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うろほろぞ
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ことんという桶を置く音が鳴り響きあう温泉宿。
“男” “女”と書かれたのれんの前で立っている親子風の二人がいる。



いつも一緒



さすがに9歳の遥を男湯には連れては行けないよな…
そう桐生は考えていると、
「私、一人で大丈夫だから行ってくるね」
と遥がさっさと先にのれんをくぐって行ってしまった。

家では一人で入ってはいるものの、ここは温泉場。
中は広く、家とは違って危ない事もあるだろう。
こういう時に母親が居れば…と改めて思ってはみたものの、
こればかりはどうしようもない事だからと桐生ものれんをくぐって浴場に足を踏み入れた。

思った以上に中は広かったが、人が居ない時間を見計らって来たため男湯に人気はなかった。
隣の女湯とは高い塀で仕切られているものの、天井までは区切られておらず声がよく聞こえる。
男湯とは一転して女湯からはにぎやかな雰囲気が伝わってきた。

一方、背中の龍を今日は隠す事もなくゆっくりと心置きなく大きな湯船につかった桐生は、
静かに目を閉じて体を休ませていた。


「おい、桐生。最近どうだ?」
「なんだ、伊達さんこそどうしたんだ?」
いきなりの電話。
そしてその相手が伊達だとわかってさらに桐生は驚いたが、
伊達は続けざまに用件だけを簡単に話し始めた。
要は沙耶との旅行に行けなくなったので代わりにいかないかという誘いの電話だった。
あまり気がすすまなかったが、
「遥のためにも休みくらいどっかに連れて行ってやれ」
と一方的に押し付けられたように遥と二人で来たのだった。


そんな事を思い出していた桐生は女湯からの声でハッとした。
「大丈夫?」
という女の声が何度か聞こえた。
「誰か、おかあさんいませんか? この子のおかあさ~ん」
と呼びかける声が続く。
しかしその声に答える人物は現れない。
もしや、という感情が桐生に沸き起こる。
早く見つかってくれないものかと胸が落ち着かない。
その思いとは裏腹に、誰も名乗り出る事もなく、時だけが過ぎていく。
「…いないみたい」
「とりあえず外に連れていったほうがいいんじゃない?」
「宿の人に言ったらどうかしら…」
そんな話し声が浴場内から遠ざかっていくのがわかった。

その声を聞き終わるや否や、ざばんと背中で湯を切った桐生は急いで上がり浴衣を羽織った。
胸の奥でよからぬ想像ばかりが通り過ぎていく。



予感は的中した。

「遥!」
ぐったりと横たわった遥が旅館の従業員の腕に抱かれていた。
「お父さんですか?」
「…はい…」
「湯あたりしたみたいよ…」
横で心配そうに見ていた年配の女性が桐生に声を掛けた。
「すみませんでした。ご迷惑をおかけしました」
従業員とその女性に礼を言った桐生は遥を背中に乗せてもらい部屋に帰っていった。

道すがら、負ぶさっている遥から小さな声が桐生の背中を伝わってきた。
「ごめんね…」
「…大丈夫か遥?」
「うん。さっきお水もらったから」
「そうか…お前無理するなよ」
「……」
「どうして倒れるまで我慢したんだ?」
「だってね…だって、いっつも一馬が100数えてから出て来いって言うから…」
「馬鹿だなお前は…」
桐生は変わらずその足取りをすたすたと進める。
「今日もちゃんとね、一馬との約束を…約束を守ろうと思ったの…」
「遥…」
桐生の歩みが少しゆっくりとなった。
「ごめんなさい…」
「いや、いいんだ」
遥は話しながらもぐったりと体の重みを桐生に預けていた。
そんな遥を桐生はその後ろ腕にしっかりと背負いなおした。

部屋に着いた桐生は遥を布団の上に優しく下ろすと氷で冷やしたタオルを額に当ててやった。
見つめる遥の頬は赤く、未だに息も少し荒かった。

しばらくして息も落ち着いた遥が桐生へ向かって言った。
「冷たくて気持ちいい…」
「これでも飲め」
桐生は冷えたお茶を遥の上半身を支え起こして飲ます。
「もう、大丈夫だよ」
「遥、お前、温泉なんて初めてだから、無理したんだな」
遥がこくりと頷いた。
「すごく熱かったよ温泉」
「まあそんなもんだからな…」
「やっぱり家がいいね…」
「そうか」

お茶を一口飲んで再び横たわった遥が布団の中から目だけをそっと覗かせて桐生を見つめる。
「ねえ、帰ったら一緒にお風呂入ってくれる?」
「そうだな…二人で100数えるか?」
「うん」
「よしわかった。じゃあ帰るまでゆっくり休め、遥」
遥が嬉しそうに赤い顔に笑みを咲かせた。





2006. 9. 5




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お題で、吾朗×一馬+遥です。

久しぶりにこの3人を書いてみようかと。
TDL・・・・すみません。
すっとばして違うの書いてしまいました・・。

ちょこっとだけ積極的になりつつあるにいさんが書けたかなと。
遥と仲良しなのは相変わらずですけどね。
そして微妙に長いので二つに分けました。
・・・・・・・どど、どうぞ最後までお付き合いください。







「喧嘩は買い取り不可となっております」






なんや微笑ましいなぁと、吾朗は乗っている黒塗りのリムジンの窓から呟く。


本日吾朗は一馬に代わり組のちょっとした会合に出るため珍しく黒いスーツの上下で車の後部座席に座っていた。

丁度渋滞にはまり停車している車の窓から何の気なしに外を見れば、通りの向こうを遥に手を引かれて歩いている一馬が居る。
遠目にも嬉しげに歩く遥となんだか微妙に戸惑ったような一馬の二人連れは親子にしてはなんだか変、と言われそうだが二人の関係を知っている吾朗にしてみれば微笑ましく平和そのものだ。

そもそも何故吾朗が一馬の代わりに滅多に出る事のない会合に出席する事になったかという理由は遥のお願いから始まる。



「おじさん、週末なんだけどね」
「どうした遥?」
「八百屋のおばさんに映画のチケット貰ったの。それでね」
「ああそれは良かったな。・・それで、なんだ?」
「あのね・・」
「友達と行くのか?あんまり遅くなるんじゃないぞ」
「ううん。あのねおじさん、一緒に行かない?」
「・・・俺と?」
「うん、ダメ?」
「・・・・・・い、いや。だが俺じゃなく友達とのほうが遥も楽しいんじゃないのか?」
「友達はみんな塾とか家族と出かけるんだって」
「・・・そうか・・・・」
「おじさん、お仕事ある?」
「・・・・・(確か会合が入っていたような)・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・真島のおじさん、行ってくれるかなぁ・・・」



と、携帯を眺めて呟いた遥の一言で一馬は映画行きを承諾する事になる。

ちなみに遥が吾朗の名前を出したのは計算ずくだ。

遥にとってみれば一馬が一生懸命仕事をしている事は理解をしている。だから普段は我が侭と言う事を殆ど言わない。けれどやっぱりたまには大好きな一馬とお出かけしたいと思っても責められないだろう。

まぁそこで吾朗の名前を的確に出す辺り女の子は怖いという気もするが。


そして翌日には一馬は吾朗に週末の組の会合に代わりに出席してもらえないかと遥とのやり取りを交えお願いをすることになった。


勿論、遥の最後の一言は言わずに、だ。


もしそんな事を言ったら吾郎はほなら自分が遥ちゃんと一緒に行くわと満面の笑みで言う事は目に見えていて、そんな事態になったら一馬の方がそもそも会合に出席していられない。
間違いなく一馬も一緒に行ってしまう。

つまりは3人で映画行き。

本末転倒もいいところだ。

「そういうわけで、申し訳ないんですが兄さんに週末の会合に出て欲しいんです」
「ああ・・・まぁ、遥ちゃんのためならしゃぁないなぁ・・」

吾朗の言葉に一馬は素直に頭を下げる。

「本当にすみません。ありがとうございます」


「・・・・・・ま、当然一つ貸しっちゅう事やな♪」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい・・」


一馬は頷くしかない。

そうしなければ遥との約束を反故にすることになり、遥と吾朗が映画に行く事になってしまう。そうなったら一馬は会合に・・・と、前述したので止めておこう。

しかしとんでもなく大きな借りを作ってしまったのではと一馬は一抹の不安を覚える。


なにせ借りを作った相手が相手だ。


そのうち借りの事は忘れてくれないかなと、限りなくありえそうも無い希望を一馬は持っているのだが恐らく無理だろう。



「ど~んとこっちは任せて、遥ちゃんと楽しんできぃや」


「ありがとうございます」


そして妙に素直に笑顔を向ける一馬に思わず吾朗も笑み返してしまう。



「しかし映画デートとはええのう」

「デートと言うのかどうか・・」

「・・・あない可愛い遥ちゃん独り占めや。何時もの調子で喧嘩なんか買わへんように気ぃつけや」


犬も歩けば棒に当たるといいたくなるほど、一馬が道を歩くと喧嘩を売られる。


それはもう大盤振る舞い年末バーゲン状態だ。


堂島組幹部として正式に極道に復帰してから大分顔を知られたのか回数は減ったが、何故かまだまだ無くなる事が無い。

一馬にしてみればどうして自分だけと言う思いがあるのだが、周囲にしてみれば妙に頷けたりする。



そう結局桐生一馬という男は強い。
そして強い男を倒せば名前が上がる。



簡単な力の論理から一馬は常に喧嘩を売られる立場になっているのだ。


ならば同程度の実力を持つ吾朗は何故売られないのかと言うと、まぁ言うまでも無く誰だって名前は上げたいが死にたくはないと言うところだろう。


「買う気は無いんですが・・・」
「売る気満々なヤツラやからなぁ」
「今回は昼間で映画ですからそんなに無いと思うんですが」


「・・・・・・ま、気ぃつけや」


「はい」


甘い甘いでぇ~桐生ちゃん!とキメ台詞を言いたいところを吾朗はぐっと抑えて気遣う言葉をかける。
先ほど妙に素直に向けられた笑顔が今回の遥との映画を一馬自身も楽しみにしている事を示していて、流石の吾朗も水を刺す台詞はいえなかった。
そんなかんだで週末、吾朗は着慣れないスーツに身を包んで車に乗り込み渋滞にはまり窓の外を見たら遥に腕を引かれた一馬を発見したと言うわけだ。



「・・・・ん?」



相変わらずのろのろとしか動かない車に吾朗は通りの向こうを歩く遥と一馬を見物していた。


「・・ああ、アホやなぁ桐生ちゃん。立ち止まらなええのに・・・売られとるわ、喧嘩」


丁度わき道に入る辺りを遥に手を引かれて歩く一馬は無意識でそちらの方へ視線を向けていた。すると運悪くいかにもな少年と目が合う。そこからは何時ものパターンだ。



「まぁ、問題ないやろけどな。・・・ほんま難儀な星の下の生まれたわ・・」



呟くと丁度渋滞を抜けたのか車が本格的に動き出す。
事の次第は夜にでも聞こうと吾郎は一人頷いて窓の外から視線を離した。




事の次第は夜にでも聞こうと吾郎は一人頷いて窓の外から視線を離した。






「喧嘩は買い取り不可となっております」2






吾朗が会合を終え堂島組事務所に戻ったのは夜10時過ぎだった。


詰めている組員に一馬と遥が2階の事務所で待っていると聞き吾朗はきっちり締めたネクタイを五月蝿そうに緩めなが2階へ向かった。
なんや待っててくれたんやて、とドアを開けながら言いかけた吾朗は口に手を当てて静かにと言いたげな一馬の姿に口を噤む。


「すみません、遥が待ちくたびれて・・」


小声で言う一馬の示す先には一馬の膝に身体を預けた天使の寝顔の遥が居る。


「・・・・」

「土産遥が渡したいって言うんで。さっきまで起きてたんですけど」

「ああ、遊びつかれたんやなぁ」

「そうらしいです」

「可愛い事してくれるわ。ほんま、ええ子やなぁ」

そういう吾朗の言葉に嬉しげに一馬は目を細める。


なんだかちょっと親子の図的になっている気がするが、それはここではあえて触れないでおこう。


「そらそうと、やっぱり昼間喧嘩売られてたやろ?」

しゅるとネクタイを取り上着を脱ぎながら言う吾朗に一馬が首を傾げる。

「兄さん、なんで知ってるんですか?」
「丁度車で通りかかってな。・・・で、どないした?」


「・・・・・・いえ、実は」


なんだか微妙な苦笑いを一馬は浮かべる。


「なんや?」
「まぁ何時ものような感じだったんですが、今日は遥が」

「遥ちゃんが?」


「こう、間にいきなり入ってきて『今日は喧嘩は買取不可です!映画間に合わなくなっちゃうからダメ!!』って・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・流石に俺も相手もなんというか、まぁ・・・」


容易に想像できる情景に吾朗は声を殺して肩を震わせ笑い出す。



遥らしいというか遥だからできたという、とにかくなかなかかっこいい。



ようやくで笑いを治めて吾朗は未だ眠りの中の遥をそっと撫でる。


「肝座っとるわ。ええ女になるでぇ、遥ちゃん」


そうしてちゅと軽いキスを遥の髪の毛に落とす。
その吾朗の行動に驚いたのは一馬だ。


「なにするんですかっ?」

「ん?ええやん、減るもんでもなし」


「・・・・・・・・そうですが、遥が起きます」


明らかに一馬の目はそんな事しないで下さいと言っている。

大事な大事な、古臭い表現で言うなら目の中に入れても痛くないほど大切な遥に兄貴分とはいえそう言う事をされると父親代わりとして面白くない。


ふぅんと幾分吾朗は不満げに目を細め、眉を寄せている一馬を見遣りほならと笑う。



一馬の中の警報が鳴り始めるより先に吾朗の手が一馬の両手首を掴んだ。



「にっ・・」


「あんま動くと、遥ちゃん起きるで」


「ちょっ、なにを・・」


「しぃ~や、しぃ~」


ぐと一馬の身体を押さえつけるように掴んだ手に力をこめながらにこにこと楽しげに吾朗は一馬に顔を寄せる。


一馬的には絶体絶命だ。


吾朗を突き飛ばす事も可能だがそれではもれなく遥が起きる。

べつに起きても構わないと思うが、どうしたのと遥に訊ねられて口下手の一馬ははぐらかせる自信が無い。

だからささやかな抵抗とばかりに思い切り顔を背けて無駄とは知りつつ小声で抗議の言葉を口にする。


「どうして何時も何時も人の事からかうんです!?」
「おもろいからや」

速攻で返答をするあたり面白具合の良さが伺える。

「俺は面白くありません」
「当たり前や。わしがおもろいんやから」
「・・・・・・・・・・・」


「それとな」


ちゅと背けられた一馬の耳元へ唇を押し当てながらくくと吾朗は笑う。


「まじめぇにやりたいんやけど、桐生ちゃん分かってないからなぁ」


「んっ、ちょ・・なにを。にいさんっ」


「こういう機会でもないとできへんしな。・・・チャンスは逃がさない主義なんや」


「ほんっ、とに、やめてくださいっ・・」


一馬の耳元の柔らかい皮膚の上を吾朗の舌が動く。その感触と囁く声とかかる息が逃げられないもどかしさと相まってぞくぞくと一馬の背筋を粟出させた。





「・・・・・・お・・眠り姫が起きそうやな・・」





不意に吾朗は一馬から離れちらと遥に顔を向ける。

「っ、え!?」

もぞと一馬の膝の上の遥が動き、まだ眠そうに目を擦りながら身体を起こす。


「あれ、真島のおじさん・・・」


「お目覚めやなぁ。どや、今日は楽しかったか?」
「・・・うん。楽しかったよ。真島のおじさん、本当にありがとう」

「ん?なんでや?」

「だっておじさんのお仕事代わってくれたんでしょ。だから、ありがとう」

にこりと天使の笑みを向ける遥につられるように吾朗も笑みを返す。

「可愛い遥ちゃんのためやからな」
「えへへ、嬉しいな。それでね、お土産あるの」

ごそごそとカバンから小さな袋を遥は取り出し、吾朗へ手渡す。



「あのねお揃いのストラップなんだ」



「・・・・・・・・・・なにっ!?」



先ほどまで傍観を決め込んでいた一馬が何かに気付いたように声を上げる。



「うわびっくりした、どうしたのおじさん?」
「ほんまや。なんやねん桐生ちゃん」

「・・・遥、そのストラップって昼間一緒に買った物か?」

「うんそうだよ」

笑顔で頷く遥にやっぱりと一馬は目線を落として溜息をつく。


そうストラップは3人お揃いの物だ。


そういえば遥がもう一つを買っていたような気がすると一馬はぼんやり思い出すがその時は誰にだろうと大して疑問には思わなかった。

ちなみにこういうところを深く考えないのは一馬の悪い癖と言えるかもしれない。


「3人でお揃いで色違いだよ。おじさんも真島のおじさんも大事にしてね」
「おう、大事にさせてもらうわ」

「・・・・・・・・・・・・・・大事にする・・」

「??どうしたのおじさん?」
「なんや元気ないでぇ?」

「・・・・・・・・」

どうしてこれほど遥は兄さんに懐いているのだろうと一馬は遥の将来に不安を感じてしまう。
将来遥が彼氏だと連れてくる男が兄さんのようなタイプだったらどうすれば良いんだ、とまるっきり父親な悩みが急に沸きその不安に負けて一馬は口を開く。




「・・遥、お前兄さんのような男が好きなのか?」




若干十歳の女の子に聞くような質問でもないとは思うが、至って一馬は真面目だ。
ぱちくりと遥は目を瞬かせそれから一馬と吾朗の顔を交互に見て、くすりと大人びた笑みを見せる。


「うん、好きだよ」


「・・・・・・・・・」



「でもね、一番好きなのはおじさんだよ」



え?と驚いたような一馬の頬に遥は小さくキスをしてえへへと何時ものように笑う。


「・・・遥・・・・」


一馬にしてみればパパが一番好きと言われているのと同じだ。
遥の意図を若干勘違いはしているが、本人が感動しているのだから余計な事は無しとしよう。


「桐生ちゃんだけずるいわ。二番目のわしにはちゅ~してくれへんのか?」


そんな二人にすいと吾朗が遥の隣にしゃがみ込み遥の顔を覗けばあははと遥は笑って吾朗の頬へ同じようにキスする。


「ほならお返しや」


隻眼を細めて吾朗は笑い慣れた仕草で遥の頬へキスを返す。
はっきり言ってこの二人の方が一連の仕草が様になっている。




「・・・・・・兄さん。遥はダメですからね」




そんな二人の様子に眉を寄せて一馬は吾朗に近寄ると遥に聞こえないような小声で囁く。

幾らなんでも十歳の女児相手にというか、そもそも一馬は勘違いしてる。大きな大きな勘違いだ。

一瞬呆気に取られたように一馬を見てから吾朗はにやりと口の端で笑うと一馬の耳元へ口を寄せる。




「・・ほなら・・・桐生ちゃんがええわ」




ほんの僅か耳に触れるくらいまで唇を寄せて囁くとぺろと悪戯のように一馬の耳を舐める。

「っつ!!」

不意の事に一馬は飛びのくように身体を離し、どうしたの?という遥の視線に言葉を失う。


「・・・・・・・・・・いや、なんでもない」


咎めるように一馬は視線だけを吾朗に向けるが吾朗は何知らぬ顔でその視線を流し、壁の時計に顔を向ける。

「もうこない時間や。とりあえずそろそろ帰ろか?」

送らせるで~という吾朗に遥は笑顔で答え、一馬は大分微妙な顔でありがとうございますと頭を下げる。
ほなら帰ろうやと遥と一馬を促しながら吾朗は一言、一馬に囁く。




「そうそう。一つ貸しがあること、忘れんとってや桐生ちゃん」
















yu


しとしとしとしと

降ってる雨はとめどなく。

しとしとしとしと

なかなか止む様子もなく。



仕方ないな、とシャッターの閉まった店の軒先に走って避難する。
もうすでに、全身ぐっしょり濡れていたのだけれど。






傘を持ってくるのを忘れた。
降水確率30%なんて、降るか降らないかわからない確率で。降らないというほうに賭けた結果がこれなのだから、自業自得。
それでもお天気お姉さんを恨んでしまうのは、仕方ないことだ。


「あー…はよ止まんかなぁ…」

くしゅんとくしゃみをひとつして、真島はため息をついた。
いっそ雨なんか無視して走ってしまうかとも考えたが、家まではけっこうな距離がある。風邪を引くのはどうでもいいが、風邪を引いて桐生の家に立ち入り禁止になるのはつまらなかった。

「傘、持ってこさせよか…」

ごそりとポケットをさぐって携帯を出し…雨に殺られた液晶画面に舌を打つ。
携帯を壊してしまうのはもはや日常茶飯事のことだったが、こういうときは腹が立つ。だから、逝ってしまった携帯をアスファルトに叩きつけて、シャッターにもたれかかった。
金属の鳴る音は不快で、どうせ鳴らすならバットの爽快な音の方がいいと思う。



とりあえず、つまらない。


朝の天気予報で降水確率30%だとお天気お姉さんが言っていたから、折りたたみ傘をランドセルに入れていた。
赤い下地に、ワンポイントにくまのマークがついているやつ。友達にはガキっぽいと言われたが、桐生が買ってくれた物だから気に入っていた。

チャプチャプと水たまりをわざと踏んで、音をたてて歩くのが好きだった。
明日は別の靴で行かなければならなくなるけれど、どうでもいい。


「今日はおじさんも早く帰ってくるし、一緒にご飯の用意して…」

献立を考えながら傘を回し、遙は水たまりを飛びこえた。



そんなとき、ずっと前に、見知った柄のジャケット姿を見つけた。
不機嫌そうに腕を組んだ、剣呑な空気を漂わせるあの人は…


「真島のおじさーん!!」


見つけた瞬間、遙は走りだしていた。






こちらを向いて、途端に笑顔になる真島に優越感。
きっとこの人が顔を見ただけで笑顔になる相手は自分と、桐生だけ。
他にもたくさん、この笑顔を向けて欲しい人たちがいるのを知ってるからこそ、優越感に浸れる。

この人の特別は、私とおじさんだけなのよ。

そう、胸を張って言えるから。





「遙ちゃーん!!助かったわー、ワシもいーれーて!!」

「もちろん!ね、今日はウチ来るの?」

「もう家帰んのも面倒やし、泊めてな?」

「あはは、わかったよ。そのかわり晩ご飯の用意は三人でするんだよ」

ね?と首を傾げてみせれば、真島は当たり前やんけと頷き、遙はにこりと微笑んで、傘を差し出した。


子供用の傘は狭くて、真島はよっこらせと遙を抱きあげた。
安心しきった様子で自分のジャケットにしがみついてくる遙を、心底愛しいと思う。

「ほな、帰ろか~」

「うん!」

こんな風に、自分に普通で接してくる遙は特別だ。
他にはあと一人、桐生だけ。


この二人がきっと世界で一番大切で、自分よりも大事なのだ。
何があっても、そばにいて守りたいと思う。



家族、というのは、こういうものなのかもしれない。




「今日の晩飯はなんや~?」

「んとね…ハンバーグとぉ…」



幸せを抱き締めて、もう一人の特別な人がいる家へと帰る。

雨に冷えた体もいつの間にか、温かくなっていた。


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苦しく、心地良く


ガキは苦手や、なんて昔は言っていたのに。
一年前の自分を殴り倒して、一日くらい説教してやりたい。
それで、今の自分を変えてやりたい。
自分がイカレているのは、もうずっと前から知っていたけど。
このイカレた考えだけは…自分でも許せそうにない。








会えない時間がもどかしいと感じたのは、桐生がムショに入っていた十年だけ。
他の誰が目の前からいなくなろうと…嶋野は少しばかり悲しかったが…どうでもよかった。
それが、今は。

「昨日会ったばかりやっちゅうに…」

はぁ…と大きなため息がでる。
こんな女々しい考えは、自分は持っていなかったはずだ。
なのに、ため息が止まらない。

さっきからため息を繰り返す社長に、組員たちがチラチラこっちを見てくるが、今の真島はそれさえどうでもいい。
そんないつもなら考えられない真島の態度に、組員はまた落ち着かない様子で視線が真島と空を行き来した。

「はぁ…お前らー…なんかええ暇潰しないかぁ?」

はい、そこの君!
と、差された組員はビクリと肩を震わせる。
ため息をついていたと思えば、いきなり暇潰しのネタを強要する。
用意していたのなら別だが、いきなり言われても困る。


「さ、散歩とか…!?」

「きゃーかっ!」

苦し紛れに言った提案はいとも容易く却下され、灰皿が頭に飛んできた。
幸い、こういうことはしょっちゅうなので、組員が代えておいたアルミの灰皿は殺傷力を持っていない。
軟らかい灰皿はベコンと音をたてて組員の頭に当たって、はね返る。

「なーんか…頭空っぽになる何か欲しいわぁ…」

真島はため息をつきながら頭をかくと、よっこらせと立ち上がる。

「お、親父…どちらへ?」

「散歩や散歩ー。なんや、お前に許可とらんな散歩行ったらあかんのかい」

組員は慌てて首を横に振った。
まさか。
というよりも、さっき却下したばかりでは…なんて、言葉すら出すわけがない。

「ほな、閉店までには帰ってくるわ」

日は真上にあるから、あと五時間以上は帰ってこないようだ。
組員たちはほっとしながらも、出ていく真島を見送った。








行くあてもなし。
いつもなら暇な時はあの家に行くのだけれど、平日の昼間は誰もいないし。
それ以前に、行ってはいけない気がする。
こんな気持ちのままじゃ、きっと。

のらりくらりと歩いて、ゲーセンで暇を潰し、クレーンゲームでちぃくまを取って…
ため息をつく。

「こんなん取って…あざといわぁ…」

あそこへ行く口実を作って。
なにくわぬ顔で、近づくために。


「ワシのあほぅ…桐生ちゃんに殺される」

会いたくて。
会いたくて。
どうしようもないほどに。

「………はるか…」

その呟きは、まるで自分と彼女との距離を意味しているように聞こえた。





許せないのは、自分のイカレた想いが遥を傷つけること。
そして、遥を裏切ること。

それでも…この想いを、心地良いと感じている自分も、いたりして。
真島は取ったちぃくまを抱え…苦笑した。

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