苦しく、心地良く
ガキは苦手や、なんて昔は言っていたのに。
一年前の自分を殴り倒して、一日くらい説教してやりたい。
それで、今の自分を変えてやりたい。
自分がイカレているのは、もうずっと前から知っていたけど。
このイカレた考えだけは…自分でも許せそうにない。
会えない時間がもどかしいと感じたのは、桐生がムショに入っていた十年だけ。
他の誰が目の前からいなくなろうと…嶋野は少しばかり悲しかったが…どうでもよかった。
それが、今は。
「昨日会ったばかりやっちゅうに…」
はぁ…と大きなため息がでる。
こんな女々しい考えは、自分は持っていなかったはずだ。
なのに、ため息が止まらない。
さっきからため息を繰り返す社長に、組員たちがチラチラこっちを見てくるが、今の真島はそれさえどうでもいい。
そんないつもなら考えられない真島の態度に、組員はまた落ち着かない様子で視線が真島と空を行き来した。
「はぁ…お前らー…なんかええ暇潰しないかぁ?」
はい、そこの君!
と、差された組員はビクリと肩を震わせる。
ため息をついていたと思えば、いきなり暇潰しのネタを強要する。
用意していたのなら別だが、いきなり言われても困る。
「さ、散歩とか…!?」
「きゃーかっ!」
苦し紛れに言った提案はいとも容易く却下され、灰皿が頭に飛んできた。
幸い、こういうことはしょっちゅうなので、組員が代えておいたアルミの灰皿は殺傷力を持っていない。
軟らかい灰皿はベコンと音をたてて組員の頭に当たって、はね返る。
「なーんか…頭空っぽになる何か欲しいわぁ…」
真島はため息をつきながら頭をかくと、よっこらせと立ち上がる。
「お、親父…どちらへ?」
「散歩や散歩ー。なんや、お前に許可とらんな散歩行ったらあかんのかい」
組員は慌てて首を横に振った。
まさか。
というよりも、さっき却下したばかりでは…なんて、言葉すら出すわけがない。
「ほな、閉店までには帰ってくるわ」
日は真上にあるから、あと五時間以上は帰ってこないようだ。
組員たちはほっとしながらも、出ていく真島を見送った。
行くあてもなし。
いつもなら暇な時はあの家に行くのだけれど、平日の昼間は誰もいないし。
それ以前に、行ってはいけない気がする。
こんな気持ちのままじゃ、きっと。
のらりくらりと歩いて、ゲーセンで暇を潰し、クレーンゲームでちぃくまを取って…
ため息をつく。
「こんなん取って…あざといわぁ…」
あそこへ行く口実を作って。
なにくわぬ顔で、近づくために。
「ワシのあほぅ…桐生ちゃんに殺される」
会いたくて。
会いたくて。
どうしようもないほどに。
「………はるか…」
その呟きは、まるで自分と彼女との距離を意味しているように聞こえた。
許せないのは、自分のイカレた想いが遥を傷つけること。
そして、遥を裏切ること。
それでも…この想いを、心地良いと感じている自分も、いたりして。
真島は取ったちぃくまを抱え…苦笑した。
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