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テーブルの上にはオムライス。
そして目の前には真島吾朗。


一見何の変哲も無い組み合わせ・・・であるようにも見えるし、そうでないようにも見える。
だが問題は一緒に添えられたケチャップ。
「真島のおじさん、早く食べないと冷めちゃうよ」
「う~ん、もうちょい待ち。今精神統一しとるところや」
なにやら珍しく真剣な表情でオムライスを睨みつけている真島に遥が声を掛ける。
一応これを作ったのは遥なのだが、何故かケチャップは掛けないで欲しいと真島に言われたのだ。
「・・・おじさん遅いね」
そんな格闘する真島の前にはもう一つオムライスがあった。
だがこちらもケチャップは付いていない上にサランラップが掛けてある。
それは数時間前に急に東城会に呼び出されて出かけていった桐生の分だった。
「な~に、心配あらへん。もう直ぐ戻る言うてたんやから大丈夫や」
「うん、そうだね。ほら、早く掛けて」
「・・・よっしゃ!ほないくでぇ」
「うん!」





ガチャ





「ただいま、遥。・・・何やってるんだ、二人とも」
「あ、おじさんおかえりなさい」
「おう、桐生チャン遅かったな」
「ああ、済まなかった。・・・それより、それは?」
「今ね、ケチャップでおじさんの似顔絵描いてたの」
「結構似てるやろ?」
「うん、あ、でもこの辺もう少し」
「こうか?」
「そうそう!」
・・・何だか自分がいない間に随分楽しんでいたようだ。
まるで兄妹のような二人に微笑みながらも、オムライスにケチャップで描かれた自分の似顔絵らしきものを見て首を傾げた。
まあ確かに器用ではあるが。
「兄さん、それ大分冷めちゃったんじゃ・・・」
「やっぱり桐生チャンへの愛が成せる技やなぁ!」
「ッ!!?」
突然何を言い出すんだ、この男は。
不意打ちとも言える一言に桐生の顔は真っ赤になった。
「に、にいさ・・・」
「遥ちゃん、桐生チャンの分温めてやった方がええで」
「うん、おじさん今温めるから待っててね」
「・・・」
兄さんの発言もそうだが、それに適応化してきている遥もどうなのだろう。
ちょっぴり不安になりながらも、真っ赤になった顔を中々治められない桐生なのでした。


END
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07-02-17 02:56
[感謝の渡し物(龍が如く)]
(桐生・遥・伊達・沙耶)


―その日になった。
ある人はその日を知っていて結果を待ち望んでいたり、
ある人はその日を知っていながら知らない振りをしていたり…

はたまた本当に忘れてた者もいるものだ
当の本人も忘れていた。

渡される前は。



感謝の渡し物



「あ…」と遥は小さく呟いた。
デパートで今日の食材を桐生と一緒に買っていた途中だった。

「遥、どうした?」と桐生は遥を見る。
「ううん、なんでもないよ」

忘れてた…今日はバレンタインデーだった…。

桐生の後ろには大きなピンク色のハートの看板。
そこには大きく
「2/14バレンタインデー」
と書かれていた。

あいにく本人は気付いて居ないようだ。

「おじさん」
「ん?なんだ?」
「…欲しい物があるの」
「何だ、何が欲しいんだ?」

どうしたんだ?急にそわそわして…と桐生は不思議に思う。

「おじさんには内緒!」

「え!?」

遥の急な攻撃に驚く。
内緒だなんて…本当にどうしたんだ?

段々桐生は内緒の件よりも遥自身に心配する。

こういうのは男の俺にはどうしようも出来ない。
「私一人で買いに行くからおじさんは先に会計済まして待ってて!」
と本人も言う。
「大丈夫なのか?」
と遥に聞きながら千円を渡す。
…千円で遥の欲しい物…買えるのか?
ふとそう思った。

「ごめんね、おじさん、有り難う!」
遥の笑顔に微笑みながら不安を残しつつ、その場を離れた。


「よかったぁ~」
遥は少しづつ小さくなっていく桐生の背中を見て安堵の息を吐いた。

どうせなら桐生を驚かせたい。
いつもお世話になっている感謝として―…

とそこまで考えて我に返った。

「そうだ…手づくりはできないや…」
桐生は遥と過ごす為離れた時は殆ど無い。
作る時間が無いとわかると、出来上がっている物を渡して驚かすしかないのかな…と考えた時だった。

「うーん…ビターはお父さんには似合わないかな…」
と聞き覚えのある声がする。
「沙耶お姉ちゃん!」
「ん?あれ?遥ちゃん?」
と今時な感じの服を着た女性―沙耶―が気付いた。

桐生の良き相棒である伊達真の娘だ。
離婚して離れたらしいのだが遥と桐生が共に暮らす時に伊達と沙耶も共に暮らし始めたという。

「こんな所で会えるなんてね!」沙耶が遥の頭を撫でる。
「沙耶お姉ちゃんも、チョコを?」
「うん、今年は手づくりにするつもりなんだ」と言う。
「一緒に作らない?」
「え!?いいの?」
「いいのいいの!調度お父さんに居なくなってもらう口実できるし!」

「多分今頃桐生さんと一緒なんじゃないかな?」




「はぁー…」
喫煙室でひそかに溜息をしたつもりだったが周りに目線を集めてしまった。
気まずい中、また考えるのは遥の謎の行動の原因ばかり。

なんで一人で買い物なんか…?

「どうしたんだ…遥ぁ…」


「よぉ、やけにうなだれてるじゃねえか」
懐かしい声がする

「…伊達さん!」

「おう、久しぶりだな」
服は変わっているがやはり雰囲気は変わらないものだ。

「桐生、俺も多分、お前と同じ気持ちだ」
よいしょ、と桐生の隣に腰掛ける。
「伊達さんも?」

「沙耶も同じく一人で買い物に行っちまったんだ。しかもその前なんか『お父さん、ネクタイとか欲しいのある?』とか急に言うんだ。なんだかさっぱりだ…刑事やめたこと怒ってやがんのかな…就職しろとか…」
「まさか、娘さん、嬉しそうだったじゃないか」

「だけどよお」

二人でそんな話をしてる時に伊達の携帯に電話がかかってきた。

「ん、あぁどうした?…おぉ…わかった」
伊達は電話を切るとまた落ち込んだようにどかりと座った。
「娘さんか?」
と桐生が聞く。
「あぁ、どうやら遥と一緒らしい。部屋で何かするからしばらく二人でぶらぶらしてろ、だと…」

今度は二人で肩を落とす。
そして同時に溜息と

『どうしたんだ…』

と呟いた。


二人が甘い感謝のチョコレートを貰うのは、何時間か先の事…




家族ゲーム

夜の公園。
遊んでいる子供なんていなく、いるのは段ボールを布団にして寝ているホームレスだけ。

そんな静かな公園の中…遥のよろつく姿に、ドシンという鈍い音。
その度に桐生ははらはらしたり、あぁ!と声をあげる。
慌てて駆け寄りたいけれど、それは遥自身に止められていて…
ぐっと我慢すればまた、ドシンと鈍い音。

「は、遥…今日はもう止めないか…?」

いい加減すり傷だらけの遥に、桐生はたまらず声をかける。
しかし、それに返ってきたのは、遥の厳しい声だった。

「まだ!!!帰るんなら、おじさんだけ先に帰って!!!」

もちろんそんなことをできる筈がなく、また何度も続く鈍い音に…はぁ…と深いため息をついて、ベンチへと座った。







気づいたのは、丁度仕事帰りの道での事だった。
商店街を通り抜けるとき目に入った、可愛らしい、真っ赤な自転車。
子供用のそれは自転車屋の店先に並べられていて、遥に似合いそうだと桐生はごく普通に思った。
遥と暮らすようになって、何を見ても遥なら…とあの少女に似合い物を探してしまう。
困った癖だな、なんて苦笑しながら自転車を見て…ふと気づく。

「そういえば…まだ遥に自転車、買ってやってなかったな…」

何処へ行くにも歩きか電車か、車に乗って移動していた。
それに、遥は自分から物を欲しいと言わない子だ。
桐生があれ、いるか?と聞くと、うんと頷くが、自分からはなかなか言わない。
ましてや、自転車みたいな万を超える品をねだる筈がなかったのだ。

「…学校の友達と出かける時、やっぱりいるか」

何時までも、歩きというわけにはいかないだろう。
桐生はひとつ頷くと、いつもより少し早足になって家への道を歩き始めた。







夕飯の時間。
今日も今日とて押し掛けてきた真島は桐生の隣に座り、ちまちま何かテーブルにこぼしは遥に叱られていた。

「真島のおじさん!またお箸の持ち方が違うよ!お箸の持ち方はこう!」


「…ええねん、ワシはこれで。食えたら一緒やし」

「駄目だよ。そんなんだから、こぼしちゃうんじゃない」

ほら、と箸の持ち方をレクチャーしてやるも…真島は直そうとしない。

ツマミとスナック菓子を肴に酒を飲んで、今まで生きてきた男だ。
表立った会合も面倒臭いと蹴っていたため、この癖を今まで知らなかったのだが…真島は箸を握るとき、手をグーにして握るらしい。
それに桐生と遥が気づいてから散々矯正しようとしたのだが…なかなか上手くいかない。

「親父も諦めたんに…」

「駄ー目!いつまでも子供じゃないんだから」

「……はは…まさか子供に言われる思わんかったわ」

情けなそうに顔を引きつらせ、やっと箸を正しく持とうと四苦八苦。
あの嶋野の狂犬とは思えない姿に、桐生はクスクス笑った。

「まぁまぁ、ゆっくりやっていこう。…そうだ、遥」

「何?」

「自転車、欲しくないか?」

ピタリ、と遥の動きが止まる。
真島にこう!と見せていた箸まで停止し、頑張っていた真島は首を傾げた。

「遥ちゃん?どないしたん?」

「遥?」

二人に顔を覗き込まれ、遥ははっと我に返る。
そして…力いっぱい首を横に振った。

「いい!!いらない!!」

あまりに強い拒絶に、二人は顔を見合わせる。
遠慮している…とかいうのではなく、本気で嫌がっているようだ。
そんな遥を見るのは初めてで、桐生は困惑した。

「でも、友達と遊びに行くときとか…不便じゃないか?」

「歩くから、いいもん」

「遥に似合いそうな自転車があったんだが…」

「別にいらないもん」

「でもなぁ…」

「いーらーなーいー!!!」

頑なのは、誰に似たのか。
ため息をついてみれば、隣で真島が「桐生ちゃんみたいやな」とケラケラ笑っていて。
恥ずかしくなって、テーブルの下で足を蹴りつける。
むこう脛を蹴られた真島は涙目になって足を抱えるが…目は笑ったままだ。

「遥ちゃん、もしかして自転車乗られへんのとちゃう?」

「え…そ、そうなのか?」



遥を見てみれば、遥は真っ赤になって唇を噛みしめている。
膝の上で拳をつくって、恥ずかしさに耐えていた。

「…………ヒマワリで練習したけど…上手く乗れなかったの。いっぱい転んで、怖かったし…」

段差で転んだときなんかは、手をついたときに手首に皹が入ったらしい。
それ以来、怖くて自転車の練習ができなかったそうだ。
ヤクザ相手にタンカをきるのに、意外な弱点が判明し…桐生はそうだったのかと頷いた。

「でも、そのままでいるわけにはいかないしな…兄さん、どうします?」

意見を求められ、真島はにやりと笑った。

「練習しか、ないやろが?」

スパルタな気配が漂う真島の笑みに…桐生とおののき、遥は逃走を試みる。
けれど素早く捕えられ、遥を肩に、桐生の右手を掴み。

「ほな、善は急げや。自転車買いに行くで!!」

「ま、真島のおじさん?!」

驚く二人を抱え、引きずり…真島は心底楽しそうに笑って玄関を飛びだしていった。








それから、まだ開いていた自転車屋で夕方見た自転車を買って、公園へとやってきた。
初めは嫌がっていた遥だったが…真島に後ろを押さえてもらいながら頑張るうち、やる気がでてきたようだった。
今では生傷をつくる遥に、桐生がもう止めようと言う始末。

「はるかー…」

「もう!!大丈夫だってば!!」

言ったはしから、また転ぶ。

「桐生ちゃん、邪魔したらあかんがな」

転んだ遥を起こしてやりながら、真島が笑う。
遥もそんな真島に、激しく同意した。

「絶対自転車に乗れるようになって、おじさんたちとサイクリングに行くんだから!!」

いつそんな話になったのか、遥が乗れるようになったら三人でサイクリングらしい。
自転車のテーマパークが関西のほうにあると、真島が入れ知恵したようだ。


でも、それだけ頑張るのなら…応援してやらなければいけないのかもしれない。
刻々と生傷を増やしていく愛娘を心配しつつ…桐生は真島に支えられてよろよろペタルをこぐ遥を見て、優しく微笑んだ。








誓いの言葉

普段何かと忙しい桐生はいつも日曜日、遥をどこかへと連れていってくれる。
家族サービスなんて顔じゃないけれど、遥が少しでもたくさん、家族というものを感じられるように。
この日だけは流石の真島も二人の間に割り込むことはできなくて。
日曜日は、二人だけでのお出かけの日と決められていた。

そして今日は、近くの大きな公園の中にある薔薇園へ行ってきた。
薔薇の花が綺麗に咲いているらしいと聞いてきたのは桐生で、じゃあお弁当を持っていこうと言い出したのは遥。
先週は動物園だったから、今週は近場でのんびりしようとそこに決めた。
薔薇園では花に詳しい遥が、薔薇は赤しかないと思っていた桐生を引っ張り回し、花言葉も交えて説明してやった。
それからベンチを見付けて、そこでのお弁当タイム。

いつもの日曜日がいつもと違ってくるのは、その帰り道のことだった。







「あ、おじさん、あれ」


手を繋ぎながら帰っているとき、遥が急に立ち止まって桐生の袖を引っ張った。
遥が指差すほうを見ると、そこには小さな教会があって。
教会のベルが、清らかな音を鳴らしていた。

「あれがどうした?」

「もう!気づかないの?結婚式だよ」

言われて、桐生はやっとこの鐘の音が結婚を祝福する鐘だと知った。

二人が見ていると、教会の扉が開いて新郎新婦の親戚や友人たちが姿を現した。
その手には色とりどりの花びらやライスシャワーが用意されていて、これから新郎新婦が出てくるのだとわかる。
遥は初めて見る結婚式の様子に頬を上気させ、桐生と繋ぐ手にも力がこもった。

そんな遥を見て、桐生は不思議な気持ちになった。
この子も、まだ花嫁に憧れる年代なのだ。
白いウエディングドレスに、まだ見ぬ旦那様。
二人腕を組んで歩くバージンロードを、大切な人たちに祝福されながら歩く…
そんな、憧れの結婚式に。



「おじさん!出てくるよ!」

わっと歓声があがる。
二人のように偶然いきあたった通行人たちも歓声をあげ、手を叩いた。
祝福の声とともに降りしきるライスシャワーに、新郎新婦はこれ以上ないほど幸せそうで…
めじりに涙を溜めた花嫁はファレノプシスの花束を掲げ、放り投げた。

もちろん、単なる通りすがりの遥がそれをキャッチすることはできなかったけれど、そこを離れてからも遥の目はずっと輝いたままだった。
女の子の気持ちには疎い桐生ですら、好きなやつと自分をあの結婚式にあてはめているのでは、と心配してしまうほどに。








夕飯は、遥のリクエストでファミレスで食べる事になった。
遥がこの年でクーポン持参だったことには少しばかり恐ろしい気がする。
稼ぎが少ない…絡んでくるチンピラから巻き上げてもいるが…自分が悪いのか。
けれどもう少し、子供らしくいて欲しい。
だが遥もけちってばかりではないらしく、

「おじさん、デザートに苺パフェ頼んでもいい?」

得した分を、好きなものにあてるらしい。
桐生は妙に安心して、頷いた。
遥は嬉しそうに追加注文して、メニューを桐生へ渡す。


「そういえば、昼間の花嫁さん、綺麗だったね」


遥が、昼間の話を持ち出した。
正直な所、お父さんな桐生はあまりこれに触れたくなかったのだが、あんまり遥が嬉しそうに、楽しそうに話すから。

「そうだな」

頷いてしまう。
遥は桐生が話にのってくると、ますます目を輝かせて身を乗り出してくる。

「私ね、町の小さな教会で結婚式を挙げるのが夢なの!もちろんジューン・ブライドで、呼ぶのは真島のおじさんとか伊達のおじさんとか、一番仲のいい友達だけ!人数は少ないほうがいいの。ブーケはやっぱり白のファレノプシス!」

「…そうか」

「で、ライスシャワーを浴びながらお姫さま抱っこで階段を下りて…そのまま新婚旅行に旅立つの!行くんなら、オーストラリアだよねぇ…」

「………」

「おじさん、聞いてる?」

「…あ、ああ」


聞いてはいるが、娘のような遥の口からすらすらでてくる未来の結婚式に、意識が遠のきかけていた。
まだ十歳とはいえ、あと六年もすれば結婚できる年なのだ。
それに女の子の成長は早いと聞く。
あっという間に遥は大きくなって、誰かの元へ嫁いでいってしまうのではないか…
父親ならば一度は心配するそれに、当然桐生のテンションは下がっていく。
次の遥の言葉を、聞くまでは。

「おじさんもちゃんと考えてよ?私たちの結婚式なんだから」

「………は…?」

遥の言葉に、桐生は固まった。
だが遥は当たり前でしょ?と、ひどく綺麗に笑う。

「私はおじさんのお嫁さんになるんだもん」

あきらかに、お父さんのお嫁さんになってあげる、とは違う遥の笑顔に桐生としてはほっとしたような、逆に悩んでしまうような…
だが、嬉しくもあったりして、なんだか自分でもどんな反応をすればいいのかわからない。

「遥、お前なぁ?これからたくさんいい男が出てくるんだぞ?」

「そう?おじさんよりかっこいい人、なかなかいないよ」

「……フッ…ありがとな。じゃああと十年してまだそう言ってくれるなら、遥と結婚するか」

「ほんと!!?約束だよ!!絶対だからね!!」


あと十年。
長いようで短い年月のさき、ずっと好きだと言ってくれるなら。

いつか、自分の中でこの少女の位置が動くなら。




「ああ、約束な」





ずっと一緒にいようと、誓いの言葉を交そう。




元・ヤクザの意味

玄関を開けた途端、鉄臭い臭いが鼻をついた。
桐生はこれが血の臭いだと認識した瞬間、血の気が引く。
遥に、何かあったのか。
桐生は靴を脱ぐのも忘れてリビングへと駆け込み…絶句する。

「……遥…っ!!」

クリーム色のカーペットに差す、赤い染み。
その赤い染みは…床に倒れていた遥の頭から流れる血でできていた。
桐生は目の前の光景に凍りついたが、すぐに遥を抱き起こそうとする。
しかし頭からの出血ということは、頭を打ったということ。
桐生は下手に動かさずに、まず息の確認をした。
口に手を当てればしっかりとした呼気が確認できて、ひとまずほっとする。
だが遥の体はピクリとも動かず、意識もないようで。
桐生は真っ青になりながら救急車を呼んだ。
大事なものをみんな亡くして、唯一残った遥すら自分の手から溢れ落ちるかもしれない。
そう思っただけで…桐生は横たわる遥の手を離す事ができなかった。



遥の治療を待つ間、桐生の耳には何の音も入ってこなかった。
看護師と救急隊員が桐生を見て、ひそひそ何かを話していたことすらも…




治療していたのは、ほんの三十分ほどのものだったらしい。
しかし桐生にはその時間が永遠にも思えていたし、事実、時間の感覚なんて消えていた。

治療を終えて出てきた遥はまだ麻酔から目覚めておらず、病室へと運ばれていった。
桐生としては直ぐにでも遥の側へいきたかったのだが、待合室で引き止められてしまう。
それも、桐生があまり好まない人種の人間によって。


「桐生一馬だな?」

人目もあることからか、男は自分の所属する組織の名前は言わなかった。
だが桐生にとってはこの男の持つ雰囲気には馴染みがあり、尚且つ関わりあいになりたくない人種だと分かり。

「何か、用か」

言葉が自然と冷たくなる。
殺気立つ桐生の声に男はうすら笑う。

「ここじゃあ、お互い困るだろ?…ついて来い」

「断る」

「通報が、あったとしてもか?」

公務執行妨害で引っ張るぞと暗に脅され、桐生は舌打ちする。
ついて行くしかないかと…桐生は先に歩いていく男の後をついて行った。


連れて行かれたのは病院でもほとんど人気がない階の、会議室だった。
病院関係者は排除されているらしく、部屋には男の部下らしい男がいただけ。
男…刑事は何も置かれていない長机に座ると、桐生にも座るよう目で促した。

「で、通報ってのは?」

「ここの看護婦さんからだ。誰かは言わねぇぜ。お礼参りされても、困るしな」

「……んなことは、しねぇよ」

そうか?
と、刑事は鼻で笑う。
このガラの悪さは四課か…そう、桐生は昔世話になった四課のイメージから刑事の課を推測する。
そして、看護婦さんという言い方と態度とで…頭の古い、そして妙に自信の強いタイプだと伺いしれる。

自信たっぷりな刑事は言う。

「さっき運ばれてきた女の子の様子がおかしいって、救急隊員の兄ちゃんが気づいたんだとよ。部屋が妙に荒れてたらしいぜ」

「………」

「女の子の傷だが、どうやらテーブルに額をぶつけてできたもんらしい。リビングのテーブルの角に、血痕がついていたそうだ」

「……何が言いたい」

刑事の目が、据わる。


「あんたが突き飛ばしたんじゃねぇのか?」


その言葉に、桐生はイスを蹴り飛ばして立ち上がった。
勢いにまかせて刑事に掴みかかるが、部下の男に取り押さえられる。
机に叩きふせられ、桐生はうめきながら刑事を睨みつけた。
だが刑事は桐生に怯むことなく、まるで吐き捨てるように続ける。

「血圧が高いな。どうせ、こんな感じにキレてあの子を突き飛ばしたんだろ」

「俺が…遥に暴力をふるっただと!!?」

組み伏せられたまま動こうとする桐生に、刑事は飄々としたノリで注意する。

「おいおい、動くと折れるぞ」

「うるせぇ!!!」

骨の一本や二本。
いまさら惜しむ怪我ではない。
それよりも…自分が遥に怪我をさせた。そう思われていることの方が、桐生には許せなかった。
何よりも大事な、大事な遥を。

「俺があいつに手をあげただと?!ふざけるな!!」

「そんなこと言われてもな…殺しの前科もち。しかも元・ヤクザだ。信じると思うか?」

その言葉に…桐生は血が滲むほど、奥歯を噛みしめた。

自分が、元・ヤクザだから。


「ここじゃ危なっかしくてやってらんねぇな…おい、後は署で話し聞かせてもらうぞ」

連れてけ。
刑事の無情な声に、桐生を組み伏せた部下が桐生を乱暴に立ち上がらせる。
いっそ、自ら腕を折ってこいつらを殴り倒してしまおうか。
桐生は思いたった瞬間腕に力を込め…





「お前たち、何をやっている!!」



厳しい声とともに、会議室のドアが開いた。

「須藤課長…!?」

刑事たちは驚き…ひっくり返ったこえで須藤の名を呼んだ。
入ってきた須藤は厳しい顔付きで、眼鏡の奥の目は怒りに満ちている。

「離してやれ!!」

一喝に、部下の男が慌てて手を離す。
腕を折りかけていた桐生は肩を回し…突然現れた須藤にいぶかしげな視線をおくる。

「あんた、たしか…」

「はい、須藤です。お久しぶりですね」

須藤と会うのは、クリスマスの時以来だ。
もともと須藤と話す機会の少なかった桐生には須藤のイメージが薄く、言われてやっと思い出したくらいだ。
伊達の元・部下という印象しかない。
そんな桐生を知ってか知らずか須藤は軽く頭を下げると、刑事たちに厳しい顔を向ける。
伊達といい、須藤といい…敵意を込めるとその目は、凄い迫力だ。

「私に、出動の報告がなかったのは気のせいか?」

今の今まで威勢のよかった刑事の額に、冷や汗が滲む。

「い、いえ…課長はいらっしゃらなかったので…」

「それでも、報告くらいはできるだろう。携帯の存在を知らないのか?」

「それは…」

「それに、被疑者への暴力は感心できないな…取調室でのことは多少、目を瞑ってもだ」

お前のやっていることは、全部知っている。
須藤の無言の脅しに、刑事たちは顔色を無くす。鬼課長の機嫌をそこねたうえ、怒りをかうことは何よりも恐ろしいらしい。
桐生は伊達に尻尾を振っている須藤しか見ていないため…意外な思いで三人のやりとりを眺めていた。

そんな時だった。
看護師に連れられ、車椅子にのった遥がやってきたのは。


「おじさん!」

遥は立ち上がると、桐生に飛びついた。
額には痛々しいほど白い包帯が巻かれ、うっすらと血が滲んでいる。
桐生は遥を抱きとめると、傷に気をつかいながらその体を持ち上げた。


「遥、大丈夫なのか!?」

「うん、ごめんなさい。心配かけちゃって」

「傷は!?」

「麻酔がかかってるから、平気だよ」

「そうか…良かった…」

心底ほっとした桐生は、思わず涙が溢れてくる。
それが流れ落ちる前に、遥がそっとぬぐってやった。

「もう、おじさんは心配症なんだから」

「うるさいな、遥が心配させるんだろ?」

桐生の泣き笑いに、遥はくすぐったそうに笑った。



二人のやりとりに目を細めていた須藤は…刑事たちを睨みつける。

「どう見ても、被害者には見えないが?」

「ですが…現場が荒れていて…」

刑事の反論が終わる前に、遥がぐりんと顔をこちらに向けた。
その顔は年相応の可愛らしいものではなく…凄まじい怒りに満ちていた。

「大掃除してたの!!頭の怪我は掃除機のコードに足を引っ掛けちゃって、転んでテーブルにぶつかったから!!おじさんが私に怪我させるわけないじゃない!!いつだって、私を守ってくれるのに!!!」

「だ、そうだ」


もう、刑事たちが言えることは無かった。





遥の怪我はたいしたことがなく、二針縫っただけだった。
傷も綺麗だったため、抜糸しても痕はほとんど残らないらしい。
女の子の顔に傷が残ったら…と心配していた桐生もそれには安心し…遥も、その日のうちに家に帰ることができた。

帰りのタクシーでは遥は桐生にもたれて眠ってしまい、傷に触れないよう、桐生はそっと髪を撫でる。
今回、自分は前科持ち…しかも、元・ヤクザということで遥の虐待を真っ先に疑われてしまった。
普段からわかっていることだが、自分のような容姿の男が遥のような女の子といるのは、相当おかしく見られてしまう。
今まで何度か通報されたし、後ろ指を差されたのは数えきれない。
それでも遥は……


『おじさんが私に怪我させるわけないじゃない!!』

そう、叫んだときの遥は、強い女の顔だった。
いつだって守っているのは、自分じゃない。
遥が、自分を守ってくれているのだ。

「こんな俺の側にいてくれて……」


ありがとう。
桐生は熱くなる目頭を押さえ、呟いた。




桐生たちがタクシーに乗ったのを見送って、須藤は駐車場へ向かった。
あの部下たちも逃げるように帰った後だし、何も気にすることはないのだが…
どうしても、コソコソしてしまう。


「須藤さん、お疲れ様」

須藤の車から顔を出したのは、沙耶だった。


沙耶はひらひら手を振って、運転席のドアを開ける。

「桐生さん、大丈夫だった?」

「はい、すぐに容疑は晴れました。もう家に帰ったところですよ」

「よかった!凄く心配してたんだ」

微笑む沙耶に、須藤は微妙な微笑みで車に乗り込む。
心配だったとはいえ、沙耶の口から他の男の名前を聞くのはあまり愉快ではない。

「桐生さん、元・ヤクザだから凄く疑われてたでしょ」

「ええ…まぁ、そうですね」

「最近、虐待とかいじめとか…ピリピリしてるもんね」

「ゴシップ好きの看護師も多いですから。すぐ通報してくるんです。ヤクザが娘を虐待してるって…まぁ、通報自体が悪いとも言えないし、難しいところです」

たしかに、と沙耶も頷く。
こういう場所からの通報で、重大な虐待が発見されるケースも多いからだ。

「でも、ヤクザと言ってくれたおかげて私の部下が行っていたので。やりやすくて助かりました」

自分を飛びこして捜査に向かったことに腹を立てた…と見えるよう、須藤はたっぷりと脅しておいた。
だがまだ若い恋人に話すことでもないだろう。

「あの二人も大変だね。世間は、ヤクザに厳しいから」

ふぅ、と沙耶はため息をついた。

「これからも大変だろうな。でも、桐生さんには遥ちゃんがついてるもんね!」

「ええ。…それより…手、大丈夫なんですか?」

え?
沙耶は自分の手のひらを見て、笑顔になる。

「大丈夫だよ?須藤さんも心配症なんだから」

「でも!怪我は怪我ですよ!…すみません…あんな所にペーパーナイフを置きっぱなしにしているなんて…」

沙耶の、包帯が巻かれた手のひらを見て須藤は激しく落ち込んだ。


須藤と沙耶が病院にいたのは、桐生のため…ではなく、本当に偶然だったのだ。
今日は伊達の目を盗んでのデートの日で、午後から休暇をとっていた須藤は沙耶とドライブに行った。
そしてドライブの後、どきどきしながら初めて沙耶を家にあげ…お茶を飲んでもらってから、家に送るつもりだった。
しかし、須藤にしても沙耶にしても緊張し…沙耶は照れ隠しにテーブルの上にあった柄に装飾の彫られたペーパーナイフをいじっていた。
だがそれでうっかり、手のひらを切ってしまった。


手を切ってしまったとはいっても、沙耶はわりかし平気でいた。
しかし沙耶の血に動揺したのは他でもない須藤で、慌てて病院へと車を走らせ…偶然、桐生のゴタゴタにいきあたったのだ。


運がよかったのか、悪かったのか。
須藤は喜んでいる沙耶に合わせるべきか分からなくて、曖昧な微笑みを浮かべる。

「遥ちゃんには、いつもお世話になってるから。役にたてて良かったぁ」

「お世話?」

「あれ、言ってなかった?」

「何も聞いてないと思います」

須藤の答えに、沙耶は恥ずかしそうに答える。

「クリスマス、一緒にいたかったけど、お父さんが邪魔してきたでしょ?」

「では、あの日に誘ってくれたのは遥さんなんですか?」

「うん。他にも、結構口裏あわせに協力してくれてるのよ?」

なるほど、と須藤は頷いた。
伊達にバレそうになっても、いつの間にか解決しているのは遥のお陰だったのか。

「遥ちゃん、応援してくれてるの。須藤さんとのお付き合い」

「それはありがたい…ですね…?」

「こらそこ!何で疑問系!?」

首を捻って言う須藤に、沙耶はぺしりと七三に分けられた頭を叩く。
前は敬語だったのに今はくだけた様子の口調とかやりとりが、照れ臭くて…
須藤は照れ臭そうに笑って、アクセルを踏む。

これから伊達に見つからないように沙耶を家に送るのすら、楽しいと感じる自分。
須藤は内心で肩をすくめ、病院の駐車場を後にする…

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