しとしとしとしと
降ってる雨はとめどなく。
しとしとしとしと
なかなか止む様子もなく。
仕方ないな、とシャッターの閉まった店の軒先に走って避難する。
もうすでに、全身ぐっしょり濡れていたのだけれど。
傘を持ってくるのを忘れた。
降水確率30%なんて、降るか降らないかわからない確率で。降らないというほうに賭けた結果がこれなのだから、自業自得。
それでもお天気お姉さんを恨んでしまうのは、仕方ないことだ。
「あー…はよ止まんかなぁ…」
くしゅんとくしゃみをひとつして、真島はため息をついた。
いっそ雨なんか無視して走ってしまうかとも考えたが、家まではけっこうな距離がある。風邪を引くのはどうでもいいが、風邪を引いて桐生の家に立ち入り禁止になるのはつまらなかった。
「傘、持ってこさせよか…」
ごそりとポケットをさぐって携帯を出し…雨に殺られた液晶画面に舌を打つ。
携帯を壊してしまうのはもはや日常茶飯事のことだったが、こういうときは腹が立つ。だから、逝ってしまった携帯をアスファルトに叩きつけて、シャッターにもたれかかった。
金属の鳴る音は不快で、どうせ鳴らすならバットの爽快な音の方がいいと思う。
とりあえず、つまらない。
朝の天気予報で降水確率30%だとお天気お姉さんが言っていたから、折りたたみ傘をランドセルに入れていた。
赤い下地に、ワンポイントにくまのマークがついているやつ。友達にはガキっぽいと言われたが、桐生が買ってくれた物だから気に入っていた。
チャプチャプと水たまりをわざと踏んで、音をたてて歩くのが好きだった。
明日は別の靴で行かなければならなくなるけれど、どうでもいい。
「今日はおじさんも早く帰ってくるし、一緒にご飯の用意して…」
献立を考えながら傘を回し、遙は水たまりを飛びこえた。
そんなとき、ずっと前に、見知った柄のジャケット姿を見つけた。
不機嫌そうに腕を組んだ、剣呑な空気を漂わせるあの人は…
「真島のおじさーん!!」
見つけた瞬間、遙は走りだしていた。
こちらを向いて、途端に笑顔になる真島に優越感。
きっとこの人が顔を見ただけで笑顔になる相手は自分と、桐生だけ。
他にもたくさん、この笑顔を向けて欲しい人たちがいるのを知ってるからこそ、優越感に浸れる。
この人の特別は、私とおじさんだけなのよ。
そう、胸を張って言えるから。
「遙ちゃーん!!助かったわー、ワシもいーれーて!!」
「もちろん!ね、今日はウチ来るの?」
「もう家帰んのも面倒やし、泊めてな?」
「あはは、わかったよ。そのかわり晩ご飯の用意は三人でするんだよ」
ね?と首を傾げてみせれば、真島は当たり前やんけと頷き、遙はにこりと微笑んで、傘を差し出した。
子供用の傘は狭くて、真島はよっこらせと遙を抱きあげた。
安心しきった様子で自分のジャケットにしがみついてくる遙を、心底愛しいと思う。
「ほな、帰ろか~」
「うん!」
こんな風に、自分に普通で接してくる遙は特別だ。
他にはあと一人、桐生だけ。
この二人がきっと世界で一番大切で、自分よりも大事なのだ。
何があっても、そばにいて守りたいと思う。
家族、というのは、こういうものなのかもしれない。
「今日の晩飯はなんや~?」
「んとね…ハンバーグとぉ…」
幸せを抱き締めて、もう一人の特別な人がいる家へと帰る。
雨に冷えた体もいつの間にか、温かくなっていた。
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