の上に置いた手で、膝を強く掴む。ゆっくりと近づくタバコの香りと体温に、身を硬くする。
「!」
感じたのは、右の頬だった。一瞬、柔らかいものが触れて、すぐに離れていく。
「おじさん」
遥は目を開けて、桐生を見た。桐生は少しだけ笑って
「そういうのは、もっと大人になってから、本当に大切な人とするんだ」
「・・・うん」
遥は静かに頷いた。それから笑顔で
「もっと大人になったらね」
今はこれだけだけど、もっと大人になったら、本当に大切な、大好きなおじさんにキスしてもらおうと、心に誓った。





神室町ヒルズの真下。
飛び交う怒号と人々。
赤いサイレンが近づき、救急車に搬送される桐生一馬。



ヘリより降り、携帯電話を操作しながら走る伊達と遥。
息を切らせながらパトカーに乗り込む。



遥:(泣きじゃくり)おじさんが、おじさんが死んじゃったらどうしよう?

伊達:(遥を抱き締めてその背中を何度も撫で)大丈夫、大丈夫だ!! だって、今までだって大丈夫だたじゃねえか? あんな丈夫な男がくたばるわけねえよ

遥:(さらに大きな泣き声)今までは! そうだよ今までは、だよ!!

伊達:え?

遥:(伊達の肩に取りすがる)だってもうおじさんは今までのおじさんじゃないもの

伊達:(運転手に怒鳴る)代われ!! 俺が運転した方が早ぇ!!



大病院のロビー。
駆けつけた須藤を見て長椅子から立ち上がる伊達。
伊達に寄り添う須藤。


須藤:伊達さん!

伊達:須藤?! お前、大丈夫なのか? こんな所に来て

須藤;(寂しそうに)今、現場は一課が仕切ってますので

伊達:(悔しそうに顔を歪ませる)

須藤:ですので、私はこちらへ。けど、こちらの方がよかった。あなたの傍を……離れたくない(辺りを見回して伊達に軽く抱きつく)

伊達:須藤……

須藤:(抑えつつも強い口調で)ほかの誰かがあなたを取り調べる……耐えられません、そんなの……考えただけでも狂いそうだ……

伊達:(須藤の額に自分の額を軽く押し付けてから、身体を離す)バカだな……(ハッとして)そういや、聴取、あるよな? 当然

須藤:ええ。落ち着いてからでも構いませんよ。あの子も

伊達:あの子?

須藤:澤村遥さんです。一応現場に居合わせたことになるますので

伊達:(眉をしかめて)別にその必要ねえだろ? ヘリ自体なかったことにすりゃいいじゃねえか?

須藤:まあ、私もそうしたいのは山々ですが、伊達さんけっこう無茶言いますね

伊達:(ぐったりした様子で)だって、お前ぇ、これからの仕事考えてもみろよ?

須藤:伊達さんが気になさることはありませんよあなたはもう一般人なんですから

伊達:おい?

須藤:(毅然とした態度で)全ての責任は――私が

伊達:(きっぱりと)バカ野郎! 俺たち二人の事件だ!!

須藤:伊達さん……

伊達:ああ、あと、瓦のオッサン

須藤:(冷たく)その付け足し、無用です

伊達:……お前なあ

須藤:そう言えば、澤村遥さんはご一緒ではないんですか?

伊達:ああ、今、トイレだ……確かにちょっと遅いな(真顔で)色んな事が起こった後だ、貧血起こして倒れてるのかもしれねえ!

須藤:どちらのお手洗いですか?

伊達:(駆け出して)あっちだ!




女子トイレ
個室をひとつひとつノックする伊達と後ろにつく須藤



伊達:遥、おい、遥! 大丈夫か?

須藤:そこも返事がありませんね(一番奥の個室のドアを引き)ここ、鍵が閉まってます

伊達:よし。(大声で名前を呼びノックする)遥! おい、大丈夫か? 遥!!

須藤:(首を横に振る)倒れているのかも

伊達:(舌打ちをして)よし、ブチ破るぞ

遥 :(消え入りそうな小さい声で)……止めて

須藤と伊達、同時に顔を見合わせる

遥 :(泣き声で)お願い……向こうに行って……

伊達:(安堵のため息を吐いて)何だ、遥……お前、泣いてたんだな?

遥 : ……

伊達:桐生が心配なのは分かるけどよ、大丈夫だ! あの男は体力があり余ってるからな。今はICUだけどよ、すぐに良くなる! な、遥? 泣き顔見られたくないってのは、分かるけどよ、お前の姿が消えたら俺らが心配するだろ?

須藤:いえ、私は別に……

伊達:てめえ、ブン殴るぞ!

須藤:(別に悪びれず)すみません

伊達:(やさしい声で)だから、遥、出てきてくれ? 一緒に桐生の手術が終わるの待とう

遥: (ぐすぐす泣きながら)だめ……出て行けない……

伊達:何言ってんだ? (やさしく笑いながら)お前は泣いたって十分かわいい顔してんだから。恥ずかしがんな!

遥: (さらにしゃくり上げて)

須藤:(伊達の前に割り入って)失礼します。澤村遥さん? 警視庁の須藤です。以前の事件であなたの身元を確認しましたが、あなたは現時点でもう10歳でいらっしゃいますね?

伊達:(目を丸めて)何言ってんだ? 須藤

須藤:(クールに)あなたにとってお恥ずかしい質問かもしれません。ですから、イエスなら1回。ノーなら2回。ドアをノックして下さい

伊達:(わけが分からないように)おい?

須藤:(クールな調子のままで)初潮が訪れましたか?

遥 :(控えめに1回ノック)

伊達:(無言で目を見開く)

須藤:必要なものを売店で私が買って参ります。伊達さんはロビーに連れ出しますので、そのまま5分ほどお待ち下さい

遥 :(強い調子で1回ノック)



ICU前のロビー。
長椅子にかけてタバコを吸う伊達。
須藤の姿を見て顔を上げる。


伊達:遥は?!

須藤:必要なものは全てお渡ししました。今はご自分で処置なさっている頃でしょう(クールに)

伊達:そ、そうか……悪かったな(恥ずかしそうに俯き)俺が気づいてやれなちゃいけなかったのにな……娘持ってる親なのに……(がっくり)

須藤:(伊達の真横にかけ)女子の第二次性徴は毎年低年齢化しています。伊達さんがお気づきになれなかったのも無理もありません。それに、今は学校のほうでも性教育が為されているはずです。大丈夫でしょう

伊達:け、けどよ……(はっと顔を上げる)遥!

遥 :(病院のロゴの入ったトーとバッグを持って)あの……(泣きはらした顔で)

伊達:(跪いて遥を軽く抱き締め)遥、大丈夫だったか?

遥 :う、うん。でも……私、びっくりして……それで……(また目に涙をためる)

須藤:(立ち上がり)どこか痛いところなどはありませんか?

遥 :(須藤を見上げて)大丈夫です……

須藤:(長椅子を促してそうですか、では、どうぞこちらにおかけ下さい

伊達:(怪訝そうに須藤を見ながら自分も遥の隣にかける)

須藤:(遥の隣にかけて)おめでとうございます澤村遥さん。これであなたは生殖能力のある立派な大人の女性です(クールに)

遥:(呆けて)

伊達:(慌てて)お、おい須藤!! お前何言ってんだ?

須藤:理解が必要です。ご自分の身に起こったことに関して理解することが(遥の向こうの伊達を見つめ)唯でさえ彼女は親以外の異性と過ごしているわけですから

伊達:だからってそんな言い方することねえだろ!

須藤:一般的に生理の出血は7日から10日続きます

伊達:(顔を赤くして)須藤!!

遥 :それ……保体の時習った……

須藤:だったら、処置の仕方は分かりますね?

遥 :大体……

伊達:(須藤を指差し)おい遥、腹が立ったら言え! この男、ブン殴ってやるから!

須藤:伊達さん、ひどいですね

遥 :(だんだん元気になってきて)ううん。ぜんぜん。須藤さんて学校の先生みたい

伊達:そ、そうか

須藤:澤村遥さん

遥: はい?

須藤:忘れないで頂きたいのは、あなたはもう大人の、立派な一人の女性だということです

遥: えっ?

伊達:須藤?

須藤:確かに現時点のあなたは、選挙権もなければ、勤労の義務も発生しません。広義の意味では大人ではないかもしれない。けれども!(いつになく強い調子で)あなたはもう男性のとの間に子供を授けられる身体です。無論、未成熟のあなたの身体が、妊娠、出産を行うのはとても過酷なことですし、法的にはまだ許されません。しかし、身体的にはあなたは一人前の女性なんです

伊達:須藤(苛苛した様子で)

須藤:(遥を見つめ)狭山薫さんとも、十分に張り合えます

遥: (ハッとしたように目を見開く)

伊達:(須藤の首ねっこを掴み、ずるずると壁際に追い込み背中を押さえつける)

須藤:そんな……伊達さん……女性の見てる前で……

伊達:お前は何を言ってるんだ?! さっきから

遥: (考え込んでいる)

伊達:大体桐生は父親代わりの男だぞ? ワケわかんねえこと言って、遥を混乱させるんじゃねえ!

須藤:お言葉ですが伊達さん、(首だけ振り返り)澤村遥さんは一人の女性として桐生一馬に特別な感情を寄せています

伊達:何言ってんだ? てめえ(すごんで)

須藤:(怯まず)ヘリの時、気づきませんでしたか?

伊達:何?

須藤:あなたの説得に応じなかった二人を見つめるあの表情は親を慕う少女ものではありませんでした。男を愛する一人の女性でした

伊達:そんなバカな……

須藤:私には分かります

伊達:何故だ?

須藤:私もあなたに10年以上も片思いを寄せていましたから。片恋する人間は簡単に見分けられます

伊達:そ、それは――

須藤:ちょっと、すみません。これ以上何もできないのであれば、この体勢はつらいだけです(伊達の身体の下から抜け出し)付け加えて、澤村遥さんの初潮はおそらく桐生一馬が狭山薫さんを選んだことに起因しているとみてよいでしょう

伊達:(だんだん刑事の目になってきて)何だと?

須藤:突発的な環境の変化、及び過度のストレスは身体に並々ならない影響を与えます。この為修学旅行やサマーキャンプなどに女児の子供を送り出す際にはその機関は生理の用意を義務付けられます。また、そういった指導も必ず

伊達:続けろ

須藤:澤村遥さんは再びヤクザの抗争に巻き込まれました。しかしながら彼女が本当にストレスを感じたのは、桐生一馬に裏切られたことです。それも、目の前でね

伊達:(考え込んで)

須藤:通常初潮の平均年齢は12歳前後です。しかし、これはかなりの個人差を有します。10歳で初潮を迎える少女も少なくありません。しかし、澤村遥さんの身長を慮るに、やや、早い

伊達:わかった、もういい(少し考えこんで)遥

遥: 何? 伊達のおじさん(いつもの笑顔で)

伊達:桐生の手術、まだかかりそうだ。食堂が開いてるけど、何か食いに行くか?

遥: ありがとう、伊達のおじさん。でも私ここでおじさんを待ちたいの。須藤さんと二人で行って来て

伊達:そうか……

須藤:では行きましょうか? 伊達さん

伊達:アホか! お前ぇ!! 遥一人置いて行けるか? パンでも何でも買って来い!!

遥: (二人を見てくすくす笑う)

須藤:(気にせず)では何か買って来ましょう。伊達さんはおにぎりとサンドイッチどちらがいいですか?

伊達:ん、そうだな。米だ米

須藤:かしこまりました。澤村遥さんは何か食べたいものはありますか? 菓子パンなども売ってましたが

遥: 私、クリームパンが食べたい!

須藤:かしこまりました(背を向けて)

遥: (立ち上がって)須藤さん!!

須藤:(立ち止まる。首だけ振り返って)何か?

遥 :ありがとう……

須藤:(向き直って)礼を言われるほどのことはしていません

遥: うん! でも、ありがとう!(ぺこっと頭を下げて)

須藤:澤村遥さん……

遥: はい?

須藤:個人的見解ですが、私は狭山薫さんよりあなたの方が美人だと思います(再び背を向けて)では

伊達:うわ……

遥: どうしたの? 伊達のおじさん

伊達:珍しいんだよ! 須藤が女褒めるなんて!!

遥: そうなの?

伊達:ああ。明日は魚が降ってくるかもしれねえ

遥: 何それ(笑いながら)?

伊達:あいつ女嫌いなんだよ

遥: その分伊達のおじさんが好きなんでしょ?

伊達:(ばつが悪そうに)

遥: (口笛を吹くように口を尖らせて)ヒュー、ヒュー

伊達:コラ! 大人をからかうんじゃねえぞ(ふと、自分がさっき言った台詞を思い出す『女褒めるなんて』)ああ……

遥: どうしたの?

伊達:いやあ(困ったように笑って)いつの間にか俺も遥を女扱いしてたみてえだ







「白粉花」






久しぶりに賽の河原へと伊達は出向いた。
ちょうど、賽の河原のアジトの入口にいた遥が伊達を見つけ、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「伊達のおじさん!」
「おう、遥。久しぶりだな」
「うん」
「変わったことねぇか?」
遥の頭を優しく撫でながら伊達が問う。
「大丈夫だよ」
「そうか」
伊達は辺りをぐるりと見回すと直ぐに、遥に桐生の事を聞いた。
「桐生はどうした?」
「おじさんは少し用があるからって、朝から出かけた」
「入れ違いか、仕方ねぇな」
頭の後ろに手をやると、伊達はやれやれと溜息を吐いた。


もうそろそろ夏も終わろうかという頃だった。
河原のあちらこちらに雑草が咲き、その中に咲く赤紫や黄色の花が目を引く。
「可愛いお花でしょ?」
遥はその花を気に入っているらしく、伊達に向かって花を指差した。
「へぇ……こりゃ、あれじゃねぇか」
伊達は面白いものを見つけたというように、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
ゆっくりと花に手を伸ばす伊達を見て、遥が声を上げる。
「お花、ちぎっちゃ駄目だよ!」
慌てたように遥が叫んだが、それにも動じず、伊達の手が花の上で小さく動いた。
「ひどいよ!伊達のおじさんの馬鹿!」
伊達の腕に取りすがるようにして、遥が叫ぶ。
「安心しろ、遥?」
「……伊達のおじさん……?」
「摘んじゃいねぇよ」
ほら、と開いた伊達の掌には直径1センチ程の黒い粒がひとつ、乗っていた。
「これ、なに?」
「ああ、こりゃ種だ」
「種……?」
「見てろよ、遥」
伊達はその種を口元に持ってゆくと、それを奥歯の横でがり、と齧った。
遥は伊達のその予想外の行為にただ驚き、それを黙ったまま見詰めている。
伊達が噛み砕いた黒い種子は二つに割れ、その中に白いものが見えた。
その種子を再び掌に戻すと、伊達はその割れ目を指で一層広げた。
「ホラ、見てみろ遥」
「あ……」
伊達は指で、種子の中から出てきた白い粉状のものを指先で擦り取る。
「『おしろい』って知ってるか?」
遥がこくりと頷く。
「女の人が、お化粧に使う…」
「ああ」
今度は伊達が頷いた。
「この花はおしろいばなって言ってな、種の中に白粉の原料が入ってんだ」
「白粉……」
「そうだ。面白いだろ?」
「うん!」
遥は伊達の手から受け取った割れた種をまじまじと見つめた。



「伊達のおじさん!見て、こんなにたくさん」
両手を開いて遥が花から集めた種を見せた。その小さな両手で種は左右に転がる。
「ああ、良かったな」
「いっぱい集めたら、白粉になるね!」
「そうだな」
遥の弾んだ様子に伊達も自然と顔が綻ぶ。やはり遥も年頃の女の子なのだと実感する。
「──けど、遥はそういうもんつけなくてもきっと別嬪になるな」
その言葉に、はにかんだように遥が俯いた。伊達もそんな遥に優しい笑顔を向ける。
遥は伊達を見上げて、その名を呼んだ。
「ん?」
遥の位置まで屈んだ伊達の耳に入った遥の可愛い言葉。
伊達はああ、と頷いた後、もう一度笑った。



数時間後には所用を終えた桐生が戻り、アジトの部屋は3人の笑い声が響いていた。
遥はベッドの上でポケットの中をごそごそと探っている。
チラチラと桐生を見ては、その後、また伊達に視線を移す。
桐生はそんな遥の様子が気になって仕方ないようだった。しきりに遥を気にしている。
「どうかしたか?遥」
「別に!なんでもないよ、ね、伊達のおじさん?」
「ああ」
二人の間に流れる独特の雰囲気に、桐生は僅かに首を捻った。
「伊達さん、ちょっと」
桐生は伊達のシャツの袖を引っ張った。小声で伊達に詰問する。
「んん?」
「あんた、遥に一体何したんだ?」
「何って、何がだよ」
そう桐生に言われてちらりと遥に目をやると、遥は伊達にそっと目を合わせ、楽しそうに笑った。
「目がな」
「目ぇ?」
「ああ…あんたを見る目が、今日はちょっと違うぜ?」
「そうかぁ?」
伊達は至って平然と返事をする。しばらく考えてから、おもむろに口を開いた。
「実はな」
伊達は桐生に耳を寄せると、今日の出来事を簡略に伝えた。桐生の目が大きく見開かれる。
「おい、伊達さん」
やや不機嫌そうに目を細めると、桐生は伊達に顔を近づけて声を絞り出す。
「遥には、まだそういうのは早いんじゃねぇか?」
その、いかにもふて腐れた様子に伊達がクッ、と笑う。
「妬くな妬くな」
「……そんなんじゃねぇけどよ」
短い髪を掻きながらも、桐生は呻いた。
それから間を置かずに、桐生は再び伊達を横目で見つつ、伊達に聞こえるくらいの小声で呟く。
「……あんた、結構手ェ早いよな」
「だから、何がだよ!」
桐生がいやに絡んでくるのに閉口した伊達は、チッと舌打ちをした。
「遥の気も知らねぇで」
「何だ?そりゃどういうことだ、伊達さん?」
「さぁ」
肩を竦め、とぼけた様に伊達が返事をする。


『おじさんに、白粉つけたら見せてあげようかな…』


あの時、遥の可愛らしい言葉が伊達の耳元で囁かれたのだ。まるで秘密の言葉のように。
「伊達さん!」
「刑事にゃ、守秘義務ってのがあってな」
伊達はこの話はここで終わりとばかりに胸ポケットから煙草を取り出し、そっと咥えた。






支えてくれる


心にもないことをしてしまった。
桐生一馬は一人帰路に着きながら思っていた。



そこは部屋から程近い食堂だった。
時折遥と二人で夕食をとることもあるなじみの所だ。
切り盛りする夫婦を遥はお父さん、お母さんと呼んでいた。

いつも余り人のいない時間に利用するのだが、
その日はなぜか席を探さないといけない程だった。

「ごめんね遥ちゃん、相席でお願い」

そうおかみさんから言われて、テーブル席に桐生と二人で着いた。
前には若いカップルが座っていた。

桐生は周りとなるべく目を合わさない様に席へ着いた。
しかし目の前のカップルの女と目が合った。
するとその女は、
「こわい…」
と言い、よそを見ながらタバコふかしていた隣の男にわざとらしく寄り添った。

すると男が桐生に、
「連れに何してくれんだよぉー」
と突っかかった。

「いや、俺は何もしてない」
「怖がってんだろうが」
「何もしてねえ」
「あやまれよ」
「……すまなかった」
「そんな謝り方じゃ足りねえんだよ!」
周りが水を打ったように静まり返っていた。

「遥、帰ろう」
「おい、逃げる気かよ」
「すまなかったって言ってるだろう」
「だからそれじゃ、だめなんだよ!」

「…やっつけてよ」
小声で遥がつぶやいた。

「遥…、バカなこと言うんじゃない」
「こんなやつすぐだよ。弱っちいよ。こんなこともういやだから早く片付けてよ」

パンっと歯切れのいい音が響いた。
遥が打たれた頬に手を当て、桐生を強い目で見つめた。
黙って椅子をガタンと鳴らし、遥は店を足早に出て行った。

厨房の中にいた主人が何事かと出てきた。
「おにいさん、もうそれくらいにしてやってくれないか?
 この人も謝ってる事だし、お姉さんもそれでいいだろ?」
女が居心地の悪そうな顔をしつつ、隣の男と目を合わせた。
二人は金をテーブルの上に置いて、店を出て行った。

「すいませんでした、迷惑掛けて」
「あんたも災難だったねえ。あんなやつほっとけばいいんだよ」
頭を下げて桐生は店主に謝った。

店を出たものの足取りは重かった。
いつも自分のせいでトラブルに巻き込まれるが、
遥があんな口調で言うのは初めてだった。
こんなこともういや…
その言葉が重くのしかかった。

遥は家へちゃんと帰ってるだろうか。
日はとうに暮れて、周りにはところどころにしか街灯はない。

桐生は家の階段前にうずくまる小さな陰を見た。
犬の頭を黙って撫でながらしゃがんでいたのは遥だった。
初めて会ったときから比べると大きくなったが、
こうして見ているとまだまだ子どもだと桐生は感じた。

黙って近付いた。
気配に気づいた犬が首を向けたので遥も振り向いた。

「あのね、ごめんなさい。さっきはあんな事言って」
「俺も謝んなきゃいけない。いつも俺のせいで変なことに巻き込んで」
「いいの。会った時から守ってもらってなきゃ今の私はいないんだから、
 感謝してるの。いつもね」
そういいながら、遥は照れ半分の子どもらしい笑顔を見せた。

「俺がお前を守りたいって決めたんだ。これからもそう思ってる」
「…ありがとう」
さらに笑顔になった遥からは少し大人の表情が垣間見えた。

これからもよろしくね。
遥はそう言いながら二人で階段を上っていった。




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