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うろほろぞ
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鬼炎彫

最近、夜にトイレに起きるのが怖いと風呂あがりに遥がぽつりともらした。
遥はもう10歳だし、親を起こしてついてきてもらわないとトイレに行けない子供じゃない。
それに人一倍大人びた遥がそんな弱音を吐くなんて、とても珍しい事だった。

「怖い夢でも見るのか?」

桐生は風呂あがりのアイスを渡しながら腰を屈めて聞く。
心配されるのは、やはり昔の…由美の夢だ。
あの日、目の前で母親を亡くしたことがこんな小さな少女のトラウマになっていない筈がない。
だが遥は桐生の心配に首を横に振った。

「あのね…なんていうか…リビングが…」

「リビング?」

「うん。嫌な感じがするの…なんだかモヤモヤして…凄く空気が冷たく感じるから」

遥の言わんとすることは、桐生にも伝わった。
だがそれは桐生が最も苦手とする分野で…少し青ざめる。

「それは……気配、だけか?」

もし何かを目撃しているのなら、即刻このマンションを引っ越そうと思う。
引っ越してきて一年以上になるが、今更怪奇現象なんて冗談じゃない。
しかし幸運にも桐生の問いに遥は頷くだけだった。

「でも!気のせいとかじゃなくて!絶対に何かいるよ!」

「………絶対に、か?」

「うん!!だから…今晩、一緒に寝てもいい?夜中起きるとき、ついてきて欲しいの…」

上目使いで頼まれては…桐生はどうしようもなかった。









バラエティー番組で笑って、二人は嫌なことは忘れようと頑張った。
しかしリビングにテレビがあるため、どうにも居心地が悪くて直ぐに部屋に引き上げる。

桐生と一緒のベットに入った遥は、ここ数日この事で悩んでいたと恥ずかしそうに笑う。
そして、桐生のおじさんがいるから頼もしいと…布団の中でしがみついてきた。

「おじさん、おばけが出たらやっつけてね!」

「やっつけてって……」

おばけに物理的攻撃は効かないと思う。


遥が寝て、数時間がたった頃。
なんとなく寝れない桐生は、自分たちがおばけがいることを前提で一緒に寝ていることに苦笑する…振りをする。
正直なところ…遥の気のせいだと信じたい。

「……おじさん……」

「ん?なんだ?」

胸の中の遥が、ぺちりと桐生の胸を叩いた。

「変な、音がする」

「……気のせいじゃないか?」

「………見にいかないの?」

「…………わかった、行けばいいんだろ」

泣きそうになるのを隠して、桐生はベットから起きあがる。
そう、確にさっきからリビングから変な物音は聞こえていたのだ。





リビングへの扉を開けるまでに、たっぷり五分はかかった。
桐生の後ろでは心配そうな遥がいて、扉の向こうの物音は激しくなるばかり。

(ねずみ…なんてオチはないよなぁ?)

ここまでくると恐怖よりも、ヤケクソが勝ってくるらしい。
桐生は遥を背にかばいながら、勢いよく扉を開け……








「うぉっ?!!!」





桐生の絶叫にも近い声が、窓を揺らした。





次の日、桐生家に呼び出された真島は二人の鬼のような形相に困惑した。

「な、なんや二人ともえらい怖い顔して…」

笑ってみるも、遥すら笑顔を返してくれなかった。
桐生は真島を睨みながら、お茶も出されていないテーブルに布でくるまれた細長い何かを置く。
真島は二人の顔を伺いながらそれを開け…おや?と声をあげた。

「これ、ワシのドスやないか!無くした思てたら、桐生ちゃん家にあったんかいな!」

真島は実に懐かしそうにドスの刃を撫でるが、二人の顔は険しくなるばかり。

「帰りは直行でお寺に行ったほうがいいよ、真島のおじさん」

「…寺ぁ?」

桐生は頷いた。

「それ、昨日の晩、うちのリビングを暴れ回っていました」

あの光景を思い出して、桐生は青ざめた。


扉を開けた瞬間、この妖しい輝きのドスは桐生向かって飛んできたのだ。
桐生でなければ、喉に突き刺さっていたかもしれない。
間一髪で押さえられたドスは朝まで部屋中を飛び回り…朝日が昇ると同時に床に転がった。


「それ、絶対呪われてますよ。お寺に供養してもらって下さい」

桐生の言葉に、遥も激しく同意した。
しかしそんな二人に…真島はあっけらかんと言ってのける。




「なんや…そこが気に入っとんのに…」



二人して、硬直した。


「なんや持ち主殺す呪い、かかっとるらしいで?これ。裏じゃええ値がつくいわく付きのもんや」

「あ、あんた知ってて持ってたのか…?」

「おお。ほら、刃に鬼炎が彫っとるやろ?これがあかんらしい。でもワシにとったら鬼はシンボルやからなぁ!気に入っとる!」

カラカラと笑う真島に同調するように、ドスが妖しく光った。

幾人もの血を吸ったドスに、狂気の男…
これ以上ない組み合わせに、二人は腰が抜けそうになった。






以来、真島が家に遊びにくる際は頭から山ほどの塩をかけられ、玄関には徳の高い坊さんが書いたお札が貼られるようになったという。

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ある、日曜日

朝、桐生は遥に激しく揺らされて起きた。
日曜日だから昼まで寝ていようと思っていた桐生は泣きたくなったが、遥が片目を押さえていることに不審に思って飛び起きる。

「どうした、遥。左目がどうかしたか?」

遥は押さえていない右目に涙を溜め、頷いた。
桐生は遥を膝に乗せて隠された左目を確認しようと手に触れるが…遥の手はぴくりとも動かなかった。
よく見れば、遥は手がはずれないよう力を込めている。

「…離してくれないと、見れないだろ?」

「………あのね、おじさんは見ないで、お医者さんにだけ連れて行って欲しいの」

かなり無茶なお願いだ。
娘が病院にいくのに、父親代わりの自分が病状を知らないわけにはいかない。
遥だってそれくらいは理解しているだろうが、この子は由美に似て頑固だ。
一度言い出したら、桐生の言うことをきこうとしない。

「遥」

「嫌」

「見せてみろ」

「病院に連れてって」

「…今日は日曜だ。病院は開いてない」

しまった、と遥の顔が歪む。
通常一般の病院は日曜日は休診で、開いているのは救急病院くらいなものだ。
だが遥はそれを知らないのだろう…悔しそうに顔を歪め、唇を引き結んでいる。

「ほら、だから一応見せてみろ。大変な病気だったらどうするんだ」

「…………やっぱり嫌。明日まで待つ。それで学校休んで病院に行く」

そう膝から降りようとする頑固者に、桐生は顔をしかめる。
遥が隠そうとするなら、こっちにも考えがある。

桐生はおもむろに遥の腰を掴むと…くすぐり始めた。
急にくすぐられた事に遥は大声で笑い転げ、ついには左目を封印していた手がはずれた。
あっという間もなく遥の手は押さえられ…







「で、“めばちこ”だったってわけか」

晩、遊びに来ていた伊達は遥の顔を見て苦笑した。
遥の左目につけられているのは可愛らしいピンクのうさぎの眼帯で、遥もまんざらではない様子だ。

「だけどこんな眼帯、どこで見つけたんだ?」

えへへ、と笑う遥はさっきから桐生相手にじゃれている真島を指指す。
まぁ予想はついていたものの…複雑な気持ちだ。


めばちこを見た後、桐生に腫れあがった目を見られたくなかったと泣きだす遥に慌てた桐生は市販の眼帯をあてがった。
しかし今度は可愛くないと泣かれてしまい…眼帯には詳しそうな真島に聞いてみたのだ。
真島はすぐにいくつもの変わり種眼帯を買ってきてくれ…結局、うさぎの眼帯で遥の機嫌は直った。

「明日は病院行くし、この眼帯可愛いし、真島のおじさんとお揃いだから楽しいよ」

「そうか…ま、良かったな」

「うん!そうだ、伊達のおじさんも付けてみる?せっかくだから皆でお揃いにしよう!」

髑髏のプリントの入った眼帯をつけさせられそうになった伊達はそれを丁重に断り、真島に同じような事をされている桐生に哀れみの視線を向けた。
遥のものとは違う怪しいタイプのそれを桐生につけさせようとして、さっきから部屋の隅で暴れているのだ。



「桐生ちゃん、ええかげんに観念せぇ!」

「嫌に決まってるだろうが!」

敬語も忘れて抵抗する桐生に、心底楽しそうに眼帯をつけさせようとする真島。
そして真島を楽しそうに応援する、うさぎ眼帯の遥。

「シュールだな…」

傍観を決めこんだ伊達にはそうしか、言えなかった。


繁華街で娘さんを保護しました。
そんな電話がかかってきたのは桐生が丁度家にいる日の、昼頃だった。
平日のこの時間ならまだ学校に行っているはずなのに…桐生は驚きつつも、呼び出された警察署へと足を運んだ。

警察の世話には二度となりたくなかったが…まさか遥絡みのことで足を運ぶ事になるなんて、人生は分からないものだと思う。
複雑な気持ちで署内に入ると、受付で青少年科なるものの場所を聞く。昔は錦山と揃って世話になった場所は、いい思い出でもあるが…


「おじさん…」

来客用ソファで婦警からお菓子を頂いている遥を見つけ、思い切り渋い顔になる。

「遥…」

しゅんとうなだれる遥に、桐生はため息をつく。
相手をしていてくれた婦警に頭を下げ、遥の隣へ座った。

「学校はどうしたんだ?」

うなだれたまま何も答えない遥に、婦警も苦笑する。

「さっきから何も話してくれなくて…お宅の電話番号は名札のお陰でわかったんですけど」

どうやら、桐生が来るまでも同じ状態だったらしい。
貝のように黙り込む遥は固く拳を握り締め、簡単に話してくれそうにない。
桐生は今は遥と話すのを諦め、婦警の方を向く。
真剣な眼差しに婦警の頬が微かに朱に染まったが、遥の事が心配でしかたない桐生が気づく筈もなく。

「どこで見つけたんですか?」

「あ、は、繁華街のゲームセンターでガラの悪い青年たちに絡まれているところを巡回中に…」

「ゲームセンター?遥が、こんな時間に?」

「はい」

「他に友達とかは…」

「いえ、一人でした」

その事実に桐生は目を見張った。
学校が好きだと毎朝嬉しそうに出かけていたのに、一体何故。
確にここ数日は朝、家を出る時間が遅かったが…

「もしかして、今日だけじゃなかったりするか?」

沈黙が、桐生の問いを肯定していた。
険しくなる桐生の顔に、婦警はまぁまぁとなだめ、遥はさらに拳を握り締める。

「と、とにかくお嬢さんの話をよく聞いて。それから、ね?」

「…わかりました。どうも、お世話をおかけしました。…遥、帰るぞ」

ランドセルを持つと、桐生は嫌がる遥の腕を引いて警察署を後にした。


帰りのタクシーの中でも、遥は一切口を開く事なく…家に帰りつくなり、部屋に鍵をかけて閉じ籠ってしまった。
いつまでたっても出てくる気配のない遥に、桐生は痺をきらし…強めにドアをノックする。

「遥、話さないと何もわからないぞ!」

何も、返ってこない。

「遥!怒らないから、出てこい」

枕を投げつける音すらしないそれに、桐生は諦める。
これは、今までで最大の難関かもしれない。

こうなったら持久戦だが………夕方になっても出てこない遥に、流石の桐生も焦っていた。
正直、腹も減ってくるこの時間。家事は遥に任せっきりな桐生は困ってしまう。
遥だって腹が減るだろうし、誰かおさんどんをしてくれる相手がいない今…どうしたものか。

こんな時こそ、あの飄々とした男が遥を口説き落とせばいいのに…と、真島を思い浮かべるあたり、末期な桐生。

「はるかぁ…」

情けない声が、静かなリビングに響いて消えた。



「ん、寿司買ってきたで。桐生ちゃんから呼び出して貰えるなんて光栄やなぁ~vv」

末期も末期になった桐生はとうとう、真島を呼び出して事情を説明し、助けを求めた。
遥相手だと異様にヘタレな桐生を愛しく感じつつ、真島は任しときと桐生の頭を撫でた。
かなり心配なのだが、何度自分が呼びかけても返事をしてくれないため、藁にもすがる気持ちなのだ。
ドアを蹴破る…以外の事なら目を瞑ろう。
と、思っていたのだが。

「よっしゃ…いくでぇ!!」

助走を始めた真島に、桐生は頭を抱えながら飛びつく。

「大家に怒られますから!!」

「あかんか?」

「当たり前です!」

猪突盲進を具現化したような男は、さよか、とソファに座った。



「でもなぁ、一日二日学校をサボったとこで。小学校は義務教育やから留年せぇへんやろ?」

ビールを飲みつつ寿司をつつく真島は無責任なことを言う。
桐生はもちろんくってかかって反撃した。

「遥には全うな道を進んでもらいたいんです。普通に学校に行って、高校大学と進学して、なりたい職業について。それで遥を大事にしてくれる優しい人と結婚する…それが俺の夢なんですよ。俺が掴めなかった普通の人生を、遥には」

いつもより酒の回りが早いのか、饒舌な桐生に真島は目を細める。
わからない話でも、ない。


只でさえ今まで普通の幸せを知らなかった子だ。
桐生にとってもそれは心苦しく、辛い事だったろう。
だからこそ“普通”の幸せを願うのは当然の事で。真島も似たような心境を最近は持っている。
無器用な桐生の、酔いに任せた本音をドアの向こうの遥は聞いているだろうか?

「だから、遥が学校に行きたくない理由があるなら、何としてでもそれを叩き潰しますよ。俺は遥が笑顔でいられる日常を、命賭けて守るんですからね!」

ガンッ!と缶をテーブルに叩きつけ、宣言すると…そのまま、桐生はテーブルに崩れ落ちた。
何も食べないでビールだけを飲むから…と真島は苦笑し、箸を置く。

「は~るかちゃ~ん!聞いとったやろ?桐生ちゃんを泣かしたら、いっくら遥ちゃんでも許さんで?」

トゲのこもらない脅しに、遥の部屋のドアが数センチ開く。
ちょっぴり覗いた目が桐生の背中を見て、また数センチ。

「寝てもうたから。ワシにサシで相談するチャンスやけど?」

こそりと首が出て、遥は迷ったあげく…ブランケット片手に姿を現す。
寝てしまった桐生にアニメキャラのプリントの入ったブランケットをかけると、申し訳なさそうに真島の隣に座った。

「サボった理由は、桐生ちゃんに言われえん事か?」

「…うん」

「お前の父ちゃんヤ~クザ~…とか、アホな男子に言われたんやろ」

「………うん」

遥の両目に涙が溜り、真島の拳に力が籠る。
可愛い遥がいじめられているなんて、許せない。
だが…

「簡単な事やな。遥ちゃん、今度そない言われたら無視したり。男子が女の子いじめるんは、好きな子ぉ相手の時だけやからな」

「……そんな事ないよ。絶対」

「アホやなぁ。好きな子ほどいじめたいんは、男の本能やで?」

真島と桐生をみくらべ…遥はそうかもしれないと思った。
だとしたら、男の子は本当にガキだ。

「相手するからあかんねん。無視しとったらすぐ止めよるから。そしたら…遊ぼて、声かけたり?」

いたずらっ子な笑みに、遥は力が抜けた。
そんな簡単な話ではないような気もするけれど…実例が目の前にあったりするから。
桐生から歩み寄ったら、途端にフレンドリーになった真島のように…うまくいくかもしれない。


「わかった。ありがとね、真島のおじさん」

「桐生ちゃんが起きたら、同じ事言ったり」

「……わかってる。桐生のおじさんの本音、嬉しかったからvちゃんと明日から学校も行くし、男の子も何とかしてみるよ」

「それで、ええ」

真島はにかっと笑うと腰をあげ、遥の頭を撫でた。

「腹減っとるやろ。寿司あるから食っとき」

「うん。ありがとう」

真島は安心して帰っていき…遥は寿司を食べながらそっと桐生に身を寄せた。
酔っているせいでいつもより熱い体から溢れる自分への愛情が嬉しかった。
それが別の意味の愛情だったらいいのにな…なんて思ったのは、まだ当分の秘密だ。



犬小屋への避難

キーボードを叩く音が気に入らないと、元真島組組員で真島建設の社員が社長に殴られた。
そんな、いつもの光景に…赤い違和感。

「あ~もう、止めなよ真島のおじさん」

赤いギンガムチェックのワンピースに白いカーディガンをはおった遥は、殴り飛ばされた社員をかばい、たしなめた。
社員は事務所に舞い降りた天使の背に隠れ、真島に頭を下げまくる。

「すんませんでした!!」

「ほら、本人も謝ってることだし」

現実としては社員が悪い要素は欠片もないのだが、それは真島組内のこと。
理不尽が常だ。

「…しゃあないな。遥ちゃんが言うから、特別やで?」

「良かったね、社員さん」

助かった社員は転がるように逃げていった。
真島はその様子に舌打ちすると、また事務所の来客用ソファに寝転がる。しっとりとした皮張りのソファは、堅苦しい社長用の机よりも居心地がよかった。

「遥ちゃ~ん、膝枕に戻ってや~」

手招きされて遥ははいはい、と真島の膝枕に戻る。
桐生がされていたのを見て真似してから、随分と気に入ってしまったらしい。桐生がいない時限定で遥に膝枕をねだる様になった。

遥の膝におさまった真島は安心しきった様子で息をつくと、テーブルに積まれたジャンプに手を伸ばす。
愛読雑誌であるそれは、半年分ほども事務所内に溜められていた。

「あ、次の号とって」

「ん」

国民的人気アニメの原作のところだけ読んでいる遥。
戦闘系列ばかり読んでいる真島。
真面目に働いている社員たちのなか、二人の姿は浮いている。

「なんか、最近この漫画つまらないよね」

「ああ、そいつやろ?心病んどるんやないかってくらい、暗い話描いとるよな」

「ねぇ?」

ジャンプタワーの横に用意された来客用高級菓子を口に放り込み、ついでに口を開けた真島にも入れてやる。
桐生ちゃんが見たら卒倒するやろうな…と真島は笑った。

「もうそろそろ五時やけど?」

「うん」

遥はジャンプから目をはなさない。

「門限五時やなかった?」

「…うん」

やっぱりジャンプから目をはなさないで頷く遥。


「桐生ちゃん心配するんとちゃう?」

「………」

何も言わなくなった遥に、真島は肩をすくめた。
おもむろに携帯を取りだし、遥に見せる。

「連絡したろか?」

「駄目!!」

それには直ぐに叫び、携帯を取り上げる。
遥が事務所にくるなんてよほど家にいたくない事情があるとは思っていたが、やはりそうかと真島は思った。

おおかた、桐生と喧嘩でもしたのか。
家に二人しかいないと気まずさは特に顕著で、思わず家を飛び出したという所だろう。
昔は自分もやったなぁ…と感慨にふけったり。

「だって桐生のおじさん酷いんだよ?友達の家に遊びに行っちゃだめだとか言うんだもん」

「桐生ちゃんが?」

育児にそんなに厳しい人間には見えない桐生だが、そんな一面があったのかと真島は驚く。
だが桐生は遥の意見を大事にする人間だし…と、ある仮説に思い当たった。

「二人で遊ぶ約束してた?男の子と」

「何で知ってるの?おじさんエスパー?」

目を見張って驚く遥に、真島は苦笑するしかない。
親馬鹿だ、あの男は。

「だからおじさんが謝るまで帰らない!真島のおじさん、今晩泊めて!」

「おお!ええで!そんかわり遥ちゃん、メシ作ってな?」

「ありがとう!じゃあ帰りにお買い物して帰らなきゃね。真島のおじさんの家、何もないから」

家に帰らなくてもいいことになって、遥は安心したようだった。
喜々としてジャンプタワーを整え始め、コートをはおる。

「行こ行こ!」

「ん、ちょっと待ってや」

遥からすっておいた携帯を背中で操作し送信して、にっこりと遥と手を繋いだ。

「お前ら、今日はもう閉店じゃ!帰ってええで!」

うっす!と、野太い声が事務所に響きわたった。




『桐生ちゃん、今夜は遥ちゃん預かるでぇ(*^o^*)いやん、明日から遥ちゃんワシのことあ・な・た・って呼ぶかも(≧ε▼)』

ヤバすぎるメールに、血相変えた桐生が真島の家に殴り込んでくるのは、それから三十分後のこと。



12月25日

クリスマスの朝、桐生は遥のはしゃいだ声で目が覚めた。
きゃっきゃっとはしゃいで寝ていた桐生の上に飛び乗って、頬を上気させた遥に…自分たちの苦労が報われたな、と桐生は微笑んだ。

「おじさん!おじさんの言ったとおり、サンタさんきたよ!」

そう、掲げてみせるのは桐生が三日前に買ってきたテディベア。全国で三千体の限定テディだったが、裏のコネを使ってなんとか手に入れる事ができた。
多少値がはったが…この笑顔を見る対価としては、安いものだろう。

「そうか、よかったな」

遥は嬉しそうに頷いた。
ただ、ちょっとだけ不思議そうに付け足したのだが。

「でも、ビスケットと牛乳を食べていかなかったのはなんでだろうね?」

「…お腹が一杯だったんじゃないか?」

「そっか!世界中で用意して貰ってるもんね!」

テーブルに用意してあったサンタのおやつを食べておくのを、忘れていた。



夕方、桐生家が賑わいだす時間。

「真島のおじさん!それお塩だよ!」

「ええい!白いねんからいっしょやボケェ!」

「いっしょじゃないから?!冷静になって!」

キッチンにて、奮闘する遥と真島の姿があった。
桐生はまだ仕事で帰ってきておらず、半自由業の真島と遥しかまだ家にいない。
しかし今夜はクリスマスパーティをするため、お客は多くなる予定だった。
そのため、遥と真島はパーティのごちそうを作ろうとはりきってキッチンに立ったのだが…真島ははっきり言って邪魔だった。
砂糖と塩を間違えるという、いまどきなベタなボケをかますのを皮切りに、きちんと計った小麦粉をひっくりかえす、チキンを床に叩きつける…等、遥の足をことごとく引っ張った。

それなのに真島をキッチンに置いておくのには理由がある。
真島は異常なまでに刃物の扱いが上手く、包丁の扱いが天才的だったからだ。そういう面では貴重な人材だったため、キッチンにおいている。


「後は…ケーキのデコレーションだけだね」

遥の並々ならぬ努力の末、なんとか最後の仕上げまで辿りついた料理作りに真島は拍手を送る。
自分が足を引っ張っていた自覚くらいは、ちゃんとある。

「生クリームを泡立てて…」

指示され、真島は力の限り泡立てようとし…遥は泡立て器を取り上げる。何事も加減が重要だが、この男にそれを求めるのは無理だ。

「真島のおじさん、苺を用意!」

「はいな!」

大量の苺が盛られたボウルを冷蔵庫から出し、生クリームの綺麗に塗られた表面に並べていった。

「桐生のおじさんて、以外と苺が好きなんだよ。知ってた?」

「知らんはずないやろ。ワシ、昔はよお桐生ちゃんとケーキバイキング行ってんで」

「へぇーなんか、想像できないよ。おじさんたちがケーキバイキングなんて」

ヤクザ二人がケーキバイキングに行くというおかしな光景を想像して、遥は軽く吹き出した。

「…よし!完成しました!」

「よう無事に完成したわ!」

「あはは!確にね!」

大変なのは、これからだ。
おもに真島がとっちらかしたキッチンが、二人の後ろで待っている。
さながらそれは、ラスボスを前にした光景と似ているような気がすると遥は心の中で苦笑した。



夜になって、桐生家には人が集まりだしてきた。

「こんばんは。遥ちゃん、メリークリスマス」

新幹線で大阪からやってきた狭山は、大きなお菓子の長靴を持ってきた。
狭山にとってクリスマスといえば、お菓子の長靴らしい。
実は貰った事がなかった遥はそのプレゼントに喜び、いそいそとカメラの準備を始める。

「真島のおじさん!撮って撮って!」

長靴を抱え、狭山と腕を組む遥。
真島は娘にデレッとした父親のように写真を撮りまくる。

「やっぱモデルがええと撮りがいがあるわ!」

遥が長靴をツリーの隣に置きにいくのを見計らって、カメラ片手に狭山に笑いかける。

「脱いでくれたらもっとええ写真が…」

馬鹿の顔面に、狭山の左ストレートが決まった。


次にやってきたのは、花屋だった。
花屋は普通のおじさんのようなスラックスに長袖のポロシャツ姿で、まるでカタギだ。

「よう、やってるな」

狭山と真島のプロレスにカラカラと笑い、土産だとシャンパンやワインを遥に渡す。

「嬢ちゃんにはシャンメリーもあるからな」

子供用シャンパンに、遥はうきうきする。
これぞ、クリスマスの定番。

「桐生はまだ仕事か?」

「うん。でももうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」

「そうか」

「あと、伊達のおじさんたちがくるんだよ」

言うが早いか、チャイムが鳴った。
やけに賑やかに入ってくるかと思えば、伊達はすこぶる機嫌が悪い。

「もう!お父さん、機嫌直しなよ!」

「……須藤が帰ったらな!」

沙耶の後ろですまなそうに笑っている須藤に、伊達は苛ついた視線を向ける。

「何で須藤までくるんだ?招待されてねぇだろ?」

「私が誘ったの!お父さん、須藤にはお世話になってるでしょ!」

「だからってなぁ!」

「それに遥ちゃんの了解はとってあるの!」

親子の言い合いに、真島と狭山もプロレスを止めて集まってきた。
一人にこにこと笑う遥には、確信犯的な空気がある。

「遥ちゃん、あれなんやの?」

「沙耶さんと須藤さん、伊達のおじさんに隠れてお付き合いしてるの。クリスマスに一緒にいたいけど伊達のおじさんが煩いみたいだから、うちに招待したんだ?」

「なるほどなぁ。大変ね、一人娘は」

「うん、大変」


大人な対応をとる遥に、真島と花屋は顔を見合わせた。
桐生も、さぞかし大人な遥に振り回されていることだろう。




「早くおじさん帰ってこないかなぁ。パーティ始められないよ」

きっと、今年からのクリスマスパーティは今までとは比べ物にならないほど賑やかになるから。

「早く帰ってきてよ、サンタさん」


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