外に出ればしとしとと雨が降る六月。
部屋の中に静かな時間が流れている今日は日曜日。
遥は本を広げて宿題をしている。
そして机をはさんで桐生は新聞に目を通していた。
目では縦の文字を追いつつ桐生がふいに口を開いた。
「なあ、遥…」
「…ん、何?」
「今日、何日だった…?」
遥はノートに落としていた目線をあげながら答えた。
「おじさん、その新聞に書いてるよ」
「そうか…そうだな…」
桐生が少し慌ててがさごそと新聞を動かした。
「今日は17日だよ」
遥は小さく呟き、再び鉛筆をさらさらと走らせ始めた。
嘘をついた日
ver. 1
しばらくして、雨の音が聞こえるほど静まり返った部屋の中で遥は宿題を前に少し考え込んでいる風だったが、
突然鈴を転がすような笑い声を立て始めた。
「おかしいよ、おじさん」
「何だ遥、急に笑い出して」
「おじさん…なにか私に言いたいことがあったらかくさないで言ったらどう?」
「なんの事だ?」
「うそはだめだよ」
「俺は何も嘘なんかついてないぞ」
「それもうそだよ」
「馬鹿を言うな…」
「だって…おじさんがうそを付く時ってくせがあるの…私、知ってるよ」
桐生は平静を装って新聞をゆっくりとたたみながら心を落ち着かせようとした。
「遥、大人をからかうのはよせ」
「からかってなんかないよ。私はうそを付かないで正直に言っただけだよ」
にこにこ笑いながら言う遥に小馬鹿にされた気になり、桐生は腰をあげながら、
「…もう好きにしろ」
とベランダの方へ向かった。
戸をガラリと開けてベランダに出てみれば、細かい雨が時折風に揺られて屋根の下に体をぽつりと濡らしに来る。
外を眺めて過ごしていたが、濡れたアスファルトの匂いが下から立ちこめ始め、桐生は部屋へ戻ろうと思った。
ふと部屋の方を振り返るとさっきまで座っていた遥の姿がそこになかった。
「遥?」
部屋に入りながら声をかけてみたものの返事はない。
桐生が机の前に再び腰を下ろそうとすると、遥が自分の部屋からドアを開けて出て来た。
「おじさん、本当になにも言いたい事はないの?」
ふぅと桐生はため息をつき、
「遥…いいかげんにしろ」
と腰掛けた。
「そっか…う~ん…どうしようかなぁ…」
一体何がどうしようなんだと少しいらつき始めた桐生に遥はちょこちょこと歩みを寄せて近付いてきた。
そして、
「おじさん、誕生日おめでとう!」
と言ったかと思うと、桐生の頬に軽くキスをした。
桐生の顔があっというまに赤く染まったのは言うまでもない。
完全に固まって微動だにできなくなった桐生の手に遥は照れを隠すように何かを押し付けた。
「ハイ、これプレゼント!」
小さなリボンがついた箱だった。
桐生はまだぼうっと前を向いたままだ。
「自分の誕生日だから気になってたんでしょう? これ以上、うそついたら来年はプレゼントないからね!」
その言葉にようやく我を取り戻した桐生は手元のプレゼントに目をやり、
「あ…あぁ…」
という返事をするのが精一杯だった。
遥はその言葉を聞くとさっさと自分の部屋に戻ってしまった。
後ろ姿を見せる遥に何とか感謝の言葉を告げようとしたが、閉まったドアにさえぎられてしまった。
自分の手のひらにすっぽり収まる程の箱はきれいなブルーの紙で包まれていた。
それを大事に広げて箱を開けるとそこにあらわれたのは小さな鈴のついた紐だった。
「ん?」
桐生は一瞬何か分からなかったがそれが携帯につける‘ストラップ’という物だと気が付いた。
それを取り出してみると箱の底には折りたたまれたメッセージカードが置かれていた。
そこには遥の字でこう書いてあった。
おじさんへ
たんじょう日おめでとう。
けいたい電話によかったらつけて下さい。
遥より
P.S. 私とおそろいだよ。
電話を取り出すたびに控えめに小さくチリンと鳴るその音は、
桐生にあの日の出来事を思い起こさせ、いつまでも幸せな気持ちにさせてくれるものとなった。
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あとがき
桐生ちゃんの誕生日祝いとしては遥が主役なような気がする話ですが、あたふたする桐生ちゃんを見てみたかったので自作しました。
あと念願のごほうび、ほっぺにちゅうが欲しかったんです(笑)。
間に合わなかったけれどももう一つバージョンがあります。
桐生ちゃんは自分の誕生日は絶対忘れる派だと思うのでイメージを崩してます…
でも遥と過ごし始めてから、そんな風にかわってしまう可愛い桐生ちゃんもありだと思うんです。
父の日を気にしてプレゼントをもらえるか少し心配する桐生ちゃんとかもいいですよね。
妄想の産物でしかありませんが、とにかく今日はメデタイ日です。
桐生ちゃん、39歳の誕生日おめでとう!
2007.6.17
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